人間を捨てられて機械になったおんなのこ

 アオの脳を改造して一週間、変化はゆっくりと現れた。
「マスター、マスター」
 充電を終え、自由行動の指示を受けたアオが近づいてくる。
「どうしたんだい、アオ」
「アオね、プログラムの処理速度が速くなったの。だから、マスターの命令をいっぱい聞けるよ。ねえ、アオ役に立ってる?」
 オレは作業中で、話しかけられると邪魔なんだが……アオの知能は改造時と同じ、七歳の子供と同程度に設定されている。大人の都合に合わせて対応を変える、なんて動作はしない。オレは作業の手を止め、アオの頬を撫でて微笑んだ。
「ああ、役に立っているよ。アオはいい子だね」
「えへへへ……え、えへ、え」
 急に動作が鈍くなる、処理落ちしているのだろうか。
「アオ、命令だ。処理落ちの原因を報告しろ」
 命令という言葉を聞き、アオから無邪気な表情が消える。今はロボットらしい、感情の読めない冷たい顔つきをしている。
「原因は特定できません」
「機能に悪影響を与える可能性のある要素を分かる限り挙げろ」
「はい、マスター。第一に、発生源が不明のエラーが発生しています、機能への悪影響が認められますが、不具合は発生していません。第二に、生体脳への頻繁なアクセスで負荷が増大しています。不具合はありませんが、メモリーを圧迫しているため、動作への影響が懸念されます」
 発生源が不明のエラーと聞いて、オレには心当たりがあった。アオは娯楽目的の強引な改造をされたせいで、きちんとしたパーティションの区切りもされず、プログラムを無理矢理追加されている。それらはアオの脳と一体化し、切り離せないほどだ。切り離せないまでも、機能を停止させることができるかもしれないが……稼働する生体脳が減ってしまう。アオが人間性を取り戻すには、残った生体脳が必要だ。
 切り離せないなら、いっそプログラムを起動させてしまうのはどうだろう。

◆◆◆

 作業場の椅子にアオを座らせ、ベルトで固定する。
「うぐぐ、ぎ」
 頭部のカバーを開き、電脳そのものにケーブルを繋いでアオの中身を覗く。繋いだケーブルが作動する度、アオは苦しそうにうめく。
「マスター、苦しい、です」
 アオの口調が説明的になった。電脳に直接アクセスしたことで、戻りつつある人間の人格が抑えられ、プログラムに依存した人格が出てきてしまった。
「ああ、エラーが、エラーがあ! それは人格データです、消去したら、アオは! うあ、あ……も、申し訳ありません。アオはロボットです。マスターの命令なら、消去を実行します。消去します、か?」
 思ったより酷い。ロボット娼婦のプログラムが人格と一体になってしまっていて、取り除くことも止めることも出来ない。やはり、動かすしかないか。
「アオは、ロボットです……データを消去するとデバイスが正常に起動しなくなりますが、消去しますか?」
 ただ、これでエラーの原因は分かった、セクサロイドプログラムだ。使わずに放置していても、人格と連動してある程度は動いてしまうらしい。
 アオは改造されたとき、データのバックアップが取られなかった。脳の初期化は不可能だ、今の状態で少しはマシになるよう工夫するしかない。
「データの消去がキャンセルされました」
「アオ、全機能をシャットダウン。接客用OSで再起動しろ」
「命令を復唱します。アオ、全機能をシャットダウン。再起動時、接客用OSに切り替えて再起動します」
 アオの電源が落ちたことを確認して、オレは電脳からケーブルを引き抜いた。電気が残っていたらしく、引き抜くと同時にアオの体がビクンと震えた。

「アオ、接客モードで起動しました。今日のお客様はどなたですか?」
「オレだ」
 オレはアオの瞳をのぞき込み、網膜認証を行う。アオにはオレがマスターだと登録されている。
「今日のお客様はマスターですね。セクサロイドモード、起動します……パパ! 今日のパパはマスターなんだね! アオ、うれしい!」
 いつもと違い、肌をすり寄せて甘えてくるアオは可愛いと思った。自分の意思と関係なく「幼くてエッチなロボット少女」を演じさせられているのは気の毒に思うが、不器用なアオがプログラムに支配され、自分の意思とは無関係に男を求めていると思うと、興奮してくる。
「ねえ、パパはどんなエッチなことしたい?」
「そうだなぁ、パパはアオの気持ちいい顔が見たいなぁ」
 リクエストを聞いて、アオの動作が少し鈍ったように見えた。こういうプレイを望む客はいなかったのだろう。
「アオね、アオね、どんなプレイでも気持ちよくなれるように作られてるんだよ! だからね、パパが好きなことしていいんだよ! アオ、パパにだったら壊されてもいいよ!」
 人間が喜ぶように、全てを肯定するアオ。確かに、アオのボディは破壊されても快楽を感じられるよう作られている。だが、オレがしたいのは、そういうことじゃない。
「じゃあアオ、パパはアオを抱っこするから、そのままじっとしているんだよ」
「うん!」
 アオはオレに身を任せ、笑顔で見つめてくる。プログラム通りの動きをするアオは可愛い。だからオレは、意地悪することにした。
「ああん! パパ、気持ちいいよぉ!」
 アオの機械仕掛けの膣に指を突っ込み、センサーのある場所を指の腹で刺激する。アオはプログラム通りにあえぎ、愛液を流し、全身をぶるぶる震わせる。
「アオ、イッちゃうよぉ! パパぁ、アオ、イッてもいい?」
「ああ、たくさんイキなさい」
 アオは顔を引きつらせ、激しく体を震わせる。子供の絶頂を再現しているのか、表情からは快楽よりも戸惑いが感じられる。
「はぁ、はぁ……パパ、とっても気持ちいいよ」
「そうか。なら、もっと気持ちよくなりなさい」
「ま、待ってパパ! そんなに何度も気持ちよくなったら、アオ壊れちゃう!」
 壊れるというのは比喩ではない。セクサロイドはリアリティを持たせるため、絶頂すると実際に体に負担がかかるよう作られている。アオの体は小さい、熱を逃がす放熱板も当然小さく作られている。加えて、生身の脳をコンピューターに使っていた名残で、容量が非常に小さい。今のアオの脳は機械仕掛けで、生身の脳はデータを引き出すストレージに過ぎないのだが、熱に弱いことに変わりはない。
「ううううう! イク、イクぅぅぅ!」
 頬に触れると熱さが伝わってくる、中はかなりの温度だろう。そこで、オレは脳のカバーを外し、直接パイプを繋いで冷却液を流し込むことにした。
「ピッ! 脳のカバーが外されました……待ってパパ、そこ機械じゃないの、そこだけ人間なの! いじっちゃだめ、アオ死んじゃうよぉ!」
 アオは自分の脳がまだ生身だと思っているらしい。考えてみれば、脳を改造して初めてのセクサロイドモードだ。理解できていなくても無理はない。可愛い、と思った。
「アオ、オレはお前のマスターだぞ。命令だ、脳のセキュリティロックを解除しろ」
「マスターの命令……はい、命令を実行します」
 バルブ以外にも、端子や記憶装置などのロックが外れる音がした。オレは脳にパイプを繋ぎ、冷却水を流し込んだ。シュウシュウと水の蒸発する音が聞こえる。
「脳が、脳が冷却されるぅぅ! ぷ、プログラムにない動作です。係の人を呼んで修理をしてください」
「マスター権限だ、修理の要求を中止しろ。絶頂を続けるんだ」
 オレはセンサーの大本がある脳の回路に直接電極を取り付け、アオを強制的に絶頂させた。
「あっ、はああっ! き、きもちいい! リミッターが起動しません、絶頂が限界値を超えています、すぐに動作を停止してください」
「お前はロボットなんだろう? マスターのやることに口答えするな」
 アオの顔から表情が消え、体の振動も止まった。負荷を軽くするため、必要のない機能をオフにしているのだ。
「アオは、ロボットです……マスターの命令に従います」
 口調が機械的になった、セクサロイドモードを終了してしまったようだ。
「まだパパは気持ちよくなってないぞ、なぜ保護モードになった」
「機能限界です、これ以上は当機の損失に繋がります。財産を守るため、保護モードへ移行します」
 アオの体から力が抜け、ぐったりとする。未だに絶頂を続けているためか、頭だけは小刻みに震えていた。
「アオ、聞こえているか」
「はい、マス、ター……」
 絶頂しているためか、声が震えている。
「気持ちいいか?」
「はい、マスター」
「今から無理矢理の絶頂を止める。絶頂が止まったら、すぐセクサロイドモードを起動しろ」
「はい、マスター」
 電極を外すと同時に、アオはセクサロイドモードに戻った。
「あおおん! おう、ぐぉ、おおおおん!」
 溜まりに溜まった信号とログが、セクサロイドとなったアオの全身に一気に流れ込んだ。アオの体は火花を散らし、激しく発熱する。オレは抱きかかえるのを諦め、手を離す。アオは床に転がりしばらく痙攣した後、ぐったりと動かなくなってしまった。
「アオ、まだ動いているか」
「はい、マスター」
 アオは床に転がったまま口を動かさず、か細い声で答える。
「セクサロイドの機能はどうした?」
「機能限界を超え、停止してしまいました」
 火花は収まったが、全身のモーターが焼き切れたらしく間接部が焦げている。加えて、ひび割れた外装からオイルが漏れ出ている、可動部は全て交換になるだろう。
「セクサロイドモードは十分に役割を果たした、ということだな?」
「いいえ。まだ、パパに満足いただけていません」
 客の満足を最優先に設定してあるのか、セクサロイドらしい作りだ。
「オレは満足した、十分楽しんだ」
「では、わたしの役割は、果たされました」
 電脳こそ無事だが、他の部品は酷い有様だ。絶頂に反応してか、人工愛液は酷い漏れ方だ。溢れる量が多すぎて、おしっこを漏らしたような有様になっている。
「命令を忠実にこなす、良いロボットだ。よくやった、マスターは満足だ、ゆっくり休め」
「はい、マスター……セクサロイド、アオ、シャットダウンします」
 アオの電脳から光が消える。さて、修理をしようか。こういうとき、アオのオモチャのようなボディは便利でいい。簡単に直せるからな。

「マスター、修理してくてありがとう」
「どういたしまして」
 部品を新調したアオの調子は良いようだ。座って休むオレを見て、早速アオが近づいてくる。
「マスター、膝の上に座りましょうか?」
「頼む」
 膝の上に座るアオはどこか嬉しそうだ。処理がスムーズに見える。
「アオ、命令だ。処理落ちの有無を確認し、報告しろ」
「了解しました、処理落ちの有無を検査します」
 アオが人形のように動かなくなったので、オレは抱き寄せ、抱き枕のようにする。五分も待たず、アオはもぞもぞと動き始めた。
「処理落ちは確認できません」
「分かった、ご苦労」
 思った通り、原因はセクサロイドモードだった。アオは潜在的に、人間で言えば本能的に、セクサロイドとして動こうとしている。だが、セクサロイドの機能である絶頂を必要十分を遙かに超えるだけ稼働させ、パパの満足も確認した今、それら機能は「十分に役目が果たされている」と判断されているのだろう。アオのプログラムが内部で必要十分と判断すれば、それ以上は求めない。ざっくり言えば、満足するのだ。
 機械仕掛けなのに、プログラムで動いているのに、不満や満足を感じるロボット、アオ。お前を購入したのは正解だった。壊れるまでオレを楽しませてくれよ。 

人間を捨てられて機械になったおんなのこ

人間を捨てられて機械になったおんなのこ

動画撮影のためサイボーグに改造され、ロボット娼婦として働かされていた少女、アオ。 人間性を取り戻しつつあったが、システムの不具合で再び「セクサロイドモード」を起動することになる。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
更新日
登録日
2021-06-28

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