「僕は、やっぱりレモンスカッシュにすればよかったと思った」

蘭 耀

逸見しぬこさんのお言葉を拝借しました。

 心中がどんよりとして、やけに曇っていた。
 穹を見上げれば、今すぐにでも雨が降り出しそうな程の曇天。頭がきりきりと痛みを訴えている。いわゆる偏頭痛だ。
 手にしたビニール傘が脚に当たるその度に、鬱陶しさを僕は覚える。膚にまとわりつく湿気がそれを加速させた。
 よどんだ眼で目先にあるコンビニの照明を見れば、あまりにもそれがまばゆいものだから、思わず僕は目を細めてしまう。
 そうだ、ビールを買おう。
 希望を求めてそこに入ったら、冷房の効いた店内にうさんくさい笑顔をたたえた店員、また、白熱灯とが僕を迎え入れた。
 買い物かごを手にしてから飲料コーナーにまで向かって、ビールを何缶もそれに放り込んだ。
 と、僕の目を引いたレモンスカッシュだ。
 ひどく無色透明なそれは、鈍色の僕には不釣り合いなものだと感じてしまった。
 しかし、なぜだか目が離せないのである。強い磁力に捕らわれたみたいに瞳も心も、その動きをぱたりと止めてしまった。
 啓示を受けたかのようだった。それを買わねばならぬという使命感に僕は襲われた。
 ドアを開き、キンキンに冷えたレモンスカッシュを中に入れた。
 青春の味だ。
 甘酸っぱい風味は、在りし日の恋を彷彿とさせる。
 高校時代にこの飲み物を勧めてくれた初恋の少女を想う。
 元気にしているのかな?
 購買で度々それを買っては飲んでいたね。
 屋上で君と2人きりになったあの日、ペットボトルの中身を太陽にかざした少女はこう言った。
 『透明で綺麗だね』と。
 『はいっ』ぽんと手渡された新品のそれを受け取れば、少女は白い歯を見せてにっこりと笑った。
 炭酸飲料のように元気な君は、内に透明なはかなさを秘めていた。
 ただ、卒業と同時に関係性は途切れてしまった。
 今日の天候を思う。
 不透明な色、墨汁を零したみたいな漆黒。だからこそ、レモンスカッシュを欲しいと思ったのだろう。
 レジで支払いを済ませてからコンビニを出る。
 帰路を歩いて自宅にまで帰った。
 購入品を卓上に並べて置いた。プルトップを開けたビールを口許にまで運び、それをまずいと思いつつも飲み進めてゆく。
 レモンスカッシュとは過去の味でもあるし、楽しかった日々の味でもある。
 「僕は、やっぱりレモンスカッシュにすればよかったと思った」
 ざあざあと雨が降り始めた。僕の独白は雨音によってかき消されてしまった。

「僕は、やっぱりレモンスカッシュにすればよかったと思った」

「僕は、やっぱりレモンスカッシュにすればよかったと思った」

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-06-25

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