辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス(下)

かおるこ

  1. 登場人物 これまでのあらすじ
  2. 宣戦布告
  3. 奇襲攻撃
  4. ナナミの死
  5. 王女様登場
  6. 終章

 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス(下)をお届けいたします。カッセル守備隊とバロンギア帝国ローズ騎士団がついに激突! 守備隊は奇襲攻撃をかけますが・・・果たして戦いの行方は?
この第三巻はおよそ50000文字、原稿用紙で120枚ほどの長さがあります。ごゆっくりお読みください。

登場人物 これまでのあらすじ

 辺境の物 第三巻 カッセルとシュロス(下)

  登場人物

 ルーラント公国 カッセル守備隊
 ナナミ 司令官  アリス 隊長
 ホノカ、アカリ、リーナ 隊員、
 レイチェル(変身能力あり)、マーゴット、アヤネ 隊員
 マリア お嬢様隊員?  アンナ お嬢様のお付き
 ロッティー 城砦監督 カエデ 副隊長


 バロンギア帝国 シュロス月光軍団
 サトミ 参謀  ミレイ 副隊長  リサ 文官
 ユウコ 副隊長 ミキ ユウコの部下 ミカ、マギー、ヒカル 隊員
 スミレ 州都の軍務部所属  ミユウ 州都の軍務部 スミレの部下

 ローズ騎士団
 ビビアン・ローラ 副団長   マイ 参謀  アヤ 文官

 
  これまでのあらすじ
 国境を隔てて隣接するバロンギア帝国とルーラント公国。バロンギア帝国のシュロス月光軍団とルーラント公国のカッセル守備隊の戦いは、守備隊がレイチェルの変身能力を使って勝利しました。凱旋した指揮官のナナミは自分たちを戦場に置き去りにした前隊長を投獄し、人事を意のままにおこないました。その一方で捕虜にした月光軍団のユウコには好意を寄せています。
 敗北した月光軍団はなんとかシュロスの城砦へ帰還したが大きな被害を受けました。そこへ王宮の親衛隊ローズ騎士団がやってきました。騎士団は山賊に襲われて荷物を奪われてしまいます。ナナミの命を受けた守備隊のレイチェルたちが山賊にローズ騎士団一行を襲撃させたのでした。
 ローズ騎士団副団長のビビアン・ローラは怒りの矛先を月光軍団の部隊長ミキに向け、監禁したうえに焼き印を押し付けます。スミレを助けようとしている州都の軍務部のスミレにも騎士団の魔の手が及びます。捕虜となっていたユウコはシュロスに戻ったが騎士団の手に落ち、これも投獄されてしまいました。
 これより前、バロンギア帝国軍務部のミユウはカッセルに潜入していましたが、囚人に襲われたナナミを助けます。ミユウはシュロスの城砦に戻ってローズ騎士団のメイドとして潜り込みます。
 そして、第三巻では、ローズ騎士団がカッセル守備隊に宣戦布告をします。
 ナナミとユウコは再会できるのか・・・さらに、マリアお嬢様の正体が明らかに・・・

宣戦布告

 アリスが起床した時には隣の寝台は空だった。
 司令官のナナミはすでに始動しているのだ。
 カーテンを開け窓の外を見た。空は暗く、城砦の塔が黒々として見えた。出陣の朝はまだ明けていない。
 布団から出るのがつらい。柔らかい寝台ともしばらくお別れだ。今夜からはテントか、さもなければ野宿を余儀なくされる。せめて、風を避けられる岩の陰で眠りたいものだ。
 着替えをしようとして迷った。確か、全員分の衣装は副隊長のカエデが用意してくれているはずだ。といって隊長ともあろうものが、こんな日の朝に寝巻で顔を出したら懲罰物だ。
「ああ、また戦場か・・・」
 しかたがないのでとりあえず戦闘服に袖を通した。

 カッセル守備隊は再び出陣することになった。
 しかも、戦う相手はバロンギア帝国ローズ騎士団とシュロス月光軍団との合同軍である。その敵を迎撃するため、守備隊はまたしても僅か十人足らずで立ち向かうのだ。
 昨日、シュロスの城砦から使者が到来した。宣戦布告の書状を携えてきたのだった。

 『バロンギア帝国皇帝の親衛隊にして、正義の軍隊であるローズ騎士団は、ここに、邪悪なるルーラント公国のカッセル守備隊を壊滅させるため出陣を決意・・・』

 このような調子で宣戦布告がなされた。
 ローズ騎士団に加えて月光軍団も出陣してくるという。宣戦布告状には、カッセル守備隊が標的であると記されていた。先の戦いからまだ日が浅いというのに、カッセル守備隊はこの挑発に応じざるを得なかった。
 それというのも、月光軍団の部隊長ミキが騎士団に捕らえられ、さらに、シュロスへ送り返したユウコまでもが拘束されたという報告がもたらされていたからだった。
   ・・・・・
 月光軍団の捕虜ユウコとヒカルを送り届けたリーナは、カッセルには戻らず密かにシュロスの城砦を見張っていた・・・
 二人が乗った馬車は長いこと城門で足止めされていた。不審に思ったリーナは商人の馬車の荷台に潜り込んで城砦に入った。しばらくするとユウコだけが両脇を抱えられて馬車から降ろされた。どう見ても歓迎されている雰囲気ではない。事情を掴もうと町の中で聞き込みをしてみた。
「屋台の酒場で聞いたのですが・・・」
 その主人はローズ騎士団はこんな安酒場には来てくれないと嘆いていた。
 騎士団は王宮には帰らずシュロスの城砦に逗留していたのだ。しかも、シュロスの城砦を支配下に置いたようだった。酒場の主人は兵舎の高札を見たと言った。それによると、部隊長のミキはローズ騎士団によって裁判に掛けられ、敗戦の責任と敵を見逃した規律違反を問われて監獄に入れられたということだった。
「あんた、あんまり月光軍団の話をすると騎士団に目を付けられるぞ」
 酔っ払いに忠告された。
 リーナは危険を覚悟で兵舎の調理場に忍び込んだ。
 そこで耳にしたのは、「捕虜から生還したのに、あんな所に押し込められては気の毒だ」と、メイドたちの囁き合う声だった。
 ユウコも牢獄に入れられたのだ。

 その夜ナナミは一晩中、泣き明かした
 ユウコさんが監禁されている。
 シュロスへ帰すのではなかった。カッセルに留めて、ずっと一緒に暮らすべきだった。縛り付けてでも手元に置いておくべきだった。自分のモノにすれば良かったのだ。ユウコのためを思ってシュロスに帰したのに、それが間違いだった。
 ・・・ユウコの笑顔が目に浮かんできた。

 隊長のアリスはナナミの心中を察した。
 カッセルの城砦に左遷され、隊員たちと出会い、戦場に赴き、殺されかかった。これまでのさまざまな出来事が脳裏を駆け巡る。最前線の軍隊だから当然なのだが、苦しいこと辛いことばかりだった。けれど、こうして生きているのだ。それというのも、常に先頭に立ってくれたナナミのおかげだ。ナナミがいなければアリスも部隊の仲間も、とっくに命を失い、今ごろは荒野で朽ち果てていただろう。相手は大部隊だったから、こちらの作戦はうまくいかなかったところもあったけれど、危機を乗り越えて最後は大勝利を挙げたではないか。
 アリスにはナナミが苦しんでいるのが痛いほどよく分かる。月光軍団のユウコとミキの二人には戦場で助けられたことがある。身柄を拘束されたときは丁重に扱ってくれたし、マリアお嬢様を見逃してくれた。それは感謝してもし切れない。その二人が苦境にある。何とかしてあげたいのはアリスも同じだ。
 しかし、ユウコとミキの二人は敵国の人間なのだ。
 三姉妹がチュレスタに潜入した時、ローズ騎士団は十数人程度だったと聞いている。その人数で月光軍団を支配下に置いたとすると、かなり強引な方法を取ったに違いない。ナナミはその騎士団が待ち構えるところにユウコを帰してしまったのだった。
 ルーラント公国の法令では、地方の軍での規律違反は州都の裁判所に委ねることになっている。バロンギアでも同じようなことだと推測されるが、辺境州を統括する州都も王宮の親衛隊が相手では口が挟めないでいるのだろう。本来であれば隣国の内部での諍いだ、こちらがとやかく言う筋合いのものではない。ローズ騎士団と月光軍団との内輪揉めはシュロスの弱体化を招くことになるから、カッセル守備隊としてはむしろ歓迎すべきものだ
 しかし、ナナミは後悔の念に打ちひしがれている。
 なぜなら、敵を、月光軍団のユウコを愛してしまったからだ・・・

 今ではそれぞれ昇進して、隊長のアリス、司令官のナナミとなった。カッセル守備隊の中枢部隊であるが、隊員は以前と同様に僅かに十人ほどだ。これにロッティーを加えて十一人だ。今回もこの部隊だけで出陣する。副隊長のカエデが率いるカッセル守備隊の本隊は城砦に残ることになった。
 出陣にあたっての会議を開いた。
 暖炉は火が消えかかっていて部屋はうすら寒い。二つある窓からは弱々しい光りが差し込んでいるだけだ。
「戦場から帰ったばかりですが、みなさんには、また出陣をお願いします」
 司令官のナナミは床に腰を下ろし壁に凭れかかっている。話す声が小さくて覇気が感じられない。隊員たちは床にしゃがんで聞いていたが、だんだん前に出てきてナナミを取り囲むように小さく固まった。
「バロンギア帝国ローズ騎士団が宣戦布告してきました。わが国の領土を蹂躙しようとしています。これを黙認するわけには、いきま・・・せん」
 ゴホッ、と咳き込んだ。
「しかも、月光軍団を支配下に置き、ミキさんやユウコさんを監禁しているというではありませんか」
「それはひどい」
 ホノカが拳を突き上げたが、いつもより控えめだった。
 ナナミが続けた。
「ユウコさんはお客様のような扱いをしました。それというのも、カッセルとシュロスは対立するのではなく友好的な関係を築きたいと願ったからです。しかし、ローズ騎士団には通じなかった」
 アカリが頷いた。敵の陣営にはユウコやヒカル、それにミキも加わっていることだろう、本音のところでは戦いは避けたいものだ。
「ローズ騎士団は王宮の親衛隊であり、宣戦布告の書状によると皇帝の近親者が名誉団長に就いているそうです。バロンギア帝国の皇帝と干戈を交えるような事態にならないようにしたいのです」
「・・・となったら、その時こそ出番です」
 マリお嬢様とお付きのアンナが何やら囁いている。貴族のお嬢様ともなると他国とも親交があり、皇帝に縁のあるバロンギア帝国軍と正面切って争いたくないのだろう。
「私は・・・戦うというよりは・・・投獄されたユウコさんとミキさんを助け出したい」
「救出作戦。敵陣営に突入して敵から・・・助ける」
 ホノカはそう言いながら腕を組んで考え込んだ。
 敵とはローズ騎士団。ユウコさんは、そしてミキも・・・守備隊にとってはむしろ味方というべきだ。
 
 会議が終わるとアリスは城壁にあがった。カッセルの城砦に来た当初、こうして一人で城壁にあがり、狭間に隠れて外の景色を眺めていた。あの頃は「副隊長補佐」で、守備隊から干されていたこともあって、どこにも心休まる場所がなかったのだ。今ではれっきとした隊長なのであるが、それでも部下とは距離を感じている。役目柄、隊長は孤独だとか一人で理屈をつけて納得していた。
 それにしても、ナナミとはお互い、もう少し打ち解けて話をしたいのだが、話すことと言えば、隊の装備や経理の事務的なことばかりである。もっとも、アリスは不倫して左遷されてきたので隠しておきたい過去もある。ナナミにも触れられたくない過去があるのだろう。あまり追及して姿を消されては困るのでこれまでは黙っていた。
 さて、今度の戦いである。相手はローズ騎士団、バロンギア帝国の王宮の親衛隊だ。皇帝とも繋がりがある、やっかいな相手と戦わなくてはならなくなった。
 城壁を吹き抜ける風が強くなったので襟を立てて縮こまった。太陽が照れば暖かい陽射しで心も身体も緩んでほぐれる。月光軍団の捕虜に親切に応対したのは暖かい陽射しだったはずだ。カッセルとシュロスの対立は解消されたかと思ったのだが・・・

     〇 〇 〇
 
 ローズ騎士団と月光軍団の合同軍がシュロスの城砦を出陣した。
 騎士団は30人、月光軍団は40人、合わせて70人の兵力だ。親衛隊である騎士団は王宮を留守にはできない、新たに増員したものの30人が限界だった。シュロスの城砦には留守役として文官のアヤなど数人を残してきた。人数は限られているが王宮の軍隊から強力な爆弾を取り寄せた。爆弾は弩級を使用して発射するタイプと、小型化して細い筒状にしたものとがあった。守備隊は凶暴な攻撃をすると知ったローラが爆弾で対抗しようとしたのである。
 騎士団の副団長ビビアン・ローラは、投獄していたユウコとミキを牢屋から連れ出した。この二人には特別な使い道を用意してある。敗戦の責任を償わせるためだ。戦場に死体が転がっていても何の不思議もない。
 月光軍団の参謀サトミと副隊長のミレイも陣に加わった。二人は自ら道案内の役を買って出た。敗戦の罪を軽くしてもらおうとローズ騎士団にすり寄ったのである。それは表向きの話で、サトミは守備隊のナナミから受けた屈辱を晴らし、その命を奪うことが目的だった。月光軍団の陣営には下働きとしてミカ、マギー、ヒカルも従軍している。荷物の運搬や食事の世話が仕事だ。同じく世話係の中にはメイドのレモンとミユウの姿もあった。さらには、東部州都軍務部所属のスミレも参陣していた。

 宣戦布告をして出陣したもののローズ騎士団はいくつもの不安材料を抱えていた。
 一つは辺境の地に不慣れなことだ。山や川の地形、街道の経路、変わりやすい天候まで、これらをよく知っている月光軍団のサトミやミレイに道案内を頼らざるを得ない。
 二つ目は王宮が恋しくなってきたことである。団員の中には早く王宮へ帰りたいと言う者がでてきた。ローラ自身、いつまでもこんな辺境の城砦にいるのは嫌気がさしている。
 それだから短期決戦で戦闘を終結させなければならない。もし、守備隊が城砦から出てこないようなら国境を拡充するだけでもよいのである。ローズ騎士団副団長のビビアン・ローラは、無抵抗の国境を侵略しルーラントの領土にバロンギア帝国の皇帝旗が翻る光景が目に浮かべた。
「皇帝旗が足りなくなったら、どうしよう」
 ローズ騎士団と月光軍団の隊列はシュロスを後に街道を進軍し、最初の宿営地に到着してテントを張った。宿営地はシュロスの城砦からそれほど進んでいない地点であった。月光軍団の荷運びが遅れているためだ。月光軍団の隊員は徒歩で従軍していた。ミカとマギーはズシリと重たい荷物を背負っている。騎士団のためにこき使われ、おまけに戦いになったら人間の盾にするぞと言われてはやる気が上がらなかった。
「あーあ、重いよ」
「肩にズシリとくる」
 これでも少し軽くなった方だ。メイドのミユウが自分が担ぎますと二人の荷物を引き受けてくれたのだ。
「騎士団の犠牲は嫌だっ」
「その前に荷物で潰されそう」
「また、ミユウに担いでもらおうよ」
「あの子は怪しいと思ってたけど、案外いい人だわ」
 ミユウは自分の身長より高い『背負い籠』を担いで元気に先頭を歩いていた。それに比べ、心配なのはヒカルだった。ローズ騎士団に鞭で打たれてからすっかり元気がなくなってしまった。
 二人は立ち止まって休憩した。道端には野生のキノコがひょっこり頭を出している。
「これ毒キノコじゃないの」
「うん、いかにも毒々しい」
「騎士団の食べ物に混ぜて食わしてやりたい」
「あの副団長に効き目があるかな・・・あっちの毒の方がキツイかも」

   〇 〇 〇

 その頃、カッセルの城砦では・・・
 城砦の門から出てくるのは商人か農夫くらいで、守備隊の部隊が出陣する気配はみられなかった。村芝居の一座が幟旗をはためかせて出ていくと、入れ替わるようにして貴賓用の馬車が横付けになった。馬車には純白のドレスに着飾った娘が乗り込んだ。お付きも数人いる。そこへボロを纏った村娘たちが近づいたが、従者にすげなく追い返された。おおかた菓子でもねだったのだろう。
 軍隊の動きと言えば、兵士や工夫たちが城壁の点検をしたり、突入を防ぐ柵を修理しているくらいだ。どうやらバロンギア帝国のローズ騎士団に恐れをなして籠城作戦をとろうというようである。村芝居の一行が出て行ったのはカッセルの城砦に見切りを付けて早々と逃げ出したのかもしれない。

 カッセルの城砦を出た貴賓馬車は鬱蒼とした林の中で停車した。乗っているのは四人。貴族の娘マリアお嬢様とお付きのアンナの二人。守備隊のアカリとロッティーは召使いに扮している。
「早く脱いでください、お姫様ごっこは、もう終わりです」
 ロッティーがマリアお嬢様を急がせる。
「脱いだら、そこの戦闘服に着替えて・・・ほら、もたもたしないっ」
 今度はアカリに怒鳴られた。
 そこへ村芝居の一行もやってきた。派手な衣装を着たのはホノカだ、珍しく着飾ったので恥ずかしがっていた。村芝居の馬車には隊長のアリスと司令官のナナミが乗っていた。
 守備隊は変装して密かにカッセルの城砦を抜け出していたのだ。いつぞやのように、シュロスの偵察員が探っているかもしれない、それを欺くための変装だった。
「全員、揃いましたか」
 アリスが声を掛けた。
「三姉妹がまだです」
「あの三人は・・・歩きだったものね」
 三姉妹は乗り物ではなく徒歩での行軍だった。
 しばらくすると、レイチェル、マーゴット、アヤネの三姉妹が歌を口ずさみながら、のんびりと歩いてきた。
「タラッタ、ラララ、タッタララ、花を召しませ、ラッタッタ」
 アヤネが雑草の束をホノカに差し出した。
「おっと、ホノカさんはカエルが大好物だったわね」
「またカエルか。それより、いきなりステーキがいい、牛飼いの娘たち」
「これでも、正体がバレないようにしてるんでございます」
 三姉妹は麻の上着と長いスカートにエプロンを掛けただけの質素な服を着ている。辺境でよく見かける村の娘に扮しているのだ。
 マリアお嬢様はというと、いつまでも脱いだドレスを丁寧に畳んでいた。
「お嬢様お急ぎください。そんな調子では日が暮れますよ」
 またしてもロッティーに突っ込まれた。
「その衣装、どうするのですか。まさか戦場に持っていくのではないでしょうね」
「あら、召使いのロッティーさん、もちろん持っていきますのよ」
「それだけで馬車の半分を占めているではありませんか。武器や食料は置くところがありません。ドレスを積み込むのならお嬢様は歩いてください」
「歩けだなんて酷い召使いだわ」

 馬車の陰に集まって作戦会議となった。
「奇襲攻撃」
 と、ナナミが言った。
「こちらは十一人だけだから、まともに正面から当たったのでは勝機はありません。奇襲攻撃をかけ宿営地に突撃します。そのために、前日の夜に食べ物に薬を混ぜて身体を弱らせてください」
「毒は任せてね」
 魔法使いのマーゴットの出番だ。
「毒ではなくて薬です。あまり効き目が強く出ない程度に調合してください」
 食べ物に混ぜる薬はローズ騎士団だけに効果が現れるようにしたい。とはいえ、食事に混入すれば全員の口に入ってしまうのは避けられない。ナナミは毒ではなく腹痛を引き起こす薬草にしてと念を押した。
 敵の宿営地に潜入して薬を混入するのはレイチェル、マリアお嬢様、アンナの三人に決まった。お嬢様では心もとないが、戦闘に参加するよりは危険が少ない役目を当てた。奇襲攻撃部隊としてホノカ、アカリが敵陣に突入する。マーゴットとアヤネも騎士団の顔を知っているので奇襲攻撃に加わる。レイチェルを奇襲部隊からはずしたのは、もう変身させたくないというナナミの思いだった。
「狙うのはローズ騎士団だけです。突撃したら騎士団を襲い、王宮に帰ることを承諾させてください」
 バロンギア帝国の皇帝と繋がりの深い騎士団は国境から退却して王宮へ帰ってもらうだけでよいと言うのだ。
 これには隊長のアリスも大いに賛成である。騎士団が退去して帰ってくれればとりあえず戦闘は回避できる。月光軍団とは、お久しぶりですとか、先日はどうもなどと旧交を温めることにしよう。
 ところがナナミは、
「ユウコさんとミキさんの居場所を捜索し消息が知りたいんです」
 と、本音を漏らした。
 ローズ騎士団が撤収すればユウコとミキの様子も知れようというものだが、二人が従軍しているかどうか、そこまでは確かめる術がない。

 そこへ新たな荷馬車が到着した。手綱を引いているのはリーナだった。 
「例のモノを積んできました」
「ご苦労様」
 アリスが幌を捲ると、守備隊の前隊長チサトとエリカ、ユキの三人が乗っていた。監獄からは出したが、逃げられないように馬車の中でも厳重に縛り上げてある。
「騎士団が帰るのを拒否したら交渉の道具として使うわ。こういう時のために生かしておいたのよ」
 ナナミが冷たく言い放った。
「交渉を有利に運ぶため敵に差し出す。それが、あなたたちの役割というもの」
 アリスにはこの三人を敵に引き渡したらどうなるか容易に想像がついた。前回の敗戦の恨みを晴らすためにシュロスでは間違いなく処刑するだろう。それを分かっていてチサトたちを敵に渡すのだ。
 そして、前隊長の部下であったロッティーもナナミのやり方に背筋が寒くなる思いがするのだった。
 気に入らない者は味方でも抹殺する。ユウコのためには危険を覚悟で敵陣に突撃するというのに・・・
「こいつらの見張りはロッティー、あなたよ、いいわね」
「は、はい」
 おとなしくナナミに従うロッティーであった。
     ・・・・・
 シュロスの城砦に留まったリサは久し振りに気が休まるのを感じた。
 ローズ騎士団と月光軍団が出陣していったシュロスの城砦は、ようやく平穏な日常を取り戻していた。騎士団では文官のアヤなど数名が留守部隊として残っているだけだった。副団長のビビアン・ローラの姿が見えないだけでもホッとする。
 静まり返った事務室の奥で、リサはアヤと並んで寝台に座っていた。いったんは重ねられた指をふりほどいたが、アヤに引き寄せられて肩にもたれた。耳に息がかかり、そして首筋にキスをされた。
「リサさん・・・こうしてみたかった」
 アヤが長い脚をリサの脚の間に滑らせた。長くてきれいで、ほどよい肉付きの太もも。二人とも揃って美脚だ。ふくらはぎが擦れ、太ももが交錯して絡み合う。
「あっ・・・おほっ」
 声を出したのはアヤの方だった。リサの右脚がアヤの太ももの付け根に当たっている。
「私、謝らなくちゃいけないと思ってるんだ」
 思いがけない言葉にリサは耳を疑った。
「シュロスに滞在してお金を出してもらった。それからミキさんやユウコさんを投獄したでしょう。今になってみると気の毒なことしたと思うわ」
 王宮からローズ騎士団が来て、こんなに優しい言葉をかけられるのは初めてのことだ。
「仕事とはいえ少しやり過ぎだった、ごめんね」
 騎士団のアヤが謝罪の言葉を口にした。リサはとたんに心が晴れてくるような気がした。
「ユウコさんやミキは無事に帰ってこれるのですか」
「そうね・・・今度こそカッセル守備隊に勝たなくちゃ。ローラさんなら勝てる。だけど、勝利には月光軍団の協力が必要だわ。ユウコさんたちを従軍させたのはそのためなの。きっと、全員で凱旋してくるわよ」
「私もそう信じてます」
「そうしたら、二人を釈放してもいいけど。それには・・・分かってるわよね、リサさん」
 アヤは脚を開いて太ももの付け根をリサの膝に密着させた。
「あっ、いけません」
「あなたの恋人はミキさん、そうだったわね」
 リサは小さく頷いた。
「何時だったか、ミキさんの名前、うわ言のように繰り返してたのを聞いちゃった」
 ローラに痛めつけられて気絶した時のことだろう。目を覚ますとメイドが介抱してくれていたがアヤにも聞かれていたのだ。怒られるのと覚悟した。
「ミキさんが羨ましい。だって、きれいなリサさんと愛し合えるのだから」
 アヤが身体を入れ替えてリサの上に覆いかぶさってきた。
「お願い、私にも同じことをしてよ・・・」
 アヤに逆らってはいけない。ミキに知られたら気を悪くするかもしれないが、これも二人を助けるためだ。
「アヤさんが、留守部隊で残ってくれて・・・感謝してます」
 それは本当のことだ。
「うれしいっ」
 アヤが甘えるようにしがみついてきた。すっかり夢中になっているようだ。さすがは王宮の親衛隊とあって、アヤの美しい顔、均整の取れた身体、ツヤツヤした髪にはうっとりしてしまう。
「好きです、アヤさん」
 アヤを抱きしめたリサは、ミユウというメイドから言われたことを思い出した。
『スミレさんからの伝言です。アヤさんとはできるだけ親密になっておいてください』
 
     〇 〇 〇

 バロンギア帝国ローズ騎士団が進撃を続ける。カッセル守備隊の抵抗を受けることなく国境を越えて進軍していった。副団長のビビアン・ローラは、このまま一気にカッセルの城砦に攻め込み、爆弾を叩き込んで壁を破壊してやると息まいた。とはいえ、本音のところでは領土を拡張するだけで戦争を終了させたいのだった。
 その日はルーラント公国の領内で陣を張った。宿営地にはローズ騎士団の旗とともにバロンギア帝国旗も翻っている。すでにここはバロンギア帝国の支配下と言ってもよかった。
 宿営地には、三角の屋根に周囲を布地で覆い、内部は板敷という本格的なテントも建てられている。これはローズ騎士団専用であり、月光軍団は中央の柱に屋根を架けた簡易テントか、さもなくば野宿をさせられる。
 宿営地の入り口の街道には、武器や食料を積んだ馬車が何台も停車していた。奥まった場所に停っている一台は見張りが配置されていて、いかにも物々しい雰囲気だった。それもそのはず、馬車には爆弾が積まれ、さらに、月光軍団の副隊長ユウコが監禁されているのだ。
   ・・・・・
 カッセル守備隊は気付かれることなくローズ騎士団の宿営地の近くに集結していた。
 食事の支度の時間を見計らって、レイチェル、マリアお嬢様、アンナが敵陣に向かった。レイチェルが手にした籠には薬をしみ込ませた青菜が入っている。これを食事の鍋に混入するのが任務だ。
「お嬢様、離れずに付いてきてください」
 お付きのアンナがお嬢様を振り返った。お嬢様は敵陣が近くなり人声が聞こえてくると怖くなったのか、段々と遅れだしてきた。
「だって、こんな服、誰かに見られたら恥ずかしいわ」
 マリアお嬢様は質素な麻のチュニックにスカートを着ている。カッセルの城砦を抜け出すときに三姉妹が着ていたものだ。村の娘に見せかけて炊事場に近づこうとしたのだが、色白で気品のあるお嬢様はどう見ても村娘には見えない。戦場では顔見知りに会うことなどないだろうに、いかにもお嬢様らしい心配をした。
「大丈夫です、その恰好ではどう見てもお嬢様には見えません、きれいなドレスを着てこそですから」
「まあ、うれしい」
 褒めているような、いないような言い方だったが、アンナに言われてとりあえずお嬢様は納得した。
「お嬢様、私たちは見つかってはいけないんです。今回の戦いはこの任務が成功するかどうかに掛かっているんです」
「そうでした、この葉っぱには毒が振りかけてあるのでした」
「お嬢様、これは毒ではなくて薬です、消化を良くする薬草の一種ですよ」
「マーゴットは毒だって言ってたわ」
 あれほど毒は使わないようにと指示されたのに、マーゴットが使ったのは腹痛を起こす毒薬だった。
「だからレイチェルに持ってもらったの」
「それじゃ、あたしは毒の当番ですか・・・どれ」
 籠の中を覗いたレイチェルが思わずのけ反った。
「真っ赤だ」
 毒薬のせいで青菜はしおれ、赤や黄色の混じった緑黄色野菜に変色していた。誰が見ても毒々しい。
「こんなもの食べさせるの、さすがに、これはマズいよ」
「マーゴットが隊長さんで試したから、全然、平気」
 そういえば、出てくるときに隊長の姿が見えなかった。隊長のアリスは毒草の実験台にされてしまったのだ。
「バッチリですよ、何人でも殺せます」

「し、静かに」
 レイチェルがお嬢様を止めたがすでに遅かった。
 ガサガサ
 木の陰に誰かいる。レイチェルは身構えた。
「誰・・・」「あれ」「まあ」
 木の後ろから現れたのは月光軍団のミカとマギー、ヒカルたちだった。
「誰かと思ったらば、マリアお嬢様ではありませんか」
 変装したにもかかわらずヒカルにはあっさり見破られてしまった。
「もうバレたなんて・・・貧しくて貧乏で、みすぼらしくて薄汚れた村娘になったつもりだったのに」
「残念ですが、どこから見ても、貧乏でみすぼらしい娘には見えません」
「ほほほ、そこがお金持ちのつらいところです」
「つらくなるほどお金があるとは、さすがは貴族のお嬢様ですね」
 月光軍団の隊員ミカやマギーたちは食事の支度をしていたが、適当にサボって炊事場の裏の山にあがっていた。そこで、バッタリお嬢様たちに遭遇したのだ。まさか宿営地で守備隊のマリアお嬢様に出会うとは思いもよらぬことだった。
「お嬢様、会いたかった」
 シュロスの城砦ではローズ騎士団に虐められ、こき使われ、辛く苦しいことばかりが続いている。ヒカルにとってはカッセルで捕虜になっていた時期の方がマシだった。
 お嬢様の顔を見て沈んでいた気持ちが一気に明るくなった。
 ところが、お嬢様はいつもの調子でこう言うのだった。
「ヒカルちゃん、今度こそ召使いにしてあげる」
「会うんじゃなかった」
 お嬢様もヒカルも友達気分が抜けていない。敵同士だというのに、まるで緊張感のない会話だ。
「すみません、この人たちは誰ですか」
 ミカの背中から騎士団のメイドのレモンが顔を出した。後ろにはミユウもいる。二人も月光軍団の隊員と一緒になって炊事場を抜け出していた。
 ヒカルが紹介した。
「あなたたちは初めてだったよね。こちらは、カッセル守備隊のレイチェル、それにマリアお嬢様とお付きのアンナさん。こう見えても、お嬢様は由緒ある貴族の家柄なのよ」
「よろしくね」
「この二人は、メイドのレモンちゃんとミユウちゃん。レモンちゃんは騎士団のメイドだけど召使いみたいにされてる、かわいそうなの」
「レモンです。どうぞよろしくお願いいたします」
 レモンが膝をついてお辞儀をした。
「よろしい挨拶ですね。私、もう一人召使いが欲しいところだったわ。レモン、私の召使いになりなさい」
 初対面でもいきなり召使いに欲しがるお嬢様であった。

「ところで、ヒカルちゃんはシュロスへ戻って、お元気にしてましたか」
 それとなく、お付きのアンナが尋ねるとヒカルは表情を曇らせた。
「それが、実は・・・」
 ヒカルはシュロスの城砦に無事に帰ったものの、そのことを騎士団から強く責められたと話した。
「大変だったのですね」
「捕虜にされていた方が、みんな優しくしてくれて・・・」
 ヒカルが顔を覆って泣き出したのでアンナが抱きしめた。
「私は鞭打ちぐらいですんだけど、ユウコさんとミキさんは」
 ヒカルがユウコとミキの名を口にした。
「ユウコさんはどうしているの、心配だわ」
 アンナは何も知らないふりをして詳しい情報を聞き出すことにした。
 ヒカルの話すところによると、月光軍団のミキは敗戦の責任を取らされ投獄され、自分たちの見ている前で拷問を受けた。ユウコも帰還した後は監禁されてしまったということだ。
 
 州都軍務部所属のミユウにとっては、何とも理解できない状況が繰り広げられていた。宿営地の目と鼻の先で敵が偵察していたのである。こんな近くまで守備隊が忍び寄っていたとは思ってもみなかった。いきなりの不覚だ。
 それなのに、月光軍団のミカたちは応戦するどころか、まるで友達同士のようなおしゃべりをしている。もっとも、守備隊の偵察員というのはお粗末すぎる。どうみても偵察任務をしているとは思えない。お嬢様はレモンとハイタッチしていた。初対面なのに意気投合したようだ。しかし、レイチェルという隊員だけは身構えた様子からかなり訓練されていると思えた。
 かつてカッセルに潜入していたときには顔を見られないよう努めていたが、念のためフードを目深に被り直した。
 相手の関心はユウコに向けられているので、少し新しい情報を与えて反応を見ることにした。
「私、何度か食事を運んだことがあります」
 ミユウはお嬢様のお付きのアンナに向かって言った。お嬢様と違ってアンナはまともに話が通じそうだった。
「二人は守備隊の見習い隊員を見逃したことにより、規律違反を問われたのです。牢獄に閉じ込められてしまいました」
「ユウコさんには戦場で助けてもらったのに牢屋なんて」
「かなり厳しくお咎めを受けましたが、二人は気丈にも頑張っています」
 ローラによって暴行され、辱めを与えられたことは言わないでおいた方がよさそうだ。
「親切にしてくれた人が牢屋に入れられるなんて気の毒です。今度は私たちが助けてあげる番だわ」
 そう言ってお嬢様が手を合わせた。
 お嬢様はユウコのことを気遣っている。そればかりでなく二人を助け出そうとしている気配が感じられる。うっかり本音を口にしたのだ。守備隊の作戦の一部が明らかになってきたのでミユウはお嬢様に感謝した。
「二人とも従軍しているのかしら」
 さすがに守備隊にはまだ情報が伝わっていないとみえる。
「はい、二人とも城砦から連れ出されて、この宿営地にいます。でも、監視がいて側には近寄れません」
 ミユウが答えた。これくらいは相手に教えてもいい。

「それで、お嬢様はここで何をしているんですか」
 突然話が変わり、ミカがお嬢様に尋ねた。
「まさか、戦いに出てきたんじゃないでしょうね」
「正解。私たちは戦争をしにきたのです」
「お嬢様が戦うのですか、それなら喜んで降参しましょう」
「よし、全員、ギロチンにしてあげるね。先ずはレモンから」
「レモンはギロチンになりたいわ」
 ここまでくると、ミユウは底知れぬ脱力感に覆いつくされるのだった。 
「こんな近くまで偵察に来ているだなんて、ローズ騎士団に見つかったらどうするんです。ゼッタイに捕まっていましたよ」
 ミカの言う通りである。騎士団に発見されていたら偵察は失敗していただろう。もちろん、ミカには騎士団に告げ口する気はさらさらなかった。
「それはね、この野菜をみんなに食べてもらおうと思って来たのよ」
 お嬢様にしてはなかなか上手い言い訳をした。作戦の大事な要、薬をしみ込ませた青菜を鍋に混入できるかどうかの分かれ目だ。
「守備隊の人が差し入れですか。一応、敵なんですけど」
「下手な変装までしてくるとはゼッタイ怪しい」
 やはり敵国同士だ。友情なんて芽生えるわけがない。作戦を見破られてしまったのでレイチェルは戦う覚悟を決めた。懐に隠し持った短剣を探る。それに呼応してミユウも戦闘態勢をとった。
 ところが、戦場の緊張感など少しも持ち合わせていないお嬢様がこう言った。
「怪しくなんかありません。この葉っぱには、たっぷりと毒をかけてあるのです。これを騎士団に食べさせて・・・」
 アンナが慌てて口を塞いだのだが手遅れだった。お嬢様は一番大事な秘密を漏らしてしまった。
「ああ、いえ、その、お嬢・・・もう、大バカお嬢様は、なんということを言ってしまったのですか」
「私たちの食事に毒を入れようとしたのね」
「あーあ、バレちゃったじゃないですか。お嬢様のせいですよ」
「うっかりしてました」
「それは、つまりですよ、騎士団だけに食べさせればいいんで、ヒカルちゃんたちには無理にとは言いませんので」
 アンナが何とかその場を取り繕うとしたが、
「だめだわ・・・また出直してきます、ほら、お嬢様」
 と、お嬢様の手を引っ張って逃げようとした。
「ミカちゃんたち、今の話は聞かなかったことにしといてね」
「アンナ、まだ大切な任務が残っているではありませんか、この毒を・・・」
「お嬢様、作戦は失敗したんです。早く逃げないとヤバいんです」 
 レイチェルがお嬢様の背中を押して立ち去ろうとしたとき、
「待ってください」
 月光軍団のミカが呼び止めた。
「ギクッ」
 ここで捕まればローズ騎士団に引き渡されてしまう。捕虜になり、暴行も覚悟しなければならない。奇襲作戦は失敗して守備隊は敗北である。
「それ、本当に毒がかけてあるんですよね」
「毒というよりは素晴らしい薬です。腹痛に効き目のある薬草・・・ちょっとお腹が痛くなるくらいなんですよ」
 痛くなる薬草とは毒なのだが、アンナは薬であることを強調した。
 ミカとマギーは何やら囁き合っていたが、
「いいわ、それ、入れてください」
 と、薬の掛かった草を食事に混入してもいいと言った。
「いいんですか、これ薬草、いえ、本当は毒なんですけど」
「ゼンゼンかまいません。意地悪な騎士団に仕返しがしたくって」
 ミカは自分たちも毒キノコを食べさせようとしたくらいだから、守備隊が毒の野菜を用意してくれたのは大歓迎である。
「ほら、私の言った通りでしょう、これでアノ作戦も成功よ」
 お嬢様は得意顔になった。
「アノ作戦・・・毒草の他にもまだ作戦があるんですか」
「もちろんですよ、この毒で体調を悪くさせておいて、こっちは、バシーっと奇襲攻撃をかけるんです」
 調子に乗ったお嬢様は奇襲攻撃の情報まで漏らしてしまった。
「お嬢様、あなたはどこまで世間知らずなのですか」
「はて、何かいけないことを言いましたっけ」
「全部です、全部いけません。いいですか、事前に教えてしまったら奇襲攻撃になりません。突然だからこそ奇襲なんです。これではユウコさんとミキさんを助ける計画だって、うまくいくかどうか心配になってきました」
「でも、ローズ騎士団にバレなければいいんじゃないの」
「さすがはお嬢様」「確かにそうです」「賛成」「黙っていようね」「明日が楽しみ」
 お嬢様の失言が功を奏して守備隊と月光軍団の双方がまとまった。
「それじゃ、お嬢様、炊事場へ行って毒を入れましょう。こっちですよ」
 ミカが案内しようとすると、
「いえ、私はここまでです。だって、恐ろしい猛毒じゃないですか」
 肝心なところでは腰が引けるお嬢様だった。
「あら、お嬢様、極秘作戦のために来たのではなかったのですか」
「危険な仕事はレイチェルに任せるわ。この私に万一のことがあったら、ルーラント公国が困るじゃないの」

 ミユウにとっては、ますます驚くことばかりだった。
 カッセル守備隊は奇襲攻撃を仕掛けてくる。偵察隊は食べ物に毒を混入させ、弱らせておくために忍んできたのだった。本来ならば対抗策をとらなければならないのにミカたちは敵の作戦に同調してしまった。騎士団に恨みがあるとはいえこれでは裏切り行為だ。
 だが、本当に騎士団だけを標的にするというのなら、毒の混入でも奇襲攻撃でも、やらせてみるのも面白いかもしれない・・・
「では、ここだけの話ということにしましょう」
 それぞれが握手し、すっかり話がまとまった。
「あなたも、よろしくね」
 お嬢様に手を差し伸べられた。ミユウはこれから戦う敵と握手などするつもりはなかったが、思わず握手してしまった。お嬢様のおかげで奇襲攻撃を探知することができたという感謝の意味である。
「私たちは騎士団だけを攻撃します。月光軍団のみなさんには手を出しません。攻撃が始まったら、安全な場所に避難しててください」
 ローズ騎士団だけを攻撃するのが狙いだとお付きのアンナが言った。
「・・・そしてユウコさんとミキさんを探して救出したいのです」
 アンナがそう付け加えた。 
 ユウコとミキを助ける! 
 ミユウは奇襲攻撃を歓迎したくなってきた。さっそく上司のスミレに報告しなくてはならない。
 
「食べる前に、言って」
 東部州都軍務部のスミレはシチューのボウルを遠ざけた。一口食べたところで、部下のミユウから腹痛を引き起こす毒薬が混ぜられていることを告げられた。
「安心してください。それには毒は入れてません。鍋は騎士団用と月光軍団用に分けましたので。もっとも、こちらには肉も入っていませんが」
「ミユウも食べたんでしょ、それなら安心だわ」
「いえ、念のためパンと水だけにしました」
「毒見係か、私は」
 ミユウは守備隊の偵察部隊と遭遇した経緯を報告した。双方とも戦闘にならなかっただけでなく、まるで友達に再会したような雰囲気だったという。おまけに、月光軍団のミカたちは騎士団の食べ物に細工することまで承諾したのだ。
「その場にいた私も驚きました、敵が偵察していたのですから。しかも、お互いに仲良く意気投合したのです。騙されていると思ったくらいでした」
 偵察の目的は食事に調合した薬を混入するためだった。その効果が表れたころに奇襲攻撃を仕掛けるという。薬だか毒だかの入った鍋は騎士団だけに食べさせた。月光軍団の隊員が食べたシチューには毒は入っていない。とはいえスミレの食欲は失せてしまった。
「毒を入れたからには奇襲攻撃をさせるしかないわ」
「攻撃隊はせいぜい五、六人でしょう、それでは副団長か参謀を捕獲するのが限界です」
 ミユウの話では守備隊の狙いは騎士団だけだという。
「あの女が慌てふためく姿を見てみたいものだわ」
 副団長のビビアン・ローラに辱めを受けた恨みは消えていない。思い返すたびに悔しくて腹が立ってくる。守備隊が騎士団を酷い目に遭わせてくれれば少しは気分が晴れるというものだ。スミレはローラがスゴスゴと退散する姿を想像した。
「ミキさんとユウコさんの監禁を解くことも希望が出てきた。なんとかして二人を取り戻したいわ」
「守備隊は自分たちの手で二人を助けだそうとしているようでした」
「ううむ・・・」
 スミレは首を傾げた。
 騎士団を撤退させるのも二人を救出するのも、その点では守備隊とは合致している。しかし、捕らわれているユウコとミキを解放するのはそう簡単ではないことだ。監視も厳しい。州都のスミレが頼んだところで騎士団が解放してくれる見込みはない状況なのである。
「奇襲のうえに救出作戦とは・・・無理があるなあ」
「何だか、ややこしい作戦ですね。敵である守備隊が騎士団から月光軍団を助け出そうというのですから」
「ますます分かりにくいわ。いったい、どっちが敵で味方なのか混乱してきた」
「少なくとも、あたしはお味方です」
「私たちはルーラント公国と戦う、つまりカッセル守備隊と戦うのが使命なのだ、ということを忘れないように」
「そこなんですが、月光軍団と守備隊は友達みたいで、一種の友情が芽生えているようでした。あれでは戦えません」
「ユウコさんを丁重に扱ったことといい、いつの間にか、シュロスとカッセルは友好国になったようだな・・・」
「守備隊が二人を助けようとしているのも友情なのですかね」
 見習い隊員を見逃して戦場で親切にされたくらいで、ユウコを助けようとするものだろうか。ミユウが思い出すのはカッセルの城砦で見た、司令官のナナミとユウコが抱き合っている光景だった。
    ・・・・・
 そのころシュロスの城砦ではリサとアヤが抱き合っていた。
「ああ、ああ、リサ、リサ様」
 ローズ騎士団のアヤは恍惚としていた。リサの美しい顔、そして、伸びやかな太もも。何という甘美、この上ない幸せだ。
 ずっとこうしていたい。リサのモノになりたい。ローズ騎士団が帰還して来なければいいのに、そうしたら、この幸せが永遠に続くだろう。
 

奇襲攻撃

 そして一夜が明けた。
「テントがざわついている」
 ローズ騎士団の宿営地に物見に行っていたリーナが戻ってきた。
「マーゴットの薬が効いたんだ」
「そりゃそうよ、あれは毒だもの」
「さすがは毒女」
 宿営地で遭遇した月光軍団のミカたちにも助けられた。騎士団に知られたらお仕置きが待っているだろうに、それを覚悟で手引きしてくれたのだ。両者の亀裂が深いという証拠だ。しかも、ユウコとミキが宿営地にいるという情報が得られたことで、救出作戦が立てやすくなった。突撃隊は騎士団の副団長を捕縛し王宮に帰ることを認めさせる。その間にリーナは二人の捜索に回ることにした。
 
 ローズ騎士団と月光軍団の宿営地では体調不良を訴える者が続出した。重症ではないが、発熱したり、身体に力が入らなくなった隊員が現れた。食中毒かと思ったが元気な者もいて食べ物が原因ではなさそうだ。不衛生な辺境の水が合わなかったのだろう。その証拠に月光軍団の隊員には誰一人として症状が出ていなかった。
 騎士団副団長のビビアン・ローラも熱が出て全身がダルくなった。寒気もするのでメイドのミユウに暖かい布団を持ってくるように言いつけた。このような事態になると王宮が恋しいと言う者が出るだろう。国境を拡張して侵攻できたのだから、カッセル守備隊と交戦する前に撤収を考えてもよいかもしれない。
 ローラがテントで横になってうとうとした時だった。
 俄かに外が騒がしくなった。敵だ、奇襲だ、武器をなどと声が飛び交う。
「奇襲!」
 よりによって、こんな時に奇襲攻撃とは。ローラは起き上がろうとしたが身体が重くて動けなかった。メイドを呼んだが返事はない、使いに出すのではなかった。

 カッセル守備隊の攻撃が始まった。
 ホノカとマーゴットの二人は幹部がいそうなテントを目指して疾走した。アカリとアヤネは騎士団の特徴である銀色の鎧兜を身に着けた者を見つけると片端からなぎ倒していった。
 騎士団の隊員は慌てふためいた。奇襲攻撃に驚いてその場に倒れ込み、あるいは這いつくばって逃げだした。月光軍団のミカたちは攻撃が始まると、仲間の隊員を集め炊事場の付近に避難した。予め集合場所に決めておいたのだ。お嬢様が約束した通り、守備隊は月光軍団には攻撃をしてこないようだ。ミカは目の前で騎士団の隊員が右往左往するのを見て小さくガッツポーズした。
 
 ローラは軽装の胸当てだけを着けてテントから首を出した。駆け回る足音、怒鳴り声、鎧がぶつかる音。初めて経験する戦いに恐れおののいた。攻撃してきたのが守備隊なのか、あるいは山賊なのかさえも定かではなかった。山賊には苦い思い出がある。
 テントの周りに騎士団の隊員の姿が見えないのも何とも心細い。テントに隠れようとしたところへ敵兵が現れた。
「た、助けて」
「ローラ様、奇襲です、守備隊の奇襲です」
「お、お前か」
 そこにいたのはメイドのミユウだった。持ってこいと頼んだ布団を抱えている。こんな混乱した状況にあっても忠実に命令を実行している。ミユウを戦場に帯同してきて良かった。部下には見捨てられたのに新米のメイドが駆け付けてくれたとは皮肉なことだが・・・
「鎧を着て守備隊と交戦してください」
「やっぱり守備隊か」
 メイドの報告で襲ってきたのはカッセル守備隊だと判明した。いつの間にか、宿営地の近くにまで忍び寄っていたのだった。
「みんなどうしたのよ、何で助けに来ないのよ。参謀を呼んで」
「体調が悪くて倒れたんです。怪我人も出ています。副団長、このままではいけません、槍を取ってください」
「何ということよ、ヤバすぎる」
 ローラはミユウが持ってきた布団をひったくるようにして奪い取った。
「お前は外にいろ、敵が来たら誰もいないと言うのよ」
 そう言ってテントの入り口を閉ざした。
「情けないヤツ」
 居場所を教えるなとは聞いてあきれる。これでも王宮の近衛兵なのか。シュロスで威張り散らしていたのは単に虚勢を張っていただけだった。テントに隠れて怯えている姿こそがローラの本性だ。
 ミユウがテントから出ると、そこへ攻撃部隊が馬を駆って走ってくるのが見えた。

 駆け付けたのはホノカとマーゴットだった。
 大きなテントの前にメイドが立っているのが見えた。
「そこをどきなさい。中を調べるわ」
 カッセル守備隊のホノカに詰め寄られミユウは思わずたじたじとなった。なるほど、これが月光軍団を壊滅させた相手か。敵の戦士は身体も大きく、のしかかってくるような圧力を感じた。しかし、州都の軍務部としては守備隊の戦闘員などには負けたくない。足に力を込めて相手を睨み付けた。
「ここにはローズ騎士団の副団長はいない」
 テントの中のローラに聞こえるくらいの大きな声で叫んだ。
「メイドは下がっていろ。騎士団の副団長に用があるんだ」
「だから、ここには・・・うわっ」
 ミユウはテントに飛び込むと、布団を被って隠れているローラに当たりを付けて蹴った。
「ふげぃ」
 狙い通り、ローラが悲鳴を上げた。
 守備隊のホノカがテントを覗いた。メイドが、ここだと言わんばかりに丸まった布団を指差している。協力的なメイドである。マーゴットが布団を捲ると、すね当てと胸覆いだけを身に着けた騎士団の隊員がガタガタと震えていた。
「ローズ騎士団の副団長ですね」
「い、いえ、違います、違いますって」
 マーゴットが顔を確かめた。 
「副団長のローラに間違いないわ。チュレスタであんたの肩を揉んでやったでしょ」
「えっ・・・」
 ローラがマーゴットに気が付いた。
「あの時のマッサージ?」
「そうよ、偵察してたんだ」
 正体がバレたと知ったローラはメイドを盾にして背後に隠れた。
「助けて・・・お前がなんとかしろ」
「なんとかしろと言われても・・・いいですよ、分かりました。副団長ローラ様のご命令とあれば、このメイドのミユウが戦いましょう」
 ミユウは槍を手に取ると、
「どうなっても知らないから」
 と言いながら、背後を確かめ狙いを付けながら槍を引いた。
 ボゴ、槍の石突きがローラの鳩尾を直撃した。
「おげえ・・・痛いっ、ゲボボボ」
 ローラがお腹を押さえてのたうつ。
「すいません、だって、槍の稽古なんかしてないもん、メイドだから」
「出て行け、お前なんかクビだ」
「ハイハイ」
 ミユウがテントを出ていった。ローラは嫌でも敵と向かい合わなければならなくなった。それもたった一人で。
「ウッヒ」
 胸元に槍の穂先が付き当てられブルブル震えた。これは敵わぬと布団を引き寄せ身体に巻き付ける。
「カッセル守備隊が参上しました。部隊長のホノカです」
「はい、隊長様、いえ、部隊長様でございますね」
「この槍を少し動かせば、あなたの命はなくなるんですよ、副団長殿」
「そんな危ないことは、やめて、おた、お助けを、ウヘッ」
 ローラはじりじりと下がり、ついに、テントの隅に追い詰められて逃げ場を失った。
「王宮の親衛隊である偉い奴に乱暴はするなと、そう言われてきた」
 ホノカは布団に槍を突き刺し撥ね上げた。
「要求を聞いてくれるのなら、槍を収めてもいい」
「ミユウ、助けて、どこにいるの」
「メイドなら逃げました。クビにしたんじゃなかったんですか」
 ホノカが槍の先でローラの耳元を叩いた。
「アヒッ、命だけはっ・・・命だけは助けてください、何でも聞きますから」
 ローラは命惜しさにそう答えるしかなかった。
 
 州都の軍務部のスミレが確認すると、月光軍団の隊員には身体の不調を訴える者もおらず、怪我人もいなかった。約束通り、カッセル守備隊は月光軍団には攻撃を控えているようだ。そこへ部下のミユウが駆け付け、騎士団のローラが捕縛されそうだと報告した。随分あっけなく捕らえられたものだ。それを聞いて月光軍団のミカたちは手を取り合って喜んだ。
 スミレは交渉役を買って出ることにした。昨夜、部下のミユウが敵の偵察と遭遇し、カッセル守備隊の目的が騎士団を追い帰すことにあると判明した。それならば、ローラの命まで奪うことまではしないだろうと思ったのだ。スミレはミユウを連れて騎士団の元へと走った。宿営地にはあちこちに騎士団の隊員が倒れていた。毒による食あたりのためだとしても、騎士団は応戦するどころかローラを助けに向かおうともしない。

 逃げたはずのメイドがテントに戻ってきて、見張りをしていたマーゴットに、交渉役を連れてきたと言った。メイドの後ろに控えている騎士は重装備だが剣は抜かずに鞘に納めている。交渉役は「バロンギア帝国、東部州都の軍務部所属スミレ」と名乗った。
 スミレはマーゴットの制止を振り切ってテントに入った。そこには、テントの支柱に片手を結わえ付けられたローラがうずくまっていた。
「ヒイッ・・・お助けを・・・ああ」 
 州都の軍務部のスミレだった。
「州都のお役人様か」
 駆け付けたのが騎士団ではなかったのでローラはガックリと肩を落とした。
 スミレとホノカが名乗りを上げ交渉が始まった。
「カッセル守備隊は、ローズ騎士団に対し、即刻、ルーラント公国の領内から引き揚げることを求める」
 ホノカが騎士団が退却する旨の要求を突き付けた。しかし、交渉役スミレの返答は厳しかった。
「そんな身勝手な要求は受け入れられない。ここは、すでにバロンギア帝国の領土である」
 スミレはあっさりと要求を撥ね付けた。
「そうでしたね、副団長殿」
「はい、まあ、たぶん、そういうことです、なんなら皇帝の旗を立てましょうか」
 守備隊のホノカもそう簡単には引き下がるわけにはいかない。
「騎士団が国境から撤退するなら助けてもいいが、拒否すればこの槍で突き殺す」
 守備隊が奇襲攻撃を仕掛けた目的はローズ騎士団を追い返すことにある。ローラの首を取るのは本意ではない。
「やってみなさい。騎士団のローラを殺したら交渉は決裂よ。こちらは全軍で総攻撃するわ。それでよければ早く殺しなさい」
 
 ホノカは槍を構えて首を捻った。 
 東部州都の軍人は交渉役だと言いながら、ローラを殺すように仕向けているようだ。月光軍団だけでなく州都の軍までもが騎士団を敵視しているのである。殺すのは得策ではないと思いつつも槍を頭上に掲げた。
「アヒッ、お助けを・・・」
 ローラが懇願した。
 助けに来てくれたと思ったのに州都のスミレは当てにならなかった。交渉どころか、むしろ敵を挑発して怒らせてしまった。シュロスの城砦で牢屋に押し込み、殴ったり辱めたことを恨んでいるのだ。
 これでは守備隊に殺されてしまう。こんな辺境の戦場で命を落とすことになろうとは・・・
「死にたくないんです、助けてください、スミレさん」
 騎士団のローラはなりふり構わずスミレに向かって命乞いをするのだった。
「助かりたいなら方法は一つだけ、守備隊の要求を全面的に受け入れて撤退することです、副団長」
「撤退なんて・・・みっともない」
「そんなこと言っている場合ですか。グズグズしていると殺されます。奇襲部隊はヤル気満々だし」
 思いがけない援軍を得て守備隊のホノカは、
「命が惜しいなら、兵を引いて退散しなさい」
 と、槍を構えてローラに詰め寄った。
 スミレもここぞとばかりに責め立てる。
「槍で一突きされたのではかないません、ローラ副団長、ここはいったん兵を引いてはいかがでしょうか」
「いえ、その・・・なんというか、ヒイッ」
 こちらに逃げればホノカの槍が突きつけられ、あちらへ逃げようすればスミレが立ち塞がる。狭いテントの中でどうにも行き場がなくなった。
「は、はい、撤収でも、撤退でも、おっしゃる通りにしますので、それでご勘弁を」
 苦し紛れに撤退を受け入れざるを得なかった。
「ここから撤収するだけはダメです。シュロスの城砦ではなく王宮へ帰りなさい」
 なおもスミレに畳みこまれた。
「王宮ですか・・・」 
「シュロスに居座ることは許されません。帰るところは王宮しかない。いいですね、副団長」
 寄ってたかって撤退を迫られローラは要求に従わざるを得なかった。
「はい・・・王宮へ帰ります」
 ローラが力尽きたように首を下げた。

 ホノカがマーゴットに白旗を掲げろと命じた。騎士団が王宮へ帰ると決まったら、後方で待機するナナミたちに知らせるために白旗を掲げることになっていた。
「副団長、白旗を揚げたら降参したことになりますよ。いくらなんでも、それは認められない」
 スミレがわざとらしく白旗を出すのを引き留めた。
「そうか・・・降参したら部下に合わせる顔がない。というか、殺されたら部下の顔も見られないわけだ。お気の毒に、首と胴体がバラバラになって王宮へ帰るということになるのですね」
「待って、待ってよ・・・」
 ローラがスミレにすがりつく。撤退の要求を受け入れたと思ったら、次は降伏しなければならなくなってしまった。さもなければ、ここで首を刎ねられる。
「はい・・・降参・・・降参でも何でもしますって、やだ、もう、赦してください」
 戦わずしてローズ騎士団は降伏したのであった。
 スミレがミユウに命じて白い布を槍の先に結び付けた。

 守備隊と一緒になってローラを追及したので、州都軍務部のスミレが望んでいた結果になった。シュロスの城砦ではなく王宮へ引き揚げてくれるのは上々の成果だった。騎士団がいなくなればユウコとミキを解放できる。シュロスの奪還まであと一息だ。これから先は自分たちの仕事だ、二人の居場所を突き止めなくてはならない。

 守備隊の司令官ナナミと隊長のアリスは戦況を見守っていた。奇襲攻撃が始まって間もなく叫び声や怒号が上がったが、それも収まり、宿営地には不気味な静けさが漂っている。作戦が成功した場合は合図の白旗が掲げられることになっている。
 しかし、旗はまだ見えない。騎士団を追い返す方が第一の目的なのだが、ユウコとミキをの消息も気に掛かる。
 ナナミは後ろを振り返った。離れた場所に止めた馬車にはチサト、エリカ、ユキの三人を押し込んである。護送の馬車には、元チサトの部下だったシャルロッテことロッティーを見張りにつけておいた。
「ローズ騎士団が降伏したら合図の白旗を掲げる手筈だけど、まだ上がらないわ」
 アリスが宿営地を覗いた。
「長引くようならチサトたちを交渉の道具にします。三人を敵に引き渡して、それと交換に騎士団は撤退させるわ」
 ナナミはチサトを交渉に使おうとしている。捕虜を確保すれば騎士団としても攻め入った成果としては十分であろうと推測してのことだ。
「戦場に置き去りにされたことは絶対に許さない」
 ナナミの決心は固い。
 その時だった、宿営地の大きなテントに白旗が翻るのが見えた。
「白旗が揚がった。騎士団が降伏したんだわ」
 これで目的の一つは達成したのである。

 敵陣を哨戒していた守備隊のアカリは騎士団の隊員を二人確保した。二人を人質にとってホノカたち奇襲攻撃の部隊はひとまず自軍近くまで後退した。
 かくして、奇襲攻撃は成功したように見えたのだったが・・・
 
 その頃になって、ようやくローズ騎士団副団長のビビアン・ローラの元へ隊員が駆け寄ってきた。
 参謀のマイに抱えられてローラはようやく自由の身になることができた。奇襲攻撃を仕掛けてきた守備隊に王宮へ戻れと脅され、命惜しさにハイと答えてしまった。守備隊の隊員は、しばらくテントにいろと言い残して出て行った。そうでなくても出ることができなかった。助かった安堵感から腰が立たなくなっていたのだ。
「白旗が出ていますが、降参してしまったのですか」
「まさか、アイツらに降参するわけないでしょ」
 ローラは嘘をついて降参したことを否定した。
「降参したなんて、そんなデタラメ、誰が言ったのよ、」
「メイドのミユウです。副団長が降伏して王宮へ帰るから騎士団は撤退準備に入るのだと」
「ありもしないことを言いふらしているんだわ。メイドと私とどっちを信じるの」
 自由になったことでローラには強気が蘇った。
 降伏したとあっては月光軍団からも笑われてしまう。このまま引き下がると思ったら大間違いだ、爆弾を使って一発逆転するしかない・・・
 今こそ、ユウコとミキを利用するのだ。
 
 月光軍団の参謀のサトミはローズ騎士団のふがいなさに落胆していた。
 シュロスの城砦では偉そうに威張っていたのに、奇襲攻撃に遭ったら交戦もせずに白旗を掲げて降伏してしまった。王宮の親衛隊など所詮はお飾りに過ぎなかったのだ。だが、騎士団がシュロスから立ち去ればミキが釈放されるかもしれない。ミキを牢獄へ押し込んだのはサトミにも原因がある。騎士団に言い含められて罪を押し付けてしまったのだった。今度は自分が恨まれる番だ。
 あの二人は取り除いておかなければならない。そしてさらに、守備隊のナナミを目の前にしてこのまま引き下がるわけにはいかなかった。
 騎士団のローラと月光軍団のサトミ、二人の思惑が合致した。
 それは、月光軍団のユウコとミキを使って反撃することだった。
 武器を積んである馬車から参謀のマイが爆弾を取り出した。六本の筒状の爆弾が細い縄で繋いである。これを身体に括り付け敵陣に突撃させるのである。誰も考えたことのない究極の人間兵器だ。
 サトミがユウコとミキを連れてきた。マイが命じてユウコの身体に爆弾を縛り付け、ミキも同じように六本の爆弾を巻き付けた。
「お前たちに爆弾を巻いて敵陣に送り込むわ。カッセル守備隊に向かって突撃するのよ」
 ローラは勝利のためなら味方の命を犠牲にすることなど少しも躊躇わなかった。

「騎士団が撤退するんだったら、こちらも撤収しましょうか」
 カッセル守備隊の隊長アリスは撤収を進言したのだが、ナナミはじっと戦場を凝視している。
「まだ、待って」
 ナナミは月光軍団のユウコに会わずには帰れない。せめて一目だけでも無事な姿を見るまでは、ここから離れるわけにはいかなかった。
 しかし、その思いは打ち砕かれてしまう。
 最初に気付いたのはアリスだった。
 騎士団の陣営から三人が歩いてきた。一人は銀色に輝くローズ騎士団の鎧を着ている。他の二人は何とも奇妙な恰好をしていた。両腕を縛られ、胴体に筒状の物を巻き付けられていたのだ。
 そのうちの一人は月光軍団のユウコだった。
「ユウコさん」
 離れていても見間違うことはなかった。

 ローズ騎士団の参謀マイは立ち止まって目標を指差した。
「敵の陣営へ走りなさい。お前たちが爆弾になって守備隊を壊滅させるのよ」
「騎士団は、こんなことをさせるか」
 ミキが必死で抗議する。
「ローラ様の命令よ」
 そう言ってマイは導火線に火をつけた。
「突撃しなさい」

ナナミの死

 ユウコの身体に巻き付けられた筒状の物、それは爆弾だった。
「レイチェル、一緒に来て」
 ナナミが叫んで飛び出した。
「アリスさん、後は頼みます」
 ナナミが振り返った。
 振り向いた顔を見てアリスは不安が過った。
 死ぬつもりだ・・・

 前へ進めば守備隊を、ナナミを巻き添えにしてしまう。
 ユウコは爆弾を巻かれたまま地面に蹲った。
「ミキ、動かないで、ここにいるのよ」
 ミキとともにこの場で死ぬことを選んだ。
 その時、守備隊の陣営から数人が走ってくるのが見えた。
「ユウコさん」
「ナナミさん・・・」
 カッセルの城砦を去って以来の再会だ。
 ローズ騎士団に捕らえられシュロスで投獄されていた時も、ずっと会いたかったナナミ。
 だが、こんな形で会うことになろうとは・・・
 何という運命なのだ。
「爆発するわ、ナナミさんも危ない」
「助けます」
 ナナミはユウコの身体に巻き付いた縄を解こうとした。
 手が震える。頭が混乱する。どこを外せばいいのだ。
「レイチェル、急いで」
 レイチェルも縄を緩めにかかる。
 その間にも、一本、また一本と爆弾の導火線が火花を散らした。
「熱っ」

 守備隊のホノカとアカリはミキの元へ駆け付けた。宿営地の奥へ回り込んでいたリーナも急を聞きつけて走ってきた。
「待ってろ、ミキ、すぐに外してやる」
 しかし、縄は厳重に縛られている。
 州都軍務部のスミレと部下のミユウも二人を助けるために飛び出した。
 月光軍団のユウコとミキを使った人間爆弾攻撃。騎士団は何という酷いことをするのだ。
 守備隊の陣営からも数人が駆けてくるのが見えた。爆弾で吹き飛ばされる危険を冒してまで助けに来たのだ。
「ナナミさん」とユウコが叫んだ。
 この女がカッセル守備隊の司令官ナナミか・・・
 ナナミが月光軍団のユウコを助けようとしている。もはや、敵も味方もない。スミレはナナミと力を合わせてユウコの爆弾を外そうとした。
「うっ」
 導火線の火花が熱い。燃え尽きた時が死ぬ時だ。
 スミレは小刀でユウコを縛っている縄を切り始めた。しかし、身体を縛ってある縄と爆弾を巻き付けた縄が絡み合っている。爆弾の方から先に切断しなければならないのだが無情にも導火線がどんどん短くなっていった。
 落ち着け・・・だが、焦った。

 ローズ騎士団のビビアン・ローラは、ついにカッセル守備隊の司令官ナナミを視界にとらえた。
 ナナミは無謀にも飛び出してきた。浅はかな司令官だ、どうやっても助けられるわけがないではないか。ユウコと心中でもすればいいのだ。

 ミユウがミキの身体に巻き付いた縄を切り離した。
「取れましたっ」
 爆弾は六本。爆弾を掴んだまま、どうするか迷った。持って走るか、投げるのか。
「ああ」
 指が痙攣して爆弾から離れなくなった。
 ユウコに括り付けられた爆弾も外れた。しかし、繋いでいた縄が解けて六本がバラバラと落ちた。
「レイチェル!」
 ナナミが悲鳴に近い叫び声をあげた。
 一本ずつ投げていては爆発してしまう。投げるのは諦めた。レイチェルは爆弾を掴んでミユウに駆け寄った。
「渡して」
 ミユウが持っていた爆弾を強引に奪い取った。
 もう間に合わない。
 変身だ。
 身体のパワーは足りないが変身するしかなかった。
 レイチェルは十二本の爆弾を抱え込んで身体を丸めた。
 胸元のルーンの星を握りしめる。
 力を・・・与えてください。
 レイチェルが爆弾を抱え込んだ。

「レイチェル・・・ごめん」
 ナナミはレイチェルを変身させようとする自分を呪った。
 
 守備隊のレイチェルは他の人を助けるため犠牲になろうとしている。スミレはユウコを抱きかかえ、ナナミの手を掴んで腕の中へ抱きすくめた。
 敵も味方も死なすわけにはいかない。

 ドッ、ズドッーン、
 地面が激しく揺れ動き、突風が襲った。辺り一面に黒煙が立ち込めた。レイチェルが抱えた十二本の爆弾が一度に爆発したのだ。
 バサッ、バサッ
 黒煙を突き破って黒い鳥が空に舞い上がる。
 宙を舞う黒い鳥。
 それは、月光軍団を襲撃したあの怪物だった。隊長のケイコの命を奪った怪物が出現したのだ。
 しかし、黒い鳥は羽ばたくことをやめ、そのまま落下していく。
 地面に激突するかと思ったが・・・
 そこには爆発の衝撃で出来た地割れが広がっていた。
 バサバサ、ズ、ズドーンッ
 黒い鳥は地面の割れ目に吸い込まれるように地中に消えた。
「見た・・・今のは」
 月光軍団のミカとマギーが顔を見合わせた。
「あの怪物だった」
「でも、どこから?」
 二人には守備隊のレイチェルが姿を変えたようにしか見えなかった。見間違いでなければ、爆弾を抱えたレイチェルが黒い鳥に変身したのだ。
 
 土煙が収まった。
 そこには守備隊のホノカや月光軍団のミキたちが倒れていた。アカリとリーナは重なり合って倒れ、ミユウのメイド服はビリビリに破れていた。
 十二本の爆弾が爆発した破壊力ではね飛ばされ、誰も起き上がることができない。
 レイチェルの姿はどこにもなかった。
 レイチェルが爆弾を抱えて蹲った辺りの地面が大きく割れて、ぽっかりと穴が開いていた。ユウコ、ナナミ、そして、その場にいた全員を守るためレイチェルは犠牲になったのだ。
 月光軍団のユウコは爆風の衝撃ではね飛ばされた。
 あちこちが痛み、服には血が滲んでいる。すぐ側に東部州都軍務部のスミレが倒れていた。
 スミレが覆い被さってきた直後に爆発したのだった。盾になって守ってくれたおかげでユウコは直撃を回避できた。しかし、爆弾を抱いたレイチェルがいた場所は陥没し深く地面が割れていた。レイチェルは命と引き換えに自分たちを守ってくれたのだ。
「ナナミさんは・・・どこ」
 ナナミは数メートル先で仰向けに倒れていた。
 ユウコは地面を這って進み、ナナミの身体を揺すった。ナナミは戦闘服が破れ肩や脚が剥き出しになり髪が焦げている。
「しっかりして、ナナミさん」
「あ・・・ああ」
 ナナミがうっすらと目を開けた。
「あ、あ・・・?」

 ローズ騎士団のビビアン・ローラは高笑いをした。
 人間爆弾攻撃で月光軍団のユウコだけでなく、カッセル守備隊のナナミをはじめ、州都のスミレまでも吹き飛ばすことができた。ナナミは一人の隊員に爆弾を抱えさせたのだった。そのせいで爆発の威力が削がれたものの、近くにいた守備隊は誰もが倒れ込んだまま立ち上がることができない。
 爆弾を抱えろとは、バカな命令を出したものだ。司令官の頭の程度が知れる。その隊員は爆発によって粉々になって地割れの中に消え失せた。今更ながら爆弾の威力を見せつけられた。
 今こそ、総攻撃をかけて守備隊に最後の止めを刺す時だった。
 ところが、ここでいささか作戦に狂いが生じた。功を焦った月光軍団のミレイとサトミがローラを差し置いて突撃したのだ。サトミは守備隊のナナミには拭いきれない恨みがある。戦場で鞭打ちにされた屈辱を晴らし、隊長のケイコの仇を取る機会が到来したと意気込んだ。
「覚悟しろ」
 サトミがナナミに襲いかかった。
 ビビアン・ローラも黙って見ているわけにはいかなくなった。月光軍団のサトミに手柄を与えてはならない、守備隊のナナミの命を奪うのは自分の役目である。
 ローラはナナミの元へ小走りに向かった。
「そこをどきなさい」
 月光軍団のサトミを押し退けてナナミを見下ろした。
「お前が司令官か」
「う・・・」
 ナナミは顔をもたげた。
「バロンギア帝国、ローズ騎士団副団長ローラである。見ての通り我々の勝ちだ」
 ローラはナナミの髪を掴んだ。
「司令官に止めを刺してやろう」
 ナナミの頬に一発、平手打ちを叩き込んだ。
 ビシッ
「あうっ」
 左右の頬を三発、四発と叩く。ナナミはそのたびに呻いていたが六発目で反応がなくなった。
 ローラは倒れたナナミの顎を蹴り上げた。
 ガツン
「ぐ、げっ」
 ナナミはのけ反って吹っ飛び、後頭部を地面に激しく打ち付けた。ユウコの所にまで、ゴツンという音が聞こえるほどだった。
「死んじゃうっ」
 ユウコが金切り声を上げた。
「敵だぞ。コイツを助けたいのか。ユウコ、やっぱりお前は裏切り者なんだな」
 ローラはナナミの顔を靴底で踏みにじった。
「そんなことだから月光軍団は負けたんだ。私が仇を取ってやるのさ、ありがたいと思いなさい。コイツを殺したら次はお前を始末するからな」
「ひどい」
 ユウコは両手で顔を覆った。ローラは本気で殺そうとしている。危険を承知で自分を救ってくれたナナミ。その窮地を黙って見ていることしかできないのか。
「ここは堪えてください」
 スミレがユウコを制止した。
 ルーラントのカッセル守備隊は敵である。ローズ騎士団が守備隊の司令官を倒そうとするのは当たり前の行為だ。それは正しい。戦場ではそれは正しいことだ。しかし、自分たちを殺そうとしたのは同胞のローズ騎士団だった。敵であるナナミはユウコを助け、守備隊のレイチェルは自らを犠牲にして全員を守ってくれたではないか。カッセル守備隊は月光軍団の味方なのだ。
 ユウコのためにもナナミを助けてやりたいが・・・

「どうした、司令官、もう観念したか」
「うう、う、あ・・・」
 ナナミが苦しい息で顔を上げた。ハアハアと荒い息を吐く。
「ユウコさんの・・・ことは」
 最後の力を振り絞り身体を起こす。どうにか四つん這いになったが、下を向くと口から血が垂れた。
「ゴホッ・・・助けて、く・・・ださい。私は、私、この・・・世の、ゲエッ」
 ナナミは自ら吐いた血だまりに突っ伏した。
 ローズ騎士団のビビアン・ローラは剣を抜きナナミに突き付けた。
「正義の剣で成敗してくれる」
 剣が振り下ろされた。
「うぎゃっ」
 ナナミの太ももに剣が突き刺さった。ローラはわざと急所を外したのだ。
「うずっ、うううっ、ぐひひひい」
「せいぜい苦しむことね。一発で仕留めるなんてつまらないもの」
 ローラはサトミを呼び寄せた。ついでだから、サトミたちにも一太刀くらいは浴びせてやることにした。
「お前たちの番だ」
 言われてサトミが前に出る。ついに恨みを晴らす時がきた。ナナミに降伏させられた復讐だ。月光軍団の参謀サトミは剣を抜いて斬りかかった。続けとばかりに副隊長のミレイが槍を振りかぶった。
 月光軍団が復讐を果たしたのだった。
 カッセル守備隊のナナミは全身を朱に染め、血だらけで横たわっている。
「あうぐっ・・・ぐっ・・・」
 うめき声を漏らすだけになった。
 ナナミの最期の時が迫っていた。
「あの世へ行きなさい・・・」
 ローラは剣を持ち替えるとナナミの胸にズブリと突き刺した。
 ナナミは何度もブルブルと痙攣した。そして、最後にひときわ激しく引きつり、ついに動かなくなった。

 カッセル守備隊司令官ナナミが死んだ。

「勝ったわ。ローズ騎士団はカッセル守備隊に勝った」
 参謀のマイがバロンギア帝国皇帝旗をこれ見よがしに振り回した。
 勝負は決した。ローズ騎士団がカッセル守備隊に勝利したのである。
 
 スミレはユウコの肩を支えナナミの側へ連れて行こうとした。だが、ユウコは身体を強張らせ動こうとしない。動けないのだ。
「ううっ・・・うう、あはあ、あはあ・・・あああ」
 ユウコが身体を震わせ泣き出した。
 スミレがユウコの手を取り、冷たいナナミの手に重ねた。
 ああ、いやあああああ、ひっ、ひいいっ」
 ユウコがナナミの身体の上に崩れ落ちた。

「ナナミさんが死んだ・・・殺された」
 後方に待機していたカッセル守備隊隊長のアリスは、ナナミが殺されるのを黙って見ていることしかできなかった。止めに入ることもローラに抵抗することも何一つ出来なかった。

 ところが・・・騎士団のローラが立ち去ろうとした時だった。
 ナナミの足が目に入った。
「何だ、これは?」
 訝しく思うのも無理はない。ナナミの膝下の部分は「蓋」が開き、金属の紐や歯車が飛び出していたのだ。
「歯車? 何でこんなものが」
 ローラは剣の先で「蓋」の中の歯車を突き刺した。
 その瞬間、
 ビギッ
「うぐわっ、ぎひっ」
 剣の先がピカリと光った。ナナミの足から稲妻が発射されたのだ。
「ああう、うっ」
 激痛が走った。
 ローラが剣を振り回したので稲妻が四方へ飛び、その一つが月光軍団のサトミの胸に当たった。
「うわあっ」
 サトミは稲妻に吹き飛ばされ爆弾で出来た地割れに転落した。
「オウッ、うう」
 ローラは全身が痺れて膝から崩れ落ちた。
 これこそナナミの執念の一撃だった。

 ナナミの足から発射された稲妻でローズ騎士団のローラが撃たれた。ローラは地面に蹲っている。不思議なことに、すぐ側にいたユウコやスミレは稲妻に弾かれることはなかった。
 ユウコは思わずナナミの手を取った。カッセルを発つとき怪我をしたのを治してくれたナナミの指だ。その手を握っていると爆風で受けた痛みが薄れてくるのだった。
 これでミキを助けられるかもしれない。ユウコはナナミの手を持ち上げてミキやホノカの頭上へ向けた。
 そこで奇跡が起こった。ナナミの手を向けられた守備隊のホノカとアカリ、月光軍団のミキたちが意識を取り戻したのだ。
 ナナミの魔法だ。
 カッセルにいた時、ナナミの指先で包丁で切った傷がすぐに治ったように・・・

「何が・・・いったい」
 起き上がったホノカは周囲を見回した。地面には爆風によるとみられる地割れが広がっている。その向こうにはナナミが倒れていた。
「ああ・・・」
 ナナミは血だらけで横たわっていた。
 死んだのだ。
 州都のスミレや月光軍団のユウコの姿が見えた。ローズ騎士団のローラもいた。いずれが敵か味方か。
 そこへ月光軍団のミキが這ってきた。
「敵はローズ騎士団」
 ミキが言うとホノカも頷いた。

 後方に待機していたカッセル守備隊のロッティーはあまりの衝撃に立ち尽くしていた。
 ローズ騎士団の爆弾攻撃により守備隊はなぎ倒されてしまった。爆風でロッティーがいる場所も激しく揺れるほどだった。
 そして、司令官のナナミが死んだ。
 ナナミはローズ騎士団に刺し殺された。気の毒ではあるが、戦場で命を落としたのは致し方ないことだ。ナナミの死によってカッセル守備隊の敗北は決定的となった。敵が攻めてくるかもしれない。ロッティーはホノカやアリスたちを見捨てて逃げることにした。どうせ逃げるなら、前隊長のチサトたちを救出しようと思った。
 チサトたちが押し込められている馬車の幌を捲った。
「ロッティー、何があったの」
「ローズ騎士団の攻撃で守備隊は・・・全滅しました。爆弾でやられたんです。司令官は」
「司令官がどうした」
「ナナミさんは死にました」
「やった。ざまあみろだわ、ナナミのヤツ」
 チサトがナナミの死を喜んだ。ロッティーも気分がいい。
「ここから出して自由にしてよ」
「はい」
 ロッティーは迷うことなく引き受けた。
「錠前の鍵を持ってきなさい」
「はい。チサト様」
 チサトたちは鎖で縛られ頑丈な錠前が取り付けられている。鍵はお嬢様の乗っている馬車にあったはずだ。ロッティーは錠前の鍵を取りに行った。
 アリスたちを見捨ててカッセルの城砦へ帰る。今回はチサトの側に味方した方が得策だ。考えてみれば、これで元に戻っただけのことではないか。生き残っているのはマリアお嬢様とアンナだけ、この二人であれば鍵を奪うのは容易いことだ。チサトを自由の身にして、その代わりにお嬢様を置き去りにする。いや、お嬢様だろうと何だろうと殺してしまえばいい。
 ロッティーはお嬢様の乗った馬車に近づいたが、幌に手を掛けたところで迷いが出た。
 チサトたちを助けるか、それともお嬢様と逃げた方がいいのか。
 勝ち組になりたい・・・鍵を奪ってお嬢様を殺すと決めた。
 これでいいんだ。
 そう決心した時、馬車の幌が内側から巻き上げられた。
「ロッティー、出迎えご苦労」
「ははーっ」

   ・・・・・
 その頃、稲妻に弾かれて地割れの中へと落下した月光軍団のサトミは、黒い怪物に喉元を噛み付かれていた。
「グフフフ」
 サトミの血を吸い尽くした怪物がむっくりと起き上がった。
    ・・・・・

 ナナミを殺害された無念を晴らしたいアリスたちだったが、バロンギア帝国皇帝旗によって行く手を阻まれていた。
「これを見なさい」
 副団長の危機と見るや、参謀のマイが皇帝旗を持って駆け付けたのだ。
「バロンギア帝国皇帝の旗よ」
 風にたなびく皇帝旗を見てカッセル守備隊のアリスはたじたじとなった。
「よくお聞き。恐れ多くもローズ騎士団の名誉団長は皇女様なのです。私たちに逆らうということは、皇女様に、そして、偉大なるバロンギア帝国皇帝陛下に弓を引くのと同じことだわ」
 アリスの鼻先を皇帝旗が掠めた。
「神聖な皇帝旗、この旗に私たちの血が付くようなことがあったら、どうなるか分かっているわよね」
 これではアリスたちは手が出せない。
「お前たちのような下賤な奴らとはわけが違うの」
 皇帝旗のおかげでローラが生気を取り戻した。
「カッセルの城砦など、帝国の軍勢で跡形もなく破壊してやる。一人残らず惨殺し、その死体を踏み付けて一挙に王宮へ進撃する」
 バロンギア帝国とルーラント公国では戦力の差は歴然としている。全面衝突になればどう見てもルーラント公国に勝ち目はない。
「お前たちの浅はかな行為で、ルーラント公国はこの世界から消えてなくなるがいい」
 バロンギア帝国皇帝旗に威圧されたカッセル守備隊はなすすべもなかった。
「皇帝旗の前に跪きなさい。順番に処刑してやろう。首を刎ねようか、それとも、爆弾で吹き飛そうか。好きな方を選ぶことね」
「首を刎ねるのも爆弾も、どちらも性に合わないというか・・・」
「性に合わせろ」
 ローラはアリスを怒鳴りつけ皇帝旗を地面に立てた。

王女様登場

 カッセル守備隊のアリスがローズ騎士団に追い詰められた、その時、
「お待ちなさい」
 透き通る珠のような声が響き渡った。
「お、お嬢様!」
 守備隊の輪が解けマリアお嬢様がしずしずと現れた。しかも、城砦を出る際に着ていた純白のドレス姿である。その出で立ちは荒涼とした戦場には似つかわしくない、まさにお嬢様そのものである。お付きのアンナが先導しロッティーがドレスの裾持ち役を務めていた。
「そなた、ここを何処だと思っているのですか」
 マリアお嬢様がビビアン・ローラに向かって言った。言葉遣いも態度も堂々としていて、どことなく威厳すら感じさせる。
「ここは我がルーラント公国の領土内ですぞ。断りもなく他国の旗を、それも、皇帝旗を掲げることなど、この私が許しません」

 突如、現れたお嬢様は皇帝旗を降ろすように言った。
 ここはルーラント公国の領内だ。国境を越えて攻め入ったのはローズ騎士団である。騎士団の旗ならばともかく、バロンギア帝国皇帝旗を立てたとなると皇帝自身が越境したとも受け取れる。
 だが・・・アリスは不安である。所詮、お嬢様では心もとない。相手は皇帝旗だ、誰の目にも権威の差は歴然としている。これが王様か女王様ならまだしも、貴族のお嬢様対皇帝では、どう逆立ちしても勝てそうにはなかった。
 案の定、ローラは少しも動じない様子だ。
「誰だよ、お前は。偉そうな口を聞くんじゃない。戦場でそんなヒラヒラしたドレスなんか着て、バカじゃないの。怪我をしないうちに引っ込みなさい」
 ローラは手を振って追い払おうとした。しかし、お嬢様は負けずに言い返す。
「バカとは何事ですか」
 今までだったら、ヒェーとか言って引き下がるところだが、今日のお嬢様は一歩も譲らない。
 いったいこの強気はどうしたことか。
「大丈夫かな、ついに頭がおかしくなった」
「お嬢様がおかしいのは、ずっと前からだけどね」
 月光軍団のマギーとヒカルが囁き合った。

「皇帝の権威が分からないから、バカだって言ってんの。このガキ、真っ先に首を刎ねてやろうか」
 ローラがマリアお嬢様を恫喝した。皇帝旗まで持ち出してきたからには、たとえ誰が相手でも騎士団はおいそれとは引き下がれない。
「ガキはさっさと消え失せろ。目障りなんだよ、だいたいお前は何者なのさ」
 ついにローラは右手を剣の柄に添えた。
 それでもお嬢様はまったく臆する素振りも見せず、悠然としてお付きのアンナを振り返った。
「目障りとまで言われては黙っていられません。アンナ、ここですよ」
「かしこまりました」
 お嬢様の脇からアンナが前に進み出て恭しく一礼した。
「こちらは、このお方は・・・」
 マリアお嬢様を仰ぎ見た。
 一斉に視線がお嬢様に注がれる。
「こちらのお方こそ、ルーラント公国、第七王女様であらせられます」
 全員に衝撃が走った。
 マリお嬢様は、実はルーラント公国の王女様だったのだ!!!
「「「おうじょさまあああ」」」
 ミカとマギー、ヒカルにレモン、それにマーゴットとアヤネたちが見事にハモった。
「王女様でしたか」
 アリスはその場に跪いて臣下の礼をとった。
 これは一大事だ。王女、即ち、それは王室の一員なのである。平民である自分たちには、畏れ多くて直に言葉を発するなど許されないくらい上の、そのまた遥か上の上の存在だ。その王女が辺境の軍隊に見習い隊員として所属していた。しかも、自分の部下として。これが一大事でなくて何であろうか。
 事態が呑み込めたとみえたのか、守備隊のアカリとリーナは膝を付いた。ホノカも慌てて地面に頭を擦り付けて平伏した。
 一番驚いたのはロッティーだ。チサトたちを救出しようと、マリアお嬢様の乗った馬車に錠前の鍵を取りに行った。抵抗されたら殺してでも鍵を奪い取ろうという覚悟だった。それが、幌を捲って現れたのは王女様だったのである。もし、襲いかかっていたら反逆者になるところだった。
 一躍、王女様の側近になったのだ。これで勝ち組になれる。前の隊長を助けることなどすっかり忘れた。

 月光軍団のユウコ、ミキ、州都のスミレとミユウも片膝を付き臣下の礼を表した。
 ローズ騎士団のローラとマイは事の成り行きに唖然として突っ立ったままだ。
 
 マリアお嬢様、今や、ルーラント公国第七王女様は、背筋をピンと伸ばし凛として話し出した。
「そなたを我がルーラント公国への侵略者と見做す。今すぐ、その旗を降ろしなさい」
 皇帝旗を降ろせと言われたが騎士団のローラは、
「笑っちゃうわ」
 と、相手にしない。
「潔く旗を降ろしなさい、さすれば助けて進ぜよう」
 あくまでも威厳たっぷりに諭す王女様である。
「助けるとは聞いて呆れる。あんた、王女だって言うなら証拠を見せなさい」
「はあ・・・」
 これにはマリア王女様は返答に窮した。王女様だという身分証明書などあるはずがない。一番弱いところをつかれてしまい、先ほどまでの余裕と威厳はたちまち消え失せた。
「証拠といっても・・・」
「ほらね、証拠なんてないじゃない。コイツは王女を騙る偽物だわ。ニセ王女に決まってる」
 ローラが攻勢を強めるのでメイドのレモンが王女様に声援を送った。
「王女様、ガンバレー」
「ハーイ、レモン」
 王女様とレモンはハイタッチで励まし合う。気を良くした王女様はすっかり軽いノリに戻った。
「そうだった。カッセルで女王様ゲームをやって私が勝ったことがあったでしょう。王女様だから勝ったのよ。いずれは女王様になるんだから」
 王女様は得意顔だ。
 ところが、カッセルに捕虜になっていた月光軍団のヒカルは、
「いえ・・・あれは、その、みんなでこっそり、わざとお嬢様に勝たせようとしたんですよ」
 と、秘密を暴露してしまった。
「えっ、本当なのアンナ」
「すみませんでした。負けたら王女様が泣くだろうと思って、私が皆さんに頼みました」
「やっぱり、そうだったのか」
「こりゃあ、ダメだ」
 今度は落ち込むレモンと王女様であった。

 貴族の娘だと聞かされていたのが、実はルーラント公国の王女であったとは。ミユウも驚きを隠せない。
 真贋を問われているこの場を如何したものか。ローズ騎士団を追い返すことができるのなら、敵国の王女でも何でも構わない。ニセ王女と疑われているのであれば、適当にそれらしい証拠を持ち出してみよう・・・
 ミユウが進み出た。
「ルーラント公国第七王女様には、このような荒涼とした戦場にお出ましいただき、誠に畏れ多いことでございます」
「メイドのミユウちゃんだったわね。私が王女と知って、さっそく召使いに志願しようというのですか、いい心がけですこと」
 ミユウがズッコケる。
「私はシュロスへ来る前、諸国を放浪しておりました。ルーラント公国にも偵察、いえ、カッセルの酒場で踊っていたこともあったんです」
 ミユウが王女様のドレスに施された刺繍を示した。王女様の着ているドレスにはきれいな白い百合の花が刺繡されている。
「白い百合の花の刺繡、それこそ、ルーラント王室の文様ではありませんか。間違いありません、本物の王女様でございますね」
 そう言われて王女様がドレスの文様を自慢げに見せた。
「よく知ってたわね。ほら、これで王女だって分ったでしょう」
 ミユウはしめたと思ったのだが、
「黙れ、メイドの分際でこんなヤツの肩を持つな」
 またしてもローラに退けられた。
 メイドの証言、それも、味方のはずのメイドによって敵国の王女だと決めつけられローラは頭に血が上ってきた。 
「王女が軍隊に入って、こんな辺境に来るなんてあり得ないわ」
「これからは王家の一員といえども、お城に引きこもってばかりではなく、人々の生活や世間の有り様を見なくてはいけません。そのためにわざわざ辺境に来たのです。これも王女の務めです」
「王女様、エライ」
 メイドのレモンが拍手したのでローラに睨みつけられた。
「ふふん、それほどまでに言うのなら」
 騎士団のローラが剣を抜いた。
「世間を見せてあげよう。この世は力がすべて、剣に貫かれて死ぬがいい」
「やれるものなら斬ってみなさい。そんな邪剣に、この私が斬れるものですか」
 マリア王女様は微動だにせず、却ってローラを挑発した。ローラはカッカときて剣を持つ手がワナワナと震えた。

 王女様はそんなビビアン・ローラを無視して、跪いている月光軍団のユウコとミキに歩み寄った。
「ユウコさん、ミキさん、顔を上げてください」
 他国の王女であっても二人は膝を付いて臣下の礼を示していた。
「ユウコさんとミキさんは戦場において、この私が見習い隊員だと知って見逃してくれました。戦いの中にも相手を思いやり、平和を愛する心を持ち合わせているのです。あなた方こそ、真の勇者と讃えられるべきでしょう」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
 ユウコは王女様に頭を下げた。
「それなのに、ローラとやら、あなたは、罪もないミキさんに対し無理矢理に規律違反をでっち上げて投獄したそうですね」
 マリア王女様は、ユウコに向き合って再び王室の一員にふさわしい威厳を取り戻してきた。
 静まり返った戦場に王女様の言葉が続いた。
「しかも、この二人に爆弾を持たせて自爆させようとしましたね。
 勝つためならば人の命を犠牲にしても構わないとは、何と卑劣なやり方ではありませんか。
 貴国の皇帝陛下がこの事実を知ったら、さぞやお嘆きになることでしょう。
 ローラ、お前は皇帝の権威をかさに着て、その名を汚す不忠者です」
 マリア王女様の熱い思いが込められた言葉に誰もが胸を打たれた。そこかしこからすすり泣く声も聞こえてきた。
「王女様、ただいまのお言葉をいただき感謝しております・・・これまでの苦労が・・・」
 月光軍団のユウコは涙で言葉に詰まった。
「助けていただいたお礼ですよ。こちらこそ、ありがとうございました。
 それに引き換え、
 ローラ、お前は悪逆非道の輩です。
 見るも汚らわしい。今すぐここから立ち去りなさい」
 不忠者、悪逆非道、見るも汚らわしいと断罪された騎士団のローラは我を失った。
 自分だけが悪者扱いされている状況だ。この劣勢を一挙にひっくり返すには、王女とやらを一刀両断に斬り捨てるしかない。
「それほどまでに言うのなら王女と認めよう。王女なら最高の人質だ。お前を捕虜にして身代金を取ってやる。戦争だから当然の事さ。それとも、王室はお前なんかに身代金を払ってくれないのかな」
「何を言うのですか」
「王女様、ちょっとヤバくなってきました。逃げた方が・・・」
 アンナが王女様のドレスを引っ張った。
「この場で首を斬り落としルーラントの宮殿に送ってやる」
 言うや否や騎士団の副団長のビビアン・ローラが剣を振りかぶった。
「死ねっ」
 ガキッ
 あわやというその時、銀色の装束を纏った者が王女様に向けて振り下ろされた剣を受け止めた。鎧を付けているとはいえ自らの腕で受け止めたのだ。反動でローラはひっくり返った。
「ウガッ」
 ローラの剣がへし折れた。
 
 剣を受け止めた者はローズ騎士団の鎧姿だった。兜に覆われて確かめることはできないが、ついに仲間内からも公然と副団長に反抗する隊員が現れたのだ。
 果たして誰なのかと騎士団の隊員が取り囲んだ。
「バカ、何をするのよ。部下のくせに私に逆らうなんて」
 ローラは参謀のマイに支えられて起き上がった。
「それでいいんです」
 正体不明の隊員が答えた。
「あたしが誰だか知りたくありませんか」
「王女を殺しそこなったじゃないの」
「ふふふ、あたしが誰だか知りたいようですね」
「・・・何をわけのわからないこと言ってんの、お前、自分が何をやったか分かっているのかい」
「それほどまでに、何度もお願いされたなら」
 噛み合っていないこの会話・・・
「驚くなかれ、これがあたしです」
 騎士団の隊員が装束を脱ぎ捨て、続いて、被っていた兜を放り投げた。
「はあ?」
「誰だ・・・」
 副団長を取り巻いていたローズ騎士団の中からは中途半端な歓声が漏れた。
「レイチェル、ただいまです」
「おおっ」
 カッセル守備隊とシュロス月光軍団の隊員は、それなりの声を上げた。それもそのはず、マリア王女様を救ったのは、爆弾で木っ端微塵に吹き飛ばされた守備隊のレイチェルだった。
 レイチェルは爆弾を抱え、そして爆発とともに地割れに落ちて消えた。誰もが助からないと思った。
 だが、奇跡的に無事だったのである。
 レイチェルは爆弾が爆発する寸前、変身能力を使って鋼鉄の肉体に変身したのだった。空中で力が尽きて地面の亀裂に落下したが、そこへ転がり落ちてきたサトミの血を吸って蘇ったのだ。

「よ、よかった、生きてて」
「生きていて当たり前、それが素人考えなのですよ」
 変身する時に膨大なエネルギーを使ったせいで、レイチェルの言っていることは意味不明になっている。
「幽霊じゃないの、もしかして」
「ユーレイなんかじゃ、あーりません」
「それなら、どうやって助かったのよ」
「ええと、爆発寸前、あたしは地割れに滑って、地面の底へと登りまして、バナナの皮で頭が滑って、ゴツンと岩にお尻をぶつけて目が回って、救急車で運ばれたというわけです」
「つまり、穴に落っこちて、頭をぶつけて気絶していたということね」
「早く言えばそういうことです」

「レイチェル、私を守ってくれて、ありがとう」
 マリア王女様が礼を述べた。
「そうだ、やっと、思い出した」
 レイチェルがローラを振り返った。
 話すことは意味不明、さらに何のために現れたのかさえ忘れていたレイチェルだったが・・・
「ローラ、許さん」
 バシッ
 レイチェルのパンチがローラの顎をとらえた。
「騎士団を倒すために、地割れの中から舞い戻ってきたのさ」
 これを見て、守備隊のホノカもお腹に一発パンチを叩き込んだ。
 ボゴッ
「グギャアッ」
 ローラがドテンと倒れ込んだ。

    〇 〇 〇
 
 こうしてカッセル守備隊はバロンギア帝国のローズ騎士団と副団長のビビアン・ローラを打ち負かした。
 しかし、隊長のアリスには勝利の喜びなどはなかった。司令官のナナミを失ってしまったのだ。その復讐のため、ナナミの命を奪った張本人ローラを処刑することにした。それも、この場で首を斬り死体を晒し者にするのだ。
 たちまち攻守逆転、今度はローズ騎士団の副団長ローラが首を刎ねられるのを待つ身となった。カッセル守備隊のホノカが死刑執行人となり、ローラの背後に回って首に剣を宛がった。
「その首が繋がっているのも、あと少しだけよ」
「はあ」
 逃げきれないと観念したのかビビアン・ローラは力なく俯いた。こうなっては騎士団にも月光軍団にも止める術がなくなった。

「アンナ、首を斬るのですか・・・もしかして、ギロチン?」
「そうです、ズバッと切り落としますよ。一秒もかかりません」
「切ったら血が出ませんか」
「もちろん。生きているんですから、ドビューと盛大に血が吹き出します。執行人は腕の立つホノカさん、剣は切れ味がいいとくれば、見事に頭と胴体がちょん切れます」
「ちょん切れる!」
「王女様、死刑はちょっとばかり怖いでしょう。お下がりになって、できれば後ろを向いてください。血が飛びますよ」
 ギロチン刑を間近で見せるのは王女様には刺激が強い。そのうえ、高価そうなドレスに血が飛んではいけないと死刑執行人のホノカが心配した。
 だが、
「いえ、見たいでーす」
 と、マリア王女様はにこやかに笑った。
「生処刑とあれば見逃せません。ギロチン、サイコー」
「首を切るんですよ、それでもいいんですか」
「でも、切った首は、また繋がるんでしょう」
「いえ、繋がりません。死ぬのですから」
「あら、アンナはこの間、人形の首が取れちゃったのを、針と糸で縫って直してくれたではありませんか」
「人形とはわけが違います。そもそも、あれは王女様が人形の首をハサミで切って、ギロチンごっこをしたから取れてしまったのではありませんか。私は王女様のイタズラの後始末をしただけです」
 月光軍団のユウコはカッセルで捕虜になっていたとき、アンナが人形の首を縫い付けて修繕していたのを思い出した。取れてしまったのではなく、お嬢様が切り落としたのだった。

 そこへマギーとヒカルがツッコミを入れてきた。
「王女様はギロチンごっこをしているんですか」
「子供の頃から、ギロチンごっこが一番好きでした」
「悪い子、じゃなかった・・・活発だったのですね」
「じゃあ、二番目は何ですか」
「いい質問ですね。教えてあげましょう。二番目は牢屋ごっこです。家来を閉じ込めて棒で突いてイジメてました」
「ますます酷いじゃないですか、家来の人は嫌がってたでしょう」
「いえ、そんなことはありません、みんな泣いて喜んでました。感謝されたのですよ。いいことをしたのです」
「それは、王女様の個人的な感想です。相手の身になったら気の毒に決まってます」
「ふむ、そうだったのか。どうりで、みんなすぐにやめたと思った」
「そりゃあ、逃げたくもなるわ」
「ギロチン、牢屋とくれば・・・次は奴隷ごっこもしてたんじゃないの」
「残念。奴隷はごっこ遊びじゃないもん、本物の奴隷がいるんだから」
「ヤバイよ、マジの奴隷だと」
「子供の時から王女様だとかナントカ甘やかされ、我儘に育ったんだ」
「そうです、ヒカルちゃんは人を見る目があるんですね」
「そこは感心してるところじゃない」

「いいですか、王女様。安泰の世の中に見えていても、公国の庶民の間には不平不満が溜まっているかもしれません。王政に反対して民衆が立ち上がったらどうするんですか」
 お付きのアンナが厳しく諭した。
「お菓子ばっかり食べて、遊び呆けている王女様などは、真っ先に断頭台に懸けられるでしょうね」
「ギクリ」
 いずれ「処刑台の王女様」になるだろうと言われてしまった。
「ご自分の時にジタバタしないように、この処刑をよく見学してください。それでなくても、王女様はこの辺境に追放・・・」
「はいはい、分かってます。あーあ、明日は我が身ということですか」
「すみません、王女様」
 痺れを切らしてアリスが言った。
「王女様、お忙しいこととは存じますが、そろそろ死刑を執行してもよろしいでしょうか。ローラも焦らされているのは心臓に悪いはずです。早く首を斬って安心させてやりましょう」
「やっと処刑できるわ。ギロチン好きの王女様の目の前に首が転がるように斬りますので、よろしければ生首を拾ってください。そこですよ、そこ」
 ホノカが王女様の足元を指差した。
「さあ、行きます。バシッ、ドビュー、ゴロンですからね」
「あわわ」
 マリア王女様がアンナの背中に隠れた。

「それでは、ローズ騎士団副団長を処刑する」
 カッセル守備隊隊長アリスが処刑を宣言した。
「罪状は、カッセル守備隊司令官のナナミさんの命を奪ったこと。ルーラント公国第七王女様に剣を向けたことである」

 ところが、ここで思わぬところから死刑を止める声が掛かった。
 制止したのは月光軍団の副隊長ユウコである。ユウコは部下のミキ、州都のスミレに何やら囁くと王女様の前に跪いた。
「お待ちください。ローズ騎士団副団長の首を斬るのは、思い止まっていただけないでしょうか」
 ユウコは守備隊のアリスに向けて言い、さらに、月光軍団とローズ騎士団にも聞こえるように大きく声を張り上げた。
「私だけでなく、ミキも州都のスミレさんまでもがローラには酷い仕打ちを受けました。ですが、王宮の親衛隊ともあろう者が、戦場で首を刎ねられたとあっては名誉に関わります」
 ユウコが切々と話している間に月光軍団のミキがアリスに近づいた。
「あたしたちがローラを殺す」
 ユウコが続けた。
「東部州都軍務部のスミレさんに身柄を預けてくだされば、州都の軍事法廷で公正な裁判に掛けてもらいます。ローラの処刑はおやめください。ルーラント公国の第七王女様がご臨席いただいている場で、死刑を執行したならば王女様にも累が及びかねません。それこそ両国の全面戦争に発展するでしょう。王女様を巻き込むことがないようにしてください」
 かくして、ローズ騎士団副団長ローラの死刑は直前で取りやめとなった。
 ローラをはじめ騎士団の身柄は州都に送られ、軍事法廷で裁かれることになった。だが、それは表向きのことで、月光軍団の手によって制裁を加えるのである。しかし、気が収まらないのは守備隊だ。アリスはホノカたちにローラを痛め付けろと命じた。処刑を止めたユウコもこれは認めざるを得なかった。
「ローラ、あんたはユウコさんに命を助けてもらったんだ、よーく礼を言うのよ」
「ううう・・・」
「罪をでっち上げて投獄したんでしょ、そのことを謝りなさいよ」
「く、悔しい」
 なかなか謝罪しないので、アリスはローラの頭を踏み付けた。
「謝れっ」
「すみませんでした・・・」
 ついに騎士団のローラが謝罪した。
「州都に身柄を預けるのは、ボコボコにしてからでも遅くない。みんな、好きなようにやりなさい」
 ローラに対する報復が始まった。
 ベギッ
「ゴベッ」
 守備隊のアカリのパンチがローラの顔面をヒットした。ローラは捩じれるように倒れ込み、メイドのレモンの足元に転がった。。
「助けてください」
 恥も外聞もなく、人間椅子にしたレモンにまで助けを求めるのだった。
 守備隊のリーナは鋼鉄の膝当てを巻いた膝にマイの顔面を叩きつけた。ガギッと膝当てが顔に食い込んだ。

 アリスはロッティーに命じてチサトたちを馬車から引きずり出し王女様の前に跪かせた。
「お前たちに言って聞かせる。こちらは、恐れ多くも、ルーラント公国の第七王女様なのです」
「ええっ」
 チサトは王女様と知って震え上がり這いつくばって土下座した。
「そうとは知らず、申し訳ございませんでした」
「この者たちはシュロスへ差し出すこととします」
 隊長のアリスが王女様に進言した。
 ナナミはユウコを救い出すために、前隊長たちを交渉の道具にしてもよいと考えていたのだった。せめて、その意志を実現してやりたい。元々は戦略を誤り、捕虜になっていたはずの者たちなのである。
「この三人は王女様を馬車から突き落とすという大罪を犯しました。本来ならば処刑されるところ、捕虜になるのでしたら、かえって感謝することでしょう。王女様はカッセルの城砦でも、また、宮殿にお帰りになっても、慈悲深い王女様と呼ばれることでしょう」
「宮殿に帰れるって、いつの事になるやら」
 お付きのアンナが大きなため息をついた。
 どうやら、マリア王女様は「ワケアリ王女様」のようである。
 シュロス月光軍団にとって、これは思ってもみなかった戦果となった。前回の出陣ではあえなく敗退を余儀なくされ、この戦いでも特に成果は上げられずに撤退するところだった。それが、カッセル守備隊の前隊長を捕らえたのだから大勝利にも等しい。
 
 守備隊のホノカはマリア王女様の前に土下座して手を付いた。
「王女様と知らぬこととはいえ、数々のご無礼、申し訳ありませんでした」
「ホノカさん、あなたは戦場で何度も私を守ってくれました。盾になって助けてくれました。その恩は決して忘れてません」
「では、これまでのご無礼をお許しいただけるのですね」
「許してあげるから、今後は私の身辺警護をしなさい」
「はい、命を懸けて王女様をお守りいたします」
「王女様にはホノカさんのような、命も惜しまず身辺警護をしてくれる強い騎士が必要なのです」
 お付きのアンナが言い添える。
「あと、暗殺も」
 王女様が不穏なことを口走った。
    ・・・・・
 それから、カッセル守備隊司令官ナナミを見送った。
 守備隊と月光軍団が揃って手を合わせナナミの冥福を祈った。全員で帰るという夢は断たれてしまった。
 ローズ騎士団を追い返し国境線は死守したというのに、カッセル守備隊には徒労感だけが残る結果となった。
 ナナミの足首の一部分、「蓋」が付いた部分は白い布で丁寧に包まれ、守備隊の馬車に積み込まれた。また、手首も遺体から取り外されて、こちらは月光軍団のユウコに渡された。
 ユウコはナナミの指を握りしめた。
 戦場で初めて会ったこと、宙吊り地獄で失神したナナミ、荒ぶるナナミ。そして、カッセルで激しく抱擁したこと。キスしたこと。女性同士の愛の交換も。
 爆弾から救ってくれて・・・ついに帰らぬ人となってしまった。
 さまざまなことが思い出されて涙が頬を伝った。

 シュロス月光軍団が撤収作業を開始した。
 数台の馬車に分乗し夜を徹してシュロスへ駆けていくのである。撤収は部隊長のミキと州都のミユウに任された。守備隊の前隊長など三人を捕虜として連れて帰るのである。今回は敗戦ではなく凱旋になった。堂々と胸を張ってシュロスの城砦に戻ることができるのだ。伝令役には月光軍団のミカが任じられた。一足先に戦果を伝えるため、そして、シュロスを奪還するための重要な役目である。州都のミユウは慣れた手つきで報告書を書き上げるとミカに持たせた。
「ミキさん、ミユウは私の部下なのですよ」
 スミレがミユウの正体を明かした。
「そうか、ただのメイドではないと思っていたよ」
 州都のスミレは騎士団のローラ、マイたち幹部数人を馬車に乗せた。守備隊に痛めつけられたローラは傷痕も生々しくグッタリしている。スミレはローラを馬車の荷台の木枠に縛り付けた。これでは王宮の親衛隊には見えない、どう見ても囚人の護送だった。スミレには州都まで護送するつもりなどはないのである。

「王女様、お元気で」
 月光軍団の隊員はルーラント公国第七王女様に別れの挨拶をした。
「そうだ、お土産にレモンを貰っていくわ」
「メイドのレモンちゃんですか」
「そうよ、私の召使いにするのです」
 王女様はすでに自分の召使いになると決めているかのようだ。
「よろしいでしょう、王女様、どうぞレモンをお持ち帰りになってください」
 州都のスミレは騎士団のメイドのレモンを差し出すことを認めた。レモンは騎士団の食事の中に毒草を入れることも承知していたし、このままシュロスへ戻ると問い詰められて、うっかり本当のことを喋ってしまうかもしれない。むしろカッセルにいた方が安全だと思った。
「王女様、奴隷とか召使いはいけません。城砦のメイドとして雇ってあげてください。レモンは働き者ですから、きっとお役に立つでしょう」
「カッセルに行くのはいいけど、給料は出してくれるんでしょうね」
 レモンがちゃっかりお願いした。
「王女様には、さらに素晴らしいプレゼントをご用意しております」
 スミレが新しい提案を持ち出した。
「よいでしょう、聞かせてください」
「ロムスタン城砦は貴国の防衛にとって重要な要衝だと思われます。ここを他国が占領してしまうと、ルーラント公国の守りが破綻するのではないかと懸念しております」
「それは我が国の一大事だわ」
「そこで、提案なのですが、カッセル守備隊がロムスタン城砦に進駐したとしても、当方は、即ち、バロンギア帝国東部州都といたしましては、それを黙認するということで、いかがでしょうか」
「なるほど・・・ルーラント公国がロムスタンを占拠してもよいということなのですね」
「そう受け取っていただいて結構です」
「これで我がルーラント公国は安泰です」
 マリア王女様はこの申し出に大満足であった。

終章

 国境を越えてバロンギア帝国の領内に入ったところで馬車が止まった。辺りは薄暗い山道だ。
 馭者台から降りたのは州都軍務部のスミレである。馬で並走していた月光軍団の副隊長ユウコが道の先を指差した。
 ここでローズ騎士団のローラたちの死刑を執行するのである。
 幌を捲った。
 そこには騎士団副団長ビビアン・ローラ、参謀のマイ、他にもミズキ、ハルナたちが乗っていた。誰もが縄で縛り付けられているので身動きが取れない。馬車に揺られている間にぶつかり合って手足が絡まっている。州都へ送られるはずが、まるで囚人のような扱いだ。
 スミレが縄を掴みローラを引きずり出すと、縄で繋がっていたマイも一緒に転げ落ち地面に転がった。
「あなたたちを助けたのは裁判に掛けるわけじゃない。騎士団の隊員の手前があったから州都に連れて行くと言ったまでよ」
 スミレは残忍な笑いを浮かべた。
「州都にも王宮にも帰しません。ここがあなたの最後の場所になるの」
「ウッヒェ」
「先にクズどもを片付けてくる」
 スミレは爆弾を手にして荷台に上がった。
「爆弾の威力がどんなに凄いか、自分の身体で思い知るがいい」
 そう言って導火線に点火した。
「な、何をするの・・・」
 ローラが目を見張った。
「まとめてぶっ飛ばすに決まってるでしょう」
 スミレが荷台を蹴ると馬車は大きく傾き、そして崖を滑るように落下していった。
 ズドッ、ドッググワーン
 大きな爆発音が響き、騎士団の幹部をたちを乗せた馬車はバラバラになって崖下に消えた。副団長のローラは馬車が木っ端微塵に吹き飛ばされるのを呆然として見ているだけだった。
 部下を乗せた馬車が爆発した。あれでは誰一人として助からないだろう。辺境の部隊が王宮の親衛隊を殺害するなどが許されるはずがない。
 王宮へ帰って軍法会議で訴えてやる・・・王宮に戻れないのか・・・自分もここで殺される・・・
 王宮を出発する時は、まさかこんなことになろうとは想像もしなかった。

「いいことを教えてあげよう。私は東部州都の軍務部からあなたたちの調査を命じられてきたのよ。チュレスタの温泉で待ち構えて、ずっと監視していたってわけ」
「何ですって」
「ミユウは私の部下。メイドを装って騎士団に潜入させたの、それを知らずに雇ってくれてありがとう。ミユウのおかげで助かったこともあるわ。州都の軍務部から手紙が届いたでしょ、あれはミユウが書き換えてくれたニセモノよ。ホントの手紙がバレたらヤバかったわ」
「ちくしょう、騙したのね」
「これが仕事ですから。あなたたち金遣いは荒いし昼間から酒は飲むし、罪をでっち上げるし。全部、報告しておきますからね」
「スミレさん、報告書する事なんてないんじゃないの」
「そうでした、ユウコさん。ここで死んでもらうのだから。たった一行、事故で死んだって書くだけです」
「さあ、スミレさん、早いとこやってしまいましょう」
 最初は参謀のマイからだった。
「シュロスの城砦には文官のアヤが残っているわ。お前たちの好き勝手にはさせない」
「アヤさんの役目は、生き証人として『事故で死んだ』と証言してもらうこと。そのために手を打ってあるわ。今ごろは月光軍団のリサさんと良い仲になって、こっちの言いなりでしょうね」
 ・・・スミレはマイの喉元に槍を突き付けた。

 マイは片付けた。次はローラの番だ。
「ローズ騎士団副団長、ビビアン・ローラ。あなたを処刑します」
 ユウコが最後通牒を突き付けた。
 牢獄に入れられ暴行され、自爆攻撃を強いられた恨みを晴らす時がきた。そして、カッセル守備隊司令官ナナミを、大好きだったナナミを殺された仕返しをするのだ。
「何か言いたいことはありますか」
 月光軍団のユウコが騎士団のローラを見下ろして言った。
「こんなことが、許されると思っているの」
「許すもなにも、あなたには関係ないわ。騎士団の一行は馬車が転落して全員死にました、事故でしたと、そう報告するんですよね、スミレさん」
「そうです。検死の報告書はたった一枚で済みます。簡単だからミユウにやらせよう。というか、すでにミユウが馬車の中で書いているかもね。あなたが死ぬ前に」
「金か・・・金が欲しいなら、好きなだけ出す・・・だから助けて」
 この期に及んで金銭で命乞いをするローラであった。
「無実の罪を着せられたり、自爆しろと言われたりした。そればかりではなくて、あなたの最大の罪状は・・・ナナミさんの命を奪ったことだわ」
「あいつは敵だ、敵の司令官だ」
「お黙り」
 ガツン
「ブゲッ」
 ユウコがローラの顔を蹴った。
「謝るのよ」
 ローラの頭を靴で踏みグリグリと地面に擦った。
「ウゴゴ、ゴフッ」
「謝れ、謝れって言ってるのよ」
 ユウコが剣を抜き頭上に構えた。
「ナナミさんが大好きだった。大好きだったのに・・・ナナミさんは私を助けてくれた。それなのに、ローラ、お前が、お前が殺したんだ」
「お、お助けを、ユウコ様」
「ナナミさんの仇だ」
 ・・・ユウコがナナミの仇を討った。
 ローラの処刑は終わった。
「さあ、行きましょう。急げばミキたちに追いつけるわ」
 晴れ晴れとした表情でユウコが言った。
   
   〇 〇 〇
 
 月光軍団のミカは伝令役として一足早くシュロスの城砦に着くと、城砦の文官のリサ、並びにローズ騎士団の文官のアヤに勝利の報告をおこなった。騎士団のアヤは副団長の一行がシュロスには戻らず州都へ向かったと聞かされて怪訝そうな顔をした。ミカは月光軍団のリサにだけは、州都へ行く途中、ローラたちを殺害するのだと打ち明けた。そして、物見櫓に上がると月光軍団の旗を掲げた。役目を果たしたという合図である。
 その日の昼頃、月光軍団の本隊が城砦に到着した。物見櫓に翻る月光軍団の旗を見て誰もが勝利を確信したのだった。
 副隊長のユウコを先頭に城砦の門を潜った。投獄されていたユウコは自由の身になり城砦の広場を歩んだ。破れた戦闘服、乱れた髪、戦場帰りのその姿にローズ騎士団のアヤはたじろぐばかりだった。
 州都のスミレが、騎士団の乗った馬車は州都へ向かう途中に崖から転落し、ローラをはじめ幹部全員が死んだことを告げた。アヤがそれを信じないとみるや、月光軍団のミキが力ずくでねじ伏せ、強引に事実と認めさせた。スミレは王宮へ帰って自分たちが話した通りに報告せよと命じた。月光軍団と騎士団の立場は完全に逆転したのだった。
 放心状態のアヤを月光軍団のリサがそっと抱きすくめた。
 月光軍団がシュロスの城砦を騎士団から奪還したのである。
 
 城砦の広場で月光軍団の凱旋祝賀会が開かれた。
 副隊長のユウコが壇上に上がった。
「みなさん、月光軍団はカッセル守備隊を撃破し、捕虜を取って凱旋してきました」
 シュロス月光軍団がカッセル守備隊に勝利したことを宣言した。
「そして、ローズ騎士団は王宮へ帰ったのです。シュロスは、シュロスの城砦は、これまで通り月光軍団が守ります」
 月光軍団の隊員からはもちろん、居合わせた住民からも怒涛のような歓声が上がった。
 次に、スミレが前へ進み出て、東部州都の軍務部所属だと名乗ってから、捕虜の処分を言い渡した。
「カッセル守備隊の捕虜を三人連行してきました。捕虜はこの場で鞭打ち刑に処し、その後、州都へ連行して裁判に掛けることとします」
 再び群衆から大きな歓声が上がった。

 凱旋の祝賀会が続く中、ユウコは一人その場を離れた。
 重い足を引きずるようにして歩いた。向かったのは城門の塔。塔の下層の一室、そこは何段も石を積み重ね、壁の厚さは人が三人手を繋いでも届かないくらいの厚みがある。壁をくり抜いた奥に小さな窓があるのみ、昼でも暗き室内は夕暮れが近づいてさらに暗さを増している。
 監禁、暴行、そして戦場へ・・・ユウコにはシュロスの城砦を奪還できたことの喜びなどどこにもない。
 思い起こすのはただ一つ。
 ユウコはほの暗い窓辺に佇み、ナナミの形見となった右手を抱きしめた。
「ナナミさん・・・」
 その右手の、腕に繋がっていた辺りからは金属の線が見えていた。



 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス(下) 終わり
 カッセルとシュロス 全三巻 完結

辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス(下)

 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス(下)をお読みくださりありがとうございます。そして、ここまで、上、中、下と三巻をお読みいただき、ありがとうございました。全部で20万文字、原稿用紙で500枚くらいになりました。これだけ長いと、誤字脱字、文章の乱れ、用語の間違いなど、いくつもあるかもしれません。ご容赦ください。また全体の構成、枠組みを最後まで維持することができたか心配です。
 登場人物はできるだけ最後までしっかり書き込んでいったつもりです。そのため、アリスか、あるいはナナミか、それともミキなのか、途中から誰が主人公なのか、書いている私にも分からなくなってきました。群像劇としてお楽しみいただければ幸いです。
 度量衡については現行の基準を採用しました。
 さて、これで完結したわけではありません。まだ未解決の事柄が残っています。まず第一に、ナナミの身体の秘密です。これを曖昧にしておくことできません。ということで、続編も用意しております。他にも王女様の秘密もあります。

 この小説は架空の物語であり、登場人物の名前や事物の名称は、実在の方々、事物とは関係がありません。
 この小説は作者かおるこのオリジナル作品です。先行する類似の作品がありましたらご一報いただければ幸いです。
 この作品はFC2小説サイトさんに投稿したものに加筆修正を加えて星空文庫さんに執筆しました。FC2小説サイトさんに投稿した同名の小説は現在、非公開です。
 令和三年七月一日 公開

辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス(下)

辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス(下) 第一、第二巻の続きです。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日 2021-06-22

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著作権法内での利用のみを許可します。

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