青になる

カサンドラの入江と道夫

 淡い青におぼれるような。水。連想するのは、空よりも、透きとおった水たまりだ。入江は、道夫が描いた絵に、みとれている。もっと硬質な絵を、描くと思っていたのに。はっきりした輪郭の、細やかな陰影の、デッサン画。そういうものを予想していたなかで、淡い青をつかった水彩画は、けれど、風景でも人物でもなく、ひどく抽象的なもので、しかし、不思議とそれには、道夫、という人間の本質が表れている気がした。絵について、然して詳しくもないのだから、こういうのは、素直に感じたことを伝えればいいのだと、故に、入江は、きれいだ、と言った。道夫は筆を持ったまま、ありがとうございます、とはにかんだ。おだやかな気候の、午后だ。平和、というものが、まやかしではないのだと気づきはじめても、尚、つねに、緊張と怯えを抱えて生きるふたりには、ときどき、現実がみんな嘘くさいものに思える。入江はそっと、淡い青にふれる。絵の具はかわいている。指の先で、波紋は生まれず、絵は、つめたいと想っていたが、あたたかい気もする。平和の裏で、たくさんのひとが死んだ。殺して、殺された。壊されて、壊した。道夫は静かに、入江の横顔をみている。筆を持ったまま。ふいに、失った誰かを思い出して、かなしんでいるみたいな空気で、ふたりは佇んでいる。

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※二次創作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-06-21

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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