あやまらないで (1:1)
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「あやまらないで」
◆登場人物
ヨシアキ……34歳 彼女いない歴イコール年齢。気が弱く、自分はモテないと思い込んでいる。
ナオ……ヨシアキがアプリで知り合った女。19歳だと名乗っているが、本当は32歳。性格は、我儘でマイペース。
カオリ(ナオと兼ね役)
一人目(ヨシアキと兼ね役)
二人目(ナオと兼ね役)
◆◆◆本文◆◆◆
ヨシアキ:(モノローグ)「一分で話し相手が見つかる通話アプリ」
そんな謳い文句だった。いかにもあやしいそのアプリをスマホにダウンロードしたのには理由がある。
簡単だ、女の子と喋ってみたかったから。
思えば、俺はモテたことがない。それどころか女の子と会話が続いた試しもないまま、気が付けば30代になっていた。
周りはみんな結婚して子供ができて、その流れに一人取り残される淋しさ。
せめて女の子と話してみたい。そんな思いからだった。
あわよくば、会って、その先もしてみたいという欲望がなかったと言えば嘘になる。
そして、勇気を出して通話ボタンを押したのだが。
ヨシアキ:(モノローグ)一人目は……
一人目(ヨシアキと兼ね役):こんばんわー、アサミですぅ! 高校生なんですけどぉ。大丈夫ですかぁ? わたしぃ、えっちなことに興味があってぇ!
ヨシアキ:(モノローグ)男だ。すぐにわかった。「釣りですよね?」と返したら、盛大な舌打ちと共に、ガチャ切りされた。
そこでやめておけばいいのに、つい好奇心に負けて、次の相手を待ってしまった。
次の相手はちゃんと女性だった。年齢は聞かなかったが声からして俺より年上のようだ、普通に挨拶をした後、彼女は俺の年齢、住んでいるところ、職業などの個人情報を聞きだした後……
二人目(ナオと兼ね役):ホ別3万でどう?
ヨシアキ:俺は静かに通話を切った。やっぱりそうか、俺みたいな、さえない男に無料で相手をしてくれる女性なんてそうそういるもんじゃない。
次で最後、のつもりで、通話ボタンを押す。すると。
ナオ:あ……こんばんわ。
ヨシアキ:こ、こんばんわ。
ヨシアキ:(モノローグ)かわいい声だった。
ナオ:………
ヨシアキ:………
ナオ:なんか話してよ。
ヨシアキ:ごめんなさい。その、あんまり女の子と話したことがなくて。
ナオ:女の子? 私が?
ヨシアキ:声が……高校生くらいかなって。
ナオ:ううん、19歳。大学生。
ヨシアキ:そうなんだ。若いね。ごめんねこんなおじさんで。
ナオ:なんさい?
ヨシアキ:34……ごめん。
ナオ:なんでそんなすぐ謝るの? 変な人。名前は?
ヨシアキ:え、あ、ヨシアキ。
ナオ:私はナオ。
ヨシアキ:そうなんだ、ナオ、ちゃん?
ナオ:ナオでいいよ。
ヨシアキ:そっか……ナオ
ナオ:……
ヨシアキ:……
ナオ:なんか話してよ。
ヨシアキ:ごめんなさい、俺、話、苦手で。特に女の子と何話せばいいかわからなくて。ごめん。
ナオ:さっきから謝ってばっかり。
ヨシアキ:ああ、ごめん。
ナオ:謝られるの嫌い。じゃあさ、これから先、謝る度に、「許してにゃん」っていうルールね。
ヨシアキ:そ、それは、無理だよ。
ナオ:え、ダメなの?
ヨシアキ:うん、ごめん。
ナオ:はい、謝った、どうぞ。
ヨシアキ:え、いや……
ナオ:ほら、早く!
ヨシアキ:ゆ、ゆるしてにゃん?
ナオ:(笑う)
ヨシアキ:勘弁してくれよ、おじさんをいじめないでくれ。
ナオ:やだ、いじめたい。
ヨシアキ:意地悪だなぁ。(つられて笑う)
ヨシアキ:(モノローグ)女の子とこんな風に笑い合ったことなんて、とんと記憶にない。マイペースで、ちょっと我儘なナオと、気の弱い俺は不思議とウマが合い、そのまま1時間くらい話していた。
ナオ:(軽く呻く)いっ…つ……
ヨシアキ:どうしたの?
ナオ:なんでもない、でもそろそろ寝ないと。ねえ、また話したいな、ヨシアキさん。
ヨシアキ:いいの? うん、俺も話したいよ。
ナオ:ありがと、別のSNSのID教えるね。
ヨシアキ:これって、無料?
ナオ:サクラじゃないってば、疑り深いな。
ヨシアキ:(モノローグ)ナオの言う通り、クレジット情報入力画面に行くこともなく、俺はナオと連絡先を交換できた。
またナオを話せる。そう思っただけで、くすぐったいような、年甲斐もなく浮ついた気持ちになった。
それから俺とナオは、毎晩のように電話で話すようになった。いろんな話をするうちに、おなじ県に住んでいることがわかって。地元トークやナオが通っている大学の話、俺の職場の愚痴など、いろんな話をした。
灰色だった俺の日常は、変わった。まるで花が咲いたように。
話ができる女の子がいてくれるだけで、こんなに違うものかと思うが、男なんてきっとそんなもんだと思う。
(間)
ナオ:え、うそ! 取引先の手土産に? うっわ! それはないない!
ヨシアキ:そうかな……? 喜んでくれてる、けどな。
ナオ:千白堂(せんぱくどう)のバームクーヘンって! 最悪だよ! しかも、ホールで持っていくとかありえないから!
ヨシアキ:そ、そうかな?
ナオ:だってさ、それわざわざ人数分に切り分けないといけないんだよ? 誰がそれやると思ってるの? しかもその場で食べないといけないんだよ? 甘いもの苦手な人も、そんなにお腹すいてない人もいるだろうに。
ヨシアキ:そっか……言われてみればそうだね。気が付かなかった。ごめん。
ナオ:私に謝らないでよ。次から気を付ければいいじゃん。
ヨシアキ:じゃあ、どこのお菓子ならいいと思う?
ナオ:そうだなー私は、「アンの木」のラングドシャが好きかな。個包装だし。いろんな味があって、季節限定品とかあるし。
ヨシアキ:「アンの木」……聞いたことあるな。
ナオ:大学の近くのお菓子屋。イートインもあるから、ときどき友達とお茶してんの。
ヨシアキ:赤いマンションの一階?
ナオ:そうそう。
ヨシアキ:え、ちょっとまって……その店って、閉店したよね?
ナオ:え、そうだっけ?
ヨシアキ:うん、たしか、5年位前に。
ナオ:……あー。まあそこじゃなくてもいいじゃん、とにかく個包装で食べられるものにした方がいいよ。そうだなー、たとえば……
ヨシアキ:(モノローグ)まただ。ナオと話していると、ときどき違和感がある。
「触れないで欲しい」という無言の圧力を感じて、俺はそれ以上踏み込めない。
けれど確実に、白い澱(おり)のように、その違和感は俺の中に蓄積していく。
それでも、ナオを失いたくないという思いの方が強かったから、俺はそれに気が付かないフリをしていた。
ヨシアキ:俺って、本当に気が利かないから。でも、ナオと話すようになってから、なんか他の女性とも話せるようになってきた気がする。パートのおばちゃんとか。
ナオ:へぇ、じゃあ、初彼女も遠くない?
ヨシアキ:どうかな? 俺、モテないから。
ナオ:そればっかり。そう言ってるから、女の子が敬遠するんだよ。「全然おいしくありません」って書いてあるお菓子、食べたいと思う?
ヨシアキ:いや……
ナオ:ヨシアキさんがやってるのはそういうこと。そうだ、いいこと考えた。
ヨシアキ:なに?
ナオ:練習しよう? 私を彼女だと思ってみて?
ヨシアキ:え?
ナオ:今から、彼氏、彼女として会話をしてみるの。面白そうじゃない?
ヨシアキ:え、え、でも……
ナオ:じゃあいくよ、3、2、1、はい!
ヨシアキ:……
ナオ:……
ヨシアキ:えっと。
ナオ:なあに、ヨシくん?
ヨシアキ:ヨシくんって……!
ナオ:彼女なんだから、さん付けじゃおかしでしょ! ほら、続き!
ヨシアキ:えっと、今日もお疲れ様。
ナオ:うん、お疲れ様。ねえ、ヨシくん?
ヨシアキ:な、なにかな?
ナオ:私のどこが好きー?
ヨシアキ:え……?
ナオ:(笑う)なーんてね! ほら、彼女には聞かれるかもしれないじゃない?
ヨシアキ:そうだな、声かな?
ナオ:え?
ヨシアキ:あと、話し方も好きだし。笑い声が好き。頭の回転が速くて、面白いところ。毒舌なところ。19歳なのに、精神年齢はけっこう高くて、口下手な俺を会話でリードしてくれるところ。
猫と、好きな漫画の話になると急に早口になるところ。
眠くなると、同じこと何回も話しちゃうところがかわいい。
寝なさい、って言っても天邪鬼に「寝ない」って言い張るところも好き。
あと……
ナオ:ちょっと待ってよ! え、まだあるの?
ヨシアキ:え、うん……
ナオ:……ねぇ、ヨシアキさん、もしかして、私のこと好きなの?
ヨシアキ:……うん、好き。
ナオ:……
ヨシアキ:ごめんね。
ナオ:謝らないで。
ヨシアキ:こんなおじさんがキモいってわかってる。モテないおじさんが、女子大生と話せて、盛り上がってるだけだってわかってる。
けど、俺は……もし、できるなら、ナオに会ってみたい。
ナオ:……(息を飲む)
ヨシアキ:一度でもいい。ナオと直接会ってみたい。本当に話すだけでいい。5分でも。
ナオ:……ごめんなさい。
ヨシアキ:だよね、うん、ごめん!
ナオ:そうじゃなくて、私、嘘ついてるから。むしろ嘘しかついてないくらいの勢いで嘘ばっかりだから。ヨシアキさんが好きなナオは、本当の私じゃないよ。
ヨシアキ:そうかな? 俺はこうやって話していてすごく楽しい。俺をこんなに楽しく、幸せな気持ちにさせてくれたのは、紛れもなくナオだと思うんだけど。
ナオ:私、女子大生じゃないの……本当は、32歳なの。
ヨシアキ:え?
ナオ:ごめんなさい。
ヨシアキ:そうなんだ……
ナオ:ごめんなさい。
ヨシアキ:いや、違うんだ。ナオが女子大生じゃなかったことがショックなんじゃなくて。ちょっと整理がおいつかないっていうか……。俺は別に若い子が好きなわけじゃない。
だから、ナオが俺と同世代だってことは、むしろ嬉しいよ?
ナオ:違うの。
ヨシアキ:なにが?
ナオ:私が19歳だって言ったのは、私の心がそこで止まってるから。
ヨシアキ:どういうこと?
ナオ:私ね、19歳の時に、事故に遭ったの。ひどい事故で……生きているのが不思議だって言われた。今でも後遺症が残ってて、特に顔の傷はひどくて……外に出られないの。
ヨシアキ:え……?
ナオ:やっと内職で少しだけ働けるようになったけど。親に面倒みてもらいながら、暮らしている。それが今の私。口は動くようになったから声だけじゃわからないでしょ?
ヨシアキ:うん、全然わからない。ああでも、たまに痛そうにしてるのはもしかして。
ナオ:うん、傷がね。ときどき痛むの。多分完全に治ることはないってお医者さんが。
ヨシアキ:そうだったんだ。
ナオ:19歳の自分に戻りたくて、誰かと話している間だけでも戻りたくて、嘘ついたの。ヨシアキさんと、まさかこんなに親しくなると思ってなくて。
ヨシアキ:そう、なんだ……
ナオ:引いたよね……?
ヨシアキ:ううん……
ナオ:今日はこれくらいにしよ。おやすみ、ヨシアキさん。
ヨシアキ:うん、おやすみ、ナオ。
(間)
ヨシアキ:(モノローグ)ナオの告白はあまりにも衝撃的すぎて。俺はしばらく放心していた。そして数日、俺は考えた。
ナオがどんな姿でも、俺はナオが好きだろうか? 受け入れることができるだろうか? 考えに、考えた。
そして俺は勇気を出してナオに電話を掛けた。
ナオ:あ、久しぶり。
ヨシアキ:うん、ちょっとだけ久しぶりだったね。ごめんね。
ナオ:ううん、もうかかってこないと思ってた。
ヨシアキ:俺もさ色々考えた。
ナオ:うん。
ヨシアキ:ナオのことどんな姿でも受け入れられるのかなって。だから想像してみたよ、道行く女性皆「この人がナオだったら」って
ナオ:なにそれ。
ヨシアキ:いろんな人がいたよ、きれいな人もいたし、そうでもない人もいた。太っている人もいたし、おばあさんもいた。
俺はふくよかな女性が好みじゃないけど、ナオだと思えばかわいいと思えた。
さすがに、80歳近いおばあさんなるとに恋愛感情は抱けなかったけど、きっと嫌いにはなれないと思う。ゆっくり距離を縮めていけば、愛せるかも、って思えた。
ナオ:なにそれ。
ヨシアキ:俺だって必死なんだよ。こんなに好きになった女性はナオが初めてなんだ。ここで終わりたくない……。
ナオ:ありがとう……
ヨシアキ:あのさ、
ナオ:なに?
ヨシアキ:いや、なんでもない。
ナオ:……私だって、ヨシアキさんのことが好きだよ。
ヨシアキ:え、本当?
ナオ:うん。
ヨシアキ:女性に告白されたの初めてだ……
ナオ:普通の、女性ならよかったのにね。普通の女として、普通にヨシアキさんに会いたかったな……
ヨシアキ:……ナオが普通の女性なら、俺なんて相手にしてないよ。
ナオ:かもね?
ヨシアキ:今のナオだから、いいんだよ。
ナオ:……私に会いたい?
ヨシアキ:会ってみたい。
ナオ:……
ヨシアキ:あのさ
ナオ:なに?
ヨシアキ:写真、送ってくれない?
ナオ:え、無理だよ。
ヨシアキ:お願い。
ナオ:でも。
ヨシアキ:大丈夫だから。お願い。
ナオ:やめたほうがいいよ。
ヨシアキ:俺を信じてよ。
ナオ:……
ヨシアキ:(モノローグ)しばらく沈黙が続いた。そして、ふいに、俺のスマホからメールの着信音が響く。
ナオからだった。俺は、急いで添付された画像を開く。
俺のスマホに映し出された、それは……
ヨシアキ:うそ、だろ……
ヨシアキ:(モノローグ)そこに映し出されたそれが「顔」だと気が付いたとき、俺は。俺は。俺は……
ヨシアキ:……う……(吐き気をこらえるがやがて嘔吐する)
ヨシアキ:(モノローグ)こみあげてくるものに耐えられず、俺はトイレに駆け込み、胃の中にあったものをすべて吐き出した。
(間)
ヨシアキ:(モノローグ)その後のことはよく覚えていない。気が付けば夜が白み始めて、スマホには、ナオからのメールがたくさん届いていて、謝罪の言葉がならんでいた。
ナオ:(メールの文面)ごめんね、本当にごめんなさい。送るんじゃなかった。送っちゃいけないってわかってたのに。そうだよね、まさか顔が半分ないなんて思わなかったよね。本当にごめんなさい。
こんなの無理だよね、きっと誰だって無理だよ。
ヨシアキさんは悪くない。私がいけないの。
本当にごめんなさい。
もう、会えないよね? うん、わかってる。それはわかってるけど、このままお別れは嫌だ。
もう一回だけ、5分。いや、1分でもいい。
もう一回だけ、声を聴かせて。ちゃんとお別れを言いたい。それで終わりにするから。
お願い! どうかお願い!
ヨシアキ:(モノローグ)どう返信したものか、俺は迷った。迷って、迷って、迷っている内に、時間が過ぎて、結局俺が返事をすることはなかった。
好きだと告白した女性に対して……本当に俺は最低な、ダメな男だ。
(間)
カオリ:ヨシアキさん、ここ。
ヨシアキ:ああ、ごめんね、待たせて。
ヨシアキ:(モノローグ)あれから3年が経ち。相変わらずモテなくて、一生独身かと思っていた俺だが、婚約者ができた。親戚の紹介で知り合ったカオリさん。
カオリさんには、離婚歴があって、彼女はそれをとても気にしている。それもあって、俺のことをすごく大切にしてくれる女性だ。
カオリ:お仕事お疲れさま。
ヨシアキ:うん、ありがとう。
カオリ:ねぇ、何食べに行く?
ヨシアキ:うーん、俺は、なんでもいいよ。カオリさんは?
カオリ:私はいつも通り。
ヨシアキ:「俺の食べたいものが食べたい?」
カオリ:うん、だから、ヨシアキさんの好きな物でいいんだよ?
ヨシアキ:そっか…
ナオ:(ヨシアキの妄想)「なんでもいい、は優しさじゃないよ、ダメだなぁ。予約くらいしときなさいよ」
ヨシアキ:ナオならこんな風に言うのだろうか。ナオとカオリさんは、声が似ている。だから、カオリさんと居ると、ときどきナオの事を思い出す。
脳裏に焼き付いたままのナオの顔も同時に思い出し、胸がチリっと痛む。
それはナオへの贖罪のようで、ただの薄情な俺への罰かもしれない。
カオリ:ヨシアキさん? どうしたの?
ヨシアキ:ううん、なんでもない。行こうか?
カオリ:うん、行きましょう。
ヨシアキ:(モノローグ)カオリさんの手を取る。やっと手に入れた幸せは、ぬぐい切れない罪悪感の匂いがした。
……こんな言葉は何の救いにもならないだろうが、ナオ、君は何も悪くない。
【完】
あやまらないで (1:1)