美しい世界
弱さをみせないことが強さだとしたら、僕らは中途半端に強くなってしまったね。この苦しみこそが生の核心なのに、僕らはどうもそれを疎ましがってしまう。不本意に傷つくことに恐怖を覚えてしまう。優しさの本質が掴めないまま、僕らは各々の正義を振り翳しあって、無自覚に傷を抉りあって、なけなしの良心に縋りあって、綺麗なものだけをみようとして。理想が拡大していくたびに、不純な自己愛が肥大していくたびに僕らは大切なことを見誤ってしまう、大切なものを見失ってしまう。性懲りも無く自分を正当化して、自分の安寧を脅かす異物は一つ残らず排除しようと必死で。自分のみたいものしかみない人間が、優しくなれるはずなんてないのにね。傷ついた分だけ優しくなれるなんて迷信だって、一番に説得したかったのは他でもない自分自身だった。それでも、それだけが自分に適った償いの術だと信じて疑わなかった。轍を踏まないためには、過去を忘却することなどあってはならない、過去を改竄することなどあってはならない。僕らは自分の傷に歪な正義を見い出して、いつからかそれが自分の運命だとでもいうように、忠誠を誓っていた。傷つかなくなることが、無傷の姿に戻ることが恐ろしかった。感覚を、感情を奪われた世界を揺蕩うことは死んでいるのも同然のように思えた。僕らは紛れもなく愚かだった。美しい誤解に苛まれることを救いと呼んだ。無意味に耐えられないから意味を与えて。名前を与えることで束の間の安心を得て。選ぶことが僕らの罪悪だった。美化したものはすべからく脆いんだよ。真実が僕らを見放すのは、信じることを止めた時だ。この苦しみを愛することが、ただそれだけが僕の真実だった。
美しい世界