HyperBola -Prologue-
Sector-α'
赤錆びた鉄橋、赤錆びた山々。
それらと同調するかのように赤く燃える空、雲、そして太陽。
その向こうにある天を貫かんとする幾つもの塔。
鉄橋の下には冬に向けて水温の下がりゆく渓流が流れ、中洲に咲いた朱い花から流れでた蜜を引き込み朱い筋をその流れに描く。
そこにあるのは、よくある秋の風景。
一面が赤く塗りつぶされた世界――――
Sector-a
暗闇からの突然の閃光に目を焼かれる。
一度閉じた瞼を再び開く。
首筋を一筋の風が吹き抜け、汗を乾かす。
「もー、聞いてるの?」
声が聞こえる。どうやら眠ってしまっていたようだ。
だんだんと意識が覚醒するにつれて、暑さが戻って来る。
忘れていた汗が噴き出るのを感じながら、声の主へと目をやる。
「んぁ……ごめん。ちょっとうとうとしてた」
「あのねぇ……随分失礼な事してくれるわね、人の話聴きながら寝るなんて。というかこの暑さの中こんなところでよく寝れるわね……呆れを通り越して感心するわ……」
こんなところ……
ああそうだ。今いる場所を思い出す。
廃線になった路線の、鉄橋の上に来ていた。
声の主は僕の幼馴染。
鉄橋の中腹ほどで、足を柵のそのにぶらつかせながら彼女と話をしていたんだった。
「ごめん……それで、何を話そうとしてたの?」
「……もういい。知らない」
「えー、ごめんってば。教えてよー」
それにしても、どうして僕はこんなところで寝てしまったんだろう。
たしかにこれでは呆れられても仕方がないかもしれない。
「ふんっ」
「ごめんってばー」
そんな会話をする僕らを、夏の青い空とそびえ立つ入道雲が見下ろしていた。
♪~~
「あ、もうこんな時間だ!」
遠く、町の方から風に乗って流れてきたメロディーが僕らに五時であることを伝える。
夏の間で日が長いとはいえ、そろそろ戻らないと日が暮れる前に家にたどり着けなくなる。
「早く帰ろう」
そういって立ち上がると、僕は橋の付け根へと戻り始める。
しばらく歩くと、後ろから幼馴染に呼ばれた。
「ねぇ!!」
振り向くと、幼馴染はまださっき話していたところにいた。
林の木々の作り出す影の中から見える彼女は、明るい日の光りに照らされて、とてもまぶしく見えた。
「どうしたの?早く帰らないと起こられちゃうよ!」
最近急に大人びて、同い年なはずなのに僕よりずっと年上みたいに思える時もある彼女は、呼びかけた僕に答えた。
「大丈夫。すぐ終わるから。
あのね、さっき言おうとしてたこと、特別に教えてあげる」
「ほんとう!?」
そういって影の中から走り出て、彼女のもとに駆け寄ろうとする僕を彼女は制した。
「来ないで!恥ずかしいから!」
「へ?恥ずかしい?」
なぜ恥ずかしいのか、よくわからなかった。
でも、聞いたことのない彼女の声に、僕は言われるがまま立ち止まっていた。
「あのね、私は……のこと……き、なの!」
彼女が僕に投げかけた言葉は、しかし突然吹いた突風にさらわれる。
「え?よく聞こえない!!」
「だから!」
なぜか真っ赤になった彼女は、大きく息を吸い込み、喉を震わせる。
「私は!きみのこと!だいす……」
しかしこんどは、突然起きた轟音――金属の軋む音や、木材の砕ける音――に、彼女の声はかき消されてしまった。
ただし今度は、声だけではなく……
「え?どうしたの?どこ行ったの!?」
彼女の姿まで、何者かにさらわれてしまった。
彼女を探して視線を彷徨わせる。
どこに行ってしまったのかはすぐに解った。
さっきまで彼女の立っていたところ、彼女が足をついて身体を支えていたところは、ずうっと下の川まで続く何もない空間になっていた。
「ねえ!どこ!?どうしちゃったの!?」
それでも、認めたくなかったからか、僕は彼女の声を呼び続けた。
そして、パラパラと瓦礫の落ちる崩落現場の縁から下を見下ろした。
足のすくむような高さの下、ペンキで赤く塗られた鉄骨が積み重なっている。
もしかしたらあるいは、それはペンキではなかったのかもしれない。
そんなことはどちらでも良かった。
一つの現実をつきつけられ、しかしそれはあまりにも現実味がなかった。
ある意味、夢が覚めたかのようだった。
彼女の居た夢。僕に幼馴染がいて、その子に好意を抱く。
そんな夢から、幼馴染なんて居ない、そんな現実に引き戻された感覚。
なんだか怖くなって、彼女のことなんて忘れて家の方へ走って帰ってしまった。
走りながら、僕は泣いていた気がする。
次の日も、その後ずっと、誰からも彼女はどこへ行ったのかとは聞かれなかった。
彼女の家まで行ったら、その敷地は更地になり売られていた。
学校に行っても、彼女が居ないことに誰も疑問を抱いていなかった。
ある日、意を決して彼女はどうしたのかと親に聞いてみた。
「誰?聞いたことない名前だけど……新しくできた友達?」
しばらくして、僕はあの鉄橋まで行ってみた。
そこには、真ん中の崩落した鉄橋があった。
縁に立って下を見下ろすと、目のくらむような高さの下、赤い瓦礫が積み重なっていた。
アレは夢だったのか、それとも現実にあった出来事なのか、もう僕にはわからなかった。
ただひとつ言えるのは、彼女がもういなくなってしまった、僕の前から姿を消してしまったということだけ……
結局、彼女は夢のなかだけの存在だったのだ。
僕はあの暑い夏の日、彼女のいる夢から覚めてしまった。それだけのお話、だったのだ。
Sector-b
なぜこんなところに来てしまったのか。
足元からは水の流れる音、そして砂利のこすれ合う音が聞こえる。
空からはパラパラと雨が降ってくる。
細い道を傘をさしながら登ってくるのは大変だった。
俺は、夢から覚めたあの場所の下、あの鉄橋の下の川原に来ていた。
頭上には真ん中の崩れた鉄橋がせり出している。
赤錆び、灰色の雲から浮かび上がる鉄橋は夢のなかのものとは別物だった。
禍々しい雰囲気をまとった鉄橋から落ちた鉄骨は、地面に墓標のように突き刺さっている。
それ以外の瓦礫は数十年の間にすべて流されてしまったようだ。
滑らかな水の流れを乱す赤い墓標に近づき手を触れる。
妙に生暖かく、しかし金属特有の冷たさを手に伝えてくる。
離した手を嗅ぐと、錆びた鉄の臭いがした。
「どうしたら、キミにまた会えるんだろうな。
どうしたら、またあの夢が見れるのかな。
あの時の続きを、聴かせて欲しいよ……」
赤い墓標に語りかける。
答えはない。
夢の住人と、現の住人が語り合うことはできないのだ。
涙は出なかった。
しかし、僕の胸はどうしようもなく締め付けられた。
電話が鳴る。
こんなところでも電波は届く。
まるで世界の果てのようなこの場所でも、他人とのつながりは隔ててくれないのか……
「はい。はい……解りました。今から向かいます。今夜中には戻れるはずです。では……」
電話を切る。
今の世の中は感傷に浸る暇も与えてはくれないのか……
諦めて踵を返し元きた道を戻る。
ふと立ち止まって上を見上げる。
この位置からでは、これから向かう高層ビル群は見えなかった。
上に登れば、今でもあの景色が見えるのだろうか。
Sector-c
息が白い。
手に持ったカバンの重さが、手袋をしていない手にのしかかる。
昨日は結局書類制作に追われて眠ることができなかった。
一晩液晶を見続けた目が痛い。
左手に持った栄養ドリンクを煽り、残っていた液体を喉に流し込む。
今日は昨晩作った書類を使ってプレゼンをしなければならない。
体中が限界を超えた酷使に不平と不満を述べる。
「もう少し持ってくれって。これが終わったら多分しばらく休めるから…」
そう自分の身体に語りかけ、プレゼン先の事務所へと歩を進める。
そんな間も、発表の台本を頭の中で繰り返し思い返していた――
「これから、よろしくおねがいします」
そのセリフに見送られオフィスビルを後にする。
プレゼンは成功、俺は見事契約を勝ち取った。
「お疲れ様。よくやってくれたね。これからもよろしく頼むよ」
上司はそう言い残して電車を降りて行った。
俺は今日はもう仕事もないので帰らせてもらうことにした。
正直なところもう肉体も精神も限界だ。
フラフラとしながら何とか家の前にたどり着く。
本当に疲れた。
……おかしい。鍵が鍵穴に刺さらない。
そんな間違えるほどたくさん鍵など持っていないはずなのだが……
ああ、何をやっているんだ。俺は。
これは携帯じゃないか……
鍵はこっちだ。
今度こそ鍵を開け、倒れこむようにして家の中に入る。
ああ、寝る前に風呂に入らなきゃ……
脱衣所で服を脱いで、ってここはキッチンじゃないか。
早く、もう風呂はいいや……とにかく、もう寝よう。
ベッドは……どこだっけ?
ここは、どこだっ……け……――
暑い。
うっと惜しいほどの日差しを受け、俺は立っていた。
ここは…
「ねえってば!!」
はっとして横を向く。
そこには、夢のなかに消えてしまったはずのキミがいた。
「ねえ、聞いてたの!?私の話!」
「え?ああ、ゴメン。ちょっと疲れて……」
「ちょっと、大丈夫?ほんとに顔色悪いけど……」
そういって心配そうにキミは僕の顔を覗き込む。
そうか、やっと僕は来れたんだ。
君の居るこの夢の中へ…
「やっと、やっと…」
「ちょ、ちょっとどうしたのよ。な、なんでいきなり泣くのよ……」
耐え切れず、肩に手をかけてくる彼女を抱きしめる。
「え!?え、ちょいきなり何っ……」
「ごめん……でも……でも……」
もう、僕はそうえずくことしかできなかった。
彼女の肩に顔を埋め、泣きじゃくる僕を彼女は優しく抱きしめてくれる。
「あのね……その、私キミに伝えたいことがあるの」
「伝えたい……こと?」
それは、まさか…………
「うん。その。あのね?私は、キミのことが……その、だいす――
ああ。
また、お前か。
鉄骨の軋む音、そして木材の砕ける音。
足元が崩れ去り、奇妙な浮遊感が体を襲う。
そして次の瞬間、僕たちは奈落にひきづりこまれる。
また、最後まで聴けなかった。
でも大丈夫。
今回は、彼女だけじゃなくて、僕も一緒だから。
そして僕は、彼女をいっそう強く抱きしめた。
プルルルル……
プルルルル……
プルルルル……
電話の音がする。
ちくしょう。
また、俺だけ戻ってきてしまったのか……
もう、目を開けたくない。
目を開けずに入れば、また夢の中へと戻れるのではないか……そう思った。
プルルルル……
プルルルル……
プルルルル……
電話は鳴り止まない。
だめ、か。
観念して、着信音の元を探る。
着信音はズボンのポケットからしていた。
ポケットから携帯を引き釣りだし、応答ボタンを押して耳に当てる。
「はい…もしもし……」
『もしもし?大丈夫か?ひどい声だが……』
電話元は上司だった。
「ええ。問題ありません。何でしょう」
答えつつ身体を起こし部屋の中を見回す。
どうやらベットに入る前に力尽きて寝てしまったようだ。
服も何も帰ってきた時のままだった。
『いや、今日は一体どうしたんだ?キミが無断欠勤なんて珍しい……
まあ昨日まで大変だったからと思って休みということにしておいたが……』
慌てて時計を見る。
日付はプレゼンをした日の翌日。時刻は20:36を示していた。
「な…すみませんっ!連絡もせず休んでしまって」
『まぁまぁ、それはいいんだ。
それより明日はちゃんと来てくれるのかね?』
「それはもちろん。明日は出勤させて頂きます」
『そうか。それはよかった。明日からまたやってもらいたい仕事があるんだ。
キミには期待しているよ。頑張ってくれ』
「はい。ありがとうございます」
電話を切る。
……明日から、か。
昨日まで頑張って頑張って、まる一日以上寝こむほど体力を消耗して……
それでも、まだ頑張らなければならないのか。
あの夢の中なら、俺が僕のまま止まったあの夢の中なら、ゆっくり休むことができるのだろうか。
どちらにしろ、もう疲れた。
気がついた時、俺は電話のリダイヤルボタンを押していた。
『ああ、キミか。どうした?なにかいい忘れでもしたか?』
「ええ。申し訳ありませんが、本日を持って会社をやめさせて頂きます」
『……は?……な、いきなり何を言っているんだ!?』
「申し訳ありません。ですが、私はもう疲れました。今までお世話になりました」
『ちょ、君――――』
ツー……
ツー……
ツー……
勢いに任せて大変なことを言ってしまった気がする。
まあ、どうでもいい。
もう俺は疲れたのだ。
頑張って頑張って、それでもまだ頑張れというのなら。
いったいいつまで頑張り続ければいいのだろう……
床に寝転んだまま両腕を広げ、天井を見上げる。
白熱灯に照らされた黄色っぽい天井を見上げると、ふと言葉が口をついてでた。
「どうしたらキミの居る夢に戻れるんだろうな……」
カーテンの隙間から入り込んだ光で目が覚めた。
窓際によりカーテンを開ける。
窓の外には真っ白に染まった街が広がっていた。
この街の高層ビル群の外側に位置するこの部屋からは、高層ビルたちにひれ伏すように敷き詰められた家々を見下ろすことができる。
普段は様々な色がモザイク状に並ぶその景色は、今日ばかりはすべて白で統一されていた。
白のその向こうには、隣の高層ビル群が見える。
天を貫く塔たちは、そのガラスに空を写し青く輝いていた。
何故かその景色は、あの夢のなかであの子と見た景色を思い出させた。
吐く息は白いのに、耳にはうるさいほどのセミの声が入ってくる。
白い世界を照らす太陽は、僕らの上にジリジリとその光線を容赦なく降らせる。
冬らしい雲ひとつ無い乾燥した空には、うずたかく積まれた入道雲が浮かぶ。
瞬きをすると、それらの景色は何事もなかったかのように霧散してしまう。
しかしそれと同時に、入れ替わりで一つの景色が心のなかに浮かぶ。
川の流れを引き裂きながら立つ一つの墓標。
赤いペンキで塗られ、ペンキの剥がされた場所は赤錆によって赤く染められた。
空を指す真っ赤な墓標。
――どこ?どうしたら……また会えるの?――
彼女だ。
何故かそう感じた。夢のなかで、未だ生き続ける君が僕を探している。
探そう。探さなければ。君が、僕のことを待っているのならば。
取り敢えず会社に行こう。
そんな考えが生まれ、俺は習慣の恐ろしさに笑ってしまった。
もう、行く必要なんか無いんだ。
『3番線――行き、ドアが閉まります。危険ですので、駆け込み乗車は、おやめください』
ドアが空気を吸って車内と外を隔離する。
続いてインバータの音と軽い衝撃が体を襲い、電車が走りだす。
行き先は、決めていない。
この電車もただホームに着いた時そこにあったのに乗っただけだ。
切符も、降りる駅で精算するつもりで一番安い切符しか買ってない。
勢いで飛び出したはいいが、一体どうしたものか……
まあそれでも、ただ遠くから彼女の居る夢を眺め続けていた頃に比べれば何倍もマシだろう。
一体これから何処へ行く事になるのか。もちろん、手がかりなんて初めから無い。
まあいい。どうせそんな焦ることもないだろう。ゆっくりと、白地図を埋めるように君を探して行こう。
そうすれば、きっといつかは見つかるはずだ。
Sector-d
視界は赤に支配されていた。
山々はそこに生える木々によってその身を赤く染め、太陽は空の支配権を月へと渡す前の最後のがんばりとばかりに空も雲も赤く染め尽くす。
遠くの塔は昔より数が増えた気がする。
そこからは、夢のなかと殆ど変わらない景色を見ることができた。
もう随分長い間世界中を探し回った。
若者だった俺は、もう随分と歳をとってしまった。
ここまで上がってくるのにも、丸一日を費やしてしまうほどに。
しかし、結局君は見つからなく、ましてや夢に関することも一切わからなかった。
最後に残った地図の白紙部分は――――
「やぁ、どうしたの?そんなところで」
いきなり後ろから声が聞こえた。
振り向かずに答える。
「そちらこそどうしたんだい?こんなところで」
二人の間を一筋の風が吹き抜ける。
「自殺?リストラとかそんな理由では無さそうだけど」
「はは…会社ならもうとっくの昔にやめたよ。
まあ、ここから飛び降りるのには違いないけどね」
そういって足元を見下ろす。
昔ほどではないが、それでもずいぶん高く感じる。
下を流れる川は、あの日よりも随分冷たそうだ。
「ならどうして?」
「どうして、か……
言えば止めるのをやめてくれるのかい?」
「……別に最初から止める気なんて無いわ。止めようと思ったところで止められるものでもないし。
ただ、単純に理由が知りたいだけ」
思わず笑ってしまった。
まあ、らしいといえばらしいのかもしれない。
「理由を言ったところで、信じてもらえるとは思えないんだけどねぇ……」
「いいの。聴かせて」
随分と真剣な声でそう言われた。
ただ、話すとしてもどういったものか迷ってしまう。
結局話すことがまとまるまで数十秒かかってしまった。
その間後ろの彼女は一言も言葉を発すること無く私が話し始めるのを待っていた。
「……探しものを、してるんだ。
とても大切なモノだったんだが、ある日突然見つからなくなってしまってね。
最初は諦めかけてたんだが、どうしてもあきらめられなくてねぇ……
いろいろな場所、いや世界中を探しまわった。東西南北あらゆる場所をね。
でも見つからなかった。見つけることができなかった。
それで気がついたらこの歳だ。今日も、本当は朝早く出発したのにここに着いたのはほんの少し前だった」
後ろから声は聞こえてこなかった。
ただなんとなく、後ろから向けられる視線は険しいものな気がした。
「なんども探して探して、結局ダメだった。
人生最後の瞬間まで、探しだすことはできなかった……」
「それで、見つからないからって諦めて死ぬの。
まだ探してない、探しそこねた場所があるとかは考えないの?なんで、なんで――」
「いや、諦めたわけではないんだ。
ただ、もうあとひとつしか探せる場所がないんだ」
「あと、ひとつの場所……?」
後ろからは声しか聞こえない。
やはり、そうなのだろう。
なんとなくはわかっていた。
ただ、本当にそうなのだとすればなんと理不尽な話なのか。
本当、嫌になるほど不条理だ。
「ああ。
私の死んだ後の、私のいない世界。
そこなら、もしかしたら見つかるかも……ってね」
うしろから息を呑む気配がする。
たぶんこれで、2つ目の予想も確証が得られた。
「でも、そんなの……あなたが居ないなら探しようが無いじゃない、見つけようがないじゃない!」
「たしかにそうだね。
それでも、もうそこしか有りそうなところは残っていないんだ。
それに、もし魂とか言うのが本当にあったとしたら、それが死んだあとに何処に行くかなんてだれも知らないんだ。
もしかしたら、そこにあるのかもしれないからね」
「そんなの……だってそんなの……」
声が震える。
やめてくれ。
そんな声を出すのは。
どんな顔をしてるのか、想像してしまうじゃないか。
「……死んだあとの世界なんて、ある訳無いじゃない。
死んだあとには何もない。『何もない虚無』ですらない。
本当に、跡形もなく何もないに決まってるじゃない!なのに」
「そうだね。でも、もうそこしか残ってないんだ」
なんてもどかしい。
いったいどんなからくりなのか。
世界の理不尽すらねじ曲げて立っているのに、それを支えることすらできないなんて。
それでも、二度と彼女に同じ景色は見せたくない。
こんなのは只のわがままだとわかってる。
それでも――
「ごめんな。でも、許してくれ」
そう言って、僕は後ろを振り返る。
ああ。あれから何年立っているんだろうなそっちでは。
なんて綺麗に成長したんだろう。
それでも、遠い昔のあの夢のなかの記憶の面影が残っている。
涙の溜まった今にも泣き出しそうな目を見開いて驚いた表情を浮かべる君と目があう。
ああもうほんとに、ここ数十年流したことのなかった涙が目から溢れ出る。
それでも、止まること無く溢る涙に構っている暇など無い。
今、この一瞬のうちにすべてを伝えなければ――
「ありがとう。
こんなグズな僕を探しだしてくれて、ありがとう」
青い光の粒となって消えていったキミに、その言葉はいったい何処まで伝わったのだろう。
目を閉じる。
一瞬しか見えなかった君の顔が、目から消えないように。
その夢の残滓をまぶたに焼き付け、元の方向に、橋の下の奈落へと目線を戻す。
よかった。本当に良かった。
君が生きていた。
君が存在した。
どうやって僕の目の前に姿を表したのかはわからない。
それでも、そこに君はたしかに居た。
それだけでも、十分だ。
最後に君が見れたんだから、これから行く道も怖くない。
むしろ希望に満ち溢れているくらいだ。
僕は真っ赤な夕焼けを見上げ、夢の最後のあの日より随分と冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
そして――――
「僕も、大好きだよ!」
そう叫んで、僕はその身を投げ出した。
Sector-α
「くそっ!なんで!なんで!」
無駄だとわかっていながら何度もさっきまでいた世界線に接続を試みる。
アイツがあたしを知覚して居ないおかげで、何とか世界の修正効果に抵抗できていたのがアイツが振り返った瞬間に一気に修正力が強くなった。
アイツの言葉も最初の数文字しか聞き取ることができなかった。
でもその続きなんて簡単に予想がつく。
『ありがとう』
あいつは最後にそんなことをのたまいやがったのだ。
「んのバカ!気づいてたのならなんで振り返りなんかしたのよ!
その上、なんでありがとうなんて……!
悪いのは、私なのに!
あんな、あんなジジイのくせに!なにとんでもなくうれしそうな顔でボロ泣きして……くそっくそっ!!」
アイツへの罵詈雑言をまき散らしながら鉄橋の付け根に刻んだ円形魔術式に魔力を送り続ける。
涙が式を描いたペンキの上に落ち、弾かれて玉になる。
だんだんと乱雑になる魔力の流入によって、溢れでた魔力が光の玉となって空間へ散っていく。
「なんなのよ!なんで!笑った時の顔があの頃とほとんど同じなのよ!
しわっくちゃな顔であんなに笑いやがって!
なんで、なんで……なんであたしまでこんなボロ泣きしなきゃならないのよ…………」
地面へと叩きつけるように魔力をぶつける。
こんな入れ方ではうまく式に魔力が回るわけがない。
それはわかっていても、繰り返すたびに魔力の注ぎ方は乱雑に、力任せになっていく。
「くそ!くそっ!繋がって!繋がってよっっっ!!
繋がれってんだよおおおおおおおおおおお!」
そう言ってそれまで以上に乱暴に式へと魔力を流した瞬間、式が光を放ち身体が浮かぶような感覚を感じる。
「……え?」
次の瞬間には、それまで夜だったはずの景色が赤い夕方の景色へと変わっていた。
「つな……がった……?」
嫌な予感しかしないまま、反射的に橋の中心、崩落地点の縁へと走り寄る。
そのまま下を覗きこむ。
「っ……んの、バカァ…………」
涙が溢れ出る。
別に止めようと思っていたわけではない。
そもそも止められるわけがなかった。
それでも、せめて見届けようと思っていた。
この世界のアイツが出した結論を、見届けようと思ったのに……
おそらく、アイツが死んだ結果私が接続することへの世界からの拒絶反応がなくなったのだろう。
結局……私はあの時と同じで、間に合わなかったのだ。
『……くも、――きだよ!』
「ぇ?」
『僕も、大好きだよ!』
それは、あたりを囲む山々の創りだしたやまびこだった。
最後に彼がとっさに思いついた、想いを伝える方法。
最期の瞬間、ありったけの声に乗せて彼が山々に託した想い。
自分が死んだあと、すぐに戻って来るだろう彼女へと向けた告白だった。
「な、何がっ、『僕も』よ……っ
あたしも好きだなんて……限らないじゃない!
この……ナル、シストがぁ…………」
赤錆びた鉄橋、赤錆びた山々。
それらと同調するかのように赤く燃える空、雲、そして太陽。
その向こうにある天を貫かんとする幾つもの塔。
鉄橋の下には冬に向けて水温の下がりゆく渓流が流れ、中洲に咲いた朱い花から流れでた蜜を引き込み朱い筋をその流れに描く。
そこにあるのは、よくある秋の風景。
一面が赤く塗りつぶされた世界。
一人の男の愛し、憎んた世界。
泣きたくなるほどの理不尽を内包した世界……――――
気がつくとあたりは暗くなっていた。
顔を上げると、自分の前には対岸まで続く橋がある。
いつの間にか元の世界に戻ってきていた。
「帰ろう……」
もう既に涙は止まっていた。
今回、初めてアイツの居る世界への干渉に成功した。
それでも、やはり留まることも、彼と向き合うことさえできなかった。
やはり、無理なんじゃないか。そう思えてくる。それでも……
『僕も、大好きだよ!』
アイツが、必死で残した告白の言葉。
もしかしたら、まだアイツと私が一緒にいられた頃、最後に言いそびれたセリフの返事かも知れなかった。
「なんて律儀なのよ……
そんなに必死に言われたら、返事しなきゃ後味悪くて仕方ないじゃない……」
そんなことを呟きながら、ねぐらへと帰る。
諦めるわけにはいかないんだ。
いつか、この理不尽を覆せるまでは――――
HyperBola -Prologue-
どうも。
初めましての人は初めまして。
そうでない人はお久しぶりです。
門番ことMEBALONです。
ええまあ…なんと実に半年ぶりの更新というか投稿になります。
………
……
…
( ^o^)やっとあがったぞ!半年ぶりに新作が投稿できる!
( ˘⊖˘)。o(まてよ?登場人物の名前が一切出てないぞ?)
|アイデアシート| ┗(☋` )┓三
( ◠‿◠ )☛これはプロローグだ。これから本編の執筆が始まるぞ。
▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂ うわあああああああああああああああああああああああああああ
…
……
………
はい。プロローグです。
はてさて一体次はいつになることやら。
ほんとはこれが本編のつもりで書いてたら話が広がってしまった…
なんかあとがきに書くこと無い…
だめだこりゃ。
まあ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いですっと。
あと感想をtwitterとかで送ってくれたらとっても喜びます。→@mstd_tw