異端の夏2️⃣
異端の夏 2️⃣ 著者不詳
≪禁忌に抗い挑戦する季刊誌『地下文学』より転載(不定期)≫
2️⃣ 饗宴
『四〇半ばの寡婦です。あの戦争で戦死した、いいえ、御門や南条総統に殺された夫の遺骨すら、未だに、帰りません。
愚かな国の所業を恨むばかりを糧に、生きております。
さて、盛夏のある日。異様に蒸し暑い昼下がりでした。
そうそう、確かにあの日でした。皇族の嵯峨宮妃が狂乱して。皇宮の生娘門前辺りで、全裸になった事件がありましたでしょ?あの日に間違いありません。
ある街の商店街で買い物をしておりましたら。突然に尿意を催しまして。運良く、御不浄の張り紙が目に留まり、繁華とは別世界の空気漂う、侘しい横丁に入り込みました。
済まして、ふと、仕舞た屋に、『大皇教本部道場』という、墨痕鮮やかな大看板が、目に止まったのでございます。
すると、金切り声が仕舞た屋の奥からか、如何にも、妖しい声が漏れた気がして。
引かれるままに裏手に回ると、焼き杉の板塀があって。
節穴から覗くと、三坪ばかりの中庭に、大タライが鎮座しておりました。
すると、白装束の女が現れて、衣装を脱ぎ払ったと思ったら、女の私でも称賛するばかりの、神々しい真裸じゃありませんか。
年の頃は四〇辺り。豊満で、あの有名な南仏の裸体画の裸婦に似た姿態。
漆黒に繁茂する股間も露にタライを跨ぐと、行水を至福の表情で始めたのでございます。
すると、そこに、忽然と男が現れたではありませんか。
それから繰り広げられた、痴態の大絵巻。いかな浮世絵、春画も凌駕する、昼日中の爛れた饗宴。
さて、まあ、ここまで報告しておきながらと、お叱りを受けるでしょうが。
そしられようと罵られても、さしたる性の体験などもない私如きには、これ以上は語る言葉も見つかりません。
暫く後に正気に立ち返った後には、身体が壊れてしまったのかと思われるほどに。…いいえ。寡婦の侘しさから甦生したんだわと、思われるほどに。
あらあら、人の気配。では、続きはまたの機会にて。次回こそは、必ず、事細かにご報告の次第。乱筆乱文の段のご容赦。あらあらかしこ」
(続く)
異端の夏2️⃣