花束
序章
電車の窓から外を見る
空はオレンジから紫へのグラデーションでもうすぐ今日が終わることを優しく教えてくれていた
腕時計を確認する
余裕をもって間に合いそうだ
鞄からチケットを取り出して見つめた
今日は彼女の夢が叶う日
今までの努力が報われる日
彼女に花束をもって会いに行く
おめでとうを伝えに行く
手紙を添えて花束を渡そう
約束を果たそう
口元が緩みそうになるのを必死でこらえた
駅を出ると雨が降っていた
傘は持っていない
雨は嫌いじゃない
傘をささずに小走りで花束を予約していた花屋さんに向かう
幸せだった
心がとても暖かかった
こんなに嬉しい事は人生で初めてだった
幸せで嬉しくて
自然と足は早まった
信号のない交差点を幸せいっぱいで突っ切ろうとした
すぐそこまでトラックが来ていることも気づかないまま
1章
「っていう夢をみたんだよ」
何の気なしに昨日の夢の内容を話してみた
窓の外からは運動部の活気ある声と穏やかな風が流れ込んできいる
放課後、軽音楽部の部室にはいつもと変わらない日常が流れていた
「んで?その後は?一輝はどうなんの?」
なぜか興味津々の智也が鼻息荒く聞いてきた
「わっかんねーんだよ。そこで目が覚めた」
まじかーと大げさに残念がる智也を横目に希がスマホをいじりながら冷たく言い放った
「そんなことより練習しないの?しないなら帰る」
「希が帰るなら私も帰ろうかなー」
由紀も便乗する
「あーまてまて。練習しよう!ほら、立て!智也!」
智也を急かしながらエレキギターを背負う
「さーて、やりますかー」
んーと伸びながら智也が立ちあがる
俺たち軽音楽部はいわゆるガチ勢ではない
やりたい曲をやりたいようにやって俺たちが楽しかったらそれでいい
そんな部活だった
俺はそんな部活の空気が好きだった
「一輝歌詞できた?」
希に痛いところを突かれる
へへへと愛想笑いでごまかしてそそくさと準備に入った
次の学園祭でオリジナル曲をやろうとみんなできめたのは去年の学園祭ライブ終了直後のテンションのせいだ
学園祭は二か月後に迫っていた
「んじゃあ、おつかれー」
太陽は傾き部室には夕日が差し込んでいた。
練習という名の音出しもそこそこに
智也が右手をひらひら振りながら部室から出ていった
みなそれぞれ適当に返事を返す
「希ちゃん!クレープ食べて帰ろうよ!」
由紀が目を輝かせながら希の腕にしがみつく
「甘いもの苦手なんだって」
希が困ったようにこちらを見てきた
「あーーー希、母さんが帰りに寄ってくれって言ってたぞ」
嘘でない、嘘では無いのだが、、、
あまり人前でこういう事は言いたくない
「なにーーー!!このラブラブカップルめ!人前で惚気けちゃってまぁ!」
由紀が何故か嬉しそうに大声で言う
こうなるからあまり言いたくないのだ
にやにやしながらこちらを見てくる
「な、なんだよ」
「べーつにーーーー」
何がそんなに嬉しいのか由紀は今日1番の笑顔だった
「おじゃま虫はさっさと退散しまーす!じゃ、おつかれー」
由紀は万遍の笑みで去っていった
なんとも気まずい沈黙が俺と希の間に流れる
気まずいというか、、もどかしいというか、、
「じゃあ、俺達も帰るか」
うん、と小さい返事が聞こえた
俺達は付き合ってもうすぐ1年になる
去年の学園祭のライブ終了後
余韻もそこそこに俺は希に告白した
口が裂けても言えないけれど
どこが好きか?なんて尋ねられたら答えに困るくらい全部好きだ
特に希の歌声が、たまらなく好きだった
別に声フェチではない
希の透き通るような、心にすっと染み込むような歌声が大好きだった
普段は素っ気ない態度も
俺にだけ見せてくれる満点の笑顔も
大好きだ
彼女はすごくクールに見られがちだけど
実はすごく優しくて
人の事をちゃんと考えられる人だ
ただ少し、ほんの少し、言葉にするのが苦手なだけで
「ねぇ一輝」
さっきの気まずさのせいで、2人で黙って帰り道を歩いていると希が不意に手を繋いできた
心臓が高鳴る
「あの夢、、、一輝は死なないよね?」
頭の中がハテナでいっぱいになった
「え?」
不意の質問に間の抜けた声がでてしまった
希は不安そうな顔をしている
あーそうか
そうだった
希は俺の大好きな彼女はそんな事を気にしてくれる優しい子だった
「当たり前じゃん
大丈夫だよ」
手をギュッと優しく握り返すと希は少しだけ笑ってくれた
「ただいまー母さん、希に来てもらったよー」
玄関を開けて靴を脱ぎながら家の奥に向かって言う
おじゃまします、といつもより少しお淑やかな希が控えめに言う
いつもと違う希がほんの少し面白くて頬が緩む
「なによ」
照れくさそうに俺を見る
「いや、別に」
なんだか俺も照れくさくて目を逸らした
「おかえりー、あら希ちゃんいらっしゃーい」
家の奥から母親が出てきた
こんばんは、と礼儀正しく頭を下げる希
「今日はどうしたの?2人で勉強でもするの?」
小首を傾げる母
「母さんが呼んでくれって言ったんだろ」
毎度の事である
我が母親は世間で言うところの天然である
繰り返す
毎度の事である
「あ、そうだったわね!ごめんなさいねー」
へへへーと悪びれた様子もなく笑う
とりあえず2人を中へ促して俺はキッチンで3人分のコーヒーを入れる
普段はそんな事しない
彼女の前だけだ
じゃん!と誇らしげに何やら紙切れを希に見せている母親
マグカップを3つ持って2人に近づこうとした時だった
「えーーーーーーーーーーーー!!!!!」
希が俺も聞いた事ないような大声をあげた
びっくりしてマグカップを落としそうになる
「emiriのLIVEチケット!!!!
え?!なんで?!活動再開するの?!
お母さん!!なんで?!?!」
希は完全に興奮していて母親にすりよっていた
母親はへへへーと嬉しそうに笑っていた
「emiri一年だけ活動再開するらしいのよ。チケット買っちゃった」
「いいなーーー!私も行きたい!」
もはや敬語を忘れたらしい希が母親に詰め寄っている
この光景はなかなかレアだ
動画を撮りたい、、スマホはどこいったかな、、、
「希ちゃんの分もありまーす」
じゃじゃーんともう一枚のチケットを掲げる母
「お母さん大好き!]
希はついに母親に抱き着いていた
スマホスマホ、、、カバンの中か?
「かわいい娘ができた気分」
なでなでしながらへへへーとにんまり満足そうだ
「あ、、、私、、、ごめんなさい!」
我に返ったのか希が急いで離れた
ちっ、、、動画に収めそこなった
「emiriってだれ?有名な歌手?」
コーヒーをすすりながらとりあえず落ち着きを取り戻しつつある希に聞いてみた
「私たちが小さいころにね、歌ってた人だよ」
顔を真っ赤にしながら答える彼女は控えめに言ってかわいい
というかなんで母親は彼女の好きな歌手を知っていたのか
いつの間にそんなに仲良くなったのだろう
俺も知らなかった
「来週の日曜日にお母さんと希ちゃんでいってきますー」
母はもう一度希をハグしながら言った
少しだけうれしそうな彼女の顔を俺は見逃さなかった
その日の夜また夢をみた
僕は彼女の隣で彼女はギターを弾いてくれて
とても幸せで
目が覚めて俺は泣いていた
2章
顔を洗う、時刻は午前4時
鏡に映る姿は間違いなく俺なのに胸中に違和感が残る
―なんなんだよ、、、
夢の中で隣にいた彼女は希ではなかった
知らない女の人だった
でもあんなに幸せで、、あたたかくて、、、そして、、、
こんなに辛い
「夢、、、だよな」
「どうしたのー?怖い夢見たのー?」
心臓が飛び出すかと思った
いつの間にか母親が後ろに立っていた
「びっっっっくりしたーーーーーー!」
へへへーといつものように悪びれた様子は皆無だ
どうやら胸の突っかかりもびっくりしてどこかへ行ってしまったらしい
おなかが鳴った
朝食を食べながら朝のニュースを見ていると
「あー!emiriちゃんだー」
母親が騒ぎ出した
どうやら活動再開のニュースらしく、現役時代の曲も一緒に流れていた
「なつかしいなーそういえば一輝も小さいころemiriちゃんすきだったんだよー」
どゆこと?と視線で問うと
「だってねー大泣きしててもemiriちゃんの曲ながすとすーぐ機嫌よくなってたんだよー」
当然だが覚えていない
ふーんと適当に相槌をうちつつコーヒーでトーストを流し込んだ
流れてくる曲を聞いていると確かに落ち着く気がした
声が透き通っていて心にしみこんでくるような、、、あれ?
「この人に声希の声に似てない?」
母親が、ばっ!とこちらを振り返る
「そうなの!その通りなの!」
目を輝かせている
これはまずい
「すごく透き通っているのにちゃんと個性があって、それでいて雑味や濁りもなく細さもなくてよく通るの。でも決して誰かと似ていたりせず唯一無二の歌声ね。希ちゃんもそうなのよ!学園祭で初めて聞いた時はびっくりしちゃってお母さんサインもらっちゃったもの。あーそのときにemiriちゃんが好きだって聞いてね、意気投合!まさか一輝の彼女として再開するなんて思ってなかったけどこれはきっと運命ね!そうにちがいない」
自分の食器を下げてそっとリビングを出た
こうなった母は放っておくしかないのだ
普段のらりくらりしている母だが自分の好きなことに関しては異常に饒舌になる
部屋に戻り制服に着替えて学校に行く準備をする
少し早いがまあいいだろう
玄関に向かう前にリビングのほうを確認すると
母親はまだ饒舌に語っていた
いってきます、と小さく声に出して玄関を出た
学校に着いたのは6時40分
少し早すぎる。
部室で時間をつぶすことにした
部室に入りいつだれが持ち込んだかもわからない使用感バリバリのソファに腰掛ける
ふーとため息に似た声をもらしてカバンの中からルーズリーフと筆箱を取り出した
オリジナルの歌詞を書かなければ
といっても何も思い浮かばない
一文字も書くことがないまま時間だけがすぎる
大体元から俺には荷が重いんだなどと言い訳を自分の中で並べていた
ふと、睡魔が襲ってきた
今日は早起きだったしな、あの夢のせいで、、、、
あの夢、、、なんなんだろう
徐々に意識が遠のいていった
喧噪の中で一人佇んでいた
腕時計を確認すると時刻は夜の11時半
11時には出てくると言っていたのに、、、
ここは決して治安がいいとは言えない場所だ、だからこうして迎えに来ることにしている
繁華街の中の小さなライブハウス
今彼女はそこでライブをしている
「ごめーーん!ながびいちゃった!おまたせー」
彼女が背中にギターを背負い両手に荷物をもって小走りでかけよってくる
「ん-ん、いいんだよ。お疲れ様」
彼女の両手から荷物を受け取りながら言う
「おなかすいたろう?オムライス作ってきたから帰ったらたべて」
「えーーーー!やったー!ありがとう」
弁当箱を渡すと万遍の笑みを返してくれた
二人で駅まで歩く
今日はどうだった、などといつものように会話しながら
彼女は終始笑顔で僕に話しかけてくれた
彼女には夢がある。大きな大きな夢が
僕はそんな彼女を心から応援していて、心から愛していた
「ねえねえ」
「ん?」
「今日泊りにいっていい?」
願ったり叶ったりだ
家に着くと絵美はあーーーー疲れたーーーーとぐでんとしていた
「絵美ーオムライスたべる?温めようか?」
「たべるーーー一輝のオムライス大好き」
二人してにやける
「あ、ねえ一輝」
電子レンジの前でオムライスがあたたまる様を眺めていたら絵美が隣にすりよってきた
「オリジナル曲の歌詞一緒に考えてくれない?」
「え?僕が?」
「一輝ならいいのかけそうなきがするんだーなんとなくだけど!」
大好きな笑顔でそんなこと言われて断れる僕ではなかった
作詞作業は朝まで続いた
完成にはほど遠いけどとりあえず形にはなった
僕の中では決まっていたけど一応聞いておく
「タイトルどうしようか」
”Yearnerヤーナー”
絵美が二つ返事で答えた
彼女をぎゅっと抱きしめた
―キーンコーンカーンコーン、、、
チャイムの音で目が覚めた
目は覚めているのに体には力が入らず自分の目からあふれる涙を拭うことすらできない
「、、、、、僕は、、、、、絵美、、、、ごめん」
口から自然とこぼれたセリフに自分でも驚く
ただの夢だよな?
なんだこの気持ちは、この涙は、なんでこんなに胸が苦しいんだ、、
ソファから立ち上がる気にもなれず
力なく天井をただぼーっと眺めていた
夢の中で俺は『僕』だった、、、
隣にいたのは希ではなくミュージシャンの絵美だった
夢なのにこんなにハッキリと光景が目に焼き付いている
光景どころか感情もこの胸を渦巻いて、今でも居心地悪く居座っている
幸せで、愛おしくて、、、、なぜか辛かった
あの二人に
『僕』と絵美の間に何があったのか
ほとんど確信めいた覚えがある
つい先日見た夢に繋がるのだろう
誰の記憶なのか、、、、
一輝と呼ばれた『僕』は誰なんだろうか
時間はすでに放課後だ、今日は授業をサボってしまった
誰にも顔を合わせたくない
早く帰りたいのだけど体を動かす気にもなれない
ガチャ、、
「あれ?一輝いるじゃん、どした?授業サボり?」
智也が部室に入ってきた
「一輝の昨日の夢の話だけどさーあれって予知夢?的な?やつだったりするんじゃね?俺らがどっかでっかいとこでLIVEするとか!」
いつもと何も変わらない友達の姿にほんの少し心が軽くなった気がした
「何言ってんだよ智也、それならチケットを持ってた俺は仲間外れじゃん」
はははと乾いた笑いでなんとなく取り繕う
そんな夢じゃない事はわかっていたから
「あーそれもそっかーじゃあ希だけがデビューしてそれを見に行くとか!」
一瞬ヒヤリとする
当たらずとも遠からずだと思った
もし、そうなら
希がデビューして初めてのライブの日に俺が交通事故で死んでしまったら、、、
死んでも死にきれない
考えただけで辛すぎる
「どしたん一輝、顔色悪いよ?体調悪い?」
智也が俺の顔を覗き込んでいた
「あー、、、いや、ちょっとな」
「どしたん?希ちゃんとなんかあった?」
「いや、全然そんなことじゃないんだ」
「そか、、まぁなんかあったら言えよ、友達じゃん?」
智也の気遣いがすごく胸に染みた
ありがたかった
こんな事どう言えばいいのか分からないし
どう相談したらいいのかわからない、、
でも本当に嬉しかった
「智也、ありがとうな」
心が少しだけ軽くなった気がした
「あれーーー、一輝くんサボり??」
「一輝!どうしたの?」
希と由紀が入ってきた
希がとても心配そうな顔をしている
すごく居心地が悪い、なんて言い訳をしたらいいのかわからない
「一輝は男の子の日だったんだよ、お腹痛かったんだよな?」
智也が悪戯っぽく笑う
なによーそれーと由紀も笑ってくれた
希はまだ、、不安そうな顔をしているけどそれでも少しだけ笑ってくれた
「あーーー、、ちょっと朝から体調わるくて部室で寝てたんだよ」
「そうなの、もう大丈夫なの?」
「心配してくれてありがとう希、夕方まで寝てたから大丈夫だよ」
少しほっとした顔の希
「あー!一輝君歌詞書いたの??」
由紀がテーブルの上のルーズリーフを持ってこちらを見ている
書こうとはしたけど書いた記憶はない
「ほんと?私も見たい」
希が駆け寄る
いや、それ、白紙なんだけど、、、、
「うそ!見せて見せてー」
智也も合流する
無言の3人に言い訳するタイミングを完全に失った
やっぱり俺には荷が重いと正直に言おうか
希は残念がるかもな、、、
「、、、、いいねこれ」
希がぽつりとこぼした
「一輝くんすごいじゃん!!」
由紀が目をキラキラさせながらこっちを見た
「すご!一輝こんなん書けるなんてすご!」
智也が大げさにビックリしている
事態が把握出来ずにルーズリーフを取り上げる
そこには
夢の中で絵美と呼ばれる女性と『僕』が一緒に作った歌詞が書かれてあった
頭の中が真っ白になった
「ねえ、これタイトルは?」
由紀が問いかけてくる
「いや、その、、」
上手く言葉が出ない
「Yearnerヤーナー」
希が俺の目を見つめてそう言った
心臓が止まりそうになる
「ヤーナー?なにそれ?」
智也が口をぽかんとあけて希聞く
「強く求める者」
「へぇー!いいじゃんそれ!!決まりだな!」
「それがいいよ!そうしよう!」
皆口々に歌詞とタイトルを褒める
俺は、、、、冷や汗が止まらなかった
心臓の鼓動がすぐ耳元で鳴っているような
心の奥がぎゅっと締め付けられる感覚に襲われていた
「一輝??」
気がつくと希が俺の顔を覗き込んでいた
「ごめん、やっぱり調子悪いから今日は帰るわ」
また明日、と皆の返事も聞かずに部室を飛び出した
俺はあんな歌詞書いていない
あんな歌詞書けない
あれを書いたのは俺の中の『僕』だ
俺の中の不安が少しずつ形になり
1つの推測が現実になろうとしている気がした
早足で校門をでた
冷や汗が止まらない
あれを書いたのは間違いなく『僕』だ
俺じゃない
僕は何者なんだろう
なぜ夢の中で俺は僕なんだろうか
それに絵美と呼ばれたあの女性
あの人をどこかで見た事があるような気がする
いや、違うな
正確には
あの人に似た雰囲気の人を見た事があるような気がする
だ
これも『僕』の記憶に引っ張られているだけだろうか
わからない、分からない事をひたすらに考えていた
1つだけなんとなくわかった
あれは夢では無いのだろう
『僕』の記憶だ
しかしなぜ俺の夢に出てくる
俺と何の関係があるのだろう
なんとなくの確信はまた多くの謎を俺の中に生み出した
気がつくと家の前まで来ていた
母親はパートで今はいない
玄関の鍵を開けて無言で家に入った
「おかえり」
危うく叫んでしまうところだった
完全に油断していた
玄関の前で仁王立ちして腕組みしたゴリゴリのマッチョが鬼の形相でそこには立っていた
「お、、、、親父」
「我が息子よ」
鋭い眼光が刺さる
「は、はい」
「言い訳を聞こうか?」
今日サボってしまった事を言っているのだと瞬時に理解した
これは、、、やばい
普段親父は家にはおらず単身赴任でスーパーエリートゴリラサラリーマンとして日本中を駆け回っている
なんでこんな日に限って、、、、
「い、いや、その、、、」
言いかけたその時
「言い訳無用!!!!!!!!」
チョップが脳天を直撃した
くらくらしながら口返す
「言い訳を聞こうって言ったじゃん!!!!」
「このーーーー軟弱者があああああ!!!!」
2発目のチョップを寸前で躱す
やばい殺される
一目散に玄関を飛び出した
「待てーーーぃぃぃい!!」
歌舞伎役者みたいな親父のよく通る声が聞こえた
ダメだ走れ振り返るな
全力で行けるところまで走るんだ
どこに行く?わからない!
とにかく走れ!走れ!俺
マンションを出たところで誰かにぶつかりそうになる
「ごめんなさい!!!!」
構っている場合か!急げ!!!
「待てーーーぃぃぃい!!!」
すぐ後ろで歌舞伎役者ゴリラが息巻いている
そうだ!母さん、母さんだ!!!
こんな時は母さんに助けてもらうんだ
このゴリラは母親には弱いのだ
母が働いているスーパーまで一目散に駆け抜ける
駆け抜けようとした、、、
ぬっと分厚い手が視界の端に入ってきた
次の瞬間身動き1つ取れないような体勢でガッチガチに固められていた
このゴリラ速すぎだろ
「言い残すことはあるか?」
「殺す気かよ!やめろゴリラ!」
「親に向かってなんだその口の聞き方は!!!!!」
死を覚悟した
「あれー?パパー?」
「ハニー!帰ってきたよ!ただいま
元気にしてたかい?寂しかっただろう。すまないねこれも君と一輝を守るためなんだ分かっておくれ我が愛しのマイワイフ」
間一髪、九死に一生、ギリギリ崖っぷちで救世主ママンが現れた
「た、たすかった、、、、、」
「えー帰ってくるなら言ってよーご馳走用意したのにー」
「そんなことはいいんだよ。僕にとっては君と一緒に時間を過ごせる事が何よりのご褒美さ」
ゴリラが饒舌にほざく
さっきまでの鬼の形相は跡形もなく完全にキメ顔である
ゴリラのキメ顔
「あれー?一輝もいるーお迎えに来てくれたのー?」
「当然じゃないかハニー!我らが愛しき息子も一緒に君をお迎えに来たんだよ」
おい、ちげぇだろ
「えーうれしいーーーパパ優しいーーー」
母がゴリラに抱きつく
だからちげぇし
両親のいちゃいちゃとか見たくねぇし
キメ顔ゴリラがデレデレゴリラになっていた
帰ろ
「一輝!!!!」
マンションの下にたどり着くとそこには希がいた
ギクリとして後ずさる
「あー希ちゃーん」
すぐ後ろから母が駆け寄る
「あの話は母さんには言わん。サボりとかしょうもない事はやめなさい。悩みなら父さんが聞いてやる。母さんに心配をかけるな。男なら」
ゴリラがそう小さく言って母さんの後を追う
胸にチクリと痛みが走った
ゴリラ、、、父は父なりに心配してくれたようだった
そういう父親だ
希は父親と初めて会うのだが
驚愕の表情を隠しきれずにいた
「いただきます」
希が食卓にいる、、、、!
父ゴリが希を是非にと夕食に誘った結果である
「ごめんねーこんなもんしか出せないけどー」
「いえいえ、お誘いいただきありがとうございます」
おどおどと答える希
なんだかドキドキしすぎて味がしない
今夜は大好きな麻婆豆腐なのに全然箸が進まない
「はーいパパーどうぞー」
「ハニーについでもらうビールは美味しいなぁ。何杯でも飲めちゃうよ」
ウホッウホッとゴリラが笑う
まぁお上手ですことーうふふーと天然がいつもより上品ぶっている
俺がドキドキしているのはこの両親を見て希がひかないかどうかについてだ
チラと希の表情を確認すると案の定絵に描いた様な苦笑いを浮かべていた
あーだめだ
「な、なぁ親父、どうして急に帰ってきたんだ?」
どうでもいい話題で逸らす作戦にでる
「我が最愛の妻に会うのに理由がいるのか?」
ガッツリキメ顔のゴリラ
きゃーもうなどと頬を赤らめる母
だめだこいつら話にならん
「ねぇパパー?いつまでいれるのー?」
「ごめんねハニーしあさっての月曜の朝には出ないといけないんだ」
「えーーー足りないよーーー、、、、」
え?!その歳でほっぺ膨らますなよ!!
やめろよ!希の前だぞ!
なんて俺の想いはおかまいなしに続く夫婦コント
もはやこわくて希の顔は見れない
「じゃあこうしよう!ハニー!」
父が大げさに立ち上がって右手を差し出す
「僕と日曜日デートしてくれませんか?」
完全にキメ顔のゴリラ
完全に時が止まった食卓
だめだおわった
「無理」
一切の甘えなく全くの地声の母の声が食卓を切り裂いた
「日曜はemiriちゃんのライブだから無理」
完全に真顔の母
、、、、、、びっくりしすぎてアホ面の父
「え、、、?え、でもハニー?僕は月曜の朝には出ないとなんだよ?」
「でも日曜は無理。絶対無理」
えええええええええ
なにこれ
どゆこと
そんなに好きなのemiriちゃん
「ぷっ、、、、ははっ、、、はははは」
突然笑いだした希
「なんだよそれ、、、はははっ」
つられてわらってしまった
「えーーーでも、、、でもでもハニー、、、、」
「ぜーーーったい無理」
今度は4人の笑い声が響いた
ふと、希と目が合った
「素敵なご両親だね」
どこが、と言いかけて
「自慢の両親だよ」
と本音を言った
「母さんは天然だけど実はしっかり者でパート先ではすごく頼りにされている
だから未だに辞められない
めちゃくちゃ料理上手で母さんより優しい人は見たことがないかもしれない
父さんはこんなだけどスポーツ万能で頭も良い
学生時代からモテまくってたくせに高校生の時からずーーーっと母さん一筋らしい
俺は両親が大好きだ、尊敬してる」
照れくさかったが希には何となく知っていて欲しいと思ったから
素直に話した
「そっか、素敵な夫婦だね。私もいつかこんな夫婦になりたいな、、、」
「え、、、、」
違うドキドキがおそってきた
はっとして顔を真っ赤にする希
両親はまだ押し問答を続けていた
「あーじゃあ母さん、そのチケット俺に譲ってくれない?」
照れ隠しに話題を変える
「えーーーーーーーんーーーーーー仕方ないなぁーもう」
「え?いいの?」
「一輝が行きたいならいいよ!あげる!」
いや、どうしても行きたいわけでは無かったのだが、、、、、
横をちらと見ると希が少しだけにやけているように見えた
「じ、じゃあハニー!僕とデートしよう!」
父がすかさず割り込む
「よろしくお願いしますー」
少しだけ残念そうだが、母はやっと首を縦にふった
こうして翌日予期せず彼女とデートをする口実ができた
その後も学校の話や部活の話、父の最近の筋トレ事情や母のパート先の新人さんが若いのにしっかりしてるだの
なんてことの無い話で盛り上がった
いつの間にか時計の針は夜8時を回っていた
「いけない、もうこんな時間だ」
と父が突然真面目な顔をして言った
「一輝、そろそろ希ちゃんを家まで送ってあげなさい」
なんか普通のお父さんみたいだななんて事を思ってしまった
「あ、うん、希行こうか」
「いいよ、近くだし」
「だめだ、こんな時間に女の子1人外に出す訳にはいかない」
父が頑なに譲らない
まぁ当然だろう
希も察したのか
ありがとう、と椅子から立ち上がる
「ご馳走様でした。すごく美味しかったです」
「いえいえ、お粗末さまでした」
嬉しそうな母
「こんな時間になってしまって申し訳ない。ご両親にもよろしくお伝えしてくれ」
威厳ある風な父
「はい、ありがとうございました」
「んじゃ、いこうか」
うん、と小さく頷くのを確認して玄関に向かった
「それじゃあ、お邪魔しました」
「またいつでもご飯食べにおいでね」
むぎゅっと希を抱きしめる母親
希は照れくさそうに笑っていた
玄関を出ると生ぬるい風が頬を撫でる
マンションをでると虫の鳴き声が聞こえ、空には夏の大三角が輝いていた
「もう夏だなー」
「そうだね」
「あれからもうすぐ1年か」
「一輝が告白してくれた日から?」
悪戯っぽく笑う希
「ち、違くはないけど、そういう言い方は照れるよ」
「一輝かーわいい」
目が合って2人で笑った
すぐに希が住んでるマンションの下まで来た
「明日、楽しみにしてるね!」
「おう、俺も楽しみ」
普段はこんな勇気は出ないのだが、、、
なんとなく今しかないと思った
希をそっと抱きしめた
「じゃあ!また明日!」
踵を返して走って帰った
恥ずかしくて、ドキドキして、幸せな気持ちでいっぱいだった
明日何を着ていこう
希はどんな格好で来るだろう
きっと可愛いだろうな
本当に楽しみだ
自然と頬が緩むのを感じた
3章
スマホのアラームより早く目が覚めた
時刻は午前5時半
別にソワソワしていない
心臓も高鳴っていない
ニヤニヤもしてないし
今日着ていく服に自分でアイロンをかけたりしていない
カバンに入念にコロコロしたりしていない
今日の持ち物が机の上に綺麗に並べてあるのはたまたまだ
俺は事前に準備をしっかりするタイプなだけだ
ウキウキしながらそんな意味もない言い訳を自分の中で並べていた
今日は希とデートだ
ライブ会場までは電車でいく
少し余裕をもって待ち合わせ時間を設定した
それにしても早起きだが
ランニングにでも行こうか、健康にいいらしいし
普段はそんなことしないけど
別にソワソワしすぎてじっとしてられないわけではないけど、、、、
適当にTシャツ短パン姿で家を出ようとした
「お、ランニングか?」
と、着慣れた様子のトレーニングウェアに身を包んだ父親に声をかけられた
「うん、ちょっとだけ」
「よし、父さんも付き合おう」
父は毎日走っている様子だった
見た目通り体を鍛えるのが趣味なのだ
二人でマンションを出る
近くの河川敷まで歩いた
ゆっくり走り出す
早朝の風は心地よく体をすり抜けていく
たまにはこんなのもいいかもしれない
「たまにはいいものだろう?」
そんな俺の気持ちを見透かすように父が言った
「そうだな、悪くないかも」
ふっ、とキザっぽく父が笑い
少し飛ばすぞ、とペースを上げた
最初のうちはついて行っていたが父はぐんぐん加速ししまいには見えなくなってしまった
「はえーよ」
一人でつぶやきペースを落とした
ゆっくり深呼吸をする
真新しい空気で肺を満たすと同時に充実感も満たされた
こんな休みも悪くない
川は朝日を浴びキラキラと輝き
草花は風を受けてゆらゆら踊っていた
気づくと汗だくになっていた
「帰るか」
踵を返して今来た道をまたゆっくりと走り出す
前から来た同じようにラニングをしている人とすれ違う
「希、、、?」
「あれ?一輝?」
見慣れないトレーニングウェアを着た彼女がそこにいた
「きぐうだね」
へへへと少しうれしそうな彼女
「おはよう、いつも走ってるの?」
トレーニングウェア姿の彼女もかわいい
すこしだけ鼓動が早くなるのを感じた
「うん、休みの日は走るようにしてるんだ」
確かにそのすがたは様になっておりTシャツ短パンが恥ずかしくなってきた
「一輝も?」
「いや、たまたまだよ
親父と一緒だったんだけど先にいっちゃってさ」
「お父さん速そうだもんね」
「そうなんだよ、全然ついていけないよ」
二人で笑った
「えみーーーーーー」
後ろから聞こえて勢いよく振り返った
そこには小さな女の子がお父さんと遊んでいた
「しりあい?」
希が不思議そうな顔を向けてくる
「いや、全然、、、」
まだ不思議そうな顔をしていたが
じゃあそろそろ行くね、また後でとその場を離れた
えみ、という名前に体が勝手に反応した
忘れていたたくさんの疑問が一気に脳をめぐる
頭を振る
今日はそんな事どうでもいいじゃないか
さて、かえってシャワーでも浴びよう
さっきよりほんの少しペースを上げて元来た道を走った
家に入ると父はすでに帰ってきていた
父さんの勝ちだーハハハなどと言っていたが気にせず風呂場へ向かった
ぬるめのシャワーで汗を流す
好きなバンドの曲を口ずさんだ
気を抜くと『僕』の事で頭がいっぱいになりそうな気がした
風呂場から出て朝食をとりにリビングへ行くと
いつもよりしゃんとした格好の母がコーヒーを淹れていた
「パパと走りに行ったのー?」
なぜかうれしそうに尋ねてくる
「パパがねーうれしそうだったよー」
「いや、たまたまだよ」
事実だがなんとなく気恥ずかしかった
へへへーと母はまた嬉しそうにわらった
「母さんその服いいね」
話をすり替える作戦である
「まあ、だんだんパパに似てきたねー」
どうやら失敗らしい
いつものへへへーである
おとなしく朝食にしよう
二人が仲良く出かけるのを見送って準備に取り掛かる
準備といっても着替えるだけなのだが
出かける間際
「希ちゃんに花束でもプレゼントしなさい」
と父が耳打ちしてきてこっそりおずかいをもらった
花束はちょっと恥ずかしいので昼食をおごろう
待ち合わせは12時に駅前だ
まだ着替えをするのははやいか
時計は10時半を示していた
ソファに寝転んでぼーっとテレビを見ていた
今になって眠気が襲ってくる
家から駅までは歩いて10分程だし少しだけ仮眠をとるか
なんて考えながら瞼をとじた
「ねえねえ一輝」
「ん?」
「私たちこれからどうなるのかな」
アパートの窓辺で遠くに沈む夕日を二人で眺めながら
絵美が突然そんなことを言い出した
僕は絵美のこの表情を何度かみたことがあった
彼女がこの顔をする時、それは何かを決意した時だ
「どうしたい?」
僕にできることはただ一つだった
彼女を応援すること
それしかできない
「私、やっぱり夢をあきらめたくない」
僕には音楽のセンスも知識もない
彼女の力になれることはなにもない
「うん、わかってる」
「私、東京へ行く」
わかっていたことだ
どんな形であれこんな日が来ることはわかっていたんだ
「そこで自分がどこまでやれるか試したいの」
彼女は夢を追いかけるべきだ
彼女には才能がある
人を惹きつける力がある
振り返った彼女の目には涙があふれていた
「私たち、別れましょう」
目が覚めると時計は11時半を示していた
急いで準備をしないと希との約束に間に合わない
急がないといけないのに
体は言うことを聞いてくれなかった
「ごめん!お待たせ」
「おそーーーーーいいいい!」
希があまり見たことのない表情を見せる
「ほんとごめん!昼飯おごるからさ」
「ならよし!」
いこっ!と笑顔でさっそうと歩きだす
あっさり許してくれた彼女は明らかに機嫌がよかった
俺が到着したのは12時半
30分の遅刻を挽回するために選んだお店は一人では絶対に入れないようなおしゃれなカフェだ
「すごーい、、、なんか緊張するね」
「女子はよくこういう所来るんじゃないの?」
「んーーーー私甘いもの苦手だからあんまりかな」
そういえばバンドメンバーの由紀の誘いも断ってたな、などと考えていると席に案内された
「なーににしようかなー」
嬉しそうにメニューをみる彼女をぼんやり眺めていた
俺は彼女が大好きだ
今こうしているだけでドキドキするし、心から楽しい
別れるなんて考えたくもない
『僕』と絵美はなんで別れを選んだんだろう
だって絵美だって泣いていたじゃないか
二人とも別れるのがいやなら違う道だってあったはずだ
なのになんで、、、、
「ねえちょっと聞いてる?」
希が不満そうな視線をぶつけてくる
「いや、ごめん、何にする?」
「パスタとピザを一つずつ頼んでシェアしよって言ったの!」
「あーそうしよう、それがいい」
むむむと不機嫌になる彼女
しまった、、、、
店員さんを呼び注文を済ませる
何か話さないと、、、、
「あのー、、、emiriっていくつなの?わかいよね」
希の目が輝くのを見逃さなかった
それはだれかにそっくりだった
天然のだれかに、、、、
「そう!そうなの!さすが一輝いいところに気が付いたね!お肌もめちゃくちゃ綺麗だし服装も素敵!彼女はなんて言うのかなー彼女らしさ?が全開なの!個性的でかっこよくてなのにかわいい!あー使ってる化粧水だけでも知りたい!」
どうやら希も母とおんなじタイプのようだ
機嫌が治ったので乗せることにする
「そうなんだねーそれでいくつなの?」
「びっくりするよ?46歳らしいのです!」
「へえーそうなん、、、まじ?!」
「わかいよね!私も初めて聞いたときびっくりしたよ」
とてもそうは見えない
テレビでしか見たことはないがそれにしても46歳は驚きだ
「なんで音楽活動やめちゃったの?」
多少興味がわいてきたので聞いてみた
「んーーーそれがね、まったくの謎なんだよ」
「へ?」
「今からちょうど20年前にemiriの武道館ライブがあったらしいの、私たちが産まれる一年前かな?で、そのときが一番人気があったんだけど
その武道館ライブを最後に人前へ出なくなってその三年後に突然引退したんだってー」
「へーーーなんでだろう」
「さあ、なんでだろうね」
って一輝のお母さんが言ってたよ。とつけくわえていた
いつの間にそんなに仲良くなったのか
お店を出るといい時間になっていたのでライブ会場にで向かうことにした
「いよいよだね」
希が気合の入った声で意気込む
いつもと違う一面の彼女は新鮮でとてもかわいい
「一輝はなんでemiriのライブいきたくなったの?」
突然の質問に言葉が詰まった
父がかわいそうだったとか、話題を変えたかったとか
言い訳は色々あるけど
「希とデートしたかったから」
正直に答えた
「そっか」
希は最高の笑顔を見せてくれた
会場に着くとすでに人で溢れかえっていて大賑わいだった
「すっごいひとだね」
多少引き気味で口にすると
「だってemiriだもん!当たり前だよ!」
と何故か希は得意げな顔をした
最後尾と書かれたプラカードを見つけて列に並ぶ
前の二人は年配のご夫婦らしく
揃いのemiriと背中に大きく書かれたTシャツを着ていた
「あ、あのTシャツいいなー」
希がそうつぶやくのを聞き逃さなかった
花束よりこっちだよな、、、
意を決してご夫婦に話しかける
「あのーそのTシャツいいですね」
二人が振り返り奥さんがにっこりして返してくれた
「これかっこいいわよねー物販で売ってるから今なら間に合うかも」
「彼女さんとお揃いでどうだい?場所は取っといてあげるよ」
旦那さんも朗らかにそう言ってくれた
「じゃあ、、、おねがいします」
と列から抜ける
すぐ帰ってくるよ、と希に告げて走り出す
えーと物販はたしかあっちに、、、、、
遠目にもわかるようにでかでかと
Tシャツ売り切れ
の文字が目に入った
がっくり肩を落とし列に戻ろうとすると
「ハニーこれもいいんじゃないかい?」
「パパさすがーそれもほしいな」
「はははー仕方ないなー買っちゃおう」
聞いたことあるようなコントが耳に入ってきた
両親がそこにいた
こいつらここでデートしてんのかよ
てかチケットないんじゃないのかよ
「あー一輝ー」
母に見つかった
「おー我が息子」
父に捕捉された
厄介だな、無視しよう
気づかないふりで立ち去ろうとしたが
「一輝と希ちゃんにTシャツ買ったよー」
うちのかあさんは世界一だ
母さんからTシャツを受け取り
自分のお金がいいから、と代金を渡した
にやにやされたがまあいいだろう
「なんで二人ともいるんだよ」
「パパがねー知り合いからチケット譲ってもらったんだー」
へへへーが炸裂する
その横ですさまじくどや顔の父
「男なら、な」
はいはい
「じゃあ希待ってるから戻るわ」
二人と離れ希のところに戻る
「おまたせ、何とか手に入れた」
Tシャツを手渡すと
ぎゅっと抱きしめて
「一生宝物にする」
と大好きな笑顔を見せてくれた
それだけで満足だ
少しすると列が動き出した
どうやら会場時間のようだ
いつの間にか俺もワクワクしていた
会場の空気のせいかもしれないが
きっと隣の大好きな彼女のソワソワがうつったんだろう
順番に会場に入る
こんなに大勢の人が本当に入るんだろうか
なんとなーく胸の奥がムカムカする
人酔いでもしたのかな
「あーすごくドキドキする!」
希がキラキラした目で結構な大声を出した
周りもざわついているし気にならないが、こんなにはしゃいでいる彼女を見るのは初めてだ
今日は彼女の新しい一面を何度も見る事ができて大収穫だ
それにしても頭も痛い気がする
熱気にあてられたか?
ついに俺と希が会場に入る順番になった
すでに見渡す限り人、人、人
え、俺らの席あるの?と思ってしまうほどだ
不意に希が手を握ってきた
心臓がはねる
希の方を見るとチケットを見ながら俺を席に案内しようとしてくれているようだ
はぐれないように恋人繋ぎにした
、、、、はぐれないように
希がハッとした顔をして
へへへとにやけた
「お!ここだね!」
席と席の間を横切り自分たちの場所に到着した
悪くないんじゃないだろうか
ステージからは少し遠いが
おおよそ中央の席だった
「すごい!いい席だね!!あ!みてみて一輝!」
興奮冷めやらぬ希
周りからも普段より大きめのボリュームの会話がそこかしこから聞こえてくる
会場はざわめきと熱気に包まれていた
ステージ中央には特大スクリーンが設置されており、希はそれを指さしていた
スクリーンにはemiriの経歴やプロフィールが流れていた
へぇ!すごい、そうなんだぁ
と、スクリーンを見ながら感激している様子の希が突然繋いだままの手をぶんぶん振る
「見て見て!一輝!!!見て!!!」
どうしたどうした見てる見てる
「私達と!同じ!」
「ん?なにが?」
プロフィールを上からざっと見る
あ、、、
「俺たちと同じ高校卒業してるんだね」
なぜだろう
心底サプライズ的な情報なのにそんなにびっくりしなかった
「ね!ね!私知らなかった!!すごーーーーい!!!!」
とても嬉しそうな彼女
興奮冷めやらぬ様子ではしゃいでいた
俺はそんな彼女の姿を目に焼き付けるのに勤しんでいた
それにしても頭痛がひどくなってきた
本格的に人酔いしたようだ
「はぁ、、、emiriの生歌、、、楽しみ」
興奮しすぎてカタコトになっている希がようやく席に座ったのは会場に入って30分以上たった後だった
希が一段落したのでふと、会場を見回してみた
え、、、、?
いや、違う
そんなわけない
いやいや、ありえない
スクリーンにはデビュー当時のemiriが映し出されていた
いやいや、そんなわけないって
デビュー当時だろ?20年以上もっと前の写真だぞ
頭痛はひどくなっていく
次の瞬間
照明が全て真っ暗になった
会場からは地響きのような大きな歓声があがる
希もはしゃいでいる
頭が痛い
次の瞬間ステージの端を照らす照明だけパッとつく
彼女はそこに立っていた
右手にギターと左手にマイク
その姿は勇ましくもあり、優雅でもあった
頭が割れそうだ
ステージへの階段を1歩1歩踏みしてる彼女
その姿に釘付けになり目が離せない
歓声すら聞こえない
2人だけの世界のような錯覚
俺と彼女
僕と絵美だけの
「絵美、、、、、」
言葉にはなっていなかったかもしれない
口をついて勝手に出てきた彼女の名前
雷に打たれたように脳が痺れるように
唐突に全てを理解した
胸のざわめきも消え失せ
疑問は全て解決された
ステージの中央に立ち
彼女は、絵美は、僕が大好きだった笑顔で一言こう言った
「ただいま」
涙があふれた
それは視界を遮り頬を伝い静かに地面に落ちた
全てわかった
いや、思い出した
俺は、、、、僕は
絵美の夢が叶うあの日に
20年前のあの日に
交通事故で死んだ
4章
「あ!希ちゃーん!一輝ー!こっちこっちーー」
ライブ終わりに合流する約束をしていた両親が俺たちを見つけて叫んでいた
「あー!お母さん!!めちゃくちゃよかったですねぇ!emiri最高!」
興奮冷めやらぬ希が母親の両腕をつかんでブンブンしていた
母も嬉しそうに目を輝かせてやたらと饒舌に感想合戦をしていた
「これから4人で夕食でもどうだい?」
そんな母を見て父が提案した
「いこーよー希ちゃんーー」
母が希の手を掴んだまますり寄る
困ったような嬉しそうな顔の希がこちらを見る
「あーー、、、ごめん。俺人酔いしたみたいで調子悪いんだ。3人で行ってきて」
返事も聞かずに歩き出した
駅に向かおうかとも思ったがそのまま歩いて帰ることにした
頭の中がぐちゃぐちゃだ
俺と『僕』2人分の記憶
いや、人生と言うべきか
それが混ざって頭の処理能力を軽く超えてその機能が停止していた
絵美、、
「じゃあこうしよう!絵美が武道館でライブすることになったらお祝いに行く。花束をもって」
絵美は泣いていた
僕の目からも涙がこぼれた
「応援してる。誰よりも」
僕と絵美がさよならの代わりに交わした約束だった
僕はその大切な大切な約束を果たせずに死んでしまった
歩きながら
流れる涙を隠す気にもなれず
ただひたすら泣いた
どれくらい歩いただろうか
気がつくと見慣れた風景が広がっていた
とりあえず帰ろう
横になりたい
疲れた
何も考えたくない
雨が降ってきた
雨は嫌いではない
このまま濡れて帰ろう
正直両親にもどんな顔をして会えばいいのかわからない
俺は『僕』で
僕は『俺』なんだ
考えたくないもうやめよう
でも『俺』って誰なんだろう
『僕』の記憶がある今の自分は『僕』なんじゃないか?
やめてくれ
いやいや、今まで高校三年生になるまで過ごした両親や希や智也や由紀、沢山の思い出と記憶、そして現在進行形で『俺』なんだから『俺』だろう
吐き気がしてきた
でもそうなら『僕』の記憶は?
何よりも大切だった絵美との想い出は?
それも本物じゃないか
歩けなくなった
それはそれこれはこれだろう
『俺』はやっぱり『俺』だろう
その場に座り込んだ
いやいや、確かに『俺』はここに存在するけど『僕』だって存在した
現に全部思い出したじゃないか
やめてくれ
思い出したけど記憶は記憶だし
そもそも死んでるし
もう嫌だ
確かに死んだけど、こうして生まれ変わって記憶も取り戻したしやり直しが効いたってことじゃないか?
だまれ
産まれ変わったってなんだって『俺』は『俺』
うるさい
産まれかわったんだからやっぱり『僕』は『僕』
やめろ、、、、
『俺』は『俺』
『僕』は『僕』
『俺』は『僕』
『僕』は『俺』
『俺』は、、、、
『僕』は、、、、
誰だ?
うううぅぅぅぅうううああああああああぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!
声にならない声で叫んだ
気が狂いそうだ
寒い
震えが止まらない
自分が何者なのかわからない
頭の中で声がする
やめろやめろやめろ
何度も何度もそう呪文の用に唱えた
誰だ?
何者だ?
『俺』って
『僕』って
なんなんだ
「のぞみ、、、、、、、」
絞り出すように口をついて出た
いい匂いがした
優しい匂いだった
暖かかった
「ここにいるよ。一輝」
希が抱きしめてくれた
雨が降っていた
夏なのに身体の芯まで冷え切るような冷たい雨
ぐちゃぐちゃの頭で
引き裂かれそうな心で
ただただ希にすがりついた
「僕は、、、!約束を守れなくて、、、!でもそれは俺じゃなくて、、、俺が大切なのは希なのに彼女の事を想うと辛くてたまらない、、!でもそれは僕の記憶で、俺じゃなくて、、、、俺は誰なんだろう、、僕はおかしくなったのかな、、自分って何なんだ」
狂いそうになりながら叫んだ
大切な大好きな彼女の腕の中で
彼女の優しさに縋った
「ど、どうしたの一輝、、!なにがあったの?落ち着いて」
彼女は驚いた様子だった
当然だ
自分でも何を言っているのかわからない
ただ溢れる涙と2人分の感情の大波を自分で制御する事はできなかった
彼女の問にも答えられず泣きじゃくった
「大丈夫、大丈夫よ一輝」
きっと彼女も混乱していたのに
頭がおかしくなってしまったような俺をずっと抱きしめて慰め続けてくれた
泣いて、泣いて、、泣き続けて、、、
どれくらい時間が経ったのだろう
いつしか雨はやんでいた
「希、、ごめんね」
ようやく出た情けない声でそう呟いた
「いいんだよ」
優しくそう言ってくれた
ずっと抱きしめてくれていたので2人ともずぶ濡れだ
そっと離れて涙を拭う
「ねぇ一輝、なにがあったの?」
当然の疑問だ
このままありのままを伝えるべきか迷った
言ったところで混乱させるだけかもしれないし
何より信じることすら難しいと思ったからだ
二人の間に沈黙が流れる
なんも切り出せずにいる俺の目を希はじっと見つめていた
「一輝は一輝だよ。なにがあっても。私の彼氏の一輝だよ。私の世界で一番大切な人だよ。それがあなた、一輝ただよ」
心臓がはねる
彼女は
事情もわからずただただ泣きじゃくる俺をずっと抱きしめてくれていた
何より欲しかった言葉をくれた
自分でもわからなかった問に答えを導いてくれた
彼女の言葉が頭の中と心の落ち着きを取り戻すきっかけをくれた
全て話そう
ありのままに
彼女に全てを打ち明けた
夢の中で『俺』は『僕』だったこと
そんな夢を何回も見た事
そして今日、それが夢ではなく記憶だったとわかったこと
彼女が『僕』の大切な人であったこと
その大切な人との約束を果たせずに死んでしまった事
そして
『俺』は『僕』の生まれ変わりであるという事
全てを話した
希は驚きを隠せない様子だった
無理もない
「え、、、じゃあ一輝はemiriと付き合ってたってこと、、、?」
「前世でね」
開いた口が塞がっていない
恋人にこんな話をされて喜ぶ人がどこにいるだろうか
いない
俺はまた大切な人を失うかもしれない
でも、それでも話しておかなければいけないと思ったのだ
「す、、、、、、」
「す?」
「すごい!!!!!!!私emiriに勝ったんだ!!!!」
、、、???
再び思考が停止する
え?なに?
勝った?
「だってそうでしょ??あんなに素敵な人が恋人だったのに、生まれ変わったら私を選んだ!一輝が自分の意思で私を選んだ!」
そうだ、俺は俺の意思で希に恋して告白した
記憶が戻った今もその気持ちは微動だにしない
「私はね、一輝」
真剣な眼差しで俺を見据えた
「自分らしくとか私は私、みたいな言葉にすごく違和感があるんだ。
だってさ、そんなの当たり前じゃない?
例え私がした事が周りの目から見て私らしくなかったとしても、私がした事っていう事実でしかないんだよ。
どう思われようが、どんな結末を迎えようが全て自分で選んだ事なんだよ。
それを自分らしくなんて使い古された言葉で簡単に済ませたくない。
私が歩いた道が、選んできた事が、全て私なんだよ。」
なんて言えばいいのかな、と照れたように笑う
「だからね、一輝、上手く言えないけど
一輝は一輝だよ。前世でも今世でもない
一輝は一輝でしかないんだよ。
私の恋人なんだよ」
心の奥底から湧き出る感情に
日々希からもらってるぬくもりに
名前をつけるとしたら
『幸せ』という言葉以外ない
俺は彼女の隣で生きていたい
俺はこれからもずっと彼女の隣で生きていくことを選ぶだろう
それがいつしか俺らしいと呼ばれるようになるまで
『僕』も『俺』も自分でいいんだ、と
過去も未来も全て自分なんだ、と
彼女の言葉が優しく俺の心をすくい上げてくれた
「愛してる」
口をついて出た言葉は
使い古された
どこにでもある些細な言葉
でも今俺の中を駆け巡るぬくもりを
少しでも返そうと自然に出た言葉
これが、、、自分
「私も、一輝を愛してるよ」
びちょびちょの俺と希が家に着いたのは日付が変わる頃だった
父親には大いに叱られ
母親にも叱られた
希の家には電話で母親が謝罪した
希のお母さんは大らかな人らしく怒っていなかったと言われたが、自分の年齢と立場を弁えた行動をするようにと釘を刺された
彼女を家に送っていき俺からもきちんと謝罪した
彼女の母親は
「子供さえ出来なかったら大丈夫だ!
それはまだ早いからね?」
と、笑ってたがこちらはどんな顔をしていいかもわからず希の顔なんてもちろん見れなかった
家に帰りシャワーを浴び、髪の毛を乾かしてベッドに座った
今日は長い長い一日だった
一輝は一輝だよ
希の言葉がもう一度脳内で再生される
心が暖かくなった
もちろん絵美との約束を果たせなかったという辛い気持ちも消えていない
でも、、、、
あの日2人で決めた大切な決断
それぞれ違う道を歩くという事
その事に後悔はない
それを決めたのも自分なのだから
明日は学校だ
今日は疲れた
早く眠ろう
そっと瞼を閉じた
終章
「音楽をしよう!」
昼下がり、季節柄外はそろそろ太陽が本気を出し始めて今日も元気に輝いている
母お手製弁当を食べ終わった俺はまどろみの中で少しぬるめの風を堪能していた時だった
「お、おう」
希とはクラスが違うし、お互いに何となく目立たくないタイプだったので急な彼女の訪問に対応出来ずにいた
毎日音楽は軽音楽部の活動でやっている
まぁ音出し程度だが、、
「わたしね!考えたのよ!」
いつにも増して目を輝かせている希が鼻息荒く迫ってくる
あー母さんのパターンだと思って腹をくくろうとしたが
突然その目は冷静みを帯び真剣な眼差しになる
「emiriのライブに行って、私も大勢の前で歌いたいと思ったの」
その真剣な言葉に息を飲んだ
これは提案とか俺に意見を求めているわけでは無いと、瞬時に覚った
今の希の目と似たような目を何度も見てきたからだ
前世で
何度も何度も見た
絵美が歌う時
スイッチを入れた時は必ずこの目をしていた
その瞳の奥に何があるのか、俺はよく知っていた
「よし、智也と由紀も巻き込もう」
放課後、軽音楽部の部室はいつになく緊張感が漂っていた
皆に大事な話がある、と先に伝えていた
俺が口火を切る
「バンドを組もう。希がヴォーカル、俺がギター、智也がドラムで由紀がベース」
智也が首を傾げる
「え?俺らもうバンド組んでんじゃん?」
由紀の頭の上にもハテナが浮かんでいるように見えた
「違うそうじゃない
軽音楽部じゃなくて俺たちのバンドを組もう
ただ音を出して満足するんじゃなくて
大勢の前で俺たちの音楽をしよう」
「それって、、、、」
由紀が不安そうに声を上げた
「ライブハウスとかで演奏しようって話?」
その通りの意味を込めて深く頷いた
「それ、、、最高じゃね?」
智也が目を輝かせた
「絶対楽しいじゃん!このメンバーで大人になっても音楽しようってことだろ?俺は大賛成!」
嬉しかった
友達が仲間がそう思ってくれていることが素直に嬉しかった
「由紀は、、?」
希が不安げに聞く
希とは小学校からの付き合いらしくとても仲はいいが、由紀は元々人見知りで学校でも静かなタイプだ
希に付いてくる形で軽音楽部にも入った
ベースをはじめたのも高校からだ
「わ、私は、、、、」
うつむく由紀になんて声をかければいいかわからなかった
無理矢理なんて誘えない
楽しいと思えないなら無理強いなんて出来ない
「嫌ならやめとこう
それは由紀が選ぶことだよ
由紀は由紀だよ
でも私は由紀と一緒にバンドをやりたい」
希が、あの目で由紀を真っ直ぐ見つめながらそう言い放った
「、、、、、少し考えていいかな?」
沈黙の後由紀がそう小さく答えた
その日はそのまま練習もせずになんとなく気まずい空気のまま解散することにした
「なぁ希」
帰り道2人で歩きながら聞いてみた
「由紀は一緒にやると思う?」
希はこちらを向かずに空を見上げた
「さぁね、それは由紀が決める事だよ
ただ私はベースは由紀がいい」
「そっか」
俺がやるべき事は決まった
「おし!由紀の家いこうぜ!」
「え?今から?」
「そう!今から!」
俺はもちろん由紀の家なんて知らないので
希に案内をおねがいする
インターホンを鳴らす
「はい」
どうやら由紀本人が出てくれた
都合がいい
希が対応するつもりで構えていたが、横から
「一輝だけど、希が話があるってさ!」
希がびっくりした顔でこちらを見る
「俺はさ、思うんだ
これは確かに由紀が決める事だ
でもさ、希は由紀にベースをやってほしいんだろ?じゃあちゃんと伝えよう
さっきみたいに一言だけじゃなくて
希が思ってる事を話そう
俺は希にそうして欲しいって思ったからこうすることを選ぶことにした
希が選べないなら俺が選ぶよ
これが希の隣にいる事を選んだ俺だから」
少しでも返したいと思ったんだ
幸せを、ありがとうを、
一輝は一輝だよ
そう言ってくれた事を
心をすくい上げてくれた事を
一生かけて
少しづつ希に返すんだ
僕と俺がそれを選んだ
希は驚いた顔をしていたが深く頷いて
その目にあの光を灯した
絵美と同じ光
瞳の奥に輝く
金色の炎
必ずその意志を貫く覚悟
俺は僕は何度も見てきた
だから知ってる
君ならできる
でもさ、今度は、
今度は俺も隣でその道を共に歩くんだ
今度は僕が隣で君を支えるんだ
由紀が出てくる
2人で話が出来るように適当に言い訳をしてその場を離れた
空は暗くなりかけて星々が顔をだし、月は優しく照らし、空気はほんの少しだけ冷気を帯びてきた
この時間が好きだ
「お待たせー!!!」
希と由紀が2人で小走りで近寄ってくる
「私もやる!バンド!仲間に入れてほしい!」
由紀が確かに自分でそう言った
希は嬉しそうに笑っていた
「もちろん!!!
じゃあ俺らのデビューは文化祭だな!」
3人で盛り上がっているとスマホが鳴る
着信の相手は智也だった
「もしもし一輝?聞きたいことあるんだけどさ
バンド名って何にすんの?」
1つ考えてたのがある
「今さ、由紀と希と3人でいるんだ
由紀もバンドやるってさ
ちょっとスピーカーにしていいか?」
「おおーーー!まじか!!これで結成だな!
スピーカー?いいよ?」
スマホのスピーカーボタンを押して由紀と希に智也から電話がかかってきていることを伝える
スマホを手に持って希と由紀と智也に話しかける
「バンド名さ、俺1つ考えたんだよ」
ここ最近の出来事を思い出す
絵美との事を思い出さなければ
こんな事考えもしなかったかもしれない
「俺たちはまだまだ自分の道を歩いてるなんて言えないし、音楽だってなんとなく趣味でやってきた
でもさ、いつかきっと自分の道を歩き出して自分の色を見つけて自分っていう花になる」
希がそう言ってくれなければ
もしかしたら一生気付かなかったかもしれない
「bouquetぶーけ、、、、ってどうかな」
由紀が大きく頷く
智也も「いいじゃんそれ!」と電話の向こうで言っていくれた
「花束、、、、」
希がそう呟いて突然抱きしめてくれた
「さいっっっっこうだよ!一輝!」
今までに見た最高の笑顔だった
「智也!まだ走ってる!周りの音をよく聴いて!
由紀はもっともっと前へ出てきて!ベースはバンドの要なんだよ!」
軽音楽部の部室に活気のある声が響き渡る
「くっそー!ここ絶対焦っちゃうんだよなぁ
由紀!ビビってんじゃねーぞ!」
希の激に智也もやる気が漲っている
汗を滴らせながら腕まくりをしてもう1回!とドラムスティックを構える
「ビビってないもん!智也こそちゃんとペース守ってよね!」
あの控えめな由紀でさえ大きな声を出して悔しそうな顔をしている
熱の篭った目でもう一度ベースを構える
「よし!じゃあいくよ!もう1回!」
希がそう号令し、皆に緊張が走る
「あ、あの、、、、」
皆が意気込む中
控えめに声を上げたのは俺だ
「俺は、、、??」
「「「外しすぎ!」」」
3人で声を揃えて返された
そう、今まさに文化祭ライブへ向けての全体練習の足を引っ張っているのは誰でもなく俺だった
全体練習を初めて数日は良かった
皆なんとなく楽器に触れていただけなので当然知識もテクニックもほとんどなく皆で頑張ろうね!と、意気込んでいた
それなのに、、、、
前から歌が上手かった希は元より、智也と由紀はメキメキと上達していき
俺だけ置いてけぼりを食らっていた
どうやら今世でも音楽のセンスは無いらしい
そしてライブまでは後3日という絶望的な状況だ
智也にいたっては
「本番ではアンプに繋がなきゃいいんじゃね?」
とか言う始末だ
自分が情けなく思える
「一輝!丁寧に演奏して!私が合わせる!」
希はそう言ってくれる
だが目はあの目だ
本気だ
足を引っ張っている場合じゃない
外は夜の帳が降りて
月が煌々と輝く午後8時半
俺たちはようやくその日の練習を終えて帰路につく
「腹減った〜なんか帰りに食って帰ろーぜ」
練習後の後片付けを終えて昇降口へ向かいながら智也が言い出した
「智也いいこと言うね〜私もお腹ぺこぺこだよ〜」
由紀も疲れた表情で賛成の意を示す
「私、なんか甘い物食べたいかも、、、」
希がそんな事を言い出すもんだから大喜びで由紀が色々提案していた
「、、、、俺ちょっと用事あるんだよ!
今日はごめん!」
このままじゃダメなんだ
ちゃんと毎晩帰ってからも練習はしているが
全然皆に追いつけない
あと3日しかないけど
それでも出来ることは全部やるんだ
今日は徹夜の覚悟で練習だな
「えーそーなん?じゃあしゃあねぇなぁ
3人で行こうか」
「おう、ごめんな」
じゃあ、おつかれーと皆口々に労いの言葉を述べて俺と3人は別れた
五分ほど歩いてい引き返す
部室で練習しよう
家では思いっきりできない
文化祭前だし残っている生徒もいるし大丈夫だろう
誰もいない部室に1人で戻りギターを構える
ふと使い込まれたソファが目に入る
これは誰が持ってきたんだろうかとか思った事もあったな
このソファを部室に持ち込んだのは『僕』だ
絵美とはこの高校の軽音楽部で知り合った
と、言うか
絵美との接点を持つために軽音楽部へ入部したのだ
懐かしい気持ちに覆われてソファに座る
これを持ってきた理由は今考えても子供っぽいものだったけど
絵美は笑ってくれた
俺がギターを弾いているなんて知ったら彼女は驚くだろうか
いや、きっと笑うに違いない
バカにしたように、でも嬉しそうに
さて!練習しよう!本番は3日後だ
立ち上がりギターを構え直して演奏する
どうも指が上手く動かないんだけど
なんかコツとかあるのかな、、、、
何度も何度も繰り返す
自分が書いた曲
yarnarの歌詞を口ずさみながら
ガチャ
突然扉が開いた
「ほらやっぱり!!!!」
「なんだよ水くせーなー!!!」
「一輝くんだけずるいよ!!!」
3人がコンビニ袋を手に帰ってきた
由紀がそそくさとベースを手にして位置につく
「私だってもっと上手くなりたいもん!
負けないよ!」
智也もいつの間にか定位置に座っていた
「しゃー!じゃあ最初からいこうぜ!」
希が俺の目を見て言う
「私たちは4人でbouquetブーケでしょ?」
3人の瞳の奥に
金色の炎を見た
心の奥が熱かった
やるぞ、、、、やるぞ、、、!やるぞ!!!!
「よし!じゃあ、始めよう!!!」
本番当日の朝いつもより早く目が覚めた
リビングへ向かうと母さんはすでに起きていて朝食を作ってくれていた
「今日観に行くから〜頑張ってね〜」
へへへーといつもの調子で声をかけてくれる
「うん、みててよ」
母さんは少しびっくりした顔をしていた
「お、おはよ」
部室の扉を開けるとすでに智也が来ていた
初めて見る智也の不安そうな顔は失礼だが少し笑えた
「やべーよもう本番だよあと何時間?あーヤベーよ」
と1人でブツブツ言っている
「おはよー!!」
と元気よく入ってきたのは由紀だった
これも意外だがとてもワクワクした様子で楽しそうにベースを入念に手入れしていた
「おはよ!みんな揃ってるね!」
最後に希がきた
彼女の顔つきがいつもより晴れやかなのは
その意気込みを物語っているのだろう
俺たちの出番はお昼だ
始まるんだ
最後の文化祭
そして
bouquetブーケの初めてのライブが
舞台袖で円陣を組む
「ちょっと智也!震えすぎだよ」
由紀が笑う
つられて俺も希も笑う
「だってさーーー」
不安でいっぱいいっぱいの智也が珍しく弱気に言う
「大丈夫だよ智也
私達は選んだんだよ
バンドを組むことを、音楽をする事を
この道を歩く事を
これは最初の1歩目だよ」
希がはっきり言う
そう、、、
その瞳の奥に光を灯して
「そう、、だな、、そうだよな!
うしっ!やるしかないな!」
智也の顔つきが変わり
由紀も真剣な表情になる
「じゃあ、リーダーから一言!」
3人がこちらを向く
「え?!俺?!」
「他に誰がいるのさ」
「そりゃそうだろ?当たり前じゃん」
「一輝くんがリーダーだよ」
皆がその目を俺に向ける
何度も何度も見てきた
隣で、
遠くで、
その意志の強さを知っている
折れない意志を
自分を貫く心を
「俺たちは皆、今はまだ花なんて呼べない
それでもいつかきっと
自分の花を咲かそう
これが第一歩だ
自分達で決めて、歩き出す
第一歩だ」
いつか『俺』にも『僕』にも
その眩しい目ができる日が来るかな
来たらいいな、
その時に君の隣に居れたらいいな
今度こそ君の夢の行く末をみるんだ
遠くではなくて
近くで
「いこう!」
皆が準備を整えて頷き合い、希が合図を出す
暗幕が上がる
そこにはパラパラとお客さんが座っている
こんなに少ないお客さんでも
いざ、目の前にすると足が竦む
「こんにちは!軽音楽部です!」
希がマイクに向かって吠える
そしてちらとこちらを見て
ニッと笑った
どうやら見透かされていたようだ
「どうやら緊張しているバンドメンバーもいるみたいですが、聴いてください!」
合図で智也がスティックを合わせる
いつの間にか緊張もどこかへ行ってしまっていた
打ち合わせ通りのセトリでライブは滞りなく進み
最後の曲になった
「私たちは、、、、」
最後のMCで希が急に言葉に詰まる
皆どうしたんだと一瞬不安になったその時
「私達はまだ何者でもありません!!!
きっとこれから色んな経験をして少しづつ大人になって、いつか今日の事を思い出すでしょう」
こんなMCは打ち合わせにはない
「あの時は楽しかったねーとか緊張したねーとか話すでしょう」
完全に希のアドリブだ
「でも、、、、でも!!!私はそれじゃ嫌だ!!!!!」
ギターを構える格好をやめて手を離した
「きっといつか花を咲かせるんだ!それは綺麗な花じゃないかもしれない!大きくないかもしれない!
それでも私達は私達だけの花を絶対に咲かせてやるんだ!もう私達は歩き出したから!だから、、、、」
その叫びはきっと誰かに向けて伝えたい想いだ
きっとその誰かに届けたい心だ
「だから私達はこれからも選び続けます
聴いてください私達の曲
yarnarヤーナー」
想ってはいけない
願ってもいけない
望むことは許されない
心を奥にしまい込む
二度と顔を出さないように
笑顔を顔に貼り付けて
悲しみなんて
苦しみなんて
いっそ無かったことにして
何重にも鍵をかけて
ただ前を向いて歩いていけばいい
わかってるんだ
これは
きっと愛なんかじゃなく
あなたの優しさなんだってことも
混ざって濁った色は
いつか来る終わりを始めるために
It’s beautiful life
想ってはいけない
願ってもいけない
そんな事はわかってるのに
心が暖かいと呟く
消す事はできなかった
もう恐れるなこと気持ちを解き放とう
光のない世界から大事な想いを
すくいあげよう
Yearner.........
諦めたい訳なんてないんだ
Yearner.........
もがいて光を探して
手を伸ばす
手を伸ばす
手を伸ばす
混ざって濁った色は
いつかきっと澄み渡る
月が照らしてくれる
気づいたんだこれはきっと
優しさなんかじゃなく
あなたの愛だってことに
混ざって出来た新しい色は
これから歩き出す
自分の道のために
It’s beautiful life
これからも俺たちはずっと
選び続ける
歩き続ける
きっとこの曲は届く
今、約束を果たそう
「、、、、、、」
楽器を部室に戻し
ドアを閉めた
全員一言も発さずに立ち尽くす
「、、、、、最高だった」
希ががぽつんと呟いた
「、、、、、俺もっと上手くなる」
智也も呆然と立ち尽くしまたた吐き出した
「、、、、私この先ももっと演奏したい」
由紀がその場にへたりこんで呟いた
やり切った
俺達は初めて自分達の全力を出して
自分達の音楽をした
結果は目には見えないが
最後に貰った拍手はまばらで、絶賛!なんてものからは程遠いが
それでも俺たちは持ってる全てを出し切った
「俺たちはやったよ、、、全力で
次も、その次も、、、これからも、、!」
ようやく4人に笑顔が戻る
「お疲れ様」
疲れきった顔で笑い
今まで感じた事ない充実感の中
重い右手を上げる
「一輝、ありがとな
これからもよろしく
お疲れ!」
パンっと智也がハイタッチに応えてくれる
「一輝くん、誘ってくれて本当にありがとう
私も変われる。歩き出せる」
由紀もハイタッチしてくれる
「お疲れ様、、、!」
俺と希の間には最早長ったらしい言葉なんて必要ない
目を合わせて
お互い疲弊した顔で
ニッと笑い合いハイタッチした
「おっしゃーーー!じゃあ片付けして打ち上げがてら反省会しね?俺また走ってたよね?ごめんんんん」
智也がいつもの調子を取り戻して提案してくれた
「いや!智也はそうでも無かったよ!私も最後の最後ちょっとビビっちゃったかも」
由紀が少しだけシュンとして言った
「2人とも多分今までで1番いい感じだったよ」
事実だった
1番下手な俺が言うのはおかしいかもしれないけど
本当に2人ともいつもより上手かった
本番という空気がそうさせたのかもしれないけれど
1番の要因は希のMCだったと思う
あれで全員の心が1つになった
そんな気がする
「やっぱりMVPは希ちゃんのMCだと思う!」
由紀が少しだけ元気な声でいいだす
智也も同意を示し
俺も頷く
希はほんのり頬を赤らめていたが
嬉しそうだった
「あ、あの、、、、俺は??」
恐る恐る聞いてみた
「「「練習がんばろう」」」
が、がんばります、、、
「まぁでも、頑張ったね一輝」
ニッと笑って希が言ってくれた
俺は彼女のその笑顔が見れたので、自分に合格点をあげることにした
よくやった、俺
「コンコン」
部室の扉をノックする音が聞こえた
予感はしていた
いや、確信に近いものを感じていた
「はーい??」
希が対応のために扉をあける
息を飲んで硬直するのがよくわかった
「え?誰?誰かのお母さん?」
智也がその様子を見て皆に聞く
「え、、、、?え、、、?」
由紀はその人を知っているのか
口に手を当ててあたふたしている
「突然ごめんなさい
さっきの演奏とても良かったわ
少し聞きたいことがあるのだけど、、、今いい?」
そこに立っていたのは
この軽音楽部のOGであり
20年前に武道館ライブを大成功させ
希の憧れの人であり
『僕』の元恋人
emiri、、、、絵美だった
「どうぞ」
なんとなく確信に近いものがあった
根拠なんてないけど
絵美がここに来ている気がしていた
きっと彼女にはあの曲が届くと思った
「懐かしいわねぇ
私、ここのOGなの
あ、このソファまだあるのね」
懐かしむ様子で部室を見回した絵美
「聞きたいことは、yarnarヤーナーの事ですよね?」
俺が単刀直入に本題に入る
少し驚いた様子の絵美
「あの曲の歌詞は俺が、、『僕』が書きました」
「なんであなたがあの曲を知っているの?」
「僕の名前は一輝です」
目を見開く絵美
彼女の動揺がこちらまで伝わる
「少しだけ、2人でお話しませんか?」
希の方をチラと見ると
真剣な目で頷いてくれた
智也と由紀を手招きして部室から出るように促す
すれ違いざまに
「一輝は一輝だよ」
と、魔法の言葉をもう一度くれた
「ありがとう、希
大好きだよ」
そう返した
「さて、、どこから話そうか」
ソファに2人で腰掛け
なんて切り出せばいいか分からずに沈黙を破るようにそう口にした
「秘密基地みたいだろ?」
僕と絵美にはその言葉だけでじゅうぶんだったようだ
彼女がクスクス笑い出す
「とても信じられないわ
でも一輝なのね」
このソファを持ってきた時に
僕はそう言った
「その方がなんだか秘密基地みたいでいいじゃないか」
それを聞いて絵美は笑ってくれていた
「そうでもあるし、違うとも言える」
「今の僕は俺だし絵美との大切な時間は消えていないけど、あの時の僕はあの日に死んだ」
「そうね、約束も守らずに勝手に死んだ」
「ごめん」
「謝って済む問題じゃないでしょ?突然大切な人がいなくなったのよ?しかも私にとって1番大切な日に」
「そうだね、ごめん」
「私があれからどれだけもがき苦しんだか、、あなたにわかる?」
「ごめん」
「もがいてもがいて、、、でもやっぱり苦しくて、、私の炎は消えちゃった」
いつしか彼女の瞳から涙がこぼれていた
「涙なんて枯れ果てたとおもっていたのに」
そう言って俯く彼女に僕は何ができるだろう
もう何もしてやれる事はない
「まだ消えてないよ」
僕にはもう何もできないけど
俺ならできる
いや
俺と僕なら
「まだ消えてない」
彼女の目を真っ直ぐ見すえて
そう告げた
「でも、、、歌ってると思い出してしまうの、、、あの日の事を、、」
胸が押しつぶされそうになる
心が痛い
それでも、彼女に伝えないといけない
「遅くなったね、絵美」
「今、約束を果たそう」
そう言って立ち上がりギターを手に取る
アンプに繋いでチューニングをする
彼女は黙ってこちらを見ていた
「いくよ?」
yarnarヤーナーを歌った
下手くそなギターと聞くに耐えない歌声を
彼女に精一杯贈った
歌い終わって一瞬の沈黙の後
「、、、、はは、、、あっははははは」
彼女は笑ってくれた
「へっっっったくそ」
2人で笑った、あの日のように
涙で顔をぐしゃぐしゃにして
笑った
別れ際に彼女は
「あの子、、、ヴォーカルの希ちゃん?才能あるわよ」
そう告げて
私も負けてられない
ぼそっと言ったのを聴き逃しはしなかった
その目を見なくともわかった
きっとあの光が灯っていたのだろう
綺麗な黄金の炎が
中庭に3人の姿を見つけて駆け寄る
質問攻めにあったが先に言うべき言葉がある
「希、次のライブはいつにする?
新しい曲を作ろう!」
俺たちはようやく歩き出した
これからも歩き続ける
本当の花束になれるように
bouquetブーケにとって最初のライブから5年が経った
結成5年記念ライブのチケットは有難いことに完売していた
小さなライブハウスではあるけど、、、、
武道館まではまだまだ遠い道のりらしい
「やばいって、、、お客さん多いって、、、」
智也が不安げなセリフを吐く
「もういい加減慣れなよ智也」
由紀が呆れ気味に智也に言う
なかなか堂々としている
「bouquetブーケさん、準備お願いしまーす」
スタッフの人から声がかかる
「よし!いこう!!」
希の号令で皆の顔に緊張が走る
円陣を組むのは俺たちのルーティーンになっていた
「智也!びびんなよ!
由紀!今日もガンガン前にでていこう!
希!俺たちは希の思う通りに演奏する
思いっきり歌っていこう!」
「「「一輝は落ち着いて!」」」
は、はい
相変わらずでごめんなさい
「おし!今日も俺たちを奏でよう!!!」
ステージに立つ
何度目だろうか
今でも緊張はする
でも、、こんなに高揚する事は他にない
俺たちの目の奥にはきっと光が灯っている
俺たちは歩き出した
歩き続けてきた
これからもずっと
俺達は俺達であり続ける
「こんばんはー!今日は沢山集まってくれてありがとう!!!!
じゃあ一発目は私達の始まりの曲から!聴いてください!
yarnarヤーナー」
花束