辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス(中)

かおるこ

  1. 登場人物 これまでのあらすじ
  2. ユウコの独白ー1
  3. 司令官と隊長
  4. ユウコの独白ー2
  5. 偵察員
  6. 月光軍団の苦悩
  7. 監禁
  8. ユウコの独白ー3
  9. 屈服
  10. ユウコの独白ー4

 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス(中)をお届けします。
 第一巻ではカッセル守備隊とシュロス月光軍団の戦いを描きましたた。守備隊は月光軍団のユウコを捕虜にして凱旋します。そのころカッセルにはバロンギア帝国の偵察員ミユウが潜入していました。一方、チュレスタの温泉では守備隊の三姉妹がバロンギア帝国のローズ騎士団の様子を探っています。
 この第二巻は一人称と三人称の文章を交互に繰り返しながら物語が進んでいきます。約77000文字、原稿用紙で190枚ほどの長さがありますので、ごゆっくりお読みください。

登場人物 これまでのあらすじ

 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス(中)
 
    登場人物 

 ルーラント公国 カッセル守備隊

 ナナミ カッセル守備隊司令官(実はその身体の一部は機械仕掛け)
 アリス 隊長(不倫して辺境のカッセル城砦に左遷された)
 ホノカ、アカリ、リーナ、守備隊の隊員
 レイチェル(変身能力がある)、マーゴット、アヤネ 隊員
 マリア お嬢様隊員(?)  アンナ お嬢様のお付き
 カエデ 副隊長、 ミカエラ 事務官、 ロッティー 城砦監督(元は前隊長の部下だった)
 エリオット メイド長
 チサト 前隊長 エリカ、ユキ


 バロンギア帝国 シュロス月光軍団

 ユウコ 副隊長(捕虜としてカッセルに連行される)
 ミキ  ユウコの部下  ミカ、マギー、ヒカル 隊員(ヒカルは捕虜になる)
 リサ  副隊長 文官
 サトミ 参謀、 ミレイ 副隊長  (ケイコ 隊長)

 スミレ 州都軍務部所属(ローズ騎士団の動向を調査)  ミユウ 州都軍務部所属(スミレの部下で偵察員)

 バロンギア帝国 ローズ騎士団

 ビビアン・ローラ 副団長
 マイ  参謀
 ミズキ、ハルナ、ミナミ 騎士団団員
 アヤ  文官
 レモン 召使い

これまでのあらすじ

 Q・X歴、1450年頃、某大陸で国境を接しているバロンギア帝国とルーラント公国。バロンギア帝国の東部辺境州シュロスの城砦には月光軍団が、ルーラント公国のカッセル城砦にはカッセル守備隊がありました。どちらも女性だけで構成される軍隊です。
 カッセル守備隊には左遷されてきたアリス、正体不明の指揮官ナナミ、変身能力を持つレイチェルらがいました。
 月光軍団は王宮からやってくるローズ騎士団の出迎えを拒否し、守備隊と戦います。当初は月光軍団が優勢で、守備隊の隊長はアリスの部隊を置き去りにして戦場から退却しました。残されたアリスたちは足手まといのお嬢様を抱えて逃げまどうしかなく、追い詰められて指揮官のナナミはレイチェルの変身能力を使う作戦に打って出ました。ナナミやアリスが捕虜になり敗北決定かという時、変身したレイチェルが月光軍団の隊長ケイコを襲い、守備隊が逆転勝利を収めました。守備隊は月光軍団のユウコを捕虜にして城砦へ凱旋して行きました。
 さて、ようやく帰り着いた月光軍団でしたが、さらに追い打ちを掛けるようにローズ騎士団がやってきます。騎士団が立ち寄ったチュレスタの温泉で起きる事件、そしてカッセルに忍び込んだミユウは、捕虜になったユウコの運命はいかに・・・
 
 第二巻は、監獄に入れられた? ユウコの独白から始まります。

 この小説は架空の物語であり、登場人物や事物は、実在の方々、事柄とは一切関係がありません。
 

ユウコの独白ー1

 小さな窓から射しこむ陽の光がだけが私の希望です。
 私は暗く冷たい牢獄に閉じ込められています。もう何日経ったのかも分かりません。毎日のように暴行されています。
 理由もなく殴られたり、あるいは辱めを受けたりと、それは酷いものです。
 胸や背中には鞭で打たれた傷痕が残っています。
 宙吊りなってぶら下がったまま気絶してしまったこともありました。
 戦いに負けたのですから仕方ありません。
 ナナミさん・・・私はその人の名を何度も口にしました。
 ナナミさん、助けてください。
   
     〇 〇 〇

 私はカッセル守備隊との戦さに敗れて捕虜になりました。捕虜として連行されるとき、私たちは馬車に乗せられました。私たちというのは捕虜は二人で、若い隊員のヒカルも一緒でした。
 私を捕らえたのは指揮官のナナミです。ナナミはとても残酷な女です。平気で残虐なことをする女でした。戦闘が終結した後で、無抵抗の仲間に暴行を加え大怪我を負わせたのでした。戦場での出来事とはいえ、あまりにも酷い仕打ちでした。
 きれいな顔をしていますが、その仮面の下は恐ろしい怪物なのです。
 ナナミは人間ではありません。
 私はナナミに一瞬でも好意を抱いたことを恥ずかしく思います。
 
 馬車には守備隊の隊員が乗っていました。そのうちの一人はお嬢様と呼ばれていました。もう一人は身の回りの世話をするお付きです。馬車が動き出して間もなく、お嬢様が私たちの身体を縛っていた縄をほどいてくれました・・・
 
 馬車が揺れるたびに木の枠に身体がぶつかります。ヒカルの身体にも当たりますが縛られていては避けることができません。
「アンナ、この人たち、かわいそうですよ」
 お嬢様がそう言うと、お付きのアンナが縄を外してくれました。
「マリアお嬢様のお心遣いです。逃げたりはしないでください」
 私はヒカルを抱きしめました。仲間と引き離され、ヒカルはどんなにか不安でしょう。それは私も同じです。カッセルでは監獄に押し込まれたり、そして畑仕事や水汲みなどの強制労働が待っているのです。
 もう二度とシュロスへは帰れないかもしれません。
 アンナが水筒を差し出し、お菓子も勧めてくれました。甘いチョコレートです。空腹で疲れている身にはとても助かりました。
 私は軽く頭を下げました。
 ところが、ヒカルは、
「ねえ、何でお嬢様って呼ばれているんですか」
 と、馴れ馴れしい口調で尋ねるのです。
「タメ口はいけません」
 案の定、アンナにたしなめられました。
「お嬢様は、とある貴族のご令嬢です」
 貴族と聞いて私は座り直しました。
「高貴なお方とは存じ上げず失礼いたしました」
「いいんですよ、私は人から頭を下げられることには慣れておりますので」
 お嬢様の話は微妙にズレていますが貴族の娘とあれば納得です。
「そんな偉いお嬢様が守備隊に入って、こんな田舎の戦場に出てくるなんて」
 ヒカルは貴族のお嬢様と分っても相変わらず友達のような話し方をします。
「そうなのよ、私はイヤだって言ったのに、皇位・・・」
 お嬢様の言葉をアンナが遮りました。
「いえ、その、実は、花嫁修業でして」
 戦場で花嫁修業とは聞いたことがありません。戦争を習い事と一緒にしているのです。
「それは、まあ、とんだ花嫁修業でしたねえ」
「そうですよ。敵の悪い人たちが追いかけてきて、剣を振り回して襲ってきたんです」
 敵の悪い人というのが、私たちのことだと気付いていないようです。
「お嬢様、この人たちが、その敵の悪い人なんですよ」
「それを早く言ってよ」
 お嬢様は馬車の荷台から身を乗り出しましたが、すぐに首を引っ込めました。
「ヤバい、外にはホノカさんがいる。捕まったらイジメられる」
 それから、私たちを振り返って、
「この人たちは・・・それほど悪いようには見えませんね」
 と言ったのでした。これには喜んでいいのやら分かりません。
「ユウコさんは戦場でお嬢様のことを助けてくれたのですよ。もう忘れちゃったんですか。部下のミキさんも、早く逃げなさいと言ってくれました」
「ああ、そうでした。その節はいろいろご親切にしていただきました」
 一件落着したようです。
 それから暫くしてお嬢様とヒカルは互いに寄り添って眠ってしまいました。

 私は守備隊の三人の姿が見えないことに気が付きました。三姉妹という三人組です。中でもレイチェルという隊員のことが気に掛かっています。月光軍団が敗北したのも実はレイチェルに原因があるのではないかと思ったのです。戦いのさ中では混乱して考えがまとまりませんでしたが、馬車に揺られながら一つの可能性を思い付いていました。
 それは・・・月光軍団を襲った黒づくめの鎧を着た怪物とレイチェルとが同一人物ではないかということです。私たちに迫ってきた怪物が、急にその鋭い爪を引っ込めました。そのとき私は、レイチェルが身に着けていたペンダントが怪物の首にぶら下がっているのを見たのです。怪物が奪い取ったのだとばかり思い込んでいましたが、今でもレイチェルがそのペンダントを持っているとしたらどうでしょうか。
 そうです。レイチェルが怪物に姿を変えたと考えると辻褄が合うのです。
 レイチェルが戻って来た時に確認しようとしたのですが、混乱の中でそれはできませんでした。
 しかも、三姉妹は帰途の部隊にはいないのです。そのことをお付きのアンナに訊くと、三姉妹はご褒美に温泉に行ったとのことです。

 私は来た方角を振り返りました。
 人を寄せ付けない灰色の丘が見えました。空にはどんよりとした雲が広がっています。この空の下、月光軍団は無事に撤収できるでしょうか。敗戦の失意の中、負傷兵を抱え撤収していくのです。シュロスまでは過酷な道のりになることでしょう。撤収部隊の指揮はミキが執っています。冷静なミキならば、きっと、困難な任務でも遂行してくれると思います。
 そうでした、王宮からローズ騎士団がシュロスへ向かっているのでした。この敗戦では出迎えどころではなくなってしまいました・・・

 カッセルの城砦が近づくとそれまでの雰囲気が一変しました。私たちは馬車から降ろされ縄で縛られました。沿道には守備隊の帰還を見ようと大勢の人が出ていました。副隊長補佐のアリスは手を振って声援に応え、凱旋将軍を気取っています。
 私たちは小突かれながら歩きました。見せしめにされたのです。
 城砦の門に着きました。
 ナナミは出迎えた人々の前で土下座するように言いました。人が見ている前で偉そうに見せたかったのでしょう。
 仕方ありません、私は捕虜にされたのですから。
「カッセル守備隊、ただいま戻りました。月光軍団を打ち負かし、大勝利で凱旋しました」
 アリスがそう叫ぶと群衆の間から大歓声が上がりました。

 こうして私たちの捕囚生活が始まったのです。

司令官と隊長

 ああ、生きて帰ることができた。
 カッセル守備隊のアリスは大の字になって寝台に寝ころんだ。ここは隊長室だ。前の隊長を追い出して自分の部屋にした。天井はアーチ造りで、床板もピカピカに磨かれている。執務用の机があり、床には絨毯が敷いてある。暖炉もある。窓も大きくて開放的だし、カーテンは二重になっている。寝台には柔らかい布団が用意されていた。広々として居心地の良い部屋だ。
 これまでは兵舎の広間で雑魚寝だった。それが、この広い部屋を一人で占領しているのだ。正確には一人ではなくナナミと一緒だったが。
 シュロス月光軍団に勝利した。凱旋したのだ。一昨日まで戦場で敵に追いかけられ逃げ回っていたのが嘘のようだ。
「うははは、うはっ」
 アリスはこみ上げてくる喜びを堪えることができない。誰に聞かせることもなく独り言をつぶやく。
「隊長になってしまいましたよ。一番偉いのですよ。誰もあたしには逆らえません」
 そう、アリスは副隊長補佐からカッセル守備隊の新隊長に昇進したのだった。
「まあ、ナナミさんには頭が上がらないけど・・・」
 アリスが新隊長ならば、ナナミは指揮官から新司令官に昇格したのだ。

 話はカッセルの城砦に帰還中の時点に遡る。

 アリスは勝利を喜ぶ隊員から、勝ち組、最強戦士、凱旋将軍などと持ち上げられていた。
「もうすぐ城砦が見えてきますのであまり浮かれないようにしてください」
「はいはい、指揮官、いえ、司令官殿」
「いいですか、カッセルに帰ったらたくさん仕事が待っています」
「司令官ともなるとお忙しいですねえ」
「アリスさん、あなたの仕事です。真っ先にあの逃げた隊長をクビにしてください」
 アリスたちが勝利を収めたので、今や隊長のチサトは部下を見殺しして逃亡した卑怯者になった。
「そして、あなたが新しい隊長になるんです、アリスさん」
「あの隊長はそう簡単には辞めないと思うけど」
「でしょうね。だから、こっちからクビを宣告するんです。嫌だなんて言ったら牢屋に押し込むか・・・殺せばいいんです」
「ギクッ。クビにして牢屋に入れて殺すだなんて」
「裏の仕事はリーナさんかホノカさんが請け負ってくれます。二、三人殺すだけですよ」
「その・・・殺すというのはやめてください。話し合いで解決するとか、自発的に退任してもらうとかはできないんですか」
「甘いです。そんなことでは隊長は務まりません」
 あっさり撥ね付けられた。月光軍団との戦いは終わったが、今度は仲間内の主導権争いが始まろうとしている。
「隊長がそうおっしゃるのならば・・・殺すのは最後の手段にしましょう。とりあえずは協議の場を設けて説得してみます」

 カッセルの城砦に到着するとアリスたちの部隊は大歓迎を受けた。
 なにしろ、しんがりとして、敗戦処理を任された部隊が逆転勝利を収めて凱旋してきたのである。敵の軍隊の旗や馬車を奪い、捕虜を連行してきたとあって、まさしく英雄扱いだった。
 大勢の群衆の前で捕虜にした月光軍団の副隊長を土下座させた時、アリスは完全に舞い上がっていた。
 今こそ人生最高の瞬間だ。

 その興奮と勢いのまま隊長のチサトと対決した。
 これがまた凄かった。
 ナナミは自分たちがしんがりを押し付けられ、いかに大変だったか、そして大変な苦労の末、月光軍団に勝利したことをまくし立てた。チサトには一切の反論を許さず、今すぐ辞職しろと迫った。チサトが言い訳めいたことを口にするとナナミはたちまち逆上して、手近にあったカップを投げつけた。
「ぶっ殺すぞ」
 会議室の外にまで聞こえそうな大声で怒鳴った。
 これがナナミの言う話し合いか・・・
「優しく言ってあげているのだから、さっさと辞めなさい」
 チサトはナナミの勢いに押されて声も出せない。
「辞めないのなら、うちの戦闘員にやらせるわ」
 ナナミの背後にはホノカ、アカリ、リーナの三戦士、それにカエデとロッティーが控えている。
「あなたたちの出番よ。好きなようにやりなさい」
「殴ってもいいんですか」
「当然。コイツを殴ったら報奨金として金貨二枚あげる」
「そんな規定ありましたっけ」
「いま決めたの。これからは何でも私の自由にできるのよ」
 ホノカたちは待ってましたと襲いかかった。ホノカは前の部隊では上官を殴って解雇されたことがある。それが、上官を殴れば報奨金がもらえるとあっては大喜びだ。
 隊長のチサトの顔面を殴り、ワインのビンでぶちのめした。副隊長のエリカは壁に掛かっていた鉄の盾で叩きまくった。逃げようとしたユキはリーナが肩に担いで椅子に叩きつけた。

 シャルロッテことロッティーはカエデの後ろにこっそり隠れた。
 チサトが悲鳴を上げ、エリカが倒れる。ロッティーはとうてい正視できなかった。戦場に置き去りにされたとはいえ元はチサトの部下だった。今やナナミとアリスが勝ち組になり、逃げたチサトは負け組となった。もしかしたら自分がこの立場に置かれていたかもしれない。ナナミに従ってきてよかったと思うのだが、かつての上司が痛め付けられる姿を見るのは耐えられなかった。
「ロッティー、あんたを忘れていた」 
 ナナミに見つかってしまった。
「あんたは隊長の取り巻きだったよね、違うとは言わせないよ」
「隊長の部下でした。でも、部隊を追われて一緒に置き去りになりました」
「そうだよね、それなら、チサトを殴れるだろう」
 戦場でも同じようなことがあった。月光軍団を鞭打ちにしろと言われた。あの時は勝利の高揚感もあり、仲間外れになりたくない気持ちがあった。しかし、今度は以前の上官であり同僚だ。見捨てられたとはいえ手を上げらえるものではない。
 迷っているとナナミに睨まれた。戦場で見せたような恐ろしい目付きだ。
 グスッ・・・ロッティーは堪えきれず鼻を啜った。
「泣いてんの? ロッティー」
 ナナミがせせら笑いを浮かべた。
「あんたなんか助けるんじゃなかった。コイツらを殴れないなんて、意気地なし」
 見かねてカエデが間に入り「ロッティーに殴らせるのはやめておきましょうよ」と言えば、アリスも同調して「戦場で勝利に貢献したんだし、もう私たちの仲間だわ」と引き留めた。
「それならロッティーには別の役を与える。コイツらの部屋を片付けなさい。私物はすべて没収、部屋を取り上げるの」
 ナナミに部屋の掃除を命じられた。掃除ですむのならとロッティーは胸をなでおろした。

「さて、隊長、処分を決めてください」
「処分ですか」
 痛めつけておいてから処分を決めろと言われてアリスはたじろいだ。医務室で手当てを受けさせるなどと言ってもナナミが認めるとは思えなかった。牢屋に監禁するしかないだろう。
 それを言わせるナナミが怖くなった。
「どこかで休んでいただいて・・・部屋は・・・そうでした、ロッティーが片付けているんでしたっけ、でしたら、別の部屋を用意しましょうか」
「別の部屋とは監獄ですよね、隊長」
「ええ、まあ、その方向で検討してもいいかと」
「決まり。チサト、エリカ、ユキ。お前たちは監獄へぶち込んでやる。命が助かっただけでも、ありがたいと思いなさい」
 前隊長たちの監獄行きが決まった。裁判もせずに一方的にナナミが言い渡したのだった。前隊長のチサトは椅子の陰で震えていた。
「入る時は生きているけど、出る時は死体かもね」
 出る時は死体、それも酷いが、いきなり殺すことだけは止められた。

 カエデとロッティーは掃除をするため隊長の部屋に行った。私物を捨てろという命令だった。今夜からはナナミがこの部屋の主になるのだろう。掃除係を言いつけられてもイヤとは言えない自分が情けなかった。
 サイドテーブルの中身を掻きだしたとき、ロッティーは小さなカギを見つけた。前隊長に隠し財産があったのを思い出した。確か、チェストの一番下の引き出しにチサトは金貨や銀貨をため込んでいた。一度だけ見せてもらったことがあったが、かなりぎっしりと詰まっていたはずだ。
 カエデと一緒にカギを開けた。
「うわ、いっぱいある」
 びっしり並んだ金貨と銀貨、ネックレスや指輪などの宝石を見てカエデが驚いた。こんなに隠し持っていたとは、どおりで守備隊の財政状況が苦しくなるはずだ。
「ナナミさんに見せましょう」 
 ロッティーも頷いた。
 本来ならば事務官のミカエラに報告するところだが、もはやカッセル守備隊はナナミが取り仕切っている。ナナミがいうところの報奨金もここから出せるだろう。チサトの隠し財産はそっくりナナミに差し出すことにした。

 こうしてアリスがカッセル守備隊の新隊長に就任した。ナナミは司令官となり、カエデは副隊長に、ロッティーは城砦監督という地位に就いた。それもこれも人事はすべてナナミの一存で決められたのだ。

 アリスの初仕事は給料の支給だった。隊員たちに未払いの給料を支払い、チサトの隠し財産を活用してホノカたちには一時金を与えた。その裏でアリスは自分の昇給も忘れてはいなかった。事務官のミカエラに、隊長になったのだから基本給を倍増するように交渉した。一時金より基本給を高くした方が得策だ。
 アリスは隊長という地位を楽しみたかった。
 隊長は威張れる、わがままが言える。さっそく身の回りの世話をするメイドを雇うことにした。これからはルームサービスを取って料理を運ばせ、兵舎の食堂には行かないと決めた。以前はマリアお嬢様と一緒に調理の下ごしらえをしたものだが、お手伝いなんか永久にお断りだ。
 給料がアップしても辺境では使う場所がないから、がっちり貯め込んでやろう。商人からたっぷり賄賂を取ってやる。というか、隊長様には付け届けの品物を持ってくるのが礼儀だ。
 不倫がどうのと言わせない。凱旋将軍様なのだから。
 ところが・・・そんな都合のいい願望はあっけなく吹き飛んだ。

「給料のことですが」
 ナナミが給料のことを切り出した。
「みんな一時金と未払いの給与を受け取って喜んでました」
 支払わなかったらホノカたちに何をされるか分からない。上官を殴るのを生きがいにしているような部下なのだ。アリスは事務のミカエラに泣き落としで頼み込んだ。
「でも、守備隊の厳しい財政状態を考えたら、私たちは遠慮しておきましょう。給料は据え置きです」
「そんなことって」
「いいですね、ミカエラさんにそう言っておきます。今度は泣きついてもダメですから」
 全部バレていたのだ。きっとミカエラが密告したに違いない。
「アリスさん、誰のおかげで隊長になれたのですか。まさか、自分の力で今の地位に就いたと思っているんじゃないでしょうね」
「ナナミさんのお力添えでございます」
 隊長になったのではなく、隊長にしてもらったに過ぎない。
「まあ、大きな部屋でまったり寛げるのなら、給料のアップは取り下げてもいいですよ」
「それなんですが、この部屋は捕虜に使ってもらうことにしましす」
「はあ」
 前隊長が使っていたこの広い部屋を捕虜に宛がうと言うのだ。隊長に就任したアリスはたった一晩で暖かいベッドを取り上げられてしまった。
「捕虜は大切にしましょう。ユウコさんはお嬢様たちを助けると言ってくれました」
 ナナミは前隊長には暴行を加えたあげくに投獄しておきながら、敵の捕虜は大事にするのである。
「あの、実は、その、私・・・」
 ナナミが珍しくしどろもどろになった。
「ユウコさんのことが気に入ったんです」
 

 カッセル守備隊が帰還した時、ミユウは群衆に紛れてその様子を見ていた。

 バロンギア帝国東部州都軍務部の偵察員ミユウはカッセル城砦のメイドに採用された。敗戦の混乱の中、人手不足だったこともあって身分を怪しまれるようなことはなく、簡単にメイドになることができた。
 さっそく、先輩のメイドに連れられて兵舎の中を見て回った。一階は隊員の部屋、会議室、食堂などがあった。二階は貴賓室や隊長の居室があり、新入りは立ち入り禁止だという。入れないのは残念だが幹部の居所はおおかた把握できた。
 すでに、城壁の高さを目測で計ったり、城砦の橋が跳ね上げ式、城門はカンヌキ式であることも確かめてある。
 初めての仕事として隊員の部屋を掃除するように言われた。一階の隊員の部屋に入った時、ちょっと引っかかるものを感じた。その部屋は寝具が二組あるのだが、二段ベッドの上の段には行李が幾つも置かれていた。これでは一人は床で寝るしかない。
 先輩のメイドがこの部屋を使っているのは貴族のお嬢様なんだと笑っていた。
 ところが、ミユウが兵舎のメイドに採用された日の夕刻、全滅したはずのしんがり部隊が撤収してきた。それも逃げ帰ったのではなく、まさしく凱旋であった。
 しんがり部隊で生き残ったのは十人にも満たなかった。凱旋とはいえ、かなりの犠牲者を出したのだろう。ところが、隊長の演説を聞いて驚いた。部隊は十二人で、全員揃って帰還したのだという。僅か十二人の部隊に月光軍団は敗北したのだ。
 捕虜を土下座させ、指揮官と名乗る者が頭を踏み付けたのを見て、ミユウは唇を噛みしめて一人、その場を立ち去った。
 このまま州都に戻れようか。凱旋した守備隊に一泡吹かせてやるのだ。バロンギア帝国でそれができるのはミユウだけだ。
 群衆の前で捕虜を土下座させた指揮官は絶対に許すことができない。
 敵は勝利に浮かれて油断をしている様子だ。先ずは捕虜の安否を確認することが先決だ。捕虜は監獄に入れられることだろう、明日は監獄の場所を調べることにした。

     〇 〇 〇

 街道に出たのは陽が沈むころだった。
 シュロス月光軍団は惨めな撤退を続けていた。鞭で打たれて怪我をした参謀のサトミや副隊長のミレイは馬車に乗り、負傷者は仲間の隊員に支えられて歩くしかなかった。これでは行軍の速度は上がらない。
 今夜も野宿するのか・・・
 帰還の指揮を執るのはユウコの部下のミキだった。
 休憩のたびに点呼を取り、全員揃っているかどうか数えた。八十三人、ここまで一人の脱落者を出さずに来たのは奇跡に近い。戦場から逃げ出した隊員もいることだろう、無事に帰ってくれればいいのだが。行方不明になったセイカの消息も気に掛かる。隊長のケイコと魔法使いのカンナには気の毒なことをしてしまった。命を落とした二人の遺体を運ぶことは叶わなかった。布を掛け、木の葉で隠して埋葬するのが精いっぱいだった。
 退却を始めた時は敵が襲ってこないかと不安だったが、国境を越えてその心配はなくなった。このまま進めば、明日にはシュロスの城砦が見える所までたどり着くことができる。
 道の先に農家とおぼしき小屋が見えた。ミキはミカとマギーを伴って食料を分けてもらえないかと頼みに行った。そこは牛を飼っている農家だった。幸い、月光軍団と知るとパンとチーズをくれた。今夜はこれで凌げる。
 ミキは焚き火に枝をくべた。隣ではミカが眠っている。自分も徹夜すると言っていたのだがすぐに寝入ってしまった。ミカとマギーの二人はよく働いている。副隊長や部隊長のジュリナが怪我をしたので若い隊員に頼らざるを得ないのだ。
 寝ずの番のはずがミキもウトウトしてしまった。
 捕虜になったユウコさんはどうしているだろう。守備隊のナナミに頭を下げたのだ、よもや虐待されることはないだろう。
 ナナミのことを思い出す。
 戦闘能力は皆無で、宙吊りになったときは「助けて」と叫んで気絶した。
 不思議な女だった。
 チラリと見たナナミの足。あれは見間違いではない。確かに「蓋」の付いた足だった。
 ナナミはローズ騎士団がシュロスへ来ることも知っていた。偵察を送り込んでいたのだ。それで思い出した、シュロスの城砦で不審な女を目撃したことを。しんがり部隊の兵士に似たような女がいた・・・
 そう・・・間もなくローズ騎士団がシュロスへ到着するころだ。
    ・・・・・
 予定通り、夕方にはチュレスタに到着できそうだ。この温泉で二日ほど寛ぎ、最後の目的地シュロスに向かう予定だ。
 ローズ騎士団の衣装は銀色の軽装の鎧兜、白いマント、長い脚を見せ付けるようなミニスカート。まさに都会の、王宮の香りだ。その分、戦闘には不向きであることは否めないところだが、これは致し方ない。
 副団長ビビアン・ローラは馬車の中から周囲を眺めた。
 水平線まで見渡せる澄んだ青空。湧き上がる雲。こんもりとした森。そして遠くには緑の山々。
 辺境の最前線というから、もっと荒れ果てた光景を想像してきたが、思いのほか豊かで拓けた土地が続いている。これも皇帝の威厳の成せるところだろう。いや、ここはまだバロンギア帝国の領土にはなっていない。チュレスタと隣接するロムスタンなど力ずくで帝国に併合してしまえばいいのにと思った。
 シュロスへ着いたらどうやってケイコを虐めようか。土下座させてやろう。
 いや、そんな必要はない、ケイコは騎士団の衣装を見ただけで跪くのだ・・・そうするのが当たり前のように。

     〇 〇 〇

 チュレスタ超特急と言いたくなるほどの速さで温泉街に着いた。
「「ありがとう、山賊屋さーん」」
 三姉妹が声を揃えて言うと、馭者の山賊がシーッと唇に指を当てた。
「小さい声で言ってくれ。山賊と知られたら商売がやりにくいんだ」
 馭者台に乗っていた首領のミッシェルが振り返った。
「あんたたち、帰りも乗せてやろうか、しばらくは温泉街の外れに停まっているよ」
「温泉客の懐を狙うってわけさ」
「黙っていろ」
 首領のミッシェルが髭面の山賊を睨んだ。
「帰りも頼むよ、山賊のやまちゃん」
「やまちゃんだと、お前たちなんか二度と乗せてやるもんか」
「そんなー、レイチェルが嫁に行きたいって」
「言うてない」
 三姉妹は月光軍団との戦いに勝利したご褒美にチュレスタでの休暇を与えられた。カッセルの城砦には戻らず、温泉でゆっくり過すのだ。山道で山賊に捕まったが、以前レイチェルを襲った山賊だった。チュレスタの温泉に行くところだと言うと馬車に乗せてくれた。
「山賊に知り合いがいるとは」
「それも、山賊の嫁だったなんて」
「違いますねん。嫁なんか、なりとうないわ。あたしより、ホノカさんの方がいいじゃん」
「ホノカさんは嫁というよりは女山賊だね」
 そうこうしているうちに温泉宿の通りにやってきた。道の両側には立派な構えの宿が立ち並んで客引きの呼び込みが賑やかだ。月光軍団から奪った作業服に着替えているけれど、それでも髪はボサボサ、顔も日に焼けている。戦場帰りの三姉妹はどことなく引け目を感じた。この先、ナナミから渡された路銀で間に合うかどうか心配になってきた。早く宿を決めて温泉に入りたいのだが、宿の客引きは薄汚い三姉妹には声をかけてくれない。大きい宿は諦めてこじんまりした宿を見つけ、今夜の宿泊を頼んだが断られてしまった。
「あかん、断られてしもうた。団体さんが来るからどこも満室なんだって」
「レイチェルの話し方がおかしいからだ」
「すんまそん」
 レイチェルは変身した副作用が現れて話し方がヘンになっている。それを怪しまれてしまった。
「あーあ、また野宿か」
「せめて温かい食べ物をくれないかな」
 どこかに泊めてくれる宿はないかと、何度も通りを行ったり来たりしていると・・・
「あんたたち」と呼び止められた。
 やっと声を掛けられたので振り向いた。
「「エリオットさん」」
 そこに立っていたのはカッセル城砦のメイド長エリオットではないか。
「久しぶり~」「おっと、おっと、エリオット」
「あんたたち、会えてよかった」
「聞いてよエリオットさん。あたしたち勝ったんだよ。守備隊は月光軍団に勝ったんだよ」
「見せたかったでござるよ。あたしたちの大活躍を」
「みんな無事だったかい。怪我なんかしてないだろうね」
「この通りピンピンしてます」
「敵は何十万人もいて、矢は飛んでくるし大砲で撃ちまくってくるし、マジで凄かったんだから」
 アヤネは戦闘の様子を百倍くらい大げさに言った。
「あたしが尋ねているのはお嬢様のことだよ。怪我でもしていないかと心配なんだ」
「何だ、あんなに頑張ったのに」
「だから温泉でまったりしにきたんだよ」
「そうでありんす。あたしたちのお陰様で勝ったみたいなもんです」
「そういう時はお陰様とは言わないのよ。おおかた、指揮官のナナミさんの作戦が的中したんでしょ」
「ピンポ~ン」「大当たり」
「ところで、レイチェル、何だか喋りかたがおかしくないかい」
「かわいそうに、大砲の弾が頭に命中したんです。だから訳の分からないことばっかり言ってるんです」

「話は変わるけど、何でエリオットさんがここにいるの」
「やっと本題に入れた。待っていたのよ、あんたたちが来るのを」
「泊るところを予約してくれてたんだ」
「宿が見つからなくて困ってたのよ」
「で、どこに泊まるの」「ヤッター、お風呂だ」「布団で寝られるぞ」「枕投げだ」「焼き肉食べ放題」「ケーキは別腹」
「バカ者。お嬢様ではあるまいし、あんたたちには布団も肉も贅沢だ。ケーキなんかあるわけない」
「あれれ、何か変だな」
「いいかいよくお聞き。ここでは大きな声で『勝った』と言ってはだめだよ」
「なんでまた、そんなご注意を」
「明日、バロンギア帝国のローズ騎士団が来るんだよ」
「ローズ騎士団!」
「そうさ、月光軍団の次はローズ騎士団ということよ」
「ギクッ・・・ボーゼンとする」
「あたしが一足先にチュレスタに来たのはナナミさんの指令なの」
「どこかで聞いたことがあるような話だわ。あたしたちもここへ行けとナナミさんに言われた」
「ということは・・・もしかして、まさか」
「そうだよ、ようやく分ったみたいだね。あんたたちはお客様ではなくて、温泉宿のメイドとして働くのよ。宿に潜入してローズ騎士団のことを探るってわけさ」
 三姉妹は温泉で寛ぐどころかメイドになってローズ騎士団の動向を調べることとなってしまった。

 ローズ騎士団の隊列は動く宝石のようだった。
 銀色に煌めく鎧兜に白いマントを翻し颯爽と歩く姿に、沿道からは歓声が上がった。
 副団長のビビアン・ローラを先頭に、参謀のマイ、副将格のミズキ、文官のアヤ、団員のハルナ、ミナミたちが続く。中でも今回の遠征を取り仕切る副団長のビビアン・ローラは一際目立つ美しさで周囲を圧倒している。金髪をなびかせ、自慢の脚線美を惜しげもなく見せつけていた。

 ローズ騎士団の一行が到着したチュレスタの町は賑やかだった。宿はどこも満室で三軒続けて断られてしまった。
 バロンギア帝国州都軍務部所属のスミレは、温泉街の外れまでやってきた。そこには王宮から到着した荷馬車が駐屯していた。六台ほどの馬車が見える。報告によると騎士団の着替え、ワイン、菓子類などが積まれているのだった。ところが、馬車の見張り番は車座になって酒盛りをしているではないか。こんな緊張感に乏しいことでは困る、荷台には州都の金庫から運び出された金貨や銀貨も収められているのだ。
 ローズ騎士団の視察旅行には想定外の費用がかかっていた。チュレスタに宿泊するのに合わせて、州都の軍務部にも追加の費用を届けるようにとのお達しがきた。無理難題ではあるが、王宮の親衛隊からの要求では断ることはできなかった。
 そこで軍務部の監察局は調査のための監察官を派遣することになった。この役に指名されたのがスミレだった。
 監察とはいえ、王宮の親衛隊に対して金銭の使い道や夜遊びを指摘するようなことできない。あくまでも「観察」するだけだ。なにしろローズ騎士団はどこにいても目立ち過ぎる。否が応でも目に入って「観察」ができる。
 スミレが監察役に応募したのは、シュロスには士官学校の先輩のミキがいるからでもある。ミキは優秀な先輩であったが、士官学校を卒業後は辺境の城砦に勤務を希望した。お互い辺境州にいるものの会うのは久しぶりだった。
 チュレスタに来てみれば多額の費用の要求も納得した。隊員と世話係など三十人ほどだったが宿を十軒も借り切っていたのだ。おかげでスミレは今夜の宿がまだ見つかっていない。
 そういえば、温泉街の通りで三人組の女を見かけた。近くで見たのではないけれど、三人が着ていたのはバロンギア帝国の軍服か、あるいは工兵の作業服のように見えた。キャアキャアと騒いでいたので、兵士ではなく、まして、騎士団を迎えに来ているのではないことは明らかだった。それでも、軍服が横流しされているとしたら、それはそれで問題だ。
 三人は客引きらしい女に声を掛けられて宿に入っていった。運よく宿が見つかったのか、あるいは下働きにでも雇われたのだろう。スミレはマントをしっかり羽織り、フードを被り直して宿を探すために歩きだした。

 ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラは風呂上りに身体を揉ませていた。
 ここのマッサージ師は揉み加減が良く、つい居眠りしそうになった。王宮から帯同してきたメイドのレモンよりもずっと役に立つ。
「おっ、そこ、いい」
 ふくらはぎを圧されて思わず声を漏らした。
「気持ちいい、こんなの初めて」
「ありがとうございます、わたしは東洋の指圧という施術を学びまして・・・」
 カッセル守備隊の三姉妹は、それぞれの持ち場に分かれてローズ騎士団の動向を調べていた。エリオットとアヤネは宿の配膳係になり、レイチェルは馬車の世話係に潜り込んだ。
 マーゴットは得意の魔術を活かしてマッサージ師になりすました。寝台に寝ているのは副団長のビビアン・ローラだ。美人でスタイルは抜群だが、どことなく険がある。
「お前を専属にしよう。そこのレモンはクビにするわ」
 寝台の側では王宮から来たメイドのレモンがローラの脱いだ服を畳んでいた。
 そこへ参謀のマイが入ってきた。マイもローラに引けを取らない超絶美人である。
「ローラ副団長、月光軍団が・・・」
 マイはマッサージ師に気が付いて、あっちへ行けと手を振った。
「月光軍団がどうかしたの。迎えに来たのなら待たせておきなさい」
「いえ、それが、ルーラント公国の軍隊と戦って・・・負けたという一報が入りました」
「なんですって!」
 ローラは驚いて跳ね起きた。話の邪魔になるのでメイドのレモンも部屋の外へ追い出した。レモンが廊下に出ると先ほどのマッサージ師が立っていた。マッサージしていた時とは違って眼光が鋭く、副団長のいる部屋の中を窺っているように見えた。

「それでどこの軍と戦ったの?」
「カッセル城砦の守備隊だそうです」
「私たちを出迎えもせずに、いったいどういう事よ」
 自分たちが来るのを知っていながら出陣し、しかも敗北するとは、ケイコのヤツ、とんでもないヘマをやってくれたものだと憤慨した。
「シュロスへ行ったら隊長を取り調べましょう」
「取り調べどころか牢屋にぶち込んでやる、死刑でもいいくらい」
 ローラの顔がきつくなった。
「なんだっけ、その、敵の・・・ナントカ軍」
 頭に血が昇って月光軍団が戦った相手の名前が出てこない。
「カッセル守備隊です」
「それ、そいつらを叩きのめそう」
「副団長、いきなり戦うのですか。きれいな衣装が汚れちゃいますよ。鎧兜や武器は軽装だし」
 美人のマイはローズ騎士団の衣装が汚れるのを気にした。
「急いでシュロスの城砦に行って対策を立てましょう」
「イヤ。温泉に入れなくなるじゃん。せっかくのんびりしていたのに休暇が台無しだわ。まったく余計なことしたものね」
「では、情報の収集は文官のアヤさんに任せるとして、副団長は明日も温泉ですか」
「あたりまえ」

「・・・というわけで、ローズ騎士団にも月光軍団の敗戦の様子が伝わったのですが」
 三姉妹とエリオットはお互いの情報を持ち寄って作戦会議を開いた。マーゴットは立ち聞きしたローラとマイの会話を報告した。
「明日も温泉でまったりするそうです。急いでシュロスに行くかと思ったのですがね」
「おかげで作戦が立てられる」
「こっちは人数が少ないから、ゲリラ戦か奇襲攻撃でいこう」
「そうだ、馬車だよ」
 レイチェルが閃いた。
「荷馬車が六台もあって衣装とかお金が詰まってる。それを奪い取っちゃいましょう」
「荷物を横取りするか・・・それがいい。騎士団は困るだろう」
「昼間からお酒は飲むし、豪勢な焼き肉パーティーやってるんだもの、お金が幾らあっても足りないわ」
「この四人で、どうやって馬車を襲うの」
「そこはね、山賊屋さんにやってもらうんです。ここへ来るとき出会った山賊屋さんが、温泉の湯治客の財布を狙うとか言ってたから、ゼッタイにやってくれます」
「それがいい、さすがは山賊の嫁だ」
 作戦がまとまった。
 山賊をローズ騎士団の馬車の運転手として潜り込ませることにした。馬車の警備兵にはマーゴットが調製した薬草を入れた酒を飲ませる。兵は体調不良になり、代わりの警備兵をかき集めなくてはならない。そこで山賊が採用されれば馬車の運転や警護に就けるというわけだ。これで難なく荷物を奪いとることができる。
 レイチェルは温泉街の外れに潜んでいる山賊を尋ねた。
「奪うのはお金とお酒だけです。金貨も銀貨もたくさんありますからね。お金が手に入ったら山賊屋さんのような危険な仕事はやめてください」
「任せておけ、レイチェル。やっぱりお前は山賊の嫁に向いてるわ」
 山賊の首領ミッシェルが荷物の強奪を請け合ってくれた。

 バロンギア帝国州都軍務部から派遣されたスミレのもとにも月光軍団が敗北したという情報が入った。真偽を確かめるべく、ローズ騎士団の荷馬車を警備する兵に尋ねたところ敗戦が事実であることが判明した。
 騎士団が来訪するというのに出陣していたとは何という誤った選択をしたのだろう。誰か止める者はいなかったのか。ミキは大丈夫だろうかと、幾つもの疑問と不安がわいてきた。
 一刻も早くシュロスへ行きたい。ところが、ローズ騎士団は敗戦を知ってか知らぬか、予定通りもう一泊するようだ。
 スミレは騎士団の宿を監視した。
 メイドが玄関を掃除していた。例の三人組の一人だ。どうやら宿屋の世話係に雇ってもらったとみえる。そこへ他の二人が現れ、三人で何か相談していた。ときどき辺りを警戒して気にする怪しい素振りをみせた。もっと近くへ寄ろうとした時、玄関から騎士団の隊員が出てきた。非常事態にもかかわらず町へ繰り出そうというのだろうか。三人組は素早く身を翻して左右に消えた。その様子から、ただのメイドではなさそうだと思った。
 偵察しているのか・・・もしかしたら、ルーラント公国の偵察員だろうか。
 部下のミユウを思い出した。ミユウはカッセルの城砦に潜り込んで敵情を偵察しているはずだ。この時期にカッセルの城砦に潜入できたのは願ってもないチャンスである。偵察だけでなく、何か敵陣を混乱させるような策を取ってくれればいいのだが・・・
 

ユウコの独白ー2

 それから私たちの捕囚生活が始まりました。
 カッセルの城砦に連れてこられた最初の夜は牢獄で過ごしました。捕虜になったのですから覚悟はしていましたが、寝床には藁が敷かれていて、身体に掛ける布も用意してありました。食事はパンと温かいスープを出してくれました。おそらくこれもお嬢様の心遣いなのでしょう。
 しかし、一夜明けたら、やはり捕虜の扱いでした。
 翌日、私たちは兵舎の広場に縛り付けられました。さっそく拷問を受けたのです。ところが、私たちだけではなく、マリアお嬢様とお付きのアンナさんも一緒だったのです。なぜ、この二人が縛られたかというと、兵士のホノカが出陣前にそう決めたからでした。ホノカは嫌がるお嬢様を無理矢理に縄で括り付けました。お嬢様は敵の悪い人よりもよっぽど怖いと泣いていました。

 それからアリスとナナミに呼び出されました。もう一人の捕虜のヒカルはホノカたちに連行されてしまいました。別々に取り調べられるのです。
 そこは兵舎の二階の奥で、広さや造りは幹部級の部屋のようでした。椅子や机があり、絨毯も敷いてあって暖炉も設えてあります。しかし、どことなく殺風景な感じを受けました。
 私はナナミの足元の床に座らされました。
 勝ち戦さで凱旋し英雄気取りのナナミです。ナナミは明るい顔をしています。うっすらと紅を引いているようです。
 ナナミは、自分は司令官になり、アリスは守備隊の新隊長に就任したと言いました。
「私たちを戦場に置いていったヤツは隊長の職を解いたわ。代わってアリスさんが隊長になりました」
「今日からはあたしのことは隊長様と呼んでね。凱旋将軍様でもいいわ」
 アリスは得意げです。
「おめでとうございます、アリス隊長様」
「キャハ、初めて言われた。だって誰も隊長って言ってくれないんだもの」
 勝利したのをいいことに前の隊長を解職したり、二人はカッセルでやりたい放題のようです。
「この部屋も前の隊長の部屋だったのよ」
 立派な部屋だと思ったのは隊長室だったからでした。では、職を解かれた前隊長は部屋を明け渡してどこへ行ったのでしょうか、疑問に思いました。
「まあ、アイツらのことはこっちの問題だから、ユウコさんには関係ないことですけどね」
 ひょっとして、きちんとした手続きを経たのではなく一方的に解職したとか、それとも城砦から追放してしまったのかもしれません。そういえば、ここへ来てから守備隊の幹部を見かけたことがありません。
「ユウコさん、昨日はごめんなさい、牢屋に入れちゃって。今夜からこの部屋を使ってください。あなたのために急いで準備したのよ」
 ありがたいことに、この大きな部屋を使ってもいいというのです。もう牢屋からは解放してくれました。ですが、急いで準備したというのが気になりました。隊長の持ち物などをすべて片付けてしまったのでしょうか。
 まさか、前の隊長の身柄までも処分・・・
 怖くなったのでヒカルのことを尋ねました。
「一緒に捕虜になったヒカルはどこへ行ったのですか」
「心配しないで、ホノカさんたちが町を案内しているわ。酒場に行ったか屋台で盛り上がっているはずよ」
 ヒカルが無事なようなので安心しました。
「うれしいわ。ユウコさんを捕虜にできて」
 ナナミが覗き込みます。
「ユウコさん、私のモノになりなさい」
「・・・はい」
「私・・・ユウコさんのことが気に入ったんだ」
「はあ」
「ユウコさんが好きになったの」

 それからカッセルでの捕囚生活はむしろ楽しいものになりました。私たちはかなり自由を与えられました。部屋の扉は施錠されず、監禁されることはなくなりました。、監視付きではありましたが、城砦の中はどこへでも出かけてもよいと言われました。
 食事は食堂で守備隊の隊員と一緒です。メイド長が休暇をとって不在なのでイモの皮むきや皿洗いの仕事が待っていました。隊長になったばかりのアリスさんも「新しいメイドを雇ったのに」とボヤキながらカマドの掃除を手伝っていました。捕虜の生活に慣れてきたら畑仕事や水汲みなどをするように指示されました。それくらいの労働はシュロスの城砦でもやっていましたので平気です。
 これほど優遇されたのは、撤退の際に、私の部下のミキが頭を下げてナナミさんに頼み込んでくれたからでした。いい部下を持って幸せです。しかもアリスさんの計らいで捕虜の期間は長くても二十日程度と決められました。それを聞いてヒカルと抱き合って喜びました。
 ヒカルはアカリさんやお嬢様と一緒に酒場へ行ったそうです。女王様ゲームという遊びをして、お嬢様が勝ったのでマリア女王様に出世しました。そうしたら、お付きのアンナさんに「十年早い」と言われ、王女様ということで落ち着いたというのです。
 それでもお嬢様は「私は王女様なのよ」と大喜びでした。
 ホノカさんは酒場の支払いをお嬢様に押し付けました。そこは貴族のお嬢様、ではなく、王女様はポンと全額を払ったそうです。

 捕虜になって二日目の夕方、私はヒカルを連れてマリアお嬢様の部屋に挨拶に伺いました。見習い隊員とはいえ、貴族のお嬢様には特別に個室が与えられていたのです。
 お付きのアンナさんがお茶とお菓子を用意してくれました。
 お茶が運ばれてくるとお嬢様は床に腰をおろしました。これには驚きました。私がこれまでに会った貴族の人たちはたいてい偉そうにしていて、部屋では椅子に座っていたからです。こちらは床に膝を付き平伏しなければなりません。マリアお嬢様が平民と同じように床に座ってくれたことに感激しました。
 ところが、
「戦争で頑張ったから足がパンパンなのよ」
 と言って、こちらに足を投げ出しました。なんのことはない、床に座ったのは私に足を揉ませるためでした。
「はいはい、お嬢様」
 私はお嬢様の足を揉んで差し上げました。捕虜ですからこれくらいは仕方ありません。私が足を揉んでいるのに、ヒカルはというと、お嬢様と並んでお菓子を食べています。その様子はどうみても捕虜ではなくて仲の良い友達みたいです。
「お嬢様は戦場から帰って逞しくなりましたね」
「そうなんです、辺境に身を置くのも花嫁修業の一つです。なにしろ、宮殿にいた・・・いえ、お屋敷にいたころは一日中寝そべっていたくらいですから」
 アンナさんが言うようにお嬢様は辺境に花嫁修業に来ているのでした。
「ここでは花嫁修業ができていいですね」
「バッチリです」
 お嬢様は得意顔です。
 お嬢様の傍らではアンナさんが裁縫を始めました。人形の首が取れてしまったのを胴体に縫い付けているのでした。壊れた人形を大切にして捨てずに直しているのには感心しましたが、裁縫も花嫁修業の一つですよと思わざるを得ませんでした。

 ・・・私はナナミさんと親しくなりました。
 親しくというのは、それは女性同士で愛し合ったのです。
 きれいな顔がすぐそこにあります。私は指でナナミさんの顔を、鼻を唇を触れていきます。なんと美しい顔でしょう。見ているだけで心がときめきます。
 ナナミさんが私を抱きしめ、そして、唇を重ねてきました。
「ああ、ユウコさん、好きよ」
 敵として戦ってきた者が抱き合って愛し合うのです。戦場にいた時には考えもしないことでした。

偵察員

 カッセルの城砦ではミユウのことを怪しむ者はいなかった。まさか、凱旋して勝利に沸いている城砦に、バロンギア帝国の偵察員が潜入しているとは誰も想像しないことである。メイドなので兵舎の中は自由に出入りできた。むしろ偵察活動としては深入りし過ぎたかもしれないくらいだ。仕事上、顔を覚えられては差し支えるので、守備隊の幹部や隊員にはあまり近づかないよう慎重にしていた。
 その幹部だが、凱旋のどさくさに紛れてカッセル守備隊の隊長が交代した。というよりは凱旋部隊の副隊長補佐だった者が新隊長の座に着いたのだ。新しい隊長は人望がなく兵士からはアリスと呼び捨てにされていた。
 他には、自分は王女様と言い張る娘がいて、周囲からはお嬢様と持ち上げられていた。お嬢様は見習い隊員でありながら個室を与えられている。勤務初日にミユウが覗いた二段ベッドの部屋に住んでいたのだったが、もっと大きい部屋に移った。引っ越しの時にはお嬢様のドレスを運ばされた。百合の花の刺繍が施されたみごとなドレスだった。確か、ルーラント公国の王室の紋章は「白い百合」だったはずだ。王室の紋章を使うのを許されているとなると、それなりに地位の高い貴族であろう。
 守備隊を仕切っているのは司令官のナナミだ。これも指揮官から司令官に昇格した。ナナミは煌めくような美人だった。透き通る白い肌、高い鼻筋、理知的な瞳。髪はきっちりショートカットにしている。敵ながら思わず惹きつけられそうになった。
 司令官に近づくのは慎重しなければと思い、先輩のメイドから情報を集めた。聞き込みを続けたところ、守備隊の人事を刷新したのは司令官の意向だった。前の隊長を解任して監獄に押し込んでしまったのだ。勝ったからといってやりたい放題、何でも好き勝手に振舞っているようだった。
 司令官も気になるが、それよりも大事なのはシュロス月光軍団の捕虜である。捕虜になったのは月光軍団副隊長のユウコと配下のヒカルの二人だった。牢獄に入れられているのではと案じたが、そうではなくて兵舎の一室に軟禁されているようだった。
 とりあえず捕虜が無事だと判明したのは朗報である。潮時を見てカッセルを抜け出しシュロスの城砦に報告することにした。
 だが、せっかく兵舎の奥深くまで潜り込んだのだから偵察だけで済ませるわけにはいかない。
 守備隊の幹部を、司令官か隊長を殺害して月光軍団の仇を討つ・・・
 しかし、ミユウは偵察は得意だが暗殺となると不得手だった。士官学校では暗殺の方法までは教えてくれなかった。というよりは、格闘技の訓練をサボっていただけだ。

 ミユウはパンとジャガイモをのせたトレイを運んだ。監獄にいる囚人、三人分の食事だ。囚人とは守備隊の前隊長たちである。古参のメイドがこの仕事を嫌がったので新入りのミユウが届けることになった。
 獄舎の入り口で足を止めた。奥の方から言い争う声が聞こえる。囚人たちが揉めているようだ。
 鉄格子の中で監視兵が囚人を蹴とばしていた。外の廊下にも一人立っていて逃げられないように見張っていた。投獄されているとはいえ前隊長たちなのだから、もう少し丁重に扱ってもよさそうだが。
 倒れた囚人の頭を踏み付けたまま監視兵が振り返った。
 それはカッセル守備隊の司令官ナナミだった。
「ロッティーは外にいろって言った・・・」と言いかけてメイドだと気が付いた。
「メイドか」
 ナナミは両手を腰に当てた。靴は倒れた女の頭に乗せたままだ。暴行しているのを見られたにもかかわらず、隠そうともしない、むしろ誇示しているかのようだ。
「食事を届けるように言われました」
「見かけない顔ね」
 ナナミにはまだ顔を覚えられてはいなかった。
「初めてお目に掛かります。つい最近、雇われた者です」
「新入りに運ばせたのか。まあ、古くからいるメイドが見たらビックリするだろうけどね」
 ビックリしたのはミユウのほうだ。図らずも敵の司令官と遭遇してしまったのだ。
 ナナミが牢獄に入れと言った。ミユウは念のため廊下に立っている見張りを確認してから、トレイを抱えて鉄格子の中に入った。捕らえられているのは三人、頭を踏まれているのが一人、他の二人は縛られて部屋の隅にいる。
「名前は・・・」
「はい、ミユウと申します」
「ナナミ、ここの司令官よ」
 ナナミはミユウが持っているトレイをひったくるように奪い取り、
「ありがたく食べなさい」
 そう言ってトレイを床に叩きつけた。パンは転がりイモは潰れた。
「あらら、手が滑ったわ。コイツらには残り物でも食わせておけばいいのに、パンとイモなんてもったいない」
 ナナミはケラケラと笑っている。投獄したのは元の上官だ。食べ物を床に投げつけるとはいくら何でも酷い扱いではないか。ミユウは床に落ちたトレイを拾い上げて小脇に抱え、転がったパンに手を伸ばした。
「余計なことはするんじゃない」
 一喝された。言い方もキツイがナナミの表情が険しくなった。
「私たちを戦場に置き去りにして逃げたんだもの、コイツらは裏切り者、卑怯者なのよ」
 足元に倒れているのが前隊長のチサト、縛られているのは副隊長のエリカと部下のユキということだった。これが戦場から逃亡した者の成れの果てだ。
「廊下にいるのはロッティー」
 ナナミが指差した。
「元はコイツらの仲間だったの。だけどチサトに見放されて一緒に戦場に置いてけぼりにされたわけ」
 ロッティーという見張りの兵は前隊長の配下だった。
「でも良かったでしょう、ロッティー。あんたも監獄行きになっていたんだよ。それが今では城砦監督にしてあげたんだもの」
 やはり人事はナナミが好き勝手に決めているのだった。
「監督の仕事は囚人の見張り番だけどね」
 詳しい事情は知らないが、ロッティーという隊員にしてみれば幹部職に就いているのは幸運と言うべきだろう。その仕事が元の上官の監視役であったとしてもだ。これもナナミがその役目を押し付けたのに違いない。ミユウはますますナナミが残忍な女に思えてきた。
「隊長さん、おっと、前の隊長さん。お腹空いてるでしょう、早く食べなさいよ」
 ナナミはチサトを痛め付けることに嬉々としている。しかも、ミユウに背を向けていて無防備な状態だ。
 襲撃のチャンスだ。背後から襲いかかり、拘束された囚人を自由にする。そのあと味方同士での闘いが始まるだろう。
 しかし、見張りのロッティーが邪魔だった。

 その時、
「ナナミ、死ねっ」
 副隊長のエリカがナナミに飛び掛かった。
 ミユウはとっさに手にしていたトレイで防いだ。自分ではなくナナミを守った。
 ガツン
 ミユウが差し出したトレイが顔面に当たりエリカがひっくり返った。
「やったわね」
 ナナミはエリカに跨って右手を首に押し付けた。
「ギャン」
 エリカが弾かれて壁に飛んだ。
「バカ、ぶっ殺されたいのか」
 ナナミは右手を振って、
「ちょっとした魔法よ。ありがとう、あんたのおかげで助かったわ」
 と言った。
「お怪我はありません・・・か」
 語尾が掠れた。
 こともあろうに、バロンギア帝国の偵察員ミユウはカッセル守備隊の司令官を助けてしまったのだ。
 どうしてそんな行動をとったのか・・・
 エリカは縛られている縄目を外してナナミを襲ったのだ。ミユウが防がなかったらナナミは倒されていた。そしてカッセルでは新旧隊長グループで抗争が勃発するだろう。しかし、混乱状態に陥った場合は月光軍団の捕虜の命は保証できないかもしれない。
 ナナミはロッティーに捕虜を縛るように命じた。
「まさか、縄目を緩めたりはしなかったろうね。ロッティー」
「し、してません」
 ロッティーの手がブルブル震えている。
「監督不行き届きよ、あとで厳しく取り調べるから覚悟しなさい」
 ロッティーがスゴスゴと出て行く。その背中に向かってエリカが「裏切り者」と叫んだ。エリカの縄を解いたのはロッティーの仕業だったのだ。

 ナナミはまったく意に介した様子もなく、
「行きましょう」
 と、ミユウの手を掴んで鉄格子の外へ出た。引かれるようにして廊下を進み階段の前で立ち止まった。
「助けてくれて、ありがとう」
「メイドとして当たり前のことをしたまでです」
「そうかなあ」
 ナナミが手を強く握ってきた。エリカを痺れさせた右手だ。
「お前、ただのメイドじゃないでしょう」
 握られた手が汗ばんだ。手を繋いでいるのではない、ナナミに捕まってしまったのだ。
「トレイを盾にしてエリカを引っ叩いた。あれは『防いだ』とは言わないわ。メイドにしては素早い、よく訓練された動きだった。たとえば・・・」
 ミユウは壁に押し付けられた。
「偵察員、スパイね」
 あっさり正体を見破られてしまった。しかし、簡単に認めるわけにはいかない。認めたら拷問と処刑が待っているのだ。
「わたしはメイドです。数日前に雇われたばかりでして」
「ウソ。月光軍団の偵察員でしょう」
 ギクリとした。
「違うか。こんなに早く送り込めるはずはない。ということは、騎士団、ナントカ騎士団のスパイだ」
 ナナミが騎士団の名を口にした。王宮の親衛隊ローズ騎士団のことを指しているのだ。
 ミユウは首を振った。
「それじゃあ、バロンギア帝国の州都から来たということかしら」
 ズバリ当てられてしまった。
「ええと、南部辺境州の州都だったっけ」
 辺境州までは当たっているが、南部などと引っ掛けてきた。答えに窮した。
「シュロスがあるのは東部州都だってことぐらいお見通しよ。所属はどこ」
「ただのメイドです」
 ミユウはナナミと視線を合わせた。ここは絶対に引いてはいけない。嘘を言っていることを見破られないためにナナミを見つめた。
「酒場で働いていたところ、守備隊が敗走してきてクビになりました。そこへみなさんが戻って来たのでメイドに雇われたのです」
「ああ、そう、だったら、私に感謝しなさい」
「はい、それはもう・・・」
「私たち、戻って来たのではなくて勝利して凱旋したのよ。月光軍団を壊滅させてやったわ。隊長は・・・」
「隊長は・・・」
 思わず引き込まれた。
「死んだわ」
 衝撃が走った。月光軍団の隊長が戦死したというのだ。
 バロンギア帝国東部州都の軍務部ミユウは、同邦の軍を壊滅させた司令官と一対一で向き合っているのだった。
「あら、顔色が悪いわね」
「それは・・・戦争の話には慣れていないもので」
「メイドに雇われたのは、私が勝ったおかげでしょう。もっと感謝してくれてもいいんだけど」
「メ、メイドの仕事をさせていただいて感謝しています」
 そう言うのが精いっぱいだった。完全にナナミに圧倒され、相手のペースに嵌ってしまった。汗が噴き出す。士官学校では常に平静を保つように訓練されたが、これが冷静でいられようか。
 ナナミが左手を壁に付いた。顔がグンと接近する。息をのむほどに美しい顔だ。
 しかし、ミユウはナナミをしっかり見つめ、目を逸らさない。
「よろしい。感謝してくれたから、あなたを助けてあげる。だって、さっき、私を救ってくれたんだものね、ミユウは私の味方」
 助かったとひと安心したものの、今度は味方にされてしまった。
「付いてきなさい、いい所へ案内するわ」
 逃げるチャンスを失った。

 ミユウが連れて行かれたのは兵舎の二階だった。ここは幹部クラスの居室があるというのだがまだ足を踏み入れたことはない。
「さっき、恥ずかしいとこ見られちゃった。囚人にちょっときつく言っただけよ」
 ナナミが突き当りの部屋のドアをノックした。どうぞと声がしてドアが開いた。
「こちらはユウコさん、月光軍団のお客様よ」
 月光軍団のお客様・・・
 ミユウは深々と頭を下げた。腰を折った姿勢で考えを巡らす。
 これまで掴んだ情報の通り、月光軍団の捕虜は兵舎の一室を宛がわれていた。それも幹部クラスが使いそうな立派な部屋だ。扉が施錠してなかったところをみると軟禁状態でもない。捕虜を丁重に扱ってくれていることに感謝した。
 だが、この局面をどう乗り切ったらいいものか。シュロスの城砦には行ったことがないからユウコとは面識がなかった。
 しかし、ユウコが気が付いてしまったら・・・
「顔を上げなさい」
 ナナミに言われて恐る恐る顔を上げた。ユウコを見ずにナナミを見た。ナナミは牢獄にいた時とは打って変わって優し気な顔つきになっていた。
「雇われたばかりで緊張してるみたいなの。ユウコさんからも声をかけてあげてよ」
 心なしかナナミの声が上ずっていた。
「新しいメイドさんなのね。ここではみんな親切だから、あなたもすぐに慣れるわ」
 どうやらミユウのことは知らないようだ。とりあえず危機は回避した。
「私は、私は・・・月光軍団の捕虜だけど、丁重に扱ってくれるの」
「ほら、捕虜は無事だった。安心したでしょう」
 ナナミが手を放し、そして月光軍団のユウコの手を取った。ミユウは解放されてホッとした。
 ところが、それだけではなかった。ナナミはユウコに抱きついたのだ。
「一人にしてごめんね。私じゃないとできない重要な仕事があったのよ。だけど、少しでも離れると、寂しくて」
 前隊長は牢獄に押し込めて虐待しているというのに、ユウコに対するこの態度は何事だろう。まるで恋人同士ではないか。
「おっと、メイドがいたのを忘れてたわ、もう帰っていいわ」
「はい、失礼いたします」
 捕虜は無事だと確認できたので、これで逃げられる。司令官のナナミからも、カッセルからも・・・
 ナナミは、ミユウがバロンギア帝国の偵察員だと知りつつ、捕虜の無事を確認させてくれたのだ。
 お辞儀をして下がりながらドアを押して廊下に出た。
 ミユウは閉まるドアの隙間から二人がキスをするのを見た。

月光軍団の苦悩

 月光軍団は三日を費やしてシュロスの城砦へ帰還した。出陣した兵のうち戻ってこれたのは八十三人、幹部で無事だったのはミキだけだった。

 病室はどこも満員だった。ミキは医務室の廊下で蹲っていた。怪我を負ったミレイやサトミを病室に入れ、負傷者の手当てに目途が付いたところで力が尽きてしまった。足も腰も踏ん張ることができないし、目は霞み頭がズキズキと痛んだ。
「ミキ」
 リサだった。城砦へ帰ってきてからリサとはまだゆっくり話ができていない。
「ミキが無事で良かった・・・私」
 リサと抱き合った。ようやく帰ってきたという実感が湧いてきた。とたんに眠気も襲ってくる。
 よく無事で退却できたものだと思う。一人の脱落者も出さずに城砦までたどり着いた。その点はカッセル守備隊の指揮官ナナミに感謝している。撤退の指揮を執るようにと言ったのだ。だからミキには手を下さなかったと。
 ナナミは残虐なことをしたが、思い返すとそれも人を選んでいるかのようだった。自分を含め、敵の見習い隊員を見逃した者は戦闘終了後も無事であった。それに引き換え、守備隊のメイドや見習い隊員にきつい処分を下したミレイやサトミは暴行の的になった。
 捕虜も選んで連れて行ったのかもしれない。
 遠い空の下、ユウコさんは無事だろうか、ヒカルはさぞかし寂しがっていることだろう・・・

 バロンギア帝国の州都軍務所属のスミレはチュレスタを発って一足先にシュロスの城砦へ入った。ローズ騎士団の浪費の有り様を月光軍団に伝えようとしたのだ。守備隊に敗北したのではローズ騎士団の接待どころではないだろう、何かアドバイスはできないかと馬を急がせた。
 シュロスの城砦に到着したスミレが見たのはさらに想定外の惨状だった。隊長は戦死、参謀と副隊長は重症を負っていたのだ。
 居合わせた隊員にミキの居所を尋ねると病室にいると教えてくれた。病室と聞いて心配したが、ミキは看護や治療に当たっているらしい。スミレがミキの知り合いだと言うと、ミカという名の若い隊員からは幾つかの情報を仕入れることができた。
 病室から出てきたミキを呼び止めた。
「ミキさん」
「おおっ、誰かと思ったら、スミレさんではありませんか」
 幸いにもミキは大きな怪我は受けていないようだった。
 しばらくぶりの再会ではあるがスミレは挨拶もそこそこに、
「隊長にお悔やみを申し上げます。ご無事でなによりです」
 と言った。
「恐れ入ります。重大な損害を出してしまい誠に申し訳ありません」
 ミキが頭を下げた。
「まだ報告をしていないのに、こんなにも早く州都の軍務部から派遣されてくるとは、それだけ責任を感じています」
「私が来たのは、この戦いの結末というよりも、むしろ・・・」
「というと・・・例の件ですね」
 スミレは黙って頷いた。

 二人は兵舎の二階の図書室に行った。
 敗戦の混乱状態に置かれた城砦では図書室を利用する者などいない。ここならゆっくり話ができそうだ。
 図書室の壁には造り付けの本棚が設けられている。本棚に収められている本は古い物が多く、ところどころ隙間が空いていた。棚の隅には王都で発行されている新聞の束が無造作に積まれていた。
 スミレはマントを脱ぎ、壁の吊るし金具に掛けた。軍務部所属とはいえ、軍服ではなく任務に合わせて白いシャツとスカート姿である。
 窓際の長椅子に並んで座るとリサが紅茶を運んできた。
「リサです。事務を受け持っています」
 リサは文官らしく色白で美しい。
「州都の軍務部のスミレです。ミキさんにはお世話になっております」
「お世話になっているのはこっちの方だ。士官学校の後輩だけど、今ではずっと地位が高い」
 ミキが言った。
「取り調べはお手柔らかにお願いします、スミレさん」
 文官のリサはスミレが敗戦の調査に来たのだろうと思った。
「ご安心を、私が来たのは月光軍団の取り調べではありません・・・ここに来る前はチュレスタに滞在していました」
「ということは、ローズ騎士団に関する仕事ですね」
「そうです。なにしろ、州都にも多額の追加費用が求められました」
「こちらも、もともと城砦の財政状況は芳しくないので接待には頭を痛めているところです」
 文官のリサが窮状を訴えると、スミレは何でもお手伝いしますと申し出た。
「他にもいろいろお力になれるかもしれません、ミキさん」
「ちょうど良かった・・・戦場での話、聞いてくれるか」
 それからミキは月光軍団の出陣の経緯から戦闘終結までを語った。今回の敗戦に関して、いずれ州都の軍務部に呼び出されるだろう。遅かれ早かれ軍務部の耳に達するのである。
「今回の戦いは、守備隊の陣容が整っていないということもあったのですが、むしろ、王宮からローズ騎士団が来ると知って・・・」
 守備隊は司令官不在で戦力が低下しており、敵を叩く良い機会だった。だが、隊長の意向は、初めからローズ騎士団の出迎えを避けるために出陣するという点にあった。いざ戦端が切って落とされると、序盤は月光軍団が圧倒的に優勢だった。守備隊の隊長を追い詰め月光軍団の勝利は目前だった。ところが、しんがり部隊の指揮官を捕らえて帰還しようとしたとき、黒ずくめの騎士が現れて土壇場で形勢が逆転してしまった。隊長は命を落とし、副隊長のユウコがカッセルに捕虜になった・・・
「僅か十人ほどの敵に負けてしまったのです」
 話しながらミキは何度か言葉に詰まった。捕虜になったユウコの話になったときは一段と無念さを滲ませた。
「詳しく話してくださり、ありがとうございます」
「黒ずくめの騎士のことは信じてもらえますか。間近で遭遇したのだが、まるで怪物のようだった」
「そうですね・・・かつて、地下の世界に暮らす一族がいたと聞いています。得体の知れないものが存在しているのでしょう」
 ミキは月光軍団の隊員から、黒づくめの騎士が地下に潜ったのを見たことを聞いていた。その不気味な漆黒の鎧の騎士は地下帝国の生き残りだったのだろうか。
「ミキさんのことですから、遭遇した怪物を剣で追い払ったのでしょう」
「それが、どういうわけか、怪物の方から身を引いたようだった」
 ミキは何か思い出したように天井を睨んで考え込んだ。
 しばらく沈黙が続き、スミレは、
「今の話にはなかったけれど、ミキさんは敵の指揮官たちを捕虜にしたのに若い隊員の手柄にしようとした、そうですよね」
 と話題を替えた。
「捕虜にはしたのだが、すぐに逃げられてしまった」
「守備隊の見習い隊員に寛大な処置をしたことも聞きました」
「スミレさんは、どこでそれを知ったのですか」
「ミカちゃんといいましたか、病室まで案内してもらったついでにいろいろと話をしました」
「お喋りだな、あとで注意しておきます」
 少しだけミキの表情が緩む。
「お嬢様と呼ばれていた隊員のことです。敗走するしんがり部隊に、見習い隊員が含まれていたので驚きました。着ていたのはメイド服だったのです。あれでは戦闘どころか、逃げるのにも足手まといのようでした。気の毒に思ったから、早くカッセルに帰れと言ってやりました」
「なるほど・・・私でも、たぶん同じように見逃したでしょう」
「あれを斬ったら、その方が軍法会議に掛けられそうだ」
 弱い相手を斬り捨てるようなことは忍びなかったのだろう。ミキの強さと優しさの表れである。
「最後に残った部隊は戦闘員は数人だけしかおらず、お嬢様の他にも三人組の軽装備の者がいました」
「三人組?」
「そうだ、三姉妹と名乗っていた」
「偶然かもしれませんが、チュレスタの温泉で三人組の女の子を見かけました。三人はバロンギア軍の作業着を着ていたようでした」
「チュレスタに三姉妹か・・・撤収前に工兵の作業服なども奪われたので、それに着替えたとも考えられます。ですが、チュレスタに行くよりは、一刻も早くカッセルに引き上げるはずです」
「その三姉妹の一人が騎士団の宿泊している宿のメイドになっているとしたら、どうでしょう・・・」
「三姉妹をチュレスタに送り込んだのか・・・」
 ミキが思い出した。
「敵の指揮官はナナミといったが、すでに、ローズ騎士団がシュロスに来ることを知っていた」
「それは・・・カッセル守備隊の指揮官がミキさんに話したのですか」
 スミレは驚いた。さらに尋ねると、ミキがそれを聞かされたのは撤退する直前だったという。
「とはいえ、守備隊も大きな損害を出しているので、すぐには戦いたくないようでした」
 スミレは不審に思った。カッセル守備隊の指揮官は、何故、騎士団が来訪することをミキに話したのか。自分たちの偵察能力を誇示したかったのだろうが、これでは手の内をさらけ出すようなものだ。ミキを信用していなければ話せない内容である。見習い隊員を見逃そうとしたことへの感謝なのか。
「そろそろ、ローズ騎士団が到着の時間です」
 文官のリサが言った。
 
 予定の時刻を過ぎたがローズ騎士団の到着は遅れていた。
 リサは城門の前で騎士団を迎えた。
 敗戦の後始末に追われているところに、今度は騎士団の来訪で頭が痛い。スミレの話ではチュレスタの温泉では宿屋を何軒も借り切って、かなりの贅を尽くしていたという。辺境のシュロスの宿では不満が出ることだろう。いっそのこと、シュロスを素通りして州都へ行って欲しいくらいだ。敗戦の処理で出費は嵩むし、さらに、騎士団の接待の費用が掛かってしまう。州都にも金銭の要求があったというから、ローズ騎士団は当面の資金は確保したと思われる。その件でスミレは、騎士団は金遣いが荒いくて州都の金庫が空っぽになったと憤慨していた。州都の監察官のスミレはミキの後輩だけあって、何かと月光軍団の味方になってくれそうだ。
 シュロスの城砦の前には王宮から来るローズ騎士団を一目見ようと、大勢の人が集まっていた。しかし、なかなか到着しないので群衆からはヤジも聞こえてきた。
 出迎え役として、国境の川に架かる橋にミカとレンを派遣した。
「見えましたっ」
 櫓の上から見ていた物見の隊員が叫んだ。
 いよいよ騎士団のご到着だ。ミキは身体に気合を入れた。
 人々がざわつきだした。これまでとは違って期待を込めた歓声が湧いた。
 王宮からの華やかな一行を迎えるはずだったが・・・
 真っ先に駆け込んできたのは使者として送り込んだミカだった。
「大変です、ローズ騎士団が何者かに攻撃されました」

   〇 〇 〇

 ローズ騎士団が温泉でまったり過ごしている時、守備隊の三姉妹とメイド長のエリオットは密かに作戦を開始していた。
 三姉妹の一人レイチェルは、マーゴットが調合した薬を混ぜた酒を騎士団の馬車の警備兵や工夫に飲ませた。すぐさま効き目が表れて腹痛を起こす者が続出した。そこで新たに馬車を運転できる者を雇ったのだが、それが山賊だったのである。
 騎士団の一行が国境の川に差し掛かったのを見て、山賊の首領ミッシェルが襲撃の合図を出した・・・

 ・・・チュレスタを出発したローズ騎士団は金銀の鮮やかな飾りを施した馬車に乗り込んだ。
 鎧兜は胸当て肘当てなど最小限しか着けていない。この日のために用意したピンクの上着、太もも丸出しのスカート。これこそ美人の証し、王宮の香りだ。辺境の田舎者に見せ付けるにはもってこいの衣装である。
 ほどなくして国境沿いの橋に到着した。橋を渡れば、そこから先はバロンギア帝国の領土である。川岸の向こうには帝国旗を掲げた出迎えの一団が見えた。月光軍団の使者である。
 文官のアヤが先頭になって橋を渡り出迎え役の兵に指示を出した。
 副団長のビビアン・ローラと参謀のマイが乗った馬車が木製の橋を渡り始めた時だった。後方でドッと喚声が上がった。輸送隊の荷馬車が襲撃を受けたのだ。襲ってきたのは山賊だった。山賊は手際よく金貨や銀貨を積んだ馬車を襲い、着替えを積んだ馬車を焼き払った。輸送隊の工夫は応戦するどころか山賊とともに荷物を略奪していった。工夫たちも山賊の一味であったとは知る由もない。
 奇襲攻撃に驚いたローズ騎士団は輸送隊を見捨てて馬車を走らせた。橋を渡り切れば文官のアヤと月光軍団がいる。そこまで行けば加勢を頼めると思ったのだ。
 ところが、橋の中ほどに差し掛かったとき一斉に水鳥が飛び立った。鳥の大群と羽ばたきに驚いて馬が立ち上がった。馬車がグラリと傾き、副団長のビビアン・ローラは扉から投げ出された。
「うっひぇ」
 後から落ちてきた参謀のマイとぶつかり、もつれあって川の中に転がり落ちた。ローラはドボンと川底に沈んだ。何が起きたか分からない、ローラはマイの手を払いのけて土手に這い上がろうとした。そこに魚を獲る網があったので掴んだのだが、それがワナだった。
「うああっ、きゃあ」
 ローラは網に絡めとられた。網の一端が支柱に結ばれていたので空中高く吊り上げられる。網の目に挟まった長い脚をバタバタさせ空中で無様な姿を晒した。
「何よ、これ、ど、どうなっているのっ」
 ビリッ
 片脚が網の目を突き破った。身体が沈み、大きく開いた股に縄の結び目が食い込む。
「つはぎゃぁ、おっひいい」
 両脚が網を破った。落ちてはいけない、必死で網を繋いである縄を引っ張る。そのせいで縄が緩み、身体がズルズルと下がった。
「誰かぁ、たはっ、だぁ、助けてぇぇ」
 ローラはクルリと半回転し逆さ吊りになった。地面が目の前に迫ってくる。あせって暴れるとブランコのように揺れだした。薄絹のピンクの衣装は千切れ、マントが下がって顔に覆い被さった。ローラは空中で艶めかしい姿を披露してしまった。
「ふぎゃああああ」
 ボキッ
 重みに耐え切れず網を縛っていた支柱がボキンと折れた。ローラは土手に滑り落ちて、斜面をゴロンゴロンと転がった。寸でのところで踏みとどまったが転がる勢いは止められない。
 ドッボーン
 ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラは頭から川にダイブした。またしても全身ずぶ濡れ。足を取られてステンと転び、水中でジタバタするしかなかった。

 ローズ騎士団の参謀のマイは用水路の柵にしがみついた。手を伸ばして土手の草を引っ張ると身体や持ち上がった。これで助かると思いさらに強く引くと草が抜け、反動で水路の桶に頭から飛び込んだ。
「・・・ぎゃああ」
 水路の桶に待っていたのは大量のヒキガエルだった。
「ぶっ、カエルだあっ」
 もがけばもがくほどヒキガエルのプールに引きずり込まれる。カエルのイボが顔にベットリくっついた。ピンクの衣装の中にまでカエルが侵入した。身体中がヌルヌルになった。
「キエェェェ、ゲェェェ」
 生きた心地もしない。悲鳴を上げて泣き叫んだ。マイの美しい顔にもヒキガエルが張り付く。さらに一匹、また一匹、次々にカエルが顔面にぶつかった。
「ウゲゲゲ、ゲブッ、ブヒェェェ」
 ゴボボ
 超絶美人のマイはカエルの大群に沈んだ。

 出迎え役の月光軍団は戦闘態勢を取ったものの、敵味方の区別がつかないので応戦することをためらった。
「副団長を助けなさい、誰か」
 文官のアヤが叫ぶ。月光軍団のミカとレンは敵を追うのをやめて騎士団の救出に向かった。
「早く、助けてぇ」
 恥も外聞もなくローラは泣き喚く。ミカが投げた縄を掴み、ようやく土手に引き上げられた。
「ウゲェ・・・ゲェェェ」
 ローラは泥水を吐き出した。
 参謀のマイは四つん這いになってブルブル震えた。衣装の襟から大きなカエルが、口からはオタマジャクシが飛び出した。
「もう・・・勘弁してッ」
 副団長のビビアン・ローラ、参謀のマイを始め、ミズキ、ハルナ、ミナミたちは全身泥まみれになってしまった。騎士団自慢の銀の鎧は外れ、特注のピンクの衣装と白いマントはビリビリに破れた。馬車に積んであった衣装は燃やされたので着替えることもできない。せっかく温泉できれいに磨いたのに泥水に浸かって元も子もなくなってしまった。
 ローラは月光軍団が用意した荷馬車に乗せられ、ずぶ濡れでシュロスの城砦にたどり着いたのだった。
 歓迎会は一転して屈辱の場に変わった。王宮の親衛隊ローズ騎士団のローラは、泥塗れのみっともない姿で月光軍団の前にへたり込んだ。
「あはあ・・・お助けを」
 見物の群衆からはドッと笑い声が上がった。
「三姉妹・・・というか、これもナナミの仕業だ」
 ミキは小さく呟いた。

   〇 〇 〇

 ローズ騎士団が襲われた。山賊に荷物を奪われ、副団長のローラをはじめ、参謀や隊員たちは川に落ちてずぶ濡れでたどり着いた。
 月光軍団の文官のリサが挨拶を兼ねて宿屋にお見舞いに行ったのだが、面会は叶わなかった。騎士団のメイドがオロオロしているのを目の当たりにして、声を掛けることもできずに引き揚げるしかなかった。月光軍団の序列からいえば参謀のサトミか副隊長のミレイが真っ先に駆け付けなければならないのだが、二人は怪我を理由に医務室のベッドから動こうとしなかったのだ。

 もう何に怒っているのか分からないくらいローラは荒れていた。
 輸送隊を襲ったのは山賊か野党の類だった。しかも、ローズ騎士団は山賊と戦うことなく水鳥に驚いて川に転落したのだった。醜態を晒してしまっただけでなく、金貨や衣装まで何もかも奪われ、大切な皇帝旗と団旗を紛失するという失態だった。
 自分たちは泥まみれで恥をかいた。月光軍団は勝手に出陣して大敗した。山賊を野放しにしている、着替えがない、宿が狭い、寝台が固い、食事がマズい、召使いが・・・
 ワインが苦いと言ってグラスを投げつけた。召使いのレモンがグラスの破片を拾い集めた。山賊に襲われた時、レモンは最後尾にいたので川に落ちることはなかった。それがまた癪に障る。
「どいつもこいつも、まったく頭にくるよ。接待役を呼べ、いったい何をしてるの」
「挨拶に来たようですが、追い返せとのことでしたので」
 騎士団の参謀のマイが言った。
「そうだった、それじゃあ、隊長のケイコだ、アイツを怒鳴り付けて・・・」
 と言いかけて口をつぐんだ。
「ケイコは一撃で死んだようですよ。相当にひどい状態だったとか」
「アイツを虐めてやろうと思ったのに。これじゃ面白くない」
 シュロスの城砦へ着いてみれば、月光軍団の隊長ケイコは戦闘で命を落としていた。ケイコを虐める楽しみを奪われてしまった。これでは、わざわざ辺境まで来た意味がないではないか。
 このままで王宮に帰ったのでは逃げ帰ったと揶揄されるだろう。それでなくてもシュロスの田舎者に笑われた。そもそも、衣装や金貨を失ったのでは帰るに帰れない状態だ。さっそく王宮へ手紙を送り金と衣装を手配したが、届くまではシュロスの城砦に留まるしかなくなった。
 それならばと、失墜した威厳を取り戻すために月光軍団を厳しく取調べ、責任者を処分することにした。軍の手続きがどうのとか、まして、州都で裁判にかけるなどと悠長なことは言ってられない。自分で刑を言い渡すのだ。
 ローラの言う処罰とはケイコの代わりに誰かを標的にして虐めることだった。
 それにしても何と無残なやられ方であろうか。
 団員が聞き取ったところでは、ケイコは顔面血だらけで死んだそうだ。副隊長や参謀は鞭で打たれた。カッセル守備隊の残虐さ、辺境の恐ろしさが身に染みた。
 帰還した月光軍団の中で高位な幹部は参謀と副隊長だった。もう一人の副隊長は捕虜にされた。文官のリサも副隊長ではあるが、こちらは出陣していない。リサには滞在中の接待を滞りなくやってもらわなければならない。リサの対応は騎士団の文官のアヤに任せた。

 ローラは手始めに参謀のサトミを取り調べることにした。
 兵舎の一室、元隊長室に陣取り、自分は椅子に座ってそっくり返った。サトミは床に座らせた。
「出陣した理由から説明してもらおうか。我々が到着することはあらかじめ伝えてあったでしょうに」
 サトミは返答に詰まった。騎士団の来訪を避けるための出陣でしたと答えようものなら、厳しいお仕置きが待っているだろう。ナナミに叩かれた傷が癒えないうちに牢屋にでも押し込まれかねない。
「正直に言え」
 副団長ビビアン・ローラに睨みつけられてサトミは縮み上がった。
「あとで他の隊員にも訊くからね」
「それは・・・隊長が、出迎えよりは・・・」
「何だと」
「すみませんでした。隊長がローズ騎士団様のお出迎えをしたくないと言ったのです」
 参謀のサトミは死んだ隊長のせいにした。隊長のケイコが騎士団を避けたいがために出陣したのであるから、本当のことを喋ったまでだ。
「そんなことだろうと思った」
 ローラが吐き捨てた。
 まったく愚かな判断をしたものだ。その挙句にこんな大損害を出してしまったのだから、ケイコは死罪に当たる・・・というか、もう死んでしまったのだが。
 ローラは戦闘の経緯について、さらにサトミを問い詰めた。
 サトミが言うには、当初、月光軍団はカッセル守備隊との戦いを圧倒的に優位に進めていたということだった。守備隊の本隊を壊滅させ、敵の隊長はしんがり部隊を残して逃亡した。その部隊も追い詰め、指揮官などを捕虜にして引き上げようとした。この時点で負傷者はほとんどおらず、月光軍団の勝利は確定的だった。
「指揮官はまったく弱くて、痛め付けたら泣き叫び、最後は気絶したくらいです」
 サトミがナナミを宙吊りにして気絶させたときの様子を身振り手振りを交えて話した。
「ああ、なるほど、宙吊りか。面白いわね・・・でもないか」
 笑ってばかりはいられない。ローラ自身が山賊に襲われた時、網に絡めとられて恥ずかしい格好を晒したことを思い出した。

 敗戦の状況調査に話を戻した。
 ところが突如として状況は一変、守備隊の反撃を受けて隊長は戦死、サトミを含め副隊長たちも負傷したのだ。
「その時の戦力は月光軍団が優位だったんでしょう」
「こちらは百五十人ほどで、敵は十人か十二人でした」
「バカをお言い、たった十人に負けたの」
 ローラは頭に血が上った。僅か十人ほどの敵を追いかけていたのなら、一人ずつ倒していけば征伐できたはずだ。
「いきなり襲われたのです。襲ったのは正体不明の怪物でした」
「ふん、怪物だって?」
 責任を逃れるために怪物を持ち出すとは何事だ。
「黒い鎧兜の恐ろしい怪物でした。隊長は怪物の爪で顔を掴まれ血だらけで死にました」
 血だらけと聞き、その姿を思い浮かべて気分が悪くなった。
「それじゃあ訊くけど、その怪物とやらは何で月光軍団だけを襲ったのよ。守備隊の回し者だったとでも言うの」
 怪物に敵と味方が区別できるはずはない。その怪物というのは、全身を覆う鋼鉄の鎧に身を固めた敵の戦闘員だったのだろう。王宮の倉庫の片隅で埃を被っていそうな遺品だ。
「お前の怪我、それも怪物のせいにするのか」
「これは、降参した後で、敵の指揮官に鞭で打たれました」
 参謀の負傷は戦闘中のものではなく、降伏した後で怪我させられたという。守備隊の指揮官はかなり残忍な女のようだ。
「降参したんだから、参謀の地位は剝奪する」
 これで参謀は支配下に置いたようなものだ。
 次に副隊長のミレイを尋問したところ、こちらも概ねサトミの話と一致していた。サトミとミレイは二階級降格させることにした。

 ミキは医務室で包帯の交換を手伝っていた。
 リサが騎士団に呼び出されたのだ。食事や衣服、宿の割り振りなどを訊かれているのだろう。
 ローズ騎士団が襲われたのは想定外のことだった。迎えに行かせたミカやレンによると、山賊に攻撃されたということだった。山賊の狙いは金貨やワインだけだったようで、騎士団の団員は襲われなかった。しかし、騎士団は水鳥の羽ばたきに驚いて川に転落したという。王宮の近衛兵は実戦には慣れていなかったのだ。
「山賊たちが警備兵や工兵に紛れ込んでいたみたいで、一緒になって金品を奪っていきました」
 ミカの話は遅れて到着した警備兵の話とも符合していた。山賊が輸送隊の警備兵に成りすましていたのだ。山賊の仕業にしてはいかにも手際が良すぎると思った。スミレがチュレスタで目撃した三人組は守備隊の三姉妹だろう。おそらくナナミの命を受けて潜入していたに違いない。
 今度もナナミにしてやられた。しかも、奪われた金貨は州都が用意したものだった。
 しばらくしてリサが戻ってきた。
 隊長が死んだとあっては、副隊長のリサは月光軍団の代表者と見られても仕方なかった。もっとも、リサは文官だから、敗戦については参謀のサトミが釈明させられることになる。案の定、リサが事情を訊かれたのはローズ騎士団の事務方らしき団員だった。
「奪われた資金の補充を求められたわ」
「厳しく言われはしなかった? 」
「それが意外と優しくて、州都が用立てた分をなんとか穴埋めしてくれないか、と言ってくれた」
 リサを取り調べたのはローズ騎士団の文官のアヤだった。それほど厳しい口調ではなく、資金の要求は強く迫られたがそれも予想の範囲内だったという。
 ところがリサに続いてミキが呼び出された。

 サトミとミレイを調べただけでローラは飽きてきた。
「戦場の話は聞くのもイヤ、金とワインの方が大事だわ」
「経理の責任者にはアヤを向かわせてあります。相手は事務方ですので、副団長が直々に調べる必要もないでしょう」
「そうだった。それじゃあ、もう終わりだ」
「お疲れのところ、あと一人、尋問が待っています」
「次は誰を調べるの」
「退却の責任者、ミキという部隊長です」
「部隊長、そんな下っ端、どうでもいいじゃん」
 王宮の親衛隊の副団長からみれば、辺境の軍隊の部隊長などは遥か下のそのまた下の階級である。通常であれば直接、口を聞く相手ではない。しかし、先に調べた参謀の証言との整合性を調べるためには部隊長の尋問が欠かせない。
 長く座っていたら腰が疲れてきた。いつもは柔らかいソファーに座っているのに、ここではガタついた木製の椅子でクッションも固い。
 いいことを思い付いた。ローラは召使いのレモンを呼んだ。レモンを四つん這いにさせて即席の人間椅子にした。背中に腰を下ろしてみると、レモンの背中はちょうどいいクッションになった。
 そこへ部隊長が部屋に入ってきた。
「うっ」
 ローラはギクリとした。
 鎧兜は外しているものの、ミキは戦場帰りの異様な雰囲気を漂わせていた。何人も斬り殺してきたに違いない。人殺しとはこのことだと震え上がった。ここで暴れられたらたちまち皆殺しにされそうだ。ミキが敵に見えた。
 あやうくレモンの背中から落ちそうになり慌てて髪を掴んだ。
「お、お前は誰だ・・・そうだった、ぶ、部隊長か、座れ」
 威厳を保とうとして床に座れと命じた。

 そこには奇妙な光景が出来上がった。
 床に跪くミキ、その前には人間椅子のレモン。レモンの背中にはローラが座っている。ローラはお尻に力を入れてグイグイと揺すった。小柄なレモンは潰れてはいけないと必死になって手足を突っ張っている。
「うくっ・・・う、あひっ」
「王宮と違って、ここの椅子は固くてさ。だから、コイツに跨っているの」
「ああっ、ひぇぇぇ」
 ローラが揺するのでレモンの腕がブルブルと震えた。
「コイツは召使い、奴隷とも言うけど。これぐらいしか役に立たないわけ。そうだよね。ええと、コイツは」
 動揺してとっさに召使いの名前が出てこなかった。
「レモンですよ」
「そうだ、レモンだった」
 ローラはレモンの髪をグッと引っ張った。
「ほら、レモン、しっかりするんだ」
「うっ・・・ひぇぇぇん」 
「ふん、こんなヤツ」
 ミキを睨んで召使いを屈服させている様子を見せつけてやった。レモンを人間椅子にしたのでミキよりも優位に立つことができている。
「面白いでしょう」
「はあ、それは・・・」
 ミキは返事に窮した。召使いを椅子替わりにするとは、人を人とも思わないやり方だ。四つん這いで懸命に耐えているレモンという女が気の毒になった。泣きそうになっている。だが、ここで同情したら、レモンにはさらに酷い仕打ちが待っているだろう。
 ローラが人間椅子に座ったまま取調べが始まった。
「さてと・・・お前は無傷のようだけど」
 参謀のマイはミキが怪我を負っていないことを不審に思った。
「ひょっとして逃げ回っていたの? この卑怯者」
 思いがけない追及を受けてミキは戸惑った。敗戦を叱責されるのは当然としても、決して逃げていたのではない。ユウコとともに守備隊の副隊長を捕虜にした、敵の戦闘員と互角に渡り合った。困難な状況で退却を指揮して一人の脱落者も出さずに帰還を果たしたではないか。
 それなのに、いきなり卑怯者と罵られたのだ。戦場にいた者に尋ねてくれれば誤解が解けるはずだ。
「どうか他の者にお尋ねください、あたしが逃げていたというのは・・・」
「黙れ。参謀も副隊長も重傷を負っているというのに、お前はどこも怪我していないじゃない」
 コイツを生贄にするか・・・
 ローラはケイコの代わりに、この女を虐めの標的にすることにした。負傷した者を虐めるのは少し気が引けるが、部隊長のミキは無傷である。しかし、相手は相当に力が強そうだ。何か理屈をつけ非を認めさせ、そして自由を奪ってからでないと虐められない。
「コイツはヤバいわ。さっき尋問した者と証言を照らし合わせなさい」
 サトミを呼ぶようにとマイに命じた。
 マイが部屋を出て行ったので、ローラとミキ、それに召使いのレモンだけになった。
 途端にローラは息苦さを覚えた。ミキの身体から発せられる気迫に圧倒された。それもあきらかに血の匂いが混じっている。今にも飛び掛からん勢いだ。マイを行かせたのは失敗だった。ローラも部屋から逃げ出したくなった。
「おひっ」
 ミキが膝を立てたのを見てローラはのけ反った。その拍子に、椅子にしていたレモンが耐え切れなくなって肘を着いた。
「バカッ」
 ローラは立ち上がってレモンの尻を蹴った。レモンはゴロンと転がってミキの足にぶつかった。
「す、すみません」
「大丈夫ですか」
 レモンが起き上がるのを助けようとミキが手を差し伸べた。だが、レモンは四つん這いのままローラの足元に這って行くのだった。

 しばらくして参謀のマイが月光軍団のサトミを連れてきた。
 いいところへ戻ってきてくれた。ローラはミキの圧力を受けて、もう少しで助けを呼ぶところだった。
「この隊長が・・・」
 焦って隊長と言い間違えた。
「無傷なのはおかしいと思わないか、サトミ」
 ローラの尋ね方は、いかにもミキを陥れようとしている言い方だ。
「戦場で逃げていたんでしょ」
「いえ・・・それは、ないと思います」
 ミキはホッとした。一緒に戦ってきたサトミがきちんと証言してくれた。これで疑いが晴れるだろう。
 しかし、机の下の見えないところでマイがサトミの足を蹴って合図を送った。蹴られたサトミはローラの顔色を伺う。
「あ・・・ただ、いえ、その、思い出しました。敵を、守備隊を」
「敵をどうしたの」
「いえ・・・ミキが・・・敵を助けるのを見ました」
「本当か」
「見習いみたいな隊員がいて、隊長は道端に放置しろと言ったのですが、ミキはカッセルへ逃がそうと・・・ミキの上官の副隊長ユウコも一緒になって敵を見逃してました」
 ローラはニタリと笑った。これはいい追及の材料になる。事前に参謀のマイが吹き込んだのだろう、これこそ役に立つ参謀というものだ。
「そうか、ミキ、敵を見逃したのね」
 一応、本人にも問い質した。
「はい、本隊が逃走した後に、残された部隊の副隊長たちを捕虜にしました。そこに、鎧も身に着けず武装していない隊員がいました。メイド役の見習い隊員だというので、それなら逃がしてもいいと思いました」
 見逃したことは恥ずべき行為ではないのでミキは素直に答えた。
 しかし、ローラが畳みかける。 
「敵を見逃したなんて、とんでもない裏切り行為じゃないの」
「はあ」
「メイドの格好をした戦闘員だったかもしれないでしょう、そうよ、きっとそうだわ」
「あれが戦闘員には見えませんでした」
「黙れ、お前のやったことは軍の規律違反だ、規律違反だと言ってるの」
「は、はい」
 ミキはガックリと肩を落とした。
「捕虜になった副隊長はお前の上官だっていうじゃない。まったくダメな奴らだわ。今ごろは、カッセルの城砦で拷問されてるでしょうよ。残酷な仕打ちをした守備隊のことだから、とっくに殺されているかもね」

 これしかなかった・・・サトミはうなだれて部屋を出た。
 ローズ騎士団の参謀から、監獄に入りたくなければミキに責任を押し付けろと諭されたのだ。事実、ユウコとミキは敵の見習い隊員には手を出そうとしなかった。それからというもの、守備隊はユウコにもミキにも手加減していたような気がしていた。見逃した見返りだったのだ。それに比べてナナミをいたぶった自分は容赦なく鞭打ち刑にあってしまった。保身のためには騎士団に言いなりになるしかなかったのだ。

 どうしてこんな展開になってしまったのだろう。
 これではまるで軍事裁判だ。州都の軍務部に裁かれるなら致し方ないが、騎士団に裁く権利はないはずだ。州都軍務部のスミレはミキの話を親身になって聞いてくれたではないか。お嬢様を見逃した一件も、自分でもそうしたと同意してくれたのだった。
「判決を言い渡す。顔を上げなさい」
 ローラに言われてミキは我に返った。
「月光軍団は敗北し壊滅的な損害を被った。そればかりか、偉大なバロンギア帝国の名を貶めた。ミキ、並びに、お前の上官のユウコが守備隊を助けたことにより敗北したのだ。その罪は重大である。敗戦の責任を取らせ、当分の間、牢獄へ監禁する」
「・・・」
「分かったら返事をしろ」
「はい」
「処刑は免れないと思え」

   〇 〇 〇
 
 参謀と副隊長は屈服させた。部隊長という生贄も・・・
 ローラはケイコに代わる生贄を手にして満足だった。月光軍団に対する裁判と処罰は簡単に終った。ミキを標的にして、死んだケイコの分までたっぷりといたぶってやることにした。虐め抜いて潰してやるのだ。月光軍団を支配することなど考えていたよりも容易いことだった。
 とはいえ、このまま王宮へ帰るわけにはいかない。ビビアン・ローラは失った名誉を回復するために、カッセル守備隊と一戦交えることを決断した。
 騎士団の名を遍く辺境に知らしめるのだ。
 カッセル守備隊と戦って徹底的に叩きのめしてやる。そうすれば名誉も自信も回復できる。山賊に不覚を取り、鳥に驚いて川に落下した。逆さ吊りになってみっともない姿をさらけ出してしまった。あの屈辱だけは何としても晴らさなければならない。
 しかしながら、金貨も武器も衣装までも奪われたとあっては、今すぐ撃って出ることはできない。武器や軍服を王宮から届けてもらうことにした。とりあえず必要なのは当面の資金だ。辺境で金がないのは悲惨過ぎた。

 ローズ騎士団は兵舎の食堂を独り占めして食事をしていた。
 テーブルの上には、イノシシ肉の燻製、ソーセージ、新鮮なトマトやブロッコリーが載っている。料理は洗練されているとは言い難いが、野菜や果物は採れたてで鮮度が良く、王宮で供されるものよりはずっとおいしい。しかし、辺境のワインは褒められたものではない。苦いし、濁っている。副団長のローラは王宮の透き通った甘いワインが恋しくなっていた。
 ローラはイノシシの肉をフォークで突き刺した。
「経理は何と言ってるの。ちゃんとお金出すんでしょ」
「城砦の経理担当者は、戦費も嵩んでいて何かと大変そうでした」
 そう答えたのは滞在費用の交渉にあたったアヤである。
 アヤは文官のリサにはきついことは言えなかった。それというのもリサがあまりにも美しかったからだった。リサの顔を思い浮かべた。リサは騎士団のメンバーにしてもいいくらいのきれいな顔立ちだった。色白の美人で均整の取れた見事なスタイルだった。シュロスに駐留する間、リサが夜の相手を務めてくれればいいと思った。それだから費用の要求は控えめにしておいたのだ。
「甘いよ。相手の都合なんて気にしないの。その経理も監獄行きにして、金庫の金を全部いただこうよ」
「副団長、経理には自発的に出させましょう。私も同じ文官ですから、丁寧に説得いたします」
「言ってもダメなら一発ぶっ飛ばす」
 副団長のローラがリサを痛め付けろと言ったのでアヤは内心穏やかではなかった。
「カッセル守備隊だって爆弾でぶっ飛ばしてやるわ」
 ローズ騎士団が王宮に手配した物の中には強力な爆弾兵器も含まれていた。
   ・・・・・
 兵舎の中をあちこち探し回っていたリサは図書室でスミレを見つけた。
 スミレはランプの灯りを頼りに書類を書いていた。報告書だろうか。ミキを探していると言うと、ここにはいないと首を振った。
「取調べられているとしても、ちょっと長すぎるわ。心配だから事情を訊きにいきましょう」
「騎士団は食堂にいるということでした」
 二人で食堂に行くことにした。
 スミレが取り調べはきつくなかったかと尋ねると、リサは相手も文官なのでこちらの状況に耳を傾けてくれたと言った。
「スミレさんは騎士団と顔を合わせても大丈夫ですか・・・軍務部の監察業務に差支えませんか」
 リサの心配はもっともだ。
「できれば会いたくない・・・」
 そう言ってスミレが封書を見せた。
「州都の軍務部の上司に報告しておこうと思って。州都までは郵便馬車があるでしょう」
「ええ、明日の早朝に定期馬車が出ます。州都への直行便ですから夕方には着くかと」
「よかった、ちょっと急ぎでね」
 ところが、二人が行ってみると食堂に騎士団の姿はなく、メイドが一人で片付けをしているだけだった。リサが挨拶に行ったとき騎士団に怒鳴られて右往左往していたメイドだ。メイドはすまなそうに「宿に引き上げた」と言った。どうやらミキの聴取はすんでいるようだ。それなら解放してくれてもいいはずだ。
 スミレは悪い予感がした。

 二人が食堂を出ようとしたところへローズ騎士団のマイが入ってきた。
 スミレとの間に険悪な空気が漂う。
「レモン、ワインを取ってきなさい」
 レモンと呼ばれたメイドが倉庫に行った。
 マイがリサに向き直った。
「あなた経理の人だったわね。ちょうど良かった、副団長が直々に話があるそうよ。一緒に来なさい」
 おそらく費用の要求だろうが、その件はすでに文官のアヤに事情を説明してある。アヤはシュロスの財政状況が苦しいことを理解してくれたと思ったのだが・・・
「そっちは、あんたも事務方なの」
 マイがスミレに訊いた。
「はあ、私は・・・」
 月光軍団の隊員であると言えば嘘をついたことになってしまう。スミレは事実を答えるしかないと思った。
「私は、東部州都の軍務部から来ました」
「軍務部?」
 軍務部と聞いて騎士団のマイが怪訝そうな表情をした。
「何の用で来てるの」
「それはですね・・・」
「もしかして月光軍団の尋問だったりして」
 マイはスミレの任務が騎士団の監察であるとは気付いていない。月光軍団の調査だと思っているようだ。
 その勘違いに乗ることにした。
「東部州都の軍務部に所属するスミレという者です。このたびの戦いについて月光軍団の査察をしようと参りました」
 これは嘘ではない。敗北した月光軍団を取り調べるのは州都の軍務部の仕事だ。聞き取り調査や今後の立て直し策を練る必要がある。上司に当てた手紙にも、騎士団の監察業務に加えて月光軍団の調査もしていると書いておいた。
「私は騎士団の参謀のマイ。私たちの方が先に月光軍団を尋問してるから、あなたはその後にしなさい」
「戦場から戻ってきた者に戦時の状況を聴取したいので・・・部隊長のミキという者を探しております」
 スミレはそれとなくミキの居場所を聞き出そうとした。
「ミキ・・・ああ、アイツか」
 騎士団のマイはミキの居所を知っている様子だ。
「ミキはいまどこにいるんですか。まだ取調べが続いているのでしょうか」
 リサが心配そうに言った。
「ええと、それよりワインはどうしたのかな」
 話をワインにすり替えられてしまった。
 マイが奥の扉に向かって「早く」と叫ぶと、メイドのレモンがワインのビンを二本抱えてきた。
 このままではリサが連れていかれてしまう。
「私もお供してよろしいでしょうか」
 スミレを無視してマイはワインのラベルを見ている。
「なかなか上等なワインじゃないの。ここでは苦くてマズいものばかり飲んでたから副団長が喜ぶわ」
 マイはメイドからワインのビンを受け取るとリサの胸に押し付けた。
「ミキっていうヤツのこと知りたければ付いて来なさい・・・でも、スミレ、あんたはダメ」
 スミレを押し退けた。
「州都の軍務部には関係ないことよ」 
 
 ワインを取りに行ったマイが食堂に居合わせたリサを連行してきた。
 なかなかの美人である。ローラは一目見てリサが気に入った。召使いに欲しくなった、夜の召使いにもなりそうだ。
 滞在費を請求することなどあっさり忘れてしまった。
「お前、私の召使いになれ」
 いきなり召使いとは・・・文官のアヤは副団長に目を付けられてしまったので困惑した。
「召使い・・・ですか」
「新しい召使いが欲しかったの・・・コイツは」
 部屋の隅にいるレモンを指差した。
「レモンはお払い箱だわ。お前の方がいいもの、専属の召使いにしたい」 
 リサは美人だし気品もある。シュロスにいる間だけでなく王宮にお持ち帰りしてもいい。
「わ、私には事務の仕事がありまして、州都への報告書を作成したり」
「州都への報告はこっちでするわ。これからはアヤが城砦の事務を取り仕切ることにしなさい」
 リサと一緒に仕事ができることになりそうなのでアヤは嬉しくなった。
「そういえば、すでに東部州都の軍務部から調査員みたいのが来ていましたよ」
 参謀のマイが言った。
「州都の軍務部・・・手回しがいいことね」
「スミレとかいう女です。敗戦の状況を調べている様子でした」
「敗北の戦犯はもう分ってる。部隊長の・・・ミキとかいう名の者だ」
 ミキの名前が出てきたのでリサは動揺した。
「そいつを厳しく取り調べた。州都への報告書なんかは、こっちで適当に書いておくわ」
「ほらね、あなたの仕事を減らしてあげているのよ、感謝しなさい」
「お前は言うなりに金を出せばいいだけ」
「ミキは、いえ、部隊長は何と言ったのですか、そのお調べに対して」 
 リサはすがるように尋ねたがローラはそれを遮り、
「ちょっと、そのワイン見せてよ」
 と、ビンを手に取った。
「いいワインじゃないの」
「食堂の奥のワイン倉庫にありました」
「隠してたのね、早く飲みたいよお」
「副団長、その前に、ミキを取り調べたんでしたよね」
「そうだった・・・アイツは敗戦の責任を認めたんだ」
「ミキがですか!」
「戦場で敵を見逃したんだって。規律違反を犯したんだ。それでアイツは監獄行きにしてあげた」
「か、監獄って・・・」
「監獄に入れたんだ、そのうち処刑する」
 責任、規律違反、監獄、処刑・・・どうしてそんなことが起きるのか。
「ミキを助けて欲しいか」
「はい・・・」
 ローラが脚を組み替えた。長く伸びた太ももが露わになった。
「お前が召使いになれば考えてあげてもいい」

 ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラがリサの太ももの撫でた。
 ほどよいむっちり感、スベスベしていて柔らかそうな太もも。触りたくなる、キスしたくなる美しい脚だ。だが、それが気に入らない。美しすぎるリサの脚が許せない。この世に自分の脚よりも美しい脚が存在してはいけないのだ。
 ローラはリサにのしかかって脚を絡ませた。リサの脚の間に割り込み、右脚をリサの左脚に巻き付けた。
「うくく・・・ふふ」
 脚に力を入れグイグイ締め上げる。
「うっ、つほぅ」
 リサのきれいな顔が苦悶に乱れる。それを見るのが楽しい。さらに身体を接近させ肩を抱いて引き寄せた。両足の自由を奪おうとするとリサも脚を絡めてきた。
 美しい二人の女が互いの美脚を絡めて太ももの戦いになった。
 ぶるん、ドタッ、ズズリ、ズリ、ぶるるん、四本の太ももがもつれ合った。
 しかし、王宮の親衛隊たるものが辺境のリサに負けるわけにはいかない。自分の方が美人だし脚も綺麗なのだ。ローラは絡めた脚に力を込めて締め上げた。
「リサ、お前なんか・・・」
「うっひいい」
 次第にリサの脚の力が抜けていくのが分かった。太ももの勝負はローラの勝ちだった。だが、勝ったローラの身体も火照っている。ローラは胸に手を当てて息を整えた。それから、リサを四つん這いさせ、背後から押さえ付けた。

   〇 〇 〇
 
 州都の軍務部のスミレは兵舎を監視していた。
 今や月光軍団は解体寸前の様相を呈している。
 隊長のケイコを失い、副隊長はカッセルに捕虜にされた。これだけでも大きな損失だったが、それに加えて残存部隊もローズ騎士団の監視下に置かれてしまった。ミキだけでなく文官のリサまでもが騎士団に呼び出されたまま戻ってこなかったのだ。今朝になってリサが事務を執っていた部屋は騎士団に占拠されてしまったのである。
 迂闊であった。
 しかし、あまり動き回ると騎士団に目を付けられてしまうだろう。若い隊員のミカたちも動揺している。大きな騒動になる前にミキとリサを探し出さなければならない。

 ローズ騎士団のメイドが出てきて食堂のある棟に入って行くのが見えた。スミレはすぐに後を追った。
 メイドはスミレの姿を見ると軽くお辞儀をした。
「レモンちゃんだったわね。ちょっと、訊いてもいいかしら・・・」
 スミレはメイドのレモンを食堂の奥に連れていった。カゴや樽が積まれた物置のような場所だ。ここなら誰にも聞かる心配はない。
 低い椅子が二つ置いてあったので、スミレが先に座ってレモンにも座るよう進めた。するとレモンは、そうするのが当たり前といった仕草で床の土間に膝をついた。騎士団の前ではそうしているのだろうが、これではまるで奴隷だ。スミレも椅子を横にどけて床に腰を下した。
「昨日、私と一緒にいた人、リサさんを探しているんだけど・・・」
「はあ・・・」
 短い沈黙のあとでレモンが言った。
「・・・その人は、召使いになれと言われて」
「召使い!」
 召使いという言葉が頭を駆け巡った。誰がリサを召使いにできるのだ。
「最初は経理のことで、費用を立て替えさせるという話だったのですが」
 レモンがその時の状況を話し始めた。
 ローズ騎士団の副団長のビビアン・ローラはリサを気に入り、召使いになれと命じた。そして、リサを跪かせ脚を舐めさせたり、太ももで絞め上げた・・・

 女性同士で何という酷いことをしたのだ。スミレは想像して背筋が寒くなった。
 リサは宿の物置部屋に閉じ込められたので、レモンが背中を摩ったり水を飲ませたというのだ。
「それからリサさんは、ミキさん助けてと、うわ言を言っていました」
「ミキ!」
 レモンからミキの名前が出てきた。
「ミキさんはどこにいるの」
 レモンは後ろを振り返って誰もいないことを確かめている。ミキに関する情報を持っているようだが、それも良い内容ではなさそうだ。
「ミキさんは・・・牢屋に監禁されています」
「牢屋・・・」
 絶句してしまった。
 レモンは取調べの様子を見ていたそうだ。ミキは戦場で敵を助け、見逃したたことにより規律違反の罪を言い渡された。そして、敗戦の責任を取る形で地下の監獄に入れられたのだった。
「ミキさんはぐるぐる巻きに縛られ、壁に繋がれていました」
 今日になってようやく食事を許されたので、レモンがパンと水を持って行ったという。
「ありがとう、よく話してくれたわ」
スミレは礼を言ってレモンを送り出した。

 ローズ騎士団に城砦を乗っ取られた・・・
 事態はスミレが思ってもみなかった方向に進んでいた。

監禁

 
 ローラは祝杯のワインを飲み干した。
 参謀のサトミはすでに騎士団の配下になり、副隊長のミレイも従順を誓った。敗戦の責任はミキに押し付け監獄にぶち込んである。下っ端の隊員には・・・カッセル守備隊との戦いで騎士団を守る盾になってもらう役目を与えた。
 文官のリサも言いなりだった。召使いにしようと思い、試しに太ももで締めたら気絶した。これでは召使いなど務まるものではない。リサには文官として接待をさせる方が賢明だ。代わりの召使いが必要だったので、事務を取り仕切るアヤに、シュロスの城砦のメイドを引き抜けと命じた。
 参謀も副隊長もそして事務方の文官も押さえた。これで月光軍団を手中に収めたのである。
 気になることといえば、東部州都の軍務部から調査のための人員が来ていることだった。月光軍団の取調べだそうだが、それにしてはシュロスに来るのが早過ぎる。月光軍団が出陣した時点で、すでに州都には情報が届いていたのだろう。そうでもなければ、こんなに早く駆けつけられるものではない。
 そのうちミキに会わせろと言ってくるかもしれない。その時は一緒に監獄に入れてやろう。牢屋でゆっくり調査すればいいのだ。
 そして次は、カッセル守備隊との戦いだ。守備隊を叩き潰して壊滅させ、バロンギア帝国ローズ騎士団の名を辺境に轟かせるのだ。いっそのことルーラント公国との国境線を大幅に拡張してもいい。そのために、強力な爆弾兵器を大量に届けるよう手配した。カッセル守備隊など威力のある爆弾で木っ端微塵だ。

    〇 〇 〇 

 月光軍団のミキは薄暗い牢獄に監禁されていた。縛られた両手が壁に鎖で固定されているので身動きがままならない。
 まさか、地下牢に監禁されようとは思ってもみなかった。
 ローズ騎士団から告げられた罪状は、戦場で敵の隊員を見逃した『規律違反』だった。見習い隊員を見逃したのは事実だ。あのお嬢様を思い出す。あれを殺せと言うのか。あれを殺して何の手柄になるというのだ。
 満足に寝ていないので頭がボンヤリしてきた・・・
 ・・・指揮官のナナミがレイチェルを探していた。あの時、レイチェルはどこにいたのか。ああ、そうだった、崖から落とされたのだった。レイチェルが姿を消して、その後で怪物が現れた。レイチェルと入れ替わるようにして・・・まるで、レイチェルが怪物に変身したかのようにさえ思える・・・
  
 ガチャリ 
 鉄格子を開けてローラが入ってきた。副団長のビビアン・ローラ様御一行である。参謀のマイ、文官のアヤたちが前後を守るように固めている。後ろには召使いのレモンがパンを乗せたトレイを持ち、さらにもう一人メイドが付き従っていた。
「生きていてよかった。死んだら虐められないからね」
 ローラはミキの背中を蹴った。
 最初に見た時は戦場帰りのオーラにたじたじとなったものだが、ここまで弱れば簡単に勝てそうだ。そろそろ月光軍団の隊員を集めて公開処刑にしてもいいころだ。
「餌をくれてやる、レモン、餌をやりな」
 ローラに言われてレモンが床にパンを置いた。
「王宮と違ってここのパンはカチンカチンでマズいわ。だから、私が美味しくしてあげる」
 靴でパンを踏み潰した。潰れたパンが床に練り込まれローラの靴の底にこびりついた。
「さあ、犬になって食いな」
 鎖で縛ってあるので手は使わせない。ミキは犬のように四つん這いになって靴に付いたパンを齧った。ローラは靴の底をミキの顔に擦りつけ、こびりついたパンを削ぎ落とそうとした。
「靴の掃除してよ」
「うぐぐ」
 ミキは言われるままに、潰れたパンを靴底から剝がすようにして口に入れている。
「コイツ臭い、ムカつくわ・・・ベッ」
 ローラは後始末しておけと命じて出て行った。

 ローラがいなくなるのを見届け、召使いのレモンがミキの傍らに屈みこんだ。エプロンでミキの顔を拭い、顔に付いたパンを拭き取った。
「ああ、ありがとう」
 ミキは人心地ついた。
 レモンというメイドは昨日も干し肉や果物を持ってきてくれた。騎士団の専属らしいが、レモンの助けがなかったら、もっと弱っていたかもしれない。今日はもう一人メイドがいた。初めて見る顔だった。
「・・・ん」
 ミキは新しいメイドの立ち姿が気になった。身体の構えができている。牢獄の中で戦闘態勢を取っていたのだ。同僚のメイドに対して身構えるはずはない、となると、監禁されている自分に対してなのか。
 もしかしてカッセル守備隊の偵察員が潜入したのか。
 ナナミならやりそうなことだ。
「どうぞ、これを」
 レモンがポケットから別のパンを取り出した。ミキは新顔のメイドを目の隅で追いながら新しいパンを口にした。パンにはソーセージが挟んであった。ほどよく塩味の効いたソーセージだ。ローラの靴に踏み潰されたパンとは違って、何とおいしいことか。水筒の水を飲ませてもらうと、たちまち身体に生気が蘇ってくるのを感じた。
「ミキさん、話を聞いてください」
 レモンが辺りを憚るように振り返った。もう一人のメイドは何も聞いていないとでもいうようにクルリと背中を向けた。
「州都の軍務部から来ているスミレさんという人に会ったんですよ。ミキさんが捕らえられていることを話しておきました」
 ミキは気が付かなかったが、後ろを向いたメイドの目が鋭く光った。
「それで、スミレは何と」
「この状況に驚いていました。それから、リサさんのことですが」
「リサ、リサはどうしているんですか」
 リサと聞いてミキは激しくもがいた。今にも鎖を引きちぎらんばかりだ。
「その人は・・・ローラ様に意地悪をされ、今は医務室で休んでいます」
「リサまでも・・・」
 ミキはガックリとうなだれた。
「お気を強く持ってください、ミキさん」
 もう一人のメイドがミキの耳元で言った。知らぬ間に近づいていたのだ。
「怪我をしているようでしたら、イサンハルに診てもらいましょうか」
「?」

 メイドたちが出て行くと再び錠前が掛けられた。
 何と言うことだ、リサが副団長のローラに目を付けられてしまった。それでも、監獄に入れられることだけは免れたようだ。リサに監獄は辛すぎる。
 この分では月光軍団が解体されるのは避けられそうにないだろう。州都軍務部のスミレの力を借りたいところだが、それにも限度がある。深入りするとスミレの身にも危険が及んでしまう。
 イサンハル・・・ミキはあのメイドが言った言葉を思い出した。
 イサンハルとは士官学校の軍医の名前だ。あんな荒っぽい外科医には診て欲しくないという妙な評判で、それ故に、兵士たちは怪我をしないように務めていた。
 なぜ知っているのだ、士官学校の軍医の名を・・・あのメイドは密かに協力者だと言ったのかもしれない。そう思うと、少し心強くなった。
 これしきの痛みにも、騎士団にも負けてなるものか。何としてもここを脱出したい。
 ユウコさんはどうしているだろうか。ユウコさんなら、この危機的状況を打開してくれるはずだ。それに、正体は不明だが味方とおぼしきメイドもいる。
 味方・・・ナナミが・・・
 いや、そんなことはあり得ないと、すぐに否定した。
「来るはずがない」
 月光軍団のミキの頭を過ったのは、カッセル守備隊のナナミが救出に来てくれることだった。


 スミレは知らせを聞いて隊員のミカとともに医務室へ駆けつけた。
 医務室の寝台にリサが寝かされていた。騎士団の文官のアヤが見張っているので近づくのを躊躇った。しかし、アヤはスミレの姿を見ると側へ来るように手招きした。
 リサは目を閉じて眠っているように見えた。暴行を受けて気絶したのだ。だが、騎士団のアヤのいる前では、その怒りを露わにするのも、そして慰めの言葉を口にするのも憚られる。黙ってリサの手を握りしめた。
 ミカは耐え切れずに顔を覆って泣き崩れた。
「・・・ぅつ」
 別のすすり泣く声がした。泣いているのは騎士団のアヤだった。
「五分だけ、外に出ていてあげる・・・」
 アヤは泣いていたことを見られまいとしてか、スッと席を立って部屋を出て行った。
 スミレはアヤの後ろ姿に頭を下げた。

 病室を出たアヤはリサに何か食べさせよう食堂に行った。
 果物か、お菓子があればいい。リサはきっと喜んでくれるだろう。
 アヤは、副団長のローラがリサの背後からのしかかっているのを見てしまった。あまりの衝撃に正視できなかいくらいだった。
 私ならリサを抱きしめ、美しい顔を見つめ・・・優しくキスをする。
 食堂には誰もいなかったが、奥の炊事場で人声がした。戸口にいたメイドに尋ねる。
「水と、果物、リンゴか何かありませんか。具合の悪い者に食べさせたいのですが」
「倉庫へ入って自由に取ってください。メイドがいるはずです。でも、新入りだから分かるかしら」
 どうやら新しいメイドを雇ったらしい。騎士団でもメイドを探しているのだが、なかなか見つからなかった。参謀のマイには城砦のメイドから適当な女を引き抜くようにと言われていた。
「果物、リンゴはありますか」
「はい、リンゴですね」
 倉庫の入り口で声を掛けると、メイドが棚の下の箱からリンゴを取り出した。新しく雇われたというにしては、迷うことなく探し出した。身のこなしも敏捷だった。
「あなた、いつからここに」
「つい最近、採用されたばかりです。よろしくお願いします」
「そう、頑張ってね・・・このリンゴ、病人に食べさせたいんだけど」
「はい、でしたら、すり下ろしてハチミツをかけましょう」
 新しく雇われたにしては気が利くメイドだ。
 アヤはそこで思い出した。このメイドは地下牢に行ったときレモンに従っていた女だった。城砦のメイドでありながら、ミキを虐めているのを見ても知らん振りをしていた。騎士団に取り入ろうという魂胆があるに違いない。これなら副団長の側に置いても役に立つかもしれない。このメイドを採用してみようかと思った。

 アヤが病室に戻ってきたのは三十分以上過ぎてからだった。リサのために食堂で水と食べ物を取ってきたという。メイドがトレイを差し出した。
「リンゴをお持ちしました、すり下ろしておきました」
 州都軍務部のスミレはメイドを見てびっくりした。そのメイドはカッセルの城砦に偵察員として送り込んだミユウだったのだ。
 スミレはそっと部屋を出た。ミユウもトレイをミカに預けて外へ出る。
「スミレさん、やっと会えました」
「ミユウ、いつからここに」
「カッセルでの偵察を終え、シュロスには二日前に着きました。昨日から城砦のメイドになっています。すぐにもお知らせしたかったのですが、なにやらひどく混乱しているようでしたので」
「どこから話を・・・まずは、カッセルの話だ。捕虜は、二人は無事か」
「はい、月光軍団の二人は丁寧な扱いを受けています。捕虜というよりはお客様みたいでした。どうやら指揮官のナナミが・・・いえ、その後、司令官に昇格しました」
「司令官になったのか」
「ええ、人事は思いのままにしていました」
「かなり残虐なことをしたとか聞いている」
「そのようですね。ただ、なぜか、捕虜のユウコさんとは親密そうでした」
「戦いの中でユウコさんが見習い隊員を助けたことがあったそうだ。その見返りだろうか」
「なるほど」
 ミユウはカッセルでお嬢様と呼ばれている隊員がいたことを思い出した。
「貴族のお嬢様と称する者がいました、たぶんそのことでしょう」
「辺境に貴族とはあり得ない話だ」
「その一方で、ナナミは守備隊の前の幹部を拘束していました。自分たちを見捨てて逃げたことへの報復だということでした」」
 これもスミレにとっては初めて聞く情報だった。さすがは偵察員である、ミユウを送り込んだ甲斐があった。
「シュロスでは騎士団が我が物顔に振舞っている。だが、カッセルの状況はこちらとはやや異なるようだ」
「そうですね、なにしろナナミたちは歓迎されているようでしたから」
「それに比べて、シュロスは大変な状況だ。いま、どうなっているのか把握できないくらいだ」
「騎士団に乗っ取られたのですね。実は、昨日、ミキさんが監獄に入れられているのを確認しました」
「どうだった、心配しているのだが面会させてもらえない」
「土牢に入れられています」
「それは酷い。敵の捕虜でさえ土牢へ監禁することは禁止されているというのに」
「ミキさんは思ったより元気でした。レモンさんという騎士団のメイドが、こっそり世話をしてくれています」
「ああ、そのメイドは知っている・・・ミユウ、騎士団に潜入できるか」
 ミユウが頷いた。

   〇 〇 〇

 浅い眠りから覚めぼんやりしていると外へ連れ出された。しばらく歩いていなかったので足元がふらついた。
 兵舎の裏庭に月光軍団の隊員とローズ騎士団が集まっている。中央にはビビアン・ローラが腕組みをして立っていた。
「これからミキを処刑する」
 参謀のマイが宣言した。
 ミキが連れてこられた。騎士団の隊員に両脇を抱えられている。
「ミキさん!」
 月光軍団の隊員からはざわめきが起こった。隊列の後方にいたスミレも思わず前に進み出た。
 いつ以来だろうか、その姿を見たのは。かなりやつれてはいるものの精悍な顔つきは変わらない。だが、立っているのさえ辛そうに見えた。
 スミレは心が痛んだ。そして、これから始まることを想像していたたまれなくなった。
 ミキがスミレを見止め、目が合って二三度頷いた。スミレはミキが大丈夫だと言ったように思えた。
 脇を抱えていた隊員が手を放したのでミキはぐらりと揺れた。前屈みになりながらもミキはローラを見上げた。
「死ねっ」
 ローラが足を振り上げた瞬間、ミキは本能的に身体をひねってよけた。
 ビシッ
 靴先がミキのこめかみを掠めた。
「うっ」
 ミキは地面に膝を付いたが倒れずに踏みとどまる。
「裏切ったヤツはこの通りだ。よく見ておくがいい」
 ローラがミキの胸を蹴った。
 ガシッ
 それでもミキは倒れない。ローラのキックを胸で受け止めたのだ。
 こんな蹴りで倒れるようなミキさんではない。月光軍団のミカは拳をギュッと握りしめた。
 ローラはミキの髪を掴んで押し下げようとした。それをミキは両手を突っ張り懸命に堪える。
 ここで頭を下げたら月光軍団が屈したのと同じことになる。
「くくっ、うう」
 ミキは歯を食いしばってローラを睨んだ。ローラはさらに力を込めて頭を押し続ける。負けじとミキがぐいと頭を持ち上げた。
「こうしてやる」
 敵わぬと思ったのか、ローラがミキの頭を引き上げた。
「うっ」
 頭を引き上げておいてはすぐに押し込む。ガクガクと頭が上下する。それが何度か繰り返され、ついに力が尽きた。ミキはローラに屈して頭を地面に押し付けられた。ローラはグリグリとミキの顔を地面に擦りつけた。
 月光軍団のミカは涙がこみ上げてきた。リサさんも、そしてミキさんまでもが残酷な仕打ちを受けなければならないとは。
 ローラの暴行は終わらない。ミキの腹部に蹴りをみまった。数発の蹴りを受けミキはぐったりとなった。
「ふん、こんなものよ」
 ビビアン・ローラはミキの髪を掴んで得意そうに引きずりまわした。
「月光軍団はローズ騎士団の配下になったのよ。シュロスの城砦は我々が支配する」
 ローラは高らかに宣言した。
 ローズ騎士団が月光軍団を、そしてシュロスを制圧したことを。
 
 しかし、これで終わったわけではなかった。
 参謀のマイががミキの服を引き裂いた。そこへ騎士団の手によって熱した焼き印が運ばれてきた。
 スミレは背筋が凍り付いた。
 こんなことが許されるはずがない。
 しかし、ここで飛び出したら騎士団に捕らえられる。自分に与えられた任務は騎士団の監察業務なのだ。
 この蛮行をしっかりと見届けるしかない・・・
「やめてー」
 ミカが悲鳴を上げる。
「ミキさんっ」
 ミカが飛び出そうとするのをスミレが制した。捕まったらミカまでもが騎士団の標的になってしまう。
 スミレは自分が処刑を止めようとした。
「待ってください」
 スミレが一歩踏み出したとき、
「来るなッ」
 ミキが叫んでスミレを押しとどめた。そしてローラに向かって裸の胸を指し示した。
「やれるものなら、やるがいい」
 お互いに庇い合って助け合うスミレとミキ。
 それを見てローラが逆上した。
「ふん、いい度胸だわ」
 熱した焼き印をグイッと握った。
「コイツは戦場で敵を見逃した裏切り者である。裏切り者がどうなるか、よく見ておくがいい」
 ローラがミキの胸に焼き印を押し付けた。
 ジュッ
「ツハギャアー ギャアアア」
 肉が焦げる臭いがした。
「ウウーン・・・」
 月光軍団のミキは気を失って暗い闇に落ちていった。

ユウコの独白ー3

「捕虜の期間は終わりよ、二日後に帰ってもいいわ」
 捕虜になって十二日目のことだったと思います。隊長のアリスさんにそう言われました。解放はまだまだ先だと思っていたのでヒカルと抱き合って喜びました。
 いつもより念入りに部屋の掃除をしました。それからヒカルはアカリさんや三姉妹と一緒に街へ出かけました。
 シュロスの城砦と月光軍団の状況に思いを馳せました。ミキが指揮を執ったのですから、必ずや全員無事に退却できたことと信じます。来訪していたローズ騎士団はすでに王宮へ帰っていることでしょう。身体を休めたら、月光軍団の立て直しが急務です。州都の軍務部に敗戦の責任を問われることは間違いありません。もしかしたら、すでに州都の軍務部が調査に来ているかもしれません。

 私はナナミさんと二人きりでした。
 ローズ騎士団のことが話題になりました。
 ローズ騎士団は辺境の視察が目的なので、戦いの準備はしていないと思われます。敗戦を目の当たりにしても戦いに出てこれないだろうということで一致しました。しかも、ナナミさんはローズ騎士団が困るようなことを仕掛けたと言ったのです。チュレスタを出発した騎士団の荷馬車を襲い金貨や衣装などを奪い取ったのでした。レイチェルたち三姉妹が山賊の一団と組んでやったそうです。そういえば三姉妹はカッセルへ帰還する時に姿が見えませんでした。密かにチュレスタに潜入していたのでした。金貨を奪われたのでは戦闘どころではありません、騎士団は早々に引き上げるしかないでしょう。
 騎士団から敗北の責任を問われないだろうかとか、いろいろ思案していましたが、事態はそれほど悪くないかもしれません。

「月光軍団の副隊長たちに、大怪我をさせたこと・・・あれはやり過ぎたかもしれない」
 ナナミさんは副隊長たちを鞭で打ったことを言いました。
「私たちは人数では敵わなかったから、無事に退却するためには仕方がなかったんです」
「分かるわ。こっちもアリスさんや、ホノカさん、レイチェルを酷い目に遭わせたし・・・ナナミさんも」
 私はナナミさんの髪に手をやりました。
「こんなに短く切ってしまって」
「戦争よね、戦場だった・・・でも」
 ナナミさんは床に座りました。
「ごめんなさい。許してください」
 そう言って両手を付いて頭を下げたのです。
「あの人たちの一生を台無しにしてしまったかもしれない。私が命令したんです。私がやれと命じたんです。手を下した隊員には責任はありません。私がいけなかった・・・ごめんなさい」
「ナナミさん」
「雷で倒れた隊員にも取り返しのつかないことをしてしまった。謝っても遅いけど、ごめんなさい、全部、私が悪かったんです」
 すすり泣く声が聞こえました。ナナミさんは魔法使いのカンナが死んだことを謝罪したのです。まるで自分が殺害したかのような言い方です。けれどカンナはたまたま雷が落ちて命を失ったのでした。
「今度、戦いになったら私は死んでも構わない。どうせ命を落とすのなら、ユウコさん・・・あなたに殺されたい」
「そんなことできない。できるわけがない、だって」
 私はナナミさんの手を取りました。
「ナナミさんが好きだから」
 一目見た時から、初めて会った時から、私はナナミさんが好きでした。
 そして捕虜になってから、私たちはお互いに抱き合って愛し合ったのでした。
 好きな人を、愛する人を、ナナミさんを、殺せるはずがありません。
「ずっと一緒にいたいけど、ユウコさんにはシュロスでの生活がある。いつまでもカッセルに引き留めておくわけにはいかない。家族や友達、月光軍団のミキさんたちも待っていることでしょう」
「私のこと、そんなにまで思ってくれているのね」
 ナナミさんが顔を上げて私を見つめました。
「ユウコさんのためなら、いつかユウコさんのために、私の、私の命を・・・捧げたい」
 それからナナミさんがポツリと言いました。
「私も帰りたい。でも、帰るところが分からないの。帰るところが・・・分からない」
 帰るところが分からない。
 いったいどういうことでしょうか。私にはその意味が理解できませんでした。
 その夜、私はナナミさんとしっかり抱き合いました。

 シュロスの城砦へ帰る日がきました。

 その朝、私はレイチェルと二人きりになりました。私は思い切って話してみました。
「レイチェル、あの時・・・」
 しかし、そこで言葉に詰まりました。
 レイチェルは私の目を見て黙って頷きました。
 間違いありません。
 そうです、その目は確かにあの時、見たものです。私とミキを見逃してくれた目でした。しかも、レイチェルの胸に下がっているペンダントには、怪物の首に掛かっていた物と同じ宝石が付いていたのです。
 あの怪物の正体はレイチェルだったのです。信じられないことですが、レイチェルの肉体には何か特殊な能力が備わっているのです。
 恨みが込み上げてきました。憎しみが湧き上がってきました。けれどもそれは一瞬で、すぐに私は恨みも憎しみも捨てました。
 私たちは怪物に襲われ、怪物、いえ、レイチェルに助けられたのです。
 私たちを助けてくれたお礼を言わなければなりません。
「ありがとう・・・助けてくれて」
 私は涙が止まりません。

 このことは絶対に黙っていようと決心しました。

 私はアリスさんとカエデさん、ロッティーさんに別れの挨拶をし、ナナミさんの元へ行きました。
「こんなに早く帰してくれて、ありがとう」
「こちらこそ、いろいろ話ができて嬉しかったわ」
「敗戦軍の捕虜だったのに、丁寧に扱っていただいたことを感謝します。捕虜になって良かったと思うくらいだわ」
 ナナミさんが私の手を取りました。
「どう・・・傷、見せて」
 昨夜、私はうっかりして包丁で指を切ってしまいました。血が床にも滴りました。側にいたナナミさんが右手の人差し指を傷口に宛てました。すると不思議なことが起きました。たちまち血が止まり傷口が塞がって痛みもなくなったのです。ナナミさんは魔法を使ったのよと言って笑いました。
「いつでも使えるというわけでもないけど・・・好きな人にだけ」

 別れる前にどうしても言いたいとことがありました。
 レイチェルのことです。月光軍団を壊滅させたのは、怪物、いえ、怪物に姿を変えたレイチェルでした。そして、私とミキを見逃して助けてくれたのもレイチェルだったのです。
「私・・・私とミキは・・・レイチェルに」
 そこで言葉に詰まりました。
「レイチェルに・・・助けてもらいました。命を救ってもらいました」
 ナナミさんも頷きます。
 私たちは強く抱き合いました。

 いよいよ出発です。
 国境付近まで馬車で送ってくれることになりました。馬車はリーナさんが運転してくれるます。
 ホノカさん、アカリさんがいます、もちろん三姉妹も。そして、お嬢様はというとボロボロと泣き出してお付きのアンナさんに手を焼かせています。
「また会いましょう」
 私とヒカルは手を振りました。
 しかし、再び会うとき、それは戦場で会うことになります。
 会いたいけれど、また戦わなくてはならないのです。

 こうして私たちはカッセルでの捕囚生活を終え、シュロスへ帰ることになりました。
 ところが、そのシュロスでは恐ろしい事態が待ち受けていたのです。

屈服

 国境までということだったが、守備隊のリーナはシュロスの城砦が見える辺りまで送ってくれた。そのうえ、ユウコに馬車を与えて自分は歩いて帰ると言った。捕虜の身でありながら馬車で帰還できるわけだ。もっとも、その馬車はもともとは月光軍団の物だったから取り戻しただけにすぎない。だが、破れた幌は新調してあり車輪も修理した跡があった。
 ユウコは馭者席に座り手綱を取ったが、すぐには走り出さなかった。
 捕囚生活から帰還できた喜びとともに月光軍団が敗北したことの責任が重くのしかかってきた。無事に退却できただろうか。あれだけの負傷者を抱えての撤退は、さぞや困難だったに違いない。指揮を執ったミキの顔を見るまでは安心できなかった。副隊長として敗戦の責任を取る覚悟はある。裁判のため州都の軍務部に呼び出され、シュロスの城砦にいられるのは、一日か二日だけかもしれない。
 もう少しカッセルにいたかった・・・ナナミさんと二人で。

「ユウコさん、そろそろ出発しましょう」
「そ、そうね」
 ヒカルに促されてユウコは手綱を引いた。馬車の運転には慣れているが、逸る心を抑えゆっくりと走らせた。その気持ちが馬にも通じたのか手綱に合わせてコツコツと歩んだ。しっかり調教してあるようだ。この馬車と馬だけでも今の月光軍団にとっては相当な価値があると思った。
 丘を越えると一気に視界が開けた。
 見慣れた山々、流れる雲、澄んだ空気、鳥の啼き声、そしてこの匂い。
 やっとシュロスへ帰ってくることができた。赤土の道、どこまでも広がる畑、その先には城砦の尖塔の屋根も見え隠れしている。
 懐かしい風景を見て漠然と抱いていた不安は吹き飛んだ。
「やっと着いたー」
「ヒカルちゃん、よく頑張ったね。ここまで来たらもう安心だよ」
「最初は怖かったけど、みんな親切だった」
 ヒカルがお腹を摩った。
「少し太ったかな」
「戦闘に備えて厳しく訓練します、覚悟しなさい」
「は~い。だけど、守備隊の人と仲良くなったから戦うのは無理みたい」
 確かにそうだ。ユウコも戦う気持ちなどはとっくに失せていた。カッセル守備隊の司令官ナナミと激しく愛し合ったのだ。すぐに戦闘モードに切り替えることなどできようがない。
 しかし、ヒカルの手前、
「そこは気持ちを新たにして、今度こそ、絶対に勝たないとね」
 と言った。
 ユウコたちはカッセルの城砦に捕虜になりながらまったくの無傷で生還した。しかも、身代金と引き換えでもなかった。何という奇跡だろう。
 城砦に入ったら最初にすることを確認しておく。まず、亡くなった人たちへの慰霊をおこなう。次に戦場で怪我をした隊員の見舞いだ。
 そして・・・ミキの顔が見たい。
 城砦の塔が大きくなった。門の扉も見えてきた。あと少しだ。
「私たちは戦争に負けて捕虜になったけど、無事に帰ってこれたのだから、胸を張っていいんだよ」
「はいっ」
「よし、その調子」

 城砦に着いた。
 門番の兵は見知らぬ顔だった。これも敗戦の結果なのだろう。ユウコは何と話しかけていいものか迷った。カッセルから無事に生還したと言っても信じてもらえるだろうか。その時はミキを呼べばいい。ミキはすっ飛んで来るに違いない。驚く顔が見たいものだ。
 ところが、二人の乗った馬車は橋を渡ったところで止められてしまった。門の中には入れない、幌の内側に止まり外へ出てはいけないと言われた。
 そのまま一時間ほど待たされた。
 もしかするとローズ騎士団は王宮には帰らず、まだシュロスに滞在しているのではないか。文官のリサは接待に追われていて忙しいのだろう。それにしても、こんなに長く待たされるとは。シュロスの城砦は我が家も同然なのに・・・
 何かおかしい、ユウコは次第に不安になってきた。

「ゲホッ」
 せっかくのワインがむせてしまった。
 参謀のマイから、カッセルに捕虜になっていた兵が帰ってきたという報告を受けた時、ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラはワインを飲んでいた。
 王宮から武器、鎧兜、金貨、ワインなどを手配したが、届くのは明後日になるとのことだ。仕方ないので州都から取り寄せたワインを飲んだ。本来であれば州都から来ている監察官とやらが貢物としてワインを届けるべきなのに、融通の効かない頭の固いヤツだ。
「で、何だっけ」
 参謀のマイに聞き返した。
「捕虜が帰還しまして・・・」
「そうだった。こんな時に帰ってくるなんて、どこのバカよ」
「帰ってきたのは二人で、一人は副隊長のユウコと名乗っているそうです」
 その名前には何となく聞き覚えがあった。
「副隊長っていうのは、ミキの部隊のアレかな」
「そうです。ミキの上官に当たる者です」
「待たせておきなさい、忙しいんだから、ヒック」
 忙しいといっても、ただワインを飲んでいるだけだ。
 ローラは部屋の隅に控えているメイドを呼んだ。新しく雇入れた女だった。聞くところによると酒場で働いていたところを兵舎のメイドに採用されたという。文官のアヤが下働きをさせてみると、これが思わぬ拾い物だった。さっそく月光軍団から横取りしてやった。
 アヤが目を付けたとあって、なかなか気が利くメイドだ。今も、炒った豆を盛ったトレイをスッと差し出した。ちょうど、何かつまみが欲しかったところだった。召使いはこうでなくてはならない。しか、何を言いつけても嫌な顔を見せない。本当にどんな命令でも服従するかどうか試してみたくなった。何事も初めが肝心である。
「あまり待たせると、捕虜が騒ぎ出すかもしれません。ミキのヤツに会わせろなどと言い出しかねません」
 ミキは胸に焼き印を押し付けて地下牢に投げ込んである。
「しょうがない、会ってやりまふか。で、どこにいるの、おおかた拷問でもされて怪我してるんでしょう。ああ、イヤだ」
「門の前で乗ってきた馬車に待たせてあります。門番の話では、これといって怪我はないようで」
「あちゃ~、捕虜のくせして馬車とはね」
 ローラたち騎士団は川に落ちて泥だらけでたどり着いたとういのに、捕虜が馬車に乗っているというのが癪に障った。
「ヤメた。明日にしよう。酔ってるし、顔赤いでしょ。それにミキのヤツ、痛め付けちゃったもの。焼き印がバレたらヤバイじゃん。ていうか、死んでたらどうしよう」
 ローラが手を延ばそうとしたが参謀のマイがワイングラスを遠ざけた。
「サトミやミレイの証言では、ユウコも敵の隊員を逃がしたと言っていたのではありませんでしたか」
「だから何だって言うの。面倒な仕事は明日にして、それよりワイン飲ませて」
「規律違反です」
「やだぁ、勤務中に飲むのは、規律違反だってわかってるけど、お堅いことは言わないでよ」
「違います、その副隊長のユウコが違反なのです」
「なあんだ、そっちれすか」
 酔いが回ってきてローラの言葉遣いが怪しくなってきた。
「違反、違反、キリーツ、違反。みんなでヤレば怖くないって。ユウコもミキと同罪だ」
「しかも、地位の高い副隊長ですから、ミキよりは重罪に問えます。副団長として厳しく尋問してください」
「厳しくやったらさ、私もヤバいんじゃない。ワインがバレちゃう。あたしも有罪とか言われちゃったりして」
「ご自分にはほどほどに」
「それがいい。自分には優しく他人には厳しくする」
 そう言ってローラはグラスのワインを飲みほした。
「また違反やっちゃったぁ、ヒック、規律違反、サイコー」
 すかさず、メイドがワインの瓶を差し出した。
「あらら、嬉しい。もう一杯飲んでもいいでしょ、だって、コイツが勧めるんだもん」
「どうやら、この女はお役に立ちそうですね。月光軍団から引き抜いてきた甲斐があったというものです」
「そうだ、コイツの名前、まだ聞いてなかったじゃん」
「ほら、ローラ様のお許しが出たよ。名を名乗りなさい」
 マイに言われてメイドが顔を上げた。
「はい。メイドのミユウと申します。よろしくお願いします」

 ユウコとヒカルはようやく城砦の中に入った。
 捕虜から帰ってきたら、城砦に入るには許可が必要になっていた。案内の者に尋ねると、ローズ騎士団の命令だという。騎士団は王宮にも州都にも帰らずシュロスの城砦に留まっていたのだ。ユウコにとってまったく想定外の事態である。
 二人は兵舎の前で降ろされ別々に連れていかれた。不安な表情を見せるヒカルに、困ったらリサを呼んでもらうよう頼みなさいと言うのが精一杯だった。
 ユウコが通されたのは隊長室だった。ケイコが使っていた部屋だ。もう亡くなっているので部屋の主は不在となった。そこを騎士団が使用しているらしい。それだけでただならぬ雰囲気を感じた。

 部屋に入ってきた時からすでに足元が危うかった。背が高く、長い脚だけに余計にそれが目立つ。
 これがローズ騎士団なのか。確かに美人だ。キリリとした顔、つり上がった眉、目力が半端ではない。
 副団長ビビアン・ローラは椅子に座ったが、すぐに椅子が固いと言って立ち上がった。
「レモン」
 入り口に立っていた二人のメイドのうち小柄な方を呼んだ。
「椅子よ、椅子。ウイッ、いつも言ってるでしょ、レモン」
 このメイドたちは騎士団が連れてきたのだろう、シュロスではこれまで見かけたことがなかった。ローラが命じるとメイドのレモンは床に膝と両手を床に付いた。
 ユウコが何が始まるのかと訝しく思っていると、ローラはメイドの背中に跨った。
「おっと・・・とっ」
 弾みがついてローラがバランスを崩した。
「椅子が動くって、バカ、そんなことは聞いてないれす」
 人を椅子にするとは自分の召使いだとしても何と酷いことだ。
「立ってないで、あんたは、そこ」
 参謀のマイが床を指す。ユウコには床に座れと言うのだ。これも屈辱的な仕打ちだが、メイドを椅子替わりにする異常な状況を見せられては受け入れざるを得なかった。カッセルで貴族のお嬢様が床に座り、捕虜のユウコと対等な目線で話してくれたのを思い出した。
 ユウコは言われるままに膝を折って床に座った。目の前には椅子にされているメイドが、そしてローラの長い脚があった。
「ローズ騎士団副団長、ビビアン・ローラ様よ。頭が高い」
 参謀のマイに言われて頭を下げた。
「月光軍団副隊長ユウコです。カッセル守備隊に捕虜になっていましたが・・・」
「お黙り、誰が口をきいていいと言ったの」
 いきなり咎められてビクッと震えた。
「は、はい、すみません」
「お前、よくヌケヌケと戻ってこれたわね。負けたうえにだよ、ウイ、捕虜になって、あのさ、恥ずかしくないの」
「申し訳ありません」
「捕虜になっていたっつうのは、その、ほんろうかって訊いてんの」
 本当と言ったつもりが呂律が回らなくなって「ほんろう」になった。
「ローラ様は、本当に捕虜になっていたのかと尋ねているのよ」
 参謀のマイがローラの言ったことを通訳した。
「元気そうだし。だって、月光軍団の参謀や部隊長は大怪我してるのに、捕虜が無傷だなんておかしいですよね、ローラ様」
「そういうことれす。向こうでさ、何してたの。捕虜なんて鎖で縛られるとか、拷問とかさ、監獄にぶち込まれちゃうんじゃないの」
 鎖、拷問、監獄、どれもこれもローラが自分でやっていることだ。
「炊事や農作業はさせられましたが、縛られることはありませんでした」
「あれ、縛られなかったんだってさ。そりゃあ、良かったですねえ。それでもって、帰る時は馬車に乗せてもらったって言うじゃありませんか。捕虜にしては、やけに良い待遇じゃないの、羨ましくなっちゃったー」
 ローラが伸びあがった拍子にレモンがバランスを崩した。
「おおっと・・・椅子が揺れるから、ちょっとばかし目が回ってきた」
 ワインで酔っているのだが身体がフラつくのを椅子のせいにした。
「ダメだよコイツは・・・そこの、その新入りに交代」
 もう一人のメイドが手招きされた。
「ミユウ、ご指名だよ。雇われてそうそうにローラ様の椅子になるんだから光栄だと思いなさい」
「はい」
 メイドのミユウがレモンの側に膝を付いた。
「レモンさん、あたしが代わります」
「ありがとう、ミユウちゃん」
 ミユウは椅子の姿勢をとったが、慣れていないのでどことなくぎごちない。ローラがミユウの背中に座り直した。
「あっ、うくく」
 初めての経験にびっくりして呻いたものの、ミユウは何とか椅子の格好を崩さずに踏みとどまった。レモンよりは身体能力がありそうだ。
「そうです、新入りはこれくらい頑張りませんとね」
 ローラはミユウを押し潰すかのようにグイグイと揺すった。
「潰れないように頑張ってよ、お前には期待しちゃっているんだから、いいメイドだよ」
「はいっ・・・」
 ミユウは顔を歪めながらも懸命に耐えている。
「あ、ありが、とう、ござい・・・ます」
 ユウコは椅子にされた二人目のメイドの顔に記憶があった。カッセルで捕虜になってすぐの頃、ナナミが部屋に連れてきたメイドがいた。その後は顔を合わせることはなかっが、四つん這いになっているのはカッセルで見たメイドのような気がする。カッセルからシュロスへ流れて来たのだろうか。
 それにしても、酷い取り調べの仕方だ。ヒカルのことが心配になった。ヒカルは別々に事情を訊かれているのだ。問い詰められて酒場に行ったことなどを話してはいなければいいのだが。

「副団長、取り調べを続けてください・・・」
「誰だっけ、この人、そうれした、州都の監察官だった。お前、こっちのこと探っているんだよね。スパイちゃんだってことなんか、とっくにバレバレだ」
 椅子になっているミユウがピクリとした。
 ユウコもそれを聞き逃さなかった。
 州都から監察官が来ているようだ。おそらく月光軍団の敗戦の調査が目的だろう。州都の軍務部による尋問、調査であれば素直に応じるところだが、王宮のローズ騎士団から取調べられるのにはいささか疑問がある。
「副団長、監察官ではなく月光軍団の副隊長です。カッセルでの捕虜の期間に待遇が良かったという話です」
「そうだ・・・やっぱり守備隊のヤツと楽しくお喋りして帰ってきたんだ。待遇がいいのは、裏切り者だからでしょう。やっぱり敵国でご親切にされたんだね」
 ユウコはバロンギア帝国の同胞に裏切り者と言われるのは心外だった。
「祖国を裏切るようなことはしていません」
「バカ、お前、アレ、戦場でアレを見逃しただろう」
「守備隊の見習い隊員のことよ」
「そ、それはですね」
「ほら、それだ。大当たりぃ」
 ローラがパチンと手を叩いた。
「何でも知ってるんだよ、こっちは。うっぷ・・・敵を助けちゃったら裏切り者なんだよ。ゼンゼン反則で規律違反だって、さあ」
 ローラが前屈みになったのでユウコに酒の匂いがする息が掛かった。
「あたしは、ワインなんか・・・飲んでないですよ。お酒飲んで、違反しちゃって、何か文句ございましゅか」
「いえ」
「だからさ、正直に言ってごらん、敵を見逃したんでしょう」
「守備隊の撤収部隊の最後尾に甲冑を着ていない兵が数人いましたので」
 お嬢様の顔が浮かんだ。
「アイツもそんな言い訳してた・・・すぐバレたくせに、ほら、お前の子分の、ええと、また忘れた」
「部隊長のミキですよ」
 ミキの名を聞いてユウコは動揺を隠せない。
「ミキはどこですか」
「聞いてなかったの? 規律違反で牢屋にぶち込んじゃったんだ。さっき言ったじゃん、バカ」
 ミキが投獄された・・・聞き間違いではないのか。どうしてそんなことが起こるのだ。
「ミキに会わせてください。私の部下です」
「どうしますか、副団長」
「いいれすよ、とことん会わせてあげちゃおう。というか、お前も同罪だから、仲良く牢屋に入っていればいいじゃん」
 ローラが人間椅子から立ち上がった。
 椅子になっていたメイドがスッと起き上がる。その目付きはメイドにしては鋭く輝いていた。

   〇 〇 〇

 壊れかかった鉄格子の奥・・・ジメジメした暗い穴倉。岩肌が剥き出しの壁、天井からはポトリと水が滴っている。
 ミキは長いこと使われていなかった土牢に放り込まれていた。
 何日経ったのか分からない、昼か夜かも定かではない。首輪を嵌められ、鎖で壁に繋がれている。自由になるのは一日に一回の食事の時だけだ。それがすむと、また鎖で縛られる。
 まるで獣だ。
 髪はバサバサになり服は擦り切れていた。身体はどす黒く汚れた。騎士団のメイドのレモンは毎日食事を運んでくれる。焼き印を押し付けられた部分の痛みも和らいできた。もう一人のメイドが塗ってくれた薬が効いているのだ。州都の外科医イサンハルのような名医だ。
 こんな身体でも治癒力は残っているようだ。このまま死んでなるものかと歯を食いしばった。

 ローラは機嫌よく鼻歌を歌っている。ユウコは後に付いて兵舎の裏手を歩いた。その先に何があったかを思い出してぞっとした。
「ここだよ」
 灰色のレンガの壁の前で立ち止まった。壁には腰までの高さの穴が開き、錆びた鉄格子が取り付けてある。階段は風化して崩れかけていた。地下牢へと続く階段だ。
 ミキは地下の牢獄に入れられているのだ。ユウコでさえ一度も足を踏み入れたことのない地下牢に・・・
「ここよ、先に行きなさい」
 ローズ騎士団参謀のマイに促されてユウコは慎重に階段を下りた。一歩踏み出すたびに、その先はますます暗くなる。澱んだ空気、籠った湿気、すえた臭いが鼻をつく。
 こんなところにミキがいるのか。
「・・・」
 薄暗い牢獄に何かが蠢く気配がした。
「うっ」
 鎖で繋がれ地面に転がっている人間。下を向いているので顔は見えない。
「・・・ミキ」
 震える声で呼びかけると顔を上げた。
「 ? ? 」
「ああ、ミキ」
 髪は乱れ顔は土で黒く汚れているが、間違いない、それは部下のミキだった。

「オウッ、オゴッ」
 ミキは信じられないといった眼差しでユウコを見つめた。言葉にはならず、動物のようなうめき声を発するだけだ。ユウコに近づこうとして踏ん張ったが鎖に引き戻され無様に倒れた。
「何でこんな酷いことをするのです。出してください、ミキをここから出して・・・」
「バーカ、出すわけないじゃん。お前も入るんだよ」
 ローラが階段の上から怒鳴った。

 ミキは何度も格子戸の方を見た。
 しかし、そこには、その姿はなかった。今のは見間違いだったのだろうか。
 混濁した意識の中で、一瞬だけユウコの姿が映し出された。
 カッセルに捕虜にされていたユウコが帰ってきた。捕虜を勤め上げて生還したのだ。無事だったろうか、怪我はしていないか。
 こんなところにいる場合ではない。牢獄から出なければ・・・
「ウゲッ、ギヒイ」
 ダメだ。
 首が締まり、身体は繋がれたままだった。冷たい土間に岩の壁、絶望的な状況は何も変わらない。
 ・・・今のは、夢か、幻だったのか。
 そうだ、幻だ・・・
 ユウコさんなら、すぐにでも救い出してくれるはずだから。

   〇 〇 〇

 月光軍団のミカとマギーは食堂の床を磨いていた。他にもメイドが二人、掃除を手伝っている。
 メイドのうち一人はローズ騎士団専属のレモンだ。レモンは騎士団の宿舎からワインの瓶を運んできて、そのまま掃除に加わった。ミユウというメイドは、しばらく前にシュロスの城砦に採用されたばかりだった。ところが、ローラに気に入られたとかで騎士団の仕事もしている。落ち目の月光軍団より騎士団に取り入った方が得策だというのだろう。それでなくても、ミユウはどこか怪しい雰囲気がある。最初はカッセル守備隊が送り込んだスパイではないかと思ったくらいだ。本人はあちこち旅して酒場で踊っていたというが、ミカはその話を信用していない。
 とはいえ、ミユウは自分たちを立てて、どんな仕事も二つ返事でやってくれている。メイドだから当たり前だが・・・
「ミユウちゃん、籠を持っていこう」
「はーい」
 ミカが呼び掛けるとミユウは積み重ねられた十個ほどの籠を軽々と抱えあげた。小柄なのに力持ちだ。
「えー、半分持つよ」
「大丈夫です、先輩は休んでいてください」
「えらい」
 持ち上げた籠に隠れてミユウが奥の部屋に入っていった。

 州都軍務部の監察官スミレはずっとシュロスに留まっていた。
 ローラに痛め付けられた文官のリサは回復したものの、連日、騎士団からの命令に追われっぱなしの状態だった。スミレは経理や書類の作成などを手伝っていたが、騎士団の文官のアヤが執務室に顔を出してあれこれ指示を出してくる。アヤはリサを自分の配下に置いたつもりでいるのだ。ローラと違い乱暴ではないのが唯一の救いだった。
 ところが、騎士団の命令で執務室からも閉め出されてしまった。仕方なく月光軍団の隊員と一緒に食堂で働いていた。スミレは遅い食事をすませ、使った皿を洗って調理場の片隅に腰を下ろした。
 そこへ、メイド姿のミユウが大きな籠を幾つも抱えてやってきた。
「どう、もう慣れた?」
「はい、レモンさんやミカちゃんがいろいろと教えてくれるので」
 ミユウは籠を置くとスミレの隣に膝をついた。
「ご報告があります、ユウコさんの件ですが」
 ミユウの表情が一変してたちまち眼光が鋭くなった。
 カッセル守備隊に捕虜になっていた副隊長のユウコとその部下が帰還したことについて、スミレはすでにミユウから報告を受けていた。二人は月光軍団の隊員と再会することが叶わず、ローズ騎士団の手に落ちてしまったのだった。騎士団にユウコを奪われたのは返す返すも失敗だった。何もかもが後手に回っている状態だ。
「申し訳ありません、戻って来たことに気付くのが遅れ、騎士団に身柄を拘束されてしまいました」
 月光軍団のユウコが捕られたのはミユウの責任ではない。
「カッセルから無事に帰ってきたというのに・・・」
 捕虜にされた者は拷問や奴隷扱いは当たり前だが、潜入したミユウの報告によると、その二人は待遇が良かったという。ユウコは捕虜になっていたときにはカッセル守備隊の内情を見聞きしていたはずだ。監獄に入れるよりもそれを聞き出す方が得策であろう。
 もう一人の捕虜になっていたヒカルという隊員も心配だ。ミカやマギーが知ったなら会わせてくれと言い出すだろう。
「これ、夕方の郵便馬車で届きました」
 ミユウがポケットから取り出したのは州都の軍務部からの手紙だった。先日送った報告書への返事であろう。
「リサさんの執務室で手紙の仕分けをしていて見つけたので、コッソリ抜いておきました」
「さすがだわ。騎士団の隊員から事務を執る部屋に入るなと言われてね。手紙の中に知られては困ることが書いてあるかもしれないと心配だった」
「今のところは本来の任務は隠しておいた方がいいでしょう」
「ああ、この状況では深入りしすぎると危険だ」
「そういえば、騎士団の文官アヤさん、あの人、リサさんに気があるみたいです。ベタベタしているのを見てしまいました」
「リサさんとアヤさんが・・・」
「アヤさんは何かで利用できるかもしれません」
「それはいいが・・・微妙な問題に深入りしないように」
 ミユウまたメイドの顔に戻り食堂へと戻っていった。すぐに大きな笑い声が上がった。レモンたちとうまくやっているようだった。
 
 スミレの部下のミユウがローズ騎士団に潜入した。メイドとして潜り込むことができたのだ。どんな手段を使ったかは分からないが見込んだだけのことはある。
 さっそく軍務部からの手紙を抜き取ってスミレに渡してくれた。手紙には監察任務について、騎士団に知られたくない秘密事項も書かれていた。これが騎士団に見られていたらと思うとゾッとした。拷問どころではすまされないだろう。
 月光軍団のリサと騎士団の文官アヤが急接近しているという一件、ミユウの言う通り、騎士団を切り崩す手掛かりになるかもしれない。
   ・・・・・        
 どうして、こんなことになってしまったのだろう・・・
 月光軍団の文官リサは次から次へと起こる事態に茫然自失になっていた。
 執務室の机の上には書類が積み重なっている。これでも少しはきれいになった方だ。ローズ騎士団のアヤが事務を手伝ってくれている。命令ばかりだった初めの頃とは大きな変わりようだ。
 それはうれしいのだが、アヤから特別の関係になるように迫られていた。
 最初のうちは跪けとか脚を舐めろと言われた。それが、最近では乱暴なことはされず優しく接してくれていた。人気のない廊下で手をつないだり、食事中に顔を寄せ合って食べたりした。そして、昨夜はついに抱きしめられた。
「ミキさんを助けてあげたいでしょ。だったら、あなたしだいよ、わかってるわよね」
 いい香りのする吐息が耳にかかり、しなやかな指が胸をまさぐる。
 ミキを監獄から出してくれるのなら・・・リサは目を閉じアヤの腕に抱かれた。
「リサのこと気に入っちゃった」
 アヤの顔がすぐ目の前にあった・・・
 
 ノックの音で我に返った。
「どうぞ、開いてるわ」
 入ってきたのは新しく雇ったメイドだった。城砦のメイドに採用されたが、すぐにローズ騎士団の目に留まり、副団長の身の回りの世話をしているらしい。スミレから、騎士団の偵察員かさもなければ守備隊のスパイかもしれないと忠告された。
 メイドが持ってきたのは郵便馬車で届いた手紙の束だった。手慣れた手つきで手紙を仕分けている。念のためリサが点検したが、間違いはたった一点だけで、他の手紙は正しい部署宛てに区分けしてあった。教えてもいないのに良くできるなと感心した。
 リサはメイドに手紙をローズ騎士団の元へ届けてもらいたいと頼んだ。今はすべての手紙を騎士団が検閲しているのだ。
 メイドが部屋を出て行った後で、そういえばまだ名前を聞いていなかったことに気付いた。名前を聞いたかもしれないが忙しくて忘れてしまった。

 スミレは図書室に籠った。
 ローズ騎士団はシュロスの城砦に居座り続けている。副団長のローラはカッセル守備隊と戦うことを選んだのだ。
 騎士団は山賊に襲われ、ずぶ濡れでシュロスへたどり着いた。そのまま王宮へ戻れば恥を晒して逃げ帰ったと揶揄される。守備隊と戦うのは、その屈辱を晴らすためだ。守備隊に勝利すれば堂々と王宮に引き上げられる。その時には監獄に入っているミキやユウコが解放される可能性もあるだろう。
 スミレはユウコに関する隊員記録を広げた。
 ユウコはカッセル守備隊との戦いでは、当初は留守部隊として騎士団の接待の準備にあたっていた。それが直前になって出陣を言い渡され、部下のミキとともに戦場に赴いたと記されてある。どうやら予備兵力だったようだ。ユウコは戦いの初期には守備隊の副隊長補佐や指揮官を捕虜にした。後に奪還されてしまうのだが大きな功績を挙げていたのだ。
 スミレは若い隊員のミカの話を思い出した。ミキは守備隊の指揮官たちを捕らえ、それを自分たちの手柄にしてくれたとのことだった。この件には上官のユウコも関与していた。戦場初体験の若い隊員を引き立てようとしていたのだ。それが、捕虜になり、勤めを終えて帰ってみれば、騎士団のビビアン・ローラによって処罰されたのでは気の毒でならない。
 副隊長という立場上、軍事裁判で責任を問われるのは当然だが、厳しくても降格処分で済むのではないかと思われた。ユウコはミキと力を合わせ月光軍団を立て直す人物だったはずだ。しかし、ローズ騎士団が部隊長のミキを投獄したりユウコを拘束したのは、結果的に戦力を大幅に減少させるだけだった。
 スミレは捕虜の二人がカッセルから帰還したことはミカたちには話していない。ユウコに会いたいと騒げば騎士団の魔の手が伸びてくるだろう。
 ミユウの報告では、ユウコはカッセル守備隊のナナミと親密な関係だったそうだ。
『司令官を暗殺するべきだったでしょうか』
 監獄で前隊長の仲間が襲いかかったとき、ミユウは思わず司令官のナナミを救ったのだと言った。
『その後、ナナミに偵察員であることを見破られました。殺されると覚悟したのですが、ユウコさんに引き合わせてくれて、その後は城砦から追放されただけですみました。何だかお互いに助け合ったみたいでした』
『捕虜の無事を確認する方が大事だった。ナナミを助けた選択は間違っていないよ』
『ありがとうございます』
『ミユウ、お前、もしかしたらナナミに気に入られたのかも』
 
 窓の外が騒がしくなった。歓声が聞こえる。図書室からは見えないが、おそらく騎士団が月光軍団の隊員を訓練しているのだろう。若い隊員たちは訓練がキツイとこぼしていた。騎士団から戦場では自分たちを守る盾になれと命じられたそうだ。
 外の広場の声がますます大きくなった。ただの訓練ではない、何か起こったのだ。
 州都の軍務部のスミレは廊下へ飛び出した。

 広場に集められたのは月光軍団の隊員たちだった。訓練のために集められたのだ。訓練といっても騎士団の一方的なイジメみたいなものだった。
 月光軍団のミカは最前列に立っていた。整列してからかなり長いこと待たされている。足が張って座りたくなってきた。騎士団には掃除や洗濯などでこき使われている。それを見かねて、州都から来ているスミレがあれこれ手伝ってくれていた。地位が高い役職だというのに頭が下がる思いだ。ミキが投獄され、文官のリサが本調子でないのではスミレだけが頼りだった。
 あと、あの怪しいメイドもいた。ミユウのことだ。

「来た・・・」
 ようやく騎士団の副団長ローラが姿を現した。
「クズども、ちゃんと訓練してるかい。戦場では私たちの盾になってもらうんだからね」
 誰が盾になるもんか、ミカはプイと横を向いた。
「今日は訓練の前にいい物を見せよう。これを見れば、お前たちも気合が入るだろう」
 ローラが部下に例の者を連れてこいと命じた。
 ミキさんだ。またミキさんに暴行しようとしている。
 ミキが連れてこられた。頭から布を掛けられていてミカには表情が見えなかった。もしかしたら、すでに顔が腫れるまで拷問されているのではないか。心が締め付けられる思いがした。
 脇から抱えていた騎士団の隊員が小突いた。その拍子に被っていた布が落ちた。
「・・・ヒ、ヒカル」
 ミカは突然のことに状況が掴めない。連れてこられたのはカッセルに捕虜になっていたヒカルだったのだ。
「うう」
 ヒカルが救いを求めるような眼差しで周囲を見た。その目は宙をさまよい、どうしたらいいのか困惑しているようだ。
 カッセル守備隊に捕らえられていたヒカルが帰ってきた。
 いつの間に帰還したのだ。帰ってきたのなら喜んで迎えるのに黙っているなんて・・・
 その時になってミカはようやく気が付いた、ヒカルが騎士団に拘束されているのだということに。
「コイツは副隊長のユウコと二人で、カッセルから逃げ戻ってきた」
 ユウコさんも!
 ユウコさんも帰ってきたとは。だが、ユウコさんが帰還したことを自分たちに隠しているはずがない。ユウコさんに限ってそんなことはあり得ない。
「お二人さんは、守備隊に歓迎されたそうです。お菓子を食べてカッセルでのんびり寛いでいたんですって。いいですねえ、裏切り者は」
 歓迎、お菓子を食べる・・・そして裏切り者。いったい何のことかとミカは首をかしげた。
「・・・?」
 そのときミカは視界の隅にスミレが駆けてくるのをとらえた。その後ろから、メイドのミユウもスミレを追うようにして走ってくる。周囲を警戒しているその姿はただのメイドのようには見えなかった。

「しかし、シュロスでは、いや、バロンギア帝国では、そんな甘ちゃんは許されない」
 ローラが鞭を手に取った。
「裏切り者、敗戦の張本人、副隊長のユウコは牢獄に押し込んだ」
 月光軍団の隊員に衝撃が走った。副隊長のユウコは監獄に入れられたのだ。
「コイツは見習いだから釈放してあげよう。だが、その前に軽く鞭打ち刑だ」
 騎士団の参謀のマイがミオの服を脱がした。ヒカルは裸の背中を露わにして蹲った。ローラは背後に回って鞭を振り下ろした。
 ビシッ
「アギャッ、ひいい」
 ヒカルの白い肌に赤い筋が走った。
「次は前から叩いてやる」
 マイがヒカルの髪を掴んで引き起こした。誰もが認める、月光軍団で一番きれいな身体だ。ローラはその身体を鞭で打とうとしている。
「だめよ、そんなの」
 ミカはとっさに飛び出した。
「引っ込んでいろ」
「そこの、お前。止めに入るなんて、いい度胸じゃない。コイツの次に、お前にも一発お見舞いしてやろう」
 ローラが鞭をしならせた。
 ヒカルのためなら・・・ミカは身代わりになる覚悟をした・・・
「待ちなさい、その子の代わりに私を打ってください」
 ローラを制したのは州都軍務部のスミレだった。

   〇 〇 〇

「州都の下っ端のくせに」
 ローラがスミレの脇腹を蹴った。突き飛ばして監獄の壁に叩き付ける。腹にパンチを入れ、前のめりにさせて顎を突き上げた。
 ベギッ
「ふげっ」
 それでもスミレが倒れないので足払いを掛けて転がした。
「出しゃばったことして、気分が悪いんだよ。謝れ」
 捕虜から帰還したヒカルを公開処刑しようとしていた時、州都の軍務部のスミレが止めに入った。ヒカルの代わりになると言ったので、望み通り鞭でひっぱたいてやった。
 スミレにも罪を着せて投獄してやりたいが、止めに入っただけでは処罰の対象にはならないし、規律違反に問うこともできなかった。そこで、兵舎の監獄で痛め付け、自分のしたことを反省させてやることにした。州都の監察官を支配下に置いておけば、後々、役に立つというものだ。

 参謀のマイが近づいてきて、
「ローラ様、これを」
 と、封書を差し出した。
「州都の軍務部からの手紙、この監察官の女に充ててます。城砦に届いた郵便物に混じっていたのを文官のアヤが見つけました」
「ほう、それはお手柄だわ」
「中を開けて読んでみましょう。もしかすると、追及するのにいいネタが出てくるかもしれません」
「それは面白い」
「月光軍団の調査とかいって、陰では私たちのことを告げ口しようとして調べていたりとか」
「コイツのやりそうなことだわ。やっぱりスパイなんでしょう、この場で正体を暴いてやるからね」
 ローラは床に転がしたスミレを足で踏み付けた。
「スパイだったらこんなもんじゃないわよ、もっと厳しく尋問してやるわ」
 スミレはドキリとした。
 先日は州都の軍務部からの返事をミユウが抜き取って渡してくれた。今朝になってあらたな手紙が届いたのだ。しかも、今回は騎士団に奪われてしまった。その手紙を読まれてはローズ騎士団を監察していたことが発覚してしまう。
 軍務部からの手紙を勝手に開封することは許されるものではないのだが、王宮の親衛隊にはそんなことは通用しなかった。スミレは部屋の扉の横にいるミユウにそっと目配せをした。正体を見破られたら、その後のことはミユウに託すしかない。
 ミユウは胸に手を当て片目をつぶった。
 任せて、ということか。
 マイが封書を開封しようとしたが封蝋は厳重に留められていた。開けるのに手間取ったマイは、乱暴に封蝋を剝がし手紙を取り出してローラに渡した。
「いいわ、読んでちょうだい。私は逃げられないように、コイツを掴まえておく」
 ローラは手紙を読むのはマイに任せてスミレの髪を引っ張った。
 参謀のマイは手紙を広げて明かりにかざし用紙が本物かどうか調べてみた。州都の刻印が押されているので紙は本物だ。
「透かしが入っているので軍務部の封書に間違いありません。では、読みますね・・・」
『月光軍団の調査は進んでいるのか、敗戦の調査が一区切りしたら、撤収部隊の責任者を州都へ連行してくるように・・・捕虜となった者の解放交渉は進んでいるか・・・』
 マイが読み上げる内容を聞いていたローラが表情を曇らせた。書かれている事柄は、どれも月光軍団の調査に関する事ばかりである。それも、至極当然の業務内容だった。
 こんな手紙ではスミレを追及する材料にはならない。
『・・・王宮からのローズ騎士団様に・・・』
 マイが続きを読み上げた
 騎士団の名前が出てきたので、やはり予想が当ったかと先を急がせる。
『大事な王宮のお客様には、失礼ありませんよう手広く応接を心掛けて、シュロスの城砦はド田舎だとしても、何もご不便をおかけしてはならないように・・・一人では接待できないだろうから、必要ならば、可愛くて頭が良くて、男にモテて、マジで役に立つ即戦力の人材を派遣しようかと・・・』
「もういい、そんな手紙、ビリビリに破って捨てなさい」
 ローラが最後まで聞かずに手紙を捨てろと命じた。 
 州都の軍務部からの手紙を横取りして開封したというのに、当たり障りのない事ばかり書かれてあった。これではスミレを問い詰めるどころか、手紙を開けたことを抗議されかねない。

 スミレはホッとしてミユウを見た。
 ミユウは何食わぬ顔で床に散らばった手紙を拾い上げ、半分に破ったうえに、くしゃくしゃに丸めてエプロンのポケットに突っ込んだ。
 州都からの手紙はミユウが作った偽の文面に差し替えてあったのだ。そういえば、通常の報告書の堅い文体とは違い、かなりくだけた書き方だった。軍務部ともあろうものが、こんな手紙を寄越してくるはずがない。ミユウが軍務部の便箋を用意し封蝋まで細工したのだ。
 窮地を救ってくれたのはいいが、もっと軍務部らしく重厚な文章にしてくれよ、と思わずにはいられない。『男にモテて、マジで役に立つ即戦力』とは自分自身のことではないか。下手過ぎてバレないかと心配だった。

 ミユウの機転で危機は切り抜けることができた。しかし、これで終わりではなかった。 
「ふん、お前、命拾いしたな・・・でも、タダではすまさない」
 ローラがメイドのミユウに床に手を付けと命じた。ミユウは言われるままに四つん這いになった。
「コイツ、椅子なんだよ」
 部下がローラの椅子にされようとしている。それなのに止めることができない。スミレはミユウを見て軽く頭を下げた。
 副団長のビビアン・ローラは人間椅子のミユウに座り、スミレに靴の先を突き付けた。
「州都のお役人様、お前の任務を一つ追加してあげよう。私の奴隷だよ」
 スミレは靴を舐めろと命じられた。何という屈辱的な仕打ちだ。椅子にされているミユウも辛いだろう。だが、ここはどんな無理な命令であっても受け入れなければならない。そして、ピンチを救ってくれたミユウを人間椅子から解放してやりたい。
 スミレは靴を手に取り、つま先に舌を触れた。しかし、靴を舐めたぐらいでは済まなかった。ローラが脚を大きく開き、スミレの顔を太ももに導いた。
「これができないと、立派な奴隷にはなれないよ」
 ローラの長く美しい脚がスミレに襲いかかった。
「ふぐっ・・・んんぐっ」
「あはっ、あはっ、サイコー」
 ミユウは人間椅子となってローラの尻の下敷きにされ、スミレはローラに跪いて太ももに挟まれ足を舐め続けた。
 東部州都の軍務部に所属する二人はローズ騎士団のビビアン・ローラに屈服させられたのだった。 
    ・・・・・
 鞭で打たれた背中には幾筋もの痕が付いている。色白なだけによけいに目立ってしまう。
 傷の手当てを終えるとヒカルは、ミカとマギーにカッセルで捕虜になっていた時のことを話した。
「最初はどうなることかと心配だったけど、捕虜とはいっても・・・」
 ユウコとヒカルに対するカッセル守備隊の扱いはとても丁寧だった。自由に行動できたし食事もおいしかった。しかも、きちんとした部屋を宛がってもらえた。
「部屋は広くて、二人ではもったいないくらい。寝台もふかふかで、身体を拭いてもいいって言われた」
「すごいじゃん。殴られたりしなかったの」
「ゼンゼン。みんなで酒場に行って盛り上がったんだから」
「酒場に行くなんて、まるで友達みたいだね」
「そうだよ、お嬢様とも仲良くなった。それがさあ、貴族のお嬢様だったのよ」
「ありえない」
「でしょう。お嬢様はお菓子をくれたりした」
 ヒカルが楽しそうに話すのでミカもマギーもつられて笑った。どうやら、カッセルでは拷問や暴行はされなかったようだ。それどころか、かなり歓迎してもらったとみえる。
 今度はミカが撤退の様子を話した。
「守備隊が襲ってくるんじゃないかと、ずっと怖かった・・・」
「それはね、ユウコさんから聞いたんだけど、ナナミさんがミキさんに撤収を任せたんだって」
 そうだったのか。ミキが敵は攻撃してこないと何度も言っていた。おそらくは守備隊と交渉したのだろう。
 そうやって自分たちを守ってくれた。
 それにひきかえ・・・
「無事に帰ってきたのに騎士団が来てから、大変なことになっちゃって」
     ・・・・・
 ミキは久し振りに土牢から出された。
 馬小屋の前で身体を拭けと言われた。冷たい水で顔を洗い、布で身体を拭うと、久し振りに生き返った感じがした。メイドのレモンが洗うのを手伝ってくれた。それがすむと、また首輪をはめられた。
 どうやら兵舎に連れて行かれるようだ。屋内の監獄なら地下の牢獄よりは少しはマシというものだ。
 
 ・・・それは、ミキの目の前でおこなわれていた。
 両腕を縄で縛られ獄舎の天井から吊り下げられていた。布で目隠しをされているので誰だか分からない・・・
 ローズ騎士団の副団長ローラが鞭を振った。
 ビシッ
「あひっ、ううぅむ」
 悲鳴が牢獄に反響し、吊るされていた身体がくるりと向きを変えた。
 まさかという不安が包んだ。
 似ている。
 騎士団のマイがが目隠しを取った。
「ユウコさん!」
 宙吊りになっていたのはユウコだった。
 
 何という再会なのだ。
 カッセル守備隊に捕虜になっていたユウコが帰還していたのだ。
 いつぞや、ミキがぼんやりと見たユウコの姿・・・
 夢か幻と思ったのは現実だった。

「ミキっ、あああ」
 ユウコがミキを視界の端に捕らえ、身体を揺らして声を上げた。
「ユウコさん」
 ミキは鉄格子に手を伸ばしたが首に回された縄で引き戻された。
「お前の上官も処罰したわ」
「やめてください、敵を見逃したのは、このあたしだ。だから刑を受けるのはあたしだけでいい・・・」
「そうはいかないよ、こいつは裏切り者なの。カッセルではのんびり過ごしていたんだって。捕虜のくせに監獄にも入れられなかったそうよ。裏切ったから敵に親切にされ、優しくしてもらったわけ」
 ローラの言葉を反芻する。
 カッセルでは監獄には入れられることなく優しくされていた・・・
 退却するとき、守備隊のナナミにすがる思いで頼んだのだ。ナナミは約束通り丁重に扱ってくれたらしい。だが、そのことが裏切りと受け取られアダとなってしまった。
 ユウコを助ける・・・しかし、拘束されているのでは自分の身体さえ自由ではない。
 そしてさらに、身を捩ったとたんミキは目を見張った。獄舎の隅の暗い一角に転がっているのは州都の監察官スミレだった。スミレは縄でぐるぐる巻きにされ、口には布が詰められていた。スミレまでもがローラの毒牙に捕まってしまったのだ。
 ローズ騎士団のミズキとハルナが宙吊りにしたユウコの両脚に縄を掛けた。膝を縄で縛り、その端を手首に括り付けた。
 参謀のマイが縄の一端を引っ張った。
「うぎゃ・・・うつつつ」
 ユウコはたまらずにうめき声を漏らして身を反らした。
「ぎひいっ」
 宙吊りの拷問が始まろうとしていた。
「ミキ、お前はゆっくり見物してなさい」
 ローラがニヤリと笑った。
「上官が裏切り者なら、その部下も、みんな同罪というわけ。待たせちゃったわね、ユウコ」
 ローラはいよいよ月光軍団制圧の仕上げに取り掛かった。
 ユウコの膝には戒めの縄が縛ってある。脚を広げて宙吊りになり、両膝に体重が掛かっているのだ。これだけでも責め道具なのに、さらに、騎士団のミズキがユウコを吊るしている縄を引き上げる。
「うぎゃあぁぁぁ、ひぃぃぃぃっ」
 ユウコが金切り声を上げてのけ反った。
 宙吊りの地獄責め・・・皮肉なことに、ユウコは月光軍団が守備隊のナナミにおこなった拷問と同じ仕打ちを受けたのだった。
 ローラがユウコの腹部を小突いた。
「こうやって敵の指揮官をいたぶったそうだね。巡り巡って自分の肉体で、その苦しみを味わうがいいわ」

 違う、ユウコさんは、ユウコさんはナナミを助けた・・・
 ミキは目を閉じた。
 守備隊のナナミを拷問したのは隊長と参謀のサトミたちだった。ユウコはむしろナナミを助けようとしたのだ。それなのに、どうして同じような宙吊りの刑を受けなければならないのだ。
 ユウコが嗚咽の混じった悲鳴を上げた。
「ああっ、ああっ・・・ああう、やめて」
「やめない。だって、裏切り者だから」
「ああっ、ああっ、ぎゃあああっ」
 ユウコが絶叫した。
「何で、こんな・・・」
 ミキの叫びは掠れて消えた。

 シュロス月光軍団のユウコ、ミキ、リサ、そして、州都の軍務部のスミレとミユウはローズ騎士団副団長ビビアン・ローラの前に屈服したのだった。

ユウコの独白ー4

 ・・・そうです、私が監禁されているのはルーラント公国のカッセルではなく、バロンギア帝国シュロスの城砦にある牢獄なのです。

 戦場で守備隊のお嬢様を見逃したことにより、同邦のローズ騎士団から裏切り者と決めつけられ、牢に入れられたのでした。私だけでなく、部下のミキまでもが投獄されてしまいました。ミキは身体に焼き印を押し当てられました。私と一緒に捕虜になっていたヒカルは鞭打ちの刑に遭いました。私は縄で縛られ宙吊りにされて地獄のような責苦を受けました。その上、東部州都の軍務部から来ていた監察官のスミレさんも痛め付けられたのです。
 
 ナナミさん・・・ああ、助けて・・・
 
 うつらうつらしていました。痛みと絶望感で、ときどき意識が遠くなります。

 気が付くとメイドが立っていました。
 食事を運んできてくれたのでしょう。ありがたいことに、このメイドは何かとよくしてくれます。
 メイドが耳元に顔を寄せました。
「ユウコさん、あなたのお味方です」
「はあ・・・」
 メイドの顔には見覚えがあります。騎士団のローラに人間椅子にされていたメイドでした。そしてまた、カッセルで捕虜になっていた時、ナナミさんに連れられて私の部屋にやってきたメイドでもあるのです。
 どうしてシュロスにいるのでしょう。ナナミさんから何かを託されて、わざわざ来てくれたのではないでしょうか。
「あなたは・・・確か、カッセルで・・・」
 メイドが黙って頷き、唇に指を当てました。黙っていろと言うのです。
「メイドのミユウといいます」
「はあ・・・ミ・・・」
「必ず助け出します」
「ええ・・・ミ・・・」

 カッセル守備隊のナナミさんのことが目に浮かびます。
 ナナミさん、ナナミさん・・・
 私はナナミさんが助けに来てくれるのを待っています。

辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス(中)

 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス(中)をお読みくださり、ありがとうございます。
 いくつかのポイントを書いておきます。
 冒頭、カッセルの城砦で捕虜にされたユウコの独白で始まります。この部分は一人称で書き進めてあります。最後までお読みいただいた方はお分かりのことと存じますが、これはカッセルではなくシュロスの城砦の獄舎なのでした。ユウコはカッセルの城砦ではナナミと親しくなり厚遇されました。しかし、シュロスの城砦へ戻るとローズ騎士団の副団長から𠮟責されて投獄されてしまうのです。
 ナナミは前隊長を監禁したり、かなり悪い一面もみせます。主人公が常に正しく間違いを犯さない、そういう設定はしていません。
 レイチェルたち三姉妹がチュレスタの温泉に向かう途中、山賊に遭遇して馬車に乗せてもらいます。のちにローズ騎士団を襲う役目を担います。これは第一巻のプロローグに登場した山賊です。三姉妹が温泉街で宿を探している場面を描きながら、それをバロンギア帝国のスミレが目撃しているところ、映画のワンシーンのように描きました。
 カッセルに潜入したミユウとナナミの絡み、それから、ミユウがシュロスでスミレをサポートするところもしっかり書き込みました。
 結果として、この第二巻はミキ、スミレ、ミユウが活躍し、どちらかというと、敗北した人たちが主役になりました。
 以前から、負けた側、窮地に陥った人間を描いてみたいと思っていました。テレビのドラマや映画ではたいてい正義の味方、ヒーロー、勝った方が詳しく描かれます。そこがどうも納得できなくて、負けた方にスポットを当てたくなるのです。

 第三巻はカッセル守備隊とローズ騎士団の戦いを描きます・・・

辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス(中)

辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス(中)です。第一巻の続きです。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日 2021-06-11

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著作権法内での利用のみを許可します。

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