原発の儚2️⃣
原発の儚
2️⃣ 落雷
電気工の楢葉は、ある出来事を思い起こしていた。
男は一週間前に、落雷で停電した、鬼集落の復旧作業に駆り出されていたのである。
鬼神社という小さな社の近くの現場に着いた時には、既に雨はあがっていた。
落雷で破損したトランスの交換をしていた電柱の上の楢葉の、ふと流した視線が、ある光景に釘付けになった。
眼下の家の風呂場が丸見えなのだ。そこで、豊満な女が湯浴みを始めたのである。
電柱から降りると、通りかかった農夫の老人が、通電の礼を言う。
楢葉が業務を装って、その家の内情を尋ねると、数年前に夫を交通事故で亡くした、四〇位の女の独り暮らしで、街のスーパーに勤めていると言う。
翌日の昼に、楢葉がスーパーに行くと、あの女がレジにいた。
楢葉が煙草とウィスキー、弁当を差し出して、思いついた風に顔を近づけて、ある商品の置き場所を聞いた。
鬼沢という名札をつけた女が、やはり潜めた声で、離れた棚を指差した。
その商品を持ってレジに戻り、「これでなきゃ駄目なんだ」と、言う男に、「高いだけはありますよね?」と、女が返して、「今日、お使いになるの?」と、囁いた。
「念のためだよ」
「奥さま?」
「一人だ」
「私もだわ」
その日の日付も変わる頃、楢葉は女の家の庭に忍び込んで、馴れた仕草で、音もなく二階のベランダによじ登った。
酷く蒸しかえって、風はない。南に面した引き戸は案の定、網戸一枚だ。
一間だけの屋内に忍び込むと、満月の明かりの中で、ベットにあの女が浴衣で横たわっていた。更に近付いて確かめても、間違いなく熟睡している。
三面鏡の前に椅子を見つけた男が、ベットの脇に運んだ。
その時に壁に架かった一枚の絵に気付いた。
裸の死体が山積みになっている。その前で、真裸の臨月の妊婦が、ナチスの将校と性交をしているのだ。銅板画だ。
男はこんな不気味な絵を見たのは、初めてだった。何故、こんな絵がここに架かっているのか。
男がウィスキーの携帯ボトルのキャップを外していると、女が呻いて寝返りを打って、太股が露になった。
ウィスキーが男の乾いた喉に染み通った。
やがて、男が浴衣の裾を密やかに捲りあげる。
陰毛が覗いた。更に捲る。下半身が、すっかり姿を現した。繁茂が臍まで延びている。
浴衣の胸元が弛んでいる。息を殺した男が、更に浴衣の胸元を広げると、重い乳房がこぼれた。
豊かな息づかいが、黄金色の月明かりに照り返っている。
男が煙草に火を点けた。ゆっくりと煙を吐いた。
その時、稲妻が煌めき、少し遅れて雷が鳴った。
間もなく、雨が激しく叩きつけ始めた。
いつの間に目覚めていたのか、やがて、女が、「あなた?この前は電柱の上からの覗きで。今夜は夜這いみたいね?」
「仕方ないわね。盆踊りの夜だったんだもの」
「だったら、避妊具なんて要らなかったのに」と、囁いた。
(続く)
原発の儚2️⃣