戯れ事1️⃣

草也

戯れ事
 
1️⃣ 剃毛

 二〇年前に出会って、数度目のモテルのやけに豪勢な風呂で、股間を剃りたいんだと言う草吾に、破顔した紫子は、他愛もなく承知したのである。
 それは、咄嗟に言い出した草吾が戸惑った程に、呆気ない同意だった。
 草吾は、未だに、あの時の紫子の心底は計り知れないと、記憶を巡らすのであった。

 紫子は、西の遠方からこの街の大学に来ていた、ある学生と恋をして、直に結婚して、男の実家の瀬戸内の島に嫁いだという。
 五年ばかりの結婚で一女があったが、離婚して実家に戻った。
 
 そして、ある会社に職を得たが、間もなくの社員旅行で、その経営者に犯されたと、告白するのであった。
 とりわけて、草吾が質したのでもなかったから、明け透けに恥辱を晒す女の有り様に、草吾は驚いたものだった。
 それでも、その経営者との関係を続けてきたが、最近になって退職届を出したと、紫子は言ったが、詳しい訳は明かさなかったし、草吾も質さない。
 だが、経営者からは慰留されているとも、言う。
 何の事はない、痴話の最中にこの女はいるのだと、草吾は愕然とした。

 すると、草吾に言い知れぬ嫉妬と、独占の感情がない交ぜになって、湧き上がったのである。
 それなら、いっその事に、その経営者に二度と会わせない仕儀はないものか。
 そうして、眼前に紫子の股間があったのである。

 だから、この時に、紫子は真剣にその経営者とは別れるつもりで、否、最早、自身が離別と退職を宣告した時点で、自由の身になったと確信していたのではないか。と、草吾は、改めて述懐した。
 そうした痴戯の体験があったのか、紫子は否定したが、草吾はそれすら判然とはしない。
 そればかりではない。五歳で母親と離別した草吾には、女の何たるかなどは、女一般が異人の如くの存在であって、微塵も理解できていなかったのである。

 この時の剃毛の如くの、紫子に対するそうした独占欲は、別な場面でも現れた。
 ある時、草吾は印象的な場所で交接をする意図で、紫子を遠出に誘って、かつて知った、ある寂れた神社を選んだ。
 境内に向かって長い石段を登る途中で、青い大蛇に出くわして狼狽えると、紫子が、「私を残して逃げようとしたわね」と、冗談混じりに、笑顔で咎めた。
 だが、草吾は心底を見透かされた気がして酷くこたえたから、挽回を図ろうと、境内の死角で紫子を抱いた。
 
 だが、それでも不安だったのか、だから、帰路にモテルに入って、境内の延長に及んだのである。
 紫子の乱れと喘ぎを弄ぶ草吾に、悔恨からの跳躍と、紫子の独占という新たな痴戯が浮かんだのである。
 
 「ここにしたい」
「どこ?」
「ここだ」
「どうして?」
「したことは?」
「ないわ」
「だったら、いいだろ?」
 この時も、紫子はやはり、そのままに受け入れたのである。
 それは草吾の自尊心を回復させて、独占欲をすら満足させた筈だった。

 それから、一〇日ばかりして、ある喫茶店で、草吾に、「給与を取りに行って、すぐに戻る」と、言い残して会社に向かった紫子は、戻ることはなかった。
 それから一週間ばかりして、紫子から電話があった。
 会社に行ったら経営者に軟禁された。股間の事件も執拗に尋問された。私達は、あの男が手配した私立探偵に尾行されていたのだ。義兄に相談したら、あなたの事は諦めろと言われた。会社に復職する事に決めた。と、まるで、原稿を暗記した如くに告げるのであった。
 
 こうして、半月ばかりの、草吾と紫子の危険で甘美な性愛は、必然とも言えるのだが、いとももろくに破綻したのであった。
 電話と同時に、紫子への執着は瞬時に蒸発してしまったが、よりを戻した経営者に無毛の股間を改められて、あげくに交合する紫子の姿態を妄想して、草吾は奇妙な猟奇に襲われたのである。

(続く)

戯れ事1️⃣

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更新日
登録日 2021-06-11

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