女の姿態2️⃣

≪禁忌に抗う季刊誌『地下文学』より転載(不定期)≫ 
  
 女の姿態 著者不詳
 
2️⃣ 風呂

 あの時、二人の関係も深秋の寂寞とした気分だったあの頃、「あの優しい人はもう来ないの」と、女が聞いた。
 八年前に再会した当初に、男は女の媚態を幾度か丹念に洗ったが、直に忘れた。女はそれをなじるのだった。
 
 「あの男はとうに行き方知れずだ」と、男は無造作に答えた。
 咄嗟に瞳をひきつらせた女は、どう受け止めたのだろうか。
 或いは、この時、女は別離の決意を、深く刻んだのかも知れない。

 初めて女を抱いた時も、男は入浴を口実にした。
 そして、一〇年を経て、再会を画策した時も、散々思い悩んだあげくに、同じ台詞を繰り返した。
そして、何れも、男が唖然とするほど安直に、女は応じたのであった。
 何故だったのか、未だに男にはわからない。

 二人が情愛を確信して結合したとは、到底思えない。
確かに、男には女に対する性愛が克明に存在した。だから、男のいわゆる一目惚れだったのか。
女は、何故、応えたのか、男には、未だに、整合的な答えがない。
 二人の出来事は、糸遊の嘘を纏って霞むばかりだ。

 家庭も仕事も非業な悶着で煩悶していた男は、ある出会いで、決して美顔ではないが、時おり菩薩と錯誤する如くの、女の笑顔に救われた思いが、確かにした。
 男がドライブに誘うと、女は破顔して同意した。

夜の湖では、とりとめのない話しに終始した。
 帰りの車で、恋歌の様な湖で何もしなかった男を、皮肉を込めた声色で、女は誠実だと言う。
 本当は抱きたいと応える男に、そんな事は裏を返してから言うのだと、男が耳では初めて聞く野卑な言葉を吐いた。
 男は酷く驚いたが、女の品性を判断するには、未だ、二人の会話は余りにも短すぎたし、その刹那に男にいい知れぬ劣情が湧いたが、その夜はそのまま別れた。

 何度目かの交接の時に、女は陰惨な現状を白状した。
 短い結婚が破綻して幼子と実家に戻り、働き始めて間もなく、慰安旅行で飲めない酒の果てに、経営者に強姦同然に犯されたと言うのである。
 金銭の供与を提示されて暫く堪えたが、満足に履行もされなかったから、心底を見限り、短い爛れた関係を拒絶して退職した。
 だが、経営者は同意せずに、陰惨な別れ話の渦中にいたのだ。

男が、女を自由に自律させ、即ち、二人の関係を持続させ、同時に自身の存在を刻印する邪悪な目的で、陰毛を剃りたいと言うと、女はいとも容易く同意し、浴室のタイルの床に横たわって太股を開き、石鹸を自ら泡立てた。
 決意を固めたかったのか、暴走する性行なのか、その時は男は解らなった。ただ初めて体験する性愛の淫靡に震えた。
 数日を経て恥骨を密接すると、生えたての陰毛で痛いと、女が言った。二度としなかった。

 二人は様々な姿態の情交で新しい状況を探り、確定しようとした。
 一〇日程して、すぐ戻ると確言を残して、しかし、血の気の失せた男を喫茶店に待たせ、蒼ざめた女は未払い賃金を受領しに会社に向かった。
 そして、三時間待っても、男の予感通り女は戻ってこなかった。
 
 一週間後に電話があり、復職したと、震える声で、最早、濃霧の彼方の女が言う。
 男と女の出会いと良く似た、一度目の猥雑な破綻だった。
 
 一〇年後に、この国が泡沫の様に瓦解している最中に、情況に規定され翻弄されて、がむしゃらに生きてきた二人は、離婚した男の申し入れと女の受諾の意思で再会した。
 
そうしてニ度目の、そして永別を迎えるまでの一五年、熟成した暦年齢のはずの二人は、ただならぬ性愛の海を、幼い魂の様に無惨に漂流したのだった。

(続く)

女の姿態2️⃣

女の姿態2️⃣

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更新日
登録日
2021-06-08

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