ある女優更級黎子考2️⃣
ある女優 更級黎子考 2️⃣
2️⃣ ビデオ
私は、『アダルト女優』と言ったが、正確なのかどうかは知らない。彼女達の行為が演技と言える代物なのか、それすらもわからない。
しかも、かつて、新劇の出で、本番女優と呼ばれた女がいたくらいだから、ますます惑う。
このビデオ。かつて、雨後の何かの如くに、レンタルビデオ店が乱立した。
広いフロアに、如何にも隠微な一隅があって、人目を憚りながら闖入すると、アダルトビデオや裏ビデオと称されるビデオテープが、満載に陳列されていた。
何故、私が、蛮勇を奮ってレンタルビデオを借りるに及んだか。
その頃の女にせがまれたからだ。
そうしたビデオを見ながら、同衾するのが好きな女だった。
その女を描写したのが、下記の一節である。
3️⃣ 閨房の戯れ言
【『紫子と草吾の儚』から抜粋 】
実際、紫子はアダルトビデオを観ながらの行為に、一時、馴染んだのである。別れた今でも、新しい相手と、或いは、耽っているかも知れない。
始めは草吾が提案して、紫子はおずおずの風情だったが、観始めると、直に、身体が反応したのだった。これには草吾が驚いた。
「凄いな?」
「何が?」
「濡れ方が?」
「そうでしょ?」
「気持ちがいいのか?」「とっても」
これは実際の会話であった。二人はビデオを観ながら交接して、こんな会話を交わしていたのである。
ビデオの淫靡な活用に、直ぐに馴れると、二人の会話も酷く大胆に、露になっていった。
だが、その容貌の全てをそのままに、ここに再現するのは気が重い。
余りにも露悪ではないか。
閨房のその時は媚薬だった囁きも、こうした公開の場面では場違いに過ぎるのではないかと、考えるからだ。
夜半に書いた恋文が昼日中には、すべからく陳腐に堕ちる習いだろう。
従って、出来うる限り、公序良俗に配慮した表現に脚色した。
二人は、あるビデオを観ながら、交接しているのである。
テレビを観ながら、草吾が紫子の背後に貼り着いている。
観ているビデオは、紫子が一人で借りてきたものだ。
「『聖職者とある戦争寡婦の秘密』って、タイトルが目についたんだもの」「たぶん、あの戦争の陰惨と戦後の混迷の最中の、性の秘密なんだわ」と、言う紫子の視線の先では、場面が進んで、女性教師と若い男性教師が交接し始めた。
二人も無言になり観入り始める。
画面の二人の交接は延々と続いている。
二人の接合した性器が大写しになっているのだ。
やがて、観客の二人にも変化が現れた。
「凄いな」
紫子は答えずに唾を飲んだ。
「女は幾つだろ?」
「四〇位だわ」
「お前と同じくらいか?」「そうね。あなた?」「ん?」
「男は?」
「三〇位かな?」
「一〇も違うの?」
「したいか?」
「若いのと?」
「どうかしら?」
「こんな時は、どう答えたらいいの?」
「考ろよ?」
すると、紫子の手が草吾の股間に延びて、「したいわ」と、囁いた。
「俺に秘密にか?」
「仕方ないでしょ?」
「どうして?」
「あの女教師と同じだわ」「ん?」
「だって、あんなのを、見せられてしまったんだもの」
「あんなの?」
「これでしょ?」と、紫子が草吾の股間を握る。
「これより大きいだろ?」
「どうかしら?」
紫子が戸惑っている。明らかに、男優は巨根なのだ。
この後も、紫子と草吾は延々と戯れ言にのめり込むのである。
草吾は、何故、紫子との閨房にアダルトビデオを活用したのか。
思い起こせば、幾つかの訳があったろう。
それまで重ねてきた二人の交接の有り様に、飽いたのかも知れない。
そして、草吾の提案を聞いた紫子が、戸惑う風情を見せながらも、瞳が煌めいた刹那を、草吾は見逃さなかったのである。
むしろ、煌めきが本心の発露で、躊躇の風情は演技ではなかったのか。
即ち、紫子も同じ姿態で積み重ねる行為に、やはり、倦いていたのではないか。
(続く)
ある女優更級黎子考2️⃣