a-cloud silent
なんか思いついて書きました。厨二感がどこか満載です。なんだか青臭いなあって自分で思ってしまった…。
ガンガン聴いていた音楽のイメージがどことなく混ざっているような気もします。どんな人間社会になっても子供たちは生きていける、最近の人間社会の矛盾…そんな感じでしょうか。
暗欝なコンクリートの床や壁の冷たい感じを感じてもらいながら読んでいただければそれはそれは幸いです。
gray
灰色の雲の覆う雨の降らない街。それが僕達の生きる街だ。上を見上げれば、ただ夢と努力と文明で作り上げた機械に覆われた空が少し見える。何も変わらない空だ。無機質なだけで。雨の降らないこの街では泣くことも許されないだろう。
「ああ、お腹減った……。」
と僕は空を見上げながらぼやく。道路が頭上を通っているのが見える。
「もう随分と何も食って無いからな。ガラクタ積み上げても金にはならないし。」
と僕の友人ケミルは言う。
「そうだよね…。ああ、僕もあんな感じのビルで美味しい物食べてみたいな……。」
「………やめとけ。あそこはそんなところじゃない。あそこは愚物のたかる場所だよ。」
とケミルは言う。
「そうなの?」
「ああ。情の無い場所だよ。あそこには何も無い。」
「情?」
と言葉の意味が分からなくて僕はケミルに尋ねる。
「心、って言えば分かりやすいか?まあ、冷たい奴らばっかってことだよ。」
「嫌な人?」
「そうだ。この街を泣かない街とは良く言ったものだよな。どこにも情なんてありゃしない。どいつもこいつも効率のこと、自分のこと、欲望のことしか考えない。」
とケミルは吐きだすように言った。
「……ケミルは違うよ?」
と僕が言うと驚いたような顔をしてから照れ臭そうに笑って
「………センキュ。ルディ、お前は良い奴だよな、本当。そんなんだから、俺は…。」
と言ってそっぽを向いて口をつぐんだ。
「ケミル?」
「っ何でもない!……あー、つまり俺が言いたかったのは人間は効率だの自己欲だのを重視すると、人間らしさが欠如するってことだよ。…………人間らしくない人間は人間じゃない。人間じゃない人間はいらない。その席に機械でも押し込んだ方がマシってこと。」
僕は難しいことがよく分からなかったけど
「そうなんだ?」
と言った。ケミルは皆が冷たいことを悲しんでいるのかなって僕は思った。
「そうだよ。ああ、こんな街嫌だ。……俺、何時か出て行ってやるんだ。絶対に。」
そう言ってケミルは奥歯をキリリと噛みしめた。
「ケミル、出て行っちゃうの?」
と僕が心配になって訊くとケミルは笑って
「馬鹿。そんな顔するなって。俺とお前は一緒だよ。」
「本当?」
「ああ、ずっと一緒だ。」
そう言ってケミルは微笑んだ。
「…でもこの街でケミルと一緒にいたいな。」
と僕が言うとちょっと驚いた顔をして
「なんでだ?」
と僕に訊いた。
「えっとね、…やっぱケミルとずっと一緒に居た街だから、かな。」
「……でも他の街の方がいい。噂話でしか聞いたことないけど、もっと温かい街に行きたいんだ、俺は。」
そう言ってケミルはコンクリートの床にごろりと寝転がって僕に背を向けた。
「………ねえ、この街が温かくなったらケミルはこの街にいるの?」
「ああ。そうだよ。とは言ってもそんなことはないと思うがな。」
「…じゃあ、じゃあさ、僕達でこの街を温かくしない?」
僕がそう言うとケミルは目をまん丸に見開いて起き上がった。
「………………は?」
「だーかーらー、僕達でこの街を温かくしようよ!」
と僕が言うと
「……お前、正気か?本気でそんな事言ってんのか?」
と目をパチパチしながらケミルは言った。
「僕は何時だって本気だよ!ねえ、この街を変えに行こう!」
と僕がケミルの手を引くとケミルはそれを振り払って、額を俯いて押さえた。
「…変えに行くって、何か計画でもあるのか?」
「無いよ?でも変えに行きたいんだよ、僕は。」
僕がそう訴えると
「……計画無しには不可能だ。そもそもこの街を変えるなんて…。」
と困ったようにケミルは頭を抱えた。
「ねえ、ケミルが時々言ってるけど他の街では空が毎日変わるんだよね?」
「……ああ、でもそれが何だって言うんだ?そんなこと訊いたところで街は変わらない。」
「あの空を変えようよ!ケミルがいつも言ってるみたいに、あの厚い厚い雲をなんとかしようよ!」
「なんとかって?」
「そ、それは…、爆弾をドカーンとか……?」
と僕が言うとケミルは暫く何も答えなかった。だけど突然、
「ドカーンね……は…はは………ははははは!そりゃ、いい!それはいい考えだ!ドカーンか…ははははは!」
とひとしきりケミルは笑った後、目じりから零れ落ちた涙を一筋拭い去って
「いいぜ。面白い。面白いな、それ。確かに、何もしないより何かした方がいい。こんなところでグチグチ言ってても無駄なだけだしな。……よし、意味がなくてもこの際いいや。俺はお前に協力するよ、ルディ。」
そう言ってケミルは笑った。
cone
「じゃあ、どこに行く?」
とケミルは立ち上がって大きくのびをしながら訊いて来た。
「え、う~ん…あの塔かな?」
と僕が指差すと
「あ、あの一番高い塔か。…いいぜ、ますます面白くなってきやがったな。」
そう言ってケミルは笑う。
「んじゃ、まあ、適当に走るか。」
そう言ってケミルは走り出す。
「え、ま、待ってよ!」
そう言って僕はケミルを追いかけた。ケミルの足はとても速い。そして僕の足はとても遅い。だから……。
「……おい、ルディ。大丈夫か?」
と立ち止まっている僕にケミルは声をかけた。
「……ケミル、早すぎるよ…………。」
と僕はコンクリートの建物と建物の間に座り込んだ。
「ごめん、ごめん。ほら、水。」
とケミルが手渡してくれた水を僕はごっごっごっと飲む。
「わ、やめろって!ちょっと飲みすぎ飲みすぎ!雨降らないから、水が貴重なのはお前も知ってるだろ?」
「あ……ゴメン。」
僕はペットボトルから口を離す。
「……まあ、走り過ぎた俺も悪いし。」
と少し気まり悪そうにしてからケミルは
「しかし、ここまで街の中心に来たの久しぶりだな。」
と言った。
「え、そうなの!?」
「ああ。そういうお前は?」
「初めてだよ!こんなに人がいるんだね。」
「そうだよ。でも人がいる割には静かだろ?」
と言われて初めてほとんど誰も話してないことに気付いた。
「本当だ。僕達の声が一番大きいかな?」
「そうだな。だからあんまり喋らない方がいいぞ。」
「なんで?」
「下手にうるさいと、通行人が睨んでくるし警察にも注意されて煩わしい。…どいつもこいつも冷たい奴らばっかだ。」
そう溜息をつくようにケミルは言った。
「そうなんだ?」
「そう。さあ、行くぞ。」
そうケミルは言って立ち上がった。そうして人ごみの間を早歩きで抜けて行く。確かに、ケミルの言った通りどの人も怒ったような顔をしてるし、ちょっとでもぶつかったりするとギロッと睨んできてとても怖い。でも大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせて僕はなんとか人ごみをケミルと抜けた。
「うう~、怖かった…。」
「大丈夫か?」
とケミルは僕の背を擦って、顔を覗きこんでくる。
「……うん。」
「すまなかったな、無理な連れまわし方して……。」
「ううん。ホントに大丈夫だよ!僕が行きたいて言ったんだし。」
「そっか。」
とケミルはほっとした顔をした。…ケミルはいつもとても優しいなあ。なんだかんだで僕の事を一番に心配してくれる。
「じゃあ、あれを抜けるぞ。多分、あそこが入口だし。」
と言うケミル。フェンスの向こう側はコンクリートで出来た高速道路があってその下に、カラーコーンが何本が立っていて警官が数人いる。まるで道路への入口を守っているかのように。
「……大丈夫なのかな?」
と僕が訊くと
「正直言うと、目茶苦茶不安……。どうしようかな。」
うーん、と言ってケミルは黙り込んでしまった。
「あ、ケミル。」
「ん?」
その時、二人の目の前を警官が横切った。
「そうだ!」
と言ってケミルは警官を追って行って後ろから飛びかかった。
「んな…!何をするんだね!」
「悪いな、おっさん。俺達にはすべきことがあるんだよ!」
そう言ってケミルは馬乗りになったまま、警官の頭に何発か肘鉄を食らわせて気絶させた。
「へへっ。スラム出身舐めんなよ。……お、催涙弾まであるじゃん。よしよし。」
そう言って拳銃とナイフと縄と弾薬と催涙弾をポケットにしまおうとして
「あ、そうだ。お前、これ持っとけ。」
とナイフを僕に投げて渡した。
「え、僕、ナイフ使えないよ……?」
と言うと
「持ってるだけでいいから。一応、自衛できるだろ。」
「う、うん……。」
「幸い今のは建物が影になってあっちの警官には見えてない。いいか、心してかかれよ。………行くぞ!」
そう言ってケミルは建物の陰から飛び出し、フェンスをバンを蹴って飛び越えた。
「な…!止まれ!撃つぞ!」
と言った警官にケミルは催涙弾を投げつけた。
「ぐっ、目が…くそっ!」
「ルディ!こっちだ!早く!」
そう言ってケミルは僕の手を引いてカラーコーンを蹴っ飛ばし、むせながらも壁を探って梯子を探り当て
「ここだ。早く登れ!絶対、下を向くなよ!」
と言って僕の背を押した。僕は梯子を掴んで一つ一つ確実に登って行く。
「よし。その調子だ。」
とケミルも後ろからついてきていた。
「待て!逃がすか!」
と言う声と何人かの叫び声が聞こえて僕は摑まるんじゃないかと不安になった。それを察したのだろう、ケミルは
「大丈夫だから。」
と僕に言ってから
「行けえええええ!」
と叫んだ。次の瞬間、ドドーンという音がして下を見ると警官が倒れていて、登って来ていた梯子が壁ごと抉り取られていた。これじゃ、降りられないと思う前にその高さに慄いた。ここは二十五メートルぐらいなのだろうか。くらり、ときた。
「下を向くなって言っただろ…!落ちるぞ、上だけを見ろ。」
そう言われて震えつつも一歩一歩なんとか登っていき、なんとか辿り着いた。空は先程よりも暗くなってきていた。僕はなれないことをしているのと走り続けていたのと冷や汗が吹き出していたので汗だくだった。
「…頑張ったな。」
と言ってケミルは僕の頭を二回ポンポンと軽く叩いた。ケミルも少し汗をかいているようだった。
「水……っていってももうほとんど無いんだが、ルディ飲め。」
と言われて二口飲んでケミルに渡した。
「もういいのか?もっといるだろ?」
「ううん…、大丈夫。ケミルこそ出発してから一口も飲んでないでしょ。だから、飲んで。」
「……そうか。じゃあ…。」
そう言ってケミルは水を一気に飲み干した。よっぽど喉が渇いていたんだろうな、と僕は思った。
「ふう………。」
とケミルは口を拭う。その時に逆さまになったペットボトルの口から水が一滴ポタリと落ちて、道路に黒い染みを作った。
「随分と高いね…。」
と僕は道路から街を見下ろして呟く。
「ああ。本当だな。なんてちっぽけな街だろうな……。」
そう言ってからケミルは自嘲するかのように笑った。
「でも空は狭いんだね…。」
見上げた空は建物に阻まれて全て見ることは叶わない。
「だな。……なあお前、あれ見える?」
と突然、焦ったようにケミルは僕に訊いた。
「あれって?」
「あれだよ!あの白い、月だ!噂でしか聞いたことないからあってるかどうか知らないけど、彫刻刀を突きたてたようなあの形!」
言われてみれば雲の真ん中に浮いていた。
「本当だ…。確か、三日月って言うんだっけ?」
「ああ!今まであんなの見えた事あったか?」
とケミルは興奮した様子で言った。
「無かったよ。」
「だろ!?ってことは何かが、何かがきっと変わってるんだ!何かが…。俺、やっぱり、お前の言うとおりにしてよかった気がする……。」
とケミルは急にしんみりとした口調で言った。
「そう、なの?」
「ああ。今だったら何か変えられる気がする。」
そう言って僕の方を向いて微笑んだ。
「あの月のある方に、あの塔があるんだよな……。まるで俺達を誘ってるみたいだ。そう思わないか?」
「そうなのかな?」
「ああ、きっとそうだ。行くぞ、相棒!」
そう言ってまた笑いケミルは歩き出し、僕もその後についていく。
step
白い月の導くままに何も通らない何も無いビルに囲まれた高速道路を歩き続けた。薄闇の中に二人の足音だけが響く。そして僕達は塔にたどり着いた。街は更に暗くなって高速道路のライトの灯りが少しずつ灯り始めた頃だった。
「ここか…やっぱ高いな。」
とケミルは見上げて呟いた。
「凄く高いね、やっぱり。」
「ああ、実物と遠目で見たものは違うだろ?」
とケミルは不敵に笑った。
「うん…。ここに今から登るんだね……。」
と僕は不安になって呟いた。
「ああ。でもきっと大丈夫だ。」
僕達二人は塔の扉を一緒に引いた。
「せーのっ!」
ギイイイイと錆びついたような音を立てて扉は開いた。
「…なんだ?長い間使われてないのか?……埃も被ってるな。それに真っ暗だ。」
そう言ってケミルと僕はポケットから懐中電灯を取り出した。いつも夜に使っているものだ。
「本当、何も無いみたいだね…。」
「これが、街の奴らが行きたい行きたいって言って、大仰な数々の噂まででっち上げられた塔の正体かよ。」
とケミルは侮蔑するように言った。
「ケミル…。」
「理想と現実の差。その理想故に人間がこの塔に近づかなかったっていうなら笑いネタだな。」
とケミルは笑った。
「でもそんなことあり得ない。」
と真剣な面持ちになって言った。
「どういうこと?」
と僕が尋ねると
「だって考えてもみろよ。もし本当にこれが無用なだけの長物ならわざわざ警官なんて入口におかない筈だし、この街の人間なら、きっとこの建物を壊して新しいものを建てるだろうよ。こんな都会の真ん中にあるんだし。」
「ってことは。」
「ああ、上に何か有る筈だ。気をつけろよ。」
そう言ってケミルは左手に懐中電灯を持ちかえた後、右手で拳銃を取り出し、撃鉄を上げ握りしめた。
「…分かった。」
僕はそう言って右手にナイフと懐中電灯を握った。そうして辺りをグルグルの懐中電灯で照らし、ある扉の上のプレートの上でぴたりとその動きを止め、扉の中央に光を当てた。
「ん、見た感じこの扉の中に階段が有るんじゃないか?」
そう言ってケミルはドンドンと金属製の扉を叩いた。懐中電灯で照らしてみると確かに『階段』と書いてある。
「よし、行くぞ。」
そう言ってケミルは扉を開け
「スゲェ…。」
と呟いた。金属で出来た階段が上までずっと続いているのだ。それにどこからか光がさしていてどことなく明るいので上からふわふわと埃が舞うのが見える。ただし、その階段は螺旋階段ではない。だから、とても長く感じる。
「長いね……。」
「だけど、その分って気もするな。」
「だね。」
「よし、頑張るか。」
そう言って僕とケミルは階段を共に登り始めた。そうして暫く登り続けてから
「……長い~………。」
と僕とケミルは二人して階段に座り込んだ。
「本当に長いな…。これ、本当終わりあるのかよ。ってか、喉乾いたな。……でも全部飲みきったんだったっけ。」
「うん……、ん?待って確か僕の右ポケットに…、あったあ!」
500ミリリットル入りの水が一本入っていたのだ。
「お前、それ、どこで!?」
「いや、そういえばこの前クズ拾いのおじちゃんにお給料の一部としてもらったなって……。」
「…………あのさあ、そういうことは早く言えよ。」
とケミルはあきれ顔で俯いてからやがて笑いだした。
「……はは、はははあっはははは!」
「ケミル?」
「やっぱ、ルディお前最高!」
と言った。
「え、そうかな?」
と僕が訊くと
「そうだよ!誰よりも人間臭く、天然で悪意のかけらも無い!最高だ!」
そう言って笑った。そうして笑い終わってからポツリと
「……そんなお前だから俺は、この街で生きていられるんだ。狂気に駆られることもなくな。…お前には感謝してる。してもしきれないぐらい。」
「え、え?」
「本当だよ。いつも嬉しいよ。お前といる時は。そして楽しい。」
そう言ってからケミルは立ち上がりそして言った。
「お前が先に水飲め。そのあとで俺にも飲ませてくれ。」
「分かった。」
「……本当、ありがとうな。」
「え、何か言った?」
「な、なんでもない。早く飲めッ!」
何故かケミルは耳まで赤くして言った。 そうして僕ら二人は水を飲み終わり、
「じゃあ、行くぞ。」
「うん!」
と二人、登る意志をを確認してからまた階段を登り始めた。そうして更に登り続け
「……なあ、あれ、もう少しじゃないか…?」
とケミルが息絶え絶えに僕に訊き、
「本当だね…。天井が見える……。」
僕もそれに勝るとも劣らない息絶え絶えな声で応えた。
「あと、もう少しだ…。頑張るぞ……。」
「うん…。二人で登り切ろうね…。」
と最後は互いを励まし合いながら登って行き、そして
「着いたー!」
「やった!」
「俺達、頑張った…。」
「だね……。」
とそこで座り込んでしまった。
「もう動けねえ…。」
「僕も……。」
「なんか食おうぜ…。」
「うん…。」
と僕達はポケットの中をまさぐり、固形食糧を取り出した。
「……腹減ってたのに、何も食わずにここまで来れるとか俺達、最強………。」
ボソボソする、土くれのようにも見えるそれをちびちびと口にしながらケミルは言った。
「お腹、減り過ぎて痛かった……。」
と僕も呟いた。
「まあ、いつもなんだかんだで飯食って無いのが幸いしたって感じだな。」
「え、そうなの?」
「そうなの?、というかこういうのはやっぱ慣れだからな。ああいう、ビルの中に住んでる坊っちゃん、嬢ちゃんには絶対耐えきれねえよ。」
とケミルはシニカルに笑った。
「へえ……。」
「それに、こんな不味いもんあいつらは食えねえよ。俺も最初は慣れるの苦労したし…。なんだよ?」
「いや……、ケミルって昔こういうとこに住んでたの?」
と僕が訊くと目をそれこそまん丸にして
「…なんで、……そう、思うんだ…?」
と呻くように呟いた。
「だって、街の中心に行った時にこういうところに来るのは久しぶり、だとか固形食糧に慣れるのが大変だったとか。それに梯子でああいう高い所に登った時もなんだか慣れてる感じがしたし…。」
僕がそう言うとケミルは頭を押さえて
「…俺としたことが、慣れないことしてたせいで気が緩んでたのかもな。」
と言った。
「本当なの?」
「…………ああ、本当だ。本当だよ。俺は昔、あのビルの内の一つに住んでたんだ。」
「凄いんだねえ、ケミルは。あの場所に住めるなんて。本当、凄いや。」
僕がそう言うと
「…違う。俺は別に偉くなんかないさ。」
そう泣きだしそうな声で言った。
「…ケミル?」
「俺が、あの場所にいたのは、親の権力だよ……。ろくでもない、最低な奴らだった。何でも人に勝たなくちゃいけないって英才教育ばっかり施す癖に、いつも子供は放りっぱなし。………俺は寂しかった。誰かと話したかった。そのことを打ち明けても、そんな感情はあと二年で消えるって言われてそれっきりだった。俺は怖かった。とても。俺が俺じゃなくなるみたいな感じがして………。」
そう言ってケミルは顔を膝に埋めてしまった。
「じゃあ、ケミルは、それからどうしたの?」
と僕は恐る恐る訊いてみた。
「……逃げだしたんだ。セキュリティーを掻い潜って、街を走り抜けて……。そんなことが出来るぐらいの知識がその頃にはもうあった。体もそれなりに鍛えられていたから全て上手くいった。…でもそれから後のことを考えてなかった。財布は逃げてる途中で落とすし、食糧は湿気で駄目になってた。飢えて死ぬのかってその時は思ったよ。そうして俺は廃駐車場に倒れこんだ。」
「あ……。」
と僕はつい声を出してしまっていた。
「そうだよ。その時に大丈夫?って訊いてきたのがお前だったのさ。お前は俺が飢えているってことをすぐに見抜いて、食糧を分けてくれた。ろくな食料がなかった筈なのに、俺のことを心配して。あのことは今でもずっと感謝してる…ありがとうな。そう、あの時はパンをくれたんだったっけ。あの時は…、正直に言うけど、パサパサしててなんだこれ!って思った。だけど腹が減ってたし、何よりお前には悪意が感じられなかったから凄く嬉しくもあった。…その時の俺は人間不信に陥ってたからな。」
「にんげん、ふしん?」
「誰も信じられなくなること、だ。あの時の俺はこれからどうしていいか不安だったし、何より親が別れ際に見せたあの軽蔑するような眼差しが忘れられなかったんだ。……あんな親なのにな。なんでなんでろうな?」
「……僕には、親がいないから分からないけどそれが親ってもんじゃないかな。どこか忘れられないんだよ、きっと。僕も、いない筈の親をたまに夢に見るんだよ。…お母さんは優しい人で、お父さんはがっしりした手をしてるんだ。」
「……そっか。そうだな。うん。」
そう言ってケミルは赤い目を擦り立ち上がった。
「じゃあ、行こうか…。」
「うん!」
そう言って僕らは塔の最上階へ向かう。ゴールは目の前だ。
view
何もなく暗いだけの赤い絨毯の上を二人は足音を立てないようそっと歩く。足元から足を踏み出す度にふわっと埃が舞う。ケミルは廊下の先を険しい顔で見つめていたけれど、僕は廊下に掛かっている絵や植物に目がいってしまっていた。
「……興味あるのは分かるけどな、ちゃんと前も見ろよ。」
と呆れ声でケミルは言った。
「あ、ゴメン……。」
「まあ、こういうとこ初めてならそりゃそうなるよな…。じゃあ、一つ問題。今歩いていた廊下で決定的におかしな物が有りました。何でしょう?」
とケミルは前を向いたままで言った。
「おかしな物…?…………分かんないよー…。…おかしな物?」
と僕がぶつぶつ言ってると
「ブブー。時間切れ。答えは…、あの観葉植物だよ。お前、さっき見てたじゃないか。」
「うん。だけど、どうして変なの?」
と僕がそれでも分からなくて訊くとケミルはちょっと困った顔で言った。
「……あのなあ、ここの床の埃見てみろよ。誰も通った後なんて全然ないのに、どうして誰があの植物に水やるんだよ。」
「………あ。」
「やっと分かったか。つまり、この塔の中におそらく人間はいない。断言できる。なら、何か。……多分、機械か何かそれに準ずる類の物だ。」
「機械?」
「っていってもどんなものかは分からないんだけどなー。……おい、構えろ。」
急にケミルの声のトーンが変わった。
「どうしたの?」
「廊下の先、僅かだが赤い光が見える。分かるか?やっぱり、俺の予想は当たってったぽいぞ。何かが作動してる。」
そう言いながらケミルは静かにだが確実に近づいていっている。
「どうするの?」
「…どうするもこうするも、二手に分かれるぞ。」
「えっ!」
と僕が声を上げると
「って言っても離れ離れになるとかじゃねえって。」
と歯を見せて笑った。
「…じゃあ、どういうこと?」
「つまり……。まあ、この廊下まるで昔は幾らかドアがついてて今はそれを外しましたって感じだろ?だから微妙に壁から仕切りみたいな感じでちょこっと壁っぽいものが出てるだろ?」
「…言われてみれば。」
「だからあの機械に一番近い扉のあった場所に辿り着くまでは、廊下の壁の左右に別れようってこと。そしたら、向こうからは見えにくくなる。いいか、声を出すなよ?」
僕はそれに頷いて応えた。ケミルはそれを見て満足そうに頷いた。そして音もなくそこへ近付いた。
「いいか?」
とケミルは僕に小声で訊く。僕は軽く頷く。そして廊下の先を覗きこむ。その時に僕の足がそこにあった観葉植物に引っ掛かってしまった。
「なっ、馬鹿!」
とケミルが言ったのと同時ぐらいに金属の腕が廊下の先から伸びてきた。
「おい!避けろ、ルディ!」
言われて僕はなんとか避けた。
「くそっ、コイツ!」
とケミルは何発かそれに向けて発砲した。しかしカンカンカンカン!という音を立てて弾丸は跳ね返るだけだ。このままじゃ僕が危ないと悟ったのかケミルは舌打ちをし、銃を投げ捨ててナイフを懐から取り出した。
「待って!!」
と僕はケミルを止めた。ケミルは驚いた顔をしてから
「なんで止めるんだ!!!」
と怒鳴った。
「…だって。」
と僕の視線の先に気付いたのだろう。それを見たケミルはあんぐりと口を開けた。
「…植物を……?」
「僕が倒しちゃったから、直してたんだね…。」
「………こんなことって。」
金属の腕は一ミリ違えず同じ場所に直してから引っ込んでいった。ケミルは恐る恐る顔を廊下の奥の方へ向けた。何も起こらない。ケミルはそのまま一歩一歩踏み出して行った。
「ケミル…、待って……。」
ケミルは無言のままドンドン進んでいく。そして機械の元へ辿り着いた。
「…こんなのが、この街で一番高い塔の中身ってのか……。」
と絶望したようにも嘲笑してるようにも泣いているようにも聞こえる声で呟いた。
「ケミル……。」
「…なんでだろうな。なんで、この情の無い冷たい街で一番大切な象徴とされている筈の塔の機械は…、こんなにも…、こんなにも…、温かいんだろうな?」
と天を仰ぎながら言った。
「…この塔を作った人はきっと悪い人じゃないんだよ………。」
と僕は置かれていた絵画や絵、絨毯や小さな小物を思い出しながら呟いた。
「ああ。そうなんだろうよ…きっと。この塔はきっと明るい希望の象徴か何かとして作られたんだろうよ!だけど!人間はきっと、その意を介さずに文明だけを作り上げたんだ!この塔の外側だけを見て!………馬鹿じゃねえのか。中に入ればこの場所はこんなに…。」
「温かみの感じられる場所なのにね…。」
そう。部屋の端々にもう古ぼけてしまっているがどことなく感じ取れるのだ。
「本当にな…。この塔に近づけば帰ってこれない、とでも思ってるのかもしれないなあいつら。高速道路で全然、追ってこなかっただろ?」
「あ、確かに…。」
「盲進、妄想、傲慢、無知は罪だよ……。」
とケミルは難しい事を機械を覗きこみながら呟いた。
「ケミル…。」
と僕はケミルの袖を引く。
「…行こうか?」
と儚げにケミルは笑った。そうして機械越し、その向こうに最後の階段が。
「……これがホントにホントのラストスパートであって欲しいもんだ。」
「だね…。」
真っすぐに伸びるだけの茶色い階段。どこからか漏れる薄明かりの光はもっと濃くなってきている。だからきっとその先は長くない。
「「行こう。」」
二人で同時に言って二人笑いあった。
「相棒。」
とケミル。
「友達。」
と僕。本当に最後の扉を二人で同じ取っ手を握って開ける。
「…屋上だな。」
と呟くケミル。
「……寒っ。ケミル、寒くない…?」
と僕が風に煽られつつ訊くと
「そうか?お前は寒がりだなー。」
と笑った。
「に、してもここがこの街で一番高い場所……。」
と下を見つめた。高すぎて柵を握る手すら震える。
「…ああ、もう街が街に見えないな。小さすぎて。」
「……本当だね。」
街はもう夜でキラキラと灯りが瞬いている。
「でも綺麗だね…。」
「ああ……。俺、この街ってこんなに綺麗だったんだって初めて思ったよ。文明で作られただけの街って思ってたのに、今はこんなにも俺の胸を打つ…。何でだろうな?」
暫く何も言わず僕達はただ街を見つめ続けていた。
「ねえ、見て。」
僕は空を指差す。
「ん?」
そこには白い月がプカリと浮いていた。
「まだ浮いていたのか。で、どうする相棒?」
「どうするって?」
「ここに来たいって言ったのはお前だろ?ならお前がどうしたいか、決めればいい。」
とケミルは僕の目をじっと見て言った。
「……やっぱりドカーンかな。」
「…オッケー。いくぞ。」
そう言ってケミルはポケットから手榴弾を取り出して、ピンを引っこ抜き白い月のある辺りへ向かって投げた。数秒の間の後の爆発音。ドオオーーーン!とどこか間抜けな爆発音が空に木霊した。
「これでいいか?」
「うん…。あ、見て。」
「空が……。」
あの厚く灰色の雲が少し揺らいでいたのだ。そうして暫く二人はそれをじっと見つめ続けていた。すると僅かながら、黒い空がちらりと垣間見えた気がした。そうして揺らぎはどこかへ流れていった。
「凄い!凄い!今の見た!?」
「ああ!空が見えた!」
「あの雲の隙間みたいなの、どうなったのかな?」
「さあ…。でも、もっと大きくなって帰ってきてそしたら俺達の街で星や月が見れるかもな!」
「本当!?」
「本当!本当!」
と僕達は手を取り合って喜びを分かち合った。そして
「……で、どうする?」
と訊いたのはケミルだ。
「どうするって?」
「これから、だよ。」
それに僕は
「帰ろう!あの場所へ!」
と笑顔で答え、ケミルも
「ああ。」
と笑った。一つ一つのことはとても小さい。だけど時を重ねていけば、手を伸ばせば何かが変わるのかもしれない、って僕はその時思ったんだ。
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読んで下さりありがとうございました。これからも何か書くかもしれませんが、暇な時に読んでいただければとても嬉しいです。