オミット

善文 杏南


 看守が牢屋の鍵を開けた。監獄から釈放してくれると言う。囚人達は喜んだ。
「後ろをついてこい」
 看守に言われて暗い獄舎の外に出る。芝生の上を暫く歩くとフェンスが張り巡らされた廃工場に辿り着いた。破れたフェンスを潜って看守がシャッターを開く。建物の中に入る。
 床がひび割れて斜めにずれている。何故か中にもフェンスが張り巡らされている。出入り口のシャッターが閉じる。
 囚人は皆若い女である。閉じ込められて不安な顔をしている。
 すぐに奥のドアが開いて黒い目出し帽を被った黒尽くめの不気味な男達が入ってくる。
 彼らは近くの女を捕まえるとその服を破る。レイプが始まったので驚いた囚人達はフェンスにしがみつく。男達に掴まらないように出来るだけ上に登る。
 男達は上に登った女が落ちてこないか見張っている。フェンスを上がってこようとはしない。
 横の囚人が不意にバランスを崩した。見ると彼女の脚に黒い男の腕が絡みついている。彼女は悲鳴を上げながらそれを振り払おうとしている。両手でフェンスにしがみついて抱えられた脚をがむしゃらに動かす。
 我慢出来ない男がついに捕まえに来たらしい。
 あちこちで囚人を引きずり降ろそうとしている。
 耳元で再び大きな悲鳴が聞こえたので見ると横の女の服が破れて乳房が見えている。その乳房に男の指が食い込んでいる。太股のきわどい所を掴まれている。
 助けようと思った。彼女の肩を掴もうとした時彼女と男は二人一緒に落ちていった。
 動悸が激しい。息が止まりそうになる。
 あちこちで同じことが起こっている。見下ろすと白い体に黒い男達が群がっている。
 フェンスを上がって二階の窓から樋をつたって下りる。あとは必死で走った。
 前方に寂れた遊園地が見える。ジェットコースターが動いている。カラフルな色彩はメルヘンそのもの。ジェットコースターを待つ列に子供達が並んでいる。
 ピエロが立って子供達を誘導している。顔面白塗りで眉は不自然に半円を描いている。鼻に赤い球体を付けて鬘は緑色。
 ピエロに腕を引っ張られてジェットコースターに乗るはめになった。乗員は全部で五人。自分以外皆子供である。
 発車すると凄いスピードで風を切る。涼しい。トンネルの中をどこまでも走る。
 壁には子供の絵本のような世界が描かれている。カーブを何度も曲がる。物凄い距離を物凄いスピードで走っている。
 子供達は楽しそうにはしゃいでいる。
 だけど向かう先が行き止まりになっている。茶色い壁が見える。子供達が悲鳴を上げるのでつられて叫んだ。
 猛烈なスピードで壁に向かっていく。保育士になったような心境で手が届く子供達を抱き締めた。
 茶色い壁は衝突寸前で観音開きの扉のように開いた。
 そこは田舎のホテル風の小さなロビーだった。フロントがあってその中に黒いスーツを着た男が立っている。彼はこちらを見て微笑んだ。
「お帰りなさい」
 ジェットコースターは大きなからくり時計から出てきたらしい。
 ホテルの壁紙はオレンジ色である。子供達がジェットコースターから降りる。
 無人になったジェットコースターはからくり時計の中に戻って非常識は跡型もなくなった。
 子供達はフロントの横を通り過ぎて大きな扉を開ける。晴れた空が眩しい。嬉しそうにはしゃぎながら外に飛び出していく。フロントの男は微笑んでそれを見ている。
 子供の一人が「警察のお姉ちゃんが」と大きな声で言うのが聞こえた。思い出した。自分は刑事である。上着の内ポケットに拳銃がある。
 ある病院が人身売買に関わっているという通報があってその調査の為に潜入した。病院での潜伏が長くて頭がおかしくなったんだろうか。自分の素姓を忘れていたなんて。もしかすると薬を盛られたんだろうか。
 とりあえず通報は間違いではない。仲間を呼ばなければならない。
「いい天気だね」
 後ろの男が話しかけてきた。
 振り向くと赤い髪をワックスで撫でつけた黒いスーツの男が立っている。
 少し垂れた目。若い。童顔の甘い顔立ちをしている。愛想がいいふりをしているけど目が笑ってない。
 フロントの男もこちらを見て微笑んでいる。
 気付かれないように上着の内ポケットから拳銃を抜いた。赤い髪の男が時計のすぐ隣のエレベーターに乗り込むのを見ながらそちらに近付く。男はエレベーターのドアを開けたままこちらを見て待っている。立ち止まったままでいると男はボタンを押して壁に凭れて俯いた。
 ドアが閉じていく。男に向けて発砲した。男が顔を上げる。驚いてはいなかった。怒ってもいなかった。
 エレベーターのドアが閉まる。
 男はあの病院の院長である。あの病院に潜り込むとすぐに彼が主治医になった。彼に不思議な薬を打たれたことがある。彼にレイプされて彼と結婚した。
 カラフルな薬を飲んで上機嫌の彼に屋上でおんぶされて彼は笑いながらぐるぐる回った。
 青い空が綺麗だった。彼に抱きかかえられて病院から連れ出されたことがある。彼に背負われて彼は黄金色の草原の中を駆け巡った。
 弾は逸れた。涙が出る。彼を救いたい。


                                     了

オミット

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