虚空という城塞

 何もせずに終わる日々よ
 不甲斐ない自分を叱っておくれ
 責められるべきでなかったことだとしても嬲られなければ気が済まないんだ
 自分が否定されていないと、落ち着かず。ただただどす黒い、粘り強い、湖へと身が沈んでいくようで――

 嗚呼、文章がいつものように書けないと知ったのはいつの事だろうか。
 今に始まったことではない……。
 だから私はこうも半分受け入れてしまうのだった。

 嗚呼、不甲斐ない。
 そしてとてつもなく、気分が悪いのだ。
 この脳裏に過る情景が、心情が言葉として浮かばないのだ。
 書けない……いや、そう言っていいのだろうか。
 妥協を許せば、それなりに書けるのかもしれない。
 だが物凄く、苦痛なのだ。
 書くこと自体がそもそも、苦痛になっている時点で、私はもう死んでいるのと同然なのだ。

 まあ、それが死と表現するのであれば、私は、何度と死んでいる。
 物書きとして、何度と瀕死の状態に陥っては何とか息をつないでいる状況だ。
 人は書けといい、また人は書くなという。
 その二つともが私であり、また他人だった。

 既製品のコピーでしかない。私の文章の価値などとうに知れている。
 だから、暗いことを思ってしまうのだろうが、それだけじゃない。
 こうして評価されないのが事実としてあるじゃないか……。
 そうやって、また自分を貶めなければ、やっていけない。
 人が酒のアルコールで、憂さを晴らすように、私はこうして自己を傷つけ、可哀想なそぶりを演技して、自分自身というシンデレラのという価値に酔いしれるのだ。
 無論、自分がシンデレラなわけがない。
 ただ、そう思うことで、何とか自分を保っているというわけだ。なんて、滑稽なのだろうか。

 書けば書くほどに、自分でなくなっていくような気がした。
 いや、そうではない……。単純に楽しくないのだ。
 つまらない、面白い文章が書けず、想像力だって衰えた。
 まだ20手前だというのにだ。
 大変嘆かわしい。だって、変わってゆく、悪い意味で変わって、どんどんと自分自身が壊れてゆくのだ。
 自分が分からなくなる。
 分かっていたつもりなどではない、しかし、全くの別人に入れ替わったような気分になるのだ。

 文章を書くと、その都度思う。
「何故書けない」と――

 何故、面白くないと
 何故、賭けていたものが書けないのかと
 何故、変わったのかと

 こころの奥底で、見えない、不透明な葛藤が行われる。
 そう、不透明なのだ、表面的な意識の上で考えることは無い……しかし、ずっと雲のように霧のように、掴めない物体のように、常に頭の中にあるのだ。
 だから、気づいたときには、良く分からないままのそれが、表面的な意識の中に入ってくるのだ。

 だから、整理できない。
 整理できない「何か」が、不明な「それ」が
 私の内で、解決できない、根本的な問題すらも認識できない
 複雑な「雲」がそこにあるのだった。

 整理できず、整理することすら許されない。

 そんな渦中に私はいる。
 言葉が変換できずにいる。
 その意味を他の人間が理解することなどできないだろう、現に「今書けてるじゃない」というのだから、またおかしなことだ。
 物事はそんなに、簡単じゃなければシンプルでもない。
 もっと複雑に絡み合っていて、今のそれはほんの先の絡まった糸の先にすぎないのだから。

 人の為に書いているのか、自分の為に書いているのかすら分からない。
 それすらも飛び越えて、私は何を書いているのかすらも分からないのだ。
 それは物語を書いていることへの疑問でも
 誰に向けてへの疑問でも
 自分の行為に対しての疑問でもなく。
 その全てとも言えて、また全く違うものとも言えた。

 この複雑な自身の病を理解するものなどいるまい。
 何故人は、信じることを強制するのか。
 何故、人の言う言葉に折れ、いざ頼りだしたら手のひらを返したように厳しくし、また私の言ったような事わざわざ演じるのか。
 だから、私は人を信用などできないのだ。


 どうせ、人は皆、心から人を助けたいとは思ってなどいないのだ。
 誰もが助けている自分自身が好きなだけで、結局は自己満足に終わり、相手に求めた反応が返ってこなければ困るのだろう。
 Aという反応をしてほしいから助ける。Bという反応が欲しいから助ける。そんなものなんだろう。

 だから、私はこの世で一番、人と深く関わることを嫌うのだ。
 

虚空という城塞

虚空という城塞

変わるという恐怖、変わらないでいる不安、生きているという悍ましさ

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-06-06

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