不変

ずーっと昔に書いた作品が残っていたので投稿。

1.
 何もかも変わらずにはいられない。これは絶対の真理だ。
だが、その心理を覆すことさえできれば今まで通り、変わらない平和を維持していくことができる。それは、誰しもが最も望んでいることではないだろうか。
何も変わらない、そんな日々。
でも、もしその望みが叶い、不変の日々がやってきたとして、我々はそれをどう捉えるだろうか。まず間違いなく飽きることだろう。人は全く変化が訪れない日々を過ごすことはできない。不変とは一切の刺激がなくなるということだからだ。
人が生きるためには水、食糧を始めとし、様々なものが必要だ。でも、最も必要なものは「刺激」であると思う。食料や水がなければ死ぬだけだ。その時に苦しみはあるだろうが死ねば楽になる。だが、刺激を失えば人は生きる活力を失う。それを失うことにより自殺を図るのは自明の理だ。
「自殺」それはこの世で最も愚かしき行為である。自らによる死は逃避だ。死によってその者は安寧を得るだろう。だが、その者が今まで消費してきた資源はもう取り戻すことができないのだ。一体何のために資源を消費してきたかのかと嘆かわしい。
その消費した資源が戻る、不変の日々が訪れたならば資源問題は解決するだろう。だが、人は死ぬ。人が死ねば資源などどれだけ残ろうが何の意味もなさない。なぜなら、我々はもうその時にはいないのだから。
 そう、不変が我々にもたらすのは破滅以外にない。でも、それでも俺は何もかもが変わらない世界を望む。独善的だと罵られても構わない。俺は、不変の日々を作り出せることができるのなら、他人などどうなっても構いはしない―――――

2.
 恵まれていた。俺のことを他人に訊けば大半の者がそう答えるだろう。そう、過去形だ。現在進行形ではない。今の俺は誰に訊いたとしても恵まれてる、などとは口が裂けても答えないだろう。

 両親が死んだ
 弟が死んだ
 姉が死んだ
 唯一の友が死んだ

 すべて、俺のせいで

 俺の家は経済的にも裕福、家族の仲も良好といった実に申し分ない環境だった。でも、壊れた。何もかもが。
 金持ちとはどうしても他人に恨まれる、これは仕方のないことだ。だが、限度はあるはずだ。なぜ、家族を殺し、俺の友まで殺し、それでも俺だけは殺さなかったんだ!いくらなんでもひどすぎやしないか・・・。
 俺の大切な人たちを殺したのは裁判所のゴミどもと政府の糞ったれだ。奴らは皆に様々な罪状をでっち上げた。そしてそれらを裁判所のゴミどもは全て真実とし、有罪判決とした。そして、全員処刑された。その後、奴らの中の一人であり、黒幕の斎藤権三は俺の前にやってきて、こういった。
「貴様の大事な者共がそろいもそろって死んでいった理由はわかるか?わからぬとは言わせん。全ては、貴様のせいだ。貴様が俺の妻を殺したからだ。忘れたとは言わせない。死んだ者共にしっかりと懺悔するのだな。貴様さえいなければヤツらは死ななかった。むしろ、幸せだっただろう。貴様のことは全て調べた。知っているぞ、貴様が餓鬼の頃に一体どのようなことをしていたか。正直背筋が震えたよ、俺のやったことなど貴様のやったことに比べればどうということはなかろう?貴様のような外道はなかなかいないだろうよ。フハハハハ!」

3.
 幼少の頃、俺は人を殺した。一人や二人ではない、何十人も、だ。正確な数は覚えていない。覚える気もなかった。でも、俺は一度足りとも逮捕されることはなかった。手口が完璧だったからではない。俺には超常の力があるからだ。その力で俺は、人を殺した。力とは物体をすり抜けることができるものだ。その力により、俺は住居に侵入し、肉体に手を入れ心臓を潰した。快感だった、やめることができなかった。
 始まりはたいしたことはない。絡んできた不良の胸ぐらをつかもうとしたら肉体の中に入り、それに驚いた不良が動いたときに誤って心臓を握りつぶしてしまっただけだ。死体はどこにも穴が開いていないのにも関わらず心臓が潰れている。そんな奇妙なものだったそうだ。その時の握りつぶした感触、俺はそれが忘れられなかった。だから次々と潰した。潰した潰した潰した潰した潰した潰した潰した潰した潰した潰した潰した潰した潰した――――――

 俺が潰して回った中に斎藤の妻がいたそうだ。性別も顔も一切気にしてはいなかったが、その女だけはあまりにも顔が醜くて忘れることなど出来ず、しっかりと覚えていた。父に連れられた先で初めて斎藤にあった時、そのときはちょうど俺が潰したその醜女の葬式だった。父は斎藤の友人だったそうだ。俺はその場で小さく笑っていた。わざと、斎藤だけに見えるように。その時のやつの顔は忘れられない。夫婦揃ってとても面白いものを見せてくれる。
 その後、斎藤は職権乱用も甚だしいが、俺のことを調べたらしい。恐らく、なにか一つでも俺に後ろめたいことがないか探して脅迫でもするつもりだったのだろう。そして斎藤は俺が初めて潰した時の事件を発見した。その事件は当然斎藤の妻と同じ死因だ。奴はそこから俺が妻を殺したのではないかと考えたらしい。更に調査を重ね、ある噂を耳にした。それは俺が妙な力を持っているかもしれないというものだ。初めての事件を知った者の中に超能力を信じてやまない馬鹿がいたらしく、そいつが言いふらしたそうだ。当然そんな噂を信じる馬鹿はいなかった。そう、斎藤が現れるまで・・・。

4.
 「フフフ、これでヤツの人生は終わりだ。家族を失い、唯一の友も失った。そんなヤツが生きていけるはずはない。今日中にでも自殺するかもしれないな。フハハハハ」
 斎藤は自宅で酒を煽っていた。今日はとてもめでたいことがあったのだから、こんな日に飲まないなんてありえない。飲みながら彼は色々と思い出していた。最愛の妻のこと、そして復讐を誓ってからの日のことを・・・・。

 ヤツが超能力を持っていると判明した時、俺はついに証拠が出たと思った。だが、調査を依頼した探偵は、そのような噂で裁判を起こすなどできませんなどとぬかしやがった。そんなわけがない、俺はヤツの犯罪の証拠をつかんだんだ。それ以前に裁判を起こす気など毛頭なかった。俺がヤツに地獄の苦しみを与えなければ気が済まない。最愛の妻を殺しただけではなく、その葬式にやってきて笑いやがったのだから。簡単に処刑されてしまってはつまらない。そうだ、ヤツの大切な者共を皆殺しにしてしまおう。ヤツの父とは親しくしていたがそんなことは関係ない。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる―――――

5.
 俺は心臓を潰すことが楽しくてたまらなかった。そんなある日、俺の力が母にバレた。戸棚を開けるのが面倒だったから力を使って中の物を取ろうとしたら、その瞬間を見られてしまったのだ。
母はすぐに始めての事件のことを思い出したようで声を漏らし、走り去っていった。
 部屋に閉じこもった母のもとに父が行き、しばらくして戻ってきた。とても重い顔をしていた。ああ、力のことを聞いたんだと思った。その時、俺の中で何かが崩れ去り、今までの濁った思考がすべてクリアになった。そして、泣いた。姉と弟は急に俺が泣き出したので心配していたが、構っている余裕などなかった。
 その日からあの奇妙な事件はいっさい起こらなくなった。
 自分たちに力のことが発覚してから事件がぷっつり途絶えたので、両親はやはり俺を疑っていただろう。それでも二人は、今までと何ら変わらず俺に接してくれた。嬉しくて、部屋で何度も泣いていた。恐らく、確信していても、自分の息子が大量殺人鬼だなどと信じたくなくて、現実逃避のために今まで通り接したのだろう。そんなことはわかっていた。でも、嬉しくて、嬉しくて仕方がなかった。
 潰すことに快感を覚えていた頃、俺は心を病んでしまっていた。
初めての事件、あれは自分で思っている以上に堪えていたみたいだ。それを乗り越えるためには狂うしかなかった。自分を守るためには今までと同じようにはいられなかったのだ。それが両親にバレたことにより、元に戻った。なぜ戻ったのか、それはわからない。でも、戻ることができた。俺にはそのことのほうが何よりも大切だった。そして誓った。この力は、どうしても必要になった時以外には絶対に使わないと。
 そんなある日、間違って力を使ってしまった。いいや、使えなかった。俺はいつの間にか力を失っていたのだ。でも、構わないと思った。以前誓ったような力が必要な時なんて、やってこないに越したことはないのだから。

6.
 ヤツの大事な者共にかける容疑の準備が終わり、実行に移した。そして全員裁判にかけられることになった。ここまではまったく不測の事態は発生していない。ヤツを地獄へたたき落とすのはそう難しいことではなかった。
今でも妻の夢を見る。そのたびに俺はヤツへの復讐心を忘れることはない。いや、それどころか時が経つに連れ、怒りはどんどん増していっている。復讐を完遂した時、俺には何も残ることはないだろう。そのときいったいどうなってしまうのだろうか。やはり妻の後を追って自殺だろうか。
いや、今は考えるべきではないか。復讐だ、それ以外のことは考えてはならない。復讐失敗などということは万が一にもあってはならないのだから・・・・。

7.
 両親が捕まった
俺の力を知っても変わらずに接してくれた優しかった両親。でも、捕まった。

 弟が捕まった
昔から大好きだった弟。ブラコンだというやつもいたが笑って聞き流していた頃が懐かしい。でも、捕まった

 姉が捕まった
俺にはずいぶんと優しくしてくれた。思春期の頃はよく喧嘩したが、成人してからも結婚してからも俺に優しかった。もしかすると姉こそがブラコンだったのかもしれない。でも、捕まった。

 唯一の友が捕まった
あまり長い付き合いではなかった。それでも週に何度も会ってよく一緒に遊びに行っていた。でも、捕まった。

 気づいたら俺のそばには誰もいなかった。誰も、誰もだ。みんな捕まった。それもふざけた容疑でだ。みんながあんな罪を犯すはずがないのに・・・。

8.
 裁判は終わった。結果は俺の全勝。全員処刑だ。勝った、勝ったんだ。いや、違うか。まだ一番肝心な奴が残っているじゃないか。ヤツが苦しみ、そして死んだ時、初めて俺の完全勝利はやってくる。もう、そう遠い話ではないだろう。だって、ヤツの大切な者共はもうすぐ全員死ぬのだから・・・。

9.
 全員、処刑?はは、ふざけてる。どういうことだろう。なんで、なんで殺されなければいけないんだろう。みんなが罪を犯すはずがないのに。

 処刑は執行された。もう俺の周りには誰もいない。斎藤が俺の前に現れて勝利宣言のようなものをしてきたのはちょうどその頃だった。
 そして、同時期に、再び力が使えるようになった。

10.
 斎藤を殺す。俺には力があるのだからその程度は容易いだろう。だが、斎藤の家に近づいた時、突然足が重くなった。そして母にバレてしまったときのことを思い出した。何かが崩れ去ってしまいそうな気になる。ああ、この感じはあの時と同じだ。思考が突然クリアになったあの時と。そしてなぜだか、またこの力が消えてしまうような気がした。
これは今の俺には必要のない記憶だ。どうせもうみんないないのだから何をやったとしても構わない。だから、進んでみせる。そう誓う。
なのに、いつまでたっても足が動いてくれないのはなぜなんだろうか・・。

11.
俺は変わってほしくなかった。幸せだった日々はいつまでも当たり前のように続くと思っていた。それが叶わないと悟ったのは初めての事件の時。あの時、俺自身が変わってしまった。自分一人すら変わらずにいられないのに世界にそれを望むことなど叶わないに決まってる。
でも潰すのをやめ、両親が変わらず接してくれた時、変わらないものなどないと悟っていたはずなのに、今のまま変わって欲しくないと心から祈った。その願いはかなわないと知っていたはずなのに、祈らずにはいられなかった。
やっぱり願いはかなわなかった。それも最悪の形で願いは崩れた。大事な人達の逮捕、そして処刑。その時の感情は初めての事件の時と似ていた。あの狂わなければ生きていけないと思ったあの時のように今の俺は感じていた。もしかしたら力とはなにか狂ってしまった人だけが持つ力なのかもしれないと思った。狂っていたとしても構わない。狂っているからこそ力があるのなら狂っていることに感謝したいくらいだ。そのおかげで仇を取れるんだから。

12.
 なぜだ、なぜ足が動かない。もう奴の家は目の前じゃないか!このままいけば殺せる。なのに、なのに、どうして、どうして足が動かないんだ・・・・
「それは、君が恐れているからだよ。君が両親に力のことがバレた時、君は恐怖していたんだ。両親に嫌われるのではないかとね。だから、君は使えるはずの力を使えなくなったと錯覚した。そして、皆が殺され、すべてを失った今、君には恐れるものがなくなった。だから力を使えるようになったと思った。
でも、それらはすべて錯覚なんだよ。君はすべてを失ったわけではない。まだ自分の命がある。今斎藤を殺せば、恐らくまた同じことが繰り返される。この物語は君が初めての事件を起こしたときにすべて始まってしまっていたんだよ。この復讐劇はね。君が殺す、そしてその被害者の遺族が君に復習する。君がその復讐者に復讐する。その繰り返しさ。君はそれを恐れた。やはり自分の命は大事なんだろ?だからこの復讐劇を早く終わらせたい。そのためには君が復讐を辞めるしかない。
でも、よく考えてみるんだ。斎藤がキミをこのままで済ますと思うのかい?彼はすでに五人も殺している。六人目を殺すのにためらいはないだろう。彼も昔の君と同じく狂っているのだから。だからこの復讐劇は終わらないよ。」
「そんなことはない。そんなつもりはないが、俺が殺されれば終わる話じゃないか」
「違うよ。君が殺されても終わらない。だって、君を殺した奴は僕が殺すからね。僕の妻、つまり君の姉はたいそう君のことを好いていた。彼女の形見ともいえる君を壊されたら僕が殺すに決まっているじゃないか」
今、こいつは「壊す」といった。そして、俺の過去を知っていること。これは恐らくこいつの力によるものだろう。相手の思考を読む力いったところか。こいつも、壊れている。やはり、力は壊れている、狂っている者だけが持つものなのだろうか。
「そうだよ。僕達が狂うか否か。それは生まれる前から決まっているんだ。僕達はすでに決まったレールの上を歩いているに過ぎない。そして狂った者は全員ではないが力を持っている。そういうものなんだよ。力を持つというのは狂うと定められた者の証なのかものしれないね。狂っている者にさらに狂う力を与えるだなんて神はずいぶんと酔狂なことをするよ。
まぁ、力のことはいい。で、どうするんだい?斎藤を殺すか?それとも殺されるか?君はそれを選ぶことができるんだよ。
一応言っておくが君が殺されない限り僕は斎藤を殺さないよ?妻を殺されたのは腹が立つがそれは君が原因だからね。因果応報さ。殺すなら君が殺せ。それだけだよ。僕はもう行くよ。また会えるといいね」
男は去っていった。
 殺すか殺されるか。普通ならどちらを選ぶのだろうか。そして俺はどちらを選ぶことになるのだろうか。今日はもう帰ったほうがいいかもしれない。でも、もし帰ったら斎藤を殺すという選択はもうできないかもしれない。なら今、決めるべきだろう。
待てよ・・?なぜ俺は殺すか殺されるかで悩んでいるんだ?「殺さないし殺されない」そういう選択肢はないのか?常識で考えたらそんなことはできないだろう。でも、俺は超常の力を持った超能力者なんだ。ふつうじゃないことだってできるかもしれないじゃないか。いや違う、やるしかないんだ。殺されるのはごめんだ。でも、あの時と同じ過ちを犯すなどさらにありえない。俺は生きて、罪を償っていくしかないんだ。そのためには生きなければならないし罪を重ねてはならない。やるんだ。やってみせる・・・。

13.
 「ん、手紙?ヤツからだと・・?」
『この復讐劇に幕を閉じる。三日後の正午、港の廃工場に来い』
「ふ、ふは、ふはは・・・ずいぶん馬鹿にしてくれるじゃないか・・・。幕を閉じる、か」
ここまで長かった。今までの努力を実らせるためにはこの誘いに乗ってはならない。全身がそういっていた。それでも、彼にはこの誘いを蹴ることは出来なかった。ここまでいろいろやっておきながら、最後は自らの手で殺してやりたい、とそう思っていた。

14.
 斎藤が来た。奴は、銃を持っていた。対する俺は特に何かを持っているわけではない。超能力任せだった。
「はっ、銃を持ってくるとは思わなかったよ。恐れをなしたのか?」精一杯蔑みの視線を浴びせながら言った。
「妙な力を持って何十人も殺してきた殺人鬼が相手なんだぞ?丸腰で誘いに乗るなんて馬鹿のすることではないか?用心するのは当然のことだ」何を言っているのだ貴様はという顔で見てきた。
「なるほどねぇ・・・ずいぶんなチキン野郎だったわけか。まぁいいさ。俺は殺されないからな。その程度のおもちゃを持って調子に乗ってると痛い目を見るぞ?」
ズガンッ
「なっ、ぐぅ・・・」いきなり撃ってきやがった。そしてその弾に無様にも当たってしまった。血がどくどくと流れていく。あぁ、死に近づくとはこういうことなのか。俺が潰してきた奴もみんなこう思ってたのかな。悪いことをしたなぁ・・・。
「おいおい、色々言ってた割に、一発でこのザマか。がっかりだよ、殺人鬼。拍子抜けだがまぁ、いい。殺してやる・・・」斎藤が撃つ構えを取った。
「が、がっかりは、俺のセリフさ・・いくらなんだって走りまわる相手にうまく当てるのは難しいだろ?」俺はとにかく走った。さっきの弾は実は結構いい所に当っていたみたいだ。でも、止まる訳にはいかない。止まったら今度こそ殺される。死ぬのは嫌だ。だから走る。しかし、ただ走るだけで完全に銃の脅威から逃れることは出来ず・・・
「ぐッッ・・・!!!」弾は右の太腿を貫いた。痛い、でも止まる訳にはいかない。だから、走る。
前に倒れた。太腿をやられたのに走れる訳がなかったのだ。俺はこんなところで終わってしまうのか?あの男を見返してやることはできないのか?今までの俺の人生は何だったんだ?無意味?ふざけるな、そんなことはないって俺は信じてる。そのためには、信じ続けるためには、生きるしかない。だから・・・!
「ほぅ・・・。二発も食らっておきながらまだ立つか。まぁ、いい。貴様には苦しんでもらいたいからな。とはいえ、あまり長く生かしておくといつ噛み付かれるかわかったものじゃない。だから--------」
「っ!」脚を振り上げた。撃たれたのは右脚だけだから左は全く問題ない。その脚を使い斎藤の腕を払った。そして、斎藤は銃を落とした。
「しまっ!貴様ぁ・・・」
とはいえ、俺が重傷なのは変わらない。そして斎藤はピンピンしている。この状態で殴り合ったらまず間違いなく俺は負けるだろう。今まで何人も殺してきたのだって不意をついていただけに過ぎない。俺は、喧嘩は大して強くない。それにこの身体の状態。状況は依然として最悪と言えた。だから、斎藤を揺さぶることにした。
「斎藤、お前の妻がどのように死んでいったか教えてやるよ」
「なっ・・!?」
「苦しんでいたよ、そしてずっとお前の名前を呼んでいた。あと、こういってたよ。『ねぇ、助けてよ・・・どうして助けてくれないの・・』ってね。ふふふ、あの時のことは今思い出しても笑いがこみ上げてくるよ。ハハハハハハハ!!」もちろん嘘だ。殺した相手のことなどいちいち覚えていない。でも、斎藤には有効だったようだ。
「貴様貴様貴様ぁぁぁぁぁ!!!」眼の色を変え、奇声を上げている。今だと思い、手を前に突き出した。そして、斎藤の脳を直接揺さぶった。

15.
 最終決戦から一週間。俺は入院していた。銃で撃たれたのだから当たり前だ。死ななくてよかったぁ・・・。正直結構危なかった。

奴は脳を揺らされたことにより意識を失った。その隙に警察と救急車を呼んだ。
「なるほどねぇ・・。楽しみをとっておくために思考を読むのをやめていたんだけど、まさかこういう選択をするとは思わなかったよ。でも、それも選択だ。僕は何も言わないさ。決定権は君に委ねたのだからね。
斎藤について調べ裁判で斎藤のバックに付いている奴を見つけ、そいつが斎藤に恨みを持つように細工する。そうすることで斎藤を丸裸にし、捕まったときに為す術をなくしたわけか。斎藤は湯水のように金を使っていたからたいして財産も残っていない。金で釈放ということもできないだろう。なかなか考えたねぇ。僕としては君に斎藤を殺して欲しかったよ。そのあとどのような結果になるかすごく興味があったからね。残念だけど、それは諦めるさ。君のその頑張りに免じてね。
じゃあね。もう会うこともないと思うけど、元気でね」
そう言って男は去っていった。
そう、俺はそうやって斎藤を貶める策を練った。この件は殺人未遂だ。それならば処刑にはならないがしばらく牢獄生活だ。出てきた頃には俺はここから離れる。妻は死んでいるし、子供はいない。だから家は荒れるし、出てきたとしても、もう斎藤がまたこうして復讐に乗り出すのは難しいだろう。
「ついに俺は、この復讐劇の幕を閉じたんだ・・・」
そして、意識が途絶えた。

「あれは死ぬ危険もあったよなぁ・・・」
はぁ、とため息をつく。撃たれた時、うまい具合に急所には当たらなかったがもう少し救急車が着くのが遅かったら危なかった。結構危な橋を渡っていたということに今更ながら反省・・・。
「そんなことより、償いだな」俺は、償わなければならない。過去の行い、そして、それにより起きた悲劇。それらは全て俺の責任なんだから。
「そういえば、あの男も力については完全に知っているわけではなさそうだったな。なんかいろいろ言ってたけど推測の域は出ていないだろうし・・・。力について調べる、これは償いになるかな」力について知ることが出来れば俺のようになる者も減らせることができるだろう。それは償いになるだろうか。いや、ならないことは知っていた。力の謎を解明すること、それはただ純粋に俺がやりたいことにすぎない。己の好奇心を満たすことは償いとは言えない。でも、俺にできることは今はそれしかないと思った。

16.
 男は斎藤に恨みを持っていないわけではなかった。むしろ、憎んでいた。でも、彼が殺されない限りは殺すつもりはなかったし、きっと殺さなかっただろう。男も彼と一緒で恐れていたのだ、復讐の連鎖を。男は妻を失ったことで親族は誰一人いない。だから自分が殺されたとしても復讐するものはいないだろう。だが、確実ではない。かすかな可能性を信じていた。いや、信じたかった。自分が殺されたとしても、復讐する可能性がある者がいないということは、自分が死んだとしても悲しむ者がいないということと同義だからだ。男は復讐の連鎖ではなく、真の孤独を恐れているのだ。孤独は人を殺す。だから、必死に孤独ではないと言い聞かす。彼のもとに現れていろいろと言ったことも自分を騙すことに限界が来ていたからだ。自分と縁のある者にあって孤独を忘れたかった。自分と同じで力を持ったものに会って仲間意識を感じたかった。でも、彼は男とは違った。男だったら「殺さず、そして殺されない」などという選択肢は、思いつくことすらなかっただろう。きっと「殺す」か「殺される」かで延々と悩み続けていたはずだ。
 彼と斎藤の最終決戦のとき、もし、彼が撃たれた時すぐに男が救急車を呼ばなかったら、きっと、彼は出血多量で死んでいただろう。普段の男だったら絶対にそんなことはしなかった。にも関わらずその時はやった。それは彼の影響を受けて男も変わったということなのかもしれない。
男も、彼と一緒で変化することを恐れていた。妻と暮らす幸せな日々、それはかけがえのない大切なものだった。男は今まで恵まれた暮らしはしていなかった。他人の思考を読む力のせいで人の醜さを知ってしまった男は人を信じることが出来ず、人を嫌悪していた。それと同時に、醜さを知らず幸せそうにしている者を嫉妬していた。なぜ、みんなには当たり前に与えられている幸せが自分には与えられないのだろうかと長年苦しみ続けた。
 そんな地獄のような日々の中で、妻に出会った。彼女の思考だけは決して読み取ることが出来なかった。思考を読めない人なんて初めてだった。彼女なら自分の味方になってくれるかもしれない、そう思ったから近づいた。今考えたらおかしな話だ。思考が読めないから見方になってくれる?馬鹿らしい。でも、その時はそう信じて疑わなかった。いや、疑うという選択肢すらなかった。藁をも掴む思いだった。
 そして、近づき、親しくなり、恋人となった。幸せというものを存分に感じていた。幸せすぎて怖かった。でも、もっともっと幸せになりたいと思った。そして、プロポーズした。その時に彼女は自分には特別な力があると告白した。思考を読めなかったのはどうやら力で無意識にそれを防いでいたからのようだった。それを聞き、さらに嬉しくなった。なんだ、彼女は僕の真の仲間なんだと。そして、男も自分の力のことを告白し、今まで以上に親密な関係となった。
 結婚し、幸せな生活をし、子作りを真剣に考え始めた頃、彼女は捕まった。罪状はふざけたものだった。彼女がそんなことをするわけがない、絶対に無罪放免されると信じて疑わなかった。でも、有罪判決となり処刑まで決まってしまった。男の幸せはもろく崩れた。
 男は真相を調べた。力を使えばそんなものは容易だ。そしてわかった真相、それはとても残酷なものだった。彼女の大切な弟が事の発端だったのだから。
 でも彼女の弟、そして斎藤を殺してやろうとは微塵も思わなかった。男は不変を望んでいた。それでも、それがかなわない望みだということは、はっきりとわかっていた。だから殺人は犯さなかった。でも、孤独は紛らわせない。だから彼のところへ行った。それだけではなく、彼がどうするのかが心配だったというのもあるのかもしれない。
 そして、彼が選んだ結末。それは彼が変わったということの証明だった。彼は家族を全員失い、唯一の友をも失った。しかも、それの元凶は彼自身なのだ。彼の辛さは男の比ではなかったはずだ。それでも彼は現実を受け入れた。彼も男と同じで不変を望んでいた。にも関わらず、自ら変わることを選んだのだ。それに男も少なからず影響を受けたのだ。
男は変わってしまった現実を受け入れることを強く誓った。

17.
何もかもが変わらずにある続けることはできない。全てのものは必ずなにかしらの変化を遂げる。それでも、どんなに変わってしまってもその変わった状況を受け入れよくしていこうと決めることが大切なんだ。今を精一杯生きる。昔はよかったなどという逃避はせずに。
 もう俺は(僕は)不変を求めたりはしない。

不変

今読み返してみると、なんというか、どうとも言いにくいような文章だ……。

不変

家族が死に、親友が死に、何もかもを失い孤独となった少年。そんな彼には、ある力があった――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-30

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