【銀山】早春のモノクローム

しずよ

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二次創作(腐)につきご注意ください。
体の関係から始まる銀山です。節分から春分の日にかけてのお話で、山崎のお誕生日もお祝いしています。8年前に書いたので、松陽先生に関する箇所については今とは相違点があると思います。サラッと読み流してください。

1

 キュッ、キュッ、と雪を踏む音だけが山崎の耳に届く。いつも履いている隊服のハーフブーツだともっと違う音がするけれど、忍装束の地下足袋では雪の鳴く音が高い。
 昨日から降り続く雪が、あっという間に積もった。三十センチはあるだろうか。テレビでみる雪国のようだ。夜明け前でまだほとんど踏み跡もない。
 人を斬って疲れたから、衣装に似つかわしくない脱力した様子で人目のない道を選んで屯所へ帰る。大きめの公園を横切りながら、水道を探す。
 園内の一角がグランドになっていて、横に水飲み場があったはずだ。山崎はそこを目指した。数メートル先にそれは見つかったけれど、水道管が凍り付いているようで蛇口からはなにも出なかった。
 そこらじゅうにある雪を口に詰め込んでゆすぎたい。
 胃液の残る口を少し開けて、冷たい空気を吸い込んで紛らわせた。
 裏からひっそりと屯所へ入る。帰ってくるのはひと月振りだ。幸い返り血はほとんどついていなかったので、着替えてすぐに布団に入る。明け方の布団は本当に冷たい。それでもしばらく経つとそれなりに暖まる。けれど、つい他の体温を探すようになった自分に山崎は驚いていた。
 猫でもいてくれたらいいのに。
 目を閉じ思い浮かぶ姿は、銀色の毛並みの気だるげな猫だ。抱き寄せようと手を伸ばすと、するっとすり抜けて行った。
 俺の想像なんだから、喉ならして寄ってきてくれたっていいのに。
 全くサービス精神がないなあ、と山崎は眉尻を下げて残念がる。例えば今日のようにひとりで夜明けを迎えると、虚しいと感じるようになってしまった。
 暗闇にまぎれないと会えない人がいる。明るい時間帯は、単なる知り合いの振り。
 前回会った時は、抱きしめてくれたんだよなぁ。
 そんな胸があったかくなるシーンを、うつらうつらしながら山崎は頭の中で繰り返した。
 遠くで人の声がする。目が覚めて携帯で時刻を確認すると、二月五日午前十一時。帰っていることはまだ誰も気付いていないだろうから、もうちょっと布団の中でゴロゴロしていようかと山崎は考えた。けれど腹がなった。昨日はあんぱん一個しか食べていない。
 あー、風呂に入りたいなぁ……。
 そう思いながらもそもそと着替える。食堂へ行こうと廊下を歩いていると「お、ザキ。帰ってたのか」と沖田から真っ先に声をかけられた。
 この人はいつも昼寝をしているようで、隊内の実情を監察並みに詳しく把握している節がある。俺たちのように何でも副長に報告する義務はないから、何を知っているかは俺も分からないけれど。
 猫みたいな嗅覚があるんだろうか、とそのたびに山崎は感じていた。
「ん? いつから出てたっけ」
「一ヶ月前ですねえ」
「ごくろうさん」
「……」
「どうしたィ?」
「い、いやー、あ、ありがとうございます。隊長からそんな風に労われると照れくさいです」
 沖田の予想外の台詞にしどろもどろになる。
「なあに、上司の本分だろ。それとさ、節分にはお前の分までちゃんと鬼退治してやったからな、感謝しなせェ」
「え、鬼退治ってまさか」
 表情をこわばらせて隣を見ると、にやりと薄気味悪く笑う沖田の顔があった。毎年のことだけど、今年も土方はこの男から豆をしこたまぶつけられたんだろう。
 ああ、八つ当たりされないといいけど……。
 さっきの労いも消し飛んだ。山崎は昨夜までの疲れがぶり返した気がした。



 二人で日替わり定食を食べていると、近藤が食堂へ入ってきた。入り口でいきなり山崎を見つけて、一気に表情がくずれた。
「おお山崎、戻っていたのか!」
「お疲れ様です局長。今朝方帰りました」
「そうかぁ……、寒かったんじゃないのか? 風呂沸かすにはまだ早いからなぁ……、銭湯に行ってきたら!? 今日は非番なんだろ?」
「副長に確認してないけど、多分……」
「あのさ、ついでと言ったらなんだけどさ、シャンプー買ってきてくんない?」
「シャンプーですか? いいですよ」
「風呂上りはコーヒー牛乳までだったら経費でオッケーだから! あ、領収書忘れないようにな!」
 昼食を食べ終えて玄関に向かっていると、後ろから声がした。
「おーい、ザキ。俺も行く」
「……。俺も、って沖田隊長、アンタ仕事でしょう」
「まあ、堅えこといいなさんな。ほらよ。隊服に着替えてきな」
 手渡されたのは、パトカーの鍵だ。
「いやいや俺これから銭湯行くんですよ。シャンプー買うんですよ。隊服着てたら変じゃないですか」
「客の中に攘夷浪士が紛れ込んだ可能性がある、とかなんとか言えばいいんじゃね」
「……」
 自分が言ったところで沖田が聞くわけもない、と山崎は早々にあきらめ、車で出かけることにした。本音は山崎も寒いので歩きたくはなかったのだ。山崎が運転手で、沖田が助手席に座る。
「隊長も銭湯に入るんですか」
「うん」
「……。ところで三日は副長に何したんですか」
「鬼退治」
「確かに鬼出てくるけど! それ微妙に違う話だよね!」
 突っ込みながら山崎には沖田のうしろにガリ勉メガネかけた犬、ハゲたサル、頭にバンダナ巻いたキジが見えた。
「土方さんが暑いって言うからさあ、ちょっと涼しくするの手伝っただけでさァ」
「え? 暑いって……」
 二日前、節分当日も雪がちらつくのではないかというくらいに、寒い一日だった。それなのに暑いだなんて、おかしいじゃないか。
「だから俺が風呂でスースーするシャンプーかけてやったんだ」
「……あの、その暑さはひょっとして、熱が出たとかじゃないんですか……?」
 スースーするシャンプーって夏場に使うシー〇リーズとかいう男性用シャンプーだろう。あれは意外に強烈な効果がある。初めて使った時には、山崎はお風呂洗いの薬品系の洗剤と間違ったのかと焦った。それほど刺激が強い。
 どうして真冬にそれを使うんだ。それを風邪だかなんだか知らないけど熱のある副長にかけて遊んだのこの人!
「そしたら土方さんすんげー怒ってさァ、凍えるだろうがっつって、せっかく俺が熱冷ましてやってんのに」
「熱あるの知っててやったのかァ!」
「だって風邪ひいてるくせに強がって風呂入るほうがどうかしてらァ」
「……。だいたいなんで夏用シャンプー使ってんですか」
「倉庫から一箱分出てきたんでさァ。去年のお中元か何かしらねーけど。で、いっぱいあるからしょうがなくそれ使ってたんでさ」
「あの、寒いでしょ?」
「ああ。だから近藤さん以外はみんな自分で買ったの使ってたみてえだぜ」
「でしょうね……」
「全然減らねえから、ここは副長に率先して消費してもらおうって寸法でさ。それでシャンプーは減ったけどな、仕事が増えたんでィ。奇妙だろ?」
「奇妙でも何でもないよ! 副長が寝込んでるからその分が隊長に回ってきたんでしょ!」
「人に仕事押し付けて自分は一日中寝てるんだぜ、ひどい話だよなァ。でもお前さんが帰ってきたことだし、バトンタッチしようぜィ」
「なんだよ結局俺に仕事押し付ける話だったのかよ!」
「それにしても喫煙者ってのはなんで寝込む直前までタバコ吸うのかねえ。ゴホゴホ咳してても吸うだろ、俺に言わせりゃそっちの方が病気だろ。ほんと分からねえな」
「あー、それはそうですよね…。唯一捕まらない麻薬っていうし…。副長咳しながら吸ってたんですか」
「ああ、バカだよなァ」
「バカですねえ」
「……よし、録音完了」
 驚いて山崎が隣を見ると、沖田は携帯電話を胸の内ポケットから取り出し、ボタンを止める操作をした。
「なに録ってんですか!」
「監察たるもの、いつでも相手の弱みを握る心構えでいなせェ。あ、ちゃんと前見て運転しろよ」
 凶悪な笑みを浮かべる隣の席のドS。
「はい……」
 ふっと沖田が真顔に変わる。
「お前だってあの野郎と仕事してる時は煙吸ってんだぜ。しかもさァ、タバコ吸ってる本人より毒なんだろ?」
 山崎は何も返せなくなる。これでいて間接的に土方のことも心配しているのかもしれない。
 何だかなー、調子狂うよ。
 こんな風に、予兆もなく真剣になる時が沖田にはたまにある。そんな時に山崎は、沖田の普段の勝手気ままなふるまいを全部許してしまう。だから困ってないけど、困った顔を作った。
「ふう」
 山崎は軽く呼吸を整え、ハンドルを握り直す。
「ああっ」
 その途端に山崎が小さく悲鳴をあげたのと、車に衝撃が走ったのはほぼ同時だった。

2

「はーあ、何往復したんだ俺……。溶けてバターになるかと思った」
「バターになったらケーキにでも入れてもらいな、銀さんなら本望だろ」
 町内会長に言われた軽口に、銀時は妙に納得してしまう。
 江戸にはありえないほどの積雪で、商店会長が道路の除雪を万事屋に今朝依頼してきた。はじめは商店主の誰しも道路の側溝に捨てていた。じきに溶けきれなくてあふれてしまったので、どうしようかと困って銀時に連絡してきたのだ。
「この先の神田川に持って行ってくれると助かるなァ」
 銀時の前には一輪の手押し車が用意されている。
「はあ、早く溶けてなくなりやがれ……。あっ、そしたら仕事もなくなるのか」
 商店街の親父たちに混じって、ぶつぶつ言いながら商店街と川を往復する。そうしてお昼のサイレンがなる前に、ようやく人が歩ける路面になった。
「お疲れさん。第二回チキチキかぶき町雪まつり開催しても良かったかもしれねえなァ」
 笑いながら会長は、封筒に入れた報酬と使い捨てカイロを手渡した。
「やるのは勝手だけど俺たちはもう出ねえからなー」
 よく働いた後の爽快さで気持ちが軽くなったので、柄にもなくスキップでもして帰ろうかと思った。でもやっぱり滑ると格好わるいので、普段の歩調より慎重だ。この雪では原付に乗れないのがかったるい。
 視界が開ける。さっき散々往復した川の横の道を歩く。前を見渡すと、数メートル先に見える橋のそばにパトカーが見えた。とっさに逃げたい気持ちになる。何も悪いことはしていないけど。でもそこを通らないと他に道はない。
 素知らぬふりをしてさっさと通り抜けようとする。するとわき目に入ってきたのは、よく見知った黒い服。明るい髪と黒い髪。背格好は同じくらい。
 面倒くさいことになるか、久方ぶりの逢瀬になるか。
「あ、旦那じゃねえですかィ」
 目ざとい相手から声がかけられた。
 パトカーが凍った路面を横滑りして、金網の壊れた側溝にタイヤがはまったらしい。車から二人が降りてきたところに、銀時がちょうど通りかかったのだ。しゃがんでタイヤを見てみる。
「あー、これ銀さんの持ち物じゃどうしようもないからね、残念だけど。ボックスドライバーじゃどうしようもないからねコレ。だまってレッカーされとけよ、じゃーな!」
 早口でまくしたてる。そして横にいる誰かと井戸端会議でもするかのように、口に手を添え小さい声で続けた。
「ちょっとパトカーがレッカーされるなんてかっこわるーい」
 聞こえよがしに言って、すぐに走り去ろうとした。一歩踏み出したところで滑って転んだ。
「あー、痛ってえな……冷てえしよ、ったく」
 山崎が心配顔でやってきて、銀時に手を貸す。
「手伝ってくれたら家まで乗っけてってあげますぜィ」とすかさず沖田から交換条件が出された。
 沖田が車のエンジンをかけてアクセルを踏むと言うので、それにタイミングを合わせて銀時と山崎が後ろからパトカーを押し上げる。すると一回目で無事にタイヤが上がった。
 山崎が運転をして、沖田が助手席、銀時が後ろの席に座る。
「そういえば洗面所も掃除が行き届いてないって、清蔵さんが先月怒ってましたね。あれどうなったんですか?」
 この二人よくしゃべるよなぁ、と相づちのタイミングも分からないまま銀時は黙って二人の会話を聞いていた。
「んー、まだどうもなってないぜ。ヒゲ濃い連中が剃った後はさァ、細かいのいっぱい残ってんだよなあ」
「原田の頭の毛、洗面所で剃ってんじゃねえのかって疑われてましたよね。気の毒に」
「あいつ風呂の時だけだろ?」
「そうですよ。原田って毛深そうだけど、意外とあいつ腕なんかもツルツルですよ。すね毛もまばらだし」
「そうだっけ?」
「今度風呂で良く見てみてくださいよ、隊長。ケツ毛なんかないから」
「ふーん。……あれ、どうしたんでィ、旦那」
 沖田がバックミラー越しに後ろの席をのぞきこんで、銀時に話しかける。
「え、いや、なんでもないけど?」
 動揺しているのを知られたらいけないと思って、普通の振りをした。
 え、ケツ毛? こいつら普段ケツまで見せ合ってるの? それとも山崎とハゲがそういう関係で、しかも公認なの?
 銀時は変な汗がだらだら出てきた。
「旦那、すごい汗ですけど暑いですか? エアコン切りましょうか?」
 きょとんとして今度は山崎は聞いてくる。
 いや暑いわけないじゃん、こんなに雪降ってるのに! お前が妙なこと言うからだろ!
 と、全力で言い返したかった。しかし真選組の常識が分からないので、突っ込めなかった。
 いや、これは常識の話か? 山崎の個人事情に打ちのめされてないか? 俺。
 銀時が考え込もうとした時に、また前列から声が飛んでくる。
「ところで旦那」
「あ?」
「旦那のヒゲは何色なんですかィ」
「……」
 銀時が答えようと口を開きかけた時に「あっ、それ俺も知りたい!次に赤信号で止まった時に見せてください!」と山崎まで重ねて言うので、銀時は再び声にできない疑問が増した。
 あれ? 見たことないっけ? つーかなんでケツの話の後で、そんな無邪気なんだよ、ちくしょう!
 山崎の言葉の端々に、振り回されているような気がする。銀時はいったん目を伏せて、いつものやる気のない態度に戻そうとした。
「お前らふたりだとさァ、いつもそんな調子でしゃべってんのか?」
「あっ、うるさいですかね? すみません」
 山崎がすぐに謝った。対して沖田はそのままの調子で話を続ける。
「そういやザキ、明日誕生日だよな」
「あ、そうです。隊長覚えててくれたんですね!」
「だって近藤さんがさァ、今朝からそわそわして……あ、言っちゃった」
「あはは、聞かなかったことにします」
「でさぁ、今年の誕生日プレゼントはこれだ!とか言って土方さんがお前にチューしてくるかもしれねえぜ」
「いまどきチューして風邪うつしあうバカップルもないでしょ。それよりそういう冗談は組の連中以外の前ではやめましょうよ。旦那に誤解されるじゃないですか」
「いやその前のケツ毛で十分誤解されてると思うぜ?」
「え、そうなんですか?」
 山崎が再びバックミラーで後部座席を見て問いかける。銀時は何と返せばいいのか、いよいよ頭の中がまとまらない。中座してひとりで気持ちを落ちつけたくなった。
「俺ここでいいんで、もう降ろしてくれる?」
 すかさず沖田がタクシーメーターを止める仕草をした。
「へい、1,890円になりやーす」
「あ、釣りは結構でーす!」
 銀時は使い捨てカイロを置いて、さっさと車を降りた。
 降りた所は万事屋の二ブロック手前だった。ゆっくりと去っていくパトカーを見送りながら、深くため息をつく。
 知りたくないことを、知ってしまったような。
 数秒後、寒さに震えて自分を抱きしめるように両腕を胸で交差させる。袖の中がちょっとごわついたので、不思議に思って手を入れる。メモ用紙が入っていた。驚いて紙を開く。
『六日 午後八時 かぶき町一丁目……』
 見覚えのある字。あまりきれいじゃないけれど。
「暗号かよ」
 そうつぶやきながらも、銀時はふっと笑みがこぼれる。
 明日が誕生日だっつってたなァ。かわいいところがあるじゃないか。
 銀時は目を細める。雲が切れて太陽が差し込み、雪に反射する。まぶしい。山崎も「きれいな髪ですよね」と銀時を見て、まぶしそうに目を細めたことがある。
 俺ひょっとしてうさぎみたいかも、と唐突に銀時はわが身を振り返る。毛並み、目の色。
 そして山崎の着物の柄がよみがえる。一度見たきりの、うさぎ柄の着物。派手だけどなんだか妙に似合っていた。
「もう一度、着てるところ見てえなァ」



 ふだんお互い畳に布団の生活なので、安ホテルのベッドでも珍しいと嬉しがる山崎が、子どもみたいでかわいいと思った。ベッドに腰かけた銀時の足の間に山崎がうずくまる。精液を絞り出すかのように口で吸うのに耐えられず、もう出そうだから、と口を離すように声をかけた。
 すると反対に深いところまでくわえて、口内の天井で先をこする。ベッドひとつではしゃいだと思えば、この手管。ギャップで余計に興奮を駆り立てられる。
 最後までくわえていてもらいたい。でも口に出すのは気が引ける。ギリギリのところで冷静になろうとする。気持ちを振り切って肩を押して山崎の顔を離した。
 口から出た銀時のペニスは弾みをつけて角度を上向きに変え、前触れなく射精してしまった。
 お互い、しばし呆然とした。
 思い出したように「目に入った、痛い!」と山崎が騒いで洗面所へ行ったので、せっかくの余韻もなにも感じる余裕がなかった。
「今日おれ誕生日なのに……」
 ベッドに戻ってきた山崎はむくれる。
「だから……クラッカーみたいなもん?」
 オメデトー、と苦笑いで付け足した。自分でも苦し紛れだと思う。すると山崎は無言であっちを向いて毛布をかぶってしまった。
「あ、それか銀さんの生クリームで山崎をデコレーション……」
「そんな下品な冗談ばかりよく出てきますね」
 背中越しに会話する。完全にむくれている声だ。まじめに謝る場面だろうけれど、さっきから銀時は山崎の首元が気になってしょうがない。普段はねている襟足の髪が下に流れ、起きている時には見えないうなじが少しのぞいていた。しばらくながめて、肩におおいかぶさる。
「機嫌直せよ」とうなじにキスをする。それでもまだ、山崎は何も言わない。
 今度は指先で髪をかき分け、首筋を舐めてやった。すると「ん」と息にまぎれた小さな声が聞こえ、山崎の肩がすくむ。
 気持ち良くしてやるのがご機嫌とりに手っ取り早いと思うのは、大人の悪い手癖だな。
 嫌がらない山崎が、実のところはよく分からない。


 外に出ると、裏通りを一緒に歩く。もうすぐ日付が変わる時刻だ。気温は確実に氷点下。細かい雪がまた降りだした。寒さのせいか、すれ違う人もほとんどない。
 山崎の羽織が薄くて寒そうだな、と横を見ると、腹の前で結んでいる紐がほどけかけていることに気付く。
「ちょっと待って」
 歩を止めて山崎の前に立ち、紐を結び直してやる。
「あ、すみません」
 恥ずかしそうに山崎がつぶやく。
「手のかかる子ほどかわいいって父ちゃんが言ってた」
「父ちゃん……」
 何か言葉を続けるつもりだったのか、口はすぐには閉じなかった。けれど、しばらく待っても山崎の声は続かなかった。
 結び終わって正面から顔を見合う。次の交差点で表通りに出ると、そこでお別れだ。どちらからともなく手をつなぐ。この辺りはラブホテルや安い風俗店の看板が、街灯代わりの暗い道だ。だから自分たちは影みたいなもんだろう。
 山崎の指先は思いのほか暖かかった。女とも子どもとも違う手。
「旦那の手、すごくあったかいですね」
「そりゃ動いたからあったまるだろ。山崎が誕生日だっつーからさ、銀さんサービスして三倍速だったから」
「あ、ありがとうございます……」
「なあ山崎。あの着物」
 今度うさぎ柄の着物着ておいでよ。
 銀時の言葉にかぶせるように、唐突に救急車のサイレンが近くで鳴り響く。
「えっ?」
 山崎が聞き直す。直後に通行人の気配がして、慌ててふたりは手を離す。
 からだの快楽だけで誘えたら気が楽なのになぁ。
 会うための理由を気にし始めた自分に、銀時は気付いていた。

3

 このところ妙な天気だった。一週間おきに春と冬を行ったり来たり。三月に入って急に桜が咲きそうな暖かさになったと思ったら、週を開けると一転、この雪だ。三寒四温には情緒が足りない。
 しかし寒波のおかげでひと月前の夜を銀時は思い出し、しばらく会っていない山崎が夢に出てきた。


 雪が降り続く。ひと月前の大雪の再来。
 そのひとつひとつは大きな粒で、山崎のまつ毛に引っかかる。びっくりして雪の乗った右目を、思わず山崎は伏せる。その顔は実際に過ごした誕生日の夜と同じに見えた。雪の白さに自分の精液がかかった顔を思い出すなんて、なんだか雪に失礼な気もするけれど。
 それはすぐに溶けてしまった。山崎の輪郭もおぼろげになる。夜の闇にも雪の白にもまぎれる男だ。幽霊が満足して成仏するみたいに、このまま消えてしまいそうだった。銀時は思わず手をつなぐ。
 すると山崎は「どうしたんですか?」と首をかしげた。あたたかいと思った手は、生身の感触すらなかった。
 目が覚めて部屋を見渡す。ここには自分以外、誰もいなかった。急に、山崎の体温がほしくなった。

日の当たらない路地の雪も、一週間たつと消えていった。そして再び暖かい日が続いている。陽気に誘われ、銀時が公園のベンチに腰かけていると、目の前に真冬のような男が現れた。色彩がまるでない、いつもの出で立ち。人の目があるから、今はお互い単なる知り合いの振りをする。
「で、それ何」
 挨拶もそこそこに、山崎の手の風呂敷包みに銀時は目をやった。
「屯所におはぎがたくさんあったので、おすそ分けです」
「おはぎ? 俺を餌付けでもするつもりか?」
 まァ、くれるもんはありがたくもらっとくけどな、と素直に手を伸ばす。きれい目のタッパーに、十個のおはぎが行儀良く並んでいる。ひとつ手に取り、さっそく口に運ぼうとすると「あっ、旦那は後で食べてくださいね」と山崎は慌てて止めてきた。
「あァ? 神楽が先か? そんなのひとつも残らねーぞ。それとも新八か?」
 出し抜くのが日常になっている坂田家の食事風景。だから山崎の止める意味がちっとも分からない。
「あの、お彼岸じゃないですか」
 銀時は斜め上に目をやって、カレンダーを思い浮かべる。
「そうだな」
「だから旦那が食べるのは、お供えの後ですよ」
「俺の家にゃ仏壇なんぞねえよ」
「場所は神棚でもどこでもいいじゃないですか」
「あのなァ、山崎。俺にはご先祖とか……」
  同情とか余計なお世話だから、銀時はひとことで身の上話を終わらそうとする。そうすると山崎が慌てて遮る。
「でも旦那にも大事な人いるでしょう」
 大事な人。まずガキふたりの顔が思い浮かんだ。でも、山崎が言っているのは生きてない人間の話だろう。でもそんなのは直接聞かせた覚えはない。
 調べたのか?と鋭くして視線を返すと、銀時の向かいは相変わらずの力の抜けた笑顔だった。
「副長も言ってますけど、組としては旦那の過去には興味ありませんよ」
 かわすように、山崎は十歩ばかりベンチから離れる。
 興味がない、とはっきり言われるのも落ち込むんだけど。
 銀時は目つきを元に戻した。山崎は肩にかけていたケースからラケットを取り出し、右手に持った。リフティングよろしくシャトルをはね上げる。
「今日はいい天気だから、練習すると上手くなりそうです」
 乾いた空気を切り跳ねるシャトルを、銀時は無言で見ていた。ずっと同じテンポで打つのは難しいだろう。さらにバックハンド、フォアハンドと持ち手も変えるので、ときおり調子を外しひときわ高く舞い上がる。かげり始めた空は薄い青色になっていく。それは空のような海のような。シャトルが逆さに落ちていくようにも錯覚した。
 目で動きを追いかけていると、知らず知らずに銀時は無心になっていた。ふと視線を外す。近くで遊んでいた子どもがふたり、山崎の様子を興味深そうに見ている。飽きもせずによくひとりで続けるなァ、と銀時は感心する。
 黙っていたら暗くなるまで続けそうだ。
 横槍を入れることにした。
「お前隊服じゃん。そんな格好で遊んでると一般市民からクレームくるぜ。ほらあっちのおばちゃんたち絶対言ってるぜ? 税金ドロボーって」
「あはは、旦那は結構おれに厳しいなぁ。ちょっと遅いけど、今は休憩中です」
「ん? それ逆だろ。お前こそ俺にシビアな時あるじゃん」
 すかさず返すと、そうでしたっけ?と何食わぬ調子で山崎はリフティングを続ける。とは言え鈍くさい一面もあるから、銀時は山崎相手だとどうしても気が緩む。緩んで出来上がった隙間から、実はとっくに本性見抜かれてるのかもしれないなんて想像する。
――俺のいい加減は鎧なんだよ、信念だけで突っ走ったらとっくにくたばってるだろ。
――そんなこと分かってますよ、だって俺の鈍臭さも旦那と似たようなもんです。
 そんな会話はしたことないけど、したように錯覚してしまう。

「銀さんさあ、明日が誕生日なんだよね」
 去年の十月のこと。桂の目撃情報に乏しかったのか、山崎はまた万事屋周辺の監視を命じられたみたいだった。向かいの建物の窓から万事屋をのぞく姿が、いかにも面倒くさそうだった。その日、パチンコの帰りも尾行されていた。万事屋に帰り着く前、急に振り返り山崎に声をかける。
「よお、山崎。ヒマそうだな」
「あれ、気付いてたんですか」
「まあな。なにか分かった?」
「いや、全然ですね。副長にどやされたくないんで、何か教えてくださいよ」
「タダで情報くれてやる奴はいないぜ?」
「ですよねぇ」
「どうする?」
「取引ですか?」
「あのさァ、取引っつーか、テレビとかでやってる二重スパイとか面白いんじゃねーの」
 銀時は口から出まかせてみた。すると山崎は一瞬だけ目を見張り、訳知り顔でついてきた。薄暗い街灯でもその髪は艶やかで、一度さわってみたかったので山崎に手を伸ばす。一瞬だけビクッとしたけれど、すぐに落ち着いた様子で山崎は目を伏せた。
「誰にでもこんなことするんですか」
 抑揚のない声がした。視線を山崎の正面に戻す。視線が交わる。山崎はまばたきも抑えて、無表情を作ろうとしているように銀時には見えた。
「しねーよ」
 否定すると山崎は強く銀時の目を見た。警戒、開き直り、それとも慣れ。了承だと銀時は勝手に受け取った。
 出会茶屋の布団の上で、帯を結び直す山崎の横顔に問いかける。
「仕事だと誰とでもこんなことするの?」
 一呼吸、動きが止まってから山崎は銀時を笑顔で見る。
「あ、日付変わりましたね。おめでとうございます」
 質問には答えなかった。
 気持ち良くても終わってから虚しくなるのは何なんだろうな。
 ごちゃごちゃ考えるのは柄じゃないのに、銀時はしばらく引っかかっていた。二度目はないだろうと踏んでいたら、山崎から誘ってきた。意外だった。セックスをしたのはこの前のが四度目だ。
 相手のことを知らないのは媚薬だ。だから自分のことを話さないわけじゃないけれど「真面目にお付き合いしています」と言えない関係だと、詮索するのはルール違反じゃないかと銀時は考えている。
 大人は面倒くせえなァ。
 手かせ足かせ作っているのは自分なのに、言いたいことも言えない状況に銀時は少しづつ焦り始めていた。

 なんで俺とこんなこと続けてんの、とか。
 誕生日に会ったのは偶然だったの、とか。
 俺のことどう思ってんの、とか。

 あげれば後から後から要求がわいてきて、しまった、媚薬を使われたのは俺の方だったのかもしれない、と銀時はため息をつく。


 シャトルがあらぬ方向へ飛んで行った。山崎はそっちへ駆けて行き、拾って戻ってくる。リフティングを続けるのかと思ったら、銀時の横に腰かけた。
「本当はね、先日新八くんからお願いされたんですよ。毎年食堂のおばちゃんがおはぎをたくさん作るって俺が話をしたら、よかったらうちに分けてくれませんかって。あ、でもこれ新八くんには内緒にしといてくださいね。俺が怒られるから」
 そして銀時の目をのぞきこむ。上目遣いになるのは、確認したい時の癖なんだろうか。目をそらしてタッパーの中身を見る。何というべきか銀時は考えていた。すると山崎が唐突に告白する。
「……すみません、嘘です」
「えっ、なにが嘘? どこからどこまでが本当?」
「旦那、落ち着いて。あの、俺、最近いろんな出来事があると、旦那だったらどうするかなって、真っ先に顔が思い浮かぶんです。だからおはぎがたくさん作ってあるのは本当なんですけど、会えるかもしれないって思って新八くんにこの話したんです」
「ああ、そう……」
 なんだか気が抜けて、返事がそっけなくなってしまった。
 そういうのは嘘じゃなくて、口実だろ、山崎くん。
 それに聞き捨てならないことを聞いてしまった。山崎の素直な気持ちを聞いたのは、初めてのような気がする。急に居ても立ってもいられない気分になる。
「勝手に調査したくなかったんです。だから気が向いたらでいいんで、いろんなことは旦那の口からそのうち聞かせてもらいたいな……なんて……」
「職質じゃないよな」
「もちろんですよ。俺そんなに信用ないですか」
 山崎が情けない顔をするから、一息いれて雰囲気を変える。
「あのさ、昔の話して聞かせるのなんてピロートークの定番なんだけど」
 銀時がそう言うと、山崎の頬が少し赤くなる。それは太陽が傾き始めた今の空の色を映したようだった。三月の夕日は、夏の赤と比べたらまだまだ淡い朱色だ。
 今さら照れるなよ、順番が逆だろ!
「今から行こうぜ」
 銀時がベンチから立ち上がる。
「え、どこへ」
「俺ん家」
「ええっ、俺まだ一応勤務中ですよ!」
 山崎のうろたえる姿を見るのも楽しいと思いながら、小声で付け足した。
「神楽がいるからさすがにエッチなことはできないけど」
 二の足を踏む山崎の手を引いて、ふたりは公園を後にする。
「お前んとこタイムカードないんだろ? だったらどこで何して何時に帰ろうが大丈夫じゃねえの?」
「タイムカードはないですけど、一度帰らないと。おれ今日は定時上がり予定なんで。あんまり遅いと携帯のGPSで調べられちまいます」
「そうなの? だったら桂を発見して監視してました!とか言えばいいんじゃね?」
「旦那と沖田隊長って似たようなこと言いますよね……思考回路が同じなんですかね……」
 ビルの狭間から射す日の光が、その日最後の潔さを見せつける。道を歩く人も車も、みんなそれに背中を押されているかのようだ。周りにまぎれて今日はふたり同じ家に帰ろう。
「山崎、先月の話覚えてる?」
「着物のことですよね」
 一度見たきりのうさぎの柄の着物を、また着て来いよと別れ際に頼んでみた。それなのに先月はあいまいな返事だったから、銀時は少し気落ちしていたのだ。
「ああいう柄なんで、着るのは秋って決めてるんですよ。でもうさぎって冬の季語なんですよね」
「季語? お前ふだんそんなの意識してんの? 実は俳人?」
「い、いやあ俺は俳句は作りませんけど……」
 苦笑いでごまかす。気にならないでもないけど、細かいことの追求はまだ後でいい。
「だったらちょうどいいじゃん。週末はまた冬に逆戻りって今朝のテレビで結野アナが言ってたぜ」
「えー、また雪降るんですか」
「冬生まれなのに冬嫌いなの?」
「生まれた時期とは関係ないと思いますけど……、あっ、電話」
 山崎の視線が下へ向けられる。ポケットから震える携帯を取り出したのは銀時だった。すかさず電源を切って、自分の着物の袖にしまった。
「ただいまから山崎くんには捕虜になっていただきまーす」
「おれ軟禁されるんですか、そういうプレイですか」
「お前がしたいなら監禁でも拘束でも付き合うぜ」


 実らない恋ほどきれいなんだ、と飲み屋でどっかのおやじがくだを巻いていたことがあった。でもそんなものを大事に抱えて仕舞いこむだけなんて、自分の性に合わないと銀時は知っている。
 一歩踏み出した先に、影とも冬の色彩とも違う景色が広がっていることも、きっと知っている。


〈了〉

【銀山】早春のモノクローム

【銀山】早春のモノクローム

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日 2021-05-31

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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