楢山節考二一〇〇年

郷 朔次郎

   楢山節考二一〇〇年
                          郷 朔次郎

 路地裏に風鈴の音が流れてきて、私は駆け出した。
土の上に砂利を撒き、それを通行する人が踏み固めて出来た道である。
雨が降ると泥濘(ぬかるみ)、乾くと土埃が舞い上がる。
本舗装は大通りしかされていないのだ。
通りに出てきた私を見て、リヤカーを牽いた金魚売の爺さんが足を止めた。
「坊や、買うのかい?」
私が首を横に振ると、小さく舌打ちをし、
「一服するか。」
と、首に掛けていた汚い手拭いで、顔や首筋を擦りながら道端に腰を下した。
リヤカーには、金魚の入った幾つかの水槽が載っており、その下三分の一
ぐらいの高さを木の板で周囲を取り巻き、落ちないように固定している。
爺さんは、麦藁帽子で顔を数回扇ぐと、阿弥陀に被り直し、タバコの
『しんせい』を取り出した。
左手の親指の爪に、タバコの尻をトントンと数回打ちつけてから、火を付け、
深く吸いこむと鼻から煙を吐き出す。
私は水槽の中の金魚を見ていた。
一杯に詰め込まれて、みんな窮屈そうに、泳ぐというよりただ水の中に浮かんで
いる。
そのうち私は妙なことに気が付いた。一匹の金魚が私を見ているのだ。
(見覚えがある)金魚の顔がである。そういえば人面魚なんて騒ぎもあったっけ。
この金魚の顔誰かに似ている。けれど思い出せない。

 そんな光景を、私は上空から見下ろしていた。
金魚売の爺さんも、水槽を乗せたリヤカーも、それに子供時代の私も。
そう、私は過去への旅をしているのだ。

 また風鈴の音がした。そうか、もう戻る時間なのか……。
その時、ハッと閃いた。あの顔は私だ。狭い水槽に放り込まれて、
ぼんやりと外を見ている何の感動もない目。
苦い笑いが込み上げてきた。

 「ほら、笑ってるじゃないか。良い旅をしてきっと満足してるんだよ、
この爺さんも。」
「そうですかねえ。私なら、こんな所に閉じ込められるのは御免ですけどね。」
『架空の旅』レクレーション時間終了のブザーのボタンを押してから、
【二人の係り員】は見回りを始めた。
此処は、百二十歳を超えた老人を収容する施設である。
なにしろ平均寿命が百五十歳なのだ。世の中は老人で溢れている。
そこで政府はこのような施設というか設備を作らざるを得なくなったのだ。
実際、立案した役人たちは、これを陰で「姥捨山プロジェクト」と呼んでいた。
巨大な建物は、幾つかの部屋に別れており、引き出し式押入れ収納ボックスを
大きくしたような容器が、三段二十列一組で通路を取って五組で一部屋を占めている。
「なんだか、死体置場みたいですね。」
「ああ、アイデアの元はそうだった。再利用ってやつだな。」
容器の前面は透明で、中の様子を観察確認可能である。
中に横たわっている老人たちは、身動きはできないが、電磁刺激その他の先端科学的方法で、
骨、筋肉、内蔵等を健常に維持されている。
「ここの人間は、身体生命の安全を保障されているんだ。快適な環境で安楽に暮し、
人生を全うすることができる。」
「これが、快適な環境? 安楽な暮らし? このでかい引き出し……、要するにこれは棺桶でしょう? 
時間をかけた安楽死みたいなもんじゃないですか。この中に死ぬまで押し込められているのが、人生を全うすることなんですか? 」
「質問が多いな。おまえ、ひょっとして、オメガプログラムを組み込まれてるんじゃないだろうな。」
「なんですか、それ? 」
「知らないのか。それなら言っておくが、知ろうとするな。
我々はマニュアル通りに動いていればいいんだ。余計なことをすると、査問会議行きだぞ。」
「実態は解体工場だと言われてるあれですか? 」
「そうだ。御勤め大事。指示通りにやってればいいんだよ。」
【二人】は、滑らかな動きで滑るように部屋を出て行った。
サーボモーターの微かな響きを残して。

 風鈴の旅から帰還したこの老人は、ロボット工学の権威だった。
オメガプログラムは、彼がロボットを人間らしくするために心血を注ぎ、
生涯を捧げて作り上げたものである。だが……、
老人の眼尻から涙が零れた。それを拭うものは誰もいない。
                                                          
                                   完

楢山節考二一〇〇年

楢山節考二一〇〇年

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-05-29

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