ないうた/あるうた
単の文字の羅列なのに
詩をながめるとからだに流れ込んでくる
高い天井にどこまでも
どこまでも昇ってゆく和声
あの日音に
音だけに包まれていたわたしが
唇に乗せたことがない言葉を
五線譜に乗っていない音楽を
意識の深層で閃いている
ひとたび産まれたら
あとは風に乗って流されてゆくだけである
題名のないうたは
たしかにそこにあった
という文章の記憶でもって
わたしの骨に刻まれて終る
/
わたしが実際口にしたのは五線譜の存在するうたである
あの人が実際口にしたのも五線譜の存在するうたである
/
詩を摂らないあの人とわたしは
とつぜん五線譜で繋がった
言葉から出会った美しい詩は
彼の声で旋律を得た
髄に沈んだ題名のないうたも飛び起き
ピアノ線を伝って彼に届いた気がした
気がしただけだ
でも わたしはそれを信じた
ないうた/あるうた