ないうた/あるうた

単の文字の羅列なのに
詩をながめるとからだに流れ込んでくる
高い天井にどこまでも
どこまでも昇ってゆく和声

あの日音に
音だけに包まれていたわたしが
唇に乗せたことがない言葉を
五線譜に乗っていない音楽を
意識の深層で閃いている

ひとたび産まれたら
あとは風に乗って流されてゆくだけである

題名のないうたは
たしかにそこにあった
という文章の記憶でもって
わたしの骨に刻まれて終る

わたしが実際口にしたのは五線譜の存在するうたである
あの人が実際口にしたのも五線譜の存在するうたである

詩を摂らないあの人とわたしは
とつぜん五線譜で繋がった
言葉から出会った美しい詩は
彼の声で旋律を得た

髄に沈んだ題名のないうたも飛び起き
ピアノ線を伝って彼に届いた気がした

気がしただけだ
でも わたしはそれを信じた

ないうた/あるうた

ないうた/あるうた

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-29

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