紫陽花

縦式のエディタで書いたものを貼り付けたので読みづらいかもしれないですが、ご了承ください。

紫陽花
 
 紫陽花みたいな恋をした。それは梅雨のようだった。今はだらだらと続いているけれど、終わることが確約されているようなそんな恋だった。その人と出会うまでは、僕はこの世の平均ど真ん中のような人生を送って生きて来た。初めて出会ったのは五月の中頃、出会い方こそロマンチックなものではなかったけれど、僕はその恋に半ば信仰のような気持ちを抱いていた。その人は薬指に鈍く、それでいて確実に銀色に光る枷をしていた。その枷は精神的にも社会的にも人を拘束するような類のものだった。彼女は産まれたままの姿になるときにもその枷をつけ続けていた。僕はその枷を外してしまいたい衝動に駆られ続けていた。しかしその枷を外してしまったら、彼女はこの世にも留めて置けなくなるように感じてそうできずにいたのだった。 彼女は煙草を吸っていた。彼女曰く、「セブンスターがダイレクトにニコチンが来る」らしいが、僕には全く意味がわからなかった。それでも僕は煙草を、セブンスターを吸い始めた。彼女と共通項を持つことで、彼女と自分を繋いでくれると思ったからかもしれない。         彼女は煙草を吸いながら小説を読み耽っていた。彼女は伊坂幸太郎の「重力ピエロ」を持ち歩いていた。洒落た文体と家族愛が好みらしい。読書をしないような大学生であった僕なので当然わかるわけもなかった。でも小説を、伊坂を読み始めた。
 彼女はコーヒーを飲んでいた。彼女はミルクも砂糖も入れないでブラックで飲んでいた。ただの子供である平凡な大学生程度では、その美味しさなんかわからなかったけれど、僕は例に漏れずコーヒーを飲み始めた。
 そして彼女は一ヶ月と半月で消えた。
 僕に変革だけを残して。一ヶ月有れば経験というものは、人の生活も信条も価値観も変えてしまうらしい。僕は彼女が居なくなってからもセブンスターを吸ったし、伊坂も読んだし、ブラックも飲み続けた。これは彼女を自分の世界に繋ぎ止めたかった心の表れなのかもしれない。しかし彼女を直接的に探すことはしなかった。なぜかはわからないがそんな情熱は湧いてこなかった。この恋は僕の心の蝋燭を燃やし尽くしてしまったのだろう。
 だから僕は紫陽花を見るとこの恋を思い出すのだ。 

紫陽花

自己満小説ですけども最後まで読んでくれた方がいるのなら、うれしいことですね。

紫陽花

紫陽花のような恋のおはなし

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-26

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