春立つ
水が冷たい。
昼に使った二人分の皿を洗い終えれば、両手はまっ赤にこわばって身体の底から震えが来る。残雪を融かした水はいつまで経っても温まない。熱いお茶を淹れよう、とメガリナは決め、居間の方を振り返った。そこに座っているはずのプロラに、何のお茶がいいか訊こうとしたが。
一瞬、声をためらう。プロラはさっき一緒に食事をとったテーブルについたまま、顔を窓へ向けていた。視線は表を捉えたきり動かない。
「プロラ」
呼びかけると、ようやくその目が窓を離れてこちらを映す。
「……メガリナお姉ちゃん、」
心細げな表情を正面に受けとめる。メガリナは妹が次に何を言うか、手にとれるほどわかった。
「レヴィアお姉ちゃんたち、もうすぐ帰ってくるかな? ……」
プロラは昨日からこんな調子だった。明日のお昼ごろかな、夕方かなと、元来口数の多くない子なだけに、そのことしか言っていないような気さえする。それも無理からぬ話で、この子は上の姉のレヴィアをずっと慕っていた。むろんメガリナも、レヴィアのことは大好きで、頼りになる姉だと思ってきた。
「そうだね……向こうもお天気だと思うし、遅くても今日じゅうには」
姉レヴィアは、半月前に東の町へ嫁いだ。
今よりもっと雪深く、空暗く、冷えこみも厳しかった時だ。花のない挙式はただ寒くて、メガリナは花嫁衣裳のきれいさより何より、「レヴィア姉ちゃん寒そう」と案じてばかりいた。
その姉が、嫁ぎ先から離縁されることになった。
父と、メガリナの双子の姉メガルは、おととい報せを得てレヴィアを迎えにいった。メガリナは妹プロラとともに帰宅を待ちながら、どうしてたった半月で、と答えの知れぬ疑問を考えつづけている。
「……ねえ、お姉ちゃん」プロラがまた窓外を見つめ、呟いた。「レヴィアお姉ちゃんが帰ってきたら、今年もまたみんなでヴオッコ見にいこうね」
それは、春の恒例だ。冬が明けたのち、いっせいに森の足元を埋めつくす白い花。ヴオッコの花をみんなで眺めにいく日は毎春、家族のいちばんの楽しみだった。
「……今年からもう、レヴィアお姉ちゃんとは行けないんだなってさみしかったけど。でも、行けるんだよね」
そうだね、と、うなずいてやる。
この小さい町に戻ってきたら、姉は、また違う苦労が始まるだろう。それは末っ子のプロラには、まだ想像もつかないことだ。
「早く来ないかな……」
妹の声を背に、メガリナは台所の戸棚を開けた。姉妹の誰もが好きな犬薔薇のお茶を淹れよう、と決めて、ティーカップを並べる。棚の奥には、しまいこんでいたレヴィアのカップがあった。手前に出しておく。
「来た!」
プロラが声を上げた。玄関から三つの「ただいま」が聴こえる。表から吹き入った風は、去年と変わらない春の匂いがした。
春立つ