置き詞(おきことば)

よしの かい

置き詞(おきことば)

 雨音に「粛々(しゅくしゅく)」の聞きなしを置き換えるようになり久しい。
初めて父の墓前に向かい、(にわ)かに降り出した大粒の雨が自分の首筋を肩をしとどに濡らし始めた時突然、深い悔いが(かたまり)となり身体の奥深くから迫り上がり合わせた掌ががくがく震え、整然と敷き詰められた石畳みを叩く音がそう聞こえていた。
雫を払いながら傘をたたみ、ふと雨雲を見上げると放射線状に伸びた雨粒が自分を囲うように落ちて来る。
瞼に頬に当たる雨が心地良く感じた。
病院の敷地内にある、今は葉桜の生い茂る先の小枝に四十雀(しじゅうから)(つが)いが餌を求め仲睦(なかむつ)まじく(まつ)わりついている。

「─いいのか、本当に。立ち会いしなくて─」不安げにそう言うと冴子は薄ら額に汗を滲ませた顔をゆっくり横に振り、
「─うちの仕事やから─」しっかりした口調でそう応えた。
「─わかった。─しっかりな─」分娩台に横たわる妻にそう声を掛け、待合室に入るとマナーモードにしていた携帯がジャケットのポケットで震えた。着電は母からだった。
「─大丈夫だよ。うん─今、分娩室にいる。予定通りだから─うん。また連絡するよ─」そう言うと電話を切り小さく息を吐いた。
先月で48の誕生日を迎えた。率直にこの歳で父親になるとは考えも及ばなかった。
まして過去の過ちを省みると(たと)え末端でも自分が幸せになれる確信など微塵もなかった。
若い頃、旋盤工としてまだ真面目に働いていた時作業中に不注意で落とした左手人差し指の第一関節を(かば)う様に右の薬指で触れながらふと笑みが浮かんだ。
笑うと右の目尻から頬に掛かる刀傷が引き攣れる様で少しだけ口元が歪む。笑みを戻した時不意に、無機質な造りの廊下に反響した赤児の泣き声がくぐもりながら聞こえて来た。
「─産まれたん、だ─」そう思わず呟くと自然に目頭が熱くなった。
「─冴子─。もうちょっとだな─頑張れ─頑張ってくれ─」もう一度そう呟くと、今度は両掌を合わせ天を仰いだ。
得体の知れぬ感情が塊になりゆらゆら()き上げて来る。
真樹(まさき)は気持ちを落ち着かせようとセカンドバッグからすっかり色褪せくたびれた様子の封筒を取り出した。
幾度も繰り返し開き見た便箋はやはり黄ばんでいたが、整然と黒のインクで記された文字は直ぐに、遠い記憶にある亡き父の低いトーンの半ば(しゃが)れた声に重なって来る。

 ─元気でいますか。
すっかり春めいてきましたね。
また今年も、木蓮の華が咲きました。
あなたの誕生を記念して植えた樹が、こんなに大きく育つなんて─。
けれどまだ三月も手前なのに陽射しが強く、初夏を思わせますね。
朝晩の寒暖差で体調を崩してはいませんか。
 何通目の便りになるのでしょう。
憶えてます─。
 何だよ、今さら─
わたしが送った最初の手紙を読んだ開口一番がその呟きだったと、坂上さんから聞かされました。
以来、届いた手紙に目を向けることも無かったと。
けれどある日、続け様に便箋を開き始め、密かに泣いていた晩のことも─。
押し殺した嗚咽(おえつ)が、狭い房に悲痛に響いていたと─。
─済まない。

あなたを初めて傷つけたのは、幾つの時だったのだろう。
そして果たしてどの出来事だったのだろう─。
 小学生の頃、友達から借りたと言う野球のグローブ。あれを盗んだものだと決めつけ、手を上げた時だろうか─。
それとも何とか言う漫画のカードを盗られたと言うあなたのクラスメイトたちの話を聞き鵜呑(うの)みにし、酷く叱りつけた時だろうか。
あれはあの後あなたの言葉の通り交換したものだと分かったが、わたしは欺瞞(ぎまん)と憤りに満ちたその眼差しに気づいていながら、詫びることをしなかった。
中学に進学すると頻繁に喧嘩しては相手のお宅にお詫びにも何度となく伺ったが、是非を確かめなかったばかりか一度もその理由さえ訊こうとはしなかった。
いつだったか、帰宅すると学生服から煙草の匂いがしそれを(とが)めた。
「俺じゃない─」あなたはそう言ったがその言葉も信じなかった。重ねて嘘をつくなと詰った後、
「─何だよ。何で何もかも信じないんだよ。どうしてそんなに俺を嫌うんだよ─」応えたその声が震えていた。悲しそうな眼をしていた─。だが返答に窮したわたしは、憤りに任せまたその頬を叩いていた。
すぐ傍で母さんが泣いていたのを良く憶えてる。
そのまま家を飛び出し、その日は帰らずにいましたね。
恐らく初めて、あなたが父を見限った瞬間なのでしょう。
またある日、仲の良かった友達が傷害事件を起こしてしまい少年院への送致が決まり、
「─だからだらしないんだよ。片親の子どもは。手本にすべき親の背中が一つ足りないからな─」そう言いながら半ば嘲笑した直後、あなたは私に組みかかって来た。
「─あいつを悪く言うな。悪く言うな。─あいつは悪くないんだ─」そう(うな)るように。
強い力だった。不甲斐なく組み伏せられてしまい、初めてその成長を思い知らされました─。
何とか高校に入学すると今度は引きこもる様になり、たまに出かける時は風采の良くない連中を伴っていましたね。
目につく度詰り、叱りつけていた─。

 初めて話すことがあります。
父は、実は中学しか出ていません。
しかも殆ど不登校でした。
当時でいう「不良」だった。
川崎と言う街で生まれ育ち、同じ神奈川の横浜の郊外に移転したのは丁度中二に進級を控えた春のことでした。
転校して間もなく、余所者(よそもの)扱いが(こじ)れた様な陰湿な虐めを受け我慢出来ず、川崎まで行き仲間に話したところわざわざ転入した学校まで団体で押し寄せ乱闘騒ぎを起こした。
それが当時の新聞沙汰にまでなってしまい、以降登校することが出来なくなりました。
あの頃、わたしは厳格な父親、つまりあなたの祖父に強く反発していました。
多分あなた等比にならぬ程の愚行を繰り返しました。
まだ当時は児童相談所など無く、警察に直にお世話になることも一度や二度ではありませんでした。
反抗するあなたを見ていて傍若無人の昔の自分を彷彿(ほうふつ)と重ね合わせ、しかし振り返りたくなかった。
出来ることなら、あなたを(かんが)みながら過去に目を(つぶ)り耳を塞ぐことで自身の人生の汚点を払拭したかった。
振り返れば様々に身勝手な親でした。
本当に済まない─。

 十一月二日はあなたの誕生日であり、母さんと別れた日、離婚を承諾し届け出に判をついた日でもあります。

 あなたが生まれた日─。
見事な銀杏の色づきを憶えてます。
激しい雨脚の中、綺麗に染まり切った葉が雨の雫に打たれパラパラと音を立てていました。
妊娠中毒症と診断され、出産自体にリスクのあることを報され日々恐々と過ごしていたある夜突然破水し、朝方病院に緊急搬送されました。
あの日のことは、生涯忘れない─。
母さんが横たわる分娩台のある部屋に通じる廊下を進みながら、ゴム敷きの踏み板にスリッパが擦り合わさる音と屋根を激しく打ちつける雨が不協和音の様に聞こえていた。
知識が乏しく、破水すれば直ぐに産まれる等と考えていたが浅はかな認識だった。
搬送され時間が過ぎても子宮口は中々開かず、陣痛促進剤を投与された。すると母さんの眼の焦点は震え、目の当たりで意識が混濁(こんだく)し始めたのが分かった。
元気に脈打っていたあなたの心音までが弱く遠のく様になると丁度来室した院長の胸ぐらを掴んだ。
渾身の力を込め声を荒げた末、漸く帝王切開に踏み切り、あなたが産まれました。

色白だった─。透き通るほど澄み切った眼差しと向き合った時、この世の至福を心から感じた─。
赤児の瞳があんなに澄んでいることを初めて知りました。
経験のない感動だった。
今も耳の奥に産声が去来することがあります。

最初の沐浴(もくよく)、全身から汗が吹き出して来たのを未だに憶えてます。
指先が勝手に震え柔らかなあなたを壊してしまわないかと狼狽(うろた)えました。
話に聞いたことはありましたが冷や汗と言うものを経験したのも生まれて初めてでした。
素肌にガーゼ生地のタオルを掛け湯船に浸かると口をホの字にして、実に気持ち良さ気に目を閉じていました。話しかけると円らな瞳を開け、お口をミカンの粒の形にして笑い何とも幸せな気持ちになったものです。
笑顔とは、この表情なんだと思いました。
 しかしわたしたちの幸せを引き合いに、あまりにも悲しい現実もありました。
結婚前母さんの勤務していた個人経営の小さな保育園で仲の良かった友人のお子さんに重篤な障害が見つかったのです。
あなたは11月出産予定。彼女はひと月遅い師走の出産の予定でした。
同じ産院に通い、病院で会っては談笑を交わし先行きの幸せに微笑んでいた。
時には通院の日を合わせ、帰りに食事を共にしたりもしました。
母親学級での話を実に楽しそうに、幸せそうに向き合い話していた二人の姿が今も記憶に残っている。

ある晩、かなり遅い時間に彼女から電話がありました。
母さんは一瞬眉間に(しわ)を寄せ絶句していた。
中期の胎児の健診で明らかな異状が見つかったのだと言う。
急遽(きゅうきょ)大学病院に転院の必要性があると告げられた旨の連絡だった。
その晩、母さんは私の胸の中で長い時間泣いた。
お子さんは重篤な症状で、間もなく水頭症と診断された。
慰めの言葉が見当たらなかった。
彼女に対して。
母さんに対して─。
危険な経緯はあったにしろ、あなたが無事に産まれたこと。
私はあの時、初めて真の感謝を知りました。
天に地に向かい両の掌を合わせ、涙を流しながら頭を深々と垂れた。

 まだ二歳になったばかりの頃、子供の国に行き牧場仕立てのソフトクリームを初めて食べた時の表情が忘れられません。目をまん丸に開き唇を尖らせ、さながら釣り上げられたタコのようでした。
四歳になった頃、現在は閉園されてしまった遊園地でコースターにひとりで乗ると言い出し、愉しげにこちらに向け手を振る姿に成長を感じまた感情が衝き上げ涙ぐみました。
突発で高熱が中々下がらずにいた時は母さんと二人で夜なべでアイス枕を取り替えたりしました。
幼稚園の学芸会では演じた仔猫の役が可愛らしく、演奏会のトライアングルの音さえ愛おしく感涙をこぼしました。
小学一年生の運動会のお弁当、初めておにぎりの梅を食べまた唇を尖らせ、でも以来好物になりましたね。

先日差し入れた梅干しは、もう食べ終わりましたか。あれは紀州から取り寄せた物です。美味しかったでしょう。
甘い卵焼き、トマト、カレーライス赤飯、豚肉のすき焼き、栗羊羹─。あなたの好きな物、何でもを差し入れたかったけどどうにも思う様に身体も足が動かずそちらに出向くこともままなりませんでした。
食するさえ自由にならぬ不憫を思いながら、本当に済まなかった。

いつだったか、初めてまとめて上げたお小遣いの千円。
ある日の夕刻、近所の駄菓子屋さんから電話がありあなたが随分たくさんの友達に振る舞っていると。
帰るなり強く叱りつけ、以来お小遣いを上げませんでした。
その後一週間程して白い紙袋を抱える様にして菓子を頬張るあなたを見てその出どころを問いただした。
口籠もるその頬を、強く叩いた。
母さんが内緒で渡した小遣いのことを知らずに。
目元に一杯に溜めた涙をそれでもこぼさず耐え、じっとわたしを見上げていたあの悲しげな眼差しが脳裏に焼きついている。

 最初の公判の際、こちらに向け頭を下げていましたね。
わたしを見ていたのでしょうか。
暫し傍聴席を見回していたのは、母さんが来ていないことを確認していたのでしょうか。
あなたはお母さんっ子でしたから。
目線を上げた表情からはあなたの気持ちを察することが出来なかった。
ただ、荒んだ眼差しをしていると感じた。
どこに、何に憤りを向けていたのか。
暫く振りに向き合う我が子の気持ちを推し量ることが出来なかった。
情けなさに涙が止まらなかった。

刑法第246号─
人を欺き財物を交付せしめたり、財産上不法の利益を得る行為、または他人にこれを得させる行為を内容とする犯罪のこと。
10年以下の懲役に処する─
あなたは傷害事件も加判され12年の
刑を受けた。
12年─模範囚として三分の二の8年の服役だとしても、刑期が終えた時わたしは傘寿をとうに超えてしまっている。
今漸く一年が経ち例えば後7年─
一度大病を患ったこの老体には長すぎる時間だ。

知っていましたか。
あなたが搾取した故に起きたあまりにも悲惨な現実を。

わたしとさして変わらぬ年配のご婦人の話です。
数年前から寝たきりになったご主人の看病をしながら、二人分の年金をぎりぎりまで切り詰め貯めたお金の大半をあなたたちが騙った投資話につぎ込んでしまった。

いつ何があるか分からないご主人の容態に気遣いながら自分もいつ倒れてもおかしくない老老介護の暮らしの中で、見えない先行きの不安と疲弊し困憊した気持ちに喘いでいた時、突然受けたあなたたちからの電話。
確実な投資だと説得され自宅で契約、納金した間もなくあなた方が摘発逮捕された。
数ヶ月が経ちお金が戻る可能性は極めて低いことを警察からも聞かされたその晩、彼女はご主人を絞殺し自身も服薬自殺を図った─。
しかし恐らくは不幸にも助かってしまった彼女の絶望の深淵は─。
ご夫妻にはお子さんがいらっしゃらなかった。頼るべき親類もいなかったのだと聞かされた。
この世に寄るべのない二人は間違いなく全てを互いに委ね、寄り添い合い生きてきた─。
こつこつ積み上げて来、唯一の支えと拠り所にしてきた蓄えを一瞬で失ってしまったその絶望を果たして想像できますか─。
わたしには到底及ばない─。

他にも内緒でご主人の預金口座から引き出した過分なお金が原因で離婚してしまったご夫婦。
首謀閣として暗躍していたあなたは、何故それほど過分に金を欲したのだろう。
信じられるものがそれしかなかったのだとも思うが、それは育てながら歪んだ教育をしてしまったわたしの責任に他ならない。

音信が途絶えたのは23歳の時─
不起訴にはなりましたが、勤めていたガソリンスタンドで傷害事件を起こして間もなくのことでしたね。
社長さんが整えてくれた寮代わりのアパートを一言もなく引き払い、行き方が分からなくなった。
捜索願いを出し、探偵事務所も頼りましたが手がかりさえ見つからなかった。
直後から母さんは心労が祟り、心に深い病を抱えるようになりました。
あなたの写真を見て涙を流しては、わたしを詰るようになりました。
わたしは自身の生き様を悔いるようになり、信仰にも縋るようになりました。
朝夕に両掌を合わせながら、あなたの無事と母さんへの贖罪(しょくざい)の念を欠かしたことはありません。

終身雇用の期間が終わり、長年勤めあげた町工場を退職した翌年。
10年前の秋─
唐突に別れ話を切り出されました。
言葉がなかった。
引き留める術が見当たらなかった。
数多の労苦に耐え、忍び抜いた彼女の選択につけ入る間など微塵も感じられずまた見いだせなかった。
曖昧(あいまい)な理由などではないことを瞬時に悟り、奇しくもあなたの産まれた日に離婚が成立した。
非は間違いなく、わたしがあなたに見限られたことにあった。
彼女の生命を脈々と受け継いでいる、()わば彼女の一部でもあるあなたにそうされてしまったことは、わたしが家庭を守れなかった所以に他ならない。
あまりに情け無い終止符を印に代え、赤枠の支配する一枚の紙切れに押した。
母さんはその日の内に家を出た。
まだ完治はしていない心の病気が気掛かりだったが、既に契約していたと言う隣街のアパートに手荷物一つ下げ出て行った。
既に住む場所を契約していた─
そんなことにさえ気づかずにいた。
彼女が出る時、わたしは背を向けていた。
振り返ることが出来ずにいた─。
何も言わず、ただ長い間頭を下げていたのが気配で分かった。
その晩、長年絶っていた酒を呑んだ。
呑むと言うより、(あお)った。

憶えてますか。
あなたが成人した日─
わざわざ探してくれたのでしょう。
新潟の銘酒「雪中梅」しかも、吟醸大吟醸ではなくニ級酒。今は普通酒と表現されるらしいが。
実に旨かった─
猪口(ちょこ)もありがとう。
信楽焼の落ち着いた風情が好きだった。
正月の屠蘇(とそ)も苦手なあなたが顔を(しか)めながらも口をつけ付き合ってくれた。注いでくれた時、身体の奥深いところから込み上げてくる感情に耐えるのが精一杯だった。
「─おめでとう─」の後、出掛けた大きく育ってくれたな─ありがとう─の言葉が声にならなかった。

今、父はその盃で酒を酌み交わしている。
自分の狂気と死神に対峙して。
母さんと一緒になり初めて購入した黒檀の座卓。
そこにあなたの記録を並べ、眺めている─。
小学校二年生の時、絵画コンクールで入賞した氷川丸の絵。母さんがまとめて置いたのでしょう。作文の数々。得意な徒競走で獲った先生お手製の金メダル。

なあ─
人は何故悔いを重ね生きる─?
教えてくれ、真樹─
何故、戻れない─
真樹。真樹─戻りたい─戻りたいよ─真樹─。

済まん。
実に─情け無い─。
わたしの涙など、何の役にもならん─。
あちこちに前後したがもう止めにする。

長々とこうして綴ってしまったのは、これが終いの手紙になるからです。
父は、死を選択しました。

命は、預かりものです。
授かりものではない。
育て上げた時、つまり社会への巣立ちを認めたら還さなくてはならない。
預けてくれた天に。
無傷で─。
改めて言う。
父は、贖罪をせねばならない。
ご迷惑をお掛けした被害者の方々、
そして私たちを撰び生まれてきてくれたあなたに。
心の底から、
本当に済まなかった。
自ら命を放棄することは、決して許されることではない。

父は未だに母さんを愛しています。
だが自害を選択した以上その母さんと、あの世とやらで再会すること等恐到底叶わないでしょう。
けれども、その行動により未来永劫を無間地獄(むげんじごく)の果てで苦しみもがき続けなければならぬのだと決した。

くどいがあなたの身はあくまでも、死んでも母さんの一部であり、優しい心根も間違いなくその身体に宿されている。
どうか、元のあなたに戻っておくれ。

これも最後に明かしますが母さんは内情、わたしを軽蔑していたのでしょう。
中学も(ろく)に通わず、基礎的に様々な知識に乏しいわたしを。
だから短気を傘に着て力ずくで物事を抑え込もうとする。人を説き伏せる術がないからだと、詰られたこともありました。
だからこそあなたが高校に進学した時、二人で手を取り合い喜びました。
本当に嬉しかった。
勉強する姿を見せてくれ、ましてや合格を果たしてくれてありがとう。

わたしはあなたを愛して止まずにいた、あなたにとって唯一無二の母親を─彼女ひとりさえ繋ぎ止め護ることが出来なかった─。
風の便りに、彼女は今再婚して幸せにしているとのことです。
心から安心しています。

あなたは、これからを生きてください。

生きて生き抜いて、世の人のために
大いなる汗と芯からの血を流しそれを贖罪と心掛けてください。

きっと、許される─。

地の底のずっと奥深くにいても、父は必ずあなたを信じています。
魂魄(こんぱく)という言葉を知っていますか。
人は人を卒業する時、身体から魂魄が抜け出すのだと言います。
魂は宇宙に還り魄はこの世に遺され、守護霊になり得るのだと。
父の魂は未来永劫、地獄の中で彷徨(さまよ)い苦しむのでしょう。
しかし、許されるなら末端の欠片(かけら)でいい。
転生など望まない。
ただ、あなたを護りたい─

遠いあの日─。
あなたが母に捧げた赤いカーネーションの一輪─。
成人式の晩、父に傾けてくれた一献(いっこん)の盃─。

息子よ。
生まれてくれて、ありがとう。

産声が聞こえ、駆けつけ、一番に抱き上げたのは父だった。
あの時、あなたは確かにわたしを見つめ笑った─。

父と母を─。
わたしたちを、愛してくれて本当に
ありがとう─。

嫌なこと、辛いことから逃げてはいけない。避けてはならない。
我慢することを説きながら、終いの終いに卑怯な父をどうか許してください。

あなたも、いずれ死を迎える。
どうか幸せになり、満ち足りた生涯を終えて欲しい。

たった今、唐突に。
夏祭りの日─
口一杯に綿菓子を頬張るあなたの、満面の笑みを思い出した─

父はこれから、先にあなたの分の贖罪を天に求め愚行に及ぶ─

さようなら─

追伸
 看守の坂上さんは、父の古くからの友人です。
あなたのこれからをお願いする手紙を書いて置きました。
とても温かな人です。
どうか、頼ってください。

真樹殿


        愚父 真一郎

 読み終えると暫の間、頭を垂れたまま動けずにいた。
幾度も読み返した手紙だが封筒に戻す指先が覚束(おぼつか)なく、唇が震えた。
待合室を見回し自分一人であることを認めると滂沱(ぼうだ)の涙が溢れた。
 収監されている間中、どこかに温もりを探して喘いでいた気がする。
アルマイトの大きなタンクから注がれるお茶、色のないプラスチックの食器に彩りのないお(かず)。麦シャリ。たまに出る甘シャリという汁粉やぜんざいはご馳走で、特にカレーは美味かった。母の作る味わいに似てると思ったが唯一の楽しみである食にもやはり温もりは感じられなかった。
ただ黙々と食し、団欒(だんらん)などからは(およ)そかけ離れた非日常と言っても過言ではない生活の中で毎月末、規則正しく届く手紙だけに人肌を感じた。
封筒に便箋に懐かしい父の匂いがするようで、密かにそっと鼻を当てたりもしていた。

最期の手紙─
読みながら唇が、身体が止めようもなく震えたのを憶えている。
せめてもの救いは、父が助けられたことだ。
服薬自殺を図ったが独り暮らしの老齢の世帯訪問をしていた役場の職員に偶然発見されたと云う。
後日その報せを聞いた時、何度も何度も房の壁に頭を打ちつけて泣いた。

だがそれから三年後、自分の出所を待たずに父は他界した。
敗血症が原因の多臓器不全で、入院先には母が駆けつけ看取(みと)った。安らかな死に顔だったという─

もう一度封筒を取り出し匂いを嗅ぎ、頬にそっと当てて見た。
「─父さ、ん─」そう呟くとまた涙が溢れて来た。
漏れそうになる嗚咽を辛うじて抑え大きく息を吐き、
「─父さん─ごめんよ─本当に─。俺は違うよ。もう─」親になるんだ─そう言い掛けた時突如、待合室の薄いドアを隔てた向こうから元気な産声が耳に飛び込んで来た─。


        了─

置き詞(おきことば)

置き詞(おきことば)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-05-24

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