戦争と鯉子の革命1️⃣
戦争と鯉子の革命 第一部
1️⃣ 絲
某所では、路上で通行人を無差別に襲撃する事件すらあったなどと報じられもしていた、異様な陽気のある年の盛夏。
半島の王朝を傀儡化したその国の軍事政権は、いよいよ、大陸の侵略にも乗り出していた。
そんな状況に感化されたのか、盆地の底に張りついた、侘しいこの町の気候も異様な有り様で、気狂うばかりの蒸し暑さが一向に収まらず、嫌がる様に迎えた翌日。
二間ばかりの鯉子の、トタン屋根に平屋の家である。
豊満な鯉子の膣や子宮を触診しながら、「あんたって娘は。仕方ないんだから。地主の旦那とは、いつ?」と、親子ほどの絲が、いかにも産婆の声色で聞いた。
「わかるの?」
「わかるわよ」
「どうして?」
「そりゃあ、見た通りの腕っこきの産婆だからさ」
観念した鯉子が、「この前の日曜だわ」と、告白した。
絲が構わずに念を押す。
「白とは?」
「一昨日よ」
「あんたったら。相変わらずなんだね」
「だって。お腹のおっきいのがいいって言うんだもの」
「誰が?」
「どっちもよ」
「まあ」
「やっぱり、身体に悪いのかしら?」
「教えた通りの姿勢で、激しくしなければ平気よ」「あんたのこれくらいの具合だったら、産道が開いて。かえっていいくらいのものだわ」
「そうなの?」
「鯉ちゃんの産道は、まだ、少しきついんだもの。せいぜい、気をつけて励みなさいな」
「やっぱり難産になるのかしら?」
「地主は、未だ気づいてないのかい?」
「すっかり、信じきってるわ」
「あの男は骨の髄まで強欲なのに。その辺は、相も変わらずに間抜けなんだね」
鯉子がまとわりつく汗を拭いながら、「あの人とは幼馴染みだったんでしょ?」
「近所だったからね」
「子供の頃からあんな風だったの?」
「何が?」
「吝嗇が過ぎるとは思わない?」
産婆が鯉子の裾を閉じながら、「鯉ちゃん?」「金持ちほどケチ臭いんだよ」
「そうなの?貧乏暮らしばかりの私なんかは、到底、腑に落ちないことばかりなんだもの」
「あの家はね。代々の名主で、ここら辺りの名家だからね。でも、暮らしぶりは清貧も清貧。玄一郎だって、私ら以上のツギハギで育ったものさ」
「いちいち、何から何まで口うるさいんだもの」「でも、肝心が抜けたりするんだろ?」
「そうだわね」
「昔からそうだったんだよ。だから、あの年になっても平議員止まりなんだからね。普通なら、議長の役回りだわ、さ。とどのつまりは人徳が備わらなくっちゃ。金で買えないものは、この世には様々あるんだもの…」と、鯉子に目をやって、「あんただって…。あんな男と、売った買ったの浮き世だけど。どっちが賢いなんかは、藪の中、だろ?」
「絲さんも、なの?」
「あの男と、かい?」
(続く)
戦争と鯉子の革命1️⃣