刹那の呪縛

薄暗い病院の待合室で

床だの壁だの天井だのを

見つめるともなく見つめている

私は声に出さずに問いかける、

お前は何がしたいのかと

私はいつも決まってこう答える、

俺は何にもしたくないと

今は何にもしたくないと

言った後で私は自嘲する

「今は」など 贅沢な科白だと

それは自分は明日も生きていると

信じ切っている者の科白だと

私は自分に言い聞かせる

お前は書かなければ生きられないと

書かなければ生きられない人間なんだと

不意に脳裏にひらめく過去を

取り逃すまいと いつも躍起になっている

それはきっと 忘却に対する畏れと

不変に対する憧憬の証左なのだろう

私はこの薄暗い待合室で

来るはずのないものを 永遠に待っているようだ

刹那の呪縛

刹那の呪縛

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-13

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