【土山】寒露の花火、水葬の夢

しずよ

二次創作(腐)につきご注意ください。

かぶき町大花火大会2018にて無料配布しました土山ペーパーです。内容は現世への転生話ですが、生まれ変わった後も都合上名前が同じです。笑
イベント当日はスペースにお立ち寄りくださった皆さま、本当にどうもありがとうございました。とても楽しく幸せな時間を過ごすことができました。

 プク、プクプクプク……。
「ぶはっ、ゴホッ、ゴホ!」
 ザバァッとお湯の中から身を起こす。山崎は目が覚めた。顔が湯船に半分浸かっていて、鼻からお湯を吸い込みかけたのだ。不穏なその咳込みを耳にして、山崎の母親が駆けつけ脱衣場から声をかける。
「ちょっとー、退。お風呂で寝ないのよ!」
「寝てないよ!」
「嘘でしょ、そんなにむせて。溺れそうになったんじゃないの。大人でも簡単にお風呂では溺れるんだから、バスタブの中で絶対に寝ては駄目よ!」
 山崎が入浴中にも関わらず、水音などが聞こえなくなり妙に静かになると、山崎の母がいつも心配して声をかけてくる。そして本当に寝ていたら、毎度まいどこの小言を聞かされていた。
 幸い一度も溺れたことはない。自慢できることではないと、分かっているのだけど。
 山崎は昔から湯船に浸かりながらよく寝ていた。ブクブクブク……。鼻の下まで浸かりながら口から空気を出す。
 お風呂に一人で入るようになったのは、小学一年生の頃からだ。自分の体を隙間なく包み込む液体が心地良かった。だから少しでも多く浸かろうとして、まるでお面が水面に浮かんでいるみたいに目鼻と口だけお湯から出してよく浸かっていた。
 その態勢で浴室の天井をボーッと見上げる。髪は湯に浸されゆらゆら揺れ、耳も浸かるから音に膜がかかる。何かを掴もうとして手を伸ばした。
「あんた何してんの? 宇宙と交信?」
 静かになった風呂を心配して、母がドアを開けて山崎を見ていた。小学一年生の息子が、ほぼ全身湯船に浸かっているのに顔だけお湯から出して、天に向かって手を伸ばしているのだ。母はとても不審そうな呆れた顔だった。
 翌日「翔太くんもあんたと同じことしてるんですってよ。そう言えばあの子もあんたと同じ二月産まれね。水瓶座の男の子ってこうなのかしらねェ」
 母親は苦笑する。同級生にもお風呂で宇宙と交信している子がいたらしい。というかママ友同士の会話でそういう我が子の事情を話さないでほしい、と山崎はちょっと思った。
 だって、かならずあのひとたちのもとにかえらなきゃ。
「かならず……」
 あの人。実は霞がかかって誰がいるのか見えない。その先の正体を知ろうとすると、山崎の胸はいつもキュッと冷えて縮んだ。ずっと胸の奥に仕舞っておいてもいいんじゃないかな。そんな風にもう一人の自分がささやくのだ。



 約束をしていた。
「花火を見に行きたいです」
「毎年見てんじゃん」
「ですよねー」
 毎年、護衛の際に見ているだろうから「無理だ」と断られるだろう。山崎も予想していた。ひと夏の花火大会は一度だけじゃないのに嫌そうにしているのは、人混みの中に出かけるのが億劫なんだろう。そう山崎は思った。だからあまり食い下がらなかった。
 そのあっさりした態度が功を奏したのか知らないが、土方は「近場の地味な花火大会でもいいなら行くけど。お前が調べろよ」と付け加えたのである。山崎は一瞬聞き間違いかと思って、目をぱちくりとした。そして嬉しさがじわじわとこみ上げてきて、あまのじゃくな返事をしてしまう。
「地味な花火大会って変じゃないですか。線香花火大会?」
「そんなのがあるんなら、逆に見てみたいわ」
 次の日、山崎は規模の小さな花火大会を雑誌で調べでみたが、近年江戸で開催されるものはどれも打上数の多い大会に変化していた。江戸から離れたら二千発程度の催しはあるんだけれど。
「わざわざ遠出はしてくれないだろうなー」
 畳にパタリと背中から倒れた。そして二人で見に行く機会を見つけられないまま、征夷大将軍だった彼も山崎もこの世を去った。



「なあ、トシ。今度の花火大会行くだろ?」
 近藤が水道でバシャバシャと顔を洗った後に問う。武道場のすぐ外にある水道の前に、剣道部員がたむろする。今しがた練習が終わったところだった。明日からお盆休みに入るから、夏休み前半の練習は今日で終わりだ。
「近藤さん、土方さんには声かけるだけ無駄ですぜ」
「え? でも去年一緒に行かなかった?」
「いや、うちは毎年帰省してるから行ってねえよ」
 沖田を無視して土方が答える。花火大会は毎年八月十三日に行われていた。土方は母方の実家のある東北へ帰省をするのが決まりだった。だからお盆の花火大会へは仲間と行ったことがなかった。
「そっかー、帰省ならしょうがねえな」
 近藤はあっさりと誘うのを止めた。
「近藤さん、去年も同じ会話してましたぜ」沖田が呆れる。
「え、そうだっけ」
「でも実を言うと、俺ァ去年土方さんが十三日の夜に駅前のコンビニにいるの見ましたけどねェ」
 土方はぎくりとする。
「トシだけ留守番してたの? それなら花火大会に来れば良かったのに」
「いや、台風で飛行機が欠航したから、十四日に変更したんだよ」
見透かすように、沖田は訝しげな目で土方を見る。昨年、本当は土方一人だけ帰省していなかった。
「近藤さん、土方さんのはアレですよ。初ディズニーランドはぜったい彼女と行くんだ! って決めてるキメえ野郎がいるでしょ。それで中学校の遠足がディズニーランドだったら、わざわざ休む奴いませんでしたかィ? それと同じなんですよ。あー、ヤダヤダキモイ」
「えー、それ俺も真似したかった!」
 近藤がなぜかうらやましがる。一方で、沖田の指摘に土方はドキリとした。妙に核心つくこと言うんじゃねえよ、心臓に悪いわ! 心の中だけで言い返す。そして沖田のペースに巻き込まれるのは癪なので、冷静を装う。
「気持ち悪いか? 約束してんだよ」
 キッパリと言い切った。
「えー、本当なんだ。トシ格好いい! で、彼女って誰だっけ?」
 二人の追及をかわしていると、土方は部活の練習より疲れてしまった。
帰宅途中で、土方はカエルに似た天人を見かけた。久々だな、と思った。江戸時代にやって来た天人は、今や日本国内ではあまり見かけない。江戸の町は最初に開発されたから、現在のターゲットは開発途上国に移ったのだ。



「お帰りなさい。ね、退。お母さん今日ね、前世が見れる占い師さんに占ってもらったのよ」
 山崎が帰宅するなりリビングにいた母が、嬉しそうに報告した。
「前世? そんなの思い込みでしょ」
 冷たくあしらって自室にこもろうとした。
「お母さんだって、占いが全部ホントだとは思わないけどね。でも話を聞いてみると面白いものよ」
「ふーん。で、母さんの前世は何人だったの?」
「四百年前にフランスにいたって言われたわ」
「フランスってその頃トイレなかったんだよね」
「……何が言いたいの? それとね、あなたも占ってもらったわよ。あなたの前世は百五十年前に武士だったそうよ」
「え、武士? しかも百五十年前って……、そんなに前でもないよね……」
「幕末の頃かしらね。その頃ってサラリーマン武士って言われて、雨の日は刀が濡れないように、袋かぶせて歩いていたそうねェ」
 ニコニコとして母は山崎に話す。トイレの意趣返しだ。山崎はそう気づき、少し悔しくなる。
 しかし袋をかぶせていたら、いざという時に抜刀できないじゃないか。それなら俺が武士だったとしても、なんだか納得できるなあ。部屋でそんなことを考えた。
 そして翌日の日本史の授業中、予想だにしない光景を山崎は目にしてしまった。
「幕末の頃はすでに武士の間にも緊張感がなく、抜刀したことない者もいたそうだ。雨の日には刀を大切にするあまり、袋をかぶせていた。だからサラリーマン武士と揶揄されるんだな」
 うちの親と示し合わせたようなこと話すんだな、なんて山崎は驚く。前世の見える占い師って、実は先生だったりして。
 他のクラスメイトは、サラリーマン武士というフレーズにクスクスと笑っていた。和やかな授業内容だったのに、全く逆の表情をしている者が一人いた。
 土方十四郎だ。
 山崎の席より五列左、一列後だから山崎が少し振り返ると斜めに土方の顔が見えた。その時の土方は、悔しそうに口を引き結んで眉間にシワを寄せていた。目が合った。山崎はすぐに目をそらす。
 見てはいけない瞬間を見てしまった。すぐに忘れようと思った。



「退、今度の花火大会行く?」
「いや」
「そうよねー、高校生は親と一緒に出かけたりしないわよね」
 山崎の母は少し残念そうにした。それより誰かと見に行くの? と尋ねられた。例えば彼女とか。親としてはそっちの方が嬉しいらしい。
 ごめん、母さん。俺まだ彼女いないんだ。息子の恋の話に期待しているらしい母に、申し訳なく思った。友達とも約束しないとなると、打ち上げ花火を見る機会がないなあ。来年は誰かと行きたいな、受験生だけど。山崎の高校二年の夏はそんな風に過ぎた。
 九月に体育祭が終わり、十月初旬。連休中も相変わらず山崎は部活動の練習だった。夕方に帰宅すると、すぐに夕飯だと母親に言われる。
「あら、何か音がしない?」
 食事中、母が疑問を口にする。ドン、ドンという遠い雷鳴のような音が聞こえる。山崎は窓から見てみるが、向かいのマンションのせいで遠くの空は見えない。
「ちょっと見てくる」
 山崎は残りのご飯をかき込んだ。
「あら珍しい」
 母は驚く。山崎は今でも長湯する毎日だった。夕飯の後はいつも三時間は湯船に浸かっていた。だから母は、夜間にこんなに積極的に活動する息子は見たことがなかった。
 外に出る。普段ならそんなに執着する音でもない。けれど心がざわざわと騒いだ。小走りになる。途中、浴衣姿の女性を数名見かけた。やっぱり打ち上げ花火の音なんだ。
 でもこんな近所で花火を打ち上げる場所なんてないし、何の宣伝も無かった気がする。そんな事を考えながらコンビニの前を通りかかると、客の一人と目が合った。土方だった。すぐに店から出てきた土方は山崎に声をかける。
「なぁ、山崎。なんであの時笑わなかったんだ?」
「え? あの時って」
 挨拶も何の前振りもなく、土方は質問してくる。あの時って何だよ。不躾さに山崎は驚く。それに少し苛立った。土方が何を指しているのか分からない。
 というのも、高校二年で初めて同じクラスになった土方とは、山崎はほとんど話をしたことがなかった。部活動も違うし趣味や得意不得意な科目とか、何から何まで違う人だと初対面から感じていた。それなのに、どうしてこんな会話になるんだ。
「日本史の授業だよ。武士が馬鹿にされてたろ」
「……別に、面白くなかったからですよ。じゃあまた」
 適当にあしらって先を急ごうと、足を踏み出した。すると土方に肩を掴まれた。
「悔しくねェのか」
 土方の目は少し充血して赤く、眉間にシワを寄せていた。その真剣さに山崎は向き合いたくないと思った。
「なんで俺が悔しがるんですか? さっきから意味わかんないです」
「……」
 土方は黙する。
「じゃあ、俺帰ります」
 来た道を引き返す。花火をひと目でも見たい気持ちがあったけれど、早く帰りたくなった。俺の気持ちを乱さないでほしい。なんで今さら、と山崎は思う。無意識に早足になる。土方の台詞が頭の中をぐるぐると回る。試すようなことばかり言わないでほしい。
「前世は武士、か……」
 山崎は手のひらを見る。剣だこなどあるはずもないが、バドミントンのラケットでもタコはできる。昔の俺は、人を斬ったことあるんだろうか。
「オイ待てよ」
 土方が駆けてきた。
「……。土方さん家もこっちなんですか?」
「ああ、ていうか花火見に行くんじゃねえのか?」
「いや、もういいんです」
「あのさ、お前が良くても俺が良くないから、付き合えよ」
「は?」
 土方は山崎の腕を掴んで、回れ右をした。強引な態度に山崎は腹を立てるどころか、なんだか懐かしい気がした。俺、こんな気持ちになるなんて絶対ヘンだ。そう思うのに、こみ上げる気持ちは止まらない。それに、嬉しいだなんて。
 不思議な気分に浸っていると、土方はポツリポツリと話をする。
「お前さ、まだ長風呂してんの?」
「え? なんでそれ知って……」
「俺の家、翔太と同じマンションなんだよ」
 山崎は納得した。小学一年生の時に同じクラスだった翔太は、二年生の時に隣の学区へ引っ越したのだ。そこで土方と仲良くなったのだろう。そして母親同士の話題に出てきたんだと、すぐに想像できた。山崎はママ友ネットワークに少しうんざりしていると、土方が突然山崎の首に手を当てた。
「ホラ、もうここには傷は無いだろ」
「え?」
「だからお前は、いつまでも液体に浸かってなくてもいいんだ。……今だから言うけどさ、お前の母ちゃん小学生の頃から心配してたぞ。いじめにあったとか、何か心に傷とかあるんじゃないのか、って」
「傷……」
 山崎が大きく目を見開き、立ちすくむ。唇がわななく。
「ぜんぶ覚えているわけじゃないんだな」
 土方が勝手に納得していたから、山崎はここでようやく腹が立った。
「ちょっと、何を一人で話を進めてるんですか! 俺はお風呂が好きだから……」
「それならそれでいいけど、どっちにしろ心配させるんじゃねえよ」
「それは……、そうだけど、なんで今話すんですか? そんなに昔から知ってたんなら、早く教えてくれても……」
「お前がどこまで覚えてるか、確かめようが無かったから。でも日本史の授業で笑ってなかったからさ」
 ひょっとしたら、思い出したのか? と思ったらしい。
「あの、土方さん。さっきから覚えてるとか思い出すとか、何ですか?」
「何って、百五十年前のことだよ」
 そう言って土方は目を伏せる。一呼吸後、土方は腹をくくったような表情で山崎に尋ねる。
「俺に丁寧語で話すのはなぜだ? 変だろ、同級生なのに」
「……それは」
「それは?」
「だって、アンタにタメ口なんてきけないでしょ」
 山崎は泣きそうな顔をする。
 土方が昔の自分と縁があったことには気が付いた。だから懐かしかったり腹が立ったり嬉しいと思った。まだらの記憶がもどかしいが、これから新しく始まる予感もある。
「ホラ、花火見に行くぞ」
「は、はい!」
 隣の市にある私立大学の学園祭のフィナーレで、今年は大学のグラウンドでの打ち上げ花火を企画していたのだと土方が話してくれた。夏休みに参加したオープンキャンパスで学園祭の内容も説明があり、高校生とその保護者も観覧できると伝えてあったらしい。
「一緒に花火見たいって言うから待ってたら、百五十年も経ったじゃねえか。待たせすぎだ全く」
 口は悪いが掴んだ山崎の腕を、話すことはなかった。

〈了〉

【土山】寒露の花火、水葬の夢

【土山】寒露の花火、水葬の夢

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-11

Derivative work
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Derivative work