リゾット的生活

 ここ三日くらい、何も食べていない。

 僕は飢えている。お腹が空いている、わけじゃない。ある時間、ずっと空腹でいると、脳は僕のことをあきらめて、「栄養が足りない、何か食べろ」という指令を送らなくなる。だから、今は空腹を感じていない。でも、僕は飢えている。なにか、栄養のあるものを食べなければ、死ぬ。それは自分でもわかる。

 家には、食べるものが何もない。冷蔵庫は空っぽだし、カップラーメンも、食パンも、何一つない。でもお金は一応あるから、外に出て、コンビニに行けば、食べものを買うことができる。でも、僕は、買いに行く気がまったく起きない。それどころか、食べものを買いに行くくらいなら、このまま死んでやる、と思っている。自分でも呆れているけれど、でも、本当にそう思ってしまうのだから、どうしようもない。

 このまま死ぬのだろうか、と、白い天井を見ながら思う。天井には、しみひとつない。うんざりするほどに、白くて、きれいだ。それをじっと見ていると、真っ黒な墨汁で汚してやりたいと思うのだけれど、でも、そのために体を起こそうとするほど、そう思っているわけじゃない。

 ずっと天井を見ていると、なんだかおかしくなってきそうなので、僕は目をつぶる。目をつぶると、恐ろしくなる。そこには何もない。当然のことだけれど、僕のまぶたの裏には、気の合う友人も、気に入らない人間も存在しない。そこにあるのは、暗闇だけだ。だから、目をつぶった瞬間は怖い。でも、時間が経つほどに、僕はその暗闇に慣れ、居心地よくなってくる。よし、と、暗闇の中で、手と足をおそるおそる伸ばすことができる。それは心安らぐときだけれど、飢えをごまかすことはできるけれど、満たされることはない。当たり前のことだ。何か食べなければ、飢えを満たすことはできない。

 僕は死にたいのだろうか。お腹が空いているのに、何も食べたくないなんて。そうだ、きっと、死にたいんだ。
「死にたいの? それなら、さっさと死になよ。どうせ、死ぬ勇気もないくせにさ」
 誰かがそう言った。いや、誰か、なんて、ごまかすのは良くない。それは僕だ。僕が言ったんだ。

 いっそのこと、誰かに食べられてしまいたい。このまま、ただひとりでこっそりと死ぬくらいだったら、誰かに食べられて、それで死にたい。でも、たぶん、こんな栄養ないやつを食べたいと思う人は、この世の中に一人もいない。うん、絶対そうだ。

 もういい加減、何か食べなければ、と思うのだけれど、やっぱり食べる気がしない。どうして、こんなことになったんだろう。どうして、僕は何も食べたくないんだろう。僕のせいなのか? 僕が、そういう選択をしたのか? いや、もしかしたら、社会がそうさせたのかもしれない。今までの僕の人生で、社会が僕に関わってきて、それで、僕を変えてしまったから、僕は、何も食べたくないのかも、しれない。
「自分のせいだよ。わかってるくせに。君以外のみんなは、ご飯を食べて、幸せそうに生きてるよ」
 わかってる。わかってるさ、そんなこと。

 それでも僕は、飢えたまま、動かずにいる。

リゾット的生活

リゾット的生活

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-11

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