染色

 骨に染み入るくらいの、愛とか。きっと、まぼろし。理想と現実が、まじわって、マーブル模様を描く、世界のどこかにいる、はずの、運命のひとを想う、少女の祈りが、真夜中の空気を切り裂く。あふれた、夜の中身。どろり、と、黒々しい、吐瀉物にも似たもの。燕尾服のひとが、ぼくの手をとり、ホテルに行きましょうと、笑っちゃうほど馬鹿正直で、ロマンティックじゃなくて、下心見え見えの、だっさい誘い文句を、鉄筋でも入っているのではと思うほど、まっすぐな姿勢で、投げかけてきた。奇妙な午前零時。リムレスの眼鏡の、左上の角が街灯に照らされて、光って、それは、水平線からのぞく朝陽を、イメージさせた。夜を構成していたものの、破片が、アスファルトを汚し、にんげんは、気づかずに踏み荒らし、街が、夜の残骸を吸って、夜を深めていく。セックス、ではなく、性交渉、というのが、なんだかいやだったのだけれど、ぼくは、その燕尾服のひとの、きっちりかっきりした様子が、浅ましい欲望に蹂躙されて崩壊してゆくところを見たかったので、恭しく右手を差し出した。

染色

染色

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-09

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