醒めない五月の夢

 ファッション誌の、広告のページを、ぼんやりとめくっているあいだに、夜はおわっていて。朝。ねむれなかったことを、けれど、悲観することもなく、ただ、あたまのなかにはいってこない興味のない情報も、りっぱな退屈しのぎになると思いながら、たばこに火を点ける。たばこをやめて、と言ったのは、二月に別れた恋人だったか、もう、あまり顔もおぼえていないと、ノアに告げると、ノアは、あんたにとっての恋人とは、なんて、ちょっとむかつく感じの言い方をして、でも、ノアだからしょうがないと、わたしは黙って、クリームソーダのバニラアイスクリームを、細長いスプーンでグラスの底に押し沈めていた。めずらしく、わたしが、クリームソーダなんて可愛らしいものを注文して、ノアは、ホットサンドの中身が、定番のハムとチーズだったので、嬉々として頼んでいて、あれは四月の半ばの、外出禁止令が出る直前のことだった。街は、まだ、いつものにぎわいをみせていた。いまなんて、もう、この街はただそこにあるだけの、生きているようで死んでいるみたいなものだ。ノアとは、それ以来逢っていないし、とくに連絡もとりあっていない。でも、ノアは、そういうひとだし、わたしも、そういうの、まったく気にしないひとだし、だからこそ、ノアの言動を、いやな感じだと思っても、瞬時に、でも、ノアだから、ノアはこういう子だよね、という結論(けつろん?)に達するので、じぶんのなかで、わたしとノアは、なんだかんだ、友だちでいられるのかもしれない。たばこを吸いながら、部屋の窓を開ける。外は、朝だ。わたしの部屋は、まだ、夜が明けていないように思える。恋人だったひとは、いつも黒い服を着ていた。とりつかれたみたいに。わたしは、いつか、おきにいりのワンピースを着て、森でねむりたい。

醒めない五月の夢

醒めない五月の夢

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-06

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