循環

 昼下がり、という時間帯に失った、きみのうで。ああ、いつものことで、ウエハースなんですよと恥ずかしそうに微笑む、きみが、ぼくの心臓を焼きつくし、灰になる気分でみる、ぼくらのこの狭小な世界の、果て。ふいに、レモンティーが飲みたくなって、コンビニに行って、きみの、みぎうで、からだが、サクサクの焼き菓子とチョコレートで、層を成している系のそれであることを、想像して、なんかもう、いっそのことぼくが喰ってしまいたかったと思いながら、レモンティーを買った。それから、きみに頼まれたおにぎりも。鮭と、辛子明太子。このふたつがあれば、ぼくは、とりあえず生きていける、と云う。ウエハースのからだをつくりあげているのが、おにぎり、とな。うでは、そのうちもどるのだそうで、完全に消失していたけれど、つまりは、あたらしいうでが生えてくるのか、と、おそるおそるたずねると、生えてくるのではなく、現れるとのこと。なにもなかった空間に、輪郭が浮かび上がり、消える前と同等の質量を持って、あらたなうでとなるらしい。母は、父ではない男に、頭から喰われましたと、きみはさみしそうに語っていて、きみのようにからだの一部が突発的に、自然現象で消えることはままあるそうなのだけれど、不自然にからだのすべてが、この世から失われると、それはもう、そういうことであるのだと。身勝手な愛や、性的嗜好の欲求は、悪しきものであると過去を思い出し、憤るきみに対して、でも、やっぱり、空気中に塵ひとつ残さずなくなるのならば、ぼくは、あのきみのうでを、ひとかじりでもしたかったと思うのだ。歩くたびに擦れて音を立てる、白いビニール袋。ペットボトルのレモンティーと、おにぎり。環境保全。地球を大事に。明るい未来へ。どこからやってきて、どこに消えるのか。きみのうで。

循環

循環

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-05-05

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