双子のパルノ
海辺で再会したパルノは、とても悲しい目をしていた。
双子のパルノの片割れは、死んでしまったのかもしれない。
ひとり残された双子のパルノの目。あんなに悲しい目を見たことがない。
*
ぼくと一緒に過ごしていた日のパルノは、どんなに楽しそうだったろう。ぼくが与えてあげられたのは、牢獄みたいな貝のおうちだけだった。けれども双子のパルノは、おうちの屋根にのぼったり、すべったり、もぐりこんだりして、あんなに楽しそうに遊んでいたじゃないか。すきまからさしこむやわらかな陽ざしに、ふれあいながらすやすやと眠り、起きるとこっそり、ふたりそろって空を見あげていた。
ぼくはどちらにもパルノと名まえをつけた。
ぼくは、名まえにこだわることはなかったし、もっとも、彼らの方でも名まえを必要とはしなかったろうけど。彼らの名を呼ぶことは、じっさい一度もなかった。
ぼくは、毎日ぼくに吹きつけてくる強い風に、とばされないようにするのに必死だった。それは、日ごと強くなるようで……あの貝のおうちだって、守ってやるだけでも大変なことだったんだ。風のやんでいるときに、たまっている身の回りのちょっとした仕事を片づけるだけで、せいいっぱいだった。パルノは、風のときにはおうちにこもって、風がやむと遊びに出てきた。ときどき、ほおづえついているぼくの背中にふたりでのぼってきて、ぽんぽんと肩をたたいてくれたりした。そんなパルノのけなげさに、心は少しかろやかになる気がした。
いくつも夜は過ぎて、ぼくはちらかったぼくのゆめをかき集め、組み立てては壊して、思いはせた。風のあたらないどこかもっと静かな場所で、ひっそりと自分の物語を書きたいと。だれにも邪魔されることなく、だれに見せるでもない自分だけのための物語を。ぼくには、独りっきりになる必要があったんだ。
パン切れと水だけもたせて、ぼくは、双子のパルノを追い出した。
外はまっ黒い夜で、白い細かな雨がたえまなく辺りをぬらしていた。片方のパルノは、ただ雨にぬれるのがこわくて、必死で、すぐ近くの葉っぱのしたに逃げこんでそのまま見えなくなった。残されたパルノは、くらがりに立ちつくし、しばらくじっとぼくを見つめていた。ぼくが雨をあおいだつぎの瞬間、もうパルノはいなかった。パンはその場に打ち捨ててあった。
ぼくは雨のなか、どこまで歩いたっけ。ゆくあてもなく。貝のおうちも放りすてた。闇のなか、どこまでも白い雨のつぶばかりがぼくを追ってきた。
ぼくの背中をくすぐったパルノ。
めずらしく静かな月の晩に、いっしょに団子をかじったパルノ。
つめたい風に追われてやってきた小さな双子のパルノ。
パルノがきて、パルノがいなくなって、また風のなかで日々は流れた。
海へ行けば――またパルノに会えるだろうことはわかっていた。さらさらした砂浜のだだっ広い海。
あの夜、パルノを追いやった道のさきには、その海が広がっているだけだったのだから。そこへたどりつけば、海浜の草花が咲いているし、海にやってくるだれかに食べものでももらえるかもしれない。パルノだって、決してよわい生きものではないんだ。何とかあいつらだけで、やってるさ……と、そう思っていた。
ぼくは結局、物語なんて完成させられないまま、忙しく日々暮らすばかりだった。物語の欠けらを、解けないパズルのピースみたいにもてあましている夜に、ふと潮のかおりが届いて、ぼくは翌朝その海へ足を運ぶことにした。何年も、外に出なかったかのようにぼくの目に陽はまぶしかった。
パルノは、いた。
波の音からいちばん遠い、われた貝がらのちらばった砂のくぼみに。ひとりっきりで。
くぼみは浅かったけど、まるであの夜の闇がとごったみたいに、いやに暗かった。
悲しい目のパルノは、じっとただしゃがみこんで、そこから出てくることはなかった。
砂浜は、見渡しても砂と貝ばかり。何もない。だれも、いない。どこまで砂浜を見わたしても、双子のパルノの片割れの姿は見えなかった。
あの暗い雨の夜には、そのまま二度と戻ってこれないような場所への入り口が、葉っぱの向こう側に口を開けていたのかもしれない。それとも、ああして貝のおうちで長く暮らしたパルノに、外の雨は冷たすぎたのだろうか。残ったパルノも毛つやをなくし、暗くてわからないけど、傷だらけなのだと思った。
波の音がかすかに聴こえていたその場所で、ぼくはパルノの名を呼んだ。
パルノ。ぼくだって、風にとばされそうで、いくつものすり傷負って、あの頃なにもかもが、必死で、……パルノ。
今、この海に風はなく静かで、空は、どこまでもうす曇りだった。
やがて夜がおりてくると、パルノのすがたは、闇いっぱいになったくぼみのなかへ、すっぽりとすいこまれてしまった。
悲しい目だけを、残して。
海の風にふかれて、ぼくは、その砂浜をずっと歩いて、今も、ずっと歩いている。
遠くに、船が行くのが見える。
双子のパルノ