ブレード・オブ・ナイツ third
第三章 平行線上の気持ち
俺たちの目的である『盗賊の撃退』またの名を『殺害』の依頼をクリアするために俺たちは盗賊の集まりの場である洞窟に向かっていた。
「ねえ慎二、まだ着かないの? もう疲れたよぉ」
美香が隣で泣きそうな顔で聞いてくる。
ここまで散々休んだろうに……まあ、結構な時間歩いているのだが。
「お前あんなに泣いたり、休んだりしたのにもう疲れたのか?」
美香は瞬時に顔を赤く染め口をパクパクしてる。
「あ、あ、あ、それは……その……」
そんな美香を見ていると笑いが出そうになり、とうとう我慢できなくなってしまった。
「く、く、くくく、ははは! 冗談だよ。まったくお前は可愛いんだからなぁ」
言って俺は、はっと美香を見る。美香もそれに気づいたらしく下を見つめていた。
気まずい空気が辺り一面を凍りつかせる。
俺はなんとか場を少しでも温めようと考えた結果出た案が俺の昔話だった。
「お前に教えておくことがある」
「ん? なーに?」
どうやらこれは正解だったらしい。美香は俺の話に興味を示してきた。
「えーっと、だな、そのぉ……」
「なによ! 早く言ってよ!」
美香さんはどうもご立腹らしい。
自分で言ったのになんだがこれはどうも言いにくい。
「はあ、えっとだな、聞いて嫌いにならないか?」
頭にはてなマーク浮かべながら何やら不思議そうな顔を向けてくる。
「なんで?」
「この話をするとほぼ百パーセントで俺のことを嫌いになるんだよ」
「エッチな話?」
……そうきますか。
「違う違う、もっとナイーブなタイプだ」
「……レイ――」
「それでもないぞ!」
こいつ何いきなり場違いなことを言おうとしてるんだ!
「じゃあ……」
「とりあえず嫌いにはならないのな!」
また変なことを言われる前に俺は強制的に言葉を言葉で遮る。
そうすると美香は首を縦に振り、笑顔まで添えてくれた。
「そうか……今から話すのはこの世界に誰よりも早く来た人たちの話だ」
美香は歩きながらもこっちを向いて話を聞く体制に入った。
「この世界に誰よりも早く来た人たちを『オリジナルイレブン』と人達は呼ぶ」
「その中に慎二も入ってるの?」
美香が質問してきた。もちろん俺はその質問に答えた。
「まあ、そうなるな。で、俺たちは誰も踏み入れたことのない世界を隅から隅まで調べまくった」
「それで? どうなったの?」
「結果は悲惨なものだった。出口はない、それどころか入口すら見つからなかった。それでも人ってのは馴染んでいくっていうやつでだんだんとこの世界にも柔軟な対応をした。つまり、この世界で生きようとしたわけだ。だけどその反面この世界ではなく元の世界に戻りたい奴らがいた」
「もしかして、せ、戦争みたいなものに?」
「戦争なんてものじゃなかった。戦争では武器と武器だろ? だけどこの世界で強さを決めるのは――」
「己の二つ名」
俺が言いたかったことを美香が先に言う。
「そう、だから二つ名が弱い、つまり女性からどんどん殺されていった。子供、親、みんな泣きながら先に逝った、もうあれは殺しを楽しんでいるようにしか見えなかったよ。その中で俺は出会いをした。女性との出会いだ」
ここからはしなくていい。その思いが強まるが口が語るのを止めてくれない。まるで目の前の少女に全てを語れと言わんばかりに……
「そいつと俺は、いわゆる結婚をした……」
今彼の口から発せられた言葉を理解するのにどれくらいかかっただろう。
結婚、それは好きな人どうしが一緒に住む行為
結婚それは誰にも邪魔されない、最高の関係
私の思いは今まさに閉ざされようとしていた。私のこの人への好きという思いはあっけなく崩される寸前である。
「俺はそいつと結婚して新しい人生が始まると思ってた」
彼は語りをやめない。
「まさにその時だよ、事件が起こったのは」
――もうやめて!
口に出せない言葉は私の中でくすぶるだけである。
「そいつが長くこっちにいたせいで稀に起こるパニック状態に陥ったんだ」
これ以上は彼を苦しませるだけなのに私は止めたくない、最後まで聞いていたいそんな思いに負け何も言わない。
「そいつは俺に近づく女性を端から切り刻み俺にこう言った『あなたは私のものだから私がずっと守ってあげるね!』俺は、俺は……俺はそいつを殺したんだ。罪のない人を守るために俺の愛した女性を、この世界で出来た大切なものを殺したんだ」
彼の声のトーンがどんどん下がっていく。言いたくないのに、私がもういいといえばきっとはなさなかっただろうに私がそれを言わなかったが故に今目の前で彼が過去を思い出し苦しんでいる。
そんな彼を見て私はこの人も私と同じく大切なものをなくしていたんだと思い抱きしめたくなったがそういう場面ではないことを自分に言い聞かせ自重する。
場の空気がさっきより断然冷たくなったところで俺は内心やってしまったと悔やんでも悔やみきれない感情に涙さえ出そうだ。
「……」
やばい。かなりきついぞこの状況は……。
「慎二……」
場の空気が冷め切った中で声を発したのは美香だった。
「な、なんだ?」
いきなりの声に俺は一瞬遅れながらも答える。
「ごめんね」
そう言いながらこいつの象徴でもある黒髪ロングも今は萎れた花みたいだった。
「何謝ってんだよ! お前は何も悪くないだろう?」
話したのは俺なんだからこいつは謝るどころか怒ってもいいところでどちらかというとこっちが謝らないといけないのだ。
なのになんでこいつは俺に謝ってんだ?
「だって私が話さなくてもいいって言えば話さなかったでしょ?」
ネ、ネガティブシンキングにもほどがあるぞ。
「俺だって言った責任はある。お前だけはずるいっていうかなんというか……」
ダメだ。どうも俺はこいつの近くだと話しができなくなっちまう。
「……」
再び沈黙が始まる……
誰かこの状況なんとかしてくれ!
「こんなところにいたんですか」
何の前触れもなく、唐突に声をかける者がいた。
「な、お前。何してんだよ!!」
声をかけてきたのは俺の知っている人物だった。
「えっと、どちら様?」
美香が俺の後ろからその人物を見ながら俺に聞いてくる
「? 私を知らないんですか?」
「ああ、えっと、こいつは如月綺羅だ」
「如月、さん?」
「そしてこっちは心菜美香、こないだこっちに来たばかりなんだ」
綺羅はふーんと言って顔をあげる。
「それならしょうがありませんね、はじめまして紹介に上がりました私は如月綺羅。以後お見知りおきを」
綺羅は自己紹介を終えると俺の方に近寄って来た。
「そ、それで? この人とはどういう関係なの?」
美香が珍しく警戒してる。キングのときは初めから友達みたいな感じだったのに……。
「さっきオリジナルイレブンの話したろ? その中の一人さ」
如月綺羅、オリジナルイレブンの数少ない女性の中の一人容姿だけ見ればかなりの美少女で髪は赤みがかったショートだ。
ただし、中身はおそろしいほどに強い。二つ名『神足』は目にも止まらぬ速さで蹴りを一瞬で約百発、しかもバリエーションが豊富なのだ。さすがの俺もこいつだけは敵に回したくはない。
「オリジナルイレブンの一人か……で、気になったんだけどなんでそんなにくっついてんの?」
それを言うならお前もだ。今の俺の状況を見ると右に美香、左に綺羅が俺の腕にしがみついているのだ。
周りから見ればどれだけ嬉しい光景なことか。だが現在の俺にこんな状況は精神を削りに削るだけであって何も嬉しくなどない。
「私はこの人に助けられた身ですからこの方に私の全てを渡すと決めているのですよ」
あ! こいつなんてことを言いやがる、そんなこと言ったら……。
「慎二どういうことよ!」
ほら言わんこっちゃない。そんなこと言ったら美香が怒るに決まってるだろ!
「えーっと、それは……」
これはこれで話しにくいんだがなあ。
「この方は私を助けるために愛する妻を斬ったのですよ」
「え?」
こいつはなんでこう嫌な思い出を思い出させるんだ?
「ホントなの、慎二?」
「……ああ、本当だ。俺はこいつを守るために殺したんだ」
場の空気がまただんだんと冷えていく。
「……そ。なーんだ、結構優しいんだね、慎二は!」
あれ? 美香が今度は食いついてこないんだな。
なんとなくそんな気がしてた。
慎二は優しいよ。でもたったひとりの女の子のために大切な人を殺すなんて普通の人じゃできないよ。
私は慎二がどんな気持ちでその人を守ったのか、そして、殺したのか知りたくなった。
きっとそれを知ったら、慎二だけじゃなく私も傷つくだろう。それでも知りたい。できることなら一緒に傷ついてあげたい。
そして、できることなら私の中にあるこの気持ちも一緒に……。
「さあ、そんなことより先を急ぎましょう!」
合流して間もない綺羅が盗賊のいるであろう洞窟に足を進めようとした。
「ちょっと待て、綺羅! お前も行くのか?」
慌てて慎二が綺羅を呼び止める。
「何か問題でも? 私はそのためにここまで走ってきたんですよ?」
はあっと深い溜息を吐きながら慎二が呆れた目で綺羅を見つめている。
「なんでこう、俺が一人で何かしようとすると集まってくるんだ」
その言い方だと前にも同じことがあったのだろう。それにしてもこっちは心配してきてあげるのにその言い方はあんまりだと思う。
「その理由は簡単ですよ。それはあなたが好きだからです」
「は?」
「え?」
ななな何をいきなりふざけたこと言っているんでしょうかねぇ、この方は!
「嘘はつかんでいい」
動揺していることを悟られないように静かに対応する俺。
「嘘などついていません! こんな場所でこんな恥ずかしいこと、しかも嘘なんて言えますか!」
「それにしては堂々としてるな! しかもわかってるならもうちっとまともなところで言ってくれ!」
もはや動揺なんて隠していられるか! こんな場面で動揺を隠せるやつなんているはずねぇ!
「ち、ちょっと待ってよ!」
俺と綺羅の会話を止めたのは美香だった。
「喧嘩は後にして、先進もうよ!」
「!!」
美香にしてはいいことを言ったのでびっくりしてしまった俺は言葉が出ない。
よく見ると美香の目に涙が見えたが見なかったことにした。
「そ、そうだな! 確かに先に進まないとな」
俺は何かを紛らわすかのように足を進めた。
それから三時間、俺たちは何も話さずに洞窟に着いた。
その間、美香は俺の腕にしがみついたまま下を向いていた。
綺羅はというと……美香を見てふくれっ面だったが美香の顔を見てからは何か悪いことをしたような顔をしているだけだ。
ちなみに俺が見ようとすると美香は何もしないが綺羅が邪魔をしてくるので見ていない。
「ホントに着いてくるんだな?」
一応確認してみる。
「何を今更……当たり前です!」
「……」
「美香?」
美香は俺の腕にしがみついたまま頭をこくんっと縦に振った。
「じゃあ、行くぞ」
俺たちは洞窟に足を踏み入れるのだった。
入って十分で盗賊の下っ端みたいのがうじゃうじゃと出て来た。
「綺羅、お前は美香を守れ。当然だが自分を傷つけて、じゃないからな」
「元からそのつもりです。あなたも気お付けて」
「ふん! 言われなくても」
俺が腰に手を当てると火がつき刀となった。
下っ端の武器は色とりどりだったが、みんな店で売っているものだった。
俺の武器は言わなくてもわかるだろうが天下一品、この世界で一本しかない名刀じみた刀だ。
「死にたくなかったらさっさと武器を捨てな」
俺はできれば危害は加えたくないので忠告をした。
だが、俺の忠告も虚しく下っ端は俺に立ち向かってきた。
「仕方ない」
俺は刀を振った。
ついに始まってしまった。
みんな自分の命がおしくないのだろうか。
慎二を見て、なぜ戦意を失わないのか。
慎二の刀があと数秒で敵の体に……。
「え?」
私は気づくと声を出していた。
刀は当たった。でも、血しぶきはあがらなかった。
「あなた、まさかホントにあの方が人を殺すと思っていたのですか?」
私を守るために近くで待機している綺羅さんが言ってきた。
「だって……慎二がそう言ってたから」
確かに慎二はそう言った。私の耳にはそう聞こえた。
「あの方は人など殺していませんよ。あの人以外は」
あの人とはつまり慎二の奥さんだった人のことだろう。
慎二は峰打ちの一撃で敵を仕留めている。
「す、すごい……」
敵の動きに合わせて一撃一撃の向きを変えて的確かつ全て同じ位置に峰打ちを当てている。
「そろそろ終わりましたね、行きますよ美香さん」
「え? でもまだ敵が……」
まだ敵が数十人はいるのに慎二のところへ向かうと言う綺羅さん。
「だからもう終わりますよ」
「え?」
声を発した瞬間目の前に火柱が高らかに上がった。
その中心にいたのは慎二だった。
敵が数十人になったのを確認した俺は残りを一気に片付けるために技『炎柱』を発動した。
発動したといってもこの世界での技は自分で考えて自分で出してるに過ぎないが。
炎柱を発動と同時に俺の周りに火が立ちのぼりそれが一点つまり俺を中心に集まってくる。
その中にいる俺以外の人は熱と恐怖で大概の者は気絶または失神する。
それでも残ったのはまた峰打ちで止めをさす。そうして数百人はいたであろう敵があっという間に気絶状態である。
「お疲れ様です。ケガはありませんか?」
「……」
美香と綺羅が戦闘が終わったのを見て出てきたらしい。
「ああ、なんとかな……美香、どうした?」
この世界に来て情緒不安定になるものがたまにいるが今の美香みたいのは早々にいない。
なんというか自分とは別の世界を見ているような目だ。
「……もしかして、怖かったか?」
俺の戦いを見てこわいというヤツが稀にいるのでもしかしたら美香もそう感じているのではないかと心配したがその心配はいらなかったらしい。だって聞いたら美香の顔が明るくなったのだからたぶん怖くはなかったのだろうと感じ取れたのだ。
「ううん、全然! その……かっこよかったよ」
案の定美香は怖くはなかったらしい。
「じゃなくてなんだって?」
「え? だから、かっこよかったよって……」
なんか顔が真っ赤だがそれよりも俺のあんな悪魔みたいのがかっこいいって言われたのは何年ぶりだろうか。いや言われたことすらないかもしれない。
「ほ、ホントか?」
聞き返さなくてもいいのに俺は本心からそう言っているのか知りたくなったため聞き返してしまった。
「そ、そんなに聞き返されたら、は、恥ずかしいよぉ」
上目遣いで見ながら言ってくる美香。
「!? すまん!」
咄嗟に視線を美香から外し誰もいない方を見ながら大声で、しかも裏返りながら返事を返した。
なぜなら、美香の顔が……その、か、可愛かったから、ち、直視できなかったといいますか、直視したらこっちが真っ赤になっちゃうって言いますか、とにかく可愛かったんだ。
「あのぉ、お二人方盛り上がっているところ悪いのですが敵がまた現れましたよ?」
綺羅の言葉で我に返った俺は刀を再度固く握り綺羅の目線の方を見る。
今度はさっきの倍以上の数がこっちに向かてきている。
「綺羅、引き続き美香を頼む」
「はい! あなたも気お付けてください」
その言葉に俺は目で返して敵に突っ込む態勢を作る。
この戦いが終われば美香ともっとゆっくりと話しができる。そうすればきっとさっきの不安そうな顔のことやこいつの世界のことをたくさん話しが出来ると思う。できればこの気持ちも伝えたいけどな。
そんなことを考えながら俺は敵に突っ込むのだった。
ブレード・オブ・ナイツ third