歪愛あらかると

渡辺子奇

  1. 海をのぞむ地獄
  2. dear

海をのぞむ地獄

小高い丘、花咲く庭、海を望める白いおうち。
これからこんな素敵な場所で、ふたりっきりで暮らせるなんて。
まるで天国みたいだなあ。僕が浮かれていると、
「地獄だよ……」
貴方は即答だった。
率直すぎる言葉が割とショックで、泣いた。

今日は月に一度のお散歩の日。
このときだけは、貴方は四六時中嵌めている鉛の首輪を外すことができる(ことができる、だって、嵌めさせている僕がいうのもなんかヘンだ)。
庭の花畑を二人で歩いたり、家のすぐちかくだってのに、水筒に入れて持ってきたお茶を飲んだりする。
貴方の白く細い喉が、飲み下すたびにこくん、と鳴るのを見て、密やかに心が疼くのを感じた。
そうして魔が刺したせいだ。
僕はぽつりと呟いた。

「逃げてもいいのに」

刹那、丘に風が吹き抜ける。

「そんなことしないよ」

青い夜香蘭の花が、風に凪ぐ。
貴方の乱れた前髪も額の上でぱらぱらとはためいた。その下の、痣だらけの目元を細めて、哀しそうな瞳の中に、僕の姿を映して貴方は笑った。

「きみだけじゃない。
 此処はふたりの罪をあがなうための場所だもの。
 きみが憶えていなくても。
 ぼくは、ぼくだけは、忘れたりしない……」

dear

ほう、ふむ。なるほど。こんな感じ?
あなたの首を締める感触ってのは。
僕はどきどきする胸の鼓動を鎮めようと、深い息を吐いた。そしてあなたの首を絞めている両手の、
交互に重ねた上下の合わせをゆっくりと替えた。
右左が左右に。親指を互い違いの隙間へと滑り込ませる。貴方の喉が少し潰れる感触。
最高。

ほら、まだ信じられないって顔してる。
貴方はやさしいから。
まあそうなりますよね。
いま貴方の目の前にいる僕は、
少なくとも、他人以上には信用できる
友のひとりだと思っていたこの僕は、
貴方の大嫌いな俗物だったのです!


身包みを引っ剥がされて、両腕を縄で縛られて、ベッドの柵に括り付けられて、馬乗りになられて。
そんな状況、誰が予想出来たでしょう。
僕に見下ろされた貴方は、たとえるなら弱った小動物みたいだった。普段はあんなにも朗らかで真っ直ぐで、とてもきれいな瞳をした貴方が、こんなに歪んだ表情を見せるなんて。
恥辱に火照る顔を手で覆ったまま、喉の奥から蚊の鳴くように微かな声にならない悲鳴をあげながら、半分腰を抜かして、まるで殆ど泣きそうになっている。

貴方って人は。貴方って人は。
どんなに惨めな姿になっても、
ほんとにほんとに素敵です……。


もっと、頭の中に張り巡らされた理性の砦がすっかり焼き払われて、何もかもが滅茶苦茶になってしまった貴方が見たい。辱めに抗うための取り繕うすべもなくなって、まざまざ痴態を晒すところが見たい。肺のなかを甘いため息と嬌声とでいっぱいにしたい。蕩けるような快楽の痺れで身体じゅうガクガクいわせたい。他の誰にも見せたことのないような、淫らな始末の貴方をこの手で犯したい。


……貴方が僕を見てくれないから、
いじわるしてるってんじゃないのですよ。
僕が本当に大切にしたい、貴方の尊い心と、
この気持ちのオトシどころというのは
もっと深く深くにあるのです。

汗ばんだ肌に張りついた後れ髪を払おうとして、
ふと、僕の指が貴方の首すじに触れる。
他意はなかった。それでも貴方はすっかり敏感になって、身体の芯からびくりと震えあがってしまう。
ああ、なんてかわいい悲鳴。
怯えていますか?
それともこのまま、流されてくれますか。

(好き、だ。)

ああ、もう、好きなんです。
こんなことをしたって絶対結ばれないってわかってんのに。どうしようもないくらい、あなたが好き。

ふとした拍子に転がり出てしまいそうな、
烈しく熱くて、深く冷たい感情のかたまり。
だけど、きっとこの告白は
転がり出てしまったなら最期、
優しいあなたに付け入って
呪いのように絡みついて、
貴方を永遠に穢してしまうでしょう。
だから僕は、道化のように、俗物のように、
あなたを傷付けるふりをして、
あなたの心の逃げ道を作りつづけるのです。
何故なら僕は貴方のことが
ほんとうに大好きですから。
呪われているのは僕だけで良いのです。

本当はもっとまともな恋がしたかった。
あなたと普通に、しあわせになってみたかった。
でもそれはもう叶わないことなのです。


ねえはやく、貴方の心に想う素敵なひとと、
きちんと添い遂げる運命を見つけてくださいね。
そしてこれが最後のわがまま。
せめて憎しみのまなざしをください。
僕のことを忘れないで。


祈るように重ねた両手のなかで
苦しそうに身じろぐ貴方の、
揺れる瞳が僕の瞳を見据えて、捕らえる。
それだけで、僕は、
身体の奥が甘く痺れるような、
凍える雪のなかで一本の燐寸を擦るような、
ささやかで痛切な、たったひとつだけの
安息を得ることができるのです。

歪愛あらかると

歪愛あらかると

ヤンデレ短編集(予定)。不定期更新の予定。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-04-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted