硫化ノスタルジウム(自選短歌)
障子溶く赤き朝日の部屋に満つ
誰か死にたるやうにし思ふ
夏風が肌にまつわる懐かしき
祭囃子が遠く聞こえる
十九歳の夏の夜風は生温く
ヘッドライトの先へ吹き過ぐ
夜走る明かり流れる過ぎてゆく
ラジオを刻むウィンカーの音
「生きにくい」呟く声を聞く耳の
隣の瞳もいつも悲しい
夕立の拝島橋を走りゆく
車の上を急ぐ白鷺
ととがなし奄美の言葉で手を合わす
教えてくれた祖母の墓前に
野隠れの薔薇は咲きけり人のため
ならず己れの道に生くため
奥山の落ち葉の隠すどんぐりを
拾う幼き僕に会う秋
かの花は赤き葉となり秋桜
誰の肩にや今落ちにける
夕焼けに遠く山並み冴えわたる
空の青さをうちに残して
街灯にきらめくようなたむしばの
氷る莟をひとり見上げる
硫化ノスタルジウム(自選短歌)