北上八三

なんか自転車漕いでたら思いついて、なんか心配になった。

絶賛コロナ禍のこんな世界になるまで、マスクとかしないで生活している種類の生き物だった。あ、私。私の話。
「マスクって耳がちぎれるから」
って、そう言って生活していた。その分風邪とかインフルエンザとかかからないように注意してた。家に帰ったら手を洗うし、イソジンでうがいもするし、酢も飲んだし、よく寝て抵抗力も維持することに努めたし。ちなみに、イソジンでうがいすると歯の詰め物をしている部分になんか刺激が走るんだけど、あれは私だけなんだろうか?どうなんだろう?まあ、それでもするんだけど。

で、今もそれは維持しているけど、マスクもするようになった。

今はもうみんな油断しているし、ゴールデンウイークもどうせ遊びに行く人は遊びに行くし、第一次コロナ禍の時よりも第二次コロナ禍の時よりも、コロナという事に対しての人類の興味も薄くなってる。ニュースバリューとしてもなんか以前に比べると飽きが来てる。私個人の体感としてはもう、去年よりも強いインフルが出ましたとか、去年よりも強い花粉が舞ってますとかっていうのと変わらない感じ。今日も熱中症患者が出ましたとか、今日も交通事故があって人が死にましたとか。そう言う感じ。

ただ、依然として私はずっとマスクしてる。第一次コロナ禍の頃からずっとマスクしてる。マスクが日常となった。年間を通じてマスクというのが普通となった。新常識となった。理由は、マスクをしても耳がちぎれなかったから。あと、マスクをしないと他人の目があるから。それから、マスクと独り言の親和性が非常に優れていることを発見したから。

「マスクをしてると、多少口を動かしていても周りには気が付かれないぞ!」
この発見は大きい。大きかった。マスク以前も独り言推奨派だったために独り言はぶつぶつやっていたけど、やっぱり人によって独り言というのを吃音とか生まれとか育ち、ニキビ、吹き出物、あるいはB型であるからなどの理由を用いて、相手よりも優位に立ちたいがためにつついて来たり、話のネタにしたりする品性下劣な人間がいる。いた。一定数居る。居た。私個人の統計だと3人に1人はそういう部分を持っている。

だからマスク以前はそういうのが出来ない場面もあったりして、加えてメモも取れない様な状況下ではそれを行う事が記憶にとどめるための手段であるのに出来ずに苦労する時もあったりした。

だから私の場合マスクがそれを、零れ落ちていく記憶を一定量以上救ったというのはある。かなりある。マスク以前に比べてかなりの数救えるようになった。これは本当にありがたい事だ。私の場合はね。

「いやあ、マスクって素晴らしいなあ」
あっさりと改宗やら鞍替えしたように、手のひらを返したかのようにマスクに感謝しだした。そう思うようになった自分に対しては気持ち悪いなとは思ったけど、でも正直マスク以前はマスクの事を意味ないと思っていたわけだから、まあ、それは仕方ないのかなと思う。これくらいの咎は仕方ないのかなと。

マスクをするようになって、いい事が沢山あるんだなと。そんな感情を抱くに至った。
「独り言は言い放題でしょ?独り言で整理した事をメモ帳に書くでしょ?口元はだらしなくても問題ないでしょ?映画とかドラマとか見てる時口が開いてても別に構わないでしょ?コロナにもならないでしょ?風邪もひかないでしょ?インフルエンザにもかからないでしょ?花粉症も防げるでしょ?」
素敵だなあ。マスクって素敵だなあ。コロナ以前は年末に実家に帰省する時、必ず人込みオブ東京駅で何かしらもらっていた。風邪とか。ちょっと体調を崩してた。去年はそれも無かったしなあ。素敵だなあ。マスクはなあ。

そんな感じで、全幅の信頼を寄せてマスクをするようになった、つい先日、
「ちょっとご飯に行こうよ」
知り合いの森山ポポ美に誘われてご飯食べに行った。

コロナ禍のこんな昨今では、他人とご飯を食べに行くというのもなかなか人の目が気になる案件ではあったが、まあ、たまにはいいかと行くことにした。あと、私はコロナ前から一人ご飯大丈夫なタイプ。全然大丈夫。自分じゃない心の中で何考えてるかわからない他人と興味ないことをしゃべりながらご飯食べるより、独り言とか考え事しながらご飯食べてる方が楽しい。

で、なんか森山が最近オキニーだというイタリアンレストランみたいなところで、向かい合って、
「それで最近ねえ」
「あー、ふーん」
って二人でご飯食べてる時、ふと、ふと、ホントにふと、不意に、
「ううっ!」
って気持悪くなって、私はトイレに中座した。

「ぐぼお、ぐぐう、ぼろろ、ぼろろろらあ」
そんで洋式便所に吐いた。一切合切吐いた。昨日の晩御飯も含めてもろもろ吐いた。トイレの陶器に広がった吐瀉物はなんもかんもクリームとコンクリを混ぜたような色味で何が何か判別できなかったが、でも今食べたイタリアンのバジルとかトマトの色味がまだ色鮮やかだった。

「・・・」
それから洗面台で鏡を見ながら、思った。

口。

口だ。

ポポ美の口。

口。

口気持ち悪い。

そう思った。

ずっとマスクしてた。この一年。コロナが始まってから一年。ずっとマスクして。マスクするようになって。マスクをするのが当たり前になって。誰しも口が隠れるのが普通になって。

だから口のグロテスクさを忘れてしまったんだろうか。そうだ。そうだと思う。多分。

口って気持悪い。

食べ物が入って行く。

あの赤黒い所に。

食べ物が。

気持ち悪い。

鏡に映った自分の口。

口の端から吐瀉物の残り汁が垂れてた。

そしてすべてが体内で、こういう色になるんだ。クリームとコンクリートを混ぜたような色に。

気持ち悪い。

気持ち悪いなこれ。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-04-28

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