東京の断片 -chapter2- #1

東京の断片 -chapter2- #1

第9話 無いはずのものを、有るものに

探してみたけど、どこにもなかった

思い当たるところは、しらみ潰しに
でもーー

すでに なのか

元から なのか

結局

なのか


記憶はあてにならない
たいして、正確な情報ではない
歪んで、いいとこ取りでーー

 無いはずのものを、有るものに


そんな脚色に騙されたんだと思う



「落とした」と思った

会社のカードキー
あれが無いと、出入りすら出来ない
早番勤務は、同僚の出勤前にすることが多くある

暖房、ポットのお湯入れ、
昨日の遅番が洗い忘れた食器を洗う(迷惑すぎる)、
FAXの確認、
申し送り事項の確認、
今日の配達先確認…クレームの進捗

小さなガス会社では
便利なIT関連の代物など、無い

旧時代の人力に頼る
作業効率の悪い方法を取る

車内に戻って、カバンの中
ひっくり返した

「落とした」


 逃げたら

 逃げてみたら、どうなるの?

 この生活から

 この仕事から

 残業時間だらけの酷使される環境から、
 逃げたら


自由になる?
心をとにかく、休めたい
嫌々でやる仕事から
次の場所へ
幸せといえる場所

もう何が私のやりがいで、
何が幸せなのか分からない
働くのは好きだった
仕事をするのは嫌いじゃなかった
誰かのためになること
会社の為だとしても、
同僚の手助けになれば
私の居場所になるのなら

それで十分に思えた

だけど、心が弱ってしまったら

社員専用玄関前で途方にくれた。


私が手品師なら

…手品師なら
  明るい未来を取り出すのに

 …きっと



「お嬢さん、お嬢さん」
なに? だれ?

「わいだよ、わい
 足元を見んしゃい」
え、ネコ?

「おいらは孤高の猫」
おいら? え、ネコ?

「たまには足元を見んしゃい」
う、うん

「お嬢さん、
 無いはずのものを、
 有るものにするんだよ」
危ない!!

ネコは好き勝手言ったら
斜め横断して
車の眼をくぐり
道路を跨いでった

道路を横断したあと
向こう岸で、ちらっ と
ネコが私を見て、しゃくり上げる真似をした


なんか悔しくなって、
追いかけようと足を上げた

足元の感触

眼下に
カードキーが有った



結局、私は勤務を勘違いしていた
今日は遅番
記憶違いだった

東京の断片 -chapter2- #1

東京の断片 -chapter2- #1

孤高の猫

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-27

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