ワールド・シンパシー

あおい はる

 月が半壊して、なんだかもう、この星にもそろそろ、嫌気がさしちゃったって、かんたんにいうきみが、露店のあやしいおじさんから買った、おもちゃみたいなゆびわを歩道橋から投げ捨てた。夜のはじまりだった。夜もおわりの頃になると、半透明のひとびとが、うようよと彷徨い歩いているのだけれど、はじまりのときは、まだ、透けていない、ちゃんと質量のある生きものが、ふらふらと漂うように往来している。あのこたちのところに早く帰りたいのだと、物憂げに空を見上げて、祈るように両手を重ね合わせる。微かにでも聞こえるかと思ったけれど、とっくに車に轢きつぶされたであろう、赤いルビーを模したプラスチックのついた、あのちゃちなゆびわが、粉々に破壊される瞬間の音を、想像しながら、ぼくは、でも、この星の、存在する生命体がみんな、じぶんではない個体を愛するよう努力しているところを見守るのは、なかなか厭きない、と思っていた。ぼくらの仲間は、総じて、じぶんだけを愛するようつくられていて、きみだけが、すこしばかり特殊で、つまりは、この星のにんげんにもっとも近しい構造である。それに対して、きみは、ちょっとした煩わしさを感じているらしい。愛さなくてもいいものまで、気にかけてしまうこと。あのこたちだけを愛せればいいのに、この星では重要視されている、おもいやり、という技術、行為、感情が、意に反して興味のない対象に発揮されたときの、あの、妙な充足感が刹那、快感となっておしよせてくるものの、ひいてゆけば残るのは、からっぽの乾いて白くなった貝殻なのだと、きみは語る。きみの思考は、良くも悪くもこの星向きであり、ぼくにはあまり響かない。地球的。祈る仕草も。あのこたちを、おもいやる心も。
 夜空には、永遠に満月になれない、天体がひとつ。

ワールド・シンパシー

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-04-26

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