どこかにいるひとたちへ

 地底からの手招きは、春の終わりの、二十五時の森にて。だれか、わたしのからだの一部を、すばらしくおいしそうだと褒めていて、あ、それは確か、森でいちばんえらいといわれている、アルビノのクマだったような気がする。彼が、きまぐれに、にんげんの、同性の恋人同士の、結婚式のまねごとを見守ったというのだが。まぁ、なんでもいい、という少々、投げ槍な気分で、わたしは、森のどうぶつたちがせっせと掘った、穴に、静かに横たわった。夕方、雨が降ったので、森は、濃密な緑と、土のにおいに溢れていて、なんというか、あらゆる生きものの命が、すぐ傍らにある、という感覚は、恋をしたときの、好きなひとの気配を鼻先で感じた瞬間の、めまいにも似ている。現実に、ときどき、悲観的になるのは、みんないなくなってしまったとき。顔も、ほんとうのなまえもしらない、画面の向こうの、つながっていたひとびとが、ひとり、ふたりと、その行方をくらませてしまったときの、あの、ふっと陰るみたいな、さみしさ。べつに、ともだち、と呼べる関係では、なかったのにね。自己表現の手段が、絵や、文章、写真、クラフトと、さまざまであっても、年齢、住んでいるところ、性別、職業、趣味嗜好、家族構成など、それぞれに異なる事情、人生があっても、みじかいあいだでも、おたがいを個体として認知していた、というざっくりしたつながりだったとしても、いない、とわかったときに生じるのは、さみしいって気持ちだった。鍵をかけられたアカウント。インターネットのなかに存在すらしなくなった、あのひと。でも、きっと、どこかで生きているのだと想うと、さみしさは一瞬で弾けて、霧散して、いつのまにか消えてなくなって、そういうのを実感したときの、ちょっとした罪悪感。わたしって、つめたいのかも、と思うのを、ノアは、大げさだって笑ってた。森の木々が揺れて、夜空を透かして、とつぜん、ぬっと顔を覗かせた、アルビノのクマが、せつないね、と呟く。土は、意外とあたたかい。

どこかにいるひとたちへ

どこかにいるひとたちへ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-25

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