生まれ変わる夢

 私の夢はいつだって現実味がない。
 駅で結婚式を挙げたり、サングラスの黒スーツ集団から追われたり、変わった夢を見ることが多い。ただ、それらは平凡な日々の1シーンではないからこそ、見ていてつまらないものではない。自分の夢が好きだった。
 ある日、仕事がどうしようもなく嫌になった時のこと。自分自身が役に立たない人間のようにしか思えず、自己嫌悪になっていた時のこと。やけに感覚がハッキリした夢を見た。私は一度の夢で5名の人生を生きた。そう、生まれ変わりを繰り返したのである。

   第一章 金沢先生


 最初の人生は、金沢という高校の男性教師であった。
 共学の高校で担任を持ち、何の教科を受け持っていたかは不明だが、それなりに学生からの人気を集めていた。
 私はそこで、1人の女子生徒と両想いであった。黒髪でおさげの、可愛らしい少女だった。
 両想いといっても、それは教師と生徒の関係。もちろん周囲に知られてはいけない、俗に言う「禁断の恋」であった。
 決して許されるものではない関係、それでも私達はしあわせだった。彼女から発せられる「金沢先生」という声は、ひたすら愛しく思えるものであった。ただ、この関係は卒業と同時に終わってしまうものだと、なぜかお互いが理解していた。

 ついに、彼女が卒業する日になった。何も言葉を交わさず、私達の関係は終わってしまった。
 私は懐中時計に彼女の写真を入れ、老いながら常に眺めていた。

 そして、私はひとりで死んでしまった。

 私は現実の姿になっており、天国に向かった。天国には白い雲の上に玄関のようなスペースがあり、そこでは大学の同級生が管理人のような業務を担当していた。
 同級生が目を丸くして、私の訪問に驚いていた。
 「みなちょむ、お疲れ様!」
 そう言って、私を天国に入れてくれた。
 
 「みなちょむ」というのは、私の現実でのあだ名だ。変てこなあだ名だが、私はとても気に入っていた。
 本名は倉田美那美(くらた みなみ)。小学生の頃から特にあだ名もなく、それが常に嫌で仕方がなかった。「あだ名=親しみ」というイメージが強く、それが気に入らなかったのだろう。クラスメイトがそれぞれあだ名で呼ばれている一方、私は「美那美ちゃん」と丁寧に呼ばれ続けてきた。それが、まさか大学に入ってから、しかも妙なあだ名を付けられたのだから、古くからの友人は驚くだろう。
 
 さて、天国に入った私は、そこで現実の世界で共に働くパートの人々に出会う。私は、現実では病院の購買で新卒2年目の正社員として働いており、不満の尽きない仕事であったが、母親のように接してくれるパートさん達のことは好きであった。よくよく考えれば、そのパートさん達が天国で待っていたということは、私より先に死んでしまっていたということになる。しかし、夢ではそのようなことを考えることもなく、パートさん達の歓迎にただ喜んでいた。
 「倉田さん、お疲れ様。大変だったね。」
 「みんなで倉田さんのこと見ていたよ。」
 出会って早々、優しい言葉をかけられた。そう、パートさん達は皆、私の金沢教諭としての人生を見届けていてくれたのだ。
 禁断の恋な上、最後は独り身で死んでしまった。さぞかし心配をかけただろう。私はパートさん達に心配をかけたことの詫び、皆を天国で待たせたことの詫びを言いながら、天国の受付へと向かっていった。

   第二章 天国


 受付には、現実には存在しない、キャクターのような風貌の生き物がいた。クリーム色のふさふさした毛に、犬のような三角の耳と、小さく丸い目。どうやらこの生き物たちが天国を管理しているようだった。
 天国の管理者の後を黙ってついていき、天国の施設を案内してもらった。天国にはいたるところで、輪廻転生を繰り返す人々が立ち話をしていた。ギリシャ神話に登場する大天使のような、とても豪華な服装をしていたり、角が生えていたり。夢の中で「これは面白い」とわくわくしながら、1つ目の見学場所にたどりついた。

 そこでは男女5名がバーチャルゲームをしていた。内容はコンテナ倉庫で様々な場所から出てくるモンスターを打ち倒してポイントを稼ぐ、ゲームセンターにあるようなものであった。天国の管理者は何も語らなかったが、私はなぜかそのゲームの意図を理解していった。
 バーチャルゲームを受けている者は皆、生前に悪事を働いた人々だった。そこで、このバーチャルゲームで得たポイント順に、次の人生を選ぶ順番が割り当てられる。用意されているものはどれも苦労があるのだが、高得点の者は苦労の少ない人生を選ぶことができるのだった。
 悪事を働いた者と言っても、ここは天国。死ぬ前にある程度反省をした人々なのだろう。そんなことを思いながら、私は天国という施設の見学を進めた。

 食事処や足湯など、天国での娯楽スペースを回り、最後にビンゴ大会に参加させられた。ビンゴ大会には現実世界でお世話になったパートさんも参加していた。司会はもちろん、例の生き物である。
 生き物の説明によると、ビンゴになった先着5名が次の人生ではお金に困らない生活を送ることができるというものだった。早くビンゴになるほど、財産が増えるらしい。生前に貧富の差がつくとは、バーチャルゲームといいビンゴ大会といい、つくづくシビアな天国だと思った。
 そしてビンゴ大会が始まり、参加者は目の色を変えて夢中になった。すると中盤、一人目の「ビンゴ!」が聞こえた。それはなんとパートさんであった。パートさんは嬉しそうに笑いながら「それじゃ、今すぐ死んでくる!」と言い、目の前にあった光る池へと飛び込んでいった。
 どうやら、天国で死ぬというのは、現実世界へ生まれ変わるという意味らしい。私たちは現実で死に、天国で死に、そうやって輪廻を繰り返すようだ。
 パートさんが死んだ後もビンゴ大会は続き、私は5番目にビンゴになった。ぎりぎり私も、お金に困らない人生を送る権利を得た。生き物は「5分以内に死なないと、その権利は失効してしまう」と説明し、ビンゴ大会を終了させた。

 私は躊躇わず、パートさんのように光る池へと飛び込んだ。2度目の人生の始まりである。

生まれ変わる夢

生まれ変わる夢

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-26

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