寄り道日和

天宮昇

  1. 序章
  2. 第1話
  3. 第2話
  4. 第3話
  5. 第4話
  6. 第5話
  7. 第6話
  8. 第7話
  9. 第8話
  10. 第9話
  11. 第10話
  12. 第11話
  13. 第12話
  14. 第13話
  15. 第14話(R18)

序章

全ては水無月の小雨が滴る、あの日から始まった。
山瀬裕輝(ヤマセヒロキ)は文芸部室の前で立ちすくんでいた。

先代の文芸部部長・青山友希(アオヤマユキ)から部室の鍵を渡され、たった一人の部員である裕輝の頭の中は漆黒の闇に包まれていた。

自分を独りにした先輩達への怒りと悲しみ。
これから廃部と隣り合わせの状況で独りで盛り立てないとならない絶望。
裕輝の胃からは針が刺さるかのような痛みが走った。

ロクに部員勧誘すらせずに、脳々と独りよがりなイラストを描いたり、美少女ゲームの話題しかしない先輩達。

その結果、一・二年生に何をやってる部活なのか伝わらないまま新入部員ゼロと言う惨事を招いた。裕輝にしてみたら全ての戦犯は彼等であるとすら感じた。先輩から解放されたと思えば、自然と晴れやかにもなった。

まずは活動内容を明確化して部員を集め部の存続をさせる。

裕輝に課せられた使命は非常に重いものだった。部の命運を一人で背負う事になった。その場から尻尾を巻いて逃げたくもなった。
高校生活全てを捧げる覚悟を決めなければならない。

部員勧誘をロクにせずに廃部の危機を招いた事に謝罪の一言も無い部長に対して、裕輝はこう言い放った。

「俺は先輩とは違うやり方で部を立て直します」

裕輝は踵を返して部室に入ろうとしたが、飲み物を買うのを忘れた事に気付いて、自販機に向かおうとした。

その時、文芸部室の向かい側にある音楽室から教会のパイプオルガンのような美しい歌声が聞こえた。
まるで天使が歌っているかのような透き通った声……裕輝は心が洗われたような心地がした。

その時、音楽室の窓からセミロングで白い肌の女の子が顔を出した。裕輝と同じクラスの遊川千夏(ユカワチナツ)であった。

「山瀬君!」

手を振る千夏に裕輝は笑顔で応えた。
先程の青山先輩とのやりとりでみっともない所見られてしまったか……そう裕輝は感じた。

罰が悪い感じで、裕輝は自販機に向かった。

第1話

裕輝は部室に入ってから、掃除用具を取り出し、掃除を始めた。床やパソコン、本棚にあるほこりも全て取り除き、部室に残された不要なライトノベルやイラストなどをゴミ袋にまとめてゴミ捨て場に投げ入れた。

陽光学院文芸部は例年、九月に開かれる文化祭に文芸部誌を出展する。

しかし、部員が裕輝一人では文芸部誌を作るために十分な作品数を確保出来るはずもない。仮に確保できても、例年発行する部数である五十部に加えて県文芸コンクールで提出する十部の合わせて六十部を自分一人で製本出来るかも怪しい。印刷業者に依頼するにしても、部の予算と裕輝のお小遣いを合わせた程度ではとても足りない。

八方塞がりとなった裕輝であったが、泣いていても仕方がない。そこで顧問の吉原由奈(ヨシハラユナ)先生に相談する事にした。

由奈先生は今年から新米教師として陽光学院に赴任して文芸部の顧問となった。男女問わず人気があり、親しみを込めて苗字でなく下の名前である由奈先生と呼ばれていた。裕輝も彼女の世界史の授業を受けていた。

しかし、文芸部に顔を出したのは4月の部編成の時のみであり、それ以来全く部室に姿を現したことはなかった。そんな由奈先生に対しても裕輝は怒りの矛先を向けた事もあった。

「まごついても仕方ない。他に相談する人もいない。緊急事態だから頼るしか無い……」

裕輝は独り言を言いながら、職員室へ向かった。

職員室に入り、裕輝は由奈先生を探した。
顔を俯いて説教を受ける生徒の姿や、慌ただしく資料を作成する教師の姿に、裕輝は目眩がしそうな心地だった。

左の奥の方にポニーテールで眼鏡をかけた年若い女性……由奈先生の姿があった。早速、裕輝は由奈先生の下へ駆け寄った。

「由奈先生」
「あら、山瀬君。どうしたの?」

由奈先生は授業で使うプリントらしきものを作成していたノートパソコンを閉じて裕輝の方を向いた。

「実は、由奈先生……部員が自分一人だけになりました」

込み上がる怒りを抑え切れず、裕輝の声は震えていた。

「三年生がまともに勧誘もしないどころか、こちらがポスター作ったりするよう提案しても却下され、その結果、一年生は誰一人入りませんでした……」

次第に絶望的な現状を思って、裕輝の目には涙が浮かび上がり、これ以上言葉に出来なかった。

「山瀬君……辛かったね……。ごめんなさい、私の力不足で山瀬君を辛い目に遭わせてしまって」

由奈先生も神妙に裕輝の言葉に耳を傾けた。

(今まで何もして来なかった癖に……!)

裕輝はさらに血管が破裂するかのような怒りを感じたが、堪えてただ俯いた。

「部室に一回戻って。私もすぐに向かうからちょっと待って」

裕輝はひたすら首を縦に振って、か細い声で返事した。

第2話

部室に戻った裕輝は、机に顔を伏せた。
一人で文芸部を立て直さないといけない使命感と寂しさ。勧誘活動を許可してくれなかった先輩への怒り。

様々な感情が入り交じって、裕輝にはなす術もなく手を握り締めるだけだった。次第に裕輝の頬には涙が滴り出した。

その時、部室のドアからノックする音が聞こえた。
「山瀬君、居る? 入るわよ」
由奈先生がドアを開けて部室に入った。裕輝は顔を上げたものの、立ち上がる気力すら湧かなかった。

由奈先生はすぐに近くにあった椅子を裕輝の隣に移して座った。

「山瀬君……今まで何も出来なくてごめんなさい」

申し訳無さそうに謝ってる由奈先生に、裕輝は一度冷静になろうとした。前の顧問にはあり得ない事だった。
彼に先輩達のやる気のなさを裕輝が相談しても、「本人達には言っておく」の一言止まりだった。全く改善もされなかった上に、その事を言及しても全く関与しようともしなかった。そのため、裕輝は顧問教師そのものに不信感を抱いていた。

「実は、青山さんから『部の方は私達でやって行きますので、先生は関与しなくて大丈夫です』って言われたの」

先代の青山友希部長が、まさか由奈先生の関与までさせなかったのは、裕輝も予想外であった。

「ただ、これだけは誤解して欲しくないの」

由奈先生がさらに続けて言った。


「本当は……青山さん達は勧誘をしていたの」


全く想像だにしなかった事に、裕輝は衝撃を受けた。自分がポスター等で勧誘しようと提案しても、全く聞き入れてくれなかったのだ。

「昨日、青山さんが図書室で一年生を勧誘してるのを見たの。それで話を聞いたけど、何とか自分達で知り合いの一・二年生を当たって直接勧誘したけど、全く成果出なくてって言ってた」

「ですが、私がポスター作ろうと提案しても却下され続けました」

「文芸部とあるのに、イラストとか描いてて漫画研究会みたいな事もやってるとなったら、詐欺と言われかねないからポスターを作りにくいって話だったよ……」

裕輝は呆然とした。まさか、裏ではちゃんと勧誘していたとは全く思っていなかったのだ。自分達なりに状況を理解した上でしっかり動いていたのだ。

今まで散々悪者扱いにして来た先輩への罪悪感、そして状況を理解せずにポスター等の漠然とした提案しか出来なかった自分の無能さを裕輝は痛感した。

「私はこれから……どうすれば良いですか……?」

震えながら、精一杯絞り出した声で裕輝は訊いた。

「山瀬君はなんでもかんでも一人で抱え込み過ぎだと思うの」

由奈先生のあまりに漠然とした答えに、裕輝の頭の中に疑問符が生まれた。

「それは、つまりどういう事ですか?」

「山瀬君は、とにかく部員を増やして行くことしか頭に無いのかなぁって思っちゃうなぁ。幸い、同好会への降格や部室の没収は少なくとも今年度中はないから、まずは落ち着いた方が良いと思うよ」

同好会への降格も部室没収もない……その言葉を聞いた裕輝は、安堵の表情を浮かべた。廃部という最悪の事態すら想定してしまっていたからだ。

「確かに、すぐに同好会降格とかにならないなら急いで勧誘しなきゃと無理に考える必要ないんですよね……」

「そう。だから、今はコンクールに出す作品を書く事に専念して良いと思う」

由奈先生の冷静で的確なアドバイスに、裕輝は荷物を沢山詰め込み過ぎたリュックを下ろすような心地がした。

「ただ、そうなると文化祭に出す部誌は?」
「部誌についても、伝統だからと言って無理に出す必要無いんじゃないかな? 今年はもう文化祭は何もしなくて良いと思うよ」

由奈先生はさらに穏やかな口調で言った。
裕輝は本音は部誌の発行をしたかった。部誌というのは、校内に向けた活動の成果の場でもあり、絶好の勧誘のチャンスでもあった。しかし、部員が自分一人しかいない事態では部誌になるはずもなく、由奈先生の言う通り発行断念はやむを得ないと思った。

「仕方ないです……部誌は諦めます……」

頷きながら、重い口を開けて言った。

「あとね、山瀬君」

由奈先生は裕輝の顔を覗き込むように言った。

「肩の力を抜いて、回り道をしてみたらどうかな?」
「回り道……ですか?」
「そう。たまには小説や詩、短歌や俳句の事を忘れて、例えば友達と一緒に仲良く遊んだり、勉強に専念してみたり、困っている人に手を差し伸べたり……色々な経験がきっと山瀬君を強くすると思うの」

緊急事態なのに、勉強はともかく遊ぶ余裕なんてあるのか……怪訝な表情で由奈先生を見た。

「山瀬君はきっと優しい素敵な人だと思うの。ちょっと寄り道して、みんなに優しく接して行けば、きっと沢山の協力してくれる人も出てくると思う。山瀬君は正式な部員じゃないとダメって思うかもだけど、部を運営するだけなら新しい部員に拘らなくて良いんじゃないかな?」

裕輝は衝撃を覚えた。今まで一人で何でもしなければと思った上に正規の部員以外受け付けないと思っていたが、こんな部の運営方法もあるんだ。そう感じて安堵の息を付いた。

裕輝には由奈先生の一言一言が正論に思えた。今まで文芸部は小説や詩、短歌俳句を書いて読んで批評し合う事が文芸部の活動と思った。先輩達が何で漫画のようなイラストも活動として描いたのかもようやく納得した。

「分かりました、由奈先生。一旦頭冷やして、笑顔で過ごします」

「そうだよ! ピンチにこそ笑顔だよ!」

由奈先生は裕輝の肩を揉みながら、笑顔で言った。


「私も何かあったら相談にも乗るから。だって、私は顧問だよ。もっと頼ってよ!」


裕輝の心に熱いものが込み上がって来た。決して適当な事を言っている訳では無いことは明白だ。由奈先生なら信じられる。そう裕輝は確信した。

「ありがとうございます! 由奈先生……今まで何も言わずにごめんなさい」
「良いのよ。私ももっと早く山瀬君に声かければ良かった……顧問失格ね」
「いえ、そんな事はありません。これからどうすれば良いのか導いて下さいましたから」
「ありがとう、山瀬君。きっと山瀬君なら出来るよ!」

二人は笑い合った。

これから陽光学院文芸部は長い冬の時代を迎えることとなる。しかし、由奈先生と一緒なら暖炉のように温かい日々を送れる。そう裕輝は思った。

第3話

いつもの喧騒な昼休みの教室で、裕輝は机の上に顎を乗せて溜息を付いた。これで何回目の溜息かも分からない。
先日、由奈先生に言われた事を裕輝は心の中で反芻した。果たして、遊ぶ余裕あるのかどうか不安な気持ちで溢れかえっていた。

部員勧誘するにしても、協力者を求めるにしても、文芸部の壊滅的な知名度の低さを解決しない事には何も始まらない。その『知ってもらう努力』を先輩が怠ったが故に裕輝への皺寄せが来たのだ。
裕輝が自分が文芸部に所属していると言っても、いつも返ってくる返事はこれだった。

「何する部なの?」

その疑問にひたすら小説や詩を書いたりするという説明をする度に裕輝自身も苛立ちが募って来た。

(何回この説明すれば、文芸部と言ってすぐ分かってくれる人が現れるんだろう……)

まるで、自分が音声付き案内ロボットのように感じた裕輝であったが、ここで訊いて来た人に対して怒鳴っても何の解決にもならない事は明白だ。

溜息ばかり付いても埒が開かないと思った裕輝は、スマートフォンを取り出してメモ帳のアプリを開いた。小説のネタをまとめようとした矢先、

「山瀬君、どうしたの? 難しい顔して」

セミロングで肌が白い女の子――クラスメイトの遊川千夏が裕輝に話しかけた。
千夏は今年の4月に陽光学院に転校した女子だ。国語の成績が特にズバ抜けてる生徒である。

「文芸部の事だよ……って言っても、遊川には分からないか」
「知ってるよ! 小説や詩を書いたり読んだりする部だよね」

裕輝は目を見開いて、驚きと感動を覚えた。
ここに来て、ようやく文芸部がどういう部なのか知ってる人が現れた……

「よく知ってるな。流石、国語学年トップ」
「それは関係ないよー」

千夏は笑いながら、裕輝を小突いた。
声も高校生にして艶と愛らしさが兼ね備わっており、男子からの注目を一身に集めるほどの美貌とスタイルも持つ千夏が、自分に何故話しかけてくるのか裕輝には分からなかった。

ここで、裕輝に一つの策が閃いた。その男子に人気な千夏を文芸部に引き入れるのだ。そうすれば、千夏目当てで下心がある男子が文芸部に入るかもしれない。最悪、男子共が幽霊部員になったとしても、活動内容さえ広まれば後の勧誘がしやすい。
用済みとなった男子は後で真面目に活動してないという口実で退部させれば良いのだから。それに、千夏の国語力は間違いなく戦力になる。ただの客寄せパンダに留まらない、この上ない人材であろう。

しかし、問題は千夏をどう勧誘するかだ。
千夏は現在合唱部に所属しており、7月に開かれるMHKコンクールや全国合唱コンクールに向けて多忙と言う話を聞いた。その大切な時期に掛け持ちして欲しいと頼んでも断られるのは火を見るよりも明らかだ。

「ところで、部員って何人いるの?」

裕輝が思案している内に、千夏の方から核心を突くような質問が飛んできた。ここは素直に言うのが吉と判断した裕輝は、正直に現状を言う事にした。

「実は、部員が今俺一人しかいないんだ」
「そっか。山瀬君一人だけなんだね」

意外にも千夏は驚いたような表情はしていなかった。まるで全てを見透かしているかのように。

「そんな山瀬君に一つ話があるの」
「何?」
「ここで言うのも何だから、放課後にロッタリアに来ても良いかな? ジュースかコーヒー奢るから」
「それ、誰かに聞かれたらマズイ話なの?」
「うん、ちょっとね……」

少し俯き気味で千夏は言った。

「それなら、ウチの部室で話さない?」

「えっ、良いの?」

「どうせ俺一人だけだし、ロッタリアだと他の生徒が屯してる可能性あるし。それなら、ウチの部室だったら誰にも聞かれる心配ない」

「そっか。じゃあ、お言葉に甘えようかな」

千夏は屈託のない笑みを浮かべながら言った。

学年でも屈指の美女とも言える千夏と二人っきりーー他の下心ある男子共が聞いたら羨ましがられる状況と言えるが、裕輝にとってはあくまで文芸部にとっての優秀な人材を招き入れるに過ぎなかった。

情欲を掻き立てられる訳でもなく、全ては文芸部のため。

第4話

放課後になって、裕輝は千夏を連れて文芸部室に入った。

「へぇ、ここが文芸部の部室か。綺麗だね」
「先輩達が引退してから掃除と整理したんだ。その内、歳時記とかライトノベル以外の現代文学とかの本を充実させるつもり」

裕輝は千夏が買ってきたコーヒーの缶を開けて口を付けた。砂糖の甘みとミルクの滑らかさがこの日は特に心地良く感じた。

「それで、話って?」

裕輝が千夏に切り出した。
少しの沈黙が流れた後、やや顔を赤らめながら千夏は口を開いた。

「1日だけで良いの……彼氏になってくれない?」

「……は⁉︎」

あまりの突拍子もない千夏の願いに、裕輝は固まった後に自身には信じられないぐらい高音の声を上げた。

学年屈指の美女である千夏が、何で教室の隅で本読んだり小説書いたり、友人とカードゲームに興じるような裕輝に声をかけるのか分からなかった。

「ちょっと待って。まず状況を説明して」

高鳴る心音を抑えつけながら、裕輝は言った。

「実は、合唱部でしつこく言い寄ってくる先輩がいるの。何回もその気が無いと断っても、事ある事に好きって言ってくるの」

確かに千夏は男子からの人気は高い。それもあって、余計な虫が付かないようにと裕輝に依頼するのも納得した。

「それで、明日の合唱部の練習終わりに迎えに来てくれない? その時に付き合ってるって説明して諦めさせるから」
「確かに予定はないけど……」

裕輝の頭の中のコンピューターが、全く処理が追いついて居なかった。今にもフリーズしそうだ。

「そもそも、何でそれを俺に頼む訳?」
「山瀬君は女の子に興味なさそうで安心するから」

確かに裕輝は特に女の子に興味は然程無かった。かと言って、同性にも興味ある訳でも無かった。

「なら、信用されなくない? サッカー部の川浪とか、バスケ部の四谷とかのイケメンで女の子にモテる方が良く無いか?」

「あの人達、チャラいから嫌」

名前を挙げた両名をバッサリ切り捨てた千夏を、裕輝は正気で言ってると思えなかった。

「どうしても俺じゃ無いと嫌なのか? 俺やそいつらじゃなくても、チャラくないイケメンは他にもいるはず」

「本当に山瀬君は女の子の事分かって無いね……。イケメンなら良いって問題じゃないの。大事なのは誠実さ」

千夏は妖艶ながらも少女らしい笑顔で言った。不覚にもその笑顔に、裕輝の胸は締め付けられるようだったが、すぐに治った。本気で言ってる事を確信したからだ。

確かにこれをネタに千夏を文芸部に引き入れる事は容易になったが、いささか分が悪い依頼でもあった。千夏が彼氏持ちと言う事が知られる事になれば、下心丸出しの男子を引き込めず、そうなれば千夏を勧誘した時に見込んでいた単純な部員数も増えない、活動内容も広まらない。

しかし、それを差し引いたとしても、千夏自身は戦力になるに違いない。ここは千夏の依頼に乗っかる事が吉と判断した裕輝は、頷きながらこう言った。

「分かった。そこまで言うなら1日彼氏やるよ」

千夏は満面の笑みではしゃぎながらこう言った。

「ありがとう! 恩に着るよ!」

突然、千夏は裕輝の手を取った。千夏の手は思ったよりも冷たく汗ばんでいて、裕輝はその感覚に痺れるような想いがした。そして千夏のきめ細かい肌を見つめていると、心臓の音が千夏に聞こえてしまいそうなぐらい五月蝿く高鳴った。裕輝は顔を赤らめながらも、あくまで『擬装の彼氏』だと自分に言い聞かせた。

「ただし、一つだけ条件」

裕輝は一旦落ち着いてこう言った。


「文芸部に入って」


千夏ははにかんだ笑顔を浮かべ、こう答えた。


「掛け持ちで良ければ」

第5話

翌日の放課後、裕輝は文芸部の部室にただ一人でいた。予定では、音楽室まで千夏を迎えに行って、そこで先輩に彼氏である事を名乗って一緒に帰る事になっていた。

千夏と約束した時間まで二時間以上ある。その間に、裕輝は小説コンクールのテーマである『ペットと発達障碍』の小説を書いていた。
しかし、裕輝は発達障碍についての知識はあまり無かった。図書室で借りた資料を片手に、主人公の心情や発達障碍特有の『こだわり』の表現など、非常に苦戦していた。

そんな中、突然裕輝のスマートフォンの通知が鳴った。千夏からlimeだ。実は昨日の内に千夏とlimeのアカウントを交換したのだ。
『例の先輩は予定通り来たよ〜。あと、部長にも仲介役として話に入ってもらう事になりました』
その後、裕輝がハマっているゲームのキャラクターのスタンプで「よろしく」と送られた。裕輝も即座に同じキャラクターのスタンプで「了解です!」のスタンプを送った。

裕輝は缶コーヒーを飲み干して、ひたすらパソコンに向かって作品を書き進めた。しかし、思うように物語の展開の収拾が付かない。裕輝は唸りながら頭を抱えた。

そんな中、裕輝の頭の中の片隅には千夏の愛らしい笑顔が染み付いていた。そもそも、先程のlimeのスタンプにしても、裕輝がやってるゲームの事を千夏に話した事は無かった。なのに、ちゃんと知っていたかのようにスタンプを送った……。
たまたまだろう――裕輝はそう思い直した。

日も沈み出した18時。部活のかけ声も少しずつ萎み出し、片付け撤収する部も続出した。
裕輝はパソコンの電源をシャットダウンして、部室を出て鍵をかけた。
「さて、お助けに行きますか」
先程まで飲んでいたコーヒーの空き缶を缶入れに捨てて、合唱部が練習する音楽室へ向かった。

音楽室のドアの前に来た裕輝は、自分が来ちゃいけないような感覚に襲われた。

手の震えが止まらない……千夏の彼氏でいる緊張より、上手く先輩を騙せるかという不安な気持ちの方が強かった。失敗すれば、千夏の文芸部加入は無くなるばかりか、学校中の笑い物にされるのは火を見るよりも明らかだ。

本来、爽やか体育会系とは真逆なタイプの裕輝には、千夏のようなアイドル的な存在な女の子と付き合う事自体、漫画やライトノベルのような話で、現実味が全く無かった。夢物語なんじゃないかと不安になった裕輝は自分の頬をつねってみたが、鋭い痛みが身体中を駆け巡った。

第6話

合唱部の練習が終わったらしく、音楽室の扉が開いた。

続々と部員が出てくる中、やはり千夏が目立っていた。
千夏とツインテールで黒縁の眼鏡をかけた女子と髪が短く爽やかにまとめられた男子が一人、計三人で話していた。

「あ、裕輝!!」
千夏が裕輝に対して手を振った。これまで裕輝の事は『山瀬君』と呼んだのにも関わらず、いきなり下の名前で呼び捨てである。とは言え、付き合っても苗字呼びは逆に怪しまれるので、ここは千夏に合わせる事にした。

「千夏、お疲れ様!」
「ううん、裕輝も迎えに来てくれてありがとう」
千夏は弾けるような満面の笑みで言った。
「もしかして、この人が彼氏さん?」
ツインテールの方の女子が言った。

「はい、こちらが文芸部の部長で彼氏の山瀬裕輝君です」
「ふーん……」
無表情で裕輝を見つめた。その一方で男子の方も怪訝そうな目で裕輝を見ていた。

「あ、裕輝。こちらが部長の畑中咲良(ハタナカサクラ)先輩。仲介役として来て頂いたわ。そして、この人が前に話していた高村蓮(タカムラレン)先輩」
「あ、こんにちは」
紹介されて、裕輝は慌てて挨拶をした。

長い沈黙が流れた後、千夏が意を決したかのように言った。
「それで……高村先輩。気持ちは嬉しいですが、ご覧の通り彼氏がいるので気持ちに応える事が出来ません。ごめんなさい」

千夏は深々と頭を下げた。裕輝もそれを見て、続けて頭を下げた。
高村先輩の表情は見る見る曇って行き、やがて目に涙が溜まっていったように見えた。

「千夏ちゃん。高村がとんでもない事してごめんね。ほら、高村。あんたも俯いてないで謝りなさい!」
畑中先輩は高村先輩を軽く小突いて促した。
高村先輩は顔面蒼白のまま謝罪した。


裕輝は張り詰めた空気を感じた。本当に自分がこの場にいて良いものなのか……裕輝は今すぐにでも帰りたいと思った。


畑中先輩はさらに叩みかけるように言った。
「あんたのせいで、千夏ちゃんにどれだけ迷惑かかったのか分かってるの? 千夏ちゃんには彼氏もいるんだよ」
「全くもってその通りです……」

高村先輩を捲し立てる畑中先輩の様子に、裕輝は裁判を傍聴しているような気分になった。

「千夏ちゃん……本当に彼氏がいるとは知らずに、自分の気持ちだけを押しつけて迷惑をかけてしまって……本当にごめん」

高村先輩はひたむきに千夏に謝罪した。実直で素直な人だと感じた。

そして千夏は穏やかな表情でこう言った。
「泣くほど私の事を好きだったんですね……それだけ深く誰かの事を好きになれるのでしたら、きっと高村先輩は素敵な恋を出来ると思います。もしかしたら……本当は別の誰かが高村先輩の事を見てると感じます」
こう言って千夏は微笑んだ。

「高村先輩……でしたっけ?」
ようやく裕輝は口を開いた。
「千夏の事を好きな純粋な気持ちは分かります。私もそうでしたから」
高村先輩は目を赤くして裕輝を見つめた。


「必ず……千夏の事を幸せにします。千夏の彼氏として恥じないよう、他の誰よりも素敵な男であり続け、一途に愛します」


裕輝自身も一日だけの彼氏なのは承知しているが、自然と真っ直ぐに愛する決意の言葉が出てしまった。


「分かった……その決意は偽りじゃないよな?」


裕輝は図星を突かれても、不思議と全く怯む事はなかった。


「はい。必ず誓います」


威風堂々と裕輝は言い切った。

「分かった……絶対に……絶対に千夏ちゃんを泣かすなよ」

高村先輩は絞り出すような声で言った。


畑中先輩が彼の背中を撫でながらこう言った。
「その悲しみをコンクールにぶつけな」


高村先輩は頷いて、その場を去った。

「山瀬君だっけ?」
「はい」
畑中先輩は笑みを浮かべながら言った。


「巻き込んでしまってゴメンね」
「いえ、とんでもないです」
「文芸部の噂は友希から聞いてるよ。本当に大変だって?」
友希とは、文芸部の先代の部長である青山友希の事である。
「友希って……青山先輩を……先代の部長の事を知ってるんですか?」
「そうだよ。友希は私の幼馴染だから」
畑中先輩は笑みを浮かべながら言った。
「友希は本当に悩んでたよ。高村と違って素直じゃないから、自分で責任持って何とかすると言って、毎日放課後に図書室に行って、目ぼしい人に声をかけていたし」


由奈先生が以前証言した様子と同じだった。青山先輩も自分なりに文芸部を立て直そうとしている……ようやく裕輝は先輩の想いを理解した。


「千夏ちゃん。こんな立派な人が彼氏なんだから、ちゃんと彼の助けになりなよ」

「それは……どういう事ですか?」

ニヤけた表情で言う畑中先輩に対して、千夏は頬を赤らめた。

「だから、千夏ちゃんも文芸部に入って、山瀬君を助けなって事」

「えっ⁉︎ 丁度その許可を求める所でした」


思いがけない展開に、裕輝も千夏も仰天した。


「もちろん今はコンクールがあるから、こっちに専念して欲しいけど、終わったら、文芸部に行っても大丈夫だから」
畑中先輩は白い歯を浮かべて、裕輝達二人に言った。


「その代わり」

「はい……」


「二人の作品が載った部誌が出来たら、いの一番に私に見せる事。それが条件」


裕輝と千夏は満面の笑みを浮かべた。


「喜んで!!」

第7話

すでに空はほの暗く、空から落ちてきた水滴が冷たく裕輝達に降り注いだ。その様子を見てか、鞄で頭を守りながら慌ただしく走ってバス停に向かう生徒も続々と出ていた。

「ありゃ、雨か……俺、傘持って来てないんだよな」
裕輝は悔しそうに言った。
「あ、折り畳み傘あるから、一緒に入ろ!」
千夏はバッグから折り畳み傘を取り出しながら言った。
「えっ、何か悪いよ」
裕輝は女の子と一緒に相合い傘するという状況から、嬉しいやら悪いやら、申し訳ないやらでどきまぎしながら答えた。

「風邪引いちゃうよ。それに……今日一日、私の彼氏でしょ?」

千夏は弾けるような笑顔で言った。

「そっか、確かに。分かった……千夏さえ良ければお願いします」

裕輝は内心では歓喜しながらも、遠慮がちに言った。

千夏と密着しながら歩く中、裕輝の手は震えていた。千夏の髪からほのかに香るシャンプーの匂いと制服のポロシャツから透けて見えるブラジャーの紐に、股間も熱くなるものを感じた。

お互い無言になる中、何とか落ち着こうと裕輝は話題を切り出した。

「畑中先輩……カッコいい人だったな」
「でしょ? 本当に普段から姐さんって感じで、みんなの憧れなの!」

その時、曇り空から天気雨になった。千夏は目を輝かせながら笑顔で言った。その天気雨の水滴が千夏の笑顔に反射して、きらきら輝いているように見えた。裕輝は確信した。千夏に恋をしてしまった事を。

最初こそ裕輝は一日彼氏という依頼は、あくまで千夏を文芸部に引き入れるための条件として飲んだに過ぎず、早く終わって欲しいと思っていた。しかし、今の裕輝には、逆に今のこの一日彼氏という時間が永遠にあって欲しいと感じた。

「千夏」

裕輝は深呼吸をして足を止めた。千夏は慌てて傘からはみ出した裕輝を傘の中に入れた。



「好きだ。一日彼氏じゃなくて、ずっと彼氏でいたい」



千夏はポカンとしながらも、頬は赤く染まっていた。

「千夏の笑顔を見ていると、本当に元気が出る。今、文芸部が部員一人という絶望感も千夏がいてくれたら、本当に何とかなるって思ってしまう」

裕輝の心臓は今にも破裂しそうな心地だった。ここでフラれて千夏が文芸部に入らないという結末になっても仕方ない。ここで後悔したくなかった。そう裕輝は強く思った。


「だから……ずっと彼氏でいさせて下さい。お願いします!」


裕輝は真っ直ぐに、ひたすら千夏を見つめた。車が通り過ぎる音だけが二人の間で流れた。


「私で良いの?」


「『千夏で良い』じゃない。千夏じゃないとダメなんだ」


千夏は赤面したと思ったら、急に手で顔を覆って泣き始めてしまった。

「ごめん……嫌だった⁉︎」

裕輝は慌てて傘から離れて謝罪した。

「違うの」

千夏は再び傘からはみ出した裕輝を傘の中に入れて、言った。


「裕輝からの告白、夢にまで見ていたから」


涙混じりに、千夏は幸せそうに微笑んだ。


「じゃあ……」


「これから、よろしくお願いします。裕輝」


裕輝は千夏の傘を持った手を握った。その時雨は止んだが、二人の手は離れる事は無く、傘を差したまま、仲良く歩いて行った。

第8話

未だにぐずついている梅雨空の放課後。しかし、退屈な授業を終えて文芸部室にいる裕輝の気持ちは晴れやかであった。

その日、千夏も合唱部の練習は休みだったので、文芸部室にいた。

「ねぇ、裕輝」
「何?」
「こうして、二人っきりの空間があるって事が幸せだよね」

千夏は裕輝と密着しながら言った。そんな千夏の愛らしさに、裕輝も顔を綻ばせた。
今や千夏は自分の彼女である。しかも、文芸部にも入ってくれた。裕輝にとって、今が高校生活絶頂期にすら思えた。

「そうだな。他に部員が入るまでは、この幸せ空間を大切にしよ……」

しかし、裕輝が言い終わらない内に部室のノックの音がした。

「山瀬君、入るわよー」

由奈先生が部室に入った。裕輝と千夏は慌てて密着していた状態から離れた。

「あら、遊川さん!? ごめんなさい、お邪魔だったかしら」

由奈先生は茶化すように言った。
裕輝も千夏も赤面しながら俯いた。由奈先生の口ぶりから、すでに付き合っていることがバレているのは明白だった。

「知ってたん……ですか?」
「うん。休み時間に噂で聞いちゃった」

付き合って僅か1日で噂になっていた。流石学年一の美少女――裕輝は改めて千夏のアイドル性を痛感したのだった。

「改めて……遊川さん、入部してくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ受け入れて下さってありがとうございます」

千夏と由奈先生は満面の笑みで言った。
これで千夏は正式に文芸部の一員となったのだ。裕輝はこれまでの一人で文芸部に所属する苦悩や重圧から解放され、安堵の表情を浮かべた。

「山瀬君も、良い顔になってて良かったわ」

由奈先生は朗らかな表情で裕輝を見つめて言った。

「この前、私が言った事、覚えてる?」
「はい。『寄り道をしてみる』ってお話ですよね?」
「そう。それが今、山瀬君は出来てるじゃない」

由奈先生は椅子に座って、さらに続けて言った。

「今、山瀬君は恋愛という『寄り道』をしたね。その結果、遊川さんという彼女と部員を同時にゲットしちゃった訳じゃん」

赤面する裕輝と千夏を後目に、由奈先生は生き生きと語った。

「色々な経験を経て、さらに人脈も広げて行けば、きっと良い方向に行くと思う」
「ですが、人脈を広げていくにはどうすれば……」

その裕輝の疑問に待ってましたとばかりに由奈先生は提案をした。


「ここで、山瀬君と遊川さんで人手が足りない部活に行ったり、手伝いが必要な先生達の手伝いをしたりして、みんなの“お助けマン”になっちゃえば良いのよ」


あまりの突拍子もない由奈先生の提案に、裕輝と千夏は呆然とするのを尻目に、由奈先生は不敵な笑みを浮かべながら言った。


「つまり、活動内容を広めていきたいなら、まずは『文芸部の山瀬裕輝』、『文芸部の遊川千夏』という名前を売名したら良いわ。本来なら部誌を作って配布するのが良いけど、現状、二人だけで部誌に出来そうなぐらいの作品数の確保は難しいでしょ。そうなれば、他の部の助っ人をやって、他の部に認知してもらう事が一番手っ取り早いと思うの」
「由奈先生……正気で言ってるんですか??」

恐る恐る千夏は由奈先生に問いかけた。

「ええ、冗談でこんな事言わないわ」

由奈先生の無茶苦茶とも言える提案に、千夏は不安がる一方で、裕輝は不思議と笑みが零れてしまった。

知名度の低さの問題は文芸部の近年の課題であった。ポスターや地道な勧誘等のこれまでのやり方では根本的な解決には至らなかった。
『普通』のやり方では通用しない。だからこそ、由奈先生の奇抜な策に賭けてみるのも一興と感じた。

「分かりました。助っ人作戦、やってみましょう」
「そう来なくちゃ」

由奈先生は満面の笑みで言った。

「裕輝! あんたまで正気なの!?」

千夏は信じられないような表情で裕輝を見つめた。

「ここまで『普通』のやり方で通用しなかったんだから、ここは由奈先生の奇想天外な策に賭けてみる」

裕輝に迷いも躊躇いも無かった。文芸部のためなら、とことん『寄り道』して行けば良い。その中で自分自身を磨いて文芸部も復活出来るきっかけとなれば、裕輝としてはこれ以上ない報いである。


「千夏、ここは俺と由奈先生を信じて。必ず成功させる」
「でも、そもそも裕輝に何でも屋やる労力あるの? そして何より、文芸部が万事屋みたいになって、尚更何の活動するのか分からなくならない?」

裕輝は未だに不安そうな千夏を見つめて言った。


「確かに普通なら冗談としか思えない、正気の沙汰ではない提案かも知れない。けど、今までのポスターや呼び込みでは限界がある。だからこそ、『普通』ではない事を試してみたいんだ。万事屋に思われる件は、ちゃんと助っ人する時に説明する」


裕輝は自然と熱くなって千夏に語った。


「それに……」
「それに?」


「俺自身がワクワクしたから」


裕輝は満面の笑みを浮かべて言った。千夏も先程までの不安そうな表情が消え、笑みが浮かんだ。

「ちょっと、私もいるんですけど」

二人の世界に入りかけた所で由奈先生は苦笑しながら言った。

「こんな楽しそうに言われたら、もう何も言えないじゃん」

千夏は苦笑いをしながら言った。


「じゃあ、決まりね」


由奈先生は指をパチンと鳴らしながら、嬉しそうに言った。

かくして、文芸部の万事屋作戦が幕を開ける事となった。
この後に待ち受ける波乱万丈な展開を、裕輝と千夏はまだ知る由もなかったのだった……

第9話

「こんなもので良いかな?」
「うん、良いと思う!」

いつもの喧騒な昼休みの教室。裕輝と千夏は部室のドアに貼るためのポスターを作っていた。由奈先生から提案された『助っ人作戦』を実行するべく、まずはポスターから呼び込む事にした。
最初こそ気乗りしていなかった千夏もすでに乗り気でいて、ポスター作りも楽しんで取り組んでいた。

「おーい、裕輝。デュエル王やろうぜ」

いつも裕輝とカードゲームをやっている同じクラスの大村隼人(オオムラハヤト)が、慣れた手つきでカードの束をシャッフルしながら話しかけた。

「いやいや、それどころじゃねぇよ」
「ってか、お前ら何やってんだ?」

隼人は裕輝達が描いていたポスターを覗き込んだ。

「……は? 助っ人? とうとう血迷っちまったのか」
「それは私も最初思ったのよ」

怪訝な顔をする隼人に、千夏は苦笑しながら言った。

「いや、マジで面白そうと思ってな」
「元々、由奈ちゃんの案だけど」
「マジで!? 由奈ちゃん、ウケる」

隼人は腹を抱えて笑い転げた。ちなみに生徒達の間では、由奈先生の事は陰で『由奈ちゃん』と呼ばれていた。

「えっ、文芸部が助っ人するの!?」
「山瀬と遊川しかいないのに?」
「いや、めっちゃ面白そう」

たちまち裕輝の千夏の周りには、興味を持ったクラスメイトが集まった。

「吹奏楽部、男子がいなくて楽器運ぶのが大変だから、山瀬君来て欲しい!」
「えー! それなら機材ある放送部に山瀬君来て欲しい!」
「ウチの部は女子マネいないから、遊川に来て欲しい!」
「あ、柔道部せこっ! 遊川はバレー部に来てもらうんだ!」

すっかり、クラス中は裕輝と千夏の取り合いと化した。

「野球部もマジで頼もうかな……」

隼人も少し暗いトーンで言った。ちなみに隼人は野球部に所属しており、二年生ながらエース投手も務めている。


「よし、計算通り。掴みはOKだな」


裕輝はニヤけ顔を浮かべて、千夏に言った。

「ねぇ……もしかして、敢えて部室じゃなくて教室でポスター作ろうとしたのって」
「そう、教室で作る事で、興味持つ連中が騒ぎ出して、それがそのまま宣伝になるんだよ」
「なるほど……裕輝、頭良いじゃん!!」

千夏は目を輝かせながら裕輝を見つめた。

「あとは正式な依頼が来るまで寝て待つか」
「いや、授業はちゃんと起きて受けなさいよ、山瀬君」

裕輝の後ろにはいつの間にか由奈先生が苦笑しながら立っていた。

「げっ、由奈ちゃん⁉︎」
「こら、『由奈先生』でしょ!」

あまりの唐突な事に、裕輝は由奈先生に対して『ちゃん』付けをしてしまった。

「はいはーい、昼休み終わってるわよ! 授業、授業!!」

先程まで騒いでいたクラスメイト一同は、蜘蛛の巣散らしたように自分の席に戻った。
その一方で由奈先生は裕輝と千夏によくやったと言わんばかりにウインクを送った。


放課後になり、裕輝はすぐさま文芸部室に向かった。
千夏と一緒に作り上げたポスターを部室のドアに貼るためだ。
千夏はこの日は合唱部の練習で部室に行けないので、裕輝一人で貼る事にした。

画鋲を持って、木製の部室のドアにポスターを貼ろうとした時だった。

「あの……文芸部ですよね?」

裕輝の背後から声がしたので振り返ったら、一人のツインテールで背が小学生じゃないだろうかと思えるぐらい低い女子が立っていた。

「はい、そうですが」
「私……美術部の池内涼香(イケウチリョウカ)と言います。依頼があって……今大丈夫ですか?」

恐る恐る裕輝に尋ねた様子を見て、裕輝は出来るだけ安心させようと、朗らかな表情で接する事にした。

「大丈夫です。どうぞ中へ」

裕輝は池内涼香と名乗る女子を部室の中に入れた。



部室に入った裕輝と涼香は、向かい合って座った。

「それで、依頼とはどのようなもので」

裕輝は単刀直入に訊いた。

「はい……実は今度の美術展に作品を出展する事になって、山瀬君にそのモデルをお願いしたくて」
「モデルの依頼ですか……。何で俺なんですか?」
「今回のテーマが部活というものなんです。サッカー部やバスケ部じゃありきたり過ぎますし、ここはあまり知られてないような部活にスポットライトを当てて行きたいと思いまして」

はっきり、『あまり知られてないような部活』と言われて裕輝は内心不愉快になったが、事実なので反論は一切出来なかった。この涼香は意外にも思った事を口にするタイプと思えた。

「なるほど……事情は分かりました。ところで、何で文芸部の存在を知ったのですか?」
「実はそちらのクラスに田川明奈っているじゃないですか」
「はい、いますね」
「その明奈ちゃんから文芸部は他の部活の手伝いもすると聞いたのです」

まさか、早くも効果が出るとは裕輝は思っても見なかった。しかし、この好機は逃してはいけないと思った裕輝は、丁寧な対応を心がけた。

「なるほど。となれば、具体的にどのようにすれば良いですか?」
「普段通りの活動をして頂けたら大丈夫です。それを私がカメラで写真を撮ってそのまま描きます」

案外、あっさり終わりそうな依頼であった。最初の依頼としては丁度良いと思った裕輝は満面の笑みで答えた。

「はい、大丈夫です! ウチで良ければ」
「ありがとうございます!」

涼香は安堵の表情を浮かべつつ、目を輝かせて言った。


「それでは……今回はどこの部のお手伝いに行きますか?」
「今からそちらの美術部さんのお手伝いで撮影するんじゃないですか?」
「えっ」


涼香は怪訝な顔で裕輝を見つめた。

「いや、他に依頼無いんですか?」

まさかと思って、裕輝は恐る恐る涼香に尋ねた。


「あの……文芸部はどんな活動されるか知ってますか?」
「はい、他の部のお手伝いする部ですよね?」


不安な予感が的中し、裕輝は頭を抱えた。
ふと外を見たら、暗雲が立ち込めて今にも雨が降り出しそうになった。

(こんな時に千夏がいてくれたら)

裕輝は千夏がいない不安も感じたものの、首を横に振って気持ちを紛らわせた。

第10話

「あ、良い感じです!」

文献を広げてパソコンに向かって、コンクールの小説の執筆をしている裕輝を涼香が撮影していた。
涼香の真剣な眼差しとカメラのシャッター音が煩わしくすら感じて、全く執筆に集中出来なかった。

「はい、ありがとうございます! これで十分です!」
「お役に立てたようで良かったです」

裕輝は疲れを隠すために作り笑いを浮かべて言った。

「あの……文芸部が小説を書く部とは知らずに失礼な事言ってごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫ですよ。分かってもらえたなら」
「はい……何か私に出来ることがあれば、何なりと……」

涼香はおずおずと裕輝に言った。
何なりと――裕輝はその言葉を待ちに待っていた。イラストを描ける人が三年生の先輩が全員引退して以来、全くいなくなったのだ。裕輝自身も美術の成績が二以下を常時取り続けるぐらい、絵が壊滅的に下手だった。

涼香は美術部。待望のイラスト要員になれるような人材が目の前にいるのだ。正規の部員にするには厳しいかも知れないが、部誌の表紙絵など要所でのイラストを描いてもらうだけでも十分な戦力になる。

「じゃあ……今度の文芸部の部誌で表紙絵を描いてもらっても良いですか?」
「これぐらいでしたら、お安い御用です!」

涼香は満面の笑みを浮かべて言った。

「ありがとうございます! これからよろしくお願いします」
「今更だけど……同じ学年ですし……タメ口で良くないですか?」
「あ、確かに」

涼香に言われて裕輝も気付き、二人で笑い合った。



「えっ、あれから依頼来たの⁉︎」
「そう。俺もビックリした」

お互いの部活が終わって、裕輝と千夏は学校から少し離れた、川沿いにある公園にいた。そこで裕輝は千夏に涼香から受けた依頼の経緯を興奮気味に話した。

「美術部の池内涼香ちゃん……背が小ちゃくて可愛いよね」
「確かに小さかった。小学生かと思うぐらい」
「ねぇー。バスでも子ども料金で乗れそうだよね」

千夏は悪戯っぽく笑いながら言った。

「あとな、部誌の表紙絵を描いてもらう約束も取り付けてもらった」
「えっ、やったじゃん!! 流石、裕輝!」
「いやいや、俺は特に何かした訳じゃないよ」
千夏の表情がさらに明るくなり、そんな千夏を見て裕輝も心が弾んだ。

「ただね……」

千夏は突然、俯きながら言った。


「今度から他の女の子と部室で二人っきりになる時は、私に事前に言って……」


先程までの明るさから一変してトーンが落ち、不安そうな表情を千夏は浮かべた。

「あ、さては嫉妬してるな」
「嫉妬なんかしてないもん! ただ、裕輝が浮ついたら私が嫌なだけだから!」

茶化す裕輝に、千夏は赤面しながら反論した。
裕輝にはそんな千夏を愛おしく思えた。自分の事を愛してくれているからこそ、涼香と部室で二人っきりになった状況に不安に思っている。

「千夏……」
「なーに?」

千夏が顔を上げた刹那、裕輝は千夏を熱く抱擁した。


「ひろ……き?」


「千夏……ゴメン。ただ……俺が愛しているのは……千夏、ただ一人だ」


裕輝は無我夢中で千夏を抱き締めた。千夏の大きな胸の膨らみも感じ、裕輝の鼓動も五月蝿く高鳴った。
千夏も裕輝の想いに応えるかのように、両手を腰に回した。


「私も……裕輝しか愛さない。ずっと側にいたい。一緒に文芸部を建て直したい」


裕輝は千夏を見つめ直した。千夏の目には涙が浮かび上がり、夕陽に反射してキラリと光っていた。
千夏をずっと抱き締めたい。千夏を離したくない。裕輝の千夏への愛情は心の器から溢れそうなぐらい満ちていた。



「愛してる……千夏」



裕輝と千夏は見つめ合った後、静かに唇を重ねた。

裕輝と千夏の恋に触発されたかのように、夕闇から蛍が瞬き出した。
静かに……裕輝に続いて恋人を探すために……

第11話

暦は七月に入った。すでに外はうだるような暑さだった。

そんな中、裕輝はコンサートホールのロビーで涼みながら、プログラムの冊子を眺めていた。
この日は千夏が出場するMHK合唱コンクールの県予選が行われる事になっていた。

裕輝は特に合唱部から依頼がある訳でもなく、千夏に内緒で応援に来ていた。
実は千夏からは恥ずかしいから来ないでと言われたのだ。しかし、千夏が頑張る姿を見たい裕輝は、日曜日という事もあって、内緒でコンサートホールに潜入していた。

千夏達、陽光学院合唱部は午前十一時頃の出番だ。
まだ後45分は時間がある。とは言え、あまりロビーに居座り続けたら、リハーサルなどの移動で千夏達に見つかる恐れがあるので、大人しくホールで他の学校の演奏を聴く事にした。


ホールは木造で広々としていた。ステージに設置された雛壇からも指揮台からも厳かな雰囲気を醸し出していた。歌声もまるで礼拝堂のように反響しており、マイクもないのに裕輝には良く聞こえていた。
ここで千夏はいつも歌って戦っているんだ――雛壇に立った時の重圧を想像したら、裕輝は戦慄を覚えた。

千夏に万一見つからないようにと、裕輝は後部座席の目立たない位置に座った。

課題曲は裕輝もよく知る曲だった。
裕輝はその曲が大好きで、千夏達がどのように表現するかドクンと胸が高鳴った。



「続きまして、プログラム十二番。陽光学院高等学校です。自由曲は『運ぶ船』です」



重たい瞼と格闘していく内に、ついに陽光学院の出番となった。生徒達が緊張の表情を浮かべる者、リラックスしてゆっくり雛壇に上がる者……様々であった。
右端には、かつて千夏に告白した高村先輩が。
中央には、千夏も尊敬する部長の畑中先輩が。


そして……


左端には、裕輝が愛する千夏が……。


光の反射からか、千夏はいつも以上に輝いて見えた。

曲が始まると、さらに裕輝の目は千夏の方を見つめ、その姿に恍惚としていた。
千夏の息遣い、声……30人の声の束の中に、微かに感じた。天使のような響きで、裕輝の胸は締め付けられる程であった。
言葉を裕輝の方まで届けるような感じがして、一言一言がはっきり聞こえた。
他の誰よりも千夏は可愛い――改めて裕輝はそう思えた。
そして最後は盛り上がり、出港パーティの壮大な門出のような響きで幕を閉じた。


(ブラボー!!)
裕輝は拍手しながら、心の奥底で叫んだ。
千夏もやり遂げて安堵の表情を浮かべてステージを後にした。



裕輝はなるべく千夏に見つからないようにと、引き続き、他の学校の演奏を聴いていた。どれも陽光学院の演奏と遜色ない響きで、実力は伯仲していた。

ようやく全てのプログラムが終了し、審査結果を待つ事になった。
裕輝はここでトイレに行くために席に立った瞬間だった。


「え、裕輝⁉︎」


驚いたような表情で千夏は裕輝を見つめていた。
千夏に見つかったのだ。

「千夏……本当にごめん!! どうしても千夏の演奏聴きたかったから!!」
「何で、来ちゃったのよ!!」

千夏は顔に両手を当てて言った。

「でも……遠いのに来てくれてありがとう……」

千夏は恥ずかしそうに裕輝に言った。

「千夏、カッコ良かったよ!」

裕輝の一言に、千夏の顔はこれ以上ない程赤く染まった。

「あ、千夏、待って」

裕輝は意を決したようにバッグから巾着袋を渡した。

「これ……渡すのが遅れちゃったけど、お守り。これからの千夏の未来を守ってくれますように」

千夏はさらに驚いたような表情を浮かべたが、すぐに泣き顔になった。

「ズルいよ、裕輝……何でここまで私を泣かせるの⁉︎」

千夏は涙を浮かべて言った。

「ラベンダーで香り付けしたから、リラックスすると思う。それと、この巾着袋は開けられるようになってるから、帰ったら開けてね」
「何だろう……楽しみ!」

千夏は涙混じりの笑顔を浮かべた。

「じゃあ、終わったら一緒に帰ろう」
「うん!」

裕輝の提案に千夏は笑顔で答え、そのまま手を振り合った。


各出場校が持ち回りで歌を歌った間に審査が終了し、審査委員長と各校の部長が雛壇に上がり、部長達は設置された椅子に座った。

「それでは審査発表の方に移らせて頂きます。地方大会への推薦団体は金賞から2組となります。金賞の場合は混乱を避けるため、『ゴールド金賞』と呼ばせて頂きます」

張り詰めた空気が流れた。特に三年生は最後のMHKコンクール。全日本コンクールなら大学生以降も参加出来るが、MHKに関しては高校までしか参加できないのだ。

次々と学校がプログラム順に呼ばれ、賞が発表された。
そして、陽光学院の番となった。

「プログラム番号十二番。陽光学院高校」

裕輝も固唾を飲んで前のめりになった。


「ゴールド金賞!!」


ゴールド金賞のコールの瞬間、陽光学院の生徒達はお互い抱き合って、喜びを噛み締め合った。
雛壇では、部長の畑中先輩が賞状を受け取った。

これで地方大会は確実だ。そう裕輝は思えた。


「続きまして、地方大会推薦校を発表します」


裕輝は余裕の心持ちで結果発表を待った。少し離れた千夏の表情を見たら、未だに不安そうにステージを見つめていた。

「東山高校と純情高校です!」

金賞取ったはずの陽光学院が地方大会に出られない……何故……裕輝の頭の中は混乱した。
金賞取っても、必ずしも地方大会に行けるとは限らないのか――裕輝は肩を落とした。

千夏の方を見たら、顔を覆って泣いていた。悔しさは裕輝には明らかに伝わった。尊敬していた畑中先輩を全国に連れて行けなかった無念の想い……
裕輝はその様子に居た堪れなくなり、無言で立ち去った。


ロビーを出て、裕輝は木陰で缶コーヒーを飲みながら千夏を待った。
千夏の悔し涙……裕輝にはその姿が目に焼き付いた。


「裕輝……お待たせ」
「千夏……お疲れ様。来年はリベンジ果たそうな」


裕輝は千夏の手を取り、柔和な表情で言った。


「千夏も……まだ泣き足りないなら泣いて良いよ。泣いてスッキリさせよう」


裕輝の一言に、千夏の目から涙が溢れ、裕輝の胸元ですすり泣きした。


蝉の鳴き声が響き渡った。本格的に夏が到来したのだった。

第12話

Mコンを終え、千夏は地区予選で負けた悔しさから未だに落ち込んだままかと思ったらそうでもなかった。
普段通り、笑いながら他の親しい女子と話し込んでいた。裕輝はその様子を眺めて、安堵の表情を浮かべた。

ふと、裕輝は思い返した。
千夏と付き合って以来、中間試験もあった上に、特に千夏は土日にMコンに向けた練習で多忙を極めたため、デートらしいデートに行っていないのだ。

そこで、裕輝は決心した。


千夏をデートに誘う事を。


今まで大変だった分、デートに行く事でお互いリフレッシュしようと考えた。


放課後になり、クーラーも無く蒸し暑い文芸部室には裕輝と千夏の二人っきりだった。この日は千夏が書いた詩を裕輝がチェックする事になっていた。

「うん、この『トントン』という擬音は上手く効果的に使えてると思う」
「ありがとう! すごく嬉しい!!」

予想以上の千夏の詩の出来に、裕輝は満面の笑みを浮かべて褒め、千夏も少女のようにはしゃぎながら喜んだ。
そんな千夏の姿に、裕輝はさらに胸を打たれた。
付き合い始めた当初よりも明らかに千夏に恋している。断られる事はほぼ無いはずなのに、今からデートに誘うだけで緊張してしまっていた。

詩のチェックも終わって、裕輝と千夏はそれぞれ缶コーヒーとペットボトルのミルクティーを飲んで寛いでいた。最初こそ他愛の無い話をしていたが、次第にお互い口数が減り、無言になる時間が出来た。
裕輝はこのタイミングで意を決して、千夏をデートに誘う事にした。


「あのさ」
「あのね」


裕輝と千夏が殆ど同時に声かけたのだ。お互い気不味くなり言葉が途切れたが、先に千夏が口を開いた。


「裕輝、今度の日曜日空いてる?」


まさか、千夏の方から裕輝の予定を訊いたのだ。しかも、裕輝が千夏にデートに誘おうとしていた全く同じ日に。


「うん、空いてる」
「良かった……。今度、一緒に遊びに行きたいけど、良いかな?」


これまで、千夏はただ裕輝に付いてきただけだった。ここに来て、逆に千夏の方が積極的に裕輝をデートに誘ったのだ。
裕輝は驚いたと同時に、心の中はまさにカーニバルでも開催されたかのように大賑わいだった。


「うん、もちろん! 行こう行こう!!」


裕輝は当然の如く、最高の笑顔で答えた。


「良かった!! Mコン終わって、日曜日空いたから、裕輝と遊びに行きたかった!」
「俺も、千夏と行きたかったよ」


二人は幸せな笑みを浮かべ合った。 

ふと、裕輝は思った。『千夏』と言う名前の人は大抵夏生まれの人が多い。もしかして、誕生日近いのかと察した。


「ちょっと待って。千夏は誕生日いつなの?」
「実は……その日なの」
「そうなの⁉︎ 丁度良いじゃん。そしたら、お祝いするよ!」
「ありがとう、裕輝! 大好き!」


千夏ははしゃぎながら、二人っきりな事を良い事に裕輝に抱きついた。
裕輝もそんな千夏に胸が破裂するかのように心音が鳴り響き、包み込むように抱きしめた。


蝉の声と部活動の掛け声が響き、開けた窓から心地よい風が吹く中、二人は口付けを交わし合った。

第13話

日差しが強く照りつける外とは対照的に、冷房が心地良くかかっているショッピングモール。
裕輝はショーケースに映る自分の姿を気にしていた。この日は千夏とのデートの日だからだ。

自分の私服で千夏は幻滅しないだろうか……。
その日、裕輝はジーンズ生地の半袖のパーカーに、カーキのパンツという服装だった。

約束の時間は13時。あと20分だ。
裕輝は千夏はおろか、他の女の子とすらデートに行ったことが無かった。
そもそも千夏と出会うまで、女の子に大して興味を示さなかったのだ。
ネットでデートでの心構えを一通り読んだが、それでも一抹の不安は残る。
裕輝は心を落ち着かせようと深呼吸をした。

それから僅か5分後――約束の時間より早く千夏が来たのだ。

「待った?」
「いや、丁度来たところだよ」

その時の千夏は黒のオフショルダーのシャツに、黒の膝丈ぐらいの長さでフリルのスカートと大人の女性らしい雰囲気を出していた。
普段とは違う千夏の雰囲気に、裕輝の心はさらに高鳴った。

「私服……すごく似合ってる」
「ありがとう。裕輝もカッコいいよ」

お世辞とは思うが、裕輝は安堵の表情を浮かべた。


「じゃあ、行こうか」
「うん!」


裕輝と千夏が最初に行ったのは、映画館だった。丁度裕輝が観たいアクション物の作品が上映されていたが、ここは千夏に合わせようとした。

「何か観たいのある?」
「んー……私はこれが良いかな」

千夏が指差したのは、まさに裕輝が観たいと思ったアクション物だった。

「あ、それ俺が観たいと思ってたもの!!」
「そうなんだ! 良かった……」

千夏は安堵の表情を浮かべて言った。

「じゃあ、ポップコーンと飲み物買って行こうか」
「うん!」


裕輝と千夏が観た映画は、200年後の世界で機械との戦争に高校生の男女が巻き込まれ、その戦乱の中で弱き人を助けて、時には恋もあると言う内容であった。

映画を観ている間も、裕輝は千夏の横顔をちら見していた。真剣に映画を観る千夏が他のどの女の子より凛々しく見えた。
その時、裕輝の手が千夏の手の甲に触れた。

――手を握りたい――

どうしても手を繋ぎたい衝動に裕輝は駆られた。そんな様子に千夏は察したのか、裕輝の手を握った。
千夏の手のひらは温かく、どこか安心感を得た。
裕輝は幸せを噛み締めながら、顔を映画のスクリーンを向き直した。


映画を見終わった裕輝と千夏は映画館を出た。

「めっちゃ面白かった!」
「だよね! サーキスがリンを庇って銃を撃ち込む姿とかカッコ良かった!!」

背伸びしながら、裕輝は千夏と映画の感想を言い合った。映画の好みも合っていたとあって、お互い話が盛り上がった。


その後、二人は休憩するために、千夏が所属している合唱部でも評判になっていたスイーツバイキングに入った。
席は混雑しており、スイーツの周りには人集りが出来ており、慌ただしくウェイター達がスイーツや飲み物の補充をした。
女性二人組の他客が出た上に他に待っている客もいなかったので、裕輝達は運良くすぐに座れた。

「ここはタルトが特に美味しいし、クリームからしてこだわってるから、ショートケーキもオススメなの!」
「そうなんだ」
「ソフトドリンクも飲み放題だけど、ここはダージリンもアールグレイも美味しいの!」
紅茶好きな千夏が目を輝かせて言った。

「とりあえず、荷物番はしてるから、取りに行きなよ」
「ありがとう、裕輝! じゃあ、お先に!」

意気揚々と千夏は大皿とトレイを持ってスイーツのショーケースに一直線に進んだ。

千夏を待つ間、裕輝はスマホを取り出して、小説になりそうなネタを記録しようとした。先程、千夏と一緒に観た映画からインスピレーションを受けたのもあり、創作意欲も湧いた。
しかし、今は千夏とのデートの最中。ちゃんとデートに集中しようと思ってスマホを仕舞った。


「お待たせ!」

戻ってきた千夏の姿を見た裕輝は仰天した。ショートケーキやタルトをこれでもかと大皿に詰め込み、さらにホイップクリームを山盛りに乗せ、その脇にはオレンジやいちご、ライチなどのフルーツをさらに彩り鮮やかに載せていた。
さらに、紅茶もポットごとお盆に載せており、その横にはゼリーが小皿に山盛りに注がれていた。

「そ、そんなに食べるの⁉︎」
「当たり前じゃん! バイキングは戦場なのよ!」

勝ち誇った顔で千夏は言った。

裕輝も食べられそうな範囲の量のケーキやタルトを取り、和やかにティータイムを始めた。

「千夏は甘いものも好きなの?」
「うん、大好き!! 紅茶とスイーツさえあれば、他には何もいらないぐらい!」

千夏はうっとりとした目でアールグレイの紅茶を啜ってから言い切った。
そんな幸せそうな千夏を見て、裕輝も釣られてさらに幸せな気持ちになった。

「嫌……かなぁ……? こんな女の子?」
「いや、そんな事ない! 本当に幸せそうに食べてるところとか可愛いなぁって思う!」
「ありがとう、裕輝……」

千夏は安堵の表情を浮かべて言った。

「けど、本当に美味しいよ、ここのタルト!」
「でしょでしょ! あ、私お代わりして来よっと」
「早っ!! あれだけの量、もう無くなったの⁉︎」
「気がついたら、スイーツ達の方が無くなっていたの」

最早、千夏が言ってる事が意味不明に裕輝は思えた。

「あ、安心して。私のスイーツは私の胸の方に行くよう身体が出来てるから!」

千夏は自慢の大きい胸を主張させながら言った。
裕輝は思わず魅入ったが、すぐに視線を逸らした。

「いや、その理屈おかしいから!」

千夏の巨乳に惹かれてか、突っ込みも遅れてしまった。


その後も千夏は天国にいるかのような表情でひたすらスイーツや紅茶を楽しんだのであった。

第14話(R18)

スイーツバイキングを堪能して店を出た時には、すでに時計は17時を回っていた。

「ちょっと、散歩しよっか」
「うん!」

裕輝と千夏は海が見える公園へ向かう事にした。


公園に着いた頃には陽もすっかり傾いたからか、昼間程の強さの日差しでは無くなっていた。
海が近いからか、心地よい浜風が吹いていた。
芝生の広場には、フリスビーで遊ぶ中学生位の男女や、バドミントンをする親子が和気藹々としていた。

裕輝と千夏は木陰のベンチに座った。
その頃にはお互い、自然と密着するようになった。

「千夏、一つ訊きたいけど」
「なーに?」
「何で千夏は俺の事好きになったの? 誠実だからなのは前も話してくれたけど」

今まで感じていた疑問を裕輝はぶつけた。
確かにきっかけは高村先輩の千夏への恋を諦めさせるための一日彼氏の依頼からではあったが、そこから割とあっさりと本当の彼氏になった。
他の『イケメン』と言われる人は沢山いるのにも関わらず、裕輝が選ばれた理由が『誠実さ』だけではない気がしたのだ。

「始業式の日でのバスの事、覚えてる?」
「一応、朧げながら」
「その時、バッグにヘルプマークを付けていた若い男の人が座れなくて困っていたのを助けたじゃん」

確かにその日は吊り革に捕まるのが辛そうな人に席を譲った記憶はあった。しかし、単に具合悪そうとしか見えなく、その人のバッグにヘルプマークが付いていた事は全く見てなかった。

「周りの人はみんな寝てたり見て見ぬふりをしていたのに……裕輝はちゃんと気づいて席を譲ってくれた」
「けど、その時ヘルプマーク付いていた事は知らなかった」
「それでも、裕輝は人の痛みを分かってあげられる人って感じたの」

千夏は裕輝の手を取り、力強く言った。

「そっか。そこまで想っていてくれてありがとう」
「どういたしましてだよ」
「それから……これ」

裕輝は顔を赤らめながら、バッグから小さな箱を取り出した。
千夏は何だろうと思って開けたら、そこにはルビーのピンキーリングが姿を現した。

「裕輝……⁉︎」
「お誕生日おめでとう! いつもずっと側にいてくれてありがとう」

裕輝は満面の笑顔で千夏に言った。千夏は目に涙を浮かべていた。

「そんな、高そうなの……」
「大丈夫、千夏のためなら」

喜びながらも少し困惑する千夏に、裕輝は自信に満ちた声で言った。

「千夏は7月生まれだから、7月の誕生石のルビーを選んだんだよ。ルビーには『情熱』や『勝利』、『愛情』の意味が込められてるんだ」
「裕輝……それじゃ……」
「ずっと一途に情熱的に愛してるよ」

裕輝は千夏の小指にピンキーリングを付けさせた。ルビーが夕日に反射して、裕輝の言葉通り情熱的に輝いていた。それと同時に、千夏の頬もルビーに負けないぐらい紅く染まっていた。

「あと……Mコンの時に渡した巾着袋の中身、読んだ?」
「あ、まだ開けて無かった」
「今持ってる?」
「持ってるよ」
「じゃあ、開けて見て」

千夏は裕輝が渡した、黄緑色の巾着袋を取り出して開けた。
そこには、ドライされたラベンダーが入っているポプリの他に、一通の手紙も入っていた。
内容はこうである。


千夏へ
Mコン、全力を出せましたか?
普段から文芸部室にも聞こえる合唱部の歌声、いつも教会みたいで素敵に感じてます。
最初の発声練習で窓から顔を覗かせてる千夏の姿はいつも輝いて見えます。誰よりもずっと。
そんな千夏の事を、世界で誰よりも愛してます。
だから、大丈夫。どんな結果であっても包み込みます!
裕輝


手紙を読んだ千夏の目には、涙が溢れていた。
そして、裕輝に身を寄せた。

「裕輝……私も優しくて賢くて、文芸部の立て直しに一生懸命になってる裕輝が大好きだよ」
「ありがとう……嬉しい」
「もっと私を包んで……」
「けど、ここじゃ、人目が……」
「今夜、両親が旅行で居なくて、家には私だけなの。だから……私を抱いて……」

千夏は目を潤ませながら、裕輝に言った。それはまさに覚悟も決めたかのような表情だった。裕輝には、それが何なのか瞬時に理解した。

「俺……初めてだけど大丈夫?」
「私も同じだから大丈夫」

裕輝は、母親に『今夜は友達の家に泊まります』とlimeを入れて、途中でコンビニに寄って避妊具を買って千夏の家に向かった。



千夏の部屋のベッドの上で、裕輝と千夏は生まれたままの姿で抱き合っていた。
夢中で口付けをし、裕輝は千夏の大きな乳房の先にある乳首を舌で転がした。千夏も裕輝の愛情に応えるかのような甘い喘ぎ声を出した。

「千夏……」
「裕輝……愛してる」

千夏もうっとりするような表情で言った。千夏の性器もすでに濡れていた。

裕輝は自らの性器に避妊具を付けて千夏の中に入れた。
しかし、千夏は言葉にならない程の激痛を訴えるような声を上げながら、顔を歪めた。

「ごめん、やめる?」
「やめないで……」
「分かった……」

裕輝は千夏の中で引き続き動いた。やがて同時に千夏の声も慣れたからか甘い声に変わり、裕輝の動きと重なり合った。

「千夏……千夏っ!!」
「裕輝っ!!」

裕輝は千夏の中で避妊具越しに射精した。
お互いぐったりしていたがそれと同時に、ようやく繋がれた喜びを噛み締め合った。

「千夏……愛してる。これからもずっと」
「私も、ずっと裕輝の事愛してる」

繋がったまま、二人は愛の誓いの口付けを交わした。

「ところで、千夏。ジャスミンのシャンプー使ってるの?」
「え、何で分かったの⁉︎」
「何となく」

ほのかに千夏の髪から漂うジャスミンの香りが二人の愛を後押ししているかのようだった。ベッドの片隅には、裕輝が千夏に渡したルビーのピンキーリングが情熱の恋を告げるかのように月の光に反射して輝いていた。

寄り道日和

寄り道日和

『一日だけで良いから、彼氏になって』 主人公・山瀬裕輝は部員が自分一人だけとなった文芸部を建て直すために奮闘しようとする。 そんな中、顧問の吉原由奈先生からこう言われる。 「寄り道をしなさい」 『寄り道』とは何なのか模索する中、学年一の美少女・遊川千夏から一日だけ彼氏になるよう依頼される。 心躍る寄り道道中が幕を開ける。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日 2021-04-18

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