美と善

 それは美。ただ其処に佇み、季節(とき)ながれても霧のむこうでちらちらとかがよう、仄青き神殿。ラピスラズリの如き硬き光りを空いっぱいへ曳き散らす、とおくで冷たく(ひか)るもの。
 いわく、わたしとは不連続。
 けっしてわたしと融けあえないと識っている、きんとわたしを撥ねかえすそれ──かれはわたしを愛さないのだ──、されど、どうしようもなくわたしを惹きつけ、こい焦がれる心の表出を禁じえないもの。それは美。

 それは善。わが魂に睡らない、おなじ文様をもちえない、神秘の涙とわたしたちのそれの綾織る、翳うつろわすタペストリー。破れかぶれなこころのままに、たとえ虚無の海へ身投げしたとしても、むしろ耀き立ちわたしの欲望を煽った、とおくで冷たく燦るもの。
 いわく、わたしとは不連続。
 もしやわが身からその感情を喚びおこせないとうたがっている、ただ独立・屹立する、光りの宿るうごきをしるされた聖書のよう。銀と蒼に彫られ憂鬱な森さながらの額縁にかこまれた、かの、ぞっと壮麗な真白の風景画のようなもの。それは善。

 恋の模倣。恋する少女が、そのひとのうごきを模すように、ひとは影絵さながらに、それとおなじうごきをしてもみる。光景の模写。

  *

 美と善。わたしには、それらがおなじ光りでかさなって視えるのだ、ほうっと遥かで、銀の音色を、重装衣装さながらしゃんと散らせながら、月の如く立ち昇るように。
 わたしよ。はきちがえてはいけない。
 ひとはわたしのいだく美と善を、躰に摂りいれ融けあわすことはできないのだ。性交(セックス)不能。それをしえたという自己欺瞞、美と悪の配合した狂気、垂れながされた薫りたかい悪酒(アブサン)のうごき、背徳の蠱惑へさえみちびくよう。
 永遠の片想い。それで、いい。それによりみずからを憐れむなんてこと、はや、わたしはしてはいけない。

  *

 美と善の落す翳のかさなる処。そこにもしや彫刻された陰翳、「愛の様式」。
 わたしの睡る水晶、いわく魂は、きっと其処へは往けまい。
 されどわたし、躰を善くうごかし、眸をきっと美へみすえさせ、そうして、果てはまるで愛のようにうごいてみたい。わたしの不在した、わたしの躰の欲するままに。
 自己批判。自己操縦。わたしはわが魂のまなざしを美と善へつねにむけるよう、わたしを操作しなければいけない。
 わたしは現実へとびこんで、世界とわが淋しい肉体を、愛の交合(セックス)させなければいけないのだ。かの魔法少女の献身のように、まるで愛するように戦いたい。有機の勇気を、世界にはたらきかけたい。わたしはわたしとは不連続なこの世界に、まずもって肉体性をあたえなければいけないのだ。わたしよ。はや潔癖ではあってはいけない、無機の燦り、硬く冷たい聖なるもの、そんなもの、わたしにはたどりつけないのだから。人間は、死んだら終わり。そうである。
 聖なるもの。それ、美と善へむかわんとする、肉体の勇気のうごきにだって、肌わななかせるしろき光りのように、もしや、宿りえるか。

美と善

美と善

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日 2021-04-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted