試作1

東盛一郎

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 それは午後の授業中の事だった。英語のリスニング問題をしていたそのとき俺はぼーっとしていた。



 席は窓際で、たぶん外を眺めていた。その日はちょっと奇妙なことがあった。



 窓の外で1枚の小さな布切れが落ちるのが見える。



『……? ハンカチかな。誰か屋上にいるのか』



 不審に思ったけれど、特に意識はしなかった。



「吉田康生くん」



 先生がこっちを見ている。俺はあわてて返事をした。



 この先生の眼鏡は反射していてどこを見ているのか分かりずらい。油断も隙もない。



「この文章の和訳をお願いします」



 俺は黒板の英文を見ながら、和訳を読み上げていく。



 先生は俺の無関心に気付いている。でも俺は気にしない。まれに質問攻撃を仕掛けてくる卑劣な男だが、俺は何度も防衛に成功している。



 今回も俺の勝利に終わった。



 授業が終わったあと俺はそのまま塾に向かった。



「こんにちは」



 教室のドアを開けてみたが、まだ誰もいない。俺は教室の明かりをつけてパソコンを起動した。



 しばらくして誰かが教室のドアを開けた。



「何だ康生か……」



「何だとは何だ。失礼な」



 俺は5歳年下の相手といつもこんな会話をしなければならない。でも、学校の同級生よりはこいつの方がマシかもしれない。たとえ5歳年下でも、IQは並の高校生より格上に違いない。



「はやく対戦しようぜ。今日はぜったい勝つ」



 それを聞いて俺は覚悟を決めた。



『こいつと戦うときはいつも疲れる……』



 小6の佐藤実は少し前に格闘ゲークラスから戦略ゲークラスに移籍してきた。もともと格闘ゲークラスでも戦績トップクラスの天才児が今度はこの戦略ゲークラスにやってきて俺たちをフルボッコにする計画らしい。



 戦略ゲーを甘く見るなよ。クソガキが。



 俺はそのつもりで佐藤実と6回対戦し、結果は3勝3敗になった。今のところ戦績は引き分けだが、俺はすでに戦意喪失しつつある。



『こいつに勝てたとしても、どうせ楽には勝てない……』



 半年ほど前に発売されたゲーム「NOBU31」は対戦型の戦略シミュレーションゲームで、俺たちの戦略ゲークラスではいま一番人気のゲームだった。



 俺たち2人はそれぞれパソコンの前に座り「NOBU31」を起動した。



 日が暮れた頃、俺は塾から出た。



「じゃあな。負け犬」



 佐藤実にそう言われながら俺は自転車を走らせた。



【作者紹介】金城盛一郎 1995年11月29日生まれ、那覇市出身

 翌日、学校の中庭で変な集団を見かけた。



 男子生徒たちが白い布切れを振りかざして遊んでいる。



『小学生かよ。あいつら……』



 俺はすぐに目をそらしたが、昨日のことを思い出してもう一度視線を向けた。それは確かに昨日のそれと同じ物だった。



 男子生徒たちは布を頭にかぶせて遊んでいたが、やがて布を捨てて立ち去った。



 花の上に覆いかぶさっているそれを見て俺はイライラしてきた。



 俺は布のところまで行ってそれを拾い上げた。



『捨てよう……』



 ゴミ捨て場のまえに来たとき、俺はもう一度それをよく見た。



 その白い布は水泳帽のような形をしている。でも素材は水泳帽とは明らかに違う。布の表面がやけにツルツルしていて、あまり見かけないような素材だった。



 俺は何だか気持ち悪さを感じながら、その布を両手で持って見つめていた。



 そのとき、とんでもないことが起こった。



 木の枝から落ちてきた枯れ葉が白い布切れの中に吸い込まれて消えた。



「……は?」



 俺は訳が分からず呆然としていたが、やがて白い布切れをズボンのポケットに入れた。



 その日の授業が終わったあと俺は塾に寄らずそのまま家に帰ろうとした。しかし運が悪かった。



「おい、康生。塾に行かないの?」



 商店街の通りで佐藤実に呼び止められた。



「ごめん。今日は用事があってさ……家に帰るよ」



「え、そうなの? ふーん。じゃ、また明日……」



 佐藤実は少し残念そうな顔をするとそのまま塾の方向へ歩いて行った。



 家に帰った俺はさっそく自分の部屋に篭って例の白布を取り出した。



『……やっぱり。どう見てもアレにしか見えない』



 2年くらい前に放送を終了した国民的アニメがある。たぶん日本人なら誰でも知っている。そのアニメの主人公たちが使う「ひみつ道具」のなかに四次元ポケットがある。



 もし、これが本物だとしたら。



 俺はポケットのなかに手を突っ込んでみたが、手に伝わってくるのは布の感触だけだった。アニメでは主人公がポケットの中に手を入れて「ひみつ道具」を取り出しているが、俺の手は布に触れているだけだった。



 俺は確信した。



『……これは間違いなく本物だ』



 スマホを取り出して、アニメの動画を検索してみる。



 動画の中に「ひみつ道具」を取り出すシーンを見つけた。



『……』



 そんなものを見ても何も分かるはずないと思っていたが、やはり何も分からない。



 青くて丸いそいつや丸眼鏡の少年は当たり前のように四次元ポケットから「ひみつ道具」を取り出している。



『なにかコツがあるかもしれない……』



 俺はいろいろ試行錯誤してみたが、やはり道具は出せなかった。しかし一つだけ検証することができた。俺がポケットの中に消しゴムを入れてみると、それは吸い込まれるようにポケットの中に消えた。



 その日はそこまでが限界だった。



【作者紹介】金城盛一郎 1995年11月29日生まれ、那覇市出身

 その日はやけに冴えていた。



 佐藤実との8回戦目は俺の圧勝に終わった。



「なんだよ……今日は昨日とぜんぜん違うじゃん」



「ムラがあるんだよ」



 俺はそう言い訳した。



 佐藤実は俺と違って負けても嫌な顔一つしない。それどころか上機嫌な様子でニヤついている。



「康生。ちょっと来いよ。飲み物おごってやる……」



 休憩室の自販機の前に来たとき、俺は四次元ポケットの事を思い出した。



「なあ実。四次元ポケットの道具ってさ、ドラえもんとのび太にしか出せないの?」



「いや、他の奴にも出せるでしょ」



 佐藤実はそう言っているが俺はそうは思えない。



 とにかく、ここにいる小6の知恵をなるべく引き出したい。



「もしかして何かコツがあるんじゃないかな? ポケットに手を入れるだけじゃ何も出せなかったりして……」



 俺がそう言うと佐藤実は椅子に座って考え込んだ。



「うーん。確かに。……ドラえもんが道具を出すときって不自然なくらいに早いよね? あれはおかしいよ。四次元ポケットは巨大な空間で、大量の道具が入っているはずなのに。あんなに早くほしい道具を取り出せるのはおかしい」



 佐藤実のそういうところが好きだった。こんな話を同級生にしても「漫画だから」とか「アニメだから」とか言って済ませてしまう。でも佐藤実は空想科学にとことん食いついてくる。



 やがて佐藤実が椅子から立ち上がった。



「なにか分かった?」



「いや、ぜんぜん分かんねー」



 どうやら佐藤実でもお手上げらしかった。



「テキトーな予測だけどさ。四次元ポケットは道具を取り出そうとする人の脳内を把握してるんじゃないかな。要するに、何が欲しいのかを四次元ポケットが事前に感知しているとか……」



 佐藤実はそう言って休憩室を出ていった。



 残った俺はしばらく考え込んだ。



『のび太の脳内を四次元ポケットが感知してるのか。だとしたらドラえもんは何なんだ』



 俺は夕方6時過ぎ家に帰ってきた。



 今はあれこれ考えている余裕はなく、夕食の準備をしなければならない。昨日は妹が作っているから今日は俺が作らないといけない。



『今日は麻婆豆腐でいくか……』



 俺が高校生になってすぐ、家の状況は一変した。父は東京に滞在することが多くなり家にほとんど帰らなくなった。そして母は海外に出張している。残された俺と妹は二人だけで家事をしながら生活している。金には困らない家庭のはずなのに、ずいぶん惨めな生活だった。



 妹とは2週間ほど前から口をきいていないが、特に困らない。



 夕食を終えた俺は自分の部屋に篭った。



 ネットで検索してみると「ひみつ道具」を開設しているサイトを発見した。そこに紹介されている道具の説明を読み、道具の画像をじっくりと観察した。



『佐藤実の予測を試してみるか……』



 俺が最初に欲しいと思ったのは、いちばん害の無さそうな道具だった。



 その道具の形をしっかりと頭に思い浮かべながら俺はポケットに手を入れた。そのときは不思議な感じで、布の感触が無かった。



「……」



 ポケットから出した俺の手はコンニャクを掴んでいた。



 俺はすでにある事を連想していた。



『さて……。新世界の神にでもなるか』



【作者紹介】金城盛一郎 1995年11月29日生まれ、那覇市出身

 【ほんやくコンニャク】を取り出した俺はさっそく検証作業に取り掛かった。まずはコンニャクを一口かじり、それから英語のリスニング動画を再生した。



「……」



 俺はすぐに満足した。



 英語のリスニング動画がただの日本語再生動画にすり変わっている。音声も日本語だし文字もすべて日本語に書き換えられている。



 ひみつ道具を紹介しているネットのウェブサイトには(ひみつ道具・最強リスト)という記事があった。俺はまず、最強と言われている道具を一つずつ取りして確認することにした。



「まずは【どこでもドア】からだ……」



 しかし道具を取り出すことは出来なかった。



 何度ポケットに手を入れても、布がすり抜ける気配が無い。



 それ以外の道具も同じだった。



 最強と言われる【どこでもドア】【タイムマシン】【ソノウソホント】【あらかじめ日記】【魔法辞典】【悪魔のパスポート】などはすべて取り出せなかった。おそらく他にも取り出せない道具がいくつか存在するに違いない。



「くそ」



 何かが崩れるような気分だった。



 世界征服すら実現可能な最強クラスの道具は一つも出せなかった。逆に【タケコプター】【ビッグライト】【スモールライト】【あんきパン】【通りぬけフープ】【スペアポケット】などは取り出すことができた。いずれにしても、利便性が高く危険度は少ない道具ばかりだった。



『……こんな道具じゃ何もできない』



 俺は四次元ポケットを棚の奥にしまい込み、そのままベッドに横になった。



 ◇ ◇ ◇



 翌日の朝、俺は寝坊した。



 スマホの充電が切れていることに気づかず目覚ましは鳴らなかった。



「くそ」



 寝坊したとはいっても学校までは近いので今からでも十分に間に合う。



 俺はパンを食べながらテレビをつけて朝のニュースに目を向けた。



 話題のスケート選手がついに引退を表明。天皇陛下がブラジルを訪問。男子小学生がいじめを苦に自殺。JR西日本が台風の影響により運航停止。総理大臣が持病の悪化で辞意を表明。



 俺はテレビを消して自分の部屋に戻った。



 棚の奥から四次元ポケットを取り出して右手を中に入れてみる。もう片方の手でスマホを持ちながら、ひみつ道具の画像を確認した。



 俺はすぐに欲しい道具を取り出すことができた。



 それは建築模型のように見える。



『やっぱり見覚えがある。たしかにアニメでこれを見たことがある……』



 俺は椅子に座ってじっとそれを見つめた。



 目のまえに【ポータブル国会】があっても、何をすればいいのかすぐに考えは出てこない。



 やがて思い出したようにスマホを手に取り、佐藤実にメールを送った。



〈 実。ちょっといい? 〉



 しばらくして返事が来た。



〈 なに? いま朝ごはん食べてる最中なんだけど 〉



〈 実さぁ、将来の夢は総理大臣って言ってたよね? 〉



〈 うん。そうだけど 〉



〈 もし、今なれるとしたら。なりたい? 〉



〈 うん。なりたい 〉



〈 ほんとに? 〉



〈 本当だよ 〉



〈 できる自信あるの? 〉



〈 ある 〉



〈 なんで? 〉



〈 政治のことはそのへんの大人より知ってる。僕なら日本を変えられる。今の政治家は日本を腐らせてるよ 〉



〈 なるほど 〉



〈 もういい? 今日は朝からテストだから 〉



〈 うん。またね 〉



 スマホを机の上に置いた後、俺はメモ用紙を【ポータブル国会】の中に入れた。





 佐藤実を総理大臣に任命する。





 迷いはないつもりだったのに、俺の頭の中を別の感情がよぎった。



『俺は実の夢をかなえたのか。それとも逆に奪ったのか……』 



 メモ用紙は【ポータブル国会】の中で消化され、もう取り出せそうになかった。



 俺はその日、はじめて学校をサボった。



【作者紹介】金城盛一郎 1995年11月29日生まれ、那覇市出身

 グレン・ウォードは激しい雷雨の中、自転車を走らせた。自宅に着いた頃には服も完全にびしょ濡れだった。



 自宅のドアを開けて室内に入ると家政婦の女が悲鳴を上げた。



「グレン! 床が濡れてるよ! 早く体を拭いて!」



 家政婦の女がそう言うと、グレン・ウォードはカーテンに体をこすりつけた。



「ばかたれ!」



 女が追いかけるとグレン・ウォードは身軽にかわしてそのまま逃げていった。女は悔しそうにグレンの背中を睨みつける。



「15歳であんなだと、先は暗いよ。新聞記者の息子があれでいいのかね」



 グレンは書斎のドアを開けた。



「父さん。やったよ! 勝ったよ!」



「おぉ、勝ったか。見事だな」



 グレンは剣道の竹刀を父の前で振り回した。父も満足げだった。



「で。どんなふうに勝った?」



「俺はくそでぶの攻撃をよけて、そいつの頭を何度も叩いてやった。そしたら勝てたよ」



「すごいじゃないか。後でお祝いのチューをしよう。それとケーキもな」



「ありがとう父さん。ねぇ、見ててよ。水の呼吸。四ノ型。うちしお!」



 グレンは竹刀を激しく振り回した。



「グレン。髪が濡れてるよ。こっちおいで」



 グレンの髪を父はタオルで拭いた。



「急に雨が降ってきたんだ……」



「最近はずっとこんな調子だからな。カナダ全体が異常気象だ。この街だけじゃないさ」



 グレンは父の机に目を向けた。



「何を書いてるの?」



「日本のニュースだよ。今は異常気象よりこっちが最優先だからね」



「俺も知ってるよ。サトウ・ミノルの事だろ? 謎の12歳、日本の内閣総理大臣に就任ってやつ。あんなのバカげてるよ」



「そうだな。普通じゃない。でも日本がそんなバカげたことをする国だとは思えないな。独裁国家じゃあるまいし。……グレンはどう思う?」



 父の眼がぎらりと光る。



「アメリカのCIAが何か仕掛けたんじゃないかな」



「たしかに、あの国は何でもアリだからな。でも今回はさすがに無理がある。そもそも、日本の法律では総理大臣になれるのは国会議員だけだからな。議員でもない12歳の少年がいきなり総理だよ。CIAの工作にしても無理がありすぎる……」



「それじゃあ日本の政界に黒幕がいて、そいつが影でサトウ・ミノルを操っているとか」



「それも無いだろうな。今の日本にそんな権力を持った大物政治家はいないよ」



 するとグレン・ウォードは口元に笑みを浮かべた。



「だとすると残る可能性は一つだね。たぶん超人的な力を持った人間がいて、超能力を使って12歳の少年を総理大臣にした」



 父は思わず笑った。



「やっぱりグレンは新聞記者に向いてそうだな」



「父さん。俺は新聞記者なんか目指してないよ」



「ああ、そうなのか。じゃあ何を目指してるんだ?」



「俺は誰よりも出世して、カナダの独裁者になる」



「そんなのアメリカが許さないぞ?」



「アメリカなんか俺がぶっ潰してやるよ」



 グレン・ウォードはそう言って部屋を出ていった。



 激しい雷雨はいつの間にか止んでいた。



「ゲーセン行ってくる」



 家政婦にそう言い残してグレン・ウォードは自宅の外に出た。



 自転車に乗ろうとしたとき、自宅の植木に何かが引っ掛かっているのを見た。それは白い布切れのように見えた。



【作者紹介】金城盛一郎 1995年11月29日生まれ、那覇市出身

 佐藤実は総理執務室にいた。



 今日の予定表を隅々までチェックして、分からない漢字はすぐに調べてメモに書いた。



 彼は朝から総理の仕事を一つ一つ確実に進め、部下が作った予定表のスケジュールを忠実に守った。総理の仕事は多忙だが、彼は歴代総理のなかで一番仕事量が少なかった。吉田康生が【ポータブル国会】を使用して総理の仕事を減らし、佐藤実が勉強したり遊べる時間を確保した。そのかわり、総務大臣や外務大臣の仕事が激増した。



 ドアをノックする音が聞こえた。



「総理。失礼いたします。コアラのマーチをお持ちいたしました」



 俺は袋からコアラのマーチと飲み物を取り出して、机の上に並べた。



「近くのコンビニで見つけたよ。少しは休んだら?」



 佐藤実は俺のほうに目を向けた。



「おまえさぁ、Tシャツ姿で官邸のなか歩き回るのやめたら? 俺が恥ずかしいんだけど」



「別にいいじゃん。おまえこそ12歳のくせにスーツなんか着て。ませガキめ」



 俺がコアラのマーチを食べているのを見て佐藤実はため息をついた。



「なんかお腹すいてきたよ。俺も食う」



 佐藤実は予定表をそばに置いてコアラのマーチに手をつけた。



「総理の仕事はもう慣れた?」



「慣れるわけないだろ。どんだけ忙しいと思ってる。おまえが総理執務室でゲームしてるあいだ俺は国会議事堂で質問攻めにされ続けたんだぞ? 3時間も」



「予算委員会ってやつだろ。ネット配信で見てたよ。おまえ質問した相手を逆に追い詰めてたじゃん」



「あんな事してたら身が持たないよ。最初の日なんて息が止まるかと思ったし。学校に公用車が現れて東京まで連れて行かれた」



「へー」



「ふざけんな。何がへーだ。おまえの道具のせいだろ。【ポータブル国会】なんか使いやがって」



「やっぱりキツいのか。総理をやめる?」



 俺がそう言うと佐藤実は少しうつむいた。



「……いや、俺は総理をやめたくない。俺がもっといい国にする」



「分かった」



 佐藤実は俺に目を向けた。



「おまえはここに居ていいのか? 俺は義務教育を免除されたけど家庭教師が付いている。おまえは高校に行かなくていいの?」



「別にいいよ。……行きたくもないし」



「じゃあ家族は?」



「父も母も家には居ないよ。でも、妹がいるからたまには家に戻るけどな。ていうか、おまえはいいのかよ。家に戻らなくて」



「俺は、別にいい。家に帰っても酒飲み親父一人だけだし……」



 佐藤実の父親のことはよく知らないけど、あまり良い関係じゃないことは知っていた。



 俺は提案した。



「じゃあさ、このまま二人で議員宿舎に住めばいいじゃん。議員食堂もコンビニもあるから飯には困らないし」



「うん。そうするよ」



 佐藤実の表情はそこからまた暗くなった。



「なにか心配事でもあるのか?」



「……あるよ。さっき官房長官から話を聞いた。いま日本はアメリカに不信感を持たれてる。今の状態が続くと同盟関係にも影響が出るかもしれない」



「なるほど」



 当然と言えば、当然だった。12歳の少年を総理大臣にする国なんて信用されるわけがない。



「どうすればいいと思う?」



 佐藤実はめずらしく俺に意見を求めた。さすがの実もこの問題には対処法を見いだせないらしい。



「まずは大統領と会ってみたらどうかな」



「え、マジで? なんか怖いよ……。もし失望されたら」



「それはどうかな。予算委員会中継で見てたけど、実はベテラン政治家が相手でもまったく物怖じしてなかったし。大統領が相手でも大丈夫じゃないか?」



「そんなの、分からないよ」



 世界制覇なんかするよりも、実が言うように自分の生まれた国をもっと良くしていく方がまともに思えてきた。実ならアメリカ大統領にも認められそうな気がする。



 そう考えていたとき総理執務室の電話が鳴り響いた。すぐに実が電話を取って応対した。



「なんて言われたの?」



「……」



 受話器を置いた実の手は震えている。



「実。どうした?」



「中国軍が北朝鮮に侵攻してるって……」



 俺は耳を疑った。



【作者紹介】金城盛一郎 1995年11月29日生まれ、那覇市出身

「本当なの?」



「官房長官がそう言ってる。中国軍が国境を越えて北朝鮮に侵攻してるって。すでに地上部隊が首都・平壌の近くまで迫ってるって……」



 俺は執務室のテレビの電源をつけた。すでにニュースでも報道されている。



「今から閣僚会議に行かないといけない。康生はここで待ってて」



 佐藤実はすぐに執務室を出て行った。



 俺には訳が分からなかった。なぜ中国が北朝鮮を攻撃するのか。中国と北朝鮮の関係が悪くなったという話は聞いたことがない。突然攻撃する理由が分からない。



『もし中国軍が北朝鮮を占領したら、その次はおそらく韓国。その後は……』



 俺は不安になった。



『とにかく、何か手を打たないと』



 俺は自分が所有しているひみつ道具のリストを一つずつ確かめた。しかし、戦争を止められるような道具は一つも見当たらない。



『ビッグライトで俺自身が巨大化して中国軍と戦うべきか……。いや、いくら巨大化してもミサイルなんかで攻撃されたら無事じゃ済まない』



 やがて閣僚会議を終えた佐藤実が執務室に戻ってきたが、彼は明らかに疲労困憊した様子だった。



「実。大丈夫?」



「もう俺にはどうなるか分からない。この国も終わりかもしれない……」



「どういうこと?」



「アメリカは中国全土に150発の核ミサイルを発射したよ」



「……」



 俺は言葉を失った。



「たとえ核攻撃が終わっても戦争は終わらないよ。中国は最後まで戦争を続けるだろうし、ロシアとEUも戦争をはじめそうな気配があるって……。日本も戦争に巻き込まれるかもしれない」



「……実。まだ総理を続けるつもり?」



「あたりまえだろ! こんな状況で他の誰かに投げ出せるか」



 実は俺を怒鳴ったあと「少し休む」と言ってソファで横になった。もし大臣や官僚がここに来たら、俺が対応するつもりだった。俺には【オールマイティーパス】があるので首相官邸でも国会議事堂でも議員宿舎でも自由に出入りできるし、この場所にいても不審がられることは無かった。俺は大臣や官僚たちに「総理のご友人」と呼ばれていて、総理の隣に座っていても怪しまれなかった。



 俺はもう一度テレビの映像に目を向けた。今は軍事評論家や元外交官などが北朝鮮の状況について議論している。



『まだ核ミサイルの報道は出ていない……』



 しかし、30分が経過しても核ミサイルの報道は出てこなかった。



 やがて佐藤実が目を覚ました。俺はすぐに声をかけた。



「おい実。テレビを見ても核ミサイルの報道は出てない」



「……え?」



 テレビのニュースは今も北朝鮮の状況のみを伝えている。実は慌てて官房長官室に連絡したが、1分も経たないうちに受話器を置いた。



「官房長官も訳が分からないって言ってる」



「なに……」



 俺は怒りを覚えた。



『アメリカ政府は俺たちに嘘をついたのか……。でも、最悪のシナリオは回避できたって事なのか?』



 いつの間にか忘れていた空腹を思い出し、佐藤実に声をかけた。



「実。今のうちにお昼食べに行こう。また会議始まったら体がもたないよ?」



「……うん」



 実も混乱している様子だったが、俺たち二人は執務室の外に出た。



「……」



 うつむいたまま何も言わずに歩いている実を見て心配になってきた。



「実。今は考えすぎない方がいいよ。状況はどんどん変わっていくし、完璧に対応できる人間なんて存在しない。今は他のことを考えたほうがいい。何を食べたい?」



「……ハンバーグ」



「分かった」



 都内の洋食レストランを予約した俺は、官邸前にタクシーを呼んだ。



「さぁ、行こう」



「うん」



 実の表情は少し明るくなったように見える。



『このまま佐藤実の秘書にでもなろうかな……』



 レストランのテーブルで注文した料理を待っているあいだ俺はツイッターを見ていた。そんなとき、ある画像に目が留まった。



「うそ……」



 気分が悪くなってきた。



 アメリカ各地の都市で同じような写真が撮影され、次々とツイッターにアップされている。その画像はひこうき雲を撮影しているように見える。俺は写真のそれが何なのかすぐに分かった。



『発射した核ミサイルがどこかで消えている……』



【作者紹介】金城盛一郎 1995年11月29日生まれ、那覇市出身

 実が満足そうにハンバーグを食べているとき、俺はその様子をじっと見ていた。



 俺の食欲は徐々にしぼんでいた。



「康生。そのグラタン食べないの?」



「ごめん……ちょっと腹が痛くて」



「え、大丈夫なの?」



「大丈夫だよ。よくある事だから……俺のグラタン食べる?」



「いいの? じゃあ食べる」



 俺はある事で悩んでいた。実が総理を辞めたいと言えば、いつでも辞めさせるつもりだった。でも実がそれを言いそうな気配はない。俺はズボンのポケットに「総理大臣・佐藤実を解任する」と書いたメモ用紙を入れてある。実が辞めたいと言えば、いつでも辞めさせられる準備は出来ていた。



 もし日本が戦争を仕掛けられたら、佐藤実は総理大臣として陸上自衛隊、航空自衛隊、海上自衛隊のすべてを指揮監督しなければならなくなる。



 そんな事をさせていいのか。12歳の子供に。



 でも仮に佐藤実を解任したとして、その後は誰が総理になるのか。こんな状況でいったい誰が日本を守っていけるのか。それが出来る政治家は今の日本にはいないような気がする。



『今の政治家たちに失望したから佐藤実を総理にしたのに』



 俺はもう一つの選択肢を考えないようにしていた。それは俺自身が総理になる事だった。



『佐藤実と同じ事が俺に出来るわけない。国を滅ぼすかもしれない』



 最悪の選択肢だという事は想像できた。 



 人を見る目だけは昔から自信がある。俺は自分の直感を信じることに決めた。



『佐藤実にこの国の運命を託そう……』



 首相官邸に向かうタクシーの中で佐藤実の携帯が鳴った。



「誰から来てる?」



「外務省から……」



 嫌な予感がした。



 首相官邸に到着した後、俺は「しばらく一人になりたい」と伝えて官邸1階の記者会見室に引き篭もった。



『この世界はもうダメかもしれない……』



 アメリカが発射した核ミサイル150発は上空のどこかで消え、中国軍は今も北朝鮮を攻撃している。そしてEUはロシアに向けておびただしい数の戦闘機、爆撃機を発進させたらしい。



「……」



 俺はむなしくなってきた。



 数日前まで世界制覇をしようと計画していた俺が、今ではどこかの誰かが引き起こした侵略戦争の恐怖におびえている。



『何かがおかしい……』



 俺は数時間前からずっとこの気持ちを抱えていた。



 自分は頭が良い方ではないけど、ニュースくらい目を通しているし国際情勢に関心が無いわけでもない。



『もともと中国は北朝鮮を長いあいだ支援してきた。その中国が今は北朝鮮を攻撃している。そしてEUはロシアに戦闘機を飛ばして侵略戦争を仕掛けようとしている。普通は逆ではないだろうか。ロシアがEUを侵略するのは予想できるけど、EUがロシアを侵略するなんて考えたこともない。でも今はそれが現実に起こっている』



 考えたくない事だけど、俺は一つの可能性を想定した。



 もし四次元ポケットが地球のいたる所に落ちているとしたら。



 数日前まで世界制覇を計画していた俺は、今では地球を戦争から救う手段を真剣に考えていた。



『四次元ポケットを持った相手と戦うことになれば……』



 俺は惨めに殺されるかもしれない。



 それが分かっていても、俺は行動しようと決めた。



『俺が世界を救う』



 そう思うと、酔いしれるような満足感を覚えた。



 俺は佐藤実に何も伝えず官邸の外に出た。



 タクシー乗り場に向かうまでのあいだ、俺は好きな歌手の歌を口ずさんだ。



「回想は持て余す、人生の格子、届かず手放す世界……」



 俺は羽田空港に向かった。  



【作者紹介】金城盛一郎 1995年11月29日生まれ、那覇市出身

試作1

試作1

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-04-12

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