恋愛と神経毒

あおい はる

 駅の向こうは、わたしの知らない街だった。ともだちが、みんな、すこしずつおかしくなっているのは、七日前に衝突した小惑星のせいだって、わたしたちの住んでいるところから、何百キロと離れた場所に、その小惑星はぶつかって、はじけて、わたしたちの星にはぽっかりと穴があいて、ばらばらになった小惑星の破片から、なんかそういう、電磁波みたいなのが発せられているって、むずかしいことはよくわからないけれど、えらいひとたちがいってた。テレビで。ライオンに、そのうちわたしも、おかしくなるのかなぁと相談したら、みんながみんな影響を受けるわけではないという。じゃあ、わたしのともだちはみんな、感度がいいのかしら、と言ったら、ライオンは平淡な声で、偶然です、と答えて、わたしの髪にキスをする。さいきん、ちょっと、カラーリングのせいで傷んでいるのだけれど、ライオンはかまわず、わたしの髪にキスをしたがる。意外とスキンシップが好きなライオン。ときどき、あなたはぼくの神さまだと跪く。わたしのあしもとに。たとえば、お風呂あがり、ベッドに座るわたしの、はだしの足を、うやうやしく舐める。きもちいい、というより、くすぐったくて、ライオンも、べつに、性的なそういうのを誘う触れ方はせずに、どちらかといえば、女王さまにかしずく召使いみたいで、ほんとうはすこし、居心地が悪い。だって、わたしはライオンと、対等でいたいから。ライオンのたてがみは、さいしょはかたかったけれど、わたしがまいにち、欠かさずブラッシングをしているので、いまではもう、もふもふとやわらかくて、いつまでも埋もれていたいくらい。わたしは、ライオンの神さまや、女王さまになりたいわけではないけれど、崇拝・信仰にも似た寵愛は、わたしの感覚を緩やかに壊していっているようにも思える。イコールでありたいと願いながら、不等号な関係も、わたしにひそかな甘美をあたえているのはまちがいない。ライオンがささやく。あなたは大丈夫です、あなたはあなたのまま、ぼくのそばにいてください。と。わたしのつま先、甲、足首、じわじわと上へ、ふくらはぎ、ひざ、ふとももへと、ざらりとして、ひんやりする舌をはわせながら、呪文のように、愛しています、と繰り返す。ちょっとだけ、こわい。でも、そのこわい感じが、わたしというにんげんを、きっと、つくりかえてゆく。なんだ、わたしも、おかしくなってるじゃん。

恋愛と神経毒

恋愛と神経毒

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-04-11

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