爆裂乙女 ZENRA軍団（その１～８）
プロローグ
西暦２０××年世界は核の炎……………………………には包まれなかった。
その代わり日本経済は完全に崩壊し、日本国は国連と世界銀行の管理下に置かれ、経済の建て直しのため、国家予算に大鉈が振るわれることになった。
中でも経費削減の名目で、医療、福祉、教育の予算が大幅にカットされ、特に教育行政に関しては、義務教育の廃止、学校教育の完全有料化が断行された。
その結果、児童の就学率は小学校で５０％、中学校で３０％、高校では１０％台まで落ち込み、一部のボランティアによる無償教育も行われたが、大部分の少年少女にとって教育砂漠と呼ばれる過酷な時代を迎えていた。
この物語は、自らの学ぶ自由を守るために立ち上がった７人の少女たちの物語である。
第一話・ZENRA軍団にようこそ！
「いいから、ねーちゃん、さっさとその鞄をよこしな！」
目の前にいる４人組みのモヒカン頭の不良たちは、そう言いながら、ぐるっと道路の真ん中の私を取り囲みました。
「駄目！この中には命の次に大切な物が入ってるんです！」
私は鞄を抱きかかえると、そう言い返してやりました。
誰があなた達に渡すものですか！
死んだって、この鞄は放さないから！
「だから、よこせってんだろ！おい、オメー、そんなに痛い目みてーのか？」
不良たちの中でも一番顔が貧相なやつがそう言って凄んできました。
ああっ、何で裏道なんかに入っちゃったんだろう。
入学ガイダンスの時に言われてたのに。
私は改めて自分の周りを見渡しました。
ここは電車の高架下にある長さ２０メートルほどのトンネルのほぼ中央。
電灯が壊れたままなので、昼間だというのに夜みたいに真っ暗です。
私は誰かが通り掛からないかと期待しましたが、この暗さでは、仮に誰かがトンネルの入り口にいても中まで見通せないでしょう。
と、そんなことを考えていたら、モヒカンの一人がアタシの鞄に手をかけてきました。
慌てて、私はそいつの手を振りほどきました。
「絶対駄目！だって、この中の……この鞄の中の『教科書』は、私のお姉ちゃんの形見なんです！」
そう、この教科書は今は亡き、私の姉の形見。
そして姉の出身校と同じ、聖エマニエル女学園に今日から入学するというのに大切な日になんたる不運でしょう。
「へっ、へっ、へっ、それじゃあ、なおさら、その鞄の中身をいただかないとな！」
「おい、助けを待ってたって無駄だぜ。最近じゃ警察も経費削減とかいって、パトロールなんか来やしねーよ！」
そんなの分かってます。
今のご時勢、警察なんかまるでアテになりません。
１１０番に電話して、出てきた交換手の第一声が、「それでは、まずご予算からサービスプランをお選び下さい」なんですから。
もはや一刻の猶予もありません。こうなったら、もう強行突破するしかないのかも。
と、そんなことを考えていたら、
「おーっと！スキあり！いただきー！」
背後にいた別のモヒカンに私は鞄を取り上げられてしまいました。
しまった！
急いで取り返そうとするが、女の子の私なんかの力じゃ、連中に到底敵いっこありません。
モヒカンどもはアタシを振りほどき、鞄の中身を道路にぶちまけました。
「ひゃほー！俺は数学の教科書をもらうぜ！」
「くそー、じゃあ、俺は現国と古典だ！」
「ずるいぜ二人とも、じゃあ俺は………そうだな、この英語の教科書をもらうとしようか！」
砂糖に群がる蟻のように私の教科書を奪い合うモヒカンの不良たち。
「やめてー！教科書を返してください！」
私は恥も外聞もなく、彼らに懇願しました。
でも、そんな私を無視するかのように、彼らの蹂躙は続けられました。
「兄貴、兄貴もどうです？なかなかの美品、良品ですぜ！」
兄貴と呼ばれた、モヒカンどもの中で一番身体の大きい男は、手下が差し出した私の教科書を一瞥すると、
「ふん！」
そう鼻を鳴らしてから、
「俺様はそんなモンには興味ねーよ。おい、ねえちゃん、まだ隠してるモンあるだろうが？」
と、私に詰め寄ってきました。
「そんな……アタシ……何も隠してなんか」
まさか！
これに気づかれたんじゃ……。
「じゃあ、これは何だよ？」
モヒカンのリーダーは、そう言うと、いきなり私を抱き寄せ、上着のポケットから私が隠していた英単語集を取り出しました。
「やめて！それだけは取らないでー！」
それだけは、それだけは私から奪わないで！
「おお！すげー、今時ポケット英単語集なんか、めったにお目にかかれないぜ！」
「さすがは兄貴、俺たちとは狙いどころが違いますね！」
「あったりめーよ、俺とテメーらとじゃ学習意欲が違うんだよ！」
ああ、神様、お願いです。
私から二度も姉を奪わないで下さい！
でも、現実は無慈悲です。
「じゃあな、これに懲りたら二度と裏道なんか通るんじゃねーぞ！」
モヒカンの不良たちは、そう言い残し、その場を後にしようとしました。
「へっ、へっ、へっ、さっそく帰りがてら英単語の暗記でもやるか」
その時。
奇跡が。
奇跡は起こったんです！
「あ、兄貴！」
モヒカンの一人が前方を指差し、大声を上げました。
「何だ、うるせーぞ！今、英単語暗記してんだろーが！」
そこには、トンネルの向こう側には、一台のバイクが止まっていました。
そして、そのバイクには人影が！
「なんだ？あの野郎～」
暗くてシルエットしか見えませんでしたが、バイクにまたがっているライダーはフルマスクのヘルメットを被っていました。
そして、身体にフィットしたツナギのレーシングースーツの体型から、はっきりと女性だと分かりました（つまり凄いダイナマイトボディだということです）。
「学習意欲が大せいなのは結構だけど、女の子から教科書を取り上げるなんて、感心できないわね」
彼女はそう言うと、バイクから降りて、モヒカンたちの進路に立ちふさがりました。
「あ、兄貴、あいつ、まさか例の」
「うるせー、びびんじゃねー！おい、ねーちゃん、怪我しねーうちにとっとと失せな！」
モヒカンの不良たちは、懐から各々ナイフやチェーンを取り出しました。
「…………どうやら、口で言っても分からないようね。バカな人たち」
でも、彼女は少しも臆する様子もなく、むしろさっきより圧倒的な威圧感で、モヒカンたちと対峙しました。
「ざけんな！自慢じゃねーが、昨日の自宅学習用の英語のテストじゃ、俺は２８点だったんだぞ！」
緊張に耐えられなくなったのか、モヒカンのリーダーが飛び出しナイフを手に、彼女に襲い掛かりました。
そして、間を置かず、一斉に彼女に襲い掛かる不良たち。
「きゃー！！」
私は思わず目をつぶり、道路に屈みこみました。
ガーン！ガーン！ガーン！ガーン！
トンネル内に甲高い四発の銃声が響き渡り、私が目を開けると、不良たちは全員道路に倒れていました。
「低すぎるわよ。その点数」
女性ライダーは、そう言うと、硝煙が立ち上る拳銃をホルスターにしまい、私の方に歩いてきました。
「心配いらないわ。ゴム弾だから気絶してるだけよ」
彼女は教科書を拾いながら、
「あなた、聖エマニエル女学園の新入生でしょ？入学ガイダンスで通学の際、決して大道りから外れちゃ駄目だって言われなかった？」
と、私に言いました。
「あっ、はい、そう言われました。でも、入学初日なのに寝坊しちゃって……それで駅前で送迎用のバスを待ってたんですけど、全然来なくて……それで裏道を通ればなんとか間に合いそうだったから、つい」
私の目の前まで来ましたが、さっき屈んだ時に目に塵が入ったみたいで、彼女の姿がよく見えません。
「バスは１時間に一本よ。それも教わらなかった？ここいら辺も最近は物騒だから、大通り以外歩くなんてこと、二度しちゃ駄目よ」
彼女は私の身体を起こし、奪い返してくれた教科書を手の上に乗せてくれました。
「はい、これ大事な教科書なんでしょ」
ああ、良かった。
大事な、私にとって本当に大事な、この世の他の何とも代え難い姉の教科書は、無事私の手に戻ってきました。
ホントに何てお礼を言えばいいんだろう。
そんなことを考えていたら、霞んでた視界が次第にハッキリとしてきて、彼女の姿がよく見えてきました。
「あの～、どうも、ありがとうござ……」
私の頭の中は早くお礼を言わなければという思いでいっぱいでした。
でも、彼女の姿を見た時、そんな考えは全部吹っ飛びました。
なぜなら、
「ん？」
彼女は、
「どうしたの？どこか痛いところでもあるのかしら？」
その女性ライダーは身体にフィットしたレーシングスーツを着てたのではなく、え～と、その～、何と言えばいいのか悩みますが…………………………………………………………身体に何もつけていなかったのです！
つまり全裸だったんです！！
「きゃー！！ち、ち、ち、痴女ーーーー！！」
そして私、聖エマニエル女学園新入生（１年A組主席番号２７番）、森沢アミ（本年もって１６歳）は大声で悲鳴を上げ、脱兎のごとくその場から走り去ったのです。
あの後、どこをどう走ったのか思い出せないのですが、私は奇跡的に遅刻を免れ、何とか「入学初日から遅刻した新入生」という恥ずかしい汚名だけは回避できました（まあ、式の開始ギリギリに体育館に現れた私は、当然全校生徒の注目を浴び、そのためかなり恥ずかしい思いをしましたが）。
入学式も無事終わり、各教室に戻った私たちは担任の先生から明日から始まる授業について、簡単な説明を受けた後、今日はもう解散ということになりました。
で、私も帰る準備をしていたところ、小学校からの親友で、中等部から学内進級した同じクラスの蔦谷フキコちゃんがやってきて、「どうしたの？もう少しで遅刻だったじゃん」と心配そうに話しかけてきました。
そこで今朝のことを話したら、
「アハハハ、でも、別に変なことされたわけじゃないんでしょ？じゃあ、良かったじゃない。助けてもらえたんだから」
なんて、言われてしまいました。
「そりゃまあ、そうなんだけど……でも、やっぱり全裸なんてありえないよ！」
「まあまあ、たまたま助けに現れた白馬の王子様が露出狂だったと思えばいいじゃん」
「露出狂の王子様なんかいやだよ！それに王子様じゃなくて、王女様、女の人だから」
「アハハハ、そりゃそうか」
と、フキコちゃんたら、他人事だと思って笑い続けます。
「でも、実際、学校への行き帰りの時は大通り以外使っちゃダメだよ。まあアタシは学内進級組だからこの辺の地理にも慣れてるから大丈夫だけど。初心者は、特にアミみたいなのんびり屋さんは危ないから………ごめん、悪気はなかったんだ」
フキコちゃんが申し訳なさそうに私を見るので、
「ううん、いいの、気にしないで。ここの中等部の試験を受けられなかったのは自分の責任だし。フキコちゃんが気にすることじゃないから」
と、なるべく明るく答えました。
そう、ホントにマヌケなんですよね、私って。
大事な試験の前にインフルエンザにかかってダウンしちゃうなんて。
結局、エマニエル学園中等部の入学試験を受けれなかった私は公立の中学に進むことにしたのですが、私の家の経済状態では、全教科を受講することができず、主要３科目だけ受講して、後は在宅学習用のプリントを使って勉強しました。
今の時代、高校に通えるのは親が経済的に余裕のあるほんの僅かで人たちで、本来なら私も在宅学習組なのですが、運よくこのエマニエル学園に入学できたので、今こうして高校１年生になることができました。
このエマニエル学園は全校生徒の約半分が授業費免除の特待生という全国でも、他に例を見ないユニークな学校です。
何でも創設者のシルビア・クリスタル初代学園長が莫大な遺産を残し、遺言でそれを学校経営に使うようにと指示したおかげで実現したそうです。
その後、教室から出て、廊下を歩いている時、
「それにしても全裸の正義の味方が出るようじゃ、いよいよ日本も終わりかな。あ、もうとっくの昔に終わってるのか……って、アミ、アタシの話聞いてる？」
と、フキコちゃんが話しかけてきましたが、その時、私には気になることがあり、ちょっと上の空だったみたいです。
「あ、ごめん聞いてなかった。ちょっと気になることがあって」
「気になることって？」
「上手く言えないんだけど、さっきから何か引っかかるんだよね」
「引っかかるって、全裸の正義の味方のこと？」
「そうなんだけど……う～～ん、何だろう、先っぽのところまで出掛かってるんだけど」
そうなんです。
今朝会ったあの全裸の女の人、よくよく思い出せば、完全に裸じゃなくて、編み上げのロングブーツやオートバイ用のグローブをしてましたし、それに腰に太めのガンベルトを斜めにずり下げて着けていたので、ギリギリ、一番危ないところは露出していなかったと思います。
でも、気になるのはそんなことじゃなくて、もっと何か重要なことがあったような。
ところが、そんなことを考えていたら、廊下の曲がり角で人にぶつかりそうになってしまいました。
「あ、すみません！大丈夫ですか？」
「平気です。ご心配なさらないで。それじゃあ、ごきげんよう、森沢さん」
「え？」
ぶつかりそうになった相手は同じ１年生とは思えない、ゴージャスで、大人の雰囲気を漂わせた、いかにもどこかの名家の令嬢といった感じの人でした。
でも、どうして私の名前を？
「凄い綺麗な人。まるでフランス人形みたい」
私がため息まじりにそう感想を漏らすと、
「クラスメートの顔くらい、ちゃんと覚えておきなよ。なんかアミ、ホームルーム中ぼんやりしてたみたいだからさ」
そういえば、確かにうちのクラスの生徒だったかも。
「グレート・東郷・マリコさん。あのグレート財閥のご令嬢にして、１年生ながら、我が校の『クリスタルの会』のメンバーという超有名人よ」
フキコちゃんが聞きなれない言葉を口にしました。
「クリスタルの会？」
「生徒会のことを、うちではそう呼ぶのよ。名前の由来はこの学園を創設したシルビア・クリスタル初代学園長から命名されたらしいんだけど」
「新入生で生徒会のメンバーなの？」
「うちの生徒会のメンバーの選抜方法ってちょっと特殊で、現役のメンバーが下級生の中から候補者を選ぶのよ。だから一応選挙は行われるけど、まあ、事実状の信任投票ってこと」
「ふ～ん。そうなんだ」
て、いうことは、あの東郷さんは中等部の時から目をつけられていたほどの人材なわけなのか。
確かにそんな雰囲気が、特別な何かを感じさせる人です。
「で、選ばれた人間は見習いとして、生徒会のお手伝いをするわけ。東郷さんは今の生徒会の書記で、２年生の斉藤レイ先輩に選ばれたの」
「この斉藤レイ先輩って、ホントは３年生の生徒会長の水野ハルコ先輩や会計の鳥凱エリナ先輩と同学年のはずなんだけど、昨年身体を壊して長期休学してたから、今年も２年なんだって」
「へ～～」
ホントにフキコちゃんってこういった話に詳しいよね。
「ついでに教えてあげるけど、ほら、あそこにいる、島ヨシアキさん。あの人もクリスタルの会のメンバーよ。彼女を選んだのは、今言った３年の鳥凱先輩なの」
私は彼女が指差したほうに目をやりました。
そこには同じクラスの島ヨシアキさんの姿があり、どうやら、これから部活があるみたいで、剣道着を身に着け、体育館のほうに向かって歩いてく途中でした。
フキコちゃんの話では、なんでも彼女の実家は江戸時代から続く由緒正しい剣道の道場だそうです。
つり目で、お下げ髪の島さんの第一印象は東郷さんとは正反対のものですが、何か他の人とは違うものを感じさせるという点は一緒でした。
それにしても、
「うそ！じゃあ、うちのクラスには二人も未来の生徒会役員候補がいるわけ？」
「そういうことになるわね。なに？アミもクリスタルの会に入れてもらいたくなった？」
「そんな、わたしなんかに務まるわけないよ」
「アハハハ、まあアタシたちには縁のない世界だよね。それにそもそも、アミじゃ、選抜基準を満たしてないしさ」
「え、選抜試験とかあるの？」
私は思わず、聞き返しました。
やはり生徒会のメンバーに選ばれるような人は特別なのかな。
ところが、フキコちゃんは、ちょっと意地の悪そうな顔をして、
「いや、そうじゃなくて、ほら、あの二人見て気づかなかった？」
と、私をからかうかのように尋ねてきました。
「気づくって、何を？」
「あの二人の共通点」
あの二人の共通点？
う～ん、何だろう。
私は東郷さんと島さんの姿を思い浮かべました。
背は二人とも同じくらいだけど、容姿はまったく正反対だし、趣味とか、そういった類のことは見た目からじゃ分からないよね。
などと考えていたら、突如私の頭に雷鳴が走りました。
「………ああ！」
二人に共通することは、それは大きな胸。
二人ともかなりの巨乳なのです！
「ようやく分かったようね。そう、クリスタルの会に入会するためには最低バストがCカップ以上必要だといわれてるわ。だから、Aカップのアミじゃ逆立ちしたって無理だってこと」
私のことを散々弄んだフキコちゃんは、ケラケラと笑いながらそう答えました。
「もう、ヒドイ！フキコちゃんだってBカップだから無理でしょ！」
「アハハハ、アタシはそんな大それた野心は持ち合せてはおりませんので。あしからず」
下駄箱で上履きから靴に履き替えていてら、周りがやけに騒がしいことに気づきました。
何だろう？
私が後ろを振り向くと、そこには、スラリと背の高い、黒いストレートのロングヘアーをなびかせた、ファション誌のモデルさんかと見まごうばかりの美しい女の人が立っていました。
そして、真っ直ぐ私の方に歩いてきて、
「あなたが森沢アミさん？」
と、私に声をかけてきたのです。
「あ、はい、そうですが」
私は緊張のあまり、声が裏返ってしまいました。
この人って確か……。
「私は２年の大河原ヤチヨといいます」
やはりそうだ。
入学式の時、在校生代表の挨拶を生徒会長がされたのですが、その時、一緒に壇上にいて、紹介されたのを覚えています。
「あ、存じてます。生徒会の副会長なさってらっしゃるんですよね」
私がそう答えると、大河原先輩は優しく微笑んで、
「私のことを知ってるのならちょうどいいわ。申し訳ないのだけれど、これから少しお時間をいただけないかしら？」
と、思いがけない言葉を口にされました。
「え、それって？」
「あなたと少しお話がしたいのだけれど、ご迷惑じゃなくて？」
話って一体なんだろう。
やっぱり、入学初日遅刻ギリギリだったってことかな。
う～～ん、どうしよう。
などと、私が悩んでいたら、隣にいたフキコちゃんが「行ったほうがいいよ」というシグナルを目で送ってきました。
「いえ、今日はもう特に予定もありませんから」
私は即座に、そう答えました。
「良かった。じゃあ、ここでは何だから生徒会室の方に行きましょうか」
「はい」
こうして私はこの学園で最も有名な方とツーショットで歩くという、入学初日から二度も人目を引くようなことをやらかしてしまいました。
生徒会室に行くまでの間、大河原先輩は一言もしゃべらず、私の数歩手前を黙々と歩き、私はただその後についていきました。
これもフキコちゃん情報ですが、先輩の家は旧華族だそうで、つまり筋金入りのお嬢様なのだそうです。
ホント、昔の時代劇とかに出てくるお姫様みたいな人だな～などと、考えていたらいつの間にか目的地の生徒会室に着いていました。
「ここが生徒会の、私たちクリスタルの会のための部屋、通称『蒼穹の間』よ」
「『蒼穹の間』ですか」
そこは学園の中央棟の最上階にあるドーム状のステンドグラスの屋根を持つ、教室の半分ほどの大きさの部屋で、壁は本棚になっていて、部屋の中央には生徒会の議事が行われる長方形の机と椅子、そして部屋の隅には小さなソファーが置かれていました。
先輩は私にお茶を勧めてくれましたが、私はそれをお断りし、先輩と向かい合って座ってから、さっそく話を切り出しました。
「それでお話って何でしょうか？」
当然話とは今朝の遅刻未遂のことだと思っていた私に先輩は、
「単刀直入に言うわ。森沢アミさん、あなた、クリスタルの会に入会して、生徒会の仕事を手伝う気はなくて？」
と、あまりに想定外の答えを返してきました。
「ええ！わ、わたしがですか？」
あまりのことに私の頭の中は完全に真っ白です。
なんで、どうして、いきなりこんな話が出てくるの？
生徒会どころか小学校の時だって、ゴミ捨て当番以外の役職についたことのない私に。
なのに、先輩は、
「そうよ、何か問題があって？」
などと、涼しい顔でおっしゃるんです。
「だって私なんか、勉強も人並みの成績ですし、とりたてて人に誇れるような特技もありませんし、それに家柄だって……」
そう、私の家は共働きのしがないサラリーマンの家庭で、大財閥のご令嬢や、由緒正しき道場の跡取りとか、元華族のお嬢様たちなんかと釣り合いが取れるはずがありません。
「そんなこと問題ではないわ。あなたには私たちの仲間に選ばれるだけの重要な資質を兼ね備えてるいるの」
「重要な資質？」
思わず身を乗り出して、私は聞き返しました。
「そう、一つは暴力や横暴に屈しない強い心の持ち主だということ」
「強い心の持ち主」
そりゃ、昔から結構気が強い方だとは自分でも思うけど……でも、どうしてそんなことが先輩に分かるの？今日、ついさっき会ったばかりなのに。
けれど、先輩は私の目を真っ直ぐ見据え、話を続けます。
「そして、もう一つ、私たちの仲間となるための最も重要な資質……それは」
ごくり！
緊張のあまり、私は生唾を飲みこみます。
先輩は私の中に、どんな重要な資質を見出したというのでしょう。
「あなたの洗濯板、もとい、あなたのその、まな板なみに真っ平らで凹凸のない、超ミニマムな胸よ！！」
「ええーーーー！！」
先輩の、あまりに……あまりにご無体な言葉に、私は一瞬気を失いかけてしまいました。
「な、な、な、な、何を言ってるんですか？そ、そ、そ、そ、そりゃ、私の胸は小さいですけど、一応Aカップはあるんですから」
ど、どーして、何で先輩が知ってるの？！
親友のフキコちゃんにだってバレたことないのに！
でも、先輩は、
「誤魔化さなくてもいいのよ。アミさん、あなたのその胸のささやかな膨らみが、あなたの血のにじむような苦労と努力の結晶だということは、私には分かっているわ」
と、全てお見通しとばかりに、私の嘘は完全に看破されていました。
ああ～、もう終わりです。
私はがくっと床にひざをつき、全てを告白しました。
「…………おっしゃるとうりです。私の胸は先輩が指摘なさったように、洗濯板どころか、まな板なみ、いえ、アイガー絶壁なみのぺったんこ胸です」
「アミさん」
そうなんです。
ホントは私の胸はぺったんこで、ブラなんか必要ないんです。
なのに見栄を張って、一番小さいサイズのブラを、なんとか工夫して着けているのが現状なのです。
「でも、どうしてそのことが選ばれる理由になるんですか？変じゃないですか！先輩も、生徒会長も、うちのクラスの東郷さんや島さんも、クリスタルの会の皆さんは、みんなすごい巨乳じゃないですか！どうしてわたしみたいな貧乳な子が選ばれるんですか？」
私は悲しみと恥ずかしさのあまり、思わず先輩に食ってかかりました。
でも、そんな私に先輩は慈愛の眼差しを向けて、
「それはね………私もあなたと同じだからよ」
と、不思議なことをおっしゃいました。
「え？」
私と同じ？
だって先輩はすごいナイスバディで、胸だってEカップはあるし……などと考えていたら、いきなり先輩は席から立ち上がり、着ているものを、あっという間に脱ぎ捨ててしまいました。
「ちょ、ちょっと！先輩何してるんですか！」
そして、全裸で、生まれたままの姿で私の前まで歩いてくるのです！
私は慌てて両手で目を塞ぎました。
「アミさん、目を開けてちょうだい」
先輩は私の目の前まで来て、そう言いました。
せ、先輩って、そういう趣味の人なの？
女子高にはそうい趣味の人が多いとは聞いたことがあるけど。
でも、私はノーマルなんですから！
こういうのは困るんです！
「やめて下さい。早く服を着て下さい！」
「いいから目を開けて。そして私を見てちょうだい！」
「せ、せめて下だけでも穿いて下さい！」
「いいわ………さあ、穿いたから、目を開けてちょうだい」
先輩の気迫に圧倒され、私は恐る恐る目を開けました。
そこにはショーツだけ身に着けた先輩の姿が。
でも、この時、私の頭の中に何かが走りました。
「あれ？」
そして、今朝のあの全裸の女の人を見た時と同じ違和感が過ぎったのです。
先輩の眩いばかりの美しい肉体には、
「どう、分かるかしら」
何かが、何かが欠けていたのです。
それは……。
「あーーー！！先輩、先輩の胸って、ち、ち、ち、ち〇びが！」
そうなんです！
先輩の完璧と呼べる美しい肉体には〇首がなかったのです！
そして、よくよく先輩の身体を見てみると、何か妙に綺麗すぎるというか、生身の人間とは思えない雰囲気があるのを感じました。
その時、私の頭の中に閃きが。
「先輩、もしかして先輩のこの身体って！」
「そう、この身体は人工のスーツ。私たちはZENRAスーツと呼んでいるわ」
そう言うと、先輩は手のひらを広げ、マニュキアを塗るようなポーズで、爪を指の先で撫でました。
次の瞬間、先輩の身体のスーツから空気が抜けて、首から下の皮膚がだらっと垂れ下がったのです。
「よ、溶〇人〇～～～～～～～！！」
私は先輩の身体のあまりのグロテスクな変わりように、大きな悲鳴を上げ、その場で意識を失ってしまいました。
「ごめんなさい。まさか気を失うなんて思わなかったから。気分の方はどうかしら？」
「はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」
あの後、気絶した私を先輩はソファーに寝かせ、看病してくれました。
私は先輩から手渡されたコップの水を少し飲んでから、
「じゃあ、今朝わたしを助けてくれたのは先輩だったんですね」
「ええ、なかなか気づいてくれないから、ちょっとヤキモキしたわ」
先輩はちょっと照れくさそうに微笑みました。
これで今朝からのモヤモヤがすっきりしました。
けれど、
「でも、何だってこんなスーツを着てるんですか？」
私は一番気にかかっていたことを尋ねました。
そうなんです。
何だってあんな格好をしてたのか、一番の謎はまだ解明されていません。
私の質問に先輩は一呼吸置いてから、
「それはね。私たちクリスタルの会のメンバーには、学園の生徒会の仕事以外の任務があるの。その任務にはこのスーツが絶対必要なのよ」
と、答えてくれました。
「任務？」
「そうよ。その任務とはこの学園で学ぶ生徒たちの自由と平和を脅かそうとする者たちから、彼女たちを守るという重要な任務なの。そしてその任務を執行するのが、私たちクリスタルの会のメンバーが属するもう一つのチーム」
ああ、やっぱりそうなんだ。
あそこで出会ったのは偶然じゃなかったんですね。
「その、もう一つのチームって何なんですか？」
私がそう言った直後、「蒼空の間」の入り口のドアが勢いよく開き、生徒会長の水野ハルコ先輩を先頭に、鳥凱先輩、斉藤先輩、東郷さん、島さんら、「クリスタルの会」の皆さんが全員その場に現れました。
そして、
「そこから先は私が説明しましょう！」
と、会長のよく通る声が部屋の中に響き渡った後、水野先輩は、私にとって、生涯忘れることのできない名前を口にされました。
「そのチームの名は、ZENRA軍団！」
「と、ゆーわけなんだけど、分かってもらえたかしら？」
水野会長は、これ以上ないというくらい爽やかな笑顔を私に向けて、そうおっしゃいました。
でも………。
「いえ………つーか、まだ何も説明してくれてないじゃないですか！」
そうなんです！
あんなに思わせぶりな登場をしておいて、いきなり話を終わらせちゃうんです。
これじゃあ、まるで「レイ〇ナー」のTV放送の時の最終回ですよ！
「え、そうだった？」
水野会長はまるで何事もなかったかのような顔をしています。
さすがにマズイと思ったのか、隣にいた鳥凱先輩がフォローを入れてきました。
「ごめんなさい。ハルコは、うちの会長はちょっと天才すぎるもので自分が理解してることは当然他の人も理解してるものだと………おぐっ！」
いきなり鳥凱先輩の顔面に、水野会長の鉄拳がヒット！
しかもグーですよ！
グーで殴ったんですよ！
「と、鳥凱先輩、は、鼻血がー！」
ハンカチ！ハンカチはどこだっけ！
ところが、私の狼狽ぶりとは裏腹に、「クリスタルの会」の皆さんはまったく気にかける様子がありません。
「エリナ！何度言えば分かるのかしら？「ZENRA軍団」のメンバーとして話してる時は、「キャップ」と呼びなさいといつも言ってるでしょ！」
「ず、ずびばせん。ぎゃ、ぎゃっぷ」
明らかに水野会長の方がやりすぎだと思うのですが、鳥凱先輩はひたすら謝り続けます。
けれど、水野会長の怒りは収まるどころか、もう完全にブチ切れ状態です。
「「ぎゃっぷ」じゃないでしょ！「キャップ」よ！「キャップ」！何度言えば分かるのかしら？このモノ覚えの悪い肉奴隷は！」
「ああ～～！申し訳わけございません！どうか、どうかお許し下さい、ご主人様！」
………何だか妙な雰囲気になってきました。
「「ご主人様」じゃない！「キャップ」よ！まったくいいかげんにしないと、あんたのこと優しく手取り足取り可愛がっちゃうわよ！」
「ああ～、それだけはお許し下さい。私、もう「キャップ」のお仕置きなしには生きてはいけませ～ん！」
ああ～、鳥凱先輩って、そういう趣味の人なんですね。
「ヤチヨ先輩、このままじゃ、キャップたち、あのまま明日の朝までやめませんよ」
なんだかイヤ～な予感がしてきたので、東郷さんと大河原先輩が話しているうちに退散しようとしたら、
「しかたないわね……あら？アミさん、何処に行くのかしら？」
思いっきりバレてしまいました。
「ぎく！いえ、あの～、そうそう！家のガスの元栓閉め忘れたみたいなので、今日はもう失礼しようかと………」
もう少しマシな言い訳はないのか！と、自分自身に突っ込みを入れてたら、
「まあまあ、そんなこと言わねーで、ほら座って、座って！」
今度は斉藤先輩に無理やり「蒼穹の間」の中に引きずり戻されてしまいました。
「ちょっと！斉藤先輩、どさくさにまぎれて胸をつかまないで下さい！」
「気にすんなよ！どーせ減るもんじゃないし！つーか、減るほどねーじゃん！」
「先輩！世の中には言っていいことと、悪いことがあるんですよ！」
とほほ、脱出失敗です。
それにしても斉藤先輩って、見かけとは裏腹にただのエロ親父なんですね。
「さてと………かいっ、もとい、「キャップ」は今、鳥凱先輩と取り込み中みたいなので、、私が説明することにします」
「は、はあ～」
もう説明なんかいいから、早く帰してもらえないですかね～。
そんな私の悩みなんか、まるで関係ないとばかりに、
「いや～、頼りになる後輩って、ホント、いいものよねー！それに比べて、この役立たずのメス豚ときたら！」
「ひぎー！ああ～、もっと、もっと、お仕置きをー！」
水野会長は鳥凱先輩と、ちょっと危ない大人のお遊戯に勤しんでいます。
「じゃあ、まず、あなたが一番聞きたいと思ってることから、話すことにしましょう」
えっ！いきなり直球勝負ですか！
少し気が緩んでいた私の身体に思わず力が入ります。
「そうね～、いきなりDカップのスーツじゃ目立つから、とりあえずCカップのスーツから始めましょうか」
「そーじゃなくて！」
せっかく真面目な雰囲気になってたのにー！
「アミさん、気持ちは分かるけど、いきなりアイガーからエベレストじゃ目立ちすぎるでしょ」
自分で言っておいて何ですが、アイガーは余計ですよ！
「そうですよ。まずはギアナ高地から、キリマンジャロへとステップアップしたほうが、自然だと思いますよ」
マリコさんも、お願いだから余計なフォローはしないで下さい！
「そうそう、育ち盛りなんだから、１年もすれば、エベレストも夢じゃねーから！」
ああ～、斉藤先輩まで………。
「わ、わたしの胸は、もはや山ですらないんですねー！………って、そーじゃなくて！私が聞きたいのは、どうしての皆さんがあんなことしてるかとゆーことです！」
よかった、ようやく本題に入ることができた。
すると、今までのふざけた雰囲気はなくなり、部屋の中の空気が一瞬にしてピンと張りつめたものに変わりました。
そして大河原先輩は、私の質問に真剣な口調で。
「アミさん、もはや日本の警察組織は機能してないことくらい、あなただって、知ってるでしょ。「自分の身は自分で守る」悲しいけど、それが今のこの国の現状よ」
「それはそうですけど………警備員を雇えばいいじゃないですか」
「もちろん警備の人も雇っているわ。でもね、学校の行き帰り、生徒が校外にいる時までは手が回らないのよ」
確かにそうかもしれません。
学園内ならともかく、登下校中の全学生をフォローするなんてまず無理な注文です。
「うちの学園の生徒の約半分は授業料免除の特待生よ。他の高校の学生の中には家から護衛つきのリムジンで登校してる人もいるけど、うちの生徒全員にそれを求めるのは無理でしょ」
私には返す言葉がありません。
今朝だって、大河原先輩が来てくれなかったら、どうなっていたことやら。
「そして、同じように全員が自分の身を守れるわけじゃないの。だから私たちが、「クリスタルの会」のメンバーが「ZENRA軍団」として、彼女たちを守らなければならないのよ」
「皆さんが正義の味方をやらなければならない理由は分かりました。でも、何だって、あんなスーツを着なくちゃならないんですか？」
そうですよ！
他のことはともかく、いくらなんでもあのZENRAスーツは異常です！
そしたら、鳥凱先輩とハードな大人のプレイに勤んでいた水野会長が、いつのまにか白衣を着込んでいて、
「それについては私が説明しよう！あの「ZENRAスーツ」を開発したのはこの私なんだからな！」
と、また私たちの話に割り込んできました。
「ホントですか？………でも、何で白衣を？」
私が不思議そうに白衣姿の水野会長を見ていたら、今まで一言もじゃべらなかった島さんが口を開きました。
「あのよー！水野の姉御って、MITを１２歳で卒業した、すげー、天才科学者なんだ………げふっ！」
今度は見事なボディブローでした。
「ヨシアキ！私が白衣を着てる時は何て呼ぶんだっけ？」
「ず、ずびばせん………「博士」……の姉御………げふっ！」
ああ、二度目のボディブロー。
島さんの胃液が美しいペルシャ絨毯に広がっていきます。
このペルシャ絨毯、すごく高いんだろうなー、などと考えていたら、懲りずに鳥凱先輩がまた余計なフォローを。
「そうなのよ！「キャップ」が開発したこの「ZENRAスーツ」は着ている人間の身体能力を飛躍的に向上させるだけでなく、防弾、防刃機能も備えていて………ひぎっ！」
バシ！バシ！バシ！バシ！
会長の目にも止まらぬビンタの応酬。
「「博士」でしょ！このメス豚が！何度間違えれば気が済むの！」
「すみません！すみません！すみません！」
「ごめんなさい「博士」は忙しいみたいだから、私が答えましょう。えーと、何だったかしら」
なんだかもう、鳥凱先輩は好きで虐められてるようなので、私も余計な突っ込みはやめときます。
それよりもっと大事なことが。
「だから、どーして、あんな肌色のスーツなんですか？！他の色をつければいいじゃないですか。赤、青、黄色って、五人揃えば、なんとかじゃー！って感じでヒーローっぽくなるし」
肌色だから問題なんです。
もっと派手な色をつければ、このくらいのお色気スーツ、漫画やアニメにいくらでもあります。
「アミさん、私たち「クリスタルの会」のメンバーは、学校にいる間、いつでも出動できるように、ずっとこのスーツを装着していないといけないの。腕や足に色がついていたら変でしょ」
え！じゃあトイレはどうしてるの？
いちいち全部脱ぐのでしょうか？
その場合、緊急事態の時はかなり危険ですよ！
「はあ～、さようですか」
う～ん、なかなか手ごわいな。
私は別の提案をすることにしました。
「じゃあ、出動の時、何か上に服を着れば」
「制服のままじゃ駄目でしょ。服を脱ぐだけなら、数秒もあれば十分だけど、着替えるなら、最低１分はかかるわ。一刻を争うという時に一秒たりとも時間は無駄にはできないのよ」
確かに………そのことは大河原先輩自身が私の目の前で証明してくれました。
「それに、もし服を着たまま戦ったら、服が汚れたり、破れたりするでしょ………そんなこと「もったいないの神様」が御許しにならないわ！」
はあ～？
もったいないの神様？
まさか先輩、本気で言ってるわけじゃありませんよね。
………けれど、先輩の目は真剣そのものです。
しかもマリコさんまで、
「そうです！さすがはヤチヨ先輩！森沢さん、日本には八百万の神様がおられますが、そもそも八百万の神様は、遥か１４万８千光年彼方の大マゼラン星雲から………」
ああ～、ダメだこの人たち。
やっぱり、上流階級の人たちの考えは、我々庶民とは相容れないものがあるようです。
私は身分の差というものをしみじみと感じました。
ここに来て、そろそろ２時間が経とうとしています。
今までに色々なことが分かりました。
水野会長は１２歳でMITを卒業した天才で、「ZENRA軍団」を組織し、「ZENRAスーツ」を発明したのは会長だということ………だけどドSだとか。
鳥凱先輩は大手外食チェーンの「ファースト・チキン」グループの社長令嬢で、水野会長とはこの学園の中等部からの親友だということ………だけどドMだとか。
その他、
斉藤先輩は一見男装の令嬢で、学園一のアイドルだけど、実はセクハラ大魔王だとか。
東郷さんは優しくて、礼儀正しいお嬢様だけど、かなり電波な思考回路の持ち主だとか。
島さんは………ただのバカだとか。
そして、大河原先輩は、美人で、頭も良くて、非のうちどころのない完璧な人で、この学園と私たち生徒を心から愛しているということ………だけど、羞恥心ということに関しては私たち庶民と違う価値観を持っていることとか。
本当に色々なことが分かりました………できれば知らなければよかったと思うことが多いですが。
「お話はよく分かりました」
もういいでしょう。
私の結論はとっくに出ているんだから。
「大河原先輩、先輩が今朝、私を助けてくれたことには本当に感謝していますし、皆さんの「ZENRA軍団」の活動が、私たち学園の生徒を守るためだということも、よく理解できました。でも、申し訳ありませんが、やっぱり私には無理です。できません」
私は素直に、今の自分の気持ちを伝えました。
「それは「ZENRAスーツ」を着るのが恥ずかしいってことかしら？」
先輩は優しく、私にそう尋ねるました。
「確かにそれもありますが、そもそも私みたいな普通の女の子に正義の味方なんて勤まるわけがありません」
そう、私は平凡な人間で、先輩たちや、死んだお姉ちゃんとは違うんです。
「私は本当に何の取り柄もない人間で、皆さんみたいに選ばれた人間じゃないんです」
大河原先輩は目をつぶったまま、何も言いません。
思い余って東郷さんが、
「森沢さん！私だって、最初は自分にできるのか相当悩みました。でも、決して森沢さんに無理なんてことないと思います！」
と、何とか私を引きとめようと説得を試みましたが、大河原先輩の声がそれを遮りました。
「もういいわ、マリコ」
「ヤチヨ先輩」
「ごめんなさい、あなたの気持ちはよく分かりました。残念だけどしょうがないわ。あなたのことは飽きらめましょう」
「すみません。ご期待にそえなくて」
私は心の中で何度も繰り返しました。
本当にすみません………でも。
でも、先輩！
私、まだ１６歳なんですよ！
全裸で、全裸に見える格好で街中を走り回るなんて、できるわけないじゃないですか！
いくら目的が正しいとはいえ、人生諦めていい年齢じゃないんです！
その時、「蒼穹の間」に非常ベルが鳴り響きました。
えっ？
どうしたの？
まさか火事？
けれど、他の皆さんの様子から、そうでないことは直ぐに分かりました。
一番最初に反応したのは会長の水野先輩でした。
壁の本棚に歩み寄り、水野会長がその中の一冊の本を半分ほど引き出すと、壁の本棚が横にずれていくじゃありませんか。
そして、その中には隠し部屋があって、まるでその部屋は、SF映画や特撮ヒーローものに出てくる作戦司令室そのもの……とゆーか、この部屋、でっかいメーターだらけで、まるでヤ〇トかア〇カデ〇ア号の艦橋じゃないですか！
「どうしたの？エリナ、報告して！」
司令室の中央の席に腰を下ろした水野会長は鳥凱先輩にそう言いました。
「駅前商店街西口の６５番カメラにうちの生徒の反応が」
鳥凱先輩も、自分の席につき、机の上のパソコンを操作すると、正面の大型モニターに何十という防犯カメラの映像が同時に映し出されました。
「６５番の映像を回して」
水野会長がそう言うと、大型モニターの映像が一つになりました。
その映像は上から商店街を映していて、うちの学生らしき少女が路地裏に入っていくところが映し出されていました。
「裏道りに入って行くみたいだけど、カメラをズームアップして」
カメラの映像がズームアップ。
ああ、なんてことでしょう！
「フキコちゃん！」
その少女はまぎれもなく、私の親友のフキコちゃんじゃありませんか！
「あなたの知り合い？」
「はい、小学校からの友達で、クラスメートなんです」
大河原先輩や斉藤先輩たちも、各々の席に着き、モニターを見ています。
「でも、何だってあの娘、こんな時間に裏通りなんか」
大河原先輩の言葉に私は、
「多分、私のせいです」
と、震えながら、か細い声で、そう答えました。
「それにしても、今日は授業ないのに何で教科書持ってきたの？」
大河原先輩と出会う少し前、下駄箱に向かう途中、廊下を歩きながら、フキコちゃんと私は今朝のことを話していました。
「ほら、うちのお姉ちゃん、卒業できなかったでしょ。だからお姉ちゃんの教科書を持って、入学式に出れば、またお姉ちゃんも高校生を一からやり直せるかなーと思って」
高校二年生の時、姉は交通事故で亡くなりました。
「……アミ」
私はもう一度姉と学園生活を送りたかったのです。
だから今日授業がないのに教科書を。
「でも、本当に良かった。お姉ちゃんの教科書が無事で………あれ、変だな、日本史の教科書がないよ！」
鞄の中を何度も見ましたが、やはりお姉ちゃん日本史の教科書はありません。
「家に置いてきたんじゃないの？」
「ううん、ちゃんと出かける時に確認したから。どうしよう、やっぱりないよ」
「じゃあ、今朝の騒ぎの時、トンネルに置き忘れてたのかも………どうする？取りに戻る？」
フキコちゃんが鎮痛な面持ちで尋ねてきました。
そう、あの教科書は私の命の次に大切なもの。
でも………。
「………ううん、やめとく。悔しいけど、今朝助けてくれた女の人と約束したし。それに多分あそこにはもうないよ」
「でも、どうするの日本史の授業。教科書なしというわけにはいかないでしょ」
「近所の本屋のおじさんに頼んで、なんとか月賦で売ってもらうから。頭金は貯金とお年玉をはたけばなんとかなると思うし」
「………」
「なるほどね。それで蔦谷さんはあのトンネルまであなたの教科書を取りに行ったわけね」
大河原先輩は、茫然自失としている私にそう言いました。
間違いない。
フキコちゃんは、私の教科書を探しに行ったんだ。
「でも、フキコちゃんは中等部からここに通ってますから、自分は大丈夫だって」
「そういう娘の方がかえって危ないんだよ。海とか山だって初心者より、生半可に経験のあるやつの方が遭難するしな」
さっきまでとは同じ人とは思えないような厳しい表情で、斉藤先輩がそう言いました。
「マズイわね。昼間でさえ危険だっていうのに、こんな夕暮れ時に行くなんて。あの辺は最近特に治安が悪いのよ」
鳥凱先輩の言葉からも、今のフキコちゃんがかなり危険な状態だと分かります。
どうしよう、もしもフキコちゃんに何かあったら！
「キャップ！すぐに出動命令を！」
大河原先輩が水野会長に詰め寄ります。
「ちょっと待ちなさい。ヤチヨ忘れたの？今日は月に一度の「ZENRAスーツ」のメンテナンスの日だってこと」
「あっ！」
「今、使用できるのは、あなたが着ているスーツと、予備のもう一着だけよ」
ああ、何てことでしょう。
不運な時には不運が重なるのでしょうか。
しかし、大河原先輩は、
「とりあえず、私と……ヨシアキ、あなたが一緒に来てちょうだい！いいですね？キャップ」
と、まるでこの想定外のアクシデントにも、微塵も決断の揺るぎを感じさせません。
「いいわ。ヨシアキ、準備しなさい！」
「OK！キャップの姉御！」
一瞬、水野会長の顔に、島さんに対する殺意が見て取れましたが、非常事態のせいでしょうか、水野会長はぐっと怒りを堪え、そのまま他のメンバーに指示を与え続けました。
「あとの皆は、急いで自分のスーツのメンテナンスを終わらせるのよ！」
「了解！」
私は一人、何もできず、その場に立ち尽くしていました。
このままじゃ……。
このままじゃダメなんだ！
「待って下さい！お願いです、私も、私も連れてって下さい！」
大河原先輩の腕をつかみながら、私はそう懇願しました。
「フキコちゃんが、あそこに行ったのは私のせいなんです。だから、私も一緒に！」
でも、大河原先輩は、そんな私に、
「ダメよ」
と、ただ一言、キッパリ言い放ちました。
「大河原先輩！」
「鳥凱先輩も言ったでしょ。森沢さん、あそこはとても危険なところなの。そんなところにあなたを連れて行くわけには行かないわ」
「そ、そんな」
そんなこと分かってます。
けど、ここでただ待ってるなんて、私にはできません。
「……でも、あなたが、どうしても、私と一緒に行きたいというのなら、この「ZENRAスーツ」を着なさい！」
そう言って、先輩は予備のZENRAスーツを目の前の机の上に置きました。
えっーーーーー？！
これを……「ZENRAスーツ」を着る？
それって、全裸で街中に出るのと同じことじゃないですかー！！
「そうすれば一緒に連れてってあげるわ。どう、あなたにその覚悟があって？」
なっ、なんてハードな条件でしょう。
これじゃあ、まるで羞恥プレイじゃないですか！
あっ、いえ、誤解しないで下さい！決して羞恥プレイなんか経験ありませんから！
ホントですよ！
せいぜい小学校の水泳の授業の時、家から下着を持たずに水着を着て行き、水泳の授業の後、家に帰るまでノーパンで過ごしたことがある程度で………って、今はこんなことお話してる場合じゃないですよね！
こんな感じで、私が一人で悶々としていたら、
「無茶です！ヤチヨ先輩、このスーツを着るには最低二週間の訓練が！」
「そーっすよ！俺らだって、慣れるのにかなりの時間が」
と、東郷さんと島さんの二人が私を心配し、そう言ってくれました。
でも、
「マリコ、ヨシアキ、あなたたちは黙ってて！どうなの？アミさん、「普通の女の子」のあなたに、それができて？」
「………」
わたしは………わたしは一体どうすれば。
けど、迷ってるヒマはありません！
「大河原先輩！」
やっぱり私には、フキコちゃんのピンチを、このまま黙って見てることなんかできません。
私は顔を真っ赤にして、そして部屋中に響き渡るほどの大声で叫びました。
「着ます！……わたし、その「ZENRAスーツ」を着ます！」
今は恥ずかしいなんて、言ってる場合じゃありません！
こうなったらZENRAスーツでも、何でも着てやろうじゃないですか！！
「だから先輩、わたしを一緒に連れてって下さい！」
「こちら７号車、パトロール終了、これより署に戻ります。どうぞ」
新人警察官Nは、パトカーでの一日のパトロールを終え、定刻どうりに本部に定時連絡を入れた。
「こちら本部。東地区三丁目の路上で、ひったくり発生との通報、サービスオプションなし。時間外勤務になるので、向かうかどうかは、そちらの判断にまかせる。どうぞ」
時間外勤務か。
Nは腕時計で時間を確かめる。
確かに今から現場に急行したとしても、勤務時間内に到着するのは無理だな。
Nは隣の助手席で競馬新聞を読んでいる先輩警察官のRのほうを、チラッとうかがい、
「了解、決定しだい、本部に連絡を入れる。交信終了」
と、言って無線を切った。
「どうします？先輩」
「決まってんだろ、無視だよ！無視！安月給で、時間外手当もなしにやってられっかよ」
Rは競馬新聞を後ろのシートに放り投げると、大あくびをしながらそう答えた。
「ですよね」
最初から聞くだけ無駄だった。
日本の警察官が世界一、真面目で優秀と言われた時代は遥か昔。
警察も経費削減のため民営化され、大部分の警官が非正規雇用である現在、無償で市民に奉仕しようなどと考える者などいるはずがない。
「だいたい、あの辺の下町の連中は、ろくに税金だって納めてねーし、そんな連中のために何で俺らが、危ない目を見なくちゃならないんだっつーの」
「そんなにあの辺、やばいんすか？」
「ああ、昔はそうでもなかったんだが、最近あの辺を仕切る『青空教室族』のリーダーが代わってな。それ以来、うちの署の警官であの界隈に行く、命知らずはいねーよ」
「青空教室族」とは本来、学校教育を受けられない学生たちが、公園などに集まり、自主的に行っていた学集会だったのだが、今では良からぬ連中の集まりの総称となっている。
「新しいリーダーって、どんな奴なんですか？」
「俺も詳しくは知らねーが、通り名は『デューク』。身長が２メートル近くある黒人の大男で、キレるとなにするか分からない、相当危ない奴らしい」
「………」
「丘の上公園を根城にしていて、何でも自分に逆らった手下は木に吊るして、身の毛もよだつような恐ろしい拷問にかけるって話だ」
「ご、拷問？」
「ああ、それこそ死んだほうがマシってゆーくらいの、凄まじい拷問だって話だぜ。とにかくそんな連中となんか関わりたくもねーや」
R先輩の言うとうりだ。
せっかく親のコネで、非正規とはいえ、警察官になれたんだ。
今の時代、警官はかなり美味しい職業といえる、安月給とはいえ、ちょっと犯罪に目をつぶれば、結構臨時収入もあるし。
わざわざ、危険を冒してまで、正義の味方ヅラしたってイイことなんかない。
「そ、そうですよね、命あっての物だねですしね」
「ああ、さっさと帰って、冷えたビールでも飲んで寝るにかぎるさ」
「じゃあ、帰還すると本部に連絡しときますね、ところで先輩、先輩は最近この辺りに出没する『全裸ライダー』の話って聞いたことありますか？」
Nは無線機を手に取ると、昨夜友人から聞いた、最近ちょっと街を騒がせてる「与太話」を口にした。
「ん？なんだよ、そりゃ。新手の変質者か何かか？」
「いえ、僕も詳しくは知らないんですけど、何でもフルマスクのヘルメットだけ被った若い全裸の女が、バイクに乗って、夜な夜なこの街で目撃されてるって話なんですけど」
「はあー、なんだよ、そりゃ。都市伝説の類だろ」
「いえ、どうやら本当らしいですよ。僕のダチも見たって言ってましたし」
「そりゃー、オマエ、からかわれたんだよ。第一そんな奴、本当にいたら、毎日パトロールしてる俺たちが、見てないなんてことねーだろうが」
「そりゃ、そうですよね」
別に僕だって、本気にしてるわけじゃないし。
それじゃあ、さっさと引き上げるとするか。
無線機のスイッチを入れた時、Nは助手席のRが前方を凝視してるのに気づいた。
この人とコンビを組んで１年近く経つが、こんな真剣な表情初めて見た。
「先輩？」
「で、出たぁーーーーー！！」
「はずかしいーーーーーーー！！」
私、森沢アミは、全裸……ではなく、ZENRAスーツを身にまとい、大河原先輩のバイクの後部座席に座り、先輩に必死でしがみつきながら大声で叫び続けています。
「はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしい！はずかしいーーーー！」
私の悲痛に満ちた叫び声は、全裸（に見える）の若い女の子がバイクに二人乗りしてるという異様な光景とあいまって、よけい通行人の注意を集める結果となっています。
「森沢さん、しかっりつかまっててね！」
「言われなくても、死んでも放しませんから！」
いくら、フルフェイスのヘルメットをしてるとはいえ、衆人環視のもと、こんなところで降ろされたら、もう舌を噛んで死ぬしかありません！
先輩が操る７５０CCの大型バイクは、大道りの車の列をぬうようにして、猛スピードで走り抜けていきます。
覚悟してたといえ、通行人が皆、唖然とした表情で振り返るのを見ると、やはり自分の決断が間違っていたのではないかと思ってしまいます。
「ああ～！やっぱり、こんなスーツ着るんじゃなかったー！」
「着ます！だから私を連れてって下さい！」
大河原先輩に私は、そう答えました。
先輩は満足気に微笑み、
「あなたなら、そう言うと思ったわ」
と仰いました。
………う～ん、何だか上手く乗せられた気もするけど、もう後には引けません！
私は制服を脱ぎ、水野先輩の指示どうり、ZENRAスーツを着用しました。
「会長、この胸って」
「そう、このスーツの構造上、制御装置はすべて胸部に設置されているの。だから、私たちのような貧、こほん、微乳の娘しかこのスーツを着用できないのよ」
着る時に気づいたわけですが、そりゃそうですよね。
他の部分は、ビニールみたいに薄いわけですから。
スーツを着用し終わると、司令室の外にいた皆さんが入ってきて、
「いやー、思ってたより似合うじゃん！」
「ホント、森沢さん、今日からギアナからキリマンジャロにレベルアップですよ」
「でも、まだまだエベレストへの道は遠いみたいね」
「え、なに、これから山登りするのかよ？じゃあ、弁当と、なあ、バナナっておやつ？それともデザート？」
「ヨシアキ、いいから、あなたは黙ってなさい」
などと、失礼（一人だけトンチンカンな）にもほどがある感想を述べてくれました。
「もう！今日だけですから！こんなスーツ金輪際着ることなんかありません！」
と、私は少々キレ気味に答えました。
………で、
「ああ～～～～～～！！みんながーーー！あたしをーーー！あたしを見てるーーー！もう、お嫁に行けませーーーーーーーん！！」
と、今現在に至るわけです。
「大丈夫！結婚だけが女の幸せじゃないから。これからの女性はもっと自分を社会にアピールして色々なことにチャレンジしなければいけないのよ！」
先輩！何でそんなにポジティブに考えられるんですか！
「チャレンジしすぎですよ！こんなチャレンジ、乙女として自殺行為ですよ！」
「恥ずかしいと思うから恥ずかしいのよ！自分の行動に恥ずべき事がなければ、例えどんな風に人から見られたって気にする必要なんかないわ」
確かに正論ですけど、ものには限度ってことが………あーーー！！
「先輩、ま、前にパトカーが！」
私たちの進行方向に一台のパトカーが止まっていて、中から出てきた警官が両手を広げて、止まるよう叫んでいます。
「どうするんですか？」
「しょうがないわね。森沢さん、強行突破するからしっかりつかまってて！」
「は、はい！」
私は先輩の身体におもいっきりしがみつきました。
「いくわよ！」
先輩がハンドルに付いているスイッチを押すと、バイクの後部両側についている小型のターボジェットが火を噴き、パトカーの手前でジャンプしました。
「うそーーーー！！」
そして、パトカーを軽々と飛び越し、１００メートルぐらい先の道路に着地しました。
「し、死ぬかと思った」
これじゃあ、まるでメ〇フォ〇スに出てくるトンデモバイクですよ！
「さあ、このまま一気に加速するわよ」
先輩は、嬉々としてスロットルを絞り、私たちは文字どうり、風のようにその場から走り去りました。
「ああ～、もう堪忍してくださいーーー！」
「ここで間違いないわね」
「はい」
私たちが、今朝のトンネルに着いたころには、陽が傾き、辺りはかなり暗くまっていました。
バイクから降りて、トンネルに入ってみましたが、人のいる気配はありません。
「………フキコちゃん」
「ここには居ないみたいね。途中で引き返したか、あるいは」
その時、トンネルの入り口から差し込む僅かな夕日に照らされて、私の目に何かが映りました。
「あ、先輩、あそこを見て下さい！」
トンネルの壁に何か文字が書かれています。
大河原先輩がバイクのライトで照らすと、
『メガネの小娘は預かった。返してほしければ、丘の上公園までこい』と、スプレーで書かれていました。
そして地面には、フキコちゃんのメガネが。
ああー、どうしよう！
恐れていた事が現実になってしまいました。
「やっかいなことになったわね。森沢さん、あなたはここで降りて「キャップ」達が来るまでどこかに隠れて………」
「嫌です！わたしも行きます。何を言っても無駄ですから。もう決めたんです」
先輩が私の身を心配してくれるのは嬉しいのですが、ここでやめたら、私、一生後悔するに決まってます。
「わかったわ。でも、これからは私の指示に必ず従うこと。いいわね」
「分かりました」
「じゃあ、行きましょうか」
そして、先輩と私はバイクにまたがり、丘の上公園に向かい、その場を後にしました。
「先輩ここって？」
私たちが、目的地に着く頃には、完全に陽は沈み、辺りは完全に真っ暗になっていました。
「昔は児童公園だったんだけど、結構広いんで、見てのとうり、今は廃車置き場になっているわ」
壊れかけた常夜灯の光に照らされて、公園内に所狭しと放置された廃車が薄気味悪く感じられます。
その時、暗闇の中から声が。
「よく逃げずに来たな。その度胸だけは誉めてやるぜ」
そして、身長が２メートルはあろうかという、スキンヘッドの黒人の大男が私たちの前に現れました。
「俺様はデューク。この街の夜の支配者だ」
うわー、何なのこいつ！
超LLサイズの長ラン（間違いなく特注品）をコートのように羽織り、サングラスに顎ひげ顔って、どう見ても未成年じゃないよ！
しかも指輪やらネックレスやら、身体中光ものだらけで、歩く宝石店か、あんたは！
ん？よく見れば、袖から白い腕が覗いてるじゃない！
こらハゲ！何が「デューク」だ！あんた日焼けサロンで焼いた、ただのデカぶつ日本人だろ！
あんたなんか「ハゲ公爵」で十分よ！
………何てこと、とても怖くて言えません。
「おい、いいぞ、テメーら、出て来い！」
次の瞬間、公園内の各所のライトが一斉につき、５０人くらいのモヒカン頭の手下が現れました。
彼らの手にはチェーンやナイフや釘バットが。
そして、中には拳銃や散弾銃を持つ者もいます。
「手下から話は聞いたぜ。ふーん、噂どうり、ホントにスッポンポンとはな。卑猥を通りこして、逆に潔いいってもんだ」
ハゲ公爵は、そう言いながら、興味深そうに私たちを見ています。
うわ～、やめてよ！見られただけで妊娠しちゃいそう。
「お世辞は結構。それより、この娘はどこ？」
大河原先輩は、ハゲ公爵にフキコちゃんのメガネを見せつけました。
「心配するなって、ほら、そこにいるだろ」
公園の中央に立つ一本の木を指差さすハゲ公爵。
そこには、後ろ手を縛られたまま木から吊るされているフキコちゃんの姿が。
「フキコちゃん！」
どうやら気を失っているようで、私の声に何の反応もありません。
「早く、その娘を自由になさい！」
今まで聞いたことのないような険しい声で、先輩がそう言うと、
「そうだな～、オマエさんの態度しだいで、考えてやらなくもないさ」
と、ハゲ公爵はニヤニヤしながら、意地悪く答えました。
「何が望み？」
「まずはテメーのハジキをこっちに渡してもらおうか」
先輩はホルスターから拳銃をぬき、ハゲ公爵の足元に投げました。
「素直で結構。さてと、じゃあ、次に俺の手下どもを可愛がってくれたオトシマエをつけてもらわないとな」
先輩の拳銃を拾い、ゆっくりと私たちの方に歩いくるハゲ公爵。
こら、変なことしたら、舌噛んで死ぬからね！
でも、ハゲ公爵のやつ、私なんかまるで眼中になく、
「それじゃあ、まずはお顔を拝見とするか」
と、先輩のヘルメットに手をかけました。
「先輩！」
「大丈夫よ。心配しないで」
そして、強引にヘルメットを脱がしました。
ああー！どうしよう。先輩の正体がバレちゃう！
けれど………。
「ふん、メットの下にグラサンとはな。まあいい。楽しみは最後に取っておくことにしようじゃねーか」
そうなんです。先輩はヘルメットの下にサングラス（ター〇ネー〇ータイプの）を掛けていたのです。
ああ～、良かった。
でもまだ私たちがピンチなのは変わりありません。
お願いです！水野会長、早く来てください！
「私のことは煮るなり焼くなり好きにしなさい。ただし、あの娘と人質の娘には手を出さないで」
そう言うと、大河原先輩は一人、連中の群れの中に入っていきました。
「いーだろ。ふふふ、気の強い女は好みだぜ。それじゃ、遠慮なく楽しませてもらおうか」
ど、どうしよう！
先輩がいくら強いからって、丸腰で、この人数相手に勝ち目はありません。
そんな先輩に、ハゲ公爵は、
「そ～だな～、まずは土下座でもしてもらおうか」
と、あまりにも非情な命令を下しました。
「心からの謝罪つてやつを見せてもらおうじゃねーか」
な、何という外道なんでしょう！
女の子に土下座させるなんて、酷すぎます！
先輩の身体が怒りで、震えているのが、離れているここからでも、私には分かりました。
「やめて下さい！私が、私があやまりますから！」
思わず、私は叫びました。
「テメーは引っこんでろ！おら、さっさとやらねーと、あのガキがど－なっても知らねーぞ！」
ハゲ公爵は木から吊るされた フキコちゃんを指差しました。
く、くそー、卑怯者めー！
「………」
先輩は地面にひざまづき、無言で深々土下座しました。
「頭が高いっーつの！」
ドカ！
ああーー！！
ハゲ公爵のやつ、先輩の後頭部を踏みつけました！
「ほら、謝罪の言葉はどうした？」
「………今朝は、大変申し訳ありませんでした」
先輩のか細い、そして必死に屈辱に耐える声が聞こえて来ました。
「ああ～、聞こえんな～」
バキ！
今度は、おもいっきり後頭部を踏みつけました！
先輩の顔面が地面に激突！
「もう、やめて！」
私の叫びを無視して、ハゲ公爵のやつ、先輩の後頭部を踏み続けます。
「ちゃんと、誠意を見せてくれね～とな」
ニヤつきながら、先輩の後頭部から足をどかすハゲ公爵。
ゆっくり顔を上げる大河原先輩。
サングラスの端が割れて、額から血が流れ出ています。
そして、割れたサングラスの隙間から見える先輩の瞳には、はっきりと怒りの炎が。
しかし、先輩はそんな心の内をおくびにも出さず、
「今朝は、あなたのお仲間に大変失礼なことをして、申し訳ありませんでした。心から反省しています。どうか許してください」
と、謝罪しながら、再度深々と頭を地面スレスレまで下げました。
「そーだよ。最初から素直にそーしてればいいんだよ！」
「もう気が済んだでしょ。先輩を許してあげて！」
もう我慢できません！
私は泣きながら、ハゲ公爵に詰寄りました。
大河原先輩が辱めを受ける必要なんてないんです！
悪いのは私なんです、だから先輩の代わりに私を！
「俺は優しい男だからな～、この変で勘弁してやってもいいんだが、俺っちの手下どもがな」
「卑怯者！最初っから、許す気なんて、なかったくせに！」
私がそう言うと、ハゲ公爵は私を地面に突き飛ばしました。
「うるせー！さーてと、どう、料理してやろうか」
「ボス、久々に例のやつ、いきますか！」
手下の一人が、嫌らしい笑みを浮かべながら、そう言いました。
「そーだな、そうするか。アレもしばらくやってねーしな」
「アレって、先輩をどーする気よ！」
私は地面から立ち上りながら、叫びました。
「へ、へ、へ、決まってんじゃねーか。こんないい女で、やるチャンスなんかめったにねーし」
ハゲ公爵のやつの言葉から、私の脳裏には、女性が受ける最悪の虐待のイメージが映し出されました。
まさか………そんな、そんな！
「おい、テメーら！『人間黒板』の時間だーーー！！」
「おおーー！！」
………はい？
「ボス、今日は何の授業にします？」
「そうだな～、せっかく日本史の教科書が手に入ったことだし、今日は日本史の年号暗記でいくか！」
「おおーーー！！」
ああ～、こいつらって。
「あ、ボス、『１１９２作ろう鎌倉幕府』は俺っちに書かして下さい！」
「じゃあ、俺は、『坊さん７９４平安京』を！」
やっぱり、筋金入りの大馬鹿野郎なんですね。
高校の勉強より、むしろ小学一年生の勉強からやり直したほうが………って、今はそんなことを考えてる場合じゃありません！
先輩の身体を黒板代わりに使うなんて、どんなレベルの変態なんですか！
でも、どうしよう。このままじゃ先輩が………。
「ふざけんな！『１１９２作ろう鎌倉幕府』も『坊さん７９４平安京』も俺様が書くに決まってるだろーが！テメーらは俺様の後だ！おい、こいつを木に吊るせ！」
ハゲ公爵のやつ、先輩を立たせ、両手に縄をかけました。
「ふふふ、さ～てと、手始めに『１１９２作ろう鎌倉幕府』を、どこに書いてやるかな」
いやらしい手つきで、油性マジックを先輩の身体に近づけるハゲ公爵。
「油性だからな。風呂に入ったくらいじゃ、落ちねーぞ。しばらくは外も歩けない身体にしてやる。くっくっくっ、俺たちに逆らったことを後悔しやがれ！」
ああ～、このままじゃ、先輩が、先輩が汚される！
ところが、大河原先輩は、怯えるどころか、
「………そうね、その年号、私が、あなたの墓石に刻んであげるわ」
と、ハゲ公爵のやつに、はき捨てるように言い放ちました。
「ああ～、なんの冗談だ？」
次の瞬間、超大型のデコトラが公園の中に突入してきました。
「ひいーーーー！！」
廃車を蹴散らして、公園の中を走り回るデコトラ。
ハゲ公爵と手下のモヒカンたちは、たちまちパニック状態です。
「テメ－ら、いいから落ちつけ！」
大声で、手下どもを怒鳴りつけるハゲ公爵。
私も慌てて、近くの廃車の陰に隠れました。
「何なのよ！あのデコトラ！」
そうこうしている内に、ようやくそのデコトラは公園の中央で停車しました。
ああ～、それにしても、今時こんなキンキラキンのド派手なデコトラが存在するとは驚きです。
トレーラーの横には竜と虎の絵まで書いてあるんですから。
まったく、持主の美意識とお頭の中身を疑いたくなるほどの代物です。
「くそー、なんだ、このデコトラは？おい、オマエ。運転手を引きずり出せ！」
ハゲ公爵に命令された手下の一人が運転席にノブに手をかけました。
「おい、ふざけた真似しやがって、さっさと降りて……ぎゃーーー！！」
なんと、運転席のノブに高圧電流が流れ、手下のモヒカンは白目をむいて、ぶっ倒れてしまいました。
唖然とするハゲ公爵と手下のモヒカンたち。
いったい何が起こっているの?
次の瞬間、デコトラの上部に取り付けられた外部スピーカーから、私のよく知る人の声が聞こえてきました。
「遅れてごめんなさい。メンテに手間取っちゃってね」
それは、水野会長の声でした。
「会長！」
ああ～、やっぱり、やっぱり来てくれたんですね！
そして、
「『キャップ』と呼ばなきゃ駄目でしょ。新人ちゃん」
「そうそう俺なんか何度そのせいでお仕置きされたか」
「でも、今、お仕置きが必要な人たちは」
「ここにいる糞虫どもだぜ！」
と、懐かしくも、頼もしい四人の声が！
何が起こったか、まるで理解できていないハゲ公爵と手下のモヒカンどもを尻目に、水野会長の声が、まるで試合開始のゴングのように、夜の公園に響き渡ります。
「さあ！派手にいくわよ！！」
水野会長の掛け声の共に、デコトラのトレーラーの後部ハッチが開き、中からけたたましいエンジン音が鳴り響き、４台のバイクとそれにまたがる四人の戦姫が飛び出してきました。
「ZENRA軍団見参！！！！」
「派手にいくわよ！」
水野会長の掛け声と共に、デコトラ（正式名称はスーパー・ランドマスター号だそうです）のトレーラー後部ハッチから、生徒会の皆さんが乗った四台のバイクが飛び出してきました。
メンバー全員がZENRAスーツにガンベルト姿、ノーヘルで、大河原先輩と同じサングラス、グローブ、ロングブーツを着用しています。
そして、すぐさまハゲ公爵の手下たちと対峙する陣形にバイクを配置しました。
敵は５０人以上、こちらは５人（とりあえず私と水野会長は、除いて）数で考えれば圧倒的に不利なのは一目瞭然です。
いくらなんでも無茶なんじゃ、私の脳裏に不安な影が横切ります。
「くそアマどもが！テメーら、このキ〇ガイ痴女どもをぶっ殺せー！」
大声で、手下たちに命令するハゲ公爵。
その途端、ハゲの傍にいた手下のモヒカンたちが、祭りの射的の景品のように次々と後ろに吹き飛ばされました。
「おら、おら、どうした！もっと気合いれろよ！じゃないと、月まで吹き飛ばすぞ！」
ヨシアキさんのバイクはサイドカーで、横にバルカン機関砲が取り付けられていて、そのバルカン砲が一分間に１０００発という凄まじい数の弾丸を公園中のモヒカンどもにバラ撒いています。
「ひーーー！なんだこりゃー！」
公園の廃車の陰に、必死に逃げこむモヒカンたち。
連中ははただ、弾丸の嵐から身を守るのに精一杯です。
文字どうり、弾丸の嵐が私の目の前で吹き荒れています。
私は呆然として、そのこの世のものとは思えない、凄まじい光景に目を奪われていました。
「す、すごい！」
「火力こそ正義！火力があれば天下泰平！火力はみんなのお友達！わかったか！クソ虫野郎どもが！」
と、興奮して大声で叫ぶヨシアキさん。
多分自分が何を言ってるかまったく理解できてないでしょう。
その時、廃車の山の上で動く人影が目に入りました。
よく目を凝らして見ると、手下のモヒカンの一人の狙撃手がライフルを構えて、ヨシアキさんのこと狙っています。
私は、大声で叫びました。
「危ない！逃げてヨシアキさん！」
私の声に反応して振り返るヨシアキさん。
ダメ！間に合わない！
しかし、次の瞬間、狙撃手の隠れていた廃車が大爆発しました。
「え？」
「隠れてこそこそしやがって、ゴキブリかよ！」
それは、斉藤先輩のバイクのハンドル中央に取り付けられた対戦車ライフルから発射された弾が命中し、爆発したものでした。
「サンキュー！レイの姉御！」
ヨシアキさんの声にウインクで応える斉藤先輩。
そして、二発目を発射。
狙撃手の隠れていた廃車は跡形もなく吹き飛ぶました。
「特製の炸裂鉄鋼弾だ。どーだ気に入ったか！」
顔を真っ赤にして悔しがるハゲ公爵。
「くそー、てめーら、バイクに接近しろ！近づけばやつらの武器は使えない！」
バットや棍棒で武装した手下が６人、鳥凱先輩のバイクを取り囲むみました。
「覚悟しやがれ！叩きのめしてやる！」
ああ、どうしよう！
あんな近くじゃ、逃げることもできない。
ところが、
「まあ怖い、そんなに熱くならないでよ」
と、鳥凱先輩が言うやいなや、
「ぎゃー！なんだこりゃー！」
鳥凱先輩のバイクの胴体に取り付けられた火炎放射器から四方に火炎が放射されました。
「熱ちー、熱ちーーー！！」
身体に火がつき、慌てて地面を転がるモヒカンたち。
「あら、ごめんあそばせ。ハートに火を点けちゃったかしら？」
と、冷酷な笑みを浮かべる鳥凱先輩に思わず、私も身震いしました。
「冗談じゃねー！逃げろー！こんなキ〇ガイ連中相手にしてたら命がいくつあっても足らねーぞ！」
もはや、勝ち目がないと悟ったのか、われ先にと手下のモヒカンたちは武器を捨てて逃げ出し始めました。
しかし、ZENRA軍団は甘くありません。
必死に逃げるモヒカンたちの頭の上から何かが落ちてくる甲高い音が！
「？」
次の瞬間、彼らのいた場所に猛烈な火柱が立ちました。
「ぎゃーーー！！」
ハタキで、叩かれた埃のように人間が空中に舞う阿鼻叫喚の地獄絵図に思わず息を呑みました。
後ろを見ると、バイクにまたがったマリコさんがいて、彼女のバイクの後部についた小型の多連装ロケットランチャーが火を噴いています。
「レディを放ったらかしにして、逃げるなんて、殿方としてはマナーが悪いですよ！」
そう言いながら、今まで見たことのないような冷徹な表情で攻撃を続けるマリコさん。
とても、わたしの知ってるマリコさんと同一人物とは思えません。
それからも四人は攻撃の手をまったく緩めず、あっとゆう間に、辺り一面気絶したモヒカンたちの山が出来上がりました。
残るはボスのハゲ公爵ただ一人！
「ふざけやがって、おい、人質とお前らの仲間がどうなっても構わないのか！」
追い詰められた悪党のお馴染みの台詞を口にしながら、大河原先輩の拳銃を握り、後ろを振り向くハゲ公爵。
しかし、そこには気絶して、地面に倒れている手下の姿しかありません。
大河原先輩の姿を探し、慌てふためくハゲ公爵。
「あのアマ！一体どこに」
「ここにいるわよ」
声の方に拳銃を向けるハゲ公爵。
電光石火のごとく、大河原先輩の回し蹴りがハゲの顔面にヒットして、２メートル近い巨体が中を舞いました。
「ぐあ～～～～～！」
地面に大きく倒れこむハゲ公爵。
そんなハゲ公爵に、大河原先輩が、ゆっくりと歩み寄ります。
「そろそろ遊びも終わりにしましょうか。夜の支配者さん」
ふらふらと足取りもおぼつかないハゲ公爵は、なんとか立ち上がり、大型の軍用ナイフを構えます。
「ち、ちくしょー！」
ナイフを手に大河原先輩に切りかかるハゲ公爵。
しかし、先輩は軽々とかわし、まるで子供を相手にするかのようにハゲ公爵の攻撃を翻弄します。
「くそ！くそ！くそ！」
死にもの狂いで何度も切りつけるハゲ公爵。
「遅いわよ。男の子でしょ、少しは本気を見せなさい」
大河原先輩の鉄拳が顔面にヒット！
「ひぎ～～～！」
鼻血を出し、ハゲ公爵は大きくよろめきます。
もう勝負あったも同然です。
完全に役者の格が違いますもん。
例えるなら、大河原先輩は チャック先生のパンチと、ジャン先生のキックと、スティーブン先生の身のこなしをあわせ持つリーサル・ウエッポン女子高生なのです。
「ちくしょ～～～～～！」
最後の力を振り絞って突進するハゲ公爵。
「危ない！」
思わず、私は大声で叫びました。
しかし、大河原先輩は敵に背を向けることをせず、真正面からハゲ公爵の胴体に強烈な飛び蹴りを加えました。
「ぐあーーーー！！」
ハゲ公爵は、後ろに１０メートル近く吹き飛され、公園中央の木に激突しました。
「か、かっこいい！」
私はただただ、大河原先輩の雄姿に見入ってしまいました。
「もう降参なさい。手下のほとんどは、逃げるか、その辺でノビてるわ」
自分の拳銃を拾い、木の下でうずくまるハゲ公爵の前に歩み寄る大河原先輩。
「……こ、これで、勝ったつもりかよ！俺様がテメーらなんかに負けるわけねーだろうが！」
ハゲ公爵は、長ランに隠し持っていたソードオフの二連散弾銃を木に吊るされたフキコに向けました。
「卑怯者！」
「うるせー！バイクから降りて、武器を捨てろ！じゃないと、このガキが文字どうり蜂の巣になるぜ！」
他のzenra軍団のメンバーも集まってきて、ハゲ公爵を取り囲み、にらみ合いが続きます。
「早くしろ！俺様は気が短いんだ！」
人質がいては、手も足も出ません。
目線で、他のメンバーに合図を送る大河原先輩。
どうしよう。
わたしに………。
わたしに、今出来ることって！
悔しそうに他の四人がバイクを降りようとした時、
「先輩ーーー！わたしだって、やれば、できるコなんですよーーー！！」
私は大河原先輩のバイクに跨り、見よう見まねで、バイクをロケットでジャンプさせました。
「バ、バイクで空飛ぶなんて、トンデすぎるだろー！」
あまりのことに、ハゲ公爵のお頭も完全にパニック状態です。
「うるさーい！バイクは空を飛んで何ぼのもんじゃー！」
自分でも何を言ってるやら。
とにかく、バイクでジャンプした私は、木に吊るされたフキコに飛びつき、重みで縄が切れ、そのまま私とフキコちゃんは バイクと一緒に廃車の山に墜落しました。
「くそガキが、地獄に落ちろ！」
私たちに向かって、散弾銃を向け、引き金に指をかけるハゲ公爵。
フキコちゃん、絶対、わたしが守るからね！
私はフキコちゃんの上に覆いかぶさりました。
その時、
「地獄に落ちるのは、あなたよ！」
ガーン！ガーン！ガーン！ガーン！ガーン！ガーン！
大河原先輩の拳銃が火を噴き、ハゲ公爵は銃弾を全身に浴び、大きな音をたて、倒れこみました。
「ぎゃーーーー！」
全弾撃つくし、グリップからマガジンが落ちました。
「今のはゴム弾よ。でも、これは、今までのゴム弾なんかじゃないから」
マガジンを再装填し、全身ボロボロのハゲ公爵の前に仁王立ちの大河原先輩の姿が。
「こ、こ、降参、降参だ。ほら、もう、お前らも気が済んだろ。なあ～、この辺でチャラにしようぜ」
銃を捨て、ヘラヘラと愛想笑いするハゲ公爵。
けど、そんなハゲ公爵を殺気のこもった眼差しで大河原先輩は睨み付けます。
「別にアンタたちや、人質のガキに恨みなんかねーんだよ。ただ、ちょっと、勉学意欲が旺盛でやりすぎちまったけどさ。でも、そのへんは、まあ、教育的指導ってやつで勘弁してくれよ」
この後に及んで、この男は！
そんな、ハゲ公爵の言葉を無視して、無言で銃口を向ける大河原先輩。
「……そうね。あなたには「教育的成敗」が必要みたいね」
「はあ、なにいってんだ？「教育的指導」だろうが。これでも俺は現国のテストは３２点……」
ハゲ公爵の額に銃口を突きつけられます。
「いいえ、「教育的成敗」で正しいのよ」
「お、おい！」
「無垢な少女たちを守り」
「頼むから！」
「あなた達みたいなクズを「成敗」する組織」
「頼むから、俺の話をーーー！」
「それが、私たち……「ZENRA軍団」よ！」
引き金を引く大河原先輩。
ガーーーーーーン！
トドメの一撃とばかりに、耳をつんざく様な銃声が鼓膜に直撃しました。
「先輩！まさか殺したんじゃ」
廃車の山の上から、私は思わず声を上げました。
ところが、
「心配いらないわ。この弾は、今までのとは違う、もっと強力で、当たるとスゴーく痛い、特別製のゴム弾なのよ」
と、ニコリと微笑む大河原先輩。
ああ～、心臓が止まるかと思いました。
まあ、いくらなんでも殺すなんてありえないとは、信じてましたけど。
ここに来て、一時間足らずで、勝負は私たちの圧倒的勝利で幕を閉じました。
足元には、額にゴム弾がめり込み、下半身が大洪水で、白目をむいて失神しているハゲ公爵が横たわってます。
そして、公園のいたるところに、気絶したモヒカンたちが転がっていて、あちらこちらに破壊と殺戮（あくまで比喩ですから）の生生しい爪あとが残されています。
ここを根城にしていたハゲ公爵＝デュークが率いる青空教室族は、完膚なきまで叩きのめされ、もはや再起不可能でしょう。
私は改めてZENRA軍団の持つ力の恐ろしさを、ひしひしと感じました。
そうこうしているうちに、デコトラ＝スーパー・ランドマスター号（命名したのは開発者である水野会長だそうです！）の運転席の窓が開き、そこから身を乗り出してきた水野会長が、
「さあ、みんな、急いで引き上げましょう。いくら今の日本の警察がやる気がないとはいえ、さすがにそろそろ現れるでしょう」
と、仰いました。
「分かりました。森沢さん、蔦谷さんをトレーラーの中に運ぶのを手伝ってちょうだい」
「あ、はい」
私は大河原先輩とフキコちゃんをトレーラーの中に運び込み、その間に他のメンバーがバイクを収納しました。
「それじゃあ、任務完了、みんなご苦労だったわね」
会長は、そう言うと、デコトラ（普通免許はともかく、大型免許どうやって取得したかは、トップシークレットだそうです）を発進させ、丘の上の戦場からZENRA軍団は走り去っていきました。
四月も半ばを過ぎる頃には、桜の葉は完全に姿を消し、校庭の木々が若々しい新緑の葉によって覆い茂る様子を見るのは、聖エマニエル女学園の生徒たちにとって、毎年見慣れた光景で、特別感慨深いものではないのかもしれません。それでも私たち新入生にとっては、やはり特別なイベントであることはいうまでもないでしょう。
入学式から二週間。初めは期待と興奮気味だった私たち新入生にとって、新しいクラスでの各自の居場所というものを不確かながら見出し、それぞれの新しい日常に慣れ始めるのに十分な時間だったかどうかは、人それぞれといったところでしょうか。
とにもかくにも、長い人生において、高校一年の四月というものが、未来への期待と不安を併せ持つ特別な時期であることには、誰にとっても違いないことだと思います。
「おっはよー！アミ」
「おはよう、フキコちゃん」
登校途中に、ふいに後ろからフキコちゃんが声をかけてきました。
あの事件から二週間あまり。
本人にあの時の記憶がないということもあって、その後あの事件のことを二人の間で話したことはありません。
当然、私がフキコちゃんを助けるために（文字どうり）人肌脱だことも彼女は知りません。
でもいいんです。
私がフキコちゃんのために危ない目にあったことがわかればお互い気まずい思いをするわけですし。
このまま、あの夜のことは封印しておく方がいいのでしょう。
「夕べは酷い雨だったけど、今朝は晴れてよかったね」
「ホントよ。せっかくおニューの制服を雨で汚したくないもんね。そ・れ・よ・り・もアミ、今日返事するんでしょ？クリスタルの会に入会するかどうか。で、どうするつもりなの？」
「ええ～～～、いきなりだね。やっぱ、フキコちゃんも興味ある？」
「そりゃそうよ。今、うちの学園は、その話題でもちきりなんだから、親友のアタシが興味ないわけないじゃん。でも、まさかねー。アミがクリスタルの会に誘われるなんて。初めて知った時、アタシの驚きときたら、驚天動地もんよ」
そうなんです。
サエコ先輩から「クリスタルの会」への入会を誘われたことが、あの事件の翌日には何故か全校生徒にバレてしまいました（まあ、どうやら意図的な情報漏えいがあったと睨んでいるんですけど）。
とにかく、フキコちゃんが言ってるとおり、今や私、１年A組森沢アミはこの学園で最もホットな存在になってしまいました。
「アハハハ、大げさだよ。多分先輩たちは、自分たちと少し毛色の違う私みたいな子が、メンバーに一人くらいいても、いいって思ったんじゃないかな」
私はなるべく当たり障りのないように答えました。
このての問題は非常に微妙なので、慎重な対応が求められることは言うまでもないでしょう。
「いやいや、そんなアバウトな考えじゃないでしょ。先輩たちにとって、アミは何か特別な存在なんだよ。そうじゃなければ、胸がAカップのアミが選ばれるわけないじゃん」
まったくもう！
相変わらず能天気な性格ですよね。誰のせいで、私があんなに大変な目にあったのか。
でもまあ、私の胸の秘密に関してはまだ露見してないみたいなので、それが唯一の救いでしょうか。
「胸の話は禁止！それに「Cカップ以上じゃないとクリスタルの会に入会できない」って話も、水野会長は、「たんなる噂よ」って言ってたよ」
「そうかな～。アタシの情報源は確かなんだけどな………そうだ！アミが近い将来巨乳になるであろうと、希望的観測に基づいて、あー！待ってよ！」
これ以上付き合いきれません。
今日はただでさえ、これから忙しいのに。
私はフキコちゃんを残して、一人で学校に向かいました。
「ごめん、ごめん！もう胸の話はしないからさー！」
目的地である中央棟の最上階にある生徒会室にいくため、私は足早に階段を上がりました。
「森沢さん、ちょっといいですか？」
あの夜、気を失ったフキコちゃんを家の前で降ろしてから、私たち全員一度学園に戻りました。
ZENRAスーツを脱いで、制服に着替えて、帰る支度をしていたら、マリコさんとヨシユキさんが声をかけてきました。
「森沢さん、もう一度考え直してくれませんか」
「え？」
「今日、森沢さんの活躍を見ていて、私、確信したんです。やっぱり、森沢さんは私たち「ZENRA軍団」のメンバーになるべき人なんだって」
「東郷さん」
「俺もそう思う。森沢、オマエ、絶対俺たちの仲間になったほうがいいよ。サエコの姉御のバイクで人質を取り返した時なんか、すげー、カッコよかったぜ！」
「島村さんまで」
二人の目は真剣そのものです。
「会長や先輩方はどう思われますか？」
東郷さんが、水野会長たちのほうに声をかけました。
「別にアタシはかまわないよ。アミちゃんの胸はまだまだ開発の余地がありそうだし」
「私も特に反対する気はないわ。森沢さんの行動力と思い切りの良さはなかなか評価できるんじゃないかしら。ねえ、ヤチヨ？」
「………」
斉藤先輩と鳥凱先輩のお二人に対し、大河原先輩は無言のまま何も言ってくれません。
先輩、やっぱり、怒ってるんですか？
私が先輩の指示を無視して勝手なことをやったから。
大河原先輩は、黙って、目をつぶったまま腕組んだままです。
「……そうね、とりあえず、この件は保留ということにしましょう。森沢さんも、もう少し考える時間が必要だろうし。それでいいわね、ヤチヨ？」
水野会長の提案に、
「分かりました、会長がそうおっしゃるなら」
と、感情を押し殺したような冷たい声で呟きました。
今、私は生徒会室＝蒼穹の間の前にいます。
緊張のあまり、手の小刻みな震えが止まりません。
私は大きく深呼吸をしてから、生徒会室のドアをノックしました。
「１年A組の森沢アミです」
「どうぞ、お入りなさい」
室中から水野会長の返事が聞こえてきました。
「失礼します」
ドアを開けて、私は中に入りました。
すでにクリスタルの会の全員がイスに着席して、私のことを待っていました。
私は大河原先輩の方に目をやりました。
大河原先輩は、この間と同じように目を瞑ったまま腕を組んでいます。
やっぱり、まだ許してもらえてないのかな。
でも、私の気持ちはもう決まっていてます。
私は再び視線を水野会長の方に向け直しました。
すると、
「それじゃあ、返事を聞かせてもらえるかしら」
と、水野会長が、私に少し厳しい口調で仰いました。
「はい」
ついにこの時が来た！
お姉ちゃん、お願いだから私に力を貸して！
「わたしを、森沢アミを、皆さんの仲間にしていただけないでしょか！」
私は腰を大きく曲げ、頭を深々と下げました。
一瞬、室内が静まりかえった後、
「そ、それってつまり」
東郷さんが席を立ち上がり、興奮した面持ちで、私に詰め寄ってきました。
私はもう一度、部屋中にに響きわたるような、大きな声で繰り返しました。
「私を「クリスタルの会」に、そして「ZENRA軍団」に入れて下さい！」
次の瞬間、室内に大きな歓声が上がりました。
「ありがとうございます。森沢さん、きっと、そう言ってくれると信じてました！」
「うおー！いいねー！燃える展開だぜ！今夜はやっぱ、すき焼きか？」
「よろしくね、アミさん。いろいろ分からないこともあるだろうけど私たちがフォローするから」
「心配すんなって、アタシがアミちゃんに手取り足取り胸取り色々教えてやるからよ！」
「まあ、私は最初からこうなると思ってたがな」
予想以上の反応に少々戸惑いましたが、皆さんが、私の入会を心から歓迎してくれているようです。
でも、一人だけ、大河原先輩は………。
突然、大河原先輩が席から立ち上がり、
「森沢さん、ちょっといいかしら」
と、仰いました。
「……先輩」
生徒会室に重苦しい空気が立ち込めました。
「ヤチヨ、そりゃー、お前のいいたいことは分かるよ。一度断ったのにむしのいい話だっていいたいんだろ。でもなあ、誰だって最初は躊躇するさ」
なんとか、私のことを取り直そうと、斉藤先輩がフォローしてくれましたが、
「レイ先輩、申し訳ありませんが、少し黙っていてもらえないでしょうか」
と、一喝する大河原先輩。
そして、大河原先輩は私のすぐ横まで歩いていてきて、
「森沢さん。二つだけ、私の質問に答えてもらえるかしら？」
と、まっすぐ私の目を見つめて仰いました。
「はい」
私は少し緊張気味に答えました。
「一つ目の質問は……どうして気が変わったのかしら？」
やはり、その質問ですか。
当然といえば、当然ですよね。
一度は、私のほうから断ったんですから。
でも、今は………。
「フキコちゃんを助けた出した時の大河原先輩の姿を見て、考えを変えました」
私も真っ直ぐ大河原先輩の目を見ながら、真摯な想いをこめて、そう答えました。
「それは、私があの不良たちを叩きのめした姿がカッコよかったから？」
確かにそれもあります。
でも、もっと重要なのは。
「いいえ……大河原先輩が、フキコちゃんを助けるために、あいつらの前で土下座したからです」
「土下座したから？」
怪訝そうに、私を見詰める大河原先輩。
「大河原先輩はあんなに強いんだから、土下座なんかしなくったって、あいつらからフキコちゃんを助けることができたと思うんです」
黙って、私の言葉に耳を傾ける大河原先輩。
「でも、フキコちゃんの身に万が一のことがあったら大変だから、やつらの言うことをきいて土下座したんじゃないですか？」
この部屋にいる全員が、私の言葉に聞き入っています。
「私、その時思ったんです。本当の強さってこういうことじゃないかって。そして、死んだ私のお姉ちゃんが持ってた強さも、こういうものじゃないかと」
「森沢さん」
「だから、私も先輩やお姉ちゃんみたいに強くなりたいんです。人を傷つけたり、威嚇したり、自分の力を誇示するための強さじゃなくて、例え自分が嫌な目にあっても、自分じゃなく、自分よりもっと弱い立場の人を守れる、そんな強さが欲しいんです。だから大河原先輩、お願いします。私の入会を認めてください！」
私はもう一度、大きく頭を下げました。
少し間を置いてから、
「フフフ、まさか、あなたにそこまで私の心の内を見透かされていたとはね」
と、大河原先輩は、はにかみながらそう仰いました。
「森沢さん、あなたの言う通りよ。私の面子なんて、あなたとフキコさんの身の安全の前には紙くず同然。そう判断したのよ、あの時は」
よかった！先輩は私が考えていたとうりの人だった。
「じゃあ、先輩も私の入会を認めて……」
「待って、まだ二つ目の質問が残ってるわ」
そうでした。
私ったら、嬉しくって、つい先走っちゃって。
「森沢さん、よく、考えてから答えてもらえるかしら」
「は、はい」
緊張のあまり呑み込む唾も出ません。
「クリスタルの会」、そして「ZENRA軍団」の一員になれるかどうかは、この答えにかかっているのですから。
「………あのデコトラ、もとい「スーパー・ランドマスター号」のトレーラーの横に描かれている竜と虎の絵を見て」
………………………え？
「あなた、どちらが「攻め」で、どちらが「受け」だと思う？」
………………………………………はい？！
「攻め」、「受け」って、これは世にいうBLのカップリングってやつじゃ？
大河原先輩って、まさか、いわゆる腐女子なわけ？！
いや、そんな馬鹿なことがあるわけが。
そもそも漫画やアニメの男性キャラならいざしらず、竜と虎でカップリングなんかあるわけないよね！
でも、他に「攻め、受け」なんて解釈しようがないし………。
ああーー！もう何が何んだか！！
「どうかしら？」
まるで、夜の墓場のように静まり返る生徒会室。
他のメンバーの方々も固唾を飲んで見守っています。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………竜………のヘタレ攻め、かな～～～と」
………………………お姉ちゃん、これが、今の私にできる精一杯です。
そして、
「そーよねー！やっぱり、あなたもそう思うでしょーーー！」
静寂を撃ち破るように、満面の笑みで、大河原先輩は私の両手を握りながら、今まで聞いた事のないような大きな声で、そう仰いました。
「あなたならそう答えると思ったわ！私たち相性は抜群に違いないわ！」
嬉しそうに、私の手を強く握りしめる大河原先輩。
ああ～～、やっぱり上流階級の方々との壁は高く乗り越え難いものがあります。
いえ、身分とか、そんなことじゃなくて、もっと人として、根本的な在りように関わることかもしれません。
だけど………。
お姉ちゃん！私、涙で曇って何も見えません！
きっとこの涙は嬉し涙なんでしょう。
でも、ほんの、ほんの少し、心の隅から湧き出てくる違う想いもあるかもしれません！
「あ～あ～、ヤチヨのやつ、これさえなければ完璧な淑女なんだけどな」
「でも、まあ、これで一件落着ってことかしら」
「ヤチヨ、あなたも森沢さんが私たちの仲間に加わることに依存はないわね」
三人の先輩方の言葉に、大河原先輩は、ようやく我に返り、
「こほん、はい、依存ありません」
と、少し恥ずかしそうに咳払いをしてから、そう答えました。
そして、爽やかな春の日差しが差し込む生徒会室の中に、ヤチヨ先輩の声が、軽やかな調べのごとく響き渡りました。
「アミさん、「ZENRA軍団」にようこそ！」
END
爆裂乙女 ZENRA軍団（その１～８）
