通り魔

 町は通り魔の話題で持ち切りだ。
 一人目の被害者は、二組のワダチ君だった。塾帰りに公園を歩いていると、いきなり何か固い物で殴られたらしい。それから無差別に被害者が続出し、新聞やテレビでも取り上げられるようになった。僕のクラスである一組も例外ではなく、ふた月の間に大島さんやぐっちん、タナダ、ニッシーが襲われた。ぐっちんに関しては、自転車で走っている時に蹴り倒されたらしく、全身に痛々しいほどの怪我を負った。
 通り魔の出現は毎回突拍子もなく、警察も手をこまねいていた。被害に遭った人達も、突然の襲撃に犯人の格好など見ている余裕はなかった。目撃証言がいくつか寄せられたものの、甲高い声でぶつぶつ呟いていたとかレッチリのTシャツを着ていたとか二メートルくらいある巨人だったとか、どれも内容に乏しかった。しかし、唯一共通している特徴があって、それは右腕に蝶々柄の刺青シールを貼っていた、というものだった。刺青シール。僕には心当たりがあった。
 半年も経った頃だろうか。ある異変が起こった。インターネットの掲示板に、通り魔を支持する者達が現れ始めたのだ。それを皮切りに僕の学校でも崇拝者が増えて、あまつさえ被害に遭った者まで「俺、通り魔に骨を折られちまったよ」などと嬉しそうに語るようになった。広がる通り魔熱に比例して、いつの間にか被害者まで羨望の的となり、そしてまだ襲われていない者は仲間外れにされていった。巷はもう通り魔ブームだった。
 勿論、僕も早く襲われたいと切望した。通り魔を崇拝するというよりかは、さっさとイジメから抜け出したかったのだ。クラスメイトが次々に被害に遭っていく。それはつまり、仲間外れの意識が強まることを意味していた。僕は祈りながら夜道を歩いた。早く襲って下さい、と。しかしいつまで経っても来てくれなかった。
 町の人のほとんどが通り魔に襲われ、近所のおばあさんにさえ侮蔑の眼差しを向けられる頃、僕はすでにクラスで孤立していた。通り魔に襲われていない少年、という噂はたちまち広がり、知らない人から生卵を投げられ、毎晩父から暴力を受け、母は精神を病んだ。そうして通り魔はこの町から消えた。
 僕は、毎日考えるようになった。なぜ自分だけが選ばれなかったのか、なぜこんなに惨めな思いをしなければならないのか。考えて泣いて、考えた。僕が刺青シールを買いに駄菓子屋へ行くのは、それから半月後のことだ。

通り魔

通り魔

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-26

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