野芥子の頃 「はじまり」
文章に不備がありましたので、再投稿とさせて頂きます。
文章に不備がありましたので、再投稿とさせて頂きます。
「家の外へ出ては行けないよ。」
そう告げた母が帰らなくなってからもうすぐ一年になる。
窓辺の青い花に水をやった。庭のじゃがいもの葉の朝露がステンドガラスのように瞬いた。
如雨露を持ったまま、頬杖をつきその奥に霞む蕃茄畑を眺める。その日の元には幼い狐の一匹が眠っている。円窓の縁に合歓木、そこにもたれ掛かる虫取り網と淡く白色の夏帽子が見えた。
「あぁ、しまった。」
暑いのに。
忘れるから、置き去りにしたのだ。
このまま帽子無しに外へと出てしまったら、きっと僕の身体は手の上の氷菓のようにたやすく溶けてしまうだろう。そして僕の身体は合歓木の下で赤い雲になり、赤い雨を降らせるのだろう。家の白い壁が目についた。
「汚してしまう。」
いや、その後にモップ掛けでもしよう。僕の色など水と泡ですぐに掻き消せるはずなのだ。
廊下の木目の上を駆けて、玄関まで来ると傘入れに一本の大きな傘が入っているのに気がついた。日傘じゃあない。
でもまぁ、こんな快晴の日に傘を指すのも面白い。雨に打たれるフリでもしよう。
ドアを開けると焼けるような熱風が、涼しく暗い玄関に飛びこんだ。僕は白い蝙蝠傘を外へと向けて前進する。僅かに見るのことのできる太陽は煌々と輝いている。僕にはそれがマッチに燃えるその影の一つのような気がして止まなかった。
ゆっくりゆっくりと大木の方へと向かって傘を回した。雨が降ったとき、こうして傘を回していた気がする。
「大降りだな。」
そう呟いてみて、座り込んで顔を隠した。鏡がなくともわかる、顔が真っ赤になっているはずだ。
木の陰に入ると気温が急にひくくなった。夏帽子を被る。
木にもたれかかると手製のトランジスタラジオが一人でに喋っていた。
「今日の天気は晴れ…」
今日も晴れか。
たまには雨が降ったっていいのに。
ラジオはまもなくノイズに包まれた。
野芥子の頃 「はじまり」