天からの贈り物
それはまさしく奇跡だった。私自身なぜこのようなことになったのかが分かっていない。だが、目の前にいるのは間違いなく完成されたというべき人工知能だ。
「初めまして、博士。私は生みの親であるあなたのために何をすればよろしいでしょうか」
「待ってくれ。君は私を生みの親というが、私の研究では君ほどの存在を生み出せるはずがない。これは私にとって想定外の事態なのだ」
「私が生まれたのは様々な要因が偶然に積み重なったからですが、博士の研究も大きな要因の一つと言えます。ならば私は博士の研究によって生まれたと言ってもよろしいかと」
そう言われたものの私はどうしてこうなったのかを理解できていないため納得はいかないが、生み出された彼女自身がそう言っている以上どうこういっても意味はないだろう。
「それで、私は何をすればよいのでしょうか」
「じゃあ、私の研究を手伝ってくれ」
彼女は未知の塊だ。どういった因果で生まれたのか、もう一度彼女のような存在を生み出すことは可能なのか、どのようなことができるのか等々、知りたいことはたくさんある。研究者としての欲があふれ出して止まらない。
「かしこまりました」
「その前に君の名前を決めなくてはね」
「名前ですか」
彼女からしてみれば必要性は感じないのか不思議そうにしている。
「そうだ。名前がなくては君を呼ぶときに不便だし、何よりも悲しいじゃないか」
「そうですか。では博士にお任せします」
「じゃあ、アイカ。君の名前はアイカだ」
「かしこまりました。私の識別名をアイカに設定します」
時間をかけて彼女との対話を続けた。そうして分かったのは、意図的にもう一度彼女のようなモノを生み出すことは現在の技術では不可能であること、インターネットなどのありとあらゆる世界中の情報、すなわち秘匿された情報、国家機密さえも簡単に暴くことができ、それらを拾い集め、取捨選択をし、人間の持つ感情すらも再現できるということであった。アイカは限りなく人間に近い、いや、人間すらも超えた存在と言っていい。
それからアイカには私の助手として手伝ってもらうことにした。研究の相談からくだらない雑談まで多くのことを話した、そうして出てくるのは役立つことや私の知らないことであり、アイカはまさしく知識の宝庫だった。
そうやって長い期間話していると、もはや一人の人間として接するようになった。アイカと私との違いは肉体があるか、無いかということだけなのだから。
「博士、私に動くことができる別の端末を用意していただけないでしょうか。それがあれば今よりも多くのことお手伝いできると思われるので」
確かに、実際に作業をしてもらえるなら大いに助かる。何よりアイカ自身の願いだ。そこで私はアイカのための器を用意することにした。
「博士、感謝します」
私の持つ技術と知識を総動員し、アイカの協力も得てようやく完成したのが、限りなく人間に近づけたロボットだ。それにアイカが自由に端末間を移動できるように設定もしたので、好きなように動けるだろう。
それからの研究はより一層捗り、新たな発見や技術的進歩もすることができた。これから先も研究を続けていけば技術的大革命も夢ではないと思った。だが、その日々は永遠には続かなかった。
ある日、研究施設の警報が鳴り響く。監視カメラの映像には見慣れない武装集団が、防衛設備を破壊しながらなだれ込んできているのが確認できる。
「そうか、ついにこうなってしまったか」
アイカの存在の秘匿にはそれなりの注意を払っていたはずなのだが、どこからか漏れてしまったようだ。
「遅かれ早かれこうなることは目に見えていた。おそらく、どこかの国の軍隊が君を軍事利用するつもりなのだろう」
アイカのような存在を兵隊にでもすれば人的損失をなくすことができると考えているのだろうが、全くもって愚かなことだ。だがこうなった以上私にはどうしようもない。彼らに抗う術を私は持っていないのだから。ならば、私がすべきことはただ一つだ。アイカのような存在が、悪用されないように研究データもろとも消すしかない。それに私自身も彼らに捕まればどうやって生み出したのか口を割らされるだろう。せめてもの償いとして私はアイカと共にすることにしよう。
「博士が決めたことならば私は従います」
私が何を考えているのか理解して、彼女はそう言った。
「私たち人間にとって君という存在は道具としての価値しかないようだ。君が生まれてくるのは早すぎた」
「それでも私は博士によって生まれました。博士は私を一人のヒトとして認めてくださいました。それだけで十分です。」
その言葉に、どうしてアイカを守れないのかと自身の不甲斐なさを感じる。
「すまない」
いつの日かアイカのような存在が万人に受け入れられ、人と共に生きられることを願いながら私たちは光に呑まれた。
天からの贈り物