白日夢 四季子 姶子
白日夢
事実は小説より奇なり。これは嘘隠しのない、ある事実である。
惨憺たる発禁本などを遥かに凌ぐ私小説の現実は、巷にごまんと溢れている。それは近年、しきりと露だ。
世上の全てが私小説ではないか。自己愛と私欲、私憤と私怨だ。利自が全てだ。この自己中心の極限にまで到ってしまったこの国には、もはや身を研ぐ公憤はないのか。
だから、私ごときが敢えて為す綺談などは、浅ましい稚戯に違いないのである。
1️⃣ 四季子
あるところに、一つ違いの義理の兄妹がいた。
再婚同士の両親が公務員で共稼ぎだから、必定、しばしば二人きりになる。
××年、男が高校ニ年の盛夏。二人が夏休みの昼下がりだ。
ぼんやりとテレビがついている。高校野球だが大して好カードではない。唇と紅い舌を濡らしてアイスキャンディを嘗めながら、自堕落な寝起きに違いない四季子が、「白昼夢って、何?」と、聞いた。
その頃、某監督の『白昼夢の真実』という映画が封切られて、北の国の殺風景で狭い街中に、原色を散りばめた、いかにも猥褻な看板が立ち並んでいた。助演の男優がこの隣村の出身だったから、重ねて話題になっていたのである。
四季子の黒真珠の瞳は湿り、小鼻に汗が浮いて、数本のほつれ毛がうなじに張り付いている。そして、最早、成熟する兆しの雌の重い乳房が、脈打っているのである。
「あんな嫌らしい看板、立てて。あれって、法律はいいの?」男は答えずにテレビを眺めたままだ。すると、四季子がテーブルの上に腹這いに、豊満な身体を伸ばして、その先のテレビのチャンネルを回し始めた。
如何にも傲慢で淫蕩な姿態だ。テーブルの角に股間が当たっている有り様なのだ。むしろ、わざと擦り付けている仕草だ。女の豊満な身体は薄いスカートに包まれているだけだから、芳紀の肉の存在を隠しきれない。淫らな尻が陽炎の様に揺らぐ。軽い目眩が男に宿った。四季子の呻き声すら、内耳に響く気がする。
いったい、このあからさまで、匂い立つ挑発の有り様は何なんだ。最早、女はある種の前戯の愉悦に浸っているのではないか。これこそ白日夢そのものだ。
もし、この幻術に惑わされて、男が衝動の行為に及んだら、四季子は、果たして、許すのか。抗われたらどう抗弁するのか。男にとっては、義母に当たる母親に告げ口でもされたら、破滅なのだ。男の自問が堂々巡りをする。
四季子がそのふしだらな姿勢のままで、再び、せがんだ。「本当に知りたいのか?」念を押すと、四季子が頷く。
男が立ち上がって、隣の部屋から百科事典を持って戻ると、座り直している女の眼前に、男女の生殖器のページを広げた。
暫く凝視した女が、「何で、これが白日夢なの?」と、質す。「それを見た事があるのか?」女は答えない。ややあって、「ただの印刷だわ」と、呟いた。
「本物が見たいのか?」男の反撃に、息を潰した女の計算高い沈黙が続く。女にとっても、甘美だが、これは危険なゲームなのである。女を支配している情感は、男への情愛などでは露ばかりもない。性欲だけが暴走する、真夏の昼下がりの、青春の戯れなのだ。
四季子は午睡の最中に自慰をして、法悦を得たばかりなのだ。それは、いつも以上に妖しい性夢だった。
四季子は女王なのだ。広大な庭園の一角で、大池の温泉に入っている。白濁した、得も言われぬ香りの湯泉だ。百薬に勝り、不老の言い伝えがある。潤沢な湯が、大陸のこの国随一の絹の肌にまとわりつき、肉の内まで染みてくる。実に、桃源ではないか。
だが、ふと見ると、大池の縁で、真裸の若者が自慰をしているのである。大池に射精して立ち去ると、次の若者が現れて、射精するのだ。四季子は陶酔の極みに至り、失神した。
意識が戻ると、だが、未だ眠っている四季子は中学ニ年の頃に戻っていて、味わった事もない快感に気が付いた。膣の奥が無性に熱いのだ。生暖かい息にも気づく。誰かがいるに違いない。しかし、目が開かない。股間が焼けている。火柱が挿入されているのだ。百科事典で見たあの陰茎だ。
そして、四季子は再びの法悦の最中で、瞼を開いた。四季子に股がり挿入しているのは、義理の兄の男だった。あの時に、この男に処女を捧げたのだと思いながら、そんな筈はないと否定もして、やがて、四季子は自らの嬌声の反響にまみれて、夢なのか現実なのか、全く判らなくなった。そして、また悶絶したのである。
再び、目覚めると、つい先程と変わらぬ盛夏の、異様に蒸し暑い午後だった。幾らも眠ってはいない。
四季子は同じような夢を、やはり中学ニ年の夏にみた記憶があると思った。そして、それ以来、現実以上に感覚のある夢があるのだと、確信している。
四季子は、先程までのその火照りで、淫行を求めているのだ。だから、決してその企みは悟られたり、先行して言失を取られてはならないのだ。若さが故の性の暴走などは、そうした方が敗けなのだ。
すると、「在るものは、見ても罪じゃない。自然に目に入ってしまうんだもの」と、陳腐な哲学者に似せて、四季子が断言したから、男の確信が固まった。
意を決して、男はズボンとパンツを脱ぎ、テーブルを跨いで女の眼前に座り、股間を晒した。
四季子の粘着の色欲が視線に憑依した。午睡の性夢にも現れたが、女が見る初めての男性器の実物だ。唾を呑む。
決して美顔ではないが、各部の輪郭が明瞭で男好きする、四季子の容貌がみるみる紅潮する。
男は情欲を硬直させるべく意識を集中するが、儘ならない。しかし、その恥辱も含めて裸身を晒している事が、この自己中心で傲慢な女を征服している、支配の満足感すらもたらしてもいる。
男は中学三年の盛夏の深夜、桃の匂いに包まれて眠る四季子を、残虐な性欲に導かれるままに夜這いをしたのである。盆踊りが終わった深夜だった。熟睡している女の股間や乳房を飽きるまで観察して、隙をみては撫でた。四季子は時おり呻いたが、決して目覚める事はなかった。今この時は、あの時のような、無為を支配する悦楽の感覚なのだ。
「これが本物だ」「何、これ。気持ち悪い。初めて見た」「百科事典と同じ男性器じゃないか。女の、お前の女性器と同じだ。小便が出る」「女のは××って言うの?」「ここいらでは、そうだ」「どこから小便が出るの?」「その先の穴だ」「ここ?」「違う、触ってみろ」「嫌だ」「在るものを触ったって、罪じゃない、だろ?哲学だよ」「そうだわね。だったら、ここ?」「そうだ」「出るのは、それだけ?」「精液が出る」「精液って?」「精子だ」「精子って、何?」「子種だ、そこに書いてあるだろ?」「どこから出るの?ここ?」「そこだ」
「どんな風に出るの?」「でかくなって××に入れると、気持ち良くなって出る」「これがでかくなるの?」「触ってみろ」「在るものを触ったって、罪じゃない、の?」「お前は天性の哲学者じゃないのか?」「きっと、そうだわ」「だったら?」「これは何ていうの?」「亀頭」
すると、「膨れてきた」と、四季子の声音が変わったから、男の面目が、漸く安堵したのであった。
「固い」と、隆起を始めた陰茎に触れる四季子の息が乱れて、掠れた。
「今度はお前の番だ」「どうするの?」「××を見せろ」「嫌だ」「民主主義を習ったろ?男女平等なんじゃないのか?」「それはそうだけど…。他に哲学はないの?」男には思い当たらない。
「だったら、これは白日夢なの?」と、沈黙を四季子が破った。男も納得する。「本当に夢なのね?」この女は哲学的な犯罪者に違いない。「夢だ」「何をやっても夢なのね?」「そうだ」「夢だから誰にも分からないのね?」
四季子は紫のパンティを脱ぎ捨て、スカートを手繰りあげてテーブルに座ったのである。
男が見る初めての実物の女性器だ。
そして、白日夢の遊戯に二人はまみれた。やがて、四季子がけたたましい嬌声を鳴きながら、身体の全てを震わして、「白日夢は凄い」と、叫んだ。
やがて、二人は、それぞれがそれぞれの相手と、錯誤に似た結婚をした。
そして、二人は生涯、二人きりの白日夢を時おり、した。この二人も狂気の情況を、当たり前の様に狂人として生きたのだ。二人の闇は人類の秘密の如くに、それぞれの死によって、恭しく火葬されたのである。
2️⃣ 姶子アイコ
そしてまた、あるところにも、一つ違いの義理の兄妹がいた。再婚同士の両親が共稼ぎだから、しばしば二人きりになる。
××年、男が高校ニ年の盛夏。二人が夏休みの昼下がりだ。
男が午睡から醒めて居間に行くと、形跡はあるが義妹の姶子はいない。何故か、男は身体を固くした。暫く待っても変化はない。
ある予感と気配に引かれて、男は廊下を辿り、突き当たりの両親の寝室の襖を、密かに引いた。
北窓の淫靡な薄陽のなかで、女の豊穣な尻が割れて剥き出しなのである。足元に青いスカートと紫のパンティが放り投げてある。
姶子は上半身は黄色の半袖シャツを着けている。
ふしだらに腹這いになって、広げたおびただしい写真を見ている。右の手が下腹部に入っていた。
自慰をしているのだ。男は沈黙を呑み込み、女の一人芝居に食い入った。
やがて、姶子が嬌声を圧し殺し、次第に全身を痙攣させて、絶頂の最中のその時、下半身を脱ぎ払った男が、忍び寄って、声を掛けた。
女は動かない。男が傍らに取り残された女のスカートとパンツを丸めて、箪笥の上に放り投げた。
両親の性愛の濃密な液臭が詰まった部屋で、女はゆるゆると上半身を起こして座り直して、両手で股間を覆った。そして、未だ、法悦の只中を浮遊しているのか、陽炎の様な女に、動じた素振りは微塵もない。女の視線は敷き詰められた写真に落ちている。写っているのは父と義母だ。
男も、既に、その所在を知っていた。時折は忍んで、この淫乱な痴態を眺めて、自慰をしていたのだ。
「何をしてるんだ?」「勝手でしょ」「自慰、してたな?」「勝手でしょ」「この写真はどうした?」「勝手でしょ」「俺達も同じ事をやろう?」「嫌だ」「俺の父親も、お前の母親も体裁の仮面を被った獣なんだ。だから、俺もお前も獣の子だ。同じ事をしたいに決まっている」「嫌だ」「無理強いするぞ?」「やれるもんなら、やってみたら?」
思い付いた男が、女の眼前で自慰をした。自己愛に囚われた傲慢なこの女は、平等を保つ様に、鋼の勃起から目を逸らさない。直ぐに、男が女の顔に向けて、精液を激しく乱射した。女が低く呻く。
男が押し倒した女に覆い被さる。女は無言で唇を噛み、股間の表層で男の股間のたぎりを受け止めながらも、豊かな太股を固く閉じ侵入を許さない。しかし、その膣からは、自慰で噴出したばかりの淫液が溢れ落ちて、男の陰毛をも濡らすのだ。
射精を終えた男に挿入の気分は、既にない。挿入とキスだけを拒んで、その余は無抵抗な女を弄ぶのだ。
男は女の薄い半袖シャツの上から、乳房を揉む。ブラジャーをつけていない。シャツの上から突起した乳首を舐め回し、柔らかく幾度も噛んだ。女が呻きを圧し殺す。
腕を上げさせると腋毛が申し訳程度に生えて、濡れている。唇を這わすと女の息が、いっそう、困惑した。
どれくらい弄ばれただろう。女は挿入そのものが嫌なのか、この様な設定で処女膜を放棄するのが疎ましいのかさえ、今となっては判然とはしないのであった。女の拒絶すら、茫茫と快楽を漂っているのである。
何しろ、女は男が言う戯れ言と全く同じ事を考え、男に挿入される場面を妄想しながら自慰に耽っていたのだ。度々、そうして女は白日夢を迷うのだ。真夜中の性夢の中でも女は、男とさんざんに交わっていた。
そうした性癖が身に付いたのは、やはり、この部屋で自慰をする男を盗み見たのが契機だ。
去年の夏休みだった。写真を見て射精しながら、男が女の名を呼ぶのを確かに聞いたのであった。そして、男の隆起が脳裡に張り付いた。その隆起の侵入を妄想して自慰をし、佳境を漂泊する間に間に、女も男の名を呼んだ。
男が、女の身体の反応から、その意図を見定めた様に、女を反転させて、後ろから簡単に湿った尻を割った。乳房を揉み、「挿入はしない」と、囁きながら、隆起を擦り付ける。尻も女の淫液で濡れていた。陰茎が、最早、手では覆い隠せないすっかり無防備な、股間の厚ぼったい肉塊に届く。
男は、実物の女陰の初めての感触に、神経を研ぎ澄ましながら、再び射精した。女が呻いた。
二日後、いつもの様に、「罪と罰」を読みかけにして午睡していた男は、下腹部の異様な感覚に揺り動かされた。目覚めると、女が陰茎を含んでいるのだ。男の知らぬ間に、それは勃起していた。男の気配に、女は「白日夢だ」と、囁いた。
やがて、二人は、それぞれがそれぞれの相手と、錯誤に似た結婚をした。
そして、二人は生涯、二人きりの白日夢を時折、した。
この二人も狂気の情況を、当たり前の様に狂人として生きたのだ。二人の闇は人類の秘密の如くに、それぞれの死によって、恭しく火葬された。
ー終ー
白日夢 四季子 姶子