納戸の白日夢 姶子

草也

納戸の白日夢 

 事実は小説より奇なり。これは嘘隠しのない、ある事実である。

 惨憺たる発禁本などをはるかに凌ぐ私小説の現実は、巷にごまんと溢れている。それは近年、しきりと露だ。
 世上の全てが私小説だ。自己愛と私欲、私憤と私怨だ。利自が全てだ。この自己中心の極限にまで到ってしまった国には、もはや身を研ぐ公憤はないのか。
 だから、私ごときが敢えて為す綺談などは、浅ましい稚戯に違いない。
 

🎆 姶子アイコ

 そしてまた、あるところにも、一つ違いの義理の兄妹がいた。再婚同士の両親が共稼ぎだから、しばしば二人きりになる。
 ××年、男が高校ニ年の盛夏。二人が夏休みの昼下がりだ。

 男が午睡から醒めて居間に行くと、形跡はあるが義妹の姶子はいない。何故か、男は身体を固くした。暫く待っても変化はない。
 ある予感と気配に引かれて、男は廊下を辿り、突き当たりの両親の寝室の襖を、密かに引いた。

 北窓の淫靡な薄陽のなかで、女の豊穣な尻が割れて剥き出しなのである。足元に青いスカートと紫のパンティが放り投げてある。
 姶子は上半身は黄色の半袖シャツを着けている。
 ふしだらに腹這いになって、広げたおびただしい写真を見ている。右の手が下腹部に入っていた。
 自慰をしているのだ。男は沈黙を呑み込み、女の一人芝居に食い入った。
 やがて、姶子が嬌声を圧し殺し、次第に全身を痙攣させて、絶頂の最中のその時、下半身を脱ぎ払った男が、忍び寄って、声を掛けた。

 女は動かない。男が傍らに取り残された女のスカートとパンツを丸めて、箪笥の上に放り投げた。
 両親の性愛の濃密な液臭が詰まった部屋で、女はゆるゆると上半身を起こして座り直して、両手で股間を覆った。そして、未だ、法悦の只中を浮遊しているのか、陽炎の様な女に、動じた素振りは微塵もない。女の視線は敷き詰められた写真に落ちている。写っているのは父と義母だ。
 
 男も、既に、その所在を知っていた。時折は忍んで、この淫乱な痴態を眺めて、自慰をしていたのだ。

 「何をしてるんだ?」「勝手でしょ」「自慰、してたな?」「勝手でしょ」「この写真はどうした?」「勝手でしょ」「俺達も同じ事をやろう?」「嫌だ」「俺の父親も、お前の母親も体裁の仮面を被った獣なんだ。だから、俺もお前も獣の子だ。同じ事をしたいに決まっている」「嫌だ」「無理強いするぞ?」「やれるもんなら、やってみたら?」  
 思い付いた男が、女の眼前で自慰をした。自己愛に囚われた傲慢なこの女は、平等を保つ様に、鋼の勃起から目を逸らさない。直ぐに、男が女の顔に向けて、精液を激しく乱射した。女が低く呻く。

 男が押し倒した女に覆い被さる。女は無言で唇を噛み、股間の表層で男の股間のたぎりを受け止めながらも、豊かな太股を固く閉じ侵入を許さない。しかし、その膣からは、自慰で噴出したばかりの淫液が溢れ落ちて、男の陰毛をも濡らすのだ。
 
 射精を終えた男に挿入の気分は、既にない。挿入とキスだけを拒んで、その余は無抵抗な女を弄ぶのだ。
 男は女の薄い半袖シャツの上から、乳房を揉む。ブラジャーをつけていない。シャツの上から突起した乳首を舐め回し、柔らかく幾度も噛んだ。女が呻きを圧し殺す。
 腕を上げさせると腋毛が申し訳程度に生えて、濡れている。唇を這わすと女の息が、いっそう、困惑した。

 どれくらい弄ばれただろう。女は挿入そのものが嫌なのか、この様な設定で処女膜を放棄するのが疎ましいのかさえ、今となっては判然とはしないのであった。女の拒絶すら、茫茫と快楽を漂っているのである。
 何しろ、女は男が言う戯れ言と全く同じ事を考え、男に挿入される場面を妄想しながら自慰に耽っていたのだ。度々、そうして女は白日夢を迷うのだ。真夜中の性夢の中でも女は、男とさんざんに交わっていた。
 そうした性癖が身に付いたのは、やはり、この部屋で自慰をする男を盗み見たのが契機だ。

 去年の夏休みだった。写真を見て射精しながら、男が女の名を呼ぶのを確かに聞いたのであった。そして、男の隆起が脳裡に張り付いた。その隆起の侵入を妄想して自慰をし、佳境を漂泊する間に間に、女も男の名を呼んだ。

 男が、女の身体の反応から、その意図を見定めた様に、女を反転させて、後ろから簡単に湿った尻を割った。乳房を揉み、「挿入はしない」と、囁きながら、隆起を擦り付ける。尻も女の淫液で濡れていた。陰茎が、最早、手では覆い隠せないすっかり無防備な、股間の厚ぼったい肉塊に届く。
 男は、実物の女陰の初めての感触に、神経を研ぎ澄ましながら、再び射精した。女が呻いた。

 二日後、いつもの様に、「罪と罰」を読みかけにして午睡していた男は、下腹部の異様な感覚に揺り動かされた。目覚めると、女が陰茎を含んでいるのだ。男の知らぬ間に、それは勃起していた。男の気配に、女は「白日夢だ」と、囁いた。

 やがて、二人は、それぞれがそれぞれの相手と、錯誤に似た結婚をした。
 そして、二人は生涯、二人きりの白日夢を時折、した。
 この二人も狂気の情況を、当たり前の様に狂人として生きたのだ。二人の闇は人類の秘密の如くに、それぞれの死によって、恭しく火葬された。

ー終ー

納戸の白日夢 姶子

納戸の白日夢 姶子

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-04-05

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